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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


『 第二話 瓶の中の妖精とあの世から舞い戻った女の子の物語』


 かつて僕は【悪夢のように暗鬱なる世界】という物語に縛られた異界の東京で哀れな雪女と人間の青年の物語(異界第一話)を書き換えた。その時に不思議な人物から与えられた【硝子の華のつぼみ】。
 それを咲かせる事がすべての真実に近づくというから、また新たな物語に縛られた物語にチェレンジしてみたけど、結果は失敗。
 ――――僕は死ぬ。
 しかしこの花の蕾はどうなるのだろうか?
 このまま枯れる?
 それはあまりにも虚しく、切なくって。
 だから僕はそれを託してみる事にした。
 僕の代わりに、あの哀れな妖精と幽霊の女の子の物語の結末を書き換えてくれる…いや、そいつもそれに失敗して、僕と同じように…

 死ねばいい・・・

 そして僕は最後の力でそれを僕が居た世界に飛ばした。
 これは不吉を呼ぶ花の蕾だ。
 受け取った人物はそれによって物語と結ばれた異界の東京と縁ができ、そうして死ぬ…。
 あはははははははは。
 ザマアミロ。



 ――――――――――――――――――
【オープニング】

 もしもワタシをこの瓶の中から出してくれる人がいたら、そうしたらワタシはその人の願いを3回叶えてあげましょう。


 その昔、世界にはとてもとても強い魔力を持った妖精がいました。
 ただ、その妖精は、
「ねえねえ、ワタシのお友達になってよ♪ そのためだったら何でも願いを叶えてあげるよ」
 と、幼い子どもが他の子に友達になってもらいたくって飴玉をあげるように何でも願いを叶えまくっていました。当然、その妖精の周りには「僕は君の友達だよ♪」と言う人間がたくさん集まってくるのですが、その人間たちはどれも妖精の魔力だけが目当ての人間で、そして本当にその妖精と友達になりたいと望む人たちは、その悪い人間たちに邪魔されて友達になる事はできませんでした。
 そしてとうとう・・・
「おまえは国を滅ぼしたとても悪い妖精だ。だからおまえを封印してしまおう」
 と、友達の願いを叶えて国を滅ぼしたその妖精は、亡国の生き残りの魔術師によって瓶に封印されてしまいました。

「どうしてだろう? ワタシはただ、友達のお願いを聞いただけなのに?」

 そうして時が経ちました。
 瓶の中に閉じ込められていたその妖精がなんと瓶の中から出られたのです。
「あなたがワタシの封印を解いてくれたの?」
「うん」
 その女の子は青白い顔にそれでも飛びっきりの笑顔を浮かべて頷きました。
 そして妖精は言いました。
「ワタシを瓶から出してくれたあなたの願いを3つ叶えましょう」
「まあ、ほんとに!」
 女の子は胸の前で手をあてて喜びました。
 そして即座に言いました。
「あたしのお友達になってください」
 それは初めて言われて、そして何よりも何よりも何よりもその妖精が待ち望んでいた願いでした。
 妖精はぼろぼろと涙を流しながらその願いを叶えました。
 それから妖精と女の子は色々な事を話しました。
 その女の子は血液の病気で生まれてからずっとこの部屋に閉じ込められていて、そしてたくさんの本を読んで、色んな世界を夢想して、そうやってこの部屋でずっとずっとずっと過ごしてきたそうです。
 妖精は女の子の話すたくさんの物語が大好きでした。
 女の子も初めてできた友達が嬉しくってたくさんたくさん読んだ本の話や自分が作った本の話をしました。

 さて、妖精は3回願いを叶えると誓いました。だから願いはあと2回残ってます。
 だけど妖精はそれを口にしませんでした。なぜなら彼女が病気を治して、と言うのが怖かったからです。だって病気が治ったら…そうしたら彼女は………

