コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


殺人遊戯


00 オープニング/2004年10月9日午前/水上彰人

『何が何でも捕まえろ。手段は選ぶな。ただし絶対生かしておけ』。
 何とも横暴な要求だった。
 寝起きの朦朧とした頭で読み返したメールから、それ以外の結論は汲み取れそうになかった。
「またあの人は……何を言い出すのかと思えば……」
 水上彰人は鈍く痛む頭を抑え、呻くようにつぶやいた。昨日無理やり飲まされたアルコールだけが頭痛の原因ではあるまい。
 メールには、以下の内容が簡潔な文章で書かれている。
 ――ある人物とどうしてもコンタクトを取りたい。真っ向から挑んで勝てる相手ではないことはわかっている。何らかの手段を講じてその人物を「捕まえて」ほしい――。
 問題は、と水上はぼんやり紅茶を淹れながら考える、その「捕まえてほしい人物」というのが、殺人事件の被疑者であるということだ。それも時効が一週間後に迫った殺人事件の。
「『国立大生連続殺人事件』……僕が中学生の頃の事件だな……」
 ポストから新聞を抜き取り、それらしい記事を探す。すぐに見つかった。一面の下段に、『時効迫る』と打ち出されている。
 一見センセーショナルな事件だ。が、同時期に起こった連続殺人事件のほうが遥かに話題性に富んでおり、その影に潜んでしまった感がある。言わば、知られざるもう一つの猟奇事件といったところだ。
「『俺には犯人がわかっている』、ね……」
 水上は寝室に戻り、ノートPCの画面に表示されたままのメールへ再び目をやった。
 差出人は彼の大学での先輩にあたる火村義一。大学に戻り、犯罪心理学を研究している人物だ。
 僕の手には負えそうにないな、と、水上は溜息をついた。
 火村義一が言いたいのはこういうことだろう。
 ――誰か物騒な立ち回りに向いてる奴を連れてこい、と。
 与えられた期間は一週間。
 ターゲットは過去の連続殺人事件の被疑者。
 報酬はそちらの言い値で、か……。
「つまりそれは、今日中に協力者を探してこいってことなんですね、火村先輩」
 まったく、仲介も楽じゃない。


01 ファースト・コンタクト/2004年10月9日午前/モーリス・ラジアル

 その店の窓から、咲き乱れる花壇の花々を眺めることができた。
 ドアが開閉して客が出入りする度に、噎せ返るような芳香が侵入してくる。
 個々は美しいが、全体を見たときに調和しているかというと、好意的には捉えられない。あるいは色とりどりの個性的な花を美しいと思う者もいるかもしれないが、少なくとも彼の感性には訴えてこなかった。庭園設計者の職業的な勘が「違う」と告げている。これはカオスだ。まるで、そう――東京の街並みのような。
 彼がじっと窓の外を見つめていたためだろう、通りがかった店員が、花壇はいかがですかと笑顔で訊ねてきた。わざわざ相手の反感を買って店に居辛くするのも馬鹿馬鹿しいので、彼は巧妙な世辞を口にした。歯の浮いたような台詞も、彼が口にすればしっくりくる。首の後ろで結った長めの金髪に、翡翠色の瞳という容姿は、東京の街中の喫茶店ではやや浮いていた。
 彼は長い足を組み替えて、二杯目になる珈琲に口をつけた。約束の時間を十分ほど回っていた。
 扉が開き、長身の男が入ってきた。男は店の中をぐるりと見回すと、すぐにこちらに目を留めてつかつかと歩いてきた。断りもなく向かい側の席に滑り込むと、
「モーリス・ラジアルさんですね。遅れてすみません」
 開口一番、彼の名前を口にした。
「良くわかりましたね」
「わかります。目立ってましたから」
 神経質そうな顔立ちだが、ぼんやりと遠くを眺めているような眼差しをした男だった。何を考えているかわからない。もっとも、本音をまったく読み取れないという意味ではモーリス・ラジアルも似たようなものだった。
「水上彰人です。今朝お電話した件で参りました」
「伺いましょう。――ですが、その前に」モーリスは珈琲のカップをソーサーの上に置く。「差し支えなければ、どのようにして私に行き着いたのか教えていただけませんか」
 水上彰人と名乗った男は、無言でシャツのポケットから折り畳まれた数枚のコピー紙を取り出した。水上の手から受け取った紙を開いて読み、モーリスはほう、と溜息をつく。
「良く調べましたね」
「何も調べていません。おかしな依頼の仲介役をやってると、自然とこういった情報が入ってくるんです。全然ありがたくないですけど」
 水上に渡されたそれは、モーリスが今まで関わってきたいわゆる『怪奇事件』について、簡潔に説明したものだった。モーリスの名前は一度も登場していないが、事件の顛末について書かれた部分に、彼のことと思しき記述がいくつか見られた。
「僕はただの仲介役なんで、今回の依頼について詳しいことは知りません。引き受けるか否か判断できるだけの情報は提示できませんが、それでも良ければお話します」
「話を聞く気がなければ、会いたいという申し出には応じませんよ、水上さん。この場で契約するとはお約束しませんが」
「構いません」水上は頷いた。「面倒なので簡潔にいきます。僕の知り合いが、一週間後に時効が迫った殺人事件の犯人を捕まえたいと言っている。犯人捕縛に手を貸していただきたいんです」
「ふむ……時効成立間際の事件、ですか」
「新聞などでご覧になったかもしれません。『国立大生連続殺人事件』とか銘打たれている、要は猟奇殺人です」
「ああ、あの事件ですか。比較的最近の事件ですね」
