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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


『瓶の中の妖精とあの世から舞い戻った女の子の物語』


【序章】


 しゃこーん、とユーンの振るう銀の薙刀が今回の物語の修正力として具現化した山犬を斬殺した。
 断末魔の悲鳴をあげた山犬は光の粉となって消え去った。
 それと同時に銀の薙刀は元の銀時計となり、それを懐にしまったユーンはほっと安堵の溜息を吐いた。
 自分の双子の妹を恨んでいた哀れな玉虫の魂は救われて、天へと上っていった。
 それを見届けたユーンはその場に崩れこむように座り込んで、大の字で寝そべった。
 そのユーンの顔を覗き込むのは半透明の少女、白亜だ。
「お疲れ様です、ユーンさん」
「ああ。しかし…」
「しかし?」
 白亜は小首を傾げた。
「今回もまたこの【硝子の華のつぼみ】を咲かせられなかったな。物語を解決するたびに得られる涙、白亜、君が俺にくれるそれで蕾は少しずつ開くのだけど」
「え? 【硝子の華のつぼみ】?」
「どうした?」
 白亜は確かに怯えているようだった。
 ユーンが持つ硝子で出来た花の蕾に。
 ――――それは硝子細工ではなく、確かに生きている花だ。
「そ、それはどこで?」
 怯えた声を絞り出す白亜に立ち上がり、そして彼女が怯えるので【硝子の華のつぼみ】をしまったユーンは、口を開く。
「……俺がこの物語に縛られた異界の東京に触れた日に、俺がいる世界に戻った時に託されたんだ。白という人に。綾瀬さんはその人は確かに俺が居る世界には居るけど、その人ではない、白さんだと言う」
「し、白…あ、あぁ………」
「ああ、銀の髪に青い目をした、とても優しそうな人だった。そしてとても不思議な雰囲気を持った」
 ユーンが【硝子の華のつぼみ】を託してくれた白の外見を説明した時、白亜は顔をくしゃくしゃにし、そして………
「ごめんなさい。ユーンさん。わ、私は………」
 一滴の涙を零した白亜は泣きそうな声でそう言うと、空間に溶け込んだ。
 ――――その白亜の涙を浴びた【硝子の華のつぼみ】は何故か、先ほどよりも開いていた。
 あと少しで咲きそうだ。先ほどまでは、半分も開いていなかったのに………。
 ユーンはそれをじっと見つめていた。
 ――――何かが彼の胸の中でざわめいていた。



 ――――――――――――――――――
【オープニング】



 もしもワタシをこの瓶の中から出してくれる人がいたら、そうしたらワタシはその人の願いを3回叶えてあげましょう。

 その昔、世界にはとてもとても強い魔力を持った妖精がいました。
 ただ、その妖精は、
「ねえねえ、ワタシのお友達になってよ♪ そのためだったら何でも願いを叶えてあげるよ」
 と、幼い子どもが他の子に友達になってもらいたくって飴玉をあげるように何でも願いを叶えまくっていました。当然、その妖精の周りには「僕は君の友達だよ♪」と言う人間がたくさん集まってくるのですが、その人間たちはどれも妖精の魔力だけが目当ての人間で、そして本当にその妖精と友達になりたいと望む人たちは、その悪い人間たちに邪魔されて友達になる事はできませんでした。
 そしてとうとう・・・
「おまえは国を滅ぼしたとても悪い妖精だ。だからおまえを封印してしまおう」
 と、友達の願いを叶えて国を滅ぼしたその妖精は、亡国の生き残りの魔術師によって瓶に封印されてしまいました。

