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お手軽お気軽ハーレム?!
「僕、どうしても行かなきゃいけないんです……ホストクラブに。」
草間は依頼人の言葉に目と耳を疑う。目の前にある少し傾いたソファーに座っているのは、確か高校生だったはずだ。未成年の少年から出てきた言葉を聞いて、草間はまず驚いた。最近の子どもはなんでも知っている。インターネットの普及による情報の氾濫のせいなのか、はたまたあらゆることに関する低年齢化のせいなのか……原因はわからないが、とにかくこの子も余計な知識をその小さな頭にいっぱい詰め込んでいるようだ。そこまで考えられた頃、草間はようやく説教をする気になった。
しかし少年の姿を見ると、できそうな気がする。そんな気がしてはいけないのだが、どうしてもしてしまう。最近の子どもは育ちがよく、いいものをたくさん食べているのだろう。きれいな文字で書かれた履歴書には、ご丁寧にも身長と体重が書いてあった。身長181センチ、体重62キロ。表情に幼さが残るが、それも彼の魅力のうちなのだろう。これで着るものを着たら、確かにホストに見えなくもない。約半分の人間は騙せるだろう。
「草間さんの力で、なんとかお願いします!」
「あのな、俺がそんなことに首を突っ込んだら、明日と言わず今日から檻の中だ。そういうことは自分でなんとかすればいいじゃないか。高校を辞めることから考えてだな……」
「でも、父の言いつけなんです。草間さん、ご存知ありませんか……ルチャ北崎という名のルポライター。」
少年の言葉は草間の視線をテーブルの隅に追いやられている週刊誌へと導く。その雑誌の表紙に『大好評連載・ルチャ北崎の温泉訪問記』なる文字が踊っていた。草間も記事だけは読んでいるようで、盛んに頷いた。
「あーあー、おかしなペンネームだなと思って読んでたよ。世間では評判らしいな。俺も嫌いじゃない。」
「実はそれ、僕の父なんです……」
「お、お前が? ルチャの?」
「『ルチャ』は父が適当につけたペンネームです。本名は北崎です。僕の名前、北崎 崇って履歴書に書いてあるじゃないですか。」
「あっ、悪い悪い。確かに書いてあるな。気を悪くするな、有名人に会うことなんてめったにないから動揺しただけだ。で、なんでルポライターが息子をホストクラブに入れようとしてるんだ?」
ようやく草間が話を聞く態勢になったのを見た崇は話を続ける。が、彼の顔色が冴えない。さっきまでの口振りからだと、まるで自分から進んでホストになりたいような響きがあった。しかしその表情を見る限り、どうやらそうでもなさそうだ。草間は崇の顔をじっくり観察しながら、近くにあった新しいタバコに火をつける。
「父は最近になって立て続けに仕事が入るようになったんですけど、そのペースが取材量を超えてしまったんです。適当に原稿を書くことはできないと言いながら毎日のようにパソコンと格闘してる父を見て、自分が手助けしようと思ってそれを口にしたんです。父はすごく喜んでくれたんですけど、さっそくホストクラブに取材に行けって指示されちゃって……それでまず草間さんのところに行けって言われたんですよ。」
「思い出した……お前の父さん、一度うちに来たことがあるな。半年くらい前に海外製品を輸入してる通販会社をいくつか探してほしいという依頼があった。その時は本名だったから印象が薄かったんだな。それで今回も俺を頼ったというわけか。しかし困ったな、いくら取材でも法律違反するわけにはいかないぞ。」
男ふたりが頭を突き合わせて思案しているところに、妹の零が帰ってきた。手にはスーパーの袋と折りこみチラシを持っている。近所に新しいスーパーができたというので、そこまで足を伸ばしたらしい。袋を自分の机に置いた彼女は、悩んでいる兄に近づいた。
「兄さん、仕事のお話?」
「ああ。そっちはどうだった。」
「新しくお店を始めるとなんでも安いんですね。いろいろ買えました。」
零の報告を聞いた草間の顔が徐々に引き締まっていく。どうやら何かを思いついたようだ。彼は少し考えた後で、依頼人の少年に話しかけた。
「新装、開店か……崇、こうなったら店を作るか。」
「ええっ、草間さんがホストクラブを!?」
「違うんだ。いわばバーチャルホストクラブだ。この手の業界に詳しい奴にご協力をお願いして、お客として体験したい人間を店に入れてそれを観察すればいいんだよ。それならお前がいても、そしてお前がホストをしても問題ないだろう?」
「でも、そんなに都合よくレクチャーしてくれるような人が協力してくれるでしょうか……」