「最近ですか? 十五年前ですよ」
「十分新しいほうです」モーリスは微笑んだ。長い歳月を生きる彼にとっては、十五年などさした時間ではなかった。「時効の設定を見直すべきだと思いますね」
 水上は一瞬黙って、モーリスの顔をじっと見つめた。それでも、モーリスの背後に焦点が結ばれているような感覚を受ける。
「――ラジアルさんの体感時間がどうであれ、物的証拠は風化します」
「モーリスで結構ですよ」
 モーリスが長生種であることを水上が察したかどうかは微妙だった。『こちら側』の世界に足を踏み込んだ人間であれば、ヒトの生きる歳月を遥かに超えた生命種が存在していることも、あるいは知っているかもしれない。
「それで、その犯人を捕まえようと? 水上さんのおっしゃるように、物的な証拠は残っていないでしょう。犯人の容貌も変わっているはずです。警察の組織力を以ってしても辿り着けなかった犯人ですよ。個人の手で捕まえられるとお思いですか?」
「犯人がわかっていれば可能ではありませんか」
「なるほど」モーリスは片目を細めて、唇の端を持ち上げた。「その水上さんの知り合いとやらには、犯人がわかっているとおっしゃるのですね」
「らしいですね。僕の知ったことではありません」さらりと、水上は無責任な発言をした。自分は無関係だという態度がありありと出ている。「荒事に巻き込まれたくないというなら、辞めたほうが賢明だと思います。真犯人を『捕まえる』ことに比重が置かれているあたりからして、どうも物騒な気がするんですけどね」
「失礼ですが、その水上さんのお知り合いとは一体どういう方なんですか?」
「院生です。K大――その事件で、被害者が出た大学の」
「何か事件に対して個人的な感情をお持ちなんですか?」
「犯人が憎いとかそういうことですか?」
「ええ」
「ないと思います。大学が同じなのもたまたまでしょう。僕もK大出身ですが、事件に対しては何の感情も持ち合わせていない。事件当時、まだ中学生でしたし」
「まあ、わからないでもありませんね。自分には犯人がわかっているのに、警察は逮捕に漕ぎつけることができない。あまりのもどかしさに、自分で捕まえようという気になるのもおかしくはないでしょう。……しかし、仮に捕まえて警察に突き出したところで、起訴されるでしょうか?」
「無理でしょう。あの人の言ってることは、数学の難問が解けたが、どうやって解いたのかわからないというようなものです。けれど解けたというその事実に嘘はない」
 つまりこういうことだ。その水上の知り合いとやらは、理屈や物的証拠抜きで、誰が犯人かわかっている、と。――面白い。
「僕に話せることは以上です。興味があったら、K大の火村義一という人物に会いにいって下さい。今日中に」
「他にも協力者が?」
「出がけに一人捕まえました」
「仲介役も大変ですね」モーリスは水上の眠そうな顔を見て、笑みを零した。「時間が押しているのでしょう?」
「横暴なんだ、火村先輩」水上は敬語からラフな口調になって、ぼやいた。「朝の六時に電話をかけてきたと思ったら、今すぐメールを受信しろ、がちゃん、だ。おかげで折角の休みなのに全然眠れなかった」
 道理で眠そうなわけだ。
 実は水上彰人が店に入ってきたときから彼の頭に寝癖がついていることにモーリスは気づいていたが、わかっていてそのままにしているのか、それとも起きてから一度も鏡を見ていないのかどうにも判断しがたかったため、何も言わないでいた。
「そもそも」と水上はつづける。大あくびを一つ。「メールの内容からして尋常じゃない。『手段は選ぶな、ただし絶対生かしておけ』って――暗に相手が凶悪な殺人犯だって仄めかしてるようなものだ」
 それはますます、興味深い。生かしておきさえすれば問題ないという言い方ではないか。まるで人間ハンティングのようだ。
「わかりました」モーリスは言った。「お引き受けしましょう」
 水上彰人は、苦笑と共に肩を竦めた。「物好きですね」
「好奇心旺盛と言っていただきたいですね」
 話に夢中で、珈琲がすっかり冷めてしまっていた。モーリスはウェイトレスを呼び止める。
「珈琲を一つ。――水上さんもいかがですか」
「いりません。帰ってすぐ寝ますから」
 カフェインは不要、ということらしい。
 ぶっきらぼうで、無愛想とも取れる喋り方をするこの男に、モーリスはしかし不快な感情を抱けなかった。逆に面白い人物だと感じている。この調子だと、彼の言う『火村先輩』とやらも相当癖のある人物に違いない。
 ふとモーリスは思い当たった。水上と火村か。凪いだ水面のような変化に乏しい性格は、水上というその名前に反映されている。それが火村義一にも合致するなら……、と思う。
 ああ、それは気が合いそうだ。退屈凌ぎにうってつけの仕事になりそうだ。
「K大への行き方を教えていただけませんか」
 俄かにうずき出した好奇心は胸の内に仕舞う。
「ここから歩いていけます。地図を描きましょうか」
 水上は先ほどのコピー紙の裏に、ポケットから取り出したボールペンで地図を描いた。極めて正確な地図だった。これで迷うほうがおかしい。
「ありがとうございます」
 財布から伝票に書かれた金額を抜き出してテーブルに置くと、水上は席を立った。
「言い忘れましたが、報酬の前払いはありません。そこら辺の文句は火村先輩に言って下さい」
「覚えておきましょう」
 水上は店を出ていこうとした。扉の前でふと足を止め、こちらを振り返る。
「死なないように気をつけて下さいね。僕は責任持ちませんから」
 モーリス・ラジアルは、涼しい顔で、心得ておりますと答えた。