「どうしてだろう? ワタシはただ、友達のお願いを聞いただけなのに?」

 そうして時が経ちました。
 瓶の中に閉じ込められていたその妖精がなんと瓶の中から出られたのです。
「あなたがワタシの封印を解いてくれたの?」
「うん」
 その女の子は青白い顔にそれでも飛びっきりの笑顔を浮かべて頷きました。
 そして妖精は言いました。
「ワタシを瓶から出してくれたあなたの願いを3つ叶えましょう」
「まあ、ほんとに!」
 女の子は胸の前で手をあてて喜びました。
 そして即座に言いました。
「あたしのお友達になってください」
 それは初めて言われて、そして何よりも何よりも何よりもその妖精が待ち望んでいた願いでした。
 妖精はぼろぼろと涙を流しながらその願いを叶えました。
 それから妖精と女の子は色々な事を話しました。
 その女の子は血液の病気で生まれてからずっとこの部屋に閉じ込められていて、そしてたくさんの本を読んで、色んな世界を夢想して、そうやってこの部屋でずっとずっとずっと過ごしてきたそうです。
 妖精は女の子の話すたくさんの物語が大好きでした。
 女の子も初めてできた友達が嬉しくってたくさんたくさん読んだ本の話や自分が作った本の話をしました。

 さて、妖精は3回願いを叶えると誓いました。だから願いはあと2回残ってます。
 だけど妖精はそれを口にしませんでした。なぜなら彼女が病気を治して、と言うのが怖かったからです。だって病気が治ったら…そうしたら彼女は………

 だけど別れはやってきます。
 妖精は本当には理解していませんでした。人間がどれほど弱い生き物で、そして命とはどれほどに脆く儚いモノなのかを。

 妖精は哀しみました。
 そうして妖精は見つけるのです。
 女の子の日記を。そこには何枚も何枚も、何文字も何文字も書かれていました。

 外に出たい。外で遊びたい。色んな人と出会って、お話しがしたい、と。

 妖精はにこりと笑いました。とてもとても純粋無垢な笑みを浮かべました。

 ――― もしもワタシをこの瓶の中から出してくれる人がいたら、そうしたらワタシはその人の願いを3回叶えてあげましょう。 ―――

 外に出たい――――うん、今、死の国と言う世界からあなたがいた世界に出してあげる。

 外で遊びたい―――うん、たくさん、遊ぼう。みんなで一緒に遊ぼう。

 色んな人と出会って、お話しがしたい――――たくさん、たくさん、お話しをしよう。ワタシがたくさんの子どもをあなたの所に連れて行ってあげるよ。

 そうして女の子は死者の世界から蘇りました。


 それがこの異界の東京を縛る物語。
 この東京では女の子の幽霊と妖精が現れ、そうして街で遊びまわり、そこで知り合って友達になったたくさんの子どもを次元の違う花園に迎え入れて、おしゃべりしている。
 ―――だけどその子どもたちはもちろん、その花園に行った時点で死んでしまっています。

 何が幸せ?
 それがあなたたちの幸せ?
 本当に?
 この物語はただそうやって続いていきます。多くの子どもたちを犠牲にして。
 とても哀しい物語。だからあなたがこの妖精―マーシャと女の子―雪代みか、の物語のラストを書き換えてあげてください。あなたが想うこの二人の本当の幸せのラストに。



