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<東京怪談・PCゲームノベル>


その者の名、“凶々しき渇望” 【 第一話 】

 儀式殺人。
 何らかの様式に則って――固執して、殺人を犯しているもの。何らかの思惑により、誰かに『見せる』事、『知らせる』事を前提にしたものとも言えるか。
 大抵の場合、殺人を犯した者は『隠す』事を、『逃げる』事を前提に、密かに後始末を考える事が多い。恐ろしくなる、逃げ延びる為、罪から逃れる為、様々理由はあるだろうが…今回はそれらとはまったく逆の形に思える。…自己顕示欲か自信過剰か、はたまた何か特別な理由があるのか。
 ともあれ、まともな神経でやったものとは思えない。

 …特に、今回起きたものの場合は。

 今回の儀式殺人、それは巨大な魔法円――大雑把に言えば西洋系と思われる儀式魔術の形になっていた。ただ見立てられただけなのか、もしくは本当に何らかの魔術が施されたのか…とにかく、そんな魔法円の中でひとりの女性が凄惨な殺され方をしている。地面には血で殴り書きされた文字。犯人の名乗りと思われる、その文字――“凶々しき渇望”。被害者への憐憫の情など欠片も見出せない、犯行。
 それが、今回の事件で。
 …嘆かわしい事だが凄惨な事件は近年爆発的に増えてはいる。
 だがそれでも――今回の『形』は。
 あまりに想定外の事件に警察も困惑の様子を隠せない。
 何故なら――猟奇染みた凄惨さは勿論の事、その上に――おかしい事が、多々あるので。