 だけど別れはやってきます。
 妖精は本当には理解していませんでした。人間がどれほど弱い生き物で、そして命とはどれほどに脆く儚いモノなのかを。

 妖精は哀しみました。
 そうして妖精は見つけるのです。
 女の子の日記を。そこには何枚も何枚も、何文字も何文字も書かれていました。

 外に出たい。外で遊びたい。色んな人と出会って、お話しがしたい、と。

 妖精はにこりと笑いました。とてもとても純粋無垢な笑みを浮かべました。

 ――― もしもワタシをこの瓶の中から出してくれる人がいたら、そうしたらワタシはその人の願いを3回叶えてあげましょう。 ―――

 外に出たい――――うん、今、死の国と言う世界からあなたがいた世界に出してあげる。

 外で遊びたい―――うん、たくさん、遊ぼう。みんなで一緒に遊ぼう。

 色んな人と出会って、お話しがしたい――――たくさん、たくさん、お話しをしよう。ワタシがたくさんの子どもをあなたの所に連れて行ってあげるよ。

 そうして女の子は死者の世界から蘇りました。

 それがこの異界の東京を縛る物語。
 この東京では女の子の幽霊と妖精が現れ、そうして街で遊びまわり、そこで知り合って友達になったたくさんの子どもを次元の違う花園に迎え入れて、おしゃべりしている。
 ―――だけどその子どもたちはもちろん、その花園に行った時点で死んでしまっています。

 何が幸せ?
 それがあなたたちの幸せ?
 本当に?
 この物語はただそうやって続いていきます。多くの子どもたちを犠牲にして。
 とても哀しい物語。だからあなたがこの妖精―マーシャと女の子―雪代みか、の物語のラストを書き換えてあげてください。あなたが想うこの二人の本当の幸せのラストに。



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


【第一章 呪われた硝子の華のつぼみ】

 時折、私がする事。
 それは、喫茶店などで水をほんの半分入れたグラスの縁をそっと指先で弾く事。
 ―――――そうすればとても透明で澄んだ音色が奏でられる。
「この音色はその音色に似ている。誰が、あるいは何が奏でているの?」
 そう、それと、今私の耳に届くこの音色はとても似ているのだ。
 一体この音色は何なのだろう?
「これはまるで私の脳裏の中で響いているような。呼ばれている?」
 ―――そう、そんな感じがした。
 でも一体どうして、何故?
 私にはわからなかった。
 だけどそれでもそちらに足が向ったのは、その音が私を呼んでいると想ったからだけではない。
 ――――その音色がまるで誰かの泣き声のように聞こえたからだ。

 泣いているのは誰?
 どうして泣いているの?
 なんで泣いているの?
 何か哀しいの?
 ―――――哀しい?
 そうだ、この音色は哀しみに塗れているのだ。
 哀しみに塗れた音色。

 私は足を止める。
 ―――私に何が出来る?
 ひとりで立てない子どもが何を言ったところで、
 それはその哀しみに塗れた何かを救う事なんてできないのではないのであろうか?
 そうだ。私は先ほど、先生に言われたばかりではないか。

『初瀬さん。あなたの音色が軽いのは、あなたが何も知らないからです。あなたはこれまで自分から何かに触れようとしましたか? 何かを表現しようとするなら、それならばそれを表現するための情報を得ていないとダメです。例えば、行った事の無い場所を説明しろと言われても、それを説明する事は無理でしょう? 音楽もそれと同じです。真に人の心を感動させる音楽を奏でたいのなら、その楽譜に込められた感情を少なくとも奏者自身が知っていないと、ダメです。楽器を奏でるのも大切ですが、もっと他の事にも目を向けなさい。そして笑い、怒り、悲しみ、泣きなさい。恋をするのも、失恋するのもいいでしょう。そうですね。恋と失恋は音楽者には大切です。するべきです。あなたに必要なのは、楽器の練習よりも、感情を知ることでしょう』

 私は何も知らない。
 何も知らない小娘だ。
 何も、知らないから、だからそれを救う手立てを知らない。わからない。救えない。与えてあげられない。
 私が行ったところでどうなる?
 何様のつもりだ、私は!!!
 ―――――それでも、だからといって、それを見逃せる訳じゃない。
 見捨てられない。
 見て見ぬふりできない。
 聞かないふりはできない。
 足は向ってしまう、そこへ。
 だから私はそこへと向った。
 哀しい慟哭かのような音色が聞こえる方へ。