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


【第一章 綾瀬まあや】


「こんな所に呼び出して、何の用なのかしら、ユーンさん?」
 夕暮れ時の廃虚に響いた声はどこかせせら笑っているようだった。
 ユーンは苦笑を浮かべて、肩を竦める。
「こんな所、ですか。いえ、ここは俺と綾瀬さんが初めて会った場所ですからね。ここに呼び出した理由を問われるのなら、そう答えます」
 誰ぞ、彼? 黄昏時。あの時もこんな夕暮れ時だった。
 そう、あの時の彼女は…
「あたしはこうやって、あの時はリュートを弾いていたのですよね」
 次元から取り出したリュートを彼女は奏で出す。
「そうですね。そしてあなたは丁度ここに来た俺に、挨拶をしてくれて」
「お喋りをしたのよね。ユーンさんが廃虚巡りが好きな理由を教えてもらった」
「そうですね」
 夕暮れ時の橙色の光は、時から置いてけぼりにされた廃虚を照らすには相応しい。それが廃虚に漂う空気を満たす寂しさを、余計に感じさせるから。
 胸に軽いうずきを感じさせる寂しさが、膨れ上がっていくようなのは、何も夕暮れ時の光のせいだけではなく、彼女が奏でるリュートの音色のせいでもあるのかもしれない。
 音色が心のうちから誘うのは不安、寂しさ、恐れ、疑心、緊張…それがユーンを軽い恐慌状態にする。
 眩暈にも似た感覚に襲われて、軽くその場で立ち眩みを起こしてふらついたユーンに綾瀬まあやは薄く笑った。
 妖しく妖艶に…。
 あるいは中世ヨーロッパで語り継がれる魔女とは、そんな風に人の心の安定を乱し、人々の心を緊張状態にして、人々の心はそれを感染させていき、街は恐慌状態となって、このような廃虚が、至る所にその当時にできたのかもしれない。
 一体いくつの街が魔女によって滅ぼされたのだろうか?
 そして現代の音の魔女、綾瀬まあやは、この東京という街を滅ぼそうとしているのだろうか?
 ユーンは胸に感じるどうしようもないその予感めいた感情を言葉にして口から搾り出すようにして吐き出した。
「綾瀬さん。あなたは本当は物語に縛られた異界の東京の秘密に気がついているんじゃないんですか? いや、あなたは知っていて、それでもあえてあの異界の東京をそのままにしているんじゃ。そして導いているんだ、あなたは、能力者を異界に」
「何故そう想うのかしら?」
「それは、わかりません。直感です。でも例えばあなたは【闇の調律師】。世界の奏でる狂った音色を調律するのが役目。そして俺は能力者。いつか俺が…そう、俺が世界の奏でる音色を乱すかもしれない。そうなる前に異界の東京に導き、そこで殺すためとか。未来において世界の音色を乱す可能性のある能力者を。未来における自分の敵を」
 真っ直ぐにユーンはまあやの紫暗の瞳を見据えた。
 しかしまあやはその瞳をユーンの青の瞳から逸らさない。
 ユーンは溜息を吐き、肩を竦めた。
「冗談です。でもあなたが本当は物語に縛られた異界の東京の真実に気がついていると想うのは本当です。確信しています。だからこそあなたは能力者の前に現れて、偶然を装って、能力者を彼の地へと導いている。綾瀬さん、あなたは【硝子の華のつぼみ】を持っていますか?」
「いえ、持っていないわ」
「それは何故ですか?」
「さあ、知らないわ」
 首を横に振ったまあやにユーンはまた重い溜息を吐き出しながら、【硝子の華のつぼみ】を取り出した。もう半分以上蕾を開かせた。
「それはだからあなたもまた、カウナーツ、冥府といった者たちと同じ物語に縛られた異界の東京のために用意された駒だからなのではないからですか?」
 まあやの瞳が細まる。
「このあたしも、では、何かの物語の登場人物だと?」
「いえ、あなたは違うでしょう。でもあなたは確実に役目を持っている。能力者を異界へと導く。そして手助けする」
 まあやは笑う。
「何のために、そんな事をするのかしら?」
 そしてユーンも笑った。
「その笑みはやはり俺が物事の核心に近づいているからですか?」
「さあ、それはどうかしら」
「まあ、いいでしょう。そうする事の意味でしたよね?」
「ええ」
「そうする事の意味。そう、それを俺もずっと考えていた。そもそも俺があなたや白亜さんからされた説明とは、物語に支配された異界の東京…【悪夢のように暗鬱なる世界】で織り成される物語を幸せな物に導く事であった。物語の修正力を撥ね退けて。そして真の敵は物語の修正力ではなく、異界の東京を縛る物語を書いた【物語の書き手】」
「そうね」