 被害者の夫からの依頼。薄々だがその事件に何かの裏がある事を感じた探偵が、それをこなす為に各所に連絡を取った結果、すぐに捕まえられた相手は七人。
 魔術儀式、それらを調べるに適しているだろう相手として都立図書館司書の――特に要申請特別閲覧図書、即ち真正の魔術書の類をも手広く把握している綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)。そして専門分野は多少違うながらも、日本国内での事件には常に目を光らせている古来よりの退魔の一族、『天薙』の後継者であり、幼少より類稀なる霊視能力を有する――ある意味ではこう言った事件には一番適した人材とも言える、天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)。時折咳をしている様子からして軽い風邪なのか――やや体調が芳しくないようだが、彼女もここに来てくれた。また、何故なのか理由は誰も知らないが、魔術の類に長じている事だけは確かである便利屋の神山隼人(かみやま・はやと)も捕まえられた。
 それと、探偵が躊躇いながらも連絡を入れていた相手が、リンスター財閥総帥、セレスティ・カーニンガム。彼の場合は、その素性と長生さもあり、空いた時間があるならば知恵を借りたいと思い連絡したのだが――やはりと言うか何と言うか、セレスティ当人が直接来ると言う話になり、調査員として興信所へ来訪する事が決まる。
 残りの三名は興信所に直接居合わせた面々。学校帰りに興信所に偶然立ち寄った、調査員常連組の中学生…髪と瞳に海の青色を映した人魚の末裔でもある海原(うなばら)みなもに、鍵請負人としての仕事の関係で興信所に偶然来ていた坂原和真(さかはら・かずま)、そして常から興信所の事務を預っており探偵の身内でもある、シュライン・エマ。
 彼ら七人は、探偵――草間武彦から改めて依頼の話を聞いている。
 …被害者の主婦の名は木村朋美。家計の助けにとスーパーマーケットでのパートをしており、そこからの帰宅途中で何者かに公園まで拉致され、鋭利な刃物のようなモノで殺害された…らしい。
 その日、依頼人である夫、正秀が夜の夜中に妻が居ない事に何故気付かなかったのか――その日は間の悪い事に依頼人の方も仕事の関係で元々帰宅出来ない事になっていたと言う話で、被害者自身もそれを承知の上で普段より遅い時間まで仕事を入れる事にしていたらしい。ともあれ、依頼人自身が帰宅したのは次の日の朝。そこで初めて、妻が自宅に帰っていない事に気付いたと言う。そしてそこで依頼人が妻を捜そう、警察へと届けようと家を出掛かったところで――逆に警察からの電話が入ったと言う事だ。
「…恨まれるような心当たりも特にないらしい。パートからの帰宅時間も…その日だけ偶然仕事の時間を延長していたと言うからな、普段の被害者の生活パターンからはずれた時間帯になる以上、取り敢えず知っている者が機会を窺って犯行に及んだ…と言う事でもなさそうだ」
 経過はそのくらいまで何とか聞けたが、殺害された状況や現場の話になると、俺が電話口で皆に伝えた以上の事は殆ど要領を得なかった。
「まぁ、当然だろうな。…幾ら平静に見えたとしても、本当にまともな状態で話せる訳がない」
 詳しいところはこちらで調べるしかなさそうだ。
 そこまで言って、意見を窺うつもりか武彦は応接間の七人を見渡す。
「ひとまずは…ただの『見立て』、では無いと思います」
 …この魔術は、何らかの形の『本物』である事は確かかと。
 ここ――草間興信所に来る途中、現場近くを通って来た撫子が告げる。魔術儀式に見せ掛けただけの単なる見立て殺人とは違う、と感覚でもうわかったらしい。通り過ぎる時に、妙な気配を感じたと言う。
 他の人間であるならば、妙な気配を感じた、と言われてもだからどうしたと言った感じだが、他ならぬ撫子の感覚である。霊的なモノに関しては非常に敏感な、この場では一番信用が置ける相手。事実、興信所の面子はこの撫子の感覚に何度も助けられた事がある。疑う余地は無い。
「私もこちらに来る時現場の前を通りましたが、随分と派手に痕跡が残されているようでしたね、ビニールシートで覆われている範囲から考えて」
 と、撫子同様現場近くを通ってきた隼人。
「あんな人目に付くところに魔術陣を描いた上に犯人は名を残して、ですか…自分を誇示し挑発するようなやり方は『虚無の境界』ではない、と言うのが草間さんの考えのようですが…調査する側のミスリードを誘う為に敢えてこの方法を取ったとも考えられますよね」
 考えながら告げる隼人の科白。
 有り得ますね、と汐耶が同意した。
「確かに、儀式魔術を使用している事をさて置いても、儀式殺人を仕立てる理由のひとつとしてそれはありますし。本来の目的を隠す為に敢えて派手な演出をする事は、多々ありますから」
「…ああ。実は事前に警察の方から――ってうちの興信所とも付き合いのある葉月政人(はづき・まさと)って警部やってる奴からなんだが…ちょうどこの事件の捜査をしているようでな、その旨警告が来てる。が…だからと言ってこれが調査側の裏をかいた『虚無の境界』の仕業だと言い切れる訳でもない」
 つまりは『虚無の境界』が絡んでいるのかいないのか…それはどちらも可能性程度で考えておいてくれ。あまり気にするな。…変な先入観を植え付けたか。済まん。
 …どうもオカルト絡みの明確な犯罪となると、俺の方が神経質になっているようだ。
 静かに武彦は謝罪する。
 と、それより――とシュラインが口を開いた。
「まずはその魔方陣の画像を入手したいところよね」
 …文様等から…相手が独学だとしても何の円かある程度の判断は可能だと思うの。
「そうですね、残された魔法円の写しでも手に入れば…その手の魔術書から探せますし」
 …我流であってもある程度、基本は踏まえないと用を成しませんしね。
 ほぼ同時に言い出し、頷き合うシュラインと汐耶。
 それを聞き、ああ、と武彦が思い出したように一枚の写真を出す。
「魔法円の写っている写真ならある。取り敢えず葉月から一枚借りられた。…被害者の血でところどころ見難くなってるがな」
 これは仕方無いだろう。
 と、続いてセレスティが口を開く。
「確かに、魔法円の詳しい内容も知る必要がありますが…。ただ、儀式を行っている最中に殺されたのか、儀式を行う為に殺されたのか――儀式のどの段階でどんな意味で被害者が殺されたのか、その辺りも気になりますね。…血を好む魔術は意外と多いと聞きますから」
「出来れば直に現場も調べたいですね」
 本当に何か喚んでいた場合、何を喚んでいたのかわかるかもしれませんので。
 セレスティの科白を聞いてから、隼人。
「わたくしも…出来れば直に霊視をしてみたいと思います」
 近辺の聞き込みもした方が良いと思いますし。
 隼人に続き、撫子。
 では、と隼人が撫子を見た。
「…私たちはひとまず御一緒しましょうか? 事件が殺人事件――それも少々厄介そうな手段を使う犯人さんのようですし、聞き込み等表立って動くならあまりひとりで動き回らない方が良いかもしれませんからね」
 静かな笑みを浮かべつつ、提案する隼人。そうかもしれませんね、と考えながら答える撫子。
 そこに、はい、と控え目に片手を挙げるみなもの姿。
「あたしも…聞き込みをしてみたいと思います」
 現場周辺も勿論ですが、直接依頼人さんや、そっちの御近所さんに、も改めて。
 何か心当たりとか…最近変わった事が無かったか、とか。
 また違った事に気付けるかもしれませんし。
「じゃ、神山さんに倣って俺はこっちのお嬢さんに付き合う事にしましょう」
 ここの調査員としては先輩らしいが、見た目からして…特にひとりじゃない方が良さそうだろ、とみなもに言う和真。確かにみなもは…思いっきり中学生の小娘である。話を聞かせて下さいといきなり行っても信用されない可能性も高い。反面、和真は…十八歳と取り敢えず未成年ではあるが、元々の性格の上にイギリス人とのハーフと言う事もあり、必要以上に大人に見えるところがあるので…この組み合わせは確かにちょうど良いかもしれない。
 名乗り出た和真に対し、じゃ、宜しくお願いしますっ、とみなもが元気にぺこりと頭を下げている。
「…とにかく、手分けして頼みたい」
 纏める武彦の声に、皆はそれぞれ頷いた。



