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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜闇〜

◆闇の先 繋がる糸◆
 百鬼夜行の起こる街として一躍有名となった空市。行方不明の子供。その解決を任せられた草間興信所。アトラス編集部の手に入れた本。
 枝分かれした糸の先に繋がる様々な情報が、次第に一つになる。そうして最後の糸を結ぼうと、草間興信所とアトラス編集部の間に協力体制が敷かれる事となった。

「――情報、感謝する」
 背中を興信所の協力者達に向け、草間・武彦がやや不機嫌そうに言った。
 それに微笑みを返す碇・麗香は、アトラス編集部の協力者達を振り返る。
「お互いに、です。早期の解決がアトラスと興信所の名を広める事は間違い無いですし……」
 怪奇探偵で有名になりたくなどない。そう呟いた草間の言葉は綺麗に無視。
「それでは、この本は草間さんにお渡しするわ。アトラス側は情報収集に尽力させて頂くけど……何人か空市へ入るのでよろしくお願いしますね?」
「……ああ」
「得た情報は、お互いに隠す事なく交換し合う……それで宜しいかしら?」
「問題ない」
 草間は言葉少なに頷いて、それからはたと何かを思い出したように再び口を開いた。
「あんた方がどんな情報を記事にしようが勝手だが、くれぐれも、コチラの人間を撮影したり名前を出したりする事だけはしてくれるなよ」
剣呑な瞳に睨まれながら、碇は肩を竦めた。
「アトラスは信用頂けないかしら?少なくとも私は、口約束だからといって破ったりしません。これでも事情は察しているつもりですよ?」
 興信所側には闇で動く存在も多い。能力者と言えど、まだ年若い者も。そんな彼らにとって危険だからこそ、報道が規制されていると言っても過言ではないのだ。
 草間はしばらく思案に耽っていたが、やがて重々しく溜息をついた。
「では、改めて交渉成立ですね?私は一度編集部に戻りますが、お互いにもう少し情報の交換が必要でしょう。後は能力者達にお任せするので、よろしくお願いしますね」
 そういって碇は、振り返る事なく去っていった――。

 後に残された草間は、深い溜息を漏らした後にやっと協力者達を振り返った。
「って事だ。後は任せる」
 そうして少し離れたソファーへと腰を落ち着けてしまった。


◆二つの道 二つの心◆
 興信所とアトラスの面々は今、近隣の市に存在するホテルに居る。彼らはこれから各々の行動を取る為、活動拠点が必要になる。その為に、アトラス側の何たらという財閥の総帥がホテルの1フロアを貸し切ったのだ。
 空市の市長は己の屋敷とも言える家を自由に使ってくれとは言ってくれたが、大所帯となった今だと動きが制限されてしまう。
 そういった面から大変効率の良い状態だといえる。