「綾瀬さん、俺はあなたとも何度か共闘して、【悪夢のように暗鬱なる世界】を書き換えてきましたね。【物語の書き手】はだけどその間、何もしてはこなかった」
「あたしたちが戦う様が面白いんじゃないのかしら? それを楽しむためだけにやっているとしたら、それで納得できるわ」
「なるほど。そういうサディスティックな精神の持ち主も確かに居て、その者にとってはそれが理由となるのもわかります。でもあなたは違うでしょう? それが理由ならあなたの性格ならそれに付き合う理由は無いし、それに乗らないでしょう?」
 ユーンは問い詰めるというよりも、さらりと言った。今朝のトーストに塗られていたバターは塗りすぎじゃなかった? というぐらいの気安さで。
 そしてまあやは口元に手をあててけたけたと笑う。
「なるほど。でもそれはあたしも【悪夢のように暗鬱なる世界】に関わっているとしたらの話では?」
「だから俺は、あなたもそれに関わっていると確信している」
 廃虚を通り過ぎていく風が奏でる音色は誰かがすすり泣く声に似ていた。もはやまあやはリュートを奏でていない。
 彼女の鋭く細められた眼はユーンを射抜くように見据えている。
「あなたが【悪夢のように暗鬱なる世界】に能力者を連れて行く…その理由は確かに能力者にその物語を解決させるのが、理由かもしれない。だけどそれだけではないはずだ。理由は二つあるのでは?」
「二つ?」
「そう、二つ。まあやさん、あなた自身も物語を書き換え、それを実現させるために命をかけていた。それは確かだ。だったらそれも確かにあなたが【悪夢のように暗鬱なる世界】に関わる理由の一つなのだろう。そしてそれがもたらす結果がもう一つの理由。いや、ひょっとしたらこのためにすべてがあるのでは? 異界の東京を縛る物語とはそのためにあるのでは?」
「何を言っているのかしら?」
「これですよ」
 ユーンは半分以上蕾が開いた【硝子の華のつぼみ】をまあやに見せる。
「これは最初の物語を解決した時に白さんではない白さんから渡されたモノ。物語を解決する度に白亜さんからもらう【涙】で少しずつ開花させていった。彼女自身も戸惑っていた。自分が何故にそれを物語を解決した者に渡すのか。だけど今日、物語を解決し、それでも少ししか開花しなかったそれが、しかし白亜さんの涙で開いた。今までに無い早さで。白さんではない白さんの事を話し、この【硝子の華のつぼみ】を見せたら、彼女は怯え、そしてこれはここまで開いた。半分も開いていなかったこれが」
「つまり、何が言いたいのかしら?」
「ええ、ですからつまりこれは予測でしかないのですが、この【硝子の華のつぼみ】は白亜さんと連動しているのでは? なるほど、ならばうちの双子たちが水をやったりしても咲かないはずだ。そしてこれが完全に開いた時は、おそらくは白亜さんの心に何かが起こった時。その時には、あの【悪夢のように暗鬱なる世界】も真に救われる…いや、それすらもひょっとしたら白亜さんと何かの繋がりが………まさか【悪夢のように暗鬱なる世界】とは白亜さんの…」
 形を成さない考えを言葉にしているうちにユーンは、自分の中にあったその形の成さない考えを形にできて、だからそれを導き出したのだろう。
 ―――――あの物語に縛られた異界の東京の真の姿への予想に………。
 リュートの旋律が奏でられた。
「聞かれているわ」
 ユーンは目を見開いた。
「聞かれている?」
 そして彼がそれを言った時に、二人の背後に門が現れた。
 冥府の守護する門だ。その門の扉があの時と同じように死霊のような叫び声を蝶番にあげさせて開いていく。
 まあやからその開いた扉と、自分たちを見つめる冥府に視線を移し、ユーンは言った。抑揚の無い声で。
「今回は俺ひとりでいいです」
「ええ」
 そしてユーンを飲み込んだ門は消えて、
 そこにひとり残ったまあやの背後に闇色のマントを身につけ、同じく闇色のフードをかぶった人物が立った。
「彼は後もう少しで真実に辿り着くようですね」
「ええ。あたしでは……心に罅が入り、欠けたあたしでは辿り着けなかった所に彼は立とうとしている。硝子の華が咲いた時、その香りが世界を…彼女を目覚めさせる」
 そう言ったまあやにフードの人物は首を横に振った。
「私が【硝子の華のつぼみ】を託した人物たちにかけたのは、それだけではありません。あなたもですよ。硝子の華の香りは眠る人々の心を醒まさせる。どうか、あなたも導かれるように」
「いいえ。あたしには救われる価値はありませんわ」
「哀しい事を言うのですね」
 ………。



