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endless-終わることのない転生-
第1話
−0−
薄暗い室内には、鉄製の古びたテーブルが1つ置かれていた。
その中央に蝋燭が置かれ、赤い炎が揺らめいていた。
「これで契約は成立だ」
神坂翔(みさかかける)と名乗った青年が、テーブルに茶色い封筒を置いた。
無造作に置かれた封筒に、細い手が伸ばされた。
その手は封筒を開き、中の"ブツ"を確認する。
「……良いわ。あなた達に付き合ってあげるわ」
綺麗な声音を紡ぎ出すと、女性は瞳を半眼に伏せた。
すると、更にテーブルに一枚の写真が置かれた。
「一条汐海(いちじょうしおみ)。今回、彼女の能力を使って、奴らの潜伏先を探ってくれ」
そう告げると、神坂は女性に視線を合わせることなく部屋を出ていった。
「ちょっと……」
一方的に告げられ、口を挟む隙を与えないやり方は、いつものことであるが、どうも気に入らない。
「いつも、一方的なのよね」
軽く不満を漏らすと、テーブルの写真を手に取った。
柔らかそうな長い髪が印象的な、笑顔の可愛らしい女性がそこに写っていた。
ふと、裏返すと、そこに住所らしきものが記されていた。
「ここに行って、彼女を誘えってことかしら……」
軽く溜息を吐くと、踵を返した。
重たい鉄の扉を押し開けると、眩しいばかりの光りが、瞳を直撃し、思わず眩しそうに細めた。
そこは、人気のない倉庫の一室で、閑散としている。
ギギギと錆びた音を響かせながら、扉は独りでに閉まった。
それを尻目に、女性――火宮翔子 (ひのみやしょうこ)は歩き出した。
−1−
黒のライダースーツに身を包んだ翔子は、写真に記された住所を尋ねていた。
最寄りの駅から10分ほどの所にある2階建てのアパート、煉瓦風の外壁に緑色の屋根が特徴的である。
翔子は、駐輪場にバイクを止めると、ヘルメットを取りながら2階部分を見上げた。
「205……」
向かって右側の一番端、そこが目的の場所だと確認すると、小気味よく足音を響かせながら、階段をかけあがった。
表札には名前が記されていない。
独り暮らしで、しかも女性の住まいとあらば、表札を出さないことなど珍しくない。
一応、部屋番を確認すると、チャイムを押した。
ガタガタガタ。
部屋の中から、激しい音が聞こえてくる。
それと同時に、痛いという小さなうめき声も重なる。
「……」
もしかして、チャイムの音に驚いて部屋の中でコケでもしたのだろうか――そう思いながら、扉から少し身を離した。
バタバタバタ。
足音と共に、扉が開かれた。
「……あれ?」
が、目的の人物と違ったのか、扉から半分身を乗り出した女性は、困惑気味に首を傾げた。
「一条汐海さん?」
写真を見て顔を知っていたが、取りあえず確認する意味もあって、名前を尋ねた。
部屋の主、汐海は小さく頷いた。
「私は――」
が、翔子の目の前で汐海は顔をほころばせた。
「もしかして、闇狩の方ですか? 男の人が来るんだとばかり思ってたから……わあ、とても綺麗な方が来てくれて嬉しいです」
一気に捲し立て、汐海は翔子を部屋へ招き入れた。
1DKのそこは、白を基調にまとめられていて、良く片づけられたとても綺麗な室内であった。
翔子は勧められるまま、丸いクッションの上に座った。
物珍しさも手伝い、翔子は部屋をぐるりと見回した。
「何もないでしょ」
汐海が恥ずかしそうに告げると、お盆に湯飲みを乗せて翔子の向かいに座った。
彼女が言うように、部屋には物が少ない。
部屋の隅に追いやられた小さなテレビと、5段程のカラーボックス。そして、翔子達の目の前にある正方形の机があるだけで、他には何もない。
「物を置かないようにしているんです」