 草間から応援を頼まれた真柴・尚道は、早速情報交換を始めた仲間達をまずは眺める。
「これが、例の書物なんですね……。見せて頂いても?」
 本に視線を落としながら水上・操が尋ねると、火宮・ケンジは快く是と答えた。
「術の解き方と言っても――俺、そういうのはカラキシなんで、それは興信所の方々で読み解いて頂いた方が確実かと思うんですけど」
「それが確実か。……やっぱり、陰陽術とも違うな」
 本を覗き込みながら、桜塚・金蝉が面倒臭そうに唸った。
「では、本は置いておいて、情報交換と行きましょうか。まずは草間側から……でいいかしら?そちらには今回シュラインさんがいらっしゃるし、こちらで抜けている部分はシュラインさんに補足頂ければ、と思うのだけれど」
 新たに加わった面々に顔を巡らせながら、綾和泉・汐耶が続ける。
「まず、攫われた子供について。子供の特徴に類似点は無く、共通する事は百鬼夜行の夜に外に出たという事だけ。子供を攫う理由は――」
「俺達、一回アッチに行ってみたけど、どうやら【誰か】の生まれ変わりって奴を探してるらしい。それが子供だって話だな」
「【誰か】っていうのは、術師の事じゃ無いかと思うのだけど……どうかしら」
 伍宮・春華の言葉にシュライン・エマがそう続けると、一つ二つ賛同が上がった。確かに、その確立は高いだろう。
 アッチというのは、異形の世界。異界入りを果たした春華とアールレイ・アドルファスの言では、異形の女王が治める巨大な国だったとか。異界についての情報は、どうやら女王が【狼】を恐れているという事。相性が悪い、もしくわ天敵なのかも知れない。それから、異形達が自らの住む世界で『人を殺せない』事。攫われた子供達は、異界のどこかに捨てられたという事――微かな希望がそこにある。
「それから……『妖怪は家の中に手を出せない』という事……」
「あ、それは事実です。これにも書いてありますけど、俺と三下さんで実証済みですよ」
 操が本のページを捲りながら呟けば、ケンジが後編の一冊を叩いてみせた。
「興信所の皆さんが仰る様に、認識出来ないというのも事実の様ですよ。実際見た所――彼らの瞳に、感覚に、結界内の事は感知出来ないのでは?門に掛かる術と同じく、僕達にも察知出来ませんしね」
穏やかに微笑みながら、綾和泉・匡乃が付け加える。
 ――前回からの考察は、以上だ。後は第二陣のみの問い掛けや、些細な修正を行う。
「……百鬼云々の前に、とにかく、子供の為には早急な行動が必要ですね。何の力も無い子供達が『捨て』られて、一体どんな状況に居るのか……」
「そうね。捕らえていて貰えた方が、まだマシなのだけど……。些か時間が経ち過ぎてしまったわ」
「アトラスの情報を待ってから行動じゃ、遅いかもだな」
 そうなのだ。今回の事件は、百鬼夜行を排除すればいいわけではない。何よりも最重要・優先させねばならない事は攫われた子供達の救出であり、術師と異形達の関係や、術の特性等では無いのだ。無論術を解く為・子供を救う為の重要度としては高いのだが、封印も無理矢理に解こうと思えば解ける。ただそれには、かなりのリスクが伴うというだけで。
 ただそのリスクを恐れて後手に回ってしまった前夜、子供が一人攫われたとあっては、もう、余裕など感じている場合ではない。
「それで、子供の特徴の相違点はあまり無いんでしたっけ?親にはどうなんです?」
 一旦話が纏まった様に見受けられ、尚道はやっと口を挟んだ。少し距離を置いて話に参加した方が、全体像を掴み易いものだ。
 そんな尚道に、匡乃が分厚いファイルを手渡してきた。
「攫われた子供と親族の系図、それから今回アトラスで調べた情報をファイルした物です。よろしければどうぞ」
 尚道はその厚さに感嘆を零しながら、礼を言った。そしてそのファイルの中へと視線を落とす。

 この後、興信所の面々は今一度空市へと、編集部の面々は情報収集へと、それぞれ行動を別った。


◆空市の封印 危険の匂い◆
「この本があれば、奴らの世界には案外簡単に入り込めそうだな」
 分厚い二冊の本を片腕のみで軽々と持ち上げ、尚道はあっけらかんと笑った。足元までの長髪が背中で揺れている。眉間に皺を刻んだ法衣の男、金蝉が不機嫌に言葉を返してくる。
「どうだかな。俺はまず、その術を解く事すら容易だとは思えねぇが」
 一昨日、目の前で攫われた少女の事を思い出したのか。第一陣のメンバーは、各々の思案の中表情が暗い。
「油断は出来ないわ。例え自分の能力に自信があったとしても」
「もう二度とあんな事態は引き起こしたくないです……」
 足早に歩く彼らの後を駆けるように着いてくるのは、神父見習いの柊・秋杜という少年と、女王の恐怖の対象であるらしい人狼族のアールレイ。
「その本見てもなぁ、不可解な所は大分あるし……」
 春華が頭の後ろで腕を組みながら、ぼやく。
「第一、術を解くのは何とかなりそうだけどさ、後からまた塞ぐのが無理っぽいし」
「そうですね。ただ解く際に、何か影響が出ては困りますから……やはり、本の解明は必要かと思います」
 時は鎌倉。今も時々繋がる事のある異界との門。今よりもっと沢山の世界が繋がっていたという、混沌とした時代。狩られるだけの人と狩る者である異形。人食、支配を目的に、現われでた妖かしの集団。それを封じたのは稀代の術師・古河切斗。
 封印の弱まった今、いつかの殺戮を繰り返そうというのだろう。そして「不殺」という呪いをかけられた異形達は、故に古河切斗の生まれ変わりを探す。これが、本の大まかな概要。
「誰か居るな、あそこ。市民か?」
先頭を歩く尚道が、鳥居の下の人影に気付いた。
 金色の髪が太陽を浴びて、光り輝いている。鳥居を見上げている人影の背は高く、細い。
 とその人影が反転し、尚道達の上に視線が止まった。きっとこちらに気付いたのだろう。
「遅かったな」
朗々と響き落ちてくる声は、少し高い。それに、金蝉が答えた。
「翼、何時来た?」
「今さっきだよ。空港から直行したのさ」
 近づく程に人影の姿が露になる。思わず息を呑む程の美しい顔貌は、まだ幼さを残す少年のもの。どこか異国を思わせる雰囲気を醸し出しつつ、翼と呼ばれた人影は微笑を浮かべて、尚道達を見た。
「興信所の協力者?僕は蒼王・翼。武彦から連絡を貰ったんで、応援に来た」
 優雅に一礼した翼に、尚道達も自己紹介を返した。