02 殺人遊戯の序幕/2004年10月9日午後/火村義一

 右手の親指で弾いたコインは、空中で回転し、火村義一の計算した通りの場所に落下してきた。しかしコインの裏表までは計算できない。
「表」
 小さくつぶやき、コインの表面を覆っていた左手をどけると――、裏だった。火村義一は顔をしかめて舌打ちをする。またハズレか。
 当たりがつづく可能性は低いが、外れがつづく可能性も極めて低い。珍しい確率ではあったが、予想をことごとく裏切られているという事実に何ら変わりはなかった。
 これが最後だ、と火村はコインを弾いた。
「裏に賭けましょう」
 耳慣れない声に、火村は顔を上げた。金髪に翡翠色の瞳という、明らかに異国の血を引いた男が立っていた。
「それじゃ俺は表に賭けざるを得ないじゃないか」
 火村は言って、コインの表面に目を落とした。裏だった。
「私の勝ちですね」
 異邦人は隙のない微笑を浮かべる。
「俺も裏に賭けるつもりだったんだよ」
 火村はぴんと男に向かってコインを弾いた。男は難なく空中でキャッチする。
「ではこのコインは私の取り分ということで」
 火村はふんと鼻を鳴らした。
 ――国立K大学の、法学部講義棟。
 この大学では、社会学部や心理学部ではなく、法学部に犯罪心理学科が属している。火村はもともと心理学畑ではなく法律学畑の人間だ。当然法学部を出ている。そのため、K大法学部の講義室は彼にとって馴染み深い場所だった。
 協力者に対する待ち合わせ場所として、研究室ではなく空きの講義室を指定したのは、院生達に動向を知られるのが好ましくなかったためだが――、おかげで定刻を僅かに回っていた。部外者はここに辿り着くだけでも苦労することだろう。
「あんた、もしかしなくても水上が寄越した奴だな」
「モーリス・ラジアルと申します。貴方が火村義一氏ですね」
「ああ。水上もまたけったいなのを寄越したな。日本語わかるのか?」
「今こうして会話しているではありませんか」
 火村は肩を竦めた。「ミスター・ラジアル、悪いがあんたが最初の到着なんであとの二人が揃うまで少し待っててくれ」
「モーリスで構いませんよ。――他にも協力者がおられるんですね。出がけに一人捕まえたと、水上さんはおっしゃっていましたが」
「水上のツテがあんたと、もう一人。後はさっき知り合いの高校生がな、一人中学生が行くだろうと電話してきたよ」
「おや、中学生ですか」
「中学生にも驚いたが、外人にも驚いた」
 意識して『外人』と差別っぽく口にしたつもりだが、モーリスは特に気分を害する風でもなかった。飄々とした態度のままである。一筋縄ではいかなそうな人物だ、と火村は思った。
「今度は私がコインを投げましょうか」
「裏」と火村は投げる前に予想を口にした。
「では私は表ということで」
 モーリスはコインを弾いた。垂直に上昇し、ある地点から回転しつつ落下していく――
「俺も表な」
 第三者の声が広い講義室に響いた。モーリスはコインを右手の甲に受け止め、声のした方向を振り返った。火村も階段教室の上を振り仰ぐ。
 背の高い、がっしりした体格の男が立っていた。よれよれのスーツにネクタイ、無精髭が目立つ顔立ち。いかにもやる気なさげだが、堅気の人間ではないと感じさせる何かがある。男はポケットに両手を突っ込み、だらだらと階段を降りてきた。
「水上さんの紹介で来た」
「二人目が揃ったようだな」
「自己紹介は後で。とりあえず、賭けの結果を教えてくれ」
「負けたほうが奢るということでどうです?」とモーリス。
「俺は構わねぇぜ」無精髭の男が同意する。
 火村は唇を曲げた。「つまり俺が負けたら二人分奢るってことじゃないか。フェアじゃないだろ、それ」
「火村さんが勝ったら私達二人が奢らせていただきますよ」
「最後の一人が揃ってからにしようぜ。二、二でさ」
「それもフェアじゃないですね。ボクには表か裏か選ぶ権利がないってことでしょう」
 新たな声。三人揃って顔を向けると――
「……驚いた。マジで中学生だ」
 眼鏡をかけた小柄な少年が立っていた。背は低いが、きつい眼差しのせいで妙に迫力がある。顔立ちからしてどこか違うアジア圏の出身ではないかと思われた。
「まあ、いい。裏に賭けます」
 少年の口調は淡々としたものだ。扉を後ろ手に閉め、歩いてくる。賢そうな少年だった。
「オーケイ、では結果を」
 モーリスは左手をすっと横へずらした。
 表。
 火村と眼鏡の少年は、揃って溜息をついた。
「今日ついてないのかな、俺」
「たまにはこんな日もありますよ、火村さん。中学生に奢らせるのでは面目が立ちませんから、火村さん、よろしくお願いしますね」
「はん、どうせそうなると思ったよ。依頼が成功したにせよ失敗したにせよ、飯は奢らにゃならんってことな」
 火村は一週間後の出費を考えて、憂鬱な気分になった。まったく、水上彰人の人脈に頼るとろくなことがない。しかし頼れるのが水上しかいないのも事実だ。
「労働に見合うだけの報酬はいただきませんと。何でも危険な仕事だそうですからね」
 火村は否定しなかった。それなりの覚悟で臨んでもらわなければ痛手を負いかねない。
「――それじゃ、改めて自己紹介を頼むよ。全員初対面なんでね。――俺は火村。ここの院生だ。つまり学者の肩書きは持ってない」
 簡潔に自己紹介を済ませ、火村はモーリスに次、と顎をしゃくる。モーリスはにこりと微笑んだ。
「モーリス・ラジアルと申します。この手の事件に関わるのは初めてではありませんから、よほどのことがない限りは任務を遂行してみせましょう」
 火村はモーリスの隣りに立つ無精髭の男を、学生に向かってやるのと同じノリで次、とポイントした。火村のこの癖を、嫌がる人間は嫌がるのだが、男もモーリスと同様に何も感じていないようだった。
「志賀哲生だ。元刑事で、今は探偵紛いのことをやってる。警察のツテがあるからせいぜい利用してくれ」
 一見胡散臭い外観をした男はそう名乗った。火村とさほど年は変わらないだろう。
 最後に小柄な少年。彼だけは、火村に対して露骨に不愉快そうな態度を取っていた。攻撃的な目つきなのはデフォルトなのかもしれない。
「梅黒龍。一応――荒事には慣れている。中学生だからといって庇ってもらう必要はないから、そのつもりで」
「メイ・ヘイロン? 中国人か?」火村は不躾に訊いた。
「両親は台湾人です」少年は仏頂面で答える。
「にしてもちっちゃいな、おまえ。本当に中学生?」
 火村は黒龍の頭をぽんぽんと叩いた。黒龍はもともと良いとは言えない目つきをさらにきつくして、火村を睨み上げる。
「貴様……自分が物凄く不躾だという自覚はあるか……?」
 お、地が出たな。生きが良くて結構だ。
「すまんすまん。身長はともかくナショナリティについてはどうでもいい。多国籍チームみたいなんでな」
 黒龍は口を開きかけたが、結局我慢することにしたようだ。
 見様によっては拗ねているように見えなくもない黒龍少年をまあまあとたしなめながら、
「――まずは、事件について詳しくお話し願えませんか?」
 モーリスは先を促す。
「ここのところテレビや週刊誌で何かと取り沙汰にされているが……犯人を捕まえろなんて無茶なことを言うくらいだから、何か有力な情報があるんだろうな、火村さんよ」
 志賀はだるそうに言って教卓に寄りかかる。目つきは鋭かった。
 元刑事か。なぜ『元』なのだろうかと、疑問に思った。
「一度裁判にかけられ、冤罪として釈放された男に関係はあるんですか?」
 黒龍はコピー紙の束を火村に突きつける。おそらく火村の知り合いの高校生――寺沢辰彦から受け取ったものだろう。東京高裁の判決文だ。
「ふむ、それについても話さなきゃならんが……順を追っていこう」
 火村は学生に講義をするときの発声に切り替えて、はじめに、と説明を始めた、
「事件の概要だ。『国立大生連続殺人事件』なんていう呼称で知られている。
 殺人事件の時効が十五年ってことは知ってるな。つまり事件発生は今から十五年前の一九八九年。ちょうど平成に変わった年だな。その一年間で、実に四人分もの死体が発見された。いずれも国立K大学――つまりこの大学――の学生のものだった。死因は窒息死。紐状のもので絞殺したという所見だ。ここまでは良い。――で、凶器と死因、それからK大の学生であるという共通項の他に、もう一つ妙な関連性があった」
「バラバラ死体だったんだろ」と志賀が何気ない口調で言った。
「そう。四体ともバラされていた」火村は愉快そうに口元を歪める。「大学生を殺してその死体を解体するって作業を、一年のうちに四回もやったんだから、犯人も相当な物好きだよな」
「被害者の性別は?」と黒龍。
「全員女だ。被害者に接点らしき接点はない」
「通り魔的な犯行ということでしょうか?」
「あるいは一人目は何かやむにやまれぬ事情があったのかもしれんな」
「二人目以降は趣味で、か?」
 志賀の台詞を、火村はにやにや笑いで肯定した。
「ま、真の動機は本人に吐かせればいいさ」捕まることが前提だからな。「それはさておき。――黒龍少年の言った通り、ある男が重要参考人として捜査線上に浮かび上がっていた。男の名は吉川智宏。当事二十三歳の院生だ。吉川が、被害者四人のうち三人と顔見知りであったこと、死体遺棄現場に残されていたタイヤ痕、犯行時刻のアリバイ、等々を根拠に逮捕・起訴された。が――」
「冤罪だったんですね」とモーリス。「火村さんは彼が真犯人だとお考えで?」
「いや」火村は首を振った。「奴は犯人じゃない」
「なぜそう言い切れるんですか?」
 火村はその質問には答えなかった。
「とにかく、だ――俺が捕まえてほしいのはこいつだ」
 教卓に置いてあったフォルダから写真のコピーを取り出し、火村は全員に一枚ずつ手渡した。
「本間啓一郎、三十歳。聖ヶ丘って私立高校知ってるかな。あそこの物理教師だ」
「――え?」黒龍はコピーから顔を上げ、眉を顰めた。「なんて言いましたか? 三十歳……?」
「そう」火村はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。「事件当時、中学生だった。おまえさんと同じだ、黒龍少年」