 …事件当日、朝遅く…十時頃になるか。
 現場の公園。
 警察が現場検証をしているところ。
 状況が凄惨だった事や挑発的であった事、近所に住まう主婦が野次馬としてすぐ近くまで来れる程見通しが良い場所だったからか…色々と現場検証も長引いているらしい。
 現場を担当しているのは白いスーツを着た鉄面皮な刑事――佐々木晃。淡々と鑑識の発見を聞いたり、部下らしき刑事の意見を聞いたりしている。
 そんな中、現場保存の為に張られたテープをくぐり、当然のように入って来たのは落ち着いた色のスーツを着た真面目そうな青年。彼は当然のように晃の側まで来ると、殆ど対等の態度で話をし始めた。今来た彼もまた刑事らしい。
 彼らふたり、背が高い事も揃いだが、どちらも年齢は二十代半ば…同年代と見て取れる。…それでいて現場担当の責任者にそれと対等らしい風情…ともなると、どちらの刑事もキャリア組である事は容易に知れた。
「お久し振りです、佐々木さん」
「…ああ」
 話し掛けられるなり――現れた相手の姿を見るなり、何処か嫌そうな複雑な顔で反応する晃。
 とは言え別に晃はこの相手――葉月政人が嫌いな訳では無い。単に、彼が所属している部署が嫌いなだけである。その部署は警視庁超常現象対策班――即ち、彼が出て来ると言う事は、必然的に晃にとって理解できない…したくもない世界が絡んで来ると言う訳で。
 何が嫌って、そこが嫌な訳だ。
 …幾ら、警察庁に同期入庁した警察大学の同期生だとは言えども。配属先が嫌なのはまた別の話になる。…少なくとも仕事上ではあまり関りたくはない相手になってしまう。
「…調子はどうですか」
「見た通りだ。近頃は凶悪事件ばかり増えている」
「ええ。…まったく、悪質な事件が多過ぎますよ。こちらも何とかやってはいますが…ああ、そう言えばお姉さんはお元気ですか?」
「…」
「?」
 唐突に起きる重い沈黙。
 政人の挨拶に何も答えないまま、晃は無言で青いビニールシートを捲って彼に中を示した。反射的に政人もそちらに目が引き付けられる。
「…聞いてはいましたが凄い現場ですね」
「…まぁ、な。仏さんを見て吐いてる根性無しまで居やがった」
「慣れてなければ無理ないですよ」
 写真を撮る鑑識班。
 赤黒い血で塗りたくられた公園の舗装。遺体は既に運び出されていても、被害者がどんな殺され方をしていたのか簡単に想像出来る酷さ。そこに更に書き殴られた文字。“凶々しき渇望”。
 その下に、魔法円。
 儀式魔術の痕か。
 …ひとつひとつ、チョークで囲まれ、細かいところまで――証拠として取り扱われている。
「ついさっき連絡が来たところだ。検死の結果、ガイ者の死亡推定時刻は深夜の二時から三時らしい」
「随分遅くですね。…ああ、被害者の経歴をお渡ししておきます」
 調べて来ましたから。
「お前がか?」
 …警部殿が直々に?
「ええ。これもまた重要な事ですからね。木村朋美、三十五歳。旧姓古野朋美。出身は静岡県××市、両親もそこに健在。私立短大への進学の為に都内に出てきて卒業後、そのまま都内の企業に就職。職場恋愛から会社員の木村正秀さんと結婚し勤めを辞め…その後、パートでスーパーマーケットに勤め始めるようになってます。…以前の勤め先の同僚やスーパーの店員、学生時代の友人…交友関係もはっきりしてますし――特に恨まれるような事や目立つ事は見付かりません。何処にでもありそうな経歴です」
 犯人が…被害者を選んだ理由はなんでしょうね。
 晃に調査書を手渡しつつ、政人はぽつりと独白。
「現場だけ見るなら…形からして何処ぞのカルト教団の犯行のようにも思えるがな。…その筋でも調べる必要があるか…」
 ともあれ、こんな大仰な落書きを意味ありげに使うとは、酔狂な事だ。
「『本物』の可能性もあるから――その可能性が高いから僕が来ている、と言う事もお忘れなく」
 話を進める晃に、注意を入れる政人。
「こんなもんで何が出来る」
「それなりの形は踏まえているみたいですからね、まぁ、佐々木さんでも連想出来る事はあるでしょう?」
「…何を連想しろって言うんだ」
 ち、と吐き捨てるように晃。
「ガイ者は鋭利な刃物のようなモノで殺されていたんだ。こんな落書きで刃物の代わりになるか? …凶器は犯人が持ち去ったんだろう」
「これだけ多くの証拠を残していながら、ですか」
 それも少し疑問ですが。
 …いえ、これは捜査側の動きを牽制もしくは誘導しているのかもしれませんね?
 と。
 政人が小首を傾げたその時、部下の刑事からまた連絡が入る。
 …曰く、警察のやり方ではどうも納得が行かないと遺族が近所の探偵に依頼したと言う話。
 その話を聞くなり、捜査陣の殆どは渋い顔をした。
 例外は、ただひとり――政人。彼にしてみれば、事件を解決するのは警察だろうが民間だろうが構わない。…事件が解決させられさえすれば、被害者が、遺族が――少しでも報われさえすれば。
「御遺族の方が草間興信所に依頼してるんですか」
「…警察が動いていると言うのに余計な事をする」
 はぁ、と嘆息する晃。同期生のそんな固い態度に、まぁまぁ、と宥める政人。
「それが御遺族の意向なら、我々が邪魔する訳にも行かないでしょう」
 …それより。
 依頼なさっていると言うのなら、興信所の方にも犯人の意図を警告しておいた方が良いですね。