 +++
 

 それはとても不思議な花の蕾だった。
 硝子で出来ている花の蕾。
 でもそれは………
「硝子細工ではなく、生きている?」
 ――――そう、それは生きている花だった。
 一体どのような理屈でそんなモノが存在しているのだろう?
 私は恐る恐るそれに手をさし伸ばしてみた。
 ―――指先が触れた。
 瞬間、触れた指先が何かに噛まれたような痛みが全身を駆け抜ける。
「痛い」
 熱い?
 いや、冷たいのだろうか?
 指先を見ると、
 そこは切れていた。
 赤い血の珠が浮かんでいる。
 ―――――私はそれを見て、泣きたくなった。
 いや、泣けてきた。
 涙が零れて、溢れ出た。
 演奏者にとって大事な指を怪我したからじゃない。
 もう自分がどうすればいいのかわからず、たまらず不安になったからだ。
 なんでこんな…
 どうして自分だけ………
「そうよ、どうして私だけ…」
 胸の奥の感情を口から吐き出すように私は切れた指先を押さえながらそう言った。
 そしたら…
「あら、あなたがそう言うの?」
 冷たく澄んだ声。冷たく突き放すような声。
 振り返るとそこにいるのは綾瀬まあやさん。
「確かに人の苦しみや悲しみってのはその人本人しかわからず、苦しんで哀しんでいる人にとっては自分が世界中で一番かわいそうで、そして世界には貧しい国に生まれて、まさに生まれた瞬間に死んだり、食べる物も無く、教育も受けられずに、幼い女の子が家族のために初恋も知らずに、日本などの先進国の馬鹿で薄汚い腐れた大人の男に身を売ったりしている。それに比べれば日本の恵まれたお嬢様の悩みなんてほんの微々たるモノなのに、そういうのは都合よくフィルターをかける。だけど心はそれを知っているから、余計にどうしようもない奈落の底に堕ちていく。そして救われない」
「綾瀬さん…」
 彼女は小ばかにするように肩を竦めると、薄く笑った。
「遠い国の女の子の事なんて実感が沸かない? そう、自衛隊がイラクに行っているのはまさしく日本も戦争をしているのと同じなのに、誰もがまだそれを遠い国の出来事だと笑っているように。ならばこうしましょう。あなたは知っているでしょう。あなたのお友達を。幼くして病気で死んでしまった娘を。その娘のために何か想った事があったんじゃないの?」
「そ、それは…」
 ―――――この人は一体どうしたのだろう?
 確かにキツクって、意地悪な人だけど、だけど何か様子が変だ………
「【硝子の華のつぼみ】が呼んだのなら、それはあなたにも物語に縛られた異界の東京に触れられる縁があるということ。ならば行きましょうか? このまま自分をかわいそうだと想い続けるだけなら、あなたは呪いに負けて、死ぬ。でも、それを乗り越えられるなら…あるいは、【硝子の華のつぼみ】も開くのかもしれない」
 彼女が歌うようにそう言った瞬間に、
 彼女の背後に大きな扉が現れた。
 …………。


 ――――――――――――――――――
【第二章 カウナーツの書斎】


 大きな古い木製の扉。
「こんにちは、冥府。今回はあたしと彼女で、白亜の願いを聞こうと想うの」
 綾瀬さんがそう言うと、彼女が冥府と呼んだその門の門番はこくりと頷いて、
 そして蝶番の音がどこか死霊の叫び声のような不気味な音を立てて、扉が開いていった。
 その扉から零れ出したのは闇で、その闇が夕暮れ時のわずかに光が残っていた世界を夜の闇に染めるが如くに、
 昼間のこの世界を闇で陵辱した。
「さあ、行くわよ」
 そして立ち尽くす私の手を綾瀬さんは引いて、
 その扉をくぐる。