 +++



 ―――――もしも白亜が【硝子の華のつぼみ】を咲かせてすべてを取り戻したのなら、その時は、僕が物語の修正力となろう。
 そして、この世界を存続させるんだ。



 ――――――――――――――――――
【第二章 白亜】


 見慣れた部屋。
 いくつもの本の塔。数億冊もの本で形成された。
 その本の塔の向こうからはやはり変わらずに絶える事の無いモノを綴る音が聞こえてくる。
 しかし今はそれがユーンには呪詛のように聞こえた。
 白亜を閉じ込める。
 ユーンは考える。どうしてこんなにも白亜の事を考えるのか。
 それは彼女が子どもだからだろう。どうにも子どもには弱い。
 ――――あの子、が自分に与えてくれたモノはとても大きく、
 だからその恩返しをしようというのか。
 いや、あの子を無くし、
 その喪失感を子どもを守る事で…。
 ユーンは懐から取り出した銀時計を握り締める。
「ようやくあの子が生きている事がわかったんだ。俺はここでは死ね無い。そして…」
 ――――白亜も助けて、この世界も正常なモノにしてみせる。
「ユーンさん」
 いつものように何の前触れも無く背後からユーンに声がかかった。
「白亜さん」
 振り返るユーン。その時には最前に彼の顔に浮かんでいた緊張の糸が張り詰めたような表情は消えていた。
 優しい表情を浮かべたユーンは白亜に言う。
「それで今回の物語は?」
「はい。今回のこの異界の東京を縛る物語は…」
 そして彼女はユーンに説明した、瓶の中に閉じ込められていた妖精マーシャと、雪代みかの物語を。
「まるで【鳥籠】だな」
 話を聞いたユーンは一言だけ、そう呟いた。口元は微笑しつつも、瞳にぞっとするほどに冷めた雰囲気を漂わしながら。
 しかしそれもほんの一瞬の事だ。
 彼は即座にその雰囲気を消すと、いつも通りに優しい表情で頷く。
「わかった。その物語のラストは俺が書き換えよう」
「はい」
 頷く白亜を見据え、わずかに目を細めた彼は、その哀れな瓶の中の妖精と女の子の物語の終わりを書き換えるべく、新たな物語の終わりを、彼が望む物語の終わりを、想像する。
 それはユーンの前に流れるように書き綴られ、
 白亜の手の平の上に集まり、
 そうして蝶となったそれは、
 カウナーツの方へと飛んでいく。
 そう、こうして物語は書き換えられるのだ。
 後は………
「やれるか、やれないかだけだ。そして俺はやってみせる」
 ―――――ただそれでも今回は………
「白亜。今回は、君にも手助けしてもらいたい」
「え、私もですか?」
「そうだ。君にもだ」
「………どうして?」
「いや、今回は綾瀬さんもいないし、それに相手は小さな子どもたちだ。俺だけでは心許ないのでね」
 白亜は服の胸元を片手でぎゅっと鷲掴みながら下唇を噛んだが、そのまま彼女は頷いた。
「わかりました。私も行きます」
「ああ。ありがとう。君は俺が守るから。そう、俺が」
「はい」
 白亜は頷いた。



 +++


「物語通りなら、この異界の東京の子どもたちはマーシャさんとみかさんに連れられていき、異界の花園にいるんだったね」
「はい。その異界の花園に行ってしまったら…そしたら………」
「ああ、死ぬ。だったらこちらの世界に連れ出さねばならないか」
「だけどどうやってユーンさん?」
「ああ、綾瀬さんがいてくれたら、音楽でなんとかしてくれたのかもしれないがね」
 ユーンは口元に苦笑を浮かべると、大きく息を吐いた。
「まあ、やれる事をやるさ。子どもの世話は慣れてるから、故に子どもの思考というのもわかっていてね」
 ユーンはビルのてっぺん近くにある巨大な時計を見据えて、にやりと笑った。