「…取り敢えず、悪魔を喚ぶモノであるのは確かなようですね」
 ぱたんと古めかしい魔術書を畳みつつ、携帯電話に汐耶がぽつり。
 場所は汐耶の――綾和泉汐耶の仕事場に当たる都立図書館、要申請特別閲覧図書の閲覧室。
 電話の相手は、セレスティ・カーニンガム。
 彼の方は、自分の屋敷に戻っている。
 興信所で手分けして頼むと言われた後、汐耶とセレスティのふたりは、手掛かりは少しでも多い方が良いだろうと同意し、今は聞き込み班や事務所居残り班と分かれて、それぞれ役立ちそうな資料、情報を集め回っている。
「さすがにまるっきり同じものは見当たりませんが…傾向が邪神崇拝系、生贄を捧げる為に悪魔を喚ぶ召喚円…に近い感じです」
 改めて現場に残された魔法円の写真を目にしつつ、説明する汐耶。
(そうですか。となると殺す事が手段では無く目的…被害者は『生贄』だった、と言う可能性が高いと)
「ええ。魔法円自体が人の血で描かれていたりすれば手段に使われた…って事もあるのかもしれませんけど」
 今回の場合は、そうじゃないみたいですし。
 似た関連――邪神崇拝系の要申請特別閲覧図書を申請している人物も一応挙げておきます。本当は部外秘の情報なんですが、うちの蔵書が犯罪に使われるのも困りますからね。
(ああそれから綾和泉君、被害者の生年月日や血液型等プロフィールも調べておいたら、と仰ってましたよね。出ましたからお伝えしておきますね)
「あ、有難う御座います」
 汐耶が受けると見るなり、では、とセレスティは調べたプロフィールを話し出す。それのみならず、生まれで観る占いと言うのは有名なホロスコープに限らず色々ありますから、私ですぐに観られる物だけは付け加えておきました、と幾つかの占い…被害者の生まれから観た星の巡りやその属性はどうなっているかも一緒に伝えられた。
(このデータから観ると…彼女は特に事件当日深夜…昨日の日付に入ってすぐから…酷く悪い運勢になってますね)
 確かに、殺された…と言う事は最悪でしょうから当然でしょうが。
(ですが…運勢自体は特別際立ったものでも無いんですよ。少し確率は低めですがまだ、誰にでも巡って来る程度の、悪い運勢です。悪い運勢は悪い運勢ですが、本来、死と直結するような運勢でもありません)
「そうですか。私は、属性…とでも言われるものを見付けておいた方が良いかも、と思ったからお願いしてみたんですけどね」
 …魔術絡みなら、そう言ったところに被害者を選んだ基準があるかもしれないと思いまして。
(それも可能性として避けない方がいいですね。ああ、それから…今回の事件と類似した過去の事件も幾つか見付かりましたよ)
「…あったんですか」
(ええ。ただ不思議なのは…一件だけは警察の記録にもあるようなんですが、残りは…「事件になっていない」ような感があるんです)
 別の筋――少し裏技を使って確認した事なんですが、一部で噂話のように取り扱われているようです。噂話…と言ってはいますが、どれも内容が妙に現実味がありまして。
 私はこの『噂』が本当のような気がするんですよ。
「本当だとしたら…変ですね」
(何者かに揉み消されたのかもしれません)
「…それだけの力がある犯人って事になるんでしょうか」
 警察に関れる。
(さぁ…何とも言えません。ともあれ、手掛かりになりそうな事で机の上で調べられるのは…ひとまずこの程度になりますか)
 後は、聞き込みの結果や現場検証――警察の情報が欲しいって辺りになりますね。
(わざわざ興信所に警告して下さった…と言う葉月君辺りから情報を頂けないものでしょうか。ああ、そう言えば神山君は魔術…特に黒魔術に詳しい方だと草間君が仰っていましたっけ)
 邪神崇拝や生贄となれば充分、黒魔術の範疇でしょうから、まずは神山君に今出た手掛かりもお知らせして伺ってみる事にしましょう。
 そう告げ、セレスティはひとまず失礼します、と通話を切る。
 …直後。
『汐耶…』
『…おかしいぞ』
 ほぼ同時に上がる、要申請特別閲覧図書の幾つかに棲む、馴染みの付喪神たちの声。
 無論汐耶の方も、気付いていない訳でない。
 小さく頷いて、警告をした皆に応える。
 そして訝しげな顔で、汐耶も周辺をそれとなく窺った。理知的な青色の瞳が油断無く周辺を確認する。
 が、わからない。
 ただ。
「今、何者かに見られていた…?」
 そんな、気配。



