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<東京怪談ノベル(シングル)>


夢花そこかしこ

 煌びやかな世界。それは学校。誰もが青春の風の中を駆け抜け、恋に勉強にと忙しく目まぐるしい毎日を送る場所。充足する時などなく、常に高みを目指し、心踊る日々を過ごしている生徒たち。まさに、雪解けの水の如く懸命に海を目指す若人と言えよう。
 けれど、例外もそこにはある。

<3年A組 女子生徒 18歳の場合>
「あれはね…反則よ! 反則……く、詳しいことは言えないわ。…え、どうしても? 誰にもこのことは公言しないって言うのなら、教えてもいいけど……」
 女は周囲を見廻してから口を開いた。僅かに怯えが感じられるのは、対峙したのが余程の相手ということだろうか。
 それは3日前のこと――。
「貴方ですね。3年A組の着任されたばかりの図書委員の方は」
 チャイムが鳴ったばかり放課後。声を掛けてきたのは品位校正と名高い下級生、飛鷹いずみだった。女は噂は知っていたが、直接話したことはなかった。何事と耳を傾けると、
「突然で申し訳ありません。司書の先生が全員集まるようにと言われています。一緒に来て頂けませんか? …あ、申し遅れました。私は飛鷹いずみ、2年C組の図書委員です」
 丁寧な言葉遣いに思わず上ずりながら女は承諾した。背後を歩きながら観察する。肩ほどの茶髪は艶やかで歩く度に爽やかに揺れた。角を曲がる時見えた瞳は真っ直ぐに前に向けられている。迷いのない足取り。小柄なので一見可愛いタイプかと思えば、非常に凛々しい目をしているよう。優等生然としている姿に女は思わず溜息が零れるほどだった。どんな用事なのかと尋ねると「私も知らないんです」と答えた。
 図書館につくとすぐに司書の説明が始まった。女は幸運にほくそ笑んだ。
 司書の話が終わった途端、女は年若い青年司書に声をかけた。
「あら!? 司書の先生だったんですか! うふふ、これは運命の再会なのかしら? 覚えてらっしゃいます?」
 精一杯の色香で媚びる。その声に驚き、戸惑った表情を浮かべた司書。彼は女性が嫉妬するほどの白肌に整った造形、少し寂しそうな青い瞳が女心をくすぐる佳麗さを持っていた。女は落したノートを拾ってくれた青年に、この学校の司書とは知らずに一目惚れしてしまっていたのだ。これはチャンスと猛攻なるアタックを図った。いずみがいることも忘れ、ぐいぐいと接近する。その時だった。
「せ・ん・ぱ・い♪ 先生が呼んでらっしゃいますよ」
 満面の笑みを凍らせて、いずみが間に割り込んだ。突然の邪魔。その隙に青年は足早に奥に引っ込んでしまった。怒っていずみに食ってかかる女。誰もいなくなった途端に、いずみの顔は先ほどの静やかな表情ではなくなった。変化に泡を食う暇もなく、容赦なく鋭利な言葉が投げつけられた。
「随分と軽々しい態度を取られるのですね。知りませんでした、先輩がこんなに軽率だなんて。私、先生に報告しますね」
「な、なにを?」
「知ってるんですよ。先輩が持ち出し禁止の本を友人に融通したこと。それに、システムキー無くされたそうですね」
 女は更に目を丸くする。自分しか知らないはずの事実。隠しておきたい事実。
「そろそろ内申の時期ですね……。ま、私には関係のないことですけれど」
 待ってと声を掛ける間も無く、いずみが背を向け遠ざかる。女はヘタリ込んだ。それを見越したように、いずみが振り返って言った。
「男性とはお付き合いされない方が進学には有効ですよ。心配されなくとも、今の私の助言を聞いて下さると言うのであれば、報告したりはしませんから。フフッ」
 恐かったと女は言った。終始笑顔で、声のトーンさえ変化がなかったと。
「優等生なのは演技よ! 演技! ……ぜ、絶対そうなんだから」
 ブツブツとうわ言を繰り返している女。飛鷹いずみとは影の支配者的な能力を持ち合わせていると考えられる。

<2年D組 男子生徒 16歳の場合>
 男は恋焦がれた。黒ずくめの制服の中の一輪。そして、一世一代の勝負に出る。美しく可憐な少女を手に入れるために。
 けれど、あっさりと破れた。
「……却下。あなたは私の規定範囲に入りません。それに、既に私の心は定員オーバーですから」
 あまりにも外見とかけ離れた冷たい返事。嘆き悲しみ、それでも忘れられず男は周囲をうろついた。見つめれば見つめるほど、凛々しく誰にでもクールに接しているいずみに気づく。だったら尚更気になった。あれほど孤高な少女の心の中に、一体誰が住んでいるのだろうかと。
 男はいずみを追って、放課後の図書館にきた。誰も生徒のいないカウンターにターゲットを見定めた。いずみだ。どうしてこんな時間に? と訝しみながら観察を続けると、ふいにいずみが微笑んだ。それは彼女がいつも友人に向ける笑顔ではなく、もちろん男が見たこともない法悦とした笑みだった。
「へへへ、もう終わる頃かなぁって思ってたんですよ。一緒に帰ってもいいですか?」
 恥ずかしげに頬を染め、いずみが見上げているのは見目麗しい青年司書だった。いつか街で見かけた彼女の横にあの青年がいたように記憶している。兄弟かイトコだろうと思いたかった。けれど現実は厳しい。
 男は思わず目を覆った。見ていられない。男は逃げ出した。残酷過ぎる。あまりにもお似合いで、そしていずみの幸せそうなこと。男の夢は破れた。きっと他にもいい人がいる。今回は相手が悪かったのだ。相手が。
 黒髪に青く光る双眸。そのどれもが女性を魅了せずにはいられない青年が相手だったのだから。

「あの影……今、誰かいたかな?」
「ううん、気づかなかった。ネクタイ、真っ直ぐになりましたよ♪」
「あ…あ、ありがとう。飛鷹」
 手が届くよう腰を屈めてくれている彼。いずみはそんな、ささやかな気遣いが嬉しかった。自分に注がれる視線を感じながら、胸の高鳴りに心がどこかへ運ばれていく。まだ触れていたい。許されるなら。
 か細く甘い声が残る。6年前から願っていること。まだ伝えられないこと。
「いずみ…でいいのに」

 急がば廻れ。恋に近道、抜け道なし。クールな少女も、恋する人の前ではただの人。
 ゆえに世界は花盛り。夢があふれて、そこかしこ。
 花降る。星降る。恋が降る。


□END□

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 こんにちは。ライターの杜野天音です。
 今回、結構苦労しました。シングルで他人目線というのは、難しいものですね。いい勉強になりました♪
 如何でしたでしょう?
 彼は図書館司書になってたんですよね〜(笑) 一緒にいたいからか?
 いずみちゃんの卒業後には、学校ではない図書館に就職の予定。あのままだったら、いずみちゃんも心配でしょうし(*^-^*)
 ちょっとお待たせしてしまってすみません。ラスト甘く仕上げてみました♪
 厳しいいずみちゃんと、メロメロないずみちゃん。どちらも魅力的ですよね。

 では、また楽しいお話を書けることを待っております♪
 ありがとうございました!