03 捜査/2004年10月10日午前/モーリス・ラジアル/志賀哲生

 その日は朝からどんよりとした曇り空だった。
 今にも一雨来そうな気配だが、かれこれ数時間は、小雨が降ったり止んだりを繰り返す程度に留まっている。
 はっきりしない灰色の空――まるで自分達が今直面している状況のようだ、とモーリスは思った。
「昨日警察に掛け合って手に入った情報はこんなもんだな」
 志賀哲生は、テーブルの上に分厚い資料をばさっと放り出した。
 向かいに座るモーリス・ラジアルは、紙束を取り上げて一枚ずつ繰る。
「ふむ……さすが元刑事だけありますね。当時の捜査記録ですか」
「さすがに物的証拠までは持ってこれなかったけどな。死体の写真ならコピーを取ってきたが」
 見るか? と志賀は茶封筒を目の高さに掲げた。
「拝見しましょう」
 モーリスはさらりと言って、志賀の手から封筒を受け取った。封筒の中身を検めようとすると、
「……僕はあんまり見たくないので、席を外させてもらいます」
 モーリスの隣りに座っていた水上彰人が、がたんと椅子を鳴らして立ち上がった。
「まあ、そう言わずに」モーリスは水上のスーツの袖を引っ張って、無理やり腰を落ち着けさせた。「乗りかかった船でしょう? 水上さんにも付き合っていただきましょう」
「乗ってないよ。僕はただの仲介屋だし……」モーリスが封筒から抜き出した写真をちらりと見て、水上はげっそりとした顔になった。「だいたいなんで、殺人事件とか、物騒な話をここでするのかな」
 ここ――すなわち、東京都心からやや離れた表通りに位置するジャズバー、Escherである。何でも昨日、志賀がこの雑居ビルの前で水上彰人と正面衝突したとかで――調査報告し合うのにどこか良い場所はないかと考えたときに、彼の意識に上ったのがEscherだった、というわけだ。
「まあ、ほんの一週間だ。正確にはあと六日だな。我慢してくれや」
「僕は荒事には関わりたくな――」
「どう思いますか?」
 関わりたくない、という言葉を遮って、モーリスは水上に死体の写真を渡した。水上は、
「バラバラだね」
 と見た通りを口にした。物凄く迷惑そうだ。
「遺体を切断したのに何か理由があると思いますか?」
 モーリスは志賀に意見を仰ぐ。さぁな、と志賀は溜息をついて椅子の背もたれに身体を預けた。
「バラせば鞄に詰め込めるぜ」
「なるほど。それなら犯人が自動車免許を持っていなければならない必要性もありませんね」
「鞄に詰めて持っていったってこと? 無理があると思うよ。バラしたって重さは変わらないだろう。人間一人分の重さの鞄を持って、殺害現場から死体遺棄現場まで移動するなんてナンセンスじゃないかな。トランクに詰め込んで転がすんじゃ目立ちすぎるし」
「それは確かに、な。死体を解体するのにも労力がいる。ガキにはちと荷の重い作業だが――」
「ガキ?」
「火村さんが私達に『捕獲』を指示した人物ですよ。現在三十歳です」
「それじゃ事件のとき、中学生じゃないか」
「ええ、そうなりますね。だから十五歳の子供、です」
 水上は釈然としない面持ちで黙り込む。
「殺害現場が特定できていないようですが?」
「吉川はいずれも死体遺棄現場の近くで――大学の雑木林とか――殺害したと供述したようだが、それじゃ解体はどこでやったんだという話になる。目撃されずに絞殺するのは可能かもしれんが、バラすとなると、リスクが高いな」
「どちらにしろ吉川智宏は冤罪だったのでしょう」
「吉川の『自白』は警察による誘導尋問だろう。奴らの常套手段さ」志賀は吐き捨てるように言った。「吉川の自白には矛盾点が多い。一審の判決は、その矛盾だらけの自白調書に基づいて下されたものだった」
「物的証拠は残っていないでしょうが、当時の記録を見る限りでも吉川智宏の無罪は確かなもののようですね」
「あのさ、提案なんだけど」水上が口を挟む。「犯人の顔はわかってるんだよね。それならとっとと捕まえて、火村先輩のところへ連れていったらどうかな。事件の真相がどうであれ、それで貴方達の仕事は終わりだ」
「それでは面白くないでしょう?」モーリスはあっさりと言い切った。「それに危険です。犯人の居場所は特定できていますが――十分な下調べなしに捕獲に臨んで、万一にも失敗したら、時効成立前に捕まえる手立てがなくなってしまいますからね」
「念には念をってことだ。それに」志賀は眼光を鋭くする。「火村さんは、俺達に必要最低限の情報しか渡していない。端的に言うとだな、火村さんそのものが『怪しい』んだ」
「まあ、そうですね」
 水上は無感動に同意した。自分の先輩を怪しい呼ばわりされようが何だろうが、自分の知ったことではないという様子だった。
「火村さんを信用していないわけではありませんが、私達は私達で独自に捜査を進めようと、そういうわけですよ」
「ご苦労様」投げやりな口調でコメントする。
 寝不足のせいで不機嫌なのか、付き合わされているせいで不機嫌なのか判然としない水上はさておき、二人は再び資料を一から当たることにする。
「そっちはどうだった、あー……なんて呼べばいいかな」
「モーリス、で結構ですよ、志賀さん」モーリスは軽く微笑んだ。「――ゴシップ系の掲示板などを当たってみましたが、はかばかしい成果は得られませんでしたね。代わりに、被害者の線を洗っていたら意外な共通項が見えてきました」
「同じ大学の学生だったってこと以外にか?」
「ええ。――被害者全員、家庭教師派遣会社に登録していたようです」
「まさか全員、本間啓一郎を受け持っていたなんて、言わないよな?」
「そのまさかです」
 モーリスの返事に、志賀は額を押さえた。「当事の警察は何をやってたんだ……」
「しかしそのうちの三人は、一度や二度、代理で受け持った程度ですよ。長期契約をしていたのは一人目の被害者だけです」
「それだけでも十分有力じゃないか。少なくとも被害者と本間に面識はあったことになる」
「でもやっぱり、中学生が大学生を殺してその死体をバラすなんて、無理があると思うけど……」水上は退屈そうに欠伸をした。「――その犯人Xの名前、なんて言いました? 本間?」
「本間啓一郎だ」
「聖ヶ丘の教師?」
「なぜご存知なんですか?」
「僕の知り合いで、僕の教え子の教師だから」
 水上が何気なく漏らした言葉に、志賀とモーリスはえ、と目を見開いて一瞬の間硬直した。
「――なんだと?」
 志賀は水上を睨む。水上は志賀の形相など物ともせず、大きな欠伸を漏らした。
「僕は顔を知ってる程度です。火村先輩だったら、幼馴染っていっても良いんじゃないかな」
 二人は思わず顔を見合わせていた。