 草間興信所。皆と手分けして調査しようとなった後、武彦は再び葉月政人に電話を掛けていた。するとこちらからも掛けようと思っていたんですよ、と受けられ、確認したいと思っていた事をこちらで問う前に向こうから言い出された。死亡推定時刻の細かい推定理由や、ある程度の情報。…そして、隠されていた話も。
 貴方たちなら信用出来ると思っていますから。そんな言葉と共にあっさりと政人は捜査状況を明かしている。それは本来は慎むべき、避けるべき事かもしれない。けれど、本当に魔術絡みであるなら草間興信所も巻き込んだ方が――ただでさえ遺族からの依頼で元々首を突っ込んでいる訳でもあるし――事件を解決する能力は明らかに高くなる。
 そう判断すれば、政人は躊躇わない。
「…本当か?」
(ええ。彼女の帰宅ルートからして公園に入る必要も無いので、拉致されたのだろうと判断されたんですが…実は肝心の被害者に全然抵抗の痕が無いんですよ。打身も防御創も何も)
 なので、何らかの方法で公園まで誘い込まれた、と考えた方が本当は自然なんです。で…不意を突かれて斬殺されたようで。
「…それは被害者の顔見知りによる犯行って事にならないか?」
 武彦は眉を顰める。
(もしくは一般市民が絶対的に信用できる社会的立場にある人間の犯行…とも考えられます)
 例えば、我々警察のような。
 …仲間からそんな輩が出るなどと信じたくは無いですが。
「そうなると、随分話が違って来るな」
(ええ。ですが別の可能性――例えばその場に連れて来るのに、催眠術などと言った方法を利用していた可能性も否定できないと思いませんか。本物の魔術絡みとなれば通常の事件よりも更に可能性は広げておいた方が間違いは少なく済みます)
 その可能性を鑑みた場合、話は戻りますから。
「…魔術絡みだから、か」
 武彦が溜息混じりでそう呟いた時、シュラインから電話替わってもらえる? とジェスチャーで示される。受け、武彦は頷いた。
「…ああ、シュラインが何かお前に聞きたい事があるらしい。替わる」
 言って、武彦はシュラインに受話器を渡す。受け取ったシュラインは一度髪を払ってから耳に当て話し掛けた。
「もしもし? 葉月君?」
(エマさんですか? お久し振りです。…早速ですが聞きたい事と言うのは――)
「被害者の傷の感じを詳しく聞きたいの。『刃物のようなモノで』の具体的な傷、その刃物の斬り――もしくは刺された方向等や、傷の数とか…その辺りをね」
(…傷ですか)
 少し考えるような間を空けてから、政人は話し出す。
(首を深く斬られていたのが致命傷だったようです。相当の膂力が無ければ無理だと。また、嬲られるような感じで裂傷も…細かいものから大きなものまで全身にたくさんありました。ただ、躊躇うような傷は一切ありませんでしたね)
「相当の膂力って――ずばり言ってしまうけど、人の手で可能な外傷だと思う?」
(難しいですが、出来なくは無いと思いますね。…プロレスラー並に余程鍛えた大男なら、ですが)
 僕のように特殊強化服を装着する者であるなら、装着時に限り…普通に出来る程度の力だとは思います。ですが生身となると…。出来そうな人間は限定されて来ますよ。…そして関係者にそんな事が出来そうな体型や手段がありそうな人間は…まず見当たりません。
「…人外か能力者と考えた方が自然な訳ね」
(偶然、プロレスラー並の膂力を持つ、ある程度魔術に詳しい殺人鬼が近所をうろついていない限りは)
「…そんな奴がいきなり居ると考える方が非現実的に思えるわ」
(…同感です)
 と、そこまで話したところで、今度は武彦がシュラインに電話を替われと促した。シュラインは頷き、電話武彦さんに戻すからと政人に伝えてすぐ返す。
(何ですか草間さん)
「お前を見込んで頼みたい事があったんだ」
 …うちの調査員に、現場を見せては貰えないか。
(直々に現場検証ですか、構いませんよ)
「…随分すんなり言うな?」
 普通、断らないか? と思いながらも武彦はそこまで口に出さない。…余計な事。
(超常現象絡みで頼りになるのは草間興信所、と言うでしょう。現場を霊視して頂けるのなら、アドバイザーとしてこちらからお願いしたいくらいです)
「本当に良いのか」
(ええ)
「…わかった。じゃあそれ以上は何も言わない。お前が構わないと言うならこちらにとっても有難い事だしな。…天薙と神山に――現場にはこいつらが行く――連絡しておく」
(…そうしてやって下さい。で、ですね…その代わりと言っては何ですが…少々言い難いんですけれど…)

 …政人からの電話を切って後。
 武彦がちょっと出て来る、と椅子から立った。
 いったい何があったのかとシュラインが青い切れ長の目で問えば、今の電話の最後で付け加えられた政人の話が原因らしい。どうやら、と苦笑しながら口を開いた。
「警察の方にも顔を出しておけと言う事らしい」
 葉月は例外として…恐らくは邪魔するなって小言でも言われるんだろうが…国家権力からの直接のお呼び出しだ。後の事を考えれば断らない方が良いだろう。
 まぁ、適当に警察の情報を引っ張り出せるかもしれないと思えばこちらにとっても都合が良いしな。
 そんな風に言いつつ、武彦は外出用の上着をハンガーから外し出した。
「じゃあ私は…今葉月君から聞いた内容、カーニンガムさんと汐耶さんにも伝えて来るわ」
 それからついでに、聞き込みにも行ってくる事にする。
「…無茶はするなよ」
「心得てるわ」
 頷き、シュラインは武彦より一足先に応接間を出ようとする。
 が。
「?」
 応接間から出ようとしたその時、ふと止まる。
 微かな違和感。
 …今、誰かに見られているように思えたのは、気のせいだったろうか。