「本当に、何の力も感じねぇんだな」
 尚道が四つの鳥居の中心に存在する大鐘に触れながら、興味深そうに言った。
 能力者誰一人、ここに何の力も感じない。術がかかっている気配も、違和感も何も。百鬼夜行を告げる為に鳴り響いた、鐘のからくりも。こんな騒動でも無ければ、ちょっと変わった鳥居と古い鐘だけで話が済んでしまう所だ。
 だから今まで、どんな能力者達が空市に訪れようと、調査の結果はいつも『異変無し』だったのだろうが。
「そーみたいねぇ……」
 尚道の隣で厳しい顔のままアールレイが、鐘に爪を立てた。人狼族の鋭い爪は岩をも切るというのに――力一杯突き立てたソレには何の傷もつかない。二度・三度同じ行動を繰り返しても無意味。
 唯一見つけたものといえば、鳥居の下方に彫られた【壱】【弐】【参】【四】の一文字のみで、それには然程意味は無いと見切りをつけた。
「この本でわかった事と言えば、鳥居が封印を施しているという事実と、この街全体にかけられた結界……そして、歴史の一部って所ね」
「アトラスの方で、古河切斗の血縁者を探して下さるとの事ですし……探し人の事が少しでもわかるといいのですけど……」
 鳥居の数字を眺めていた操が言いながら立ち上がり、本の字面を辿り続ける汐耶に視線を向ける。
「結界は解けそうですか……?」
「えぇ。私の見解が正しければ、解くことは出来そうよ」
汐耶がだけど、と続ける。
「その代り、空市の結界全てが解けてしまうわ。元々この封印は、解く為には出来ていない様ね……」
「どういう事ですか……?」
「つまりね、古河切斗がこの封印を施した時、彼にはそこまで余裕が無かったのよ。門を閉じる事に精魂使い果たして、この後すぐに亡くなっているし……封印が破れた時の対処までは出来なかったんだわ」
 けして破れない絶対の自信があったわけではないのだろう。ただ、封印をする事しか間に合わなかった。ただ厄介なのは、その術が一つのものとして成り立っているだけで。
「でも、私達が異界の門を開けるには結界を解くしか無いのですよね……」
 操が苦渋に満ちた声音でそう告げる。天空には雲ひとつ無い蒼が広がっているというのに、その下の尚道達の上には暗雲ばかり。
「異界を閉じるのに、どんだけの力が必要なんだ?俺達が異界入りした後、閉じれば問題無いんじゃね?」
あっけらかんとした春華の言葉。それに、アールレイが大きく首を振る。
「それって結構無理。この間アッチで見た青鬼――春華は思わなかった?アレ一人にでもこっちの誰かが勝てるとは、アールレイ思えないよ」
 異界入りした彼らを糸も簡単に異界から弾き出した巨鬼が居たのだという。信じられない話だが、何をする間も与えられなかったのだと。
「じゃあどうするんだよ!!」
「逃がさなきゃいいだけの事だ」
 悲痛に叫んだ春華に、静やかなけれど決意を秘めた声が背後から返った。鳥居を背もたれに、金蝉が腕を組んで尚道達を見ていた。
「中から女王をぶっ倒す。外からは出てきた奴らをぶっ殺す。簡単な話だろ」
「ってね、金蝉。そんなに殺意を露にする必要は無いだろう。僕は穏便に友好的に、事を進めたいと思うよ」
剣呑な瞳に翼がそう返し、尚道も慌てて続けた。
「俺も右に同じ。話し合いで解決するに越した事はねぇからな」
「僕も……お互いに痛い思いは少ない方が、いいかと思いますけど……」
それに、控えめに秋杜が言葉を重ねる。
 尚道は思うのだ。殺せないという事は死の無い世界なのかもしれない、と。ただ永劫の闇の中を、無限に生きているのかも知れない異形達。それはとても残酷な事なのではないか。女王が待ち人に何を思うのか、今の時代の事、こちらの世界の事――話し合う事でお互いを理解する事はきっと必要だ。
 自分を見つめる瞳は、それを甘いと訴えていたけれど。