 +++
 

 そこは異界の花園。
 そこでは多くの子どもたちが楽しそうに遊んでいる。
 お喋りしたり、
 鬼ごっこしたり、
 フルーツバスケットをしたり。
 そんな子どもたちがたくさんいる公園にある噴水の水がぶわっとあがって、その水が映す異界の東京の映像を見たひとりの子どもが大声をあげた。
「あー」
「どうした? どうした?」
「あれ、見ろよ」
「あ、あれは遊園地だ」
 そう、噴水の水が映す異界の東京の風景は、遊園地であった。とても楽しそうなアトラクションがいくつも並ぶ。
 その遊園地には耳の長い白うさぎの着ぐるみもいて、それは軽快な動作でまるで自分が見られている事をわかっているように踊っていた。
 もちろん、それが子ども心をくすぐる。
「行こうぜ」
「そうだよ、行きたいね」
「マーシャ」
「みかちゃん」
「行こうよ」
「行こうよ」
「行こうよ」
 子どもたちは騒ぎ出し、マーシャとみかは顔を見合わせて、そうしてにこりと笑いあった。
「わかったわ、行きましょう」
「うん、そこもまた何ならワタシの魔法でここに持ってきましょう」
 風が吹き、
 その花園を吹き渡った風に、
 花びらは舞い飛び、
 その百花繚乱の光景が落ち着いた時、
 その花園には、子どもらの姿は無かった。



 +++


 子どもが乗ればジェットコースターは動き出し、
 メリーゴーランドも回りだす。
 大きな観覧車は一周し、
 子どもたちは大声で楽しそうに笑う。
 白うさぎはそんな楽しそうに笑いながら遊ぶ子どもたちを見ていたが、ふいにくるりと回って、ぽんと軽やかに宙でも回って、
 そして拍手をする子どもらに優雅に一礼する。
 その白うさぎの手には二つの時計があって、それが止まったかと想うと、
 白うさぎの足下に一つの国のジオラマが現れ、
 そのジオラマにはいくつもの人形がいて、
 その人形は動き出す。
 優美で軽やかな白うさぎの声で。
「その昔、世界にはとてもとても強い魔力を持った妖精がいました。
 ただ、その妖精は、
『ねえねえ、ワタシのお友達になってよ♪ そのためだったら何でも願いを叶えてあげるよ』
 と、幼い子どもが他の子に友達になってもらいたくって飴玉をあげるように何でも願いを叶えまくっていました。当然、その妖精の周りには『僕は君の友達だよ♪』と言う人間がたくさん集まってくるのですが、その人間たちはどれも妖精の魔力だけが目当ての人間で、そして本当にその妖精と友達になりたいと望む人たちは、その悪い人間たちに邪魔されて友達になる事はできませんでした。
 そう、その娘に出会うまでは妖精には真の友達はおりませんでした」
 もちろん、マーシャはわかっていた。
 それが自分の物語である事は。
 だから………
「ダメェー。皆、聞いてはダメよ。これは大人の罠よ。この白うさぎは大人だわ。ワタシはこれまで多くの大人に騙され、利用されてきた。こいつもそうだ。こいつもまたワタシを騙すつもりなんだ。皆を、連れて行くつもりなんだ。皆はいいの? あの花園から、ワタシや、みかから、離れ離れにされても。みか、いいの? ワタシたち友達が離れ離れにされても!!!」
 マーシャは訴えた。皆に。
 子どもたちはマーシャと白うさぎを見比べ、
 そして白うさぎに向っていく。無論、白うさぎを倒すためだ。
 だが、白うさぎはやめない。人形劇を。
 子どもたちに叩かれ、
 蹴られ、
 色んな汚い言葉を吐かれても、
 やめない。
 人形劇は進んでいく。
 人形劇の妖精はひとりの女の子と出会い、
 友達となった。