 探偵から事前に連絡を入れてもらい。
 海原みなもと坂原和真はまず依頼人の家に向かっていた。まず年若いみなもの姿に驚かれたようだが、忙しいでしょうからすぐ済ませます、と前置いた上で案外確りした質問を並べられる姿に、一応信用された頃には依頼人の家を後にする事になる。
 心当たりはある訳が無い、変わった事…特に無かった。
 なのになんであんな…よりにもよって、うちの朋美が…。
 依頼人――心痛の相手にこの場でそれ以上訊くのも躊躇われ、みなもと和真はそれで引く。どうも、これ以上訊いても新しい証言は出そうに無い。
 彼らふたりが帰ろうと言う時、ふと視界に入ったのは被害者の女性――木村朋美の遺影…健在だった頃の写真。
 …殺人事件の被害者だと先入観があるからだろうか。調査員のふたりには――線の細い、儚げな女性に見えた。

 その後。
 数人に聞き込みを入れつつ、ひとまず向かったのは――と言うか通り掛かりにあったのでちょうど良いとばかりに入った様子だが――ともあれ、みなもが先導したそこは、ネットカフェ。
「…ネットでも調べる気か」
「事件についての噂を集めようと思いまして…もしかしたら犯人が書き込んでいるかもしれませんし」
 自己主張かもって草間さんが言ってましたし、そう言う犯人なら目立つところに犯行声明出したりするかも、と。
「…やる価値あるかもな」
 ぽつりと同意し、和真もみなもの隣にある別のパソコンに向かう。
 それぞれで事件系のサイトや魔術系のサイト、噂話のサイトや皆さんお馴染みゴーストネットOFF等々をネットサーフし始めた。
 が。
 今までみなもや和真が知った中で、一番詳しい上に信用の置けそうな情報は今聞いてきた依頼人の情報と、探偵が言っていた情報くらい。ネット内を見て回っても、結局野次馬の噂レベルの事しか集まらない。アングラ系サイトで俺がやった等と自慢げに掲示板に書いているところもあったが…信憑性が感じられない程、そんな書き込みは無駄に多かった。それも文章からして絶対同一人物では無い書き込みで。
 もし万が一その有象無象の犯行声明の中に本物が混じっていたとしても、これでは判別不能な気がする。
「…この調子じゃ、直に聞いて回った方が噂でも何でも幾分信憑性がある物を掴めるんじゃないか?」
「…そんな気がして来ました」
 難しい顔をしての和真の指摘に、みなも、素直に同意。

 で、改めて被害者自宅からパート先…のルートへと戻り、聞き込み再開。…通りすがりに出会う人、近所のお宅、ひとつひとつ伺ってみる。旦那の留守を預る奥さん、犬の散歩中の人、営業の途中らしい会社員さん…やつれた顔した受験生、様々な人が居る。…それは彼らが被害者の死亡推定時刻に当たる真夜中の情報を知っているかどうかとなると謎だが、一応訊くだけは訊いてみる。
 答えは色々。お気の毒よねぇと話し相手を求める奥さんや、済まんが昼間の仕事でしかこちらには来ないから知らん、と言うサラリーマン、被害者の女性を差し、あのオネーサンが殺される程人に恨まれるような事絶対考えられないよ、と言う人も居た。…昨日の夜中あのおねえさん見たんだよ、と言う重要な証言も得る。
 みなもと和真のふたりは、暫く続けてから今度は現場近い方――公園の方に聞き込みに向かう進路を変える。時折ダンボールを持って歩いている人が居る。そんな人をさりげなく捕まえては話を聞くみなもと和真。
 やがて当の現場である公園、その前に到着したみなもは、ふと溜息。
「恨まれそうにない人だったみたいですよね…奥さんを狙ったものとは思い難いかもしれません。となると…無差別なんでしょうか」
「…あの遺影を見る限り、単に非力そうだから目を付けられた…ってのもありそうに思えるが」
 死亡推定時刻、真夜中だろ。で、普段より仕事を長く入れていた上に色々雑用やっててパートから帰る時間も遅かった…日付まで変わってるそんな時間にあの見た目の女がひとりで歩いていたとなれば…犯人の方にしてみれば格好の獲物と思えるんじゃないか?
「…どちらにしても、お気の毒な話です」
 あたしで出来る範囲は少ないでしょうが、依頼人さんの為にも被害者さんの為にも、出来るだけ頑張って調査したいですっ。
 ぐっ、と握り拳を作り決意するみなも。
 そこに。
 聞き慣れた呼び掛ける声が届く。
「みなもちゃん、坂原君、そっちはどう?」
「…シュラインさん」
 パート先から被害者自宅への帰路、その途中から公園に来たシュラインに、被害者自宅からパート先への往路、その途中からシュラインとは別ルートで公園に来たみなもと和真。出会ったそこで情報交換。
 何か変わった事が起きてはいなかったか、帰宅時間頃、車の音やあまり聞かない音がしなかったか、聞き込んだ成果を照らし合わせてみる。
「…こっちは特に気になる証言は見付からなかったわ」
「こっちは一件だけ被害者の女性の足取りに関係ある証言が見付かりました」
「ああ。夜中――ちょうど二時頃に蛍光灯が切れてコンビニに買い物に出たって、パート先〜被害者自宅ルートの近くに住んでる受験生の兄さんを偶然見付けたんですが…白スーツの刑事らしい男が、夜道をひとりで歩いてた被害者の女性に職務質問してたらしいのを見たそうです。確か死亡推定時刻が深夜二時から三時でしたよね、これが本当なら――…」
 言い掛け、そのまま和真は口を噤む。
「…」
 誰かに、見られている?
 自分たちの行動を監視するような妙な視線を感じ、和真は視線へと振り返る。
 が。
 …誰も、居ない。