◆開いた穴 異なる世界◆
 結局の所、八人に迷っている時間は無かった。アトラスからの情報を待っている時間も無い。最悪の事態を引き起こし兼ねないとしても――選択の余地は無いのだ。
 攫われた子供達が生きているかもわからない現状。例え生きていたとしても無事なのかどうなのか。一分一秒でその危険も度合いも変わってしまう。
 汐耶の指示で、四人の能力者が鳥居の前に立つ。黒い鳥居に金蝉と水上・操、赤い鳥居にアールレイと汐耶。尚道・春華・翼の三人が、歪み――つまり異界との門である鐘の側に控えている。彼ら三人が異界へと入り込むのだ。
 空市民は市民体育館に集めて、そこから出ないようにと義務づけた。
 天空に輝く太陽が西へと傾き出し、東の空に濃い闇が迫り出す。
 そして能力者達は、己の得意とする方法で、何百年と空市を守り続けていた鳥居を破壊した。
 切斗の術を解くには、媒介となっているソレを無効化させる事。術として解く事が出来ないとわかった今、それが確実でいて最後の手段。
 巨大な石柱が粉々に砕かれ、後には残骸となったモノが雨の様に降り注いで落ちた。
 瞬間、鐘さえもが霧散し、其処には何も無かったかのように――否、小さな小さな黒い点が穿たれる。それが黒く黒く、遠めにも判るほどに大きくなる。ぐにゃりと景色が奇妙に歪み、悲鳴を上げるような大気が耳を劈く。
 風がごうっと渦巻き、異界への門を広げて行く。それは全てを覆うように……。
 行けと頭の中で、そして金蝉が叫ぶのに、それでも自分の足は動かない。尚道は広がり続ける穴を見つめるだけ。躊躇われるのはその禍々しさ故か、それとも胸を打つ感情の渦の所為か。それでも、長くは迷っていられない。
 尚道は、穴の中へと飛び込んだ小柄な身体に、ハッと我に返ると、大きく頭を振ってから穴へと身を投じた。