「ここは…」
 ――――私は愕然と目を見開いた。
 そこにあるのは部屋を区切るようにして置かれた凄まじいほどの数の本なのだ。
 その本の数々は積まれていて、どうやら微妙なバランスでそれを維持しているようだった。
 その幾つもの本の塔の数々の向こうからはペンで何かを書き綴る音が絶えず聞こえてきている。
 ―――誰かいる? 誰だろう?
 私は覗き込もうとしたが、しかし本の塔を壊しかねないので、やめた。
 代わりに隣の綾瀬さんを見る。彼女は澄ました顔で私の横に立っている。
「あの、綾瀬さん…」
 しかし彼女は私をちらりと見ると、私が喋ろうとするのを遮るように、私の手を取り、私のハンカチが巻かれている指を見た。
「酷いわね」
「え?」
 私は指を見た。
 切れていたのはほんの少しだと想ったのに、しかし指先はどす黒く変色していて、そして指先には感触が無かった。
 ――――でも、もうそれも哀しいとは想わなかった。それは何故だろう。
 諦めてしまったからだろうか。
 ――――何を?
 いや、そもそもどうして私はこんな………
「どうかした?」
「い、いえ。何でもありません」
「そう」
 綾瀬さんはそう言うと、自分のポケットから取り出したハンカチを、私の指に巻かれた血にずくずくに濡れたハンカチを外して、巻いてくれた。白いハンカチはまた血に濡れて、赤くなっていく。
「ふむ。急がなければならないかな。白亜。今回の物語は?」
 綾瀬さんは私の指に向けていた視線を外し、そう唇を動かした。
 すると、
「今回の物語は瓶の中の妖精とあの世から舞い戻った女の子の物語。あなたは、その物語のラストを書き換えてくれますか?」
「え?」
 綾瀬さんの視線の先に視線を向けると、いつの間にかそこには半透明でふわふわと浮いている少女が居た。
 彼女はとても哀しげな顔で私にそう言ったのだ。
「あなたは?」
「白亜」
「私は初瀬日和です」
「さあ、白亜。今回のその瓶の中の妖精とあの世から舞い戻った女の子の物語を語ってくれるかしら」
「はい」
 そして白亜さんは語った。
 この異界の東京を縛る物語を。
 ――――それはなんて哀しい。
「日和さん。ここでは、あなたが願った物語の結末が真実となるの。だから願って。物語の結末を」
「だけどそうすると、物語の修正力が働き、あなたは襲われます。それでも構いませんか?」
 ずきんと指の傷が痛んだ。
 血がぽたぽたと零れ出す。
 ずくずくに濡れたハンカチの上から傷口を押さえながら私は頷いた。
「はい」
「では、想像してください。物語の結末を」
 私は頷き、それを想像する。
 すると、私の目の前の空間に文字が綴られていく。
 そしてそれは白亜さんの両の手の平の上に集まり、
 蝶となって、飛んでいく。
 本の塔の向こうに。
「あそこにはカウナーツさんがいるのよ。その人があなたが想像した通りに物語を書き直す」
 そして私は、綾瀬さんと一緒に異界の東京に出た。