 パトカーがパトランプをくるくる回しつつ、御近所の皆様に呼び掛けをしながら走り回っている。
 公園の殺人現場、そこは今はもう警察の現場検証は終わり野次馬も粗方消え、人気は殆ど無くなっているが…KEEPOUTの文字があるテープに囲まれている事は――閉鎖されている事は変わらない。
 そこに、担当刑事のひとりである葉月政人と見張りらしい警官数名、草間興信所の調査員として動いている天薙撫子と神山隼人両名の姿があった。
「僕も貴方がたのような霊感のある…『わかる』方に視て頂く必要は感じていたんですよ。佐々木さん――一緒に捜査している刑事なんですが――には莫迦莫迦しい勝手にしろと突き放されてしまいましたが」
 確かに、彼の言う通り…莫迦莫迦しい、そんな事は必要無いと、何処からか漏れて上からも何か言われると思っていたんです。特に今回のものは形だけ見るなら『普通の事件』か『超常絡み』か…どちらとも断定し難い事件ですし、そうなれば警察組織としては『普通の事件』と見る方向に行きがちです。…専門の部署が出来ても、まだまだ組織内の超常現象への理解は低いので。
「それを考えると、予想外にすんなり貴方がたに協力を頼む事が通りました」
「実はちょっとだけ、祖父に口を利いて頂きはしました」
 にこっと微笑み、撫子。
 …実は彼女は、昨日武彦から初めの連絡があった時点で、祖父の伝手――将来は自身の伝手にもなるだろうもの――を借り、警察相手にある程度の根回しはしてあったらしい。
 事件解決の実行性を優先する為、組織人としては疎まれがちな政人の行動が今回ばかりは妙にすんなり通り妨害が無かったのも、そのせいだったか。
 政人は少し驚いた顔をしたが、すぐにふっと表情を緩める。
「上層に関れる…有能で柔軟なアドバイザーが居て下さるのは有難い事ですね」
 では、お願いしましょうか。
 言って、政人はふたりをテープの内側へと招き入れた。

 そして、現場に入ってすぐの事。
 青色のビニールシートに手を掛け、捲った時点で隼人が即反応した。
「喚ばれていますね」
「…やはり、そうですか」
 静かに確信する隼人の声に、撫子が同意する。
「わたくしも、魔法円の内側に邪悪な『力』の残滓が視えました」
「邪悪な、ね。…喚ばれたのは、悪魔です。事前にカーニンガムさんから邪神崇拝系の魔術陣らしいと伺っていましたが、これはベルゼブブに連なるモノ…ですかね」
 …とは言えこの手の魔術儀式で『蝿の王』の名を借りるのは常套手段とも言えますが。
 彼の名は、人の世で相当有名になってらっしゃいますからね。それに、ベルゼブブ自体は支配者クラスでもありますから…彼に連なる悪魔はとても多く居ます。強大な力を持つモノから雑魚まで幅広く。
「ひとまずこの魔術陣で…ベルゼブブの名の許に実際に喚ばれたのは大した名も無い小物のようですが…爪が刃物のように鋭い――」
「では鋭利な刃物のようなモノで…と言うのは」
 その悪魔の爪…ですか?
「恐らく」
 隼人は頷く。
 ふぅ、と政人は小さく息を吐いた。
「…御二人共に反応なさるとなりますと…明らかに我々の管轄になりますね…」
 超常現象が嫌いな佐々木さんにはお気の毒ですが。
 ふたりの話を聞き、政人はそう結論付ける。
 と。
「撫子さーん、神山さーん、どうですかー??」
 そこに、たったったっと駆け寄ってくるみなもの姿。ゆっくりと歩いてくる和真とシュラインの姿がそれに続く。駆けて来るみなもを遮ろうとする警官。そこに、彼らも神山さんや天薙さんと同様、調査の方なので入れてあげて下さい、と政人の声。それで警官も遮るのを止める。みなもがテープをくぐり、和真とシュラインも続いて入って来た。
 現場にて、外に聞き込みに出ている面子、勢揃い。
 みなもの呼び掛けに、現場を見ていた撫子と隼人が受け答えている。
「…先程、こちらに伺う前にわたくしたちも他の場所の聞き込みをしたのですが…どなたからも有力な情報らしい事は特に何も伺えませんでした」
「…取り敢えず、この魔術陣の上で何が起きたか――どう殺されたのか、の見当はすぐに付きましたがね」
 死因を調べろ、と言う依頼であるなら、手段の方だけで言うなら後は証拠固めになりますが…一般の方相手ですと、信用されるかどうかが判断の付き難いところですね。
 それに、依頼人さんの真意は違うところにありそうだ、とも言うお話ですし。
 撫子と隼人の報告を聞き、みなもはこくりと頷く。
「あたしたちの方は…つい今し方関係ありそうな証言を入手しました。昨日の夜、公園で『変なデカい絵』が描いてあるのに気が付いたってホームレスさんが教えてくれたんです。意味がわからないながらも形が形なんで不気味がってました。ただ…ホームレスさんのお仲間さんの中にも、その『絵』を描いている人物の目撃者は居ないって」
 あの『絵』がまさか殺人事件に使われるなんて思わなかった、って驚いてました。
「気付いたのは夜…ですか」
 静かに受ける隼人。
 和真が頷いた。
「ああ。ホームレスとは言え仕事はしてるらしく、朝九時前から出ていて…長い事ここの近くには居なかったらしいですが。帰って来た時に偶然気付いたらしい。…具体的には夜の七時過ぎくらいの事だそうです」
 …ただ、朝の時点でこの『絵』があったかどうかはいまいち自信がないとも言ってました。
 その報告に今度はシュラインが考え込む。
「そう。…でもこれだけ目立つ魔法円な訳だし、夜には気付いたのに朝の時点で気付かなかったって事は考え難いから…『絵』自体が無かった可能性の方が高そうよね。となると朝九時前から夜七時過ぎまでの何処かの時間、と仮定して…ってその間にこの辺りで人通りが少なくなる時間帯は結構あるし、それだけじゃいつ描かれたか特定するのは難しい、か」
 犯人の動機も良くわからない。被害者を選んだ原因もいまいち不明。取り敢えず現時点ではっきりしたのは――依頼の言葉面通り被害者の死因――儀式魔術で喚ばれた悪魔に被害者が斬殺されていた事――くらいか、と、悩む一同。
 そんな中、ふと隼人が呟いた。
「…それにしても何故犯人は、“凶々しき渇望”と言う名を名乗る事にしたのでしょう」
「そこは私も気になってるの」
 隼人の呟きを受け、シュライン。
「特に『渇望』って辺りが…何て言うか、今回の殺人は言い方が悪いけれど餌として特定の誰かを、もしくはこの件に興味を持った能力者等を燻り出す事が目的じゃないか、って」
 多少心配も。
「…つまり、これで終わらないんじゃないか、って事ですか」
 シュラインを見て、和真。
「ええ。汐耶さんも同じ意見」
「その恐れはあると見てますよ。警察も」
 さらりと政人。
「でしたら早く犯人を見付けないと。…まだ続く可能性があるなら…絶対に止めなきゃなりませんし」
 真顔で頷くみなも。ええ。と撫子も同意していた。