    *

 傘を持ってこなかったのは失敗だったかもしれない。
 モーリスは手の平を天に向け、ぽつぽつとアスファルトに染みを作っている雨だれを受け止める。
 空気は多分に湿気を含んでいた。雨の日は嗅覚が鈍るんだよな、と忌々しげに志賀がつぶやいた。
「事件に対する嗅覚――、という意味ですか?」
「いや。文字通りの意味だ」志賀は同じように手の平を上へ向けて、雨の具合を確かめた。「昔から異様にな――、鼻が良いんだ」
「それは便利そうですね。死臭も嗅ぎ取れるんですか?」
「ああ。『死の匂い』は強烈だぜ――」
 ふと、志賀は一点に視線を留めた。。
「……どうしましたか?」
 志賀の顔つきが変化したのを、モーリスは見逃さなかった。眉根に皺を寄せ、志賀は僅かに身体を緊張させている。
「あの男」志賀は声を潜める。「昨日駅の近くですれ違った奴だ」
「あの男性が何か――」
 モーリスは志賀の視線を追った。
道の反対側を歩く男を注視している。やや猫背気味の、小柄な男だ。一旦人ごみに紛れてしまったら見つけ出すのは困難だろうという、目立たない容姿の人物だった。が。
「――あれは……、吉川智宏では……?」
「何?」
「私の記憶に間違いがなければ、ですが」
 インターネットや紙媒体のメディアで、現在の吉川智宏の容姿を知ることはできない。モーリスは十五年前の記憶を掘り起こしてきて、男の横顔と比較してみた。十五年前――ブラウン管の中で見た男の顔と。
「どういうことだ?」志賀の表情は険しい。「吉川は犯人じゃない。火村さんはそう言ったよな……」
「言いましたね」
「じゃあ、あの男の『死臭』は何なんだ……?」
 独り言のようにつぶやくと、志賀はモーリスの先に立って歩き始めた。
「尾行する気ですか?」
「どうもおかしい。あの『匂い』は尋常じゃないぜ」
 男の姿は雑踏に紛れ込んでいく。
「この間と同じパターンだ。東京って街は死臭が立ち込めててな。油断すると見失いそうになる」
 不意に、それまで降っているかいないか程度だった雨が、ざぁっと音を立てて地面を叩き始めた。
「くそっ――これじゃ尾行もままならねぇな」
 志賀は毒づいた。
 雑踏に傘の花が開いていく。それでますます視界が悪くなり、背の低いその姿は完全に人ごみに埋没してしまった。
 車道を走る車が、派手に泥水を跳ね上げていった。モーリスはひらりと避けたが、志賀はズボンの裾を濡らしてしまった。
「乱暴な運転ですね」
 モーリスは呆れ顔で溜息を漏らした。
「ついてないな……」
 水を引っかけられたのも、このタイミングで雨が降り始めたのも。
 雨は東京の街を灰色から黒に染め、二人から、容赦なく体温を奪っていった――。


04 急転/ 2004年10月11日/火村義一

 事件は誰もが予想しなかった方向に展開した。
 翌朝の朝刊を見て、火村義一は愕然とした。
「……冗談だろう。まだ期限前だぜ」
 新聞の一面を飾り立てている見出しはこう読める。
『時効目前に解決か』。
 目を細めて記事をざっと読んだ。してやられた。火村は舌打ちした。怒りにかられて壁に拳を叩き込む。
「あの野郎。時効まで大人しくしてりゃいいものを……!」
 そうしたら問答無用で捕まえてやったのに。
 火村は依頼請負人達に電話をかけ、一時間後にこの間の講義室へ集合しろという旨を簡潔に伝えた。早朝だったが、誰も文句を言わなかった。
 きっちり一時間後、全員が一堂に介した。それまで無人だった講義室はひやりとしており、さながら霊安室のようだった。
「呼び出した理由は言うまでもないな」火村は全員を見回した。「してやられた。一歩遅かったみたいだぜ」
 火村は教卓の上に、朝刊をばしっと叩きつけるようにして置いた。三人は、それぞれ複雑そうに記事へ目を落とす。
 改めて火村が説明するまでもなかった。
 今朝からどこへ行ってもこの話題で持ち切りだ。マスコミがこぞって、『時効直前に解決見込み』の連続殺人事件について報道している……。
 ――曰く、冤罪と判決を下された吉川智宏が、遺書を遺して首吊り自殺をした。遺書には事件の真相について詳細に記されており、その終わりは、罪の意識に耐えかねた、死んで償う、と結ばれていたという。
 当然この件で矢面に立たされるのは日本の法曹界だろう。無罪の人間から長い歳月を奪うに足らず、有罪の人間を社会に送り出したとあれば、「犯罪には無縁の」善良な一般市民が腹を立てるのも無理からぬことだ。
 真実がどうであれマスコミはあることないことを吹聴するに違いなく(十五年前と同じように、だ)、火村の本間犯人説がますます立証しにくいものになるであろうことは想像に難くなかった。
 死者は語らない。遺書に記したこと以上のことは、何も。
「死臭がしたのはそのためか……」志賀は苦り切った様子で吐き捨てた。「くそ――あのとき雨が降り出してさえいなけりゃ……」
「まさかあの後自殺するとは思いませんでしたからね」
 モーリスも同様に、端正な顔を曇らせている。
「どういうことだ」説明しろ、と火村。
「昨日な……昼前だったか。ふらふらっと歩いている吉川智宏を見かけたんだよ。尾行しようとしたんだが、雨が降り出してな……あえなく見失っちまった」
「警察の捜査は吉川の遺書を裏付ける方向へと向かうでしょう。どうなさるおつもりですか? 火村さん」
「中身を読んだわけじゃないからわからないが、遺書には犯人しか知り得ないようなことが書かれていたんだろう? 火村さんの言う本間啓一郎犯人説は、無理がないか?」
 火村はいらいらと教卓を指先で叩く。
「吉川は本間に殺されたんだろう。最初から計算済みだったんだろうな」
「学校には黒龍君が潜り込んでいたんですよ」
 黒龍に全員の視線が集まった。黒龍は冷静にその視線を受け止めると、口を開いた。
「姿を見たのは朝と放課後だけです。お二人が吉川を目撃したのは昼前でしょう。昼から夕方にかけての時間に殺害したとは考えられませんか」
「黒龍君は本間犯人説を指示なさるんですか?」
「はい」黒龍は迷わず頷いた。「火村さんがどうして本間が犯人だなんて結論に辿り着いたのかは知らない。――だが、あの男が何らかの形で事件に関わっているのは間違いないと思います」
「なぜそう思うのですか?」
「根拠はありません。直感とか、本能とか、そういうものです」
 沈黙が落ちる。各々が思考に沈んでいた。
 壁時計の秒針が刻一刻と過ぎる時を刻む。急かすように、焦らすように、嘲笑うように。耳障りだった。時間はこちらに味方していない。
「――火村さん。いい加減に、なぜあんたが本間に行き着いたのか、教えてもらえないか」
 志賀が沈黙を破った。
 火村は鬱陶しそうに前髪をかきあげる。
「わかるんだよ。昔から」
 不可解な回答を、しかし志賀は理解したようだった。
「サイコメトリーみたいなものかもしれん。だが俺の能力は殺人者に限定されているようでな」火村は腕を組み、顔を俯けた。「――本間が俺を訪ねてきたのは、ほんの二、三日前のことだった。どこかで俺が大学に戻ったのを聞きつけたらしい。犯罪心理を研究しているなら、この事件に興味はないかと持ちかけてきた。――違う中学に行っちまったんでそれから会ってなかったが、奴とは気心の知れた仲だったんでな」
「まるで自分が犯人であることを示したがっているような行為ですね」
「ああ、そのつもりだったんだろう。本間は何も言わなかったが、俺は――わかってしまった。一週間の期限つきで鬼ごっこをやろうって誘いだったのさ」
「七日間で本間が犯人であることを立証できるかという、挑戦だったわけですね」
「ああ。だが俺はこの通り過激な性格なんでな」
火村は喉の奥でくっくと笑った。
「手段を選ばずに、問答無用で『捕まえる』ことにしたわけか」
「ああ。奴が吉川を殺すとしたら時効直前だと思ったんだが、俺があんた達を使って力技に訴えようとしたのを察したのかもしれんな」
「大胆と言うべきか無謀と言うべきか、良くわからない人物ですね。吉川智宏を真犯人に仕立てることに成功すればそれで終わりですが、上手くいかなければ、また十五年間警察の影に怯えなければならないということでしょう?」
「面白がってんだろう。昔からそういう奴だった」とにかく、だ。「もう、何でもいい。腹が立った。『何が何でも捕まえろ。手段は選ぶな。ただし絶対生かしておけ』だ。殺さなきゃ何をやっても構わん。今すぐに、」
 ――奴を捕まえて俺んとこに引き摺ってこい、と火村は命令口調で言い渡した。
 ラウンド2の開始だ。