言い訳程度に告げると、汐海は湯飲みを翔子の前に置いた。
目の前の女性は、20歳そこそこの、にこやかな笑顔を称えていて、とても可愛らしい。
そこで、ふと、疑問が浮かんできた――なぜ、彼女は闇狩に力を貸すのか――沸々と沸き上がってきた疑問を押さえることが出来ず、翔子は真顔を向けた。
「私は家の事情もあって、魔と関わる機会もあったし、その縁で闇狩と仕事をしているのだけれど……あなたは――」
そこで、一呼吸おくと、探るような視線を汐海に向けた。
「どう見ても普通……よね?」
翔子の視界の中で、汐海の笑みは絶えることがない。
しかし、焦茶色の瞳が微かに揺れた。
「……聖徒さんにお願いされたので」
聖徒とは、闇狩一族を統べる、闇狩の長である。闇狩の仕事を何度かこなしている翔子でさえ、会ったことがない、いや、会うことが出来ない人物なのだ。
「へえ、直々に」
翔子は言葉の端に小さなトゲを含ませると、青い瞳を微かに細めた。
「はい……」
弱々しく、しかし笑顔を消すことなく告げる汐海は、やはり瞳の奥に動揺の色を浮かべている。
翔子は、目の前に置かれた湯飲みに手を伸ばすと、ゆっくりすすった。
お茶の良い香りが鼻を掠め、ついで口の中に甘みが広がる。
「美味しい」
思わず呟くと、驚いたように汐海を見つめた。
「ありがとうございます」
ぱあっと笑顔を弾けさせると、心底嬉しそうに微笑んだ。
「普通の……まるで闇の世界とは全く関わりのない……いえ、これから先も関わることのない感じがするのにね」
鋭い瞳を向けられ、汐海は視線を逸らした。
事実、翔子が言う通りなのだ。
闇の世界に関わるつもりなどなかった。例え、無理にお願いされたとしても、断固拒絶するつもりであったのだ――しかし。
「何か理由があるのね」
翔子は、汐海の瞳の奥に揺れる動揺の色を見つめながら、静かに告げた。
「……」
困ったように笑うと、肯定も否定もしなかった。
「まあいいわ。私が受けた依頼は、あなたの護衛だから」
一瞬近寄りかけた感情を、無理矢理遮断させると、冷静に言い切った。
「あ、はい……えっと、暗黒王に組みする異能者をC町の喫茶店で目撃して以来消息がつかめないと……だから、そこから足取りを辿って欲しいと言われました」
サイコメトラーが異能者を追跡する。正し、サイコメトラーは攻撃及び防御する力を持たない。だから彼女を護衛し、異能者の居場所を探り出す。正し、深追いはせず危険と判断したら速やかに撤退する――それが翔子に来た依頼だった。
「じゃあ、まずはそこへ向かいましょう」
翔子と汐海は部屋を出た。
ただ、残留思念を読みとるだけの力を持つ女性――自分を守る統べも持たず、危険な世界へ足を入れたのはなぜなのだろうか――彼女の笑顔の裏に隠された素顔が気になってしょうがなかった。
そして、なぜこれほどまでいつも笑っていられるのか、線が細く、強風で吹き飛んでしまいそうな可憐な雰囲気を醸し出す女性。それなのに、弱さを見せまいと強がっているその理由はなんなのか。
自分とは違うタイプの彼女のことが、気になっていた。
−2−
喫茶店の窓際を陣取った翔子達は、アイスコーヒーを注文した。
内装はとてもシンプルで、白い椅子に、生成り色のテーブル、真っ白な塗り壁には、センス良くポストカードなどが飾られていた。
席と席を間仕切るように置かれた大きな観葉植物が、アクセントとなっている。
翔子は窓の外を眺めた。
歩道を行き交う人々の姿が目に映る。
そして、汐海に視線を向けた。
向かいに座る汐海に表情は、なぜか険しく、顔色も悪い。
「気分が悪いの? 汐海さん?」
彼女の顔を覗き込むように尋ねたが、返事がない。今度は身を乗り出し、もう一度名を呼んでみた。
「汐海さん?」
「……あっ」
汐海が声をあげた。そして、色を失くしていた瞳が一瞬にして、元の色を帯びる。
「すみません……」
申し訳なさそうに謝ると、目の前に置かれている透明なグラスを掴むと、一気に口の中に放り込んだ。
「何か視えたのね」
探るように、しかし断定気味に告げると、汐海はコクリと頷いた。
「ここに……確かに座っていました」
そこで、ウエイトレスがアイスコーヒーを運んで来たので、会話は中断された。
顔色の悪い汐海に、若いウエイトレスは不審そんな視線を何度も向けながら、厨房へと戻っていく。
それを視界の端に捕らえると、翔子は汐海に先を促した。
汐海は、目の前に置かれたアイスコーヒーにシロップとミルクを入れ、ストローでかき混ぜた。
氷がグラスにぶつかり、涼しげな音を出している。
それをしばらく見つめていた汐海は、おもむろに視線を上げると、真っ直ぐ翔子を見つめた。
「若い……18ぐらいの男の子がここにいました。彼は、友人と来ていて、その友人も仲間のようです。2人は繁華街の方へ向かいました……地下にある……ショットバー……」
汐海の眉間に深い皺が寄る。
次いで、汐海の目の前にあるグラスの中で、氷の1つが真っ二つに割れた。
「!」
その現象に、翔子は彼女のグラスを凝視する。そして、ゆっくりと汐海に視線を向けた。
汐海は、不安そうにしていた。
大丈夫、私がいるから――そう励まそうと口を開きかけた時だった。
「ごめんなさい」
消え入りそうな声で汐海が謝ったのだ。
何を謝ることがあるのだろうか――翔子は怪訝そうに汐海を見返した。
「感情が高ぶると、力が暴走してしまって……」
汐海のその表情は、自分の力に対する畏れと戸惑いから来ているのだ。
「制御……出来ないの?」
翔子の問いかけに小さく頷くと、汐海は無理矢理笑顔を作った。
「滅多に出ないんですけど、動揺が激しくなると……でも、近くの物が落ちたり、割れたり……大騒動になるようなことはないですから、大丈夫です」
「……そう」
至って普通の子だと思っていた。残留思念を読みとる力があるだけで、自分のように特殊な世界に生きる人間とは別の、そんな世界があることすら知らない普通の生活をしている子だと思っていた――いや、そう見えていたのだ。
しかし、知らないだけで、実際は深く特殊な世界に関わっているのではないだろうか――そんな気がしてならないのだ。
翔子は腕の時計に視線を落とした。
3時を過ぎた所である。
「ショットバーって言ったわよね」
翔子の言葉に小さく頷いた。
「開店前を狙うとして……5時頃かしら……そうしたら、まだ時間があるわね」
結局、そこで数時間待つことになった。
−3−
アイスコーヒーだけで2時間近く粘るのはどうかということになり、ケーキを頼むことにした。
目の前に置かれたお皿には、生クリームやフルーツでトッピングされたケーキが乗っていた。
やはり女の子、甘い物が目の前にあると、自然と顔がほころぶ。
2人は目を合わせ、秘密を共有するかのように、笑い合った。
「いただきます」
一口口に運ぶ。
「やだ、美味しい」
「こっちのも美味しいですよ。食べます?」
汐海が、皿を翔子の方へと押す。
「これも食べてみて」
2人は皿を交換し、また一口。
「「美味しい」」
声をハモらせながら、また皿を交換し、パクパクとこの上ない幸せそうな顔をして食べた。
ケーキを食べ合った。
たったそれだけのことなのに、2人の間に、先ほどまでの一線を引いた緊張感のような物は漂わなくなっていた。
「あの……火宮さんはどうして……」
遠慮がちに尋ねる汐見に、翔子は苦笑を浮かべた。
「翔子でいいわよ。どうして、と言うと?」
問いかけるように首を傾げると、翔子は汐海を見つめ返した。
翔子の青い瞳が、一瞬鋭い輝きを放つ。
「いえ……別に」
言いかけた言葉を飲み込むと、汐海は瞳を伏せた。
「やだ……今私のこと怖がったでしょ。何、私怖い?」
少し詰め寄るように告げる翔子に、汐海は体をのけぞらせた。
「そ、そんな、だ、大丈夫です」
と言ったものの、声はうわずっている。
「私、よく人に冷たい印象を与えるみたいなのよね」
「……確かに大人びているから、ちょっと取っつきにくい感じがしたけど……でも、翔子さん私に気を遣ってくださっているから……優しい方なんだなって思います」
汐海の言葉に、翔子は苦笑した。
「やっぱり、初対面はいい印象を与えないのね」
翔子のしょげた態度を見て、汐海は慌てて両手で否定の意を表した。
「わ、わたし、そんなつもりで言ったんじゃ……その、そんなことないです」
一生懸命取り繕う姿が可愛くて、翔子は鼻で軽く笑うと、笑っている所が見えないように顔を背けた。
翔子の肩が軽く揺れている。
それを、泣いているのかと勘違いした汐海は、更にあたふたし始めた。
「その、ごめんなさい。私、そんな、どうしよう」
かなり動転しているのか、言葉が文章になっていない。
余りの素直な反応に、翔子は笑いが止まらなくなっていた。
そして、汐海の前で、顔を上げて大笑いした。
「なっ……」
さっきまで動揺していた汐海は、ポカンと口を開けている。
「ごめん、ごめん、汐海さんが可愛かったから……つい」
目尻の端に瞳を刻みながら、お腹を抱えている。
「ひどい、信じられない」
「ごめんって。ほら、お水でも飲んで」
「そのお水は私のです」
目の前に差し出されたグラスを軽く睨みながら、汐海は頬を膨らませた。
「汐海さんの、そういう素直な反応がね、ほんと、可愛いのよ。それに、そいういのは私には出来ないことだから」
歳のせいだろうか、それとも育ってきた環境のせいだろうか、いつしか強くあることが当たり前のようになっていた。
だから、彼女のように素直に自分を表現出来ることが、少し羨ましくもあった。
「……翔子さんておいくつなんですか?」
「私? いくつに見える?」
すると汐海は、じっと翔子を見つめ、悩むように唇を尖らせた。
「20……5、6?」
「ハズレ。23よ。よくそれくらいに見られるのよね」
まだ、23なのに――と不満そうに呟いている。
「大人っぽい感じがしたから……」
「いいのよ、別にいつものことだから」
申し訳なさそうにしている汐海に、翔子はケロッとした表情で言ってのけると、目の前のグラスに手を伸ばした。
その時だった、妙な気配を感じ、窓の外に視線を向けた。
10代の少年がこちらを見つめているのだ。
その少年は、不敵な笑みを浮かべると、自転車にまたがって走って行った。
「彼、彼です!」
汐海が叫んだ。
咄嗟に、彼が自分たちが探している集団と関係があると認識すると、翔子はテーブルに千円札を2枚置き、汐海の腕を掴み、店を飛び出した。
微かに見えた少年の姿は、雑踏の中へ消えていく。
「乗って」
汐海をバイクに乗せると、翔子は少年を追った。
−4−
夜の繁華街は、日中に来ると閑散としている。
どの店もシャッターがおり、ネオンは照らされるのを待機している状態。人の通りはなく、たまに通り抜ける人々も、周囲には目もくれず、足早に去っていく。
ふと、汐海が立ち止まった。
地下に続く階段がある、古いビルの前である。
ビルの案内板を見ると、地下にはバーがあるようである。
「翔子さん、ここ」
汐海から固い声が紡ぎ出された。
その表情はかなり緊張していた。
そこから察するに、この先にある店は、自分たちが探している集団と関わりがあるのだと推測出来た。
「あなたは、ここで待っていて。私、ちょっと行ってくるから」
防御する術を持たぬ汐海を、危険な所へ連れて行くことは出来ないと判断した翔子は、汐海に待機するように告げた。
しかし、汐海は強い意志のこもった瞳を向け、「私も行きます」ときっぱりと言い切った。
「今回は、戦闘は含まれていないし、探ることが目的だけれで、彼らのアジトかもしれない所なのよ。か弱いあなたを連れてはいけないわ」
少しきつく口調ではっきり言いきった。
「でも……どうしても行きたいんです」
しかし、汐海は一歩も引かなかった。
「あなたの護衛ですから、あなたに危害が及ぶような事態は避けたいのよ」
「すみません……どうしも、どうしてもお願いします」
危険であるということを説明しても、まったく引かない彼女に、翔子は怪訝な瞳を向けた。
「あなたのことは護るけど……保証出来ないわよ?」
「覚悟の上です」
真っ直ぐな瞳を翔子に向けると、汐海は大きく頷いた。
彼女は何かを隠している――そう感じながらも、彼女の意思を尊重し、彼女と共に地下のバーに向かうことを決意した。
その先にいる相手は、敵なのか味方なのかまだ解らない。
攻撃的なのか紳士的なのかも判断付かない。
しかし――とにかく彼女だけは護ってあげる。私はともかく、彼女のような普通の子を怪我させるなんて……出来ないもの――心に固く誓うと、翔子は地下へ降りる階段へと一歩踏み出した。
木製の重い扉を開いた。
「まだ開店してないよ」
渋みのある声が、店の奥から響いてきた。
「知ってます」
きっぱり言い切ると、翔子は店内を見回した。
店の奥にはカウンターがあり、そこに店主らしき40代後半の男性が翔子達を睨み付けている。
敷地自体さほど大きくなく、丸テーブルが3つと、長方形のテーブル1つがやっとおける程度で、奥の壁にはダーツが出来るスペースを設けてあった。
そして、そこに、数名の男女がたむろしていた。
彼らからも、敵意むき出しの視線が向けられる。
が、それに構うことなく、翔子は大股で店内を横切ると、彼らの正面に仁王立ちした。
「貴方達、暗黒王に騙されているわよ」
暗黒王――今回の依頼元、闇狩一族と敵対する、闇世界の王。闇世界では物足らず、この世界にまで触手を伸ばしてきた、滅ぼすべき相手なのだ。
「お前、何者だ?」
数名の男女の中から、1人の男性が立ち上がると、翔子を睨み付けた。
「闇狩の者よ。貴方達は騙されているわ。今なら間に合う、暗黒王とは手を切るべきよ」
闇狩――その名を出した途端、彼らから殺気が漲った。
それと同時に、どす黒く、重たい空気が充満し始めた。
翔子は微かに顔をしかめた。
目の前の敵は、5名。彼らの身からたぎる力は、常人ではない。そんな彼らを相手にして、汐海を守れるだろうか――と。
「へえ、闇狩の人間がたった2人で俺らと相手するのか?」
面白がる響を含ませると、一番最初に立ち上がった男は、ポケットから小型ナイフを取り出した。
「2人じゃないわ。1人よ。貴方達の相手は私1人」
ふと、自分が常備しているバイオリンケースを持ってこなかったことを後悔した。
バイオリンが趣味ということもあるが、そこには常用している小剣が仕組んであるのだ。
手にしっかり馴染み、体の一部のように扱えるそれを、翔子は好んで戦闘に使っている。
素手で戦闘が出来ない訳ではない。素手だろうが、どんな状況だろうが、戦えるし、それだけの修行を積んできているのだ。
何を使って戦うかは、好みの問題である。
「ねえちゃん1人か? その綺麗な顔に傷を作りたいらしいな」
男はニヤリとイヤらしい笑いを浮かべ、ナイフを左右の手で弄んだ。
他の者も、戦闘態勢に入る。
翔子は、背後の汐海を気にしつつも、彼らとの間合いを計る。
ざっと周囲に目を配り、自分の武器になるもの、防御となるもの、それらを確認すると、構えた。
「やめろ」
突然声が響いた。
腹の底から絞り出されたその声は、低く苛立ちを含ませていた。
そして、その一声で、目の前の男達は一斉に姿勢を正し、動きを止めた。
「誰が戦えって言った」
有無を言わさぬ声音に、翔子は怪訝そうに眉根を寄せた。
すると、カウンターの奥から、20前後の青年が顔を出した。
不機嫌そうに眉根を寄せ、苛立ちのせいか、唇の端が下がっている。
「す、すみません海斗さん。そ、その、こいつが闇狩と名乗って……」
「闇狩は俺らの敵だが、だからと言って、即座に戦闘をしていい理由にはならない」
きっぱり言い切ると、海斗と呼ばれた青年は、翔子を睨み付けた。
「不躾に乗り込んでくる理由を聞きたいものだ」
この男が、彼らを統べているのだろうか――翔子は表情を強ばらせると、慎重に言葉を選び出した。
「貴方達を助けたくて」
翔子の言葉に、海斗は軽く鼻で笑うと、顎で出口を指した。
「ここから出て……」
そこで言葉を詰まらせた。
海斗の表情が強ばっているのだ。彼の視線の先には、汐海がいた。
汐海はまっすぐ海斗を見つめている。
その瞳には、憎しみの炎さえ浮かんでいた。
海斗が瞳を逸らした。
「翔子さん、行きましょう」
静かな声で告げる汐海に、翔子は怪訝そうに見つめながらも軽く頷いた。
「お前ら、手を出すな」
海斗が、他の者にそう告げている。
翔子達は、その店を後にした。
−5−
「翔子さん、あそこが怪しいと、闇狩に伝えてください」
汐海の顔から、笑みが消えていた。
「多分、あの海斗という男性が、彼らをまとめています。だから、彼を辿れば、暗黒王のことがつかめるかもしれません」
「汐海さん?」
翔子の心配げな声に、汐海は無理矢理笑みを浮かべた。
「あの男性と……知り合いなの?」
2人が顔を合わせた瞬間の違和感。それはどう見ても、知り合いでしかなかった。
「私を……傷つけた人です」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で紡ぎ出す。
「え?」
翔子が問いかけ直すと、汐海は軽く頭を振った。
「なんでもありません。あ、今度は闇狩とか抜きで、お茶しましょうよ」
無理に歪めた笑顔ではなく、柔らかく笑ういつもの表情に戻すと、首を傾げた。
「ええ、そいうね……今度はゆっくりと」
その笑顔さえ、実は意識して作りだしているのではないだろうか――翔子は釈然としない何かを胸の奥に抱えていた。
西の空では、夕日が沈もうとしていた。
闇狩の依頼は完了した。
しかし、今回の仕事で出会った彼女――そして、海斗と呼ばれた男性――この2つの点が気になってしょうがないのだ。
この点が線となった時――何かが起こる気がしてならない。
「やっぱり、報酬もっともらうべきかしら」
ぽつりと呟いてみた。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3974/火宮・翔子(ひのみや・しょうこ)/女/23歳/ハンター兼フリーター】
【NPC/一条汐海】
【NPC/雪沢海斗】
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■ ライター通信 ■
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火宮翔子サマ
はじめまして。ライターの風深千歌です。
この度は、ゲームノベルにご参加頂き真にありがとうございます。
楽しんで頂けましたでしょうか?
1話完結の連載となっておりますので、また機会がございましたら、新しいお話にも参加して頂けると嬉しく思います。
私としては、翔子サマのカッコイイ戦闘シーンなど書きたかったのですが、ストーリー上割愛させて頂きました。。
また、どこかでお会いできることを楽しみにしております。
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