 ――――子どもたちの攻撃が止まる。
 なぜならそれを語った時の白うさぎの声がとても優しかったからだ。
 とても、とても、とても。
 そして白うさぎの人形劇は進んでいく。
 女の子は死んでしまう。
 そうして妖精はその女の子を蘇らせて………。
 人形たちが…
 子どもたちがマーシャを見る。
「本当にこれでいいのかい?」
 白うさぎが言った。
 ――――とても哀しそうに。
「この人形劇の舞台も、人形も、そしてこの遊園地も時計の刻を代償に、出来ている。それは君らも一緒だ。マーシャさん。君は願いを叶える代償に、みかちゃん共々世界に閉じ込められてしまった。だけど、この世はすべてが代償を払わねば得られない法則には完全に縛られてはいない。そう、無償で手に入るモノもある」
 白うさぎの着ぐるみが、人形劇の舞台、人形が消える。
 ユーンはマーシャに優しく諭すように言った。
「みかちゃんは別にマーシャさん。あなたが願いを叶えてくれるから、友達になったのではない。友達が欲しかったから、マーシャさん、あなたと友達となりたかったから、だからそう言ったんだ。そうでしょう?」
 ユーンの柔らかに細められた目に見つめられて、みかは頷いた。
 そして子どもたちも口々にマーシャに言う。それは自分たちも一緒だと。
「例え、全臓器を分解されても生体反応は消えない。でも、それは生きているとは言わない。そうかと思えば、すぐに死んでしまう。それほどに命は強く脆い。…マーシャさん、本当はとっくの昔に気付いたのではないですか?」
 ユーンに優しくそう言われて、それに反論するようにマーシャは地団駄を踏んで、だけどそれはやっぱり本当は、マーシャもわかっていて、だからマーシャはその場に崩折れるように座り込んで、泣き出した。
 みかが、子どもたちがマーシャの周りに集まって、同じように泣き出す。マーシャのために。
 そしてマーシャにかけられた声があった。
「この妖精め。また悪戯を起こしたか。封印するだけでは生ぬるかったようだな。ならば今度こそ、蘇らぬように殺してくれるわ」
 それは意志であった。
「マーシャさんを封印した亡国の魔術師の意志」
 そしてそれは起こった。
 遊園地の中心にある塔のてっぺんに立つ魔術師から溢れた魔力の奔流はジェットコースターや観覧車といったアトラクションに流れ込み、そしてそれらはマーシャを襲い出す。
 そう、ジェットコースターは蛇のようにのたうちまわりながらマーシャに襲い掛かってくるし、観覧車も転がってくる。メリーゴーランドの馬や馬車たちもだ。マーシャを殺すために。
 だがそれを見据えながらユーンは鼻を鳴らした。
「これが今回の物語の修正力。だけどやらせるものか」
「ユーンさん」
 これまで隠れていた白亜が凄絶な声をあげた。
 それをあげた白亜を優雅な流し目で見据えながら、しかしユーンは笑った。
 そしてユーンは懐から銀時計を取り出し、それを銀の薙刀とし、それを一閃させた。
 転瞬、すべてのアトラクションが散りとなって消えて、
 ユーンはその薙刀を振り上げながら、地を蹴って、塔のてっぺんに立つ魔術師に踊りかかる。
 にやりと笑う魔術師。魔術師の放つ炎の魔法。
 それは火の鳥となってユーンを襲う。
 だが…
「温い」
 銀の薙刀を縦に一閃。転瞬、炎の鳥は断末魔の悲鳴をあげて、消え去り、
 そしてその残骸の炎から飛び出したユーンは、銀の薙刀を横に一閃させた。
 …それで充分だった。
 ――――魔術師の体に十字の傷が刻まれ、そしてこの世からそれは消滅したのだった。



 +++
 

「マーシャ、最後のあたしのお願いをするね。時間をあたしが死んで、マーシャが魔法を使う前に戻してください」
 ―――――そうしてマーシャはそのみかのお願いを叶えた。
 そこはみかの部屋だった。
 いや、みかの部屋だった部屋だ。
 その部屋に漂うのはマーシャとみかの思い出の残滓と、マーシャの泣き声だ。
「マーシャさん。ここに漂うのは、残滓だけど、マーシャさんの中には想い出があって、あなたがみかちゃんの事を忘れなければ、それが何よりもの彼女のためになるんですよ。ひとりでも誰かが自分の事を覚えてくれている事は何よりもその人が生きていたという事を証明するモノの中で尊い物だから」
「うん」
「さあ、一緒に、あなたの初めての友人のお墓参りに行きませんか?」



 ――――――――――――――――――
【最終章 そして物語への核心のピースへと】


「君は願いを叶える代償に、みかちゃん共々世界に閉じ込められてしまった。そう言いましたよね、ユーンさん。それは…それは、私にも言った言葉なのでは?」
 白亜はユーンに言った。怯えながら。
 そしてユーンは頷く。
 みかのお墓の前で。
「ずっと考えていた。この物語に縛られた異界の東京の事を。何度もいくつもの物語に縛られたこの異界の東京。それは【物語の書き手】の陰謀だと想っていた。だけど、実は…」
 ユーンは【硝子の華のつぼみ】を出した。
「だけど実はこれ自体が…すべての事を含めてひとつの物語なのでは? そう、この【悪夢のように暗鬱なる世界】とは、白亜さん、君の物語なのではないのかい?」
 ぽろぽろと白亜は涙を流した。
「どうして泣いているんだい?」
「わかりません。わかりませんけど、だけど私は今胸にある感情に似たモノを知っています。それは朝起きた時に抱いている感情。とてもいい夢を見ていたのに、目覚めてしまって、そしてそれを哀しく想う感情」
「白亜さん。あなたは何も知らないと言っていましたね。自分の事は。だけど今はどうですか?」
「今は………」
 ユーンは優しく微笑みながら唇を動かす。
「勇気を持って。白亜さん、あなたを取り囲むその見えない壁はだけど、簡単に壊せるはずだから。その壁を壊し、前に踏み出すための一歩を俺は見ていてあげるから。踏み出すのが怖いのなら、俺がその手を握ってあげるから。さあ、だから白亜さん。怖くはないよ」
 ユーンは手を白亜に差し出した。
 その手を白亜が恐る恐るだが握る。
 そして………
 その瞬間、【硝子の華のつぼみ】は花開いた。
 


 そう、そこから足を踏み出すとは、行くべき場所に気付いた、行ける勇気を持った、準備が出来たということだから。



 止まっていた時間が動き出す。
 白亜の中で。
 そして白亜は…
「いやぁーーーーーーー」
 大きな悲鳴をあげて、
 ユーンは、
「なに、冥府?」
 後ろに現れた門、開いた扉、そこに立つ冥府によって――――――――――



「ここは?」
 ユーンは愕然とした声を出した。
 何故ならそこは現実世界だった。
 いや、それだけならそこまで驚かなかっただろう。
 彼を驚かしたのは、そこが雪代みかのお墓の前だったからだ。
「これはどういう事だ? 雪代みかは実在していた。物語の登場人物ではなく。では…」
 ユーンは自分の手の中の【硝子の華】を見る。
「白亜も…」
「そうよ。すべては今、あなたが想像している通り。雪代みかは実在していて、そして【悪夢のように暗鬱なる世界】の雪代みかと同一人物で、彼女を主人公とした物語は白亜の物語の内。これをあなたに。これがあなたが解決するべき最後の物語よ」
 いつの間にか傍らに立っていた綾瀬まあやが、ユーンに渡した本。それは白い服を着た少女が主人公の本であった。


 ― fin ―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】



【2829 / シン・ユーン / 男性 / 626歳 / 時計職人】



【NPC / 綾瀬・まあや】



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■         ライター通信          ■
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こんにちは、シン・ユーンさま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


前回から引き続きの参加ありがとうございます。^^
今回の物語、いかがでしたか?
ついにユーンさんが【硝子の華のつぼみ】を咲かせ、
そして【悪夢のように暗鬱なる世界】の真実に辿り着きましたね。^^
なんかすごいところで終わっていますが、残りの謎は次の依頼文にてわかります。
今回の内容と次の依頼文で、明らかに。
次回が最終話となりますので、またよろしかったら、ご参加くださいね。(^^


プレイングでは、どんと、マーシャを諭す言葉が書かれていて、
それを導き出す最高の演出を考えるのが楽しかったのです。^^

ユーンさんはモノを作れるから、だから何かを創造してもらって、
それを軸に話を展開させようと想いました。
故に遊園地と、そして人形劇です。
人形は操り人形です。^^
今回は白うさぎの着ぐるみを着ながらの人形繰りでしたが、何となくユーンさんの優しい外見を見ていますと、人形繰りもまた似合うと想います。
そうしたら双子さんたちは喜んで見てくれそうですね。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にありがとうございました。
失礼します。