05 捕獲/2004年10月11日/モーリス・ラジアル

「さて、――どう動きますか?」
 聖ヶ丘高校から二キロほど離れた公道に停車した乗用車の、車上。
 モーリスは、運転席で暇そうにしている志賀に向かって言った。
 数時間前。本間啓一郎が四限から出張で不在であることを、聖ヶ丘在校生の寺沢辰彦が連絡してきた。向こうも真面目に『逃げる』気になったのか、それとも真っ当な出張なのかはわからない。黒龍が聖ヶ丘で本間の監視に当たっている。学校を出たら携帯電話で連絡してくる手筈だった。
「黒龍の話を聞いた限りでは、俺達二人で取り押さえられないという気はしないな」
 志賀はハンドルに持たれかかり、通りがかる人間達を観察している。刑事の目つきだ。
「相手が抵抗してこないとも限りませんよ」
「武器を所持しているとか、か?」
「冷静で知的な人間ではあるようですが、徹底抗戦するとなれば、あるいは何の躊躇もなく一般人を巻き添えにするかもしれません」
「……有り得るな」
 それは避けたい。火村の『手段は選ぶな』という発言には『何を犠牲にしても構わない』というニュアンスが含まれていた。が、敢えて事後処理などの厄介事を増やす必要性もないだろう。穏便に事が済めばそれに越したことはない。
 モーリスの携帯電話が振動した。着信画面には梅黒龍の名前が出ている。通話ボタンを押して耳に当てた。
「何か動きはありましたか?」
『本間が学校を出た。駐車場に向かってます』
「わかりました。私達も動きましょう。本間の行き先はわかりますか?」
『出張というのが嘘でなければ、成田市です。前から告知されていたことらしいが――』
 そこで黒龍の声が途切れた。
「もしもし?」
 モーリスは携帯を耳に押し当てる。
『え――?』
「黒龍君? どうしましたか?」
 黒龍の、酷く焦ったような声が聞こえてきた。雑音混じりで良く聞こえない。がしゃん、と衝撃音がして、通話が切れた。
「どうした?」
 不穏な気配を察したのか、志賀が眉根を上げてハンドルから上体を起こした。
「わかりません。切れてしまいました。何か芳しくない状況であることだけは確かです」
 急ぎましょう、とモーリスが促した。志賀はギアをドライブに入れて、乱暴に車を発進させた。
「本間の車は?」と志賀。
「グレイのセダン、ナンバは多摩の14XXです」
「――あれか! 気が早いぜ!」
 数百メートル先に見えていた聖ヶ丘高校の裏門から、グレイの乗用車が飛び出してきたところだった。あっという間に距離が離れてしまう。志賀に負けず乱暴な運転だ。
「志賀さん、一旦降ろしていただけませんか? 黒龍君が気になります」
「わかった。俺は本間を追う」
「どうにかして合流します。何か動きがあったら連絡して下さい」
「了解」
 志賀はハンドルを切って路肩に車を寄せる。モーリスはドアを開けて飛び降りた。
 エンジン音が遠ざかっていくのを背後に聞きながら、モーリスは裏門へ急いだ。
 既に次の授業が始まっているのか、学校内は静かだ。生徒の姿がないのは幸いだった。 モーリスの容姿は、学校などという閉鎖環境へ潜入するにはいささか目立ちすぎる。
 裏門を入ってすぐ左手が職員の駐車スペースになっている。――その奥、校舎の影になっている場所に、黒龍と思しき人影がうずくまっていた。
「黒龍君。大丈夫ですか?」
 黒龍は右腕を押さえている。モーリスに気づき顔を上げると、やられました、と苦しそうな息の下で答えた。
「すいません。油断しました。庇ってもらわなくても平気だなんて言いながら――」
「無理をせずに。どうしましたか?」
「本間の奴、徹底的にやるつもりだ……」
 右腕を押さえる手の下から、赤い液体が滴っていた。モーリスは黒龍の手をそっとどけ、傷の具合を確かめた。思わず顔をしかめる。
「――これはまた。本間啓一郎氏も随分と物騒なものをお持ちのようで」
 白いシャツの袖は、血で真っ赤に染まっていた。右の上腕部に、皮膚を抉ったような銃創がある。弾が掠っただけのようだが、肉をごっそり持っていかれていた。
「本間がボクに気づいたんです。その場で捕まえようとしたら、サイレンサーつきの銃で撃ってきた」
 痛みは相当なものだろう。彼の額には汗がびっしりと浮かんでいる。良く耐えているものだ。
「……好戦的な人物らしいですね。――今治療します。少し我慢していて下さい」
 モーリスは黒龍の右腕に手を翳した。
 神経を集中し、周囲の目に見えない力の流れを統合する。空間を御し、分子レベルで再構成し、不確定の要素を除き、頭の中で構造式を組み立てる。
 狂っている音には調律を。
 あるべきところにあるべきものが収まっていない世界に調和をもたらす。
 その決まりきったプロセスを実行する――
「――な」
 出血が止まったどころか抉られた肉まで元通りになってしまった腕を見て、黒龍はぽかんと口を開いた。
「――何をやったんですか?」
「『調律』を施しただけですよ」
 モーリスはふ、と微笑んだ。
 黒龍は関節を折り曲げたりして右腕の動作を確認する。「……便利な能力もあったものだな」
「こう見えても医師の資格を持っておりましてね」
 いや、これは医者の能力じゃないだろう? という黒龍のつぶやきは無視して、モーリスはすっと立ち上がった。
「志賀さんが本間を追いました。まだそう距離は離れていないはずです。合流しましょう」
「今どこにいるかわかるんですか」
「そのためのGPSですよ、黒龍君」
 モーリスはどこからか情報端末を取り出すと、その画面を黒龍に見せた。
 黒龍は端末を覗き込んで、げ、という顔をした。
「時速百二十キロは出てるぞ、この移動速度……」
「なんとか合流するとは言いましたが、……物理的に不可能ですね」
「先回りするしかないんじゃないですか」
「本間は尾行に気づいたのでしょうね。目的地へは向かわないでしょう」
「一般道で百二十キロじゃ、カーチェイスしているとしか思えないものな……」
 二人はその場で考え込んでしまう。
「――仕方ありませんね。私達も彼らの後を追うとしましょう」
 モーリスと黒龍は、タクシーを捕まえに表通りへ走った。