「……ここが、異形の世界か?」
 底無しかと思われた大地に降り立った後、服についた石埃を払いながら、翼が言った。視界にはただただ闇が広がり、唯一あるものといえば上空の、空市との境であろう穴。外から注ぐ光の筋のみ。
「そうだ。多分、此処を真っ直ぐ行けば異形の街に着く筈。これはまだ、異界同士を繋ぐ回廊だと思うけど」
 答える春華の瞳が、真剣味を帯びて細まる。
「油断するなよ。特に――アールレイ!!」
 スタスタと歩き出した少年の首根っこを捕まえて、春華がその後頭部を軽く叩く。
「残れっていったろ!!何で来ちゃうんだよ、今からでも戻れ!!」
「嫌だよ、キミに関係なくない〜?」
「なっ!!」
 不機嫌を露にするアールレイ。それに向かって、尚道が苦笑する。
「でも上れ無さそうだぜ、コレ。入っちゃった物はしょうがないし、一緒で良いんじゃねぇの?」
「嫌、駄目だ。だってアールレイ、またあの女王に会ったらどうすんだよ!?また怒らす気?」
 女王は狼が苦手だという話。前回に弾き出された原因がアールレイだというのだが。
 けれどもう、春華の願いは叶わない。尚道が何かの気配を感じるのと、翼が声を落としたのは同時だった。
「お楽しみの最中に悪いんだけどね、そんな状況じゃないみたいだよ?」
 四人の間に安穏たる空気が消えた。額のバンダナに触れながら、尚道は嘲笑を浮かべた。
「ゾロゾロと……」
 闇の中に蠢く影。何かを引き摺るような奇妙な足音が、幾つか近づいてくる。闇に慣れた瞳がその輪郭を映し出す。
「ヒィヘヘ。人間様がわざわざ自分から出向いてくれるとは……光栄の至りだねぇ」
「ホントホント。嬉しすぎて涙が出てしまうわ」
 ワザとらしく涙を拭くジェスチャーをしてみせる異形。
「それにご丁寧に子供だよ?人間様の考えるコトは、本当に良くわからないけれど」
「いや、待て。そこの二人……覚えがあるぞ?」
「――確かに、女王の御前で……忘れもせぬわ……」
 ザワリと、異形の中に波紋が生じる。
 憎悪の照準が春華とアールレイに向けられている。特にアールレイに。
 女王のみならず、異形全てにおいて敵と認識されているのだろうか?集まり出る異形を観察しながら、尚道は思った。


◆深い夜 女王の御前◆
 アールレイが腕を振るっただけ、のように通常なら見えただろう。実際異形には、小虫でも払うかのような今の状況にはそぐわない行動が見て取れただけだ。だが尚道には見えた。アールレイの長く鋭い爪が大気さえ揺らさずに、空間を裂くのを。
「何の真似、だ………あ…?」
 訝しげに歪んだ青蛙の体が、ずるり、と滑った。まず、額から顎にかけた部分に一本線が入り、それがずるりと本来ある筈の場所から滑り落ちた。
「……あ…?」
 青蛙が自分の体の異変に気付き己の頬に触れた時、蛙の体は五つに避けて赤黒い血を噴出させた。
「ばっ、アールレイ!!」
「おいおい、これじゃ話になんねぇんじゃ……」
 確か最初は、話し合いから試みる算段だったはず。尚道の少し鋭い漆黒の瞳が大きく見開かれる。
「五月蝿いなぁ。ねぇ、キミ達もさ、消されたくなかったら、何でこんな事してるか教えてよ……?」
 殺る気満々に己の爪を構えて、笑むその口からも鋭い牙を覗かせるアールレイは、どこか野生の獣を思い起こさせる。
 もう、穏やかに事が進むような状況でも無い。殺気立った異形が、尚道達を取り囲もうと動く。闇の奥から尚も這い出続けるソレ。それでも、尚道は言葉を紡ぐ。
「おい、ちょっと話を……」
「それをお前達が言うか!!!」
「大事な同胞を、この様にしておいてからに!!」
 叫ぶやいなや、異形の体が飛ぶ。ビキリと肌が割れ、青白い皮膚に何十という目玉が生まれた。そのまま上空に留まる異形の瞳が、チカチカと明滅する。そしてそこから、光の筋が尚道達目掛けて降ってきた。
「話を聞けって!外の世界は、あんた達の知るモノとは随分変わって――なぁ!!」
 光線と繰り出される異形の攻撃をかわしながら、尚道からは攻撃を仕掛けない。止むを止まれぬ場合のみ、致命傷にならぬ打撃を与えるのみ。
「あんた等が簡単に支配出来る世の中でも、無いんだぜ!?なあ、女王に会って話がしたいんだ……」
「失笑よ。そんなもの、何だっていうのさ!!」
「私達はね、世界の移ろい等に興味はない。ただこの体が殺戮を求めて震えるのさ!!もう、待てないとね……!!だから女王も、切斗を待つのを止めたんだ!!」
 そう言い置いて、良く似た異形が左右から飛び掛ってくる。見事に左右対象、同じ鋭さ・角度の長爪。だからこそ避けるのは難しくない。尚道は身体を僅かに引いて、両方から来る異形の腕を交差した手で掴んだ。そのまま引っ張ると異形の体が一回転の後、大地へと打ち付けられた。
 そんな事をしている間に、何時の間にやら光線が止んでいた。上空を見上げると、今まで光線を吐き出していたモノの変わりに翼の姿があった。翼はその状態のままで傲然と言う。
「勝敗は見えているけど、まだ、やるかい?」
声に微かな魔力が宿っている。魅了効果というやつだろう。異形の攻撃が止み、全ての視線が翼に注がれている。無論、尚道も。
「キミ達が攫って捨てたという子供なんだけど、探し出して帰してくれないかな?出来ぬなら、僕達に探す権利をくれるというのでもいいのだけど。キミ達にもキミ達の事情があるのだろうけどね、押し付けるのは違うだろう?互いの世界が不干渉でいられないものならば、出来ればもう少し、優しい対応を頂きたいものなのだが」
しかし言葉を紡ぐ前に、翼の体が傾いだ。そしてそのまま落下を始める。訝しむ尚道も、その奇妙な行動の意味に気付いた。
 酷く息苦しい何かが近くにいる。
 そう思った瞬間、巨大な青鬼と赤鬼の姿が闇から出でた。
「何をしている。女王の御前だぞ」
 青鬼の厳しい口調と同時に、その背後の闇の中に巨大な女の顔が映った。圧迫感を発する存在に、尚道達は知らぬ間に後ずさった。