「もし誰も来なかった時は、お前がやればいいんだよ。親父にはホストをやって苦労したところを報告できるだろう? 記事にするのはお前じゃないんだから気を楽にすればいい。それに依頼料を払うのもお前じゃないんだし。まぁ、俺はお前のことを孝行息子だと思ってるよ。」
「そ、それはどうも……」
確かに草間のアイデアはいい。しかしそんなことに付き合ってくれる人間がいるのだろうか。崇は妹に連絡を指示する所長の姿を見てかなり不安になっていた。そして、つい言ってはならないことを口にした。
「草間さん、ホストの数が足らなかったら手伝ってくれるんでしょうね?」
「うぐ……俺はそんなことはできん。」
「どなたかにご指名されたら、さっそうと出てきてくれるんでしょうね?」
「そんな奴に連絡はしない。」
柄になく慌てている草間を見て、零は静かに笑った。
崇の依頼を引き受けたという話を聞き、草間興信所事務員のシュライン・エマは必死の形相で計算機を叩き始めた。こんなに準備に時間と金のかかる依頼を引き受けるのは初めてだ。もし失敗しようものなら自分の給料も危うい。それどころかここがなくなってしまう可能性も……そう思うとだんだん指に力がこもっていくのが自分でもわかる。
「シュ、シュラインさん……お茶、ここに置いておきますね。」
「ありがと、零ちゃん。でも武彦さん、ホントに採算取れるんでしょうね?」
シュラインはそう草間に冷たく言い放つと、事務所で使っている湯のみを両手で丁寧に持ってそれを口に含んだ。熱さを感じさせないちょうどいい温度のお茶は彼女の喉をゆっくりと潤していく。そんな一時のやすらぎでシュラインの表情がやわらかくなったのを見たからか、草間はようやく口を開いた。それまでは彼女の顔色を伺いながら貝のように静かにしていたのだ。
「大丈夫じゃないか。要するにルポになったらいい訳だし、あの息子ならちゃんとその時の説明くらいできるさ。しかしあのオヤジ、相当儲けてるみたいだな。こんな無茶な話に乗ってくるんだからな。」
「これで失敗したら支払いを全部任せようって魂胆じゃないのって話よ。お金持ちがみんな太っ腹かどうかなんてわかんないじゃない……もう。」
自分の安易な考えを指摘され、一気に顔色が悪くする草間。そして煙で黒くなった天井を見上げてしばらく呆然とした。そんな彼を見て小さく嘆息したシュラインはやれやれと言わんばかりの態度のままゆっくりと立ち上がり、足元に置いてあったあるものを持って草間の座るテーブルの前まで歩く。それ自体は大した大きさではなかったが、中身は高価なものらしく大切に運ばれてきた。
「なんだこりゃ?」
「中身は最新式のデジタルビデオよ。特に暗いところでも鮮明な映像が取れるって評判のモデルなの。夜になったら試し撮りしておいてくれる? こーんな金額を自腹で払いたくなかったらね。」
シュラインが計算機を草間の目の前に突き出す……彼はゼロの数を数えただけでもめまいを起こしたらしく金額を確認する前に目を背けた。これではまるでケンカのどこかの弱い動物である。
「わかったわかった、やるやる。」
「その調子でホストもやってくれると助かるんだけ」
「参考にならないぞ、俺のホストなんか。」
「だったら少しは勉強しなさいよ、読み古した週刊誌なんかよりよっぽど価値があるわよ?」
「まぁまぁ、シュラインさん……落ちつきましょう。僕がついていますから。」
「草間、お前という奴は本当にばかげたことをよく思いつくな……!」
ふたりが本気でケンカしているように見えたのか、とっさに中に割って入りシュラインを席に戻したのは現役ホストの相生 葵。そしていいたいことを言って草間を一睨みするのは黒 冥月だった。ふたりはこの話に協力するためにやってきたのだが、現役ホストの葵はいいとして冥月は呆れてモノが言えない。未成年のために即席のホストクラブを作るなんて想像の範疇を超えていた。久々に仕事を手伝ってほしいと連絡を受けてやってくればこんなつまらないことだとは……彼女が怒るのも無理はない。なだめる葵を無視して、冥月は汚れた天井をぷいと見上げながら草間に向かって話した。
「まぁ仕方がない。ここまで話を聞いておいてやらないというのもアレだし、親孝行な崇のためだ。身を切る思いで手伝ってやる。」
「そう言ってくれると思ってたぞ。立派だ、冥月。」
「子ども扱いするなっ! で、私はホステスでもすればいいのか?」
草間はその問いを答える前に腕組みして考え始めた。どうやらさっきのシュラインとのやり取りを思い出したらしく、彼は大きな声と頷きで冥月にあらぬことをお願いする。
「いや……お前はホストで。」
「私は女だ!」
ヒュン!