06 終幕/2004年10月11日/モーリス・ラジアル/梅黒龍

 殺人遊戯の幕を、本間啓一郎は千葉の寂れた港町で下ろすことに決めたらしかった。
 運転手に釣りはいりませんと一万円札を渡すと、二人はタクシーから転げ落ちるように降りた。
「今の――!」
 風船が破裂するような音を聴き、黒龍は声を上げた。
「銃声ですね。消音器を使用すればあんなものでしょう」
 今は使われていないらしい倉庫の脇をすり抜け、走り、二人は音のした方向に向かって走る。
 音らしき音は土砂降りの雨にほとんど相殺されていた。二人の鋭敏になっている聴力が辛うじて捉えたその銃声は、廃ビルのコンクリートに反響したごく小さなものだった。
 泥を跳ねて走り、二人はようやく、氷雨降りしきる廃墟に辿り着く。
 ――辿り着いた終着点で、二人は最悪の光景を目にした。
 雨水に赤いものが混じっている。
 それは地面に倒れた志賀哲生の身体の下から流れていた。
「遅かったですね」
 雨の中に濡れて立ち尽くす男は――本間啓一郎は、冷徹な、感情のこもらない瞳で志賀を見下ろした。
「急所は外しましたが。病院まで持つかどうかは、彼の精神力と体力次第といったところでしょうか?」
「貴様……」
 黒龍はぎりと歯を食い縛った。
 今にも本間に飛びかかっていきそうな黒龍を片手で制し、モーリスは本間に一歩近づく。本間は滑らかな動作で銃を水平に構えた。
「私には効きませんよ、本間さん」
 本間啓一郎は引き金に指をかける。「――貴方が最後の一人ですか? まさかこれ以上いるとは、言いませんよね」
「ご安心下さい。私で終わりです。すぐに捕まえて差し上げますから」
 本間は無造作に引き金を引いた。モーリスは僅かな動作で弾を避ける。――なるほど、と本間がつぶやいた。銃が使い物にならないことを察して、本間はあっさりとそれを手放す。軽い音を立てて銃が地面に転がった。
「捕獲される側になる気分はどうですか、本間啓一郎さん?」
 本間はおどけて肩を竦めてみせた。
「困りました。せめて時効ぎりぎりまでは、楽しみたかったのですが」
 志賀の身体から流れた大量の血液と、雨水とが混じり、それはまるで――
 そう。噎せ返るような花の芳香。
 志賀が嗅ぎ取るという『死臭』は、きっとこんな匂いだろう。
 モーリスはまた一歩本間に近づく。ぱしゃん、と水溜りを踏んだ。靴の先が朱に染まる。
 本間が最後に抵抗してくるかどうか。賭けだった。
 コインの表と裏。
 彼は賭けに負けない。
 本間は最後に抵抗するだろう。
 そんな賭けに勝っても困るのだが。さて。
「……早まりましたね。吉川智宏氏を早々に殺害したのが裏目に出ましたよ。火村さんの怒りを買うことになってしまった」
「あれは計算外でした。自首しないのなら今すぐ警察に連絡する、などと言われてはね」
「あれは、ではなく、すべて計算外だったのでは? まさか私のような『人外』の存在が関わってくるとは思わなかったでしょう?」
「おかげで、それなりに楽しめましたがね」
 本間が動いた。――やはり!
 懐に忍ばせていたらしいナイフが閃き、モーリスの頬を掠る。
「しつこいですね、貴方も!」
 ナイフの描く軌跡は出鱈目だった。銃の腕は良いようだが、近接戦の訓練は受けていないと見える。それだけに予想が難しい。
「――黒龍君!」
 わかってる、と黒龍が怒鳴った。
 黒龍の放った二頭の猟犬が本間を襲い、ナイフが弾かれる。
 ――モーリスの手が振り下ろされた。
 瞬間。
 鋼鉄の檻が落下し、本間をその内に捕らえた。
 激しい水飛沫が上がり、残響が、世界を震わせた。
「遊びは終わりです、本間啓一郎」
 本間は自分を取り囲む鋼の牢獄を見上げ、ああ、と感慨深げな溜息を漏らした。
「道なき道を歩む僕は、この独房の中で口を噤めと言うのですね?」
 雨に本間の声が溶け込んでいき、
 遊戯は幕を閉じた。


07 エピローグ/2004年10月16日午前/本間啓一郎

「まずは、良くやってくれた、ありがとう、と言うべきか」
 火村義一は、非常にありがたくなさそうなふてぶてしい面構えで、三人の依頼請負人に向かって言った。
 都内某所。
 学生や子連れで賑わうファミリーレストランの一角。
 積み上げられていく皿は伝票の枚数に比例しており、
 ――火村の財布の中身とは反比例している。
「そのお言葉、ありがたく頂戴致します」
 モーリスは上品に珈琲を味わってから、微笑を零した(ファミリーレストランの珈琲をここまで優雅に飲める人物を、火村は他に知らない)。
「私は存分に楽しませていただきましたが、お二人はそれなりに痛い思いをされましたので」
 痛い思いをしたはずの二人――梅黒龍と志賀哲生は、どこが怪我人なのかと問いたくなるような勢いで夕飯をかき込んでいる。もちろん火村の奢りで。
「……銃で撃たれたって本当か?」
「本当です」と黒龍。「モーリスさんのおかげだ」
「俺なんて死線を彷徨ったぜ。報酬が足りないくらいだ」
 火村は両手を上げた。
「わかった。食ってくれ。好きなだけ。胃がはちきれるまで食ってくれ」
 そしてそのまま逝ってくれ。伝票は見ないことにしよう。
「ま、撃たれたにせよ何にせよ、結果だけ見りゃ上出来だったと言わざるを得ない。本間は黙秘をつづけているが、俺の面談にだけは応じている。俺が勝ったんだから、当然と言えば当然だな。奴には話す義務がある」
 火村はポケットからレコーダーを取り出すと、机の上に置いた。
「飯の席で何だが、聞くか? 愉快な話ではないぜ」
「私達にとっては、事件は未だに不透明なままです。皆さんに差し支えがなければ」
 黒龍と志賀は、構わないと頷いた。
「知らなくても良いと思うんだけどな、こんなこと……」
 火村は短く溜息をつくと、再生ボタンを押した。
 本間の声が語り始める。