◆闇の先 始まりの音◆
「二度と来やるなと、妾は申したはずだが……?のう、童」
 妙齢の美しい顔が、嘲笑を浮かべて春華を見つめていた。
「ご丁寧にその狼族まで連れて戻るなど、お主はそんなに死にたいのか?」
顎を掌に乗せ、女王が剣呑な目つきを光らせる。
「だが、礼は言おうな?お主らのお陰で、忌々しき封印は解けた。これで呪いさえ解ければ、最早恐れるものはないの。最も――その憂いも、幾許かで消えるだろう」
「……ならば、子供は返してもらえないか……?探し人とは違ったのだろう?」
 女王を見上げる翼の表情には何も無かった。見定めようとしているのか、ただ恐れているのか。怒りなのか。悲しみなのか。何の色も窺えぬ問い。女王が軽く眉尻を上げた。
「これは、珍しき客人よ。そんなに、たかが人の子が大切か……?」
「たかがって何だよ」
「お主もだ、三眼の者。何故その力を、もっと有効に使わぬのかの…。人を殺すのは気持ち良かろ?泣き叫び許しを請う姿は、楽しかろ?」
 尚道に、女王の視線が向く。嘲る様に微笑むその瞳には、冷たい色が広がるばかり。整った顔貌故に、何よりも恐ろしく見える。
「まあ良い。しかしな、我等が人の子に時間を煩わせて何になる?何度も言わすでない。彼奴らは、適当に街に捨てたでな。生きてはおらぬだろ」
楽し楽しと哄笑を浮かべる女王。
「……あんたの願いとやらは、何なんだ?それに、子供が必要なわけではないんだろう!?」
「お主らがやって来た目的がそれだというのなら、交渉は決裂よの。妾は子供を返すつもりも、お主らに妾の国を闊歩させるつもりも無い。呪いが解けた暁には、あの忌まわしい男の国から食ろうての、全てを我等の色で塗り替えてやろ。その時はお主らも、覚悟しておけ」
「……何があっても、意見は変わんないのか!?」
「変わらぬ。同胞全ての願いだ。そして、妾の永劫の夢だ」
 恍惚に頬を染めて、女王は異相を曝した。その瞬間に、言葉の無意味さを痛感してしまう。いつかの記憶に微かに頭が痛む。
 長い間闇の中に住まう異形達、その心は元来『悪』。創造よりも破壊する事に幸せを見出す、負の者達。そして全てに共通して求むのは、破壊の後に来る創造だ。全てを破壊尽くしてやっと、その先にある光に手を伸ばしたくなるのだ。そうして魂は『渇望』の先の『安楽』を得る。
 この異形達は、美しき女王は、破壊の中にしか生を感じる事が出来ないのだろう。闇に生きるからこそ。
「夜が明けるの。青よ、外の同胞を呼び戻せ。それから赤や。同胞を何千と滅されて、さぞ腹が立っておろ?外の術師共を可愛がっておやり。日が昇る前には終らせるのだ」
 女王が命じるや否や、赤鬼の姿が消えた。そして、女王の瞳が再び春華達に向けられる。
「遊びは終わりじゃ。お主達の処遇だが……捨て置いても何の問題にもならん。仏心だ、帰してやろ。――次に会う時は、その顔を恐怖と後悔で染めておくれの……?」
 そう言い残して唐突に闇に女王は闇に溶けた。
 もうこうなったら、力づくで街に入り込むしかない。そう思い至ったが、行動を起こそうとした四人の前、青鬼の横に、黒い穴がポカリと開いた事に、春華が慌てて叫んだ。
「ヤベェ!!また……」
 凄まじい吸引力に、アールレイの小さな体が消えた。
「ちっ……」
 力の解放率を上げようと試みるが、間に合わない。長身である尚道さえ、糸も簡単に飲み込もう口を開けるソレ。踏ん張った足が大地を離れ、尚道も深い穴へと没した。

 尚道は戻ったホテルのソファーに乱暴に腰を下ろし、分厚いファイルを開いた。
 捲る速度は速く、とてもじっくり見ているという気はしない。
 異界から呆気なく弾き出された事を思い返すと、悔しさのあまり脳の働きも鈍る。どちらにせよ頭に入らないのだから問題は無いのだが。
 それにしてもだ。尚道には、まだ良く分からない。異形の目的が何所にあるのか。時代が変わる事など歯牙にも欠けず、ただ殺戮だけの為に古河切斗を待つ女王。
 女王にとっては忌むべき筈の古河切斗。その生まれ変わりだと集めた子供達を、ただ捨てるだけというのはおかしい。あれ程強い憎悪を煮え滾らせて置きながら、女王の想いの向かう先は何所なのだろう。
 ファイルに並ぶ、攫われた子供の写真。年も見た目も何もかもが違う。ただ、見える位置に居るから攫われたというだけにしか思えない。調度目に映る場所に居たから攫い、古河切斗の生まれ変わりと違った為に捨てた。無差別もいい所だ。
 そもそも古河切斗が生まれ変わっていると知った理由は?どんな理由から空市の子供を攫うのか。
 系図の内に、古河切斗の一族に連なる者は居ないのに。
 共通点は?相違点は?「不殺」を強いられる異形の世界に子供を連れていった理由は?
 疑問がぐるぐると頭を巡る。一連の行動が「古河切斗」の生まれ変わりを探して居るようにはどうしても思えない。誰でも良い、戯れだ、退屈凌ぎだと言われたほうがまだしっくり来るのは何故なのか。
 ファイルを閉じて、前髪を掻き揚げた。
 明けた朝の空が大きな窓の外に広がっている。
 せめて子供本人から、何かが聞ければいいのに……攫われた子供は今何所に居るのだろう。
 わからない。わかれない。
 それでも。

 暁に染まる世界を見据えながら、尚道は思った。


 次で、最後――。




【to be continue…】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2158 / 真柴・尚道(ましば・なおみち) / 男性 / 21歳 / フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】
【3999 / 柊・秋杜(ひいらぎ・あきと) / 男性 / 12歳 / 見習い神父兼中学生】
【3461 / 水上・操(みなかみ・みさお) / 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづか・こんぜん) / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【2863 / 蒼王・翼(そうおう・つばさ) / 女性 / 16歳 / F1レーサー兼闇の狩人】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【1892 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男性 / 75歳 / 中学生】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや) / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターのなちと申します。この度は「百鬼夜行〜闇〜」にご発注頂きまして、有難うございます!!そして大変お待たせ致しまして申し訳ありませんでした。
今回は三部の第二作目、一番重要な場面だったのでは無いかと思っております。
長い上に個人個人で内容の違う部分も多々ありますゆえ、内容が判り難い場合など、参加者様各位の物も見て頂ければ大丈夫かな……などと思っております。それでも尚判らなかった場合は、私の力量不足です。スミマセン。
この作品を少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。

それでは、また尚道さんにお会い出来る日を祈って!有難うございました。
ご意見・苦情・ありましたらぜひご一報下さいませ。