「うぐ、ばたっ。」
怒れる冥月は鋭い手刀を草間の首筋に放ち、そのまま彼の発言と意識ごと刈ってしまった。なんともマヌケな顔をしたまま長いソファーいっぱいに倒れこむ草間の表情は哀愁が漂う。目の前のシュラインをガッカリさせるには十分過ぎる表情だった。そんな彼女は顔に手を当てて首を振る姿も実に哀愁漂う。しかし彼女は慰めてくれる素敵な男性がいる。葵は蓬色に染まった髪を細く長い指でかき上げ、静かにシュラインの座る事務椅子の背中に手をかけて部屋中に凛と響く声を聞かせた。
「大丈夫ですよ、シュラインさん。草間さんがダメでもこの僕がいますから。ちゃんとお手伝いしますよ。なんでも言って下さい。もうすでにずいぶんとお悩みのようですが大丈夫ですか?」
「これが日常茶飯事になってるのがすごく寂しいわ……」
「兄さん、兄さん大丈夫?」
「零、起こすな。また寝かすぞ?」
身体を揺さぶって兄を起こそうとする零の涙ぐましい努力を止める冥月。彼女はずいぶんとご機嫌ナナメになってしまったようだった。そこへ葵がやってきて草間と同じことを話し始める。
「でも冥月さん、確かにその抜群のプロモーションでホストをやったら人気出るかもしれませんね。やってみてはいかがですか?」
「お前までそんなことを……」
「今は亡き草間さんの代わりに言ってるだけですよ。」
「葵くん、武彦さんは死んでないから。でも冥月ちゃん、お客さんが多かったらやってくれないかしら。武彦さんじゃ心もとないから。」
「うう……わ、わかった。だっ、だけど状況次第だぞ。だ、誰も絶対にやるなんて言ってないぞ!」
「わかってるわよ、冥月ちゃん。ふふふ……」
その時、なぜかシュラインは不思議な笑みを見せた。彼女は今回の助っ人や場所を確保した張本人である。いわばすべてを取り仕切っている立場だ。そんな彼女が何の考えもなしにそんなことを言うはずがない……冥月がシュラインに騙されたと気づくのは当日のことだった。
そして週末の夜、即席ホストクラブが開店する。当初の予定ではこじんまりしたところで客を数人用意してやるはずだった。しかし狭い店の中にはあふれんばかりの客が入っているではないか。これには崇も草間もビックリ。馬子にも衣装という言葉がピッタリのふたりは、この空気にすっかり飲まれてしまっていた。
「く、く、く、草間さぁ〜ん! 話が違うじゃないですか〜!」
「だ、誰だこんなに女を呼んだのは! 俺は少しでいいって言ったのに……!」
「話に聞いたより入ってるね〜。今日はなんだか楽しめそうじゃない。ね?」
ホストを生業にしている葵の余裕のセリフが羨ましい。草間は羨望の眼差しを彼に送りつつ、ビデオカメラをいじっているシュラインに声をかけた。
「お前か、こんなことして俺と崇をいじめるのは!」
「武彦さん、さっきお客さんに混じってるところを見かけたんだけど……あなたもしかして海さんに連絡しなかった?」
「蒼樹……海!」
「聞けば海さんって相当なアマノジャクらしいじゃない。こっちといえばあっち、あっちといえばこっちする人なんでしょ? 武彦さん、なんて説明したの?」
シュラインの淡々とした喋りを聞きながら、草間はだんだんと顔を青くしていった。シュラインの言う通り、海は今お客に混じっている。黒のノースリーブに黒のストールといういつものスタイルで自分の連れてきたお客さんと談笑している。
草間はついさっき自分が吐いたセリフを飲みこみ、ようやくこの状態を理解した。海はアマノジャクも何も、本当に天邪鬼なのだ。「少なめで」といえば「多め」になるのは当たり前の話である。初歩的なミスで大惨事を引き起こした草間は辛そうな表情で崇を見た。
「がんばろう。俺もがんばる。」
「そーそー、俺もがんばる。」
草間の横から出てきて崇の肩を叩くのは、小さな身体に黒いスーツをバッチリ着こなした少年だ。パッと見、崇よりも年下に見える彼は馴鹿 ルドルフ。いくつもの鈴のついた首輪が印象的な彼は、嬉しそうに崇の顔を見て笑った。
「実は俺もちゃんとホストのこと勉強してきたんだ〜。崇クン、一緒にがんばろう!」
「は、はい。よろしくお願いします……でもお客さんがいっぱいで緊張しませ」