『――こんにちは、火村君。どうですか、世間の動きは? 皆、驚いているでしょう? 僕の教え子達はどうしているんでしょうね――まぁ、そんなことはどうでも良いです。事件について聞きにきたんでしょう? 繰り返しになりますが。ああ、それ、録音するんですね。どうぞ、火村君の研究にお役立て下さい。
 ――ええ、そうですよ。四人とも僕が殺害しました。吉川さんも、そうです。
 一人目は、彼女ですね。覚えておりますとも。彼女のおかげで今の僕があるようなものですから。きっかけは、なんてことはありませんでしたよ。家庭教師とその教え子として知り合ったんです。
 僕の母親は世間一般的で言うところの教育ママというやつでしてね、物心ついたときから家庭教師をつけられていたんです。彼女は、確か三人目でしたか……K大の学生でした。頭の良い、綺麗な女性でしたね。初恋の人でしたよ。まあ僕も概して可愛げのない子供で、変に大人びておりましたので――比較的早い段階で、彼女と交際を持つようになりました。もちろん親には内緒ですとも。こそこそと隠れて付き合っておりまして、ある日、魔が差したんでしょうか……、親が留守の日に関係を持ちまして、ふざけている最中に首を絞めて殺してしまったんですよ。ありそうな話でしょう?
 参ったなと思いましたね。死体を抱えて歩き回るわけにもいかないし、親が帰宅するまで何時間もないしで。これでは部屋から彼女の遺体を持ち出すことすらできません。それでふと思いついたんです。小分けにして持って出たらどうかなと。いっそのことバラして窓から放り出せば良い。それで、庭の物置からビニールシートと鋸を持ち出してきてですね、部屋で解体したんです。え? あ、はい、そうですよ。一階には親がいました。まぁ、入るなと釘を刺しておけば入ってこない律儀な両親でしたから。
 解体には一晩かかりましたよ。予想はしていましたが、人間の身体ってそう簡単には切れないんですね。簡単に死ぬ癖に。
 さすがに泣きたくなりましたが、ともかくも解体作業は終えたので、後はどこかに埋めるだけです。複数のゴミ袋に分けて死体を窓から放り出し、夜中に埋めにいこうとして、――バラしても重いのは同じだったんですよねぇ。何度か往復することも考えたのですが、不在の間に残りの死体が見つかったらまずいですし。それで、近所に住んでいた大学生の吉川さんに電話を入れたんです。『家の前の通りで犬が轢かれていた。可哀想だから埋めてやりたいんだが、手伝ってもらえないだろうか』って。――ほら、K大の外れの雑木林に、猫墓があるでしょう? 大学で繁殖した猫の死体を、学生が埋めている場所です。吉川さんがあそこに埋めてやったら良いんじゃないかというので、そうすることにしました。死体はまとめて黒いゴミ袋に入れ、ガムテープでぐるぐる巻きにしました。厳重に梱包――というのも何か変な言い方ですけど――して、酷い状態の死体だったと言えば、誰も開けて中を見ようとは思わないでしょう? よほどの物好きでない限り。随分でかい犬だったんだなって吉川さんは驚いていましたが、まさか中身が女性の死体だとは思わなかったようですね。
 そうして吉川さんの車で雑木林に乗り入れて、袋ごと死体を埋めたんです。吉川さんの車は大きいオフロード車でしてね、タイヤ痕が証拠の一つになってしまったのはそのためですね。あそこに動物を埋める学生は多かったそうですから、誰も不審には思いませんでした。以上が一人目ですね。
 二人目は『行方不明』になってしまった彼女の代わりに、親が雇った学生です。やはりK大生でしたね。テスト前だけ勉強を見てもらう契約でした。契約期間中に殺すとバレますから、しばらく経ってからお礼をしたいと家に呼び出して、そのときに殺害しました。
 前回の経験で、既になんとなく、自分は殺すことに快感を覚えるらしいと悟っていました。どうも僕には女性を安心させることに関して、天性の才能があるようで――、結構楽に殺せるんですよね。さすがに親がいない時間を狙ってやりましたが。ええ、素晴らしい経験でしたよ。火村君も試してみたらどうですか? 嫌だな、そんな怖い顔をしないで下さいよ……。――死体の解体と遺棄に関しては一人目と同様です。今度は家で飼っていた猫が死んでしまったと言いました。四匹飼っていましたので。さすがに二度目ともなると嫌がられるかと思いましたが、吉川さんも人が良く……今度は河川敷の高架下に埋めました。飼っていた猫ですか? ええ、その後十年も生きて寿命で死にましたよ。動物を殺すことに興味はありませんし、猫は生きているほうが可愛いですから。
 三人目、四人目に関しても似たようなものです。違ったのは死体遺棄の方法くらいですかね。さすがに三回目ともなると怪しまれるでしょうし、困ったことにちょうどその頃、K大に埋めた遺体が見つかってしまったのです。吉川さんはもう頼れませんので、――ああ、思い出しました? 一緒に自転車で埋めにいったでしょう? 知らないうちに人間の死体を運ばされていたんですよ、火村君。
 四人目は、これで最後にしようと決めて殺しました。さすがに捜査が自分に及ぶのではないかと心配でしたしね。最後は、もう面倒くさいので、ゴミ捨て場に捨てましたよ。我ながら投げやりでしたね。……え? 僕らしくない、ですか? まあ、そうですね。冷静さに欠けていました。もちろん、指紋がつかないように考慮はしていましたよ。それで、重いゴミ袋を引き摺るように歩いていたらですね、偶然吉川さんが通りがかって、運ぶのを手伝ってくれたんです。夜中だったので、僕が薄いゴム手袋をしているのには気づかなかったようですね。そんなわけで吉川さんの指紋だけがべったりついてしまったんですよ――お気の毒ですね。
 まあそんなこんなで僕はそれっきり人殺しをやめてしまったんですが、死体が発見されてしまいましてね、吉川さんはどうも僕が怪しいと感づいたようなんです。ですが僕は善良で真面目な学生で通っていましたからね――十五歳の少年が女を四人殺して埋めたなんて言っても、誰も信じないでしょう? 今だったら、わかりませんが。そうこうしているうちに吉川さん自身が逮捕されてしまったんです。後のことはご存知ですね。奇跡的にも吉川さんは自分が無罪であると主張するのに、僕の名前を出したりはしませんでした。まぁなんとか、二審で無罪判決が下りましたので、それに関しては目を瞑って下さい。
 正直なところ、そのまま時効成立を迎えてしまうとは思っていなかったんですよ。一応法律というものは存在しますし、彼女達には申し訳ないと思っていましたからね――後悔はしていませんが――、それなりに覚悟は決めていました。それがいつまで経っても僕に捜査が及ばないんだもの。いつの間にか自分が人殺しをしたことなんて忘れていましたよ。それが最近になって急に騒がれ始めたので……、誰か気づいてくれないかな、と。悪いことをしたのに誰からも咎め立てを受けなくて、途方に暮れている子供のようなものというか。ありませんか? そういう経験。
 どうせだったら盛り上げてやろうと、吉川さんを犯人に仕立てることにしました。探偵役に火村君を選んで。ちょっとしたミステリ小説の実演ですよ。もう十五年も前に『終わってしまった事件』ではありましたが、小道具を工夫すればそれなりに面白い幕になるものなんですね――
 後悔? さっきも言いましたが、していませんよ。
 他に何か訊きたいことがありますか? ないというなら、僕はこれで口を噤もうと思いますが。火村君が話したいと願うなら、いつでも応じましょう。
 さて、これからどうやって時間を使いましょうかね。火村君がよろしければ、ですが、また何か違う遊びを考えてみましょうか?
 ――おっと、時間切れですね。それじゃ、さようなら。僕はしばらく休むことにしますよ――。』







□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

■モーリス・ラジアル
 整理番号:2318 性別:男 年齢:527歳 職業:ガードナー・医師・調和者

■志賀・哲生
 整理番号:2151 性別:男 年齢:30歳 職業:私立探偵(元・刑事)

■梅・黒龍
 整理番号:3506 性別:男 年齢:15歳 職業:中学生


【NPC】

■火村 義一
 性別:男 年齢:29歳 職業:大学院生

■水上 彰人
 性別:男 年齢:28歳 職業:予備校講師


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 はじめまして&こんにちは、ライターの雨宮祐貴です。
 長々ーーーーとお付き合いいただきありがとうございました。あまりの増量加減に途中から前後編に分けようかと真剣に悩んでしまったのですが、なんとか書き上がったので一本でお届けします。まだまだ未熟なもので、書き切れていない部分などたくさんあると思いますが……、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 個別パートの占める割合が多くなっておりますので、お暇でしたら他のPCさんの作品も読んでみて下さい。伏線やエピソードが散らばっていたりします。
 エセサイコサスペンスものっぽくなってしまった本シナリオですが、サイコサスペンスといえばレクター博士です(笑)。皆さんのご尽力でとっ捕まった本間啓一郎は、今後もお決まりの『犯罪者』役として法廷・サスペンス系統のシナリオに登場する予定です。

モーリス・ラジアル様
 モーリスさんは終わりまで「事件を楽しみ、外側から傍観する」ようなポジションになってしまいました。感情移入せず、一段高いところから事件を見つめている感じですね。その飄々っぷりから、自己中ゴーイングマイウェイな火村も、モーリスさんばかりは敵に回したくないなと身構えているようです……。

 それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ。