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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


正義感の鼻捻 〜その物、危険につき〜

Opening

「いかんな……」
 新聞の三面記事に目を通していた紅月が、小さく呟く。
「どうかしましたか?」
 昇の問いに、紅月は新聞の一記事を指差す。
「“謎の正義の味方、強盗を撃退”って、これがどうしたんですか?」
「これが問題なのだ」
「何でですか? 別にいい話じゃないですか」
 ペシッ。
「っ、何するんですかぁ〜」
「お前は何も解かっていない」
 昇の頭を扇子で叩いた紅月が、腕組みしつつ口を開く。
「いいか、強盗というのは凶器を持っている。凶器を持った人間に、一般人が相手するのは自殺行為だ」
「それはそうですけど、その人は一般人じゃないかもしれませんよ」
 ペシッ。
「何度も叩かないでくださいよ〜」
 額を抑えてうずくまる昇を無視して、紅月は記事に指を添える。その表情が、険しいものになった。
「捕物のイメージがする」
「その記事からですか?」
 復活した昇の問いに、紅月が肯く。たとえ外見は似非中国人でも、紅月は“想い”を読み取る事にかけてはプロ。その紅月が捕物のイメージを感じたという事は、“想い”のこもった器物が事件に関係しているのだろう。
「ここに、正義の味方とやらの目撃情報がある」
「ふむふむ。“手に警棒のようなものを持っていた”ですか」
 心当たりは? と目で問う昇に、紅月が鷹揚に肯いた。
「鼻捻だな」
「はなねじ?」
「江戸時代の捕手の三道具の一つで、現在の警棒の元となったものだ」
 もっと解説がしたそうな紅月だったが、先を急かす昇の視線を受けて、一旦口を閉ざす。
「ちなみに、形状は簡単に言えばただの棒だ」
「それじゃ、刃物相手じゃ駄目じゃないですか……あ」
 刃物相手に古武器で戦うのは自殺行為。それに気付いた昇。紅月も肯く。
「恐らく“正義の味方”とやらは、鼻捻の“想い”によって動かされているのだろう。しかし、このままでは危険が及ぶ」
 呟きながら、紅月は昇を見る。人を集めて解決しろ、という紅月の意思を悟って、肯く昇。
「相手は正義の人、捕まえるのには骨が折れるかもしれないな……」
 ぼそり、と紅月が呟いた。

Main

「それ……でね」
 道路の端に体操座りした五降臨・時雨が、隣人に話し掛ける。無口な隣人は、ただ一言、返事をよこした。
「にゃあ」
「うん……でね」
 隣人――黒猫のミケの背を撫でつつ、時雨は言葉を紡ぐ。ちなみに、ミケとは時雨の命名だが、なぜ黒猫でミケなのかは謎である。
 時雨は、ここで時を待っていた。時雨が請け負った今回の仕事は、鼻捻を回収すること。そのために、馴染みの情報屋から事件が起きそうな場所を聞き出しておいた。普段はぽけぽけとしているが、時雨はこれでも殺し屋だった。
「来ると……思う?」
「にゃあ」
「ふぅん」
 傍から見ればおかしな人間にしか見えないのだが、時雨とミケの間にはちゃんと会話が成立しているらしい。視線を道路へ向けた時雨が、ふわぁ、とあくびした。
 夜中の道は人通りも少ない。そして、いらぬ犯罪が増えることもある。
「ふわぁ……あ」
 時雨の耳が、人の足音をとらえた。視線を転じれば、ショルダーバッグを持った女性がこちらへと歩いてくる。ふと、女性と目が会ったので笑顔を向けてきた。しかし、女性は顔を引きつらせて歩き去っていく。
「あれ?」
 そんなに笑顔が変だったのか、と思う時雨は、肝心な事がわかっていない。身長2mの大男、しかも、背中に剣といういでたちで普通の反応を返してもらうほうがおかしい。
 不思議そうに首をかしげる時雨の視界から、女性は姿を消そう、とした瞬間、何者かが女性にタックルした。
「あ、バッグ!」
 女性の叫びの通り、何者かは女性のバッグを奪って逃げようとしている。待ち伏せをしていたのに、つい女性を助けようとしてしまう時雨の背後に、異様な気迫があった。
 振り向いた先に居るのは、細身の少年。普通なら頼りなさそうな印象を与える少年の雰囲気は、歴戦の戦士のような鋭さがあった。
「悪は、滅する!」
 少年の口から、奇妙に歪んで聞こえる声が漏れた。次の瞬間には、時雨のそばを駆け抜けて走り抜けていた。その意外な速さに驚きつつ向けた目に、少年が手に持った棒が見える。
「ああ……ビンゴ」
 時雨がニコリ、と笑う。その間にも少年は、バッグを奪った何者かに向かって襲撃をかけようとしていた。
 その様子をぽかん、と眺めて、ようやく自分が少年を止めなければいけないのを思い出した。少年は何者かと戦っているらしいが、相手も意外と強いらしく、なかなか決着がつかない。
「よっ……と」
 一応剣も抜けるように構えておく。すっ、と一歩足を踏み出した時雨の姿がかき消えた。


 時は少し遡る――。


「こんなもんでいいかな」
 五代・真が自信ありげに呟き、不敵な笑みを浮べた。
 その姿は、サングラス、マスク、黒ジャケット、という、これから防犯訓練の犯人役でもするのかというものだが、しかし、真は決して訓練に参加するのでは無い。
 実は、本当に強盗しちゃったりする。
「さて、どの店にするかな」
 真の向かう場所は、鼻捻使いの現れる率が高いという商店街のメインストリートだった。ここの店のどこかで強盗すれば、鼻捻使いはきっと現れる。そして、それから鼻捻を奪い取れば、仕事は完了。
 鼻捻使いは夜に現れるらしい、ならば夜中に事件を起こせば完璧。
 気楽に考えていた真だが、作戦に酔って、肝心な事を忘れているのに気が付かなかった。
「……あ」
 商店街に向かった真を待っていたのは、閉店時間を過ぎて閉まったシャッターの列。
「しまった、夜中過ぎた!」
 こんな簡単なことに気づかなかったとは。いや、きっとこれも鼻捻使いの妨害だ。つまり、きっと奴は近くに居る。
 真は責任転嫁と憶測の交じり合った思考を続けつつ、次の策を練る。
 強盗が無理だとすると、家に押し入るか。いや、それだと奴には気づかれにくい。では……。
 考えが堂堂巡りになる直前、視界の端に人の姿が映った。見れば、ショルダーバッグを持った女性がこちらへと歩いてきている。
「なる――」
 思わず大声を出しそうになるのを、口を手で押さえてこらえた。強盗は無理だが、引ったくりなら可能かもしれない。
 そう思った瞬間に決断を下す。軽く助走をつけると、女性へとダッシュした。女性がこちらを向いたときには、既に手がバッグへと伸びている。
「あ、バッグ!」
 女性の叫び声が聞こえる。あとは適当に逃げていれば、と考えていた真の背に、突き刺さるような気迫が迫ってきた。
「悪は、滅する!」
 少年のものと思われる気合の声が聞こえる。言っていることは正しいながらも、その言葉は奇妙に歪んでいた。
「来たかっ!」
 振り向いた真の目の前に、こちらへと突っ込んできた少年の姿が映った。片手に持った鼻捻が、こちらへ振りおろされようとする。
 ガッ!
 耳障りな金属音と共に鼻捻を止めたのは、ポケットから取り出したバンダナだった。普段なら布であるそれは、真の能力により恐るべき強度を持った武器と変わっている。
 初撃を止められた少年は、ぎらついた目でこちらをにらみ付ける。その瞳にこもった執念に、真が一瞬ひるんだ。
 ゴッ。
「ぐっ」
 鼻捻が腹に叩き込まれた。木製の棒で叩かれただけなのに、一瞬で意識が飛んでいきそうな激痛が走る。しかし、それで倒れる真ではない。
「おとなしく、しろっ」
 ギィン!
 横殴りに放たれたバンダナを、少年は鼻捻で器用に受け止める。しかし、動きに体がついていけないのか、少年の体から嫌な音が響いた。
 これ以上の長期戦は少年にも危ない、と判断する、が、うまく少年を止める策が思いつかない。
 間合いを取るように離れるが、逆に少年が突進してきた。大上段から振り下ろされる鼻捻を受け止めようとした真の目に、急に動きを遅くした少年が映った。
「まあまあ……落ち着いて」
 この場に似合わないぽわん、とした声を上げたのは、背中の剣の柄を握ったままこちらへ近付いて来た時雨だった。しかし、その顔には、紅い筋が浮かんでいる。
 秘術、血化粧を発動させた時雨の目は、見たものの動きを疎外する麻痺眼となる。鼻捻の“思い”によって強化されているとはいっても、少年はただの人間。鼻捻を振り上げたまま、その動きを止めた。
「ったく、面倒かけさせやがって」
 真が、少年の手から鼻捻を奪い取る。素手で障るな、と言われていたので、バンダナで包んでしまっておく。
「さて、さっさと紅月の所に持っていくか」
「あ……キミ」
 さっと歩き出そうとした真を、時雨が止めた。何だ、と振り返った真の腕に絡まっているものを指差す。
 そこには、奪い取ったままのショルダーバッグがあった。
「あ……」
 真はしばし硬直する。が、何を思ったかバッグを地面に置くと、全速力で走り出した。
 逃げるが勝ち。
 時雨も、一瞬送れてそれを悟り、後を追って駆け出した。

「一歩間違えれば表に出れない人間になるところだったが、まあ、目的のものは手に入れたのでよしとしようか」
 真から鼻捻を受け取って、紅月は満足そうに肯く。よしとしよう、といっても、警察が放っておくわけでもないので、しばらく商店街方面へは行けなくなりそうだった。
 紅月は鼻捻を素手で持ち、すっ、と目を閉じる。何かを感じ取るように、深く息を吐う。
 しばらくして目を開けた紅月の顔は、苦笑に歪んでいた。
「どうだったんだ?」
「執念、というより、妄念といったほうがいいな。犯人を一人でも多く捕まえ、成り上がりたいという欲望。それが、この鼻捻を生んだ」
 そう言いながら紅月は、二人を興味なそうに見ていた時雨に近づく。鼻捻を構え、斬ってみろ、と手で合図する。嬉しさと茫洋さが合わさったような微妙な顔で、時雨が刀の柄を握った。
 ギャ!
「欲望といえども、決意は固い。その硬さが、この鼻捻には宿っている」
 何物をも断ち切る時雨の刀はしかし、鼻捻に受け止められていた。不思議そうな顔の時雨が刀を引くと、衝撃に痺れた手を振りながら紅月がニヤリと笑う。
「まあ、棒術の練習には使えそうだ。いつかは解き放ってやらなければいけないがな」
 紅月はそう言いながら、鼻捻を壁掛けに置く。
 ただの道具のはずの鼻捻は、奇妙な威圧感をもって、そこに鎮座していた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1564/五降臨・時雨/男/25/殺し屋(?)
 1335/五代・真/男/20/便利屋/怪異始末屋
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■         ライター通信          ■
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 どうも、渚女です。
 歪んでしまった正義との戦い、楽しんでいただけたでしょうか。
 ここが良かった、ここをもっと良くして欲しい、などありましたら、お気軽にお手紙くださいませ。
 紅月堂に保管された鼻捻の想いを晴らすシナリオも、そう遠くない未来に行えるでしょう。その時は、またご贔屓にしてくださると幸いです。
 それでは、また次の物語でお会いできる事を楽しみにしております。