「フロイラインって呼んだ方がスマートだよ、崇クン。」
「え……そんな用語まで勉強してきたんですか?!」
「インターネットとかテレビとかしっかりチェックしてきたよ。ちなみに『チェック』はおあいそのことね。」
「す、スゴい!」
驚く崇の様子を見て、早くも鼻高々になっているルドルフ。足らない身長を補うためにシークレットブーツを履いてきたが、それには誰も気づかない。何もかもがうまく行ってる……ルドルフはもうご機嫌だった。そんな彼の後ろには清純そうな顔には似合わない華美な衣装に身を包んだ未成年ホステスが控えていた。崇はそれに気づくと彼女の元へ近づいていった。すると彼女の方からきちんと挨拶するではないか。
「こ、こんばんわ。あたし、海原 みなもです。今日はご一緒させていただきますね。」
「あ、あの……今日ってみなもさんもホステスするんですか?」
「この話を草間さんに聞いたんです。それでやってみたいなと思って……あとで『ゆうかんまだむ』なお客さんとかもやってみたいかなって。まだ子どもだからなかなか夜のお仕事って体験できないし、それでやってみようと思ったんです。」
「そっか、じゃあよろしくお願いしま」
「こらこらこら、崇クン。お店の女の子を口説くのはよくないなぁ!」
「すっ、すみませんルドルフさん。でも僕、別にそんな気は……」
「むーーーっ!」
「そんなに怒んないで下さいよ〜。」
崇はすっかりルドルフの気迫に押されてしまっていた。こんなことで崇は今日の舞台は務まるのだろうか。実はルドルフ、みなもは女の子だから別としても崇は同じ男でライバルだとすっかり決めこんでしまっていた。だからさっそく舞台裏から突っかかっただけで、別に恨みがあるわけでもなんでもないのである。それもこれも自分で手にいれた知識が少しばかり歪んでいるのが原因だった。
そんな役者たちの裏でメニューの準備などをシュラインがしていたが、目の前に並べられた食材を見て驚いていた。そして仕入れを担当した男に向かって説教を始めようとしていた。
「フォアグラにトリュフにロブスター、キャビアに年代物ワインって……」
「どうです、ホストクラブにはピッタリでしょ?」
とある通販で自分の必要だと思った食材を用意したのはシオン・レ・ハイだった。しかもその想像があんまり当たってないところがスゴい。シュラインは呆れた表情をしながら自分が用意したものを同じテーブルに並べていく。
「これって……シャンパンですか?」
「この業界でドンペリを用意するのは当たり前らしいのよ。あ、もちろんシャンパンのことね。」
「ならワインは当たらずとも遠からず、ってとこですね!」
「まぁ、今日は本当にホストクラブを運営するわけじゃないからいいけどね。それにいきなりお酒だけ飲んじゃうと身体に悪いし。それにあなたの顔も立たないでしょうから、それもちょこちょこ出すわ。ホントに北崎さん、払ってくれるのかしら……ブツブツ。」
「お役に立てて嬉しいです!」
シュラインの気も知らずに元気いっぱいのシオンはさっそく店の方に行き、カウンターに陣取るではないか。そう、彼はホストをする気などまったくないのだ。ただ自分の注文した高級食材を肴に酒を飲もうという魂胆だ。こうなると尻から根が生えたも同然。もう動く気などさらさらなかった。
そして誰が始まりを告げるわけでなく、その宴は自然と始まる。海によって集められた客への主旨説明はシュラインが行ったが、客にとってただでお酒が飲めるのだから本物のホストが出る出ないは別にどうでもいいことだった。葵が一通り店の中を歩くと、どうやら自分が務めている店『音葉』で自分を指名してくれる娘が混じっていた。彼女の顔を確認すると、彼は突然きびすを返してシュラインの元へ向かう。彼はこのことに関しての事情説明するつもりだった。
「シュラインさんあのさ……なぜかわからないけど、ビジター混じってるから僕はそっちに回るね。」
「ビジター? ああ、常連さんが混じってたのね。」
「そういうこと。先にそのフロイラインをお相手してから他も回るよ。」
そう言いながらビジターの元へと向かう葵。今日は指名も受けてないのにその娘のところにいったものだから、相手は大喜び。表情も喜びいっぱいだ。
「今日はありがとう。どうしたの、こんなところに迷い込んで。もしかして僕のことを探しにきたの?」
葵の相手に対して失礼のないその言動はさすがである。崇もルドルフも真剣にそれを見ていた。やはりまず相手の女性ありき。崇は父がレポートを書く時に必要な情報を上着のポケットに忍ばせた小さなメモ帳にすらすらと書いていく。負けてなるものかと、ルドルフも手のひらに指で何やらこちょこちょ書いて、最後にそれを舐めて飲みこんだ。
「ウォッチングだけじゃわからないわよ。ほら、崇くんも行きなさい。」
「は、はいっ!」
カメラを構えたシュラインに促され、彼もお客さんでごった返す店内へと出ていく。一方、ルドルフは別のところに向かって歩き出した。徹底したライバル扱いらしく、崇と同じ行動は決して取らない。彼も勉強の成果を生かすため、ひとつのテーブルにつくとさっそくご挨拶した。シャンシャンと音を鳴らしながらやってくる小さなホストにフロイラインの印象もいいようだ。
「きゃっ、かっわい〜!」
「ルドルフです、よろしく。」
「こーゆーホストもありね〜。ねぇ、ルドルフくんは何か飲む?」
「じゃあ……カクテルに見えないこともないオレンジジュースを。」
「あらあら、まだ未成年なんだ。じゃ仕方ないわね。あ、オレンジジュースお願いします〜。」
「は……はい!」
彼の様子を表でぼーっと見ていた崇は使いっ走りにされてしまった。せっかく雑用するのに草間がさっきからぼーっと立っているというのに……裏では零がジュースのグラスを用意して待っていてくれた。
「はい、ジュースです。」
「あ、ありがとうございます……」
「崇くん。観察もいいけど体験する方がいいわよ。武彦さんみたいにぼーっとしてると、使いっ走りにされてる間に終わっちゃうから。」
「わかりました。じゃ、行ってきます!」
シュラインから適確なアドバイスを受け、崇はオレンジジュースを持っていく。それをルドルフに渡すと、彼は偉そうな態度で崇に言ってのけた。
「あ、ご苦労様。」
「ムッ……いえ、どういたしまして。」
このルドルフの偉そうな態度には、さすがの崇も腹が立ったらしい。だが、ルドルフは隣のテーブルを指差すではないか。そこではみなもが立派にホステスをこなしているのだ。これには驚きと戸惑いを隠せなかった。女同士とはいえ、こんなに楽しそうに話しているなんて……崇はショックだった。
「ねぇ、みなもちゃんは意外とおしゃべりとか慣れてる感じがするけど、その辺はどうなの?」
「しかもまだ若そうだし……実はこういう場所とか職業とかに憧れてる?」
「そ、そんなことないです! ただ、ちょっといろんなところでアルバイトしてるので、それがいい方向に働いてるのかななんて。」
「でもその衣装はお姉さんから借りてきたんでしょ〜。いいセンスしてるわよ、みなもちゃん。」
「ありがとうございます。姉にはそう伝えておきます。」
「お姉ちゃんの着るものを妹が着ても似合うなんてね。で、みなもちゃんってどういうアルバイトとかしてるの……」
すごく話も弾んでいる。ルドルフショックからみなもショックまで、もはや何もする前から何もできない状態になりつつある崇。葵もビジターの娘をはじめ周囲を巻き込んで楽しそうに話している。とにかくやるしかない……そう思った時、自分を手招きして呼ぶ女性がいた。その女性は海だった。まるで操られるかのようにそこへ向かった崇は彼女の指示で隣に座った。
「習うより慣れろよ。他のホストやホステスのこと見てても面白くもなんともないでしょ?」
「あ、海さんは僕の事情知ってるんでしたね。」
「えー、キミが思ってるほど依頼の内容は知らないわよ♪」
「じゃあほとんどホントのお客さんなんだ。がんばらないとダメだな。」
「がんばるって。みんなー、崇くんががんばってくれるって!」
自分を沸き立たせる崇のセリフをテーブルの全員に言って聞かせる海。それに沸き立つフロイライン……ここでも海の悪乗りが発揮された。その様子を見てあたふたする崇の背中を海は静かに押す。
「ちょっといじってもらったら大丈夫よ〜。すぐに緊張なんて解けるわ。」
すでに海の力でこのテーブルのフロイラインは皆、いたずら心を掻き立てられている。そんな人間がダースでいるのにいじられないわけがない。しかも隣には海がいる。早くも彼女のオモチャになってしまっている崇だが、そんなことを考えてる暇などない。とにかく場を盛り上げないとと必死になっていた。
「た、崇です。よろしくお願いします……」
「あらあら赤くなっちゃってかわいー♪」
海が言えば周囲も突っつく。崇のハードな体験は今からさっそくスタートした。
即席の店の空気も暖まってきた。そんな時、いつもの調子でおしゃべりを楽しんでる葵が不思議そうな顔をして裏へ戻ってくるではないか。零に注文のワインの準備をお願いし、崇をフォーカスしているシュラインの元に近づいた。
「僕の隣で色恋してる見たことないホストがいるんだけど……あれは誰なの?」
「ずいぶん本格的なことす……まさか武彦さん?!」
「……俺はそんなことはしない。」
いつのまにか後ろに武彦がいた。今日一番の慌てっぷりを見せたシュラインは顔を赤くして小さくなってしまった。
「そ、そうよね、武彦さんがそんなことしないわよね。」
「あれな、ヤケクソになった冥月だ。」
「あれ……冥月さんなんですか?」
さすがの葵も驚いたようですぐさま視線をそちらに向ける。すると女性のあごに細い指を当てながらその気にさせている冥月がそこにいた。男物のスーツを着て髪を後ろで括った彼女の姿は本物のホスト顔負けだ。しかも彼女は昔、さまざまな場所に潜入することが多かったせいか雰囲気作りにも慣れているのだろう。周囲の雰囲気に酔ってしまったのか、彼女は懸命に女の子の相手をしていた。
「そんな目で私を見るな……酔ってしまうよ。」
「ああん、冥月さん〜。あたしはもうあなたの瞳に酔っちゃった〜♪」
「あたしもあたしも〜♪」
すでに数人のフロイラインを虜にしてしまっている冥月はこのままアフターまでしそうな勢いだ。葵を除いたメンバーの中で、まさか一番のやり手が彼女だったとは誰も想像していなかった。
「草間興信所のナンバーワンホストだな。」
「あれ、レポートの題材になるのかしら……」
「本当に営業したらどうですか、シュラインさん。冥月さんをナンバーワンにして。さて僕も戻りますよ。」
エレガントなホストの活躍を見た葵もまた自分のテーブルへと戻っていく。残されたシュラインと草間は北崎のルポの資料になるよう、それぞれのテーブルを録画していた。
そんな中、ずっと飲み食いだけしている男がいた。もちろんシオンである。彼がこの依頼に参加した理由は単純明快。自分が高級食材を食べるために仕入れを担当し、それをただひたすらに食べることだった。そしてカウンターに並べられた食材を味わう……というよりも食い散らかしている。その様子を見て、雑用をしていた草間がビールの缶を片手にやってきて横に座った。どうやらシュラインから休憩の許可を得たらしい。
「お前、どさくさに紛れてそんなことばっかりして……」
「なんなら今からでもお腹に入ったものを返しましょうか?」
「少しは遠慮しろって話だ。ったく、気軽に飲み食いできる奴はいいよな。こっちはいつ指名されるかとドキドキしてるのに。」
「あ、私なんか指名される気なんてさらさらないですから。」
キャビアをカクテルのようにさらさらと喉に流しこむ能天気を目の前にして、草間は同じセリフを何度も繰り返す。
「そーいえば、ドンペリ頼んだらホストの皆さんが一発芸かましてくれるんでしたっけ。頼んでみましょうかね〜。」
「バカ、それは『ドンペリコール』だろ。ボトルをあけるタイミングに合わせて掛け声をかけるだけだ。葵なんか見てみろ。一発芸なんかするもんか。ったく『バラエティー班』じゃあるまいし。」
「……なんか、草間さんのセリフの節々に用語いっぱい並んでますね。」
「勉強したんだよ、俺も。一応、最近は他人に任せっきりだがこれでも探偵なんでな。」
「そうですか、もぐもぐ……って私の分、つままないで下さいよ。」
「俺のおごりなんだ、それくらい目をつむれよ。」
草間がそういうとビールをくいと傾ける。ホストクラブではちょっと見かけない風景が部屋の片隅にあった。そこへ疲れた顔をした崇がやってくる。
「勉強、できてるか?」
「ええ、まぁ……でも大人の世界ですね。僕なんかなんでも鵜呑みにしちゃうから。」
「そんなもんですよ。ってあれ、私ったら今、両手に花?!」
「……嬉しいか、シオンよ。男に囲まれて。」
「……………あんまり、嬉しくないですね。」
やっぱり男同士の方が気軽で気楽なのか、崇は年相応の笑みを見せた。
「ははは、やっぱりまだ早いですね。こういう世界は。」
「どんな世界にもいろんなルールがあったり、楽しみ方があったり……そんなもんさ。」
「あ、崇さんもどうです、キャビア。大人の味ですよ。」
「はは、なんでもかんでも大人ずくめですね〜。いただきます。」
今度は男3人が哀愁を漂わせながらの休憩タイムとなった。草間はビールを、シオンはドンペリを、崇はジュースを……同時に全部飲み干した。
宴もたけなわになると、ホストの数が足らなくなった。なぜかというと、みなもと冥月が服を着替えて客に回ったからだ。そうなるとホストはフル回転になる。ついに草間もホストをやらされることになってしまった。そのテーブルにはシュラインがついて無礼なことを言わないかチェックしている。ぎこちなく丁寧な口調で話す草間を物珍しそうに見るみなももテーブルに合流し、そこは大いに身内で盛り上がった。
「あら〜、草間さんもいろんなお仕事なさってるのね〜。だったらこのままアフターもご一緒するぅ?」
いたずら大好きの海がそう言うと、シュラインが慌てて止めに入る。彼女は海が草間をうまく手玉にとっているのを見ているうちに気が気ではなくなり、酒の入ったグラスを何度か口に運んでいたのだ。彼女の発言はどんどんエスカレート。シュラインの気持ちもエスカレート。すでに収拾がつかない状態になっていた。
「海さんっ! そんな心にもないこと!」
「別にぃ〜。私はどうでもいいことを口にしてるつもりはないわ。草間さん、それでもよくて?」
「武彦さんはこの後の片付けがあるから持ち出し禁止なの!」
「草間さん……片付け要員でここに残されるんですね。」
「みなも、それを言うな。悲しくなるから。」
慰めてるのかバカにしてるのかいまいちわからないセリフに肩を落とす草間。とりあえず彼のホストデビューはなんとかなったようだ。その一方で、今度は黒のドレスに身を包んだ冥月が崇の相手をしていた。超のつく美人へと変貌した彼女の隣に座るだけでも恥ずかしいのに、その上女性の口説き方を聞かされては身体中が真っ赤になる思いだ。
「何気ない言葉でも、自分の仕草でずいぶん伝わり方が違うものだ。崇も視線や表情の使い方をちゃんと知っているからこそ、ホストはフロイラインの心をつかむことができるわけだ。」
「そうなんですか……その辺はやっぱりテクニックがあるんですね。」
「まだ子どもには早いかもしれないがな。それでも父親には必要な知識だろう。崇、お前に預けたからな。ちゃんと活かしてくれよ。」
「はい、わかりました!」
そんなことを言っているとバラエティー班になりきっているルドルフがまた崇をあごで使おうとやってきた。本当に徹底したライバル扱いである。
「ほらほら、ドンペリ持ってきて!」
「おいルドルフ。なんでお前さっきから崇にばっかり命令してるんだ。どうもさっきから気になって仕方がないんだが……」
「だってドラマでやってたよ。新米ホストはいじめられてたから、そういう扱いでいいのかなって思って。」
「えーーーーーっ、じゃあさっきから僕を使いっ走りにしてたのって、まさか!」
そう、ルドルフは新米ホストである崇をいじめることが正しいことだと思いこんでいたのだ。だから意味もなくライバル視し、意味もなくいじめ抜いたというわけだ。やっと彼の真意を知った崇は安心したのか大きくため息をついた。隣では困った顔をして冥月が頭を掻いている。
「ったく、お前もここに座って勉強するか?」
「おっと、お勉強よりも僕と一緒に話をした方が楽しいと思うよ。冥月さん。」
ルドルフが座るはずの場所に突然やってきたのは葵だった。彼は小さなペンギンのぬいぐるみを抱えて、彼女の隣に座った。大変身した彼女とゆっくり話がしたかったらしい。ここもここでまた盛り上がってきた。
「そのペンギン、どーしたの?」
「ビジターさんにもらったのさ。僕の好きなものをよく知っててね。よくくれるんだよ。」
「かわいいな、ペンギンも。」
「キミもそう思う? 冥月さん、さっきの姿もいいけど今もすごくきれいですね。」
「ふふん……葵も崇もみんなよくわかってる。だが、あそこの新米ホストはその辺をよくわかってないらしいけどな。」
何人もの男をはべらしている彼女の見つめる先には、冴えない興信所の所長がいた。彼はいい気になってる冥月の姿を見てじっとりとした視線を返す。
「どうだ草間。これでも男が似合うか?」
「今度からはホステスでお願いするか。仕方ない……」
悔しそうな口振りを見て冥月は思わずガッツポーズするが、彼女はその手をすぐに引いた。ホステスはこんなに勢いよくポーズを作らないものだ。そんなレディーの心が彼女を止めたのだった。
食べてばかりもいられず、とりあえずシュラインに代わってビデオ係を担当するシオンはサンドイッチを片手に仕事をこなしていた。楽しそうな空間に終わりは来そうにない。まだまだ夜は長いのだ。
「ところで零さん、なんで今回はビデオを撮ってるんです?」
「ああ、それは依頼人さんにお渡しするんだそうです。なんでも息子さんのがんばってる姿と店の雰囲気をしっかり伝えるためだそうです。シュラインさんは、もしかしたら崇くんが頭が真っ白になって何も覚えてないかもしれないから、その時のために用意したものらしいです。」
「なるほどね、貴重な証拠ってわけか。だったら真剣に録画しないとダメだな。私が仕入れた食材のお金を払わされたらたまらないし。」
事情を知ったシオンは現役ホストの葵を中心にしっかりとそれを画像として収める努力をした。そのテープこそがルチャ北崎のルポの生命線なのである。彼はさまざまな角度からそれを記録していったのだった。いろんな感情の入り混じった大人の世界はカクテル光線のように魅惑的な光をいつまでも放っていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ /女性/ 26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1252/海原・みなも /女性/ 13歳/中学生
2618/蒼樹・海 /女性/ 25歳/天邪鬼
1072/相生・葵 /男性/ 22歳/ホスト
2778/黒・冥月 /女性/ 20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵+用心棒
2783/馴鹿・ルドルフ /男性/ 15歳/トナカイ
3356/シオン・レ・ハイ /男性/ 42歳/びんぼーにん
(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)
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■ ライター通信 ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回はちょっと大人な雰囲気漂うホストな依頼でした。
「ちょっとプレイングにしにくい題材かな〜」と思っていましたがそうでもなかったですか?
あまり体験したことのない遊びと癒しの空間を皆様も楽しんで頂けたら幸いです。
シュラインさん、いつもありがとうございます。今回は草間さんも大ピンチで大忙し?
いろんな場面に遭遇して今回はお疲れだったでしょうね〜。
だからじゃないですけど、途中からお客さんとしてお酒飲んでもらいました〜(笑)。
今回は本当にありがとうございました。また別の依頼やシチュノベでお会いしましょう!
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