 ――――――――――――――――――
【第三章 妖精】


「マーシャさんと雪代みかさん。二人がいる場所はどこなんでしょう?」
「さあ、わからない。二人がいるのはさらに異界の花園だからね」
「はい」
「ここは足を活用するしかないわね」
「足、ですか?」
「そう。要するに走り回ろうって事よ。あたしは異常な音楽が流れている場所を探す。って言っても、それはものすごい数。当たりにあたるまでは大分走らなくっちゃならないみたい」
 綾瀬さんは吐いた溜息で前髪を浮かせると、その場から走り去った。
 私はその後ろ姿を見送ると、ぎゅっと拳を握った。
「私もがんばらなくっちゃ」
 だけど探すと言っても、無闇やたらに走り回っても…。
「綾瀬さんは、音楽を聴けるけど、でも私にはそういう力は無い…」
 またなんか泣きたくなってきた。
 でも…
「きゅぅー」
 耳に届いた声。
 そして私の目の前に、勝手にピルケースから出てきた末葉が現れる。
「末葉」
 末葉は私の瞳から落ちた涙をぺろりと舐めてくれると、鼻先を私の頬に摺り寄せて慰めてくれると、おもむろに顔を空に向けて、何やら空気を嗅ぎ始めて、
「きゅぅ」
 ふわりと空高く舞い上がり、一点を見据え、
 くるりと身を翻し、
 何度か空で走り回ったかと想うと、
「きゅう」
 私の目の前に下りてきて、鳴いて、
 走り出して、
「末葉」
 立ち尽くす私を振り返って、
「きゅぅー」
 私を呼んだ。つまり…
「教えてくれるの? みかちゃんやマーシャさんが居る場所を」
「きゅぅ」
 末葉はこくりと頷く。
 そしたらまた涙が零れ出して、その涙をまた急いで戻ってきた末葉が舐め取ってくれる。
「そうだね、末葉。私にはあなたがいるもんね。ありがとう。ありがとう。ありがとう」
 そうだ。私には末葉がいる。私は無力な小娘で、だからこそ末葉に頼るのだけど、でもそれでいいんだ。そう、それでいいんだと想う。
 ………私は。
「うん、ありがとう、末葉。行こう。私に教えて、マーシャさんとみかさんが居る場所を」
 そして私は末葉に誘われるままに走った。
 末葉が私を導いてくれたのは、公園だった。
 小さな公園だ、どこにでもある。
 だけど、そこには遊んでいる子どもの姿は無かった。
 無人の公園。
 砂場に忘れられていったスコップがどこか墓標のように見えた。
「誰もいない、か。末葉、誰も居ないね。私の足が遅かったから、帰ってしまったのかな?」
「きゅぅー」
 私は溜息を吐き、末葉と一緒にその場を後にしようとした。
 と、だけどその私の耳に笑い声が届いた。二人の子どもの。
 …………。



 +++


 確かにそこには、誰も居なかったはずなのに、しかしそこにはひとりの女の子と、妖精がいた。
「マーシャさんとみかさん?」
 私がそう呼ぶと、二人は顔を見合わせて、そっくりの顔で頷いた。
 それが私に二人の仲の良さを感じさせる。
 そしてだからこそ私はこの二人の物語を悲しく想ってしまうのだ。


 そう、この二人の関係は私とユナちゃんに似ている。


 ――――私にも生きたくてもそうできなかった友達がいた。
 彼女がいてくれたらと想った事もある。
 だからマーシャさんの気持ちは痛いほどわかるのだ。
 だけど…
 だからこそ…

「本当にそれでいいの?」

 そう想う。
 しかし私のその声は二人に届かない。
 彼女らは楽しそうに遊んでいる。
 いつの間にかそこは異界の花園になっていた。
 私は服の胸元をぎゅっと片手で鷲掴みながら声をあげた。何度も。
 ―――「それで本当にいいの?」って。
 でもその花園で追いかけっこをしたり、
 輪になってお喋りしたり、
 並んで寝たりするみかちゃんを始めとする子どもらには聞こえない。
 ――――これが異界の力?
 いいや、違う。やはりこれは私が愚かで無力な小娘だから。やっぱり私には人の心をどうにかすることなんてできやしない。私は何も知らないから。


 それでも私にだってわかる事はある。


 そうだ、私にもわかることはある。
 だから私はそれを口にするのだ。
 私がユナちゃんに抱いた想いはマーシャさんと同じ筈だから。
「私にも生きて欲しいと願った友達がいた。その子、四条ユナちゃんはだけど死んでしまって、私はそれをとても悲しく想った。だから私は彼女の分まで生きようと想ったの。そう、だから私にもわかるんだよ、マーシャさんの想いは。私もきっとそうしていたと想うから。だけど、だからこそ、私はあなたを悲しいと想う。そこまでみかちゃんを想いながらあなたは気がついていないんですもの」
 私がそう言うと、マーシャさんだけが私を見た。
 そして私はマーシャさんのその視線に応えるように口を開く。
「何かと引き換えじゃなくっても、願いを叶えるという代償は無くっても、『あなたと、仲良くなりたいの』って手を差し出しさえすれば、いつだってその願いは叶ったのに。魔法目当てのくだらない人間なんかに利用されなくっても済んだのに。あなたが傷つく事は無かったのに。みかちゃんは、あなたが魔法をかけて友達になったんじゃないでしょう? 魔法は使ってはいないでしょう。だって彼女から友達になってくださいと願ってくれたんですもの。そう、あなたもそうするべきだったのよ。誰かと一緒にいることが嬉しい、楽しい。だから一緒にいる。友達って、そういうものだと想うの。だからみかちゃんも一緒に居たのでしょう、あなたと。でも、今はどうなのかしら? それが幸せ? 本当に幸せだと想う?」
 心から訴えた、それを。
 そうすると、そこにいた子どもたちが逃げるようにひとり、またひとりと消えていって、そして最後には俯くマーシャさんと、マーシャさんの顔を心配そうに覗き込むみかちゃんだけがいた。
 風景がいつの間にか変わっていた。
 花園ではなく、墓地になっていた。
 みかちゃんはそれを怖れるように消えてしまい、
 マーシャさんだけが残される。
 私はマーシャさんを抱きしめた。
「哀しかったね。寂しかったね。でもね、だからこそ勇気も必要なんだよ。それを受け入れる。そうすればまた前に歩いていけるから」
 私の腕の中でマーシャさんは泣いていた。
「わかっていた。わかっていたんだ。だけど寂しかったから」
「うん。でも、みかちゃんはあなたの心の中で生きているでしょう? だからそのみかちゃんのためにも生きましょう。自分に誇れるように。みかちゃんを安心させてあげられるように」
 しかしその瞬間、ずきんと指先が痛んだ。
 それと同時にみかちゃんの墓地が砕け散り、凄まじい憎悪に顔の表情を歪めたみかちゃんが出てきた。
「邪魔をするなぁー」
 耳を覆いたくなるような声。
 ううん、それはみかちゃんだけではない。
 あの花園に居た子どもたち全員がその場に居て、そしてその子どもらは合体してしまう。
 ひとりの女の子になる。
 みかちゃんに。
 ――――これが物語の修正能力?
「みか、ダメェー」
「マーシャ。あたしとマーシャの仲を切り裂こうとする奴はあたしが殺してあげるからね」
「みかぁー」
 みかちゃんの背後に現れるオーラ。そのオーラは幾人もの子どもらの顔を形作り、その子どもらの唇が動く。楽しそうに歌うように。
「「「「「「「「死んじゃえぇーーーーーーー」」」」」」」」
 私は殺されるのか?
 だけど別に私は死ぬのは、
 殺されるのは嫌ではなかった。
 その覚悟は白亜さんの所でこの物語のラストを書き換えた時に出来ている。
 では、何が嫌なのかと言うと、このままみかちゃんとマーシャさんの物語が幸せな結末を迎えられないこと。
 そしてそれを想ったら、涙が零れ落ちて、
 その涙は【硝子の華のつぼみ】に落ちた。
 その瞬間に、それはぶるっと身震いして、どこかで誰かの悲鳴のような、そして同時に安堵の溜息を吐いたような声が聞こえた。
 指先から痛みは消えて、傷も癒えていた。
 まるで夢から醒めたようだった。
 そして想ったんだ。
 ――――みかちゃんも悪い夢を見ているんだって。
 だから私は昔、ユナちゃんが唄っていた子守唄を唄った。
 みかちゃんを悪い夢すらも見ない良い夢に誘うようにって。
 みかちゃんの小さな手で首を絞められても、私は唄った。
 それを願いながら唄った。
 そしたら…
「みかぁー」
「うるさい。やめろぉー」
 みかちゃんは苦しみ出し、
 乱暴に振るわれた手が私を直撃し、私は大きな木の幹に背中から激突した。
 開け広げた口から大きな血塊と咳が零れるけど、だけど私はここでやめる事はできない。唄いきるのだ。
「唄う? 違うでしょう。あなたは奏者。ならば楽器を奏でなければ。今ならわかるのではないかしら? あなたの先生が言っていた意味が。あたしの愛の鞭の意味がね」
「綾瀬さん」
 そこに居たのは綾瀬さんだった。
 そして彼女は妖精に言った。
「マーシャ。あなたの魔法を。その魔法でチェロを出しなさい。そして最後の魔法で、みかの幸せを願ってあげなさい」
 綾瀬さんがそう言うと、
「はい」
 マーシャさんは頷き、
「これは、私のチェロ」
 そして私の前に、マーシャさんの魔法で私のチェロが現れた。
「さあ、日和さん。あなたの想いを込めて奏でて、チェロを」
「はい」
 そう、そして私はチェロを奏でる。
 今ならわかる。先生に言われた意味が。
 伝えたい事を旋律に乗せるのだ。
 そしてそれを願うのだ。
 自分のために弾くのではない。
 みかちゃんのために、そしてマーシャさんのために弾くのだ。



 どうか、あなたたちが本当に笑えますように。



 その瞬間、世界が輝いた。
 そう、物語の修正能力に私の想いが勝ったのだ。
 みかちゃんは優しく笑いながらマーシャさんに手を振り、
 そしてみかちゃんを見送ったマーシャさんは私と綾瀬さんにぺこりと頭をさげると、空間に消えた。
 そうして私は気付くと、またカウナーツさんの書斎に居て、
 そして白い服を着た少女、白亜さんはにこりと嬉しそうに私に微笑んだ。
 その笑みに誘われるように蕾だった【硝子の華のつぼみ】はまたほんの少し開いた…。



 ――――――――――――――――――
【最終章 そして物語への核心のピースへと】


「見事です。初瀬さん。どうやら私の愛の鞭が効いたようですね」
「はい。先生。私はどのように奏者が楽器を弾けばいいのか、奏者として何が欠けていたのかわかりました」
「はい。だったらこれは私からあなたへの次なる勉強課題です」
「え?」
「この人のコンサートに行きなさい」
「これは三柴さんの?」
 先生が私にくれたのは三柴さんのピアノのコンサートのチケットだった。
 しかし私を驚かせたのはそれが三柴さんのチケットだったからじゃない。
 それに書かれた文字。
 ――――幼くして亡くなった我が友人の愛娘 雪代みかに捧げるコンサート。と書かれていたからだ。
 雪代みかちゃんは異界の…いや、ただの物語の登場人物なのではないのか?
 ――――異界を縛る力を持つ物語を描く【物語の書き手】が描いた物語の…。
 これはただの偶然、それとも?
「雪代みかは実在の人物だというの? 一体これは…」
 そしてそのコンサートの日の朝に私の下に差出人不明で送られてきたのは、絵本であった。白い服を着た少女が人の願いを叶えるという物語の…。



 ― fin ―




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】



【3524 / 初瀬・日和 / 女性 / 16歳 / 高校生】


【NPC / 綾瀬・まあや】





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■         ライター通信          ■
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こんにちは、初瀬・日和さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回は当方の異界に初参加ありがとうございます。
日和さんは異界に初参加と言う事で、若干【硝子の華のつぼみ】が開いてはおりませんが、
でも七分咲きぐらいでございます。
次回が最終話になります。もしもよろかしかったら、そこで咲かせてやってくださいね。(^^
【悪夢のように暗鬱なる世界】の秘密のピースも、お持ちいただきました。
次回依頼文とそれとで、秘密が完全にわかると想います。(^^


と、でも今回はだいぶ日和さんを苛めてしまいましたね。
すみません。;
しかし素晴らしいチェロ奏者としてまた一歩進めたと想います、日和さんは。^^
がんばれ、日和さんですね。


日和さんの内面を描くうえで草摩が気をつけているのは、やはり彼女の脆さ…繊細さでしょうか?
草摩の中の日和さんは確かに明るく優しい面を持っているのですが、同時にやっぱりものすごく脆いと想うのです。
でもだからこそ、そういう繊細な精神を持ってるからこそ、それを克服した時には、ものすごく美しい音色を奏でられるのではと想います。
絵、音楽、文章、そういうのはやっぱり描き手、奏者(音楽家)、書き手の心の結晶だと想っていますから。
だからこそ、日和さんを描く場合は彼女の弱さとか脆さをどうしても大切にしたいと想うのです。
それはきっと彼女が美しい音色を奏でるための大切なモノだと想いますから。


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にありがとうございました。
失礼します。