 そこに。

「…少し、悠長な事をし過ぎていましたかね」
 隼人の声が微妙に変わる。
 こほ、と控え目に咳込んだ撫子が、今気付いたと言うようにはっとして隼人が意識を向けている方面を見た。

 ふ、と浮いていたのは――悪魔の姿。
 撫子が視認し、一同が何事かと――気付いた時にはもう消えている。
「…」
 撫子は険しい顔で、悪魔が消えたその場所をじっと見つめていた。
 その後ろで、隼人も、それとなく確認している。
 悪魔が消えた、その空間を。



 …暗い建物の中。
 喉を鳴らすような笑い声が微かに起き、すぐ消えた。
 壁に寄り掛かり、佇んでいたのはひとりの男。
 燃え立つような紅の髪。
 目許は黒いサングラスで覆われている。
「あぁ、気付かれちまった…」
 偵察と言うものは気付かれた時点で失敗とも言える。けれど、男は何処か楽しそうな声で独白していた。…探る者が居る、その程度は気付かれようと構わない。俺は狩る側。獲物を選ぶ側。
 …“凶々しき渇望”、その正体まではまだ辿られていない。気付かれていない。
 ならば、偵察する者が居る、それを知らしめた程度なら――むしろ適度な挑発になる。それもまた都合が良い。

 草間興信所。そこに集う連中は、誰を取っても相当の能力者らしい。
 さぁ、誰にする?
 誰が、適しているか?

 …封印の力を持つ奴がふたり。英国の血が入った男の方はある意味プロか…。遣り難いかも知れねぇな。引き込めねぇかな? …遣り難いっつやァあの…男にも見える女の方も魔術の知識がすぐ手に入る場所に居る分、遣り難いかも知れねぇ。…や、それで諦めるにゃ惜しいがな?
 …人として生きる人魚もふたり。妙に美形な男の方は財閥総帥か…おいおい、その時点で遣り難かァねぇか? 身体が不自由そうだってのァちょうど良いけどよ? …セーラー服の女の方は…ガキだからな。良い感じに何とでも出来そうだねェ。
 …あの着物の女は…まぁ、それなりの霊力を持ってやがるか。感覚は鋭そうだな…。だがあの佇まいでいながら妙な気も持ってるな。霊力ってのたァ何か違う…達人級の何らかの武術家って事か? つーとこの女も面倒かも知れねぇ、か。
 …赤いスーツの女は能力者じゃねぇ唯人か? …いや、何かあるな。良くはわからねぇが…ひとまず足しにはなるか。隙は無ぇが妙な技術を持っちゃ無さそうだ。ちょうど良いかも知れねぇ。
 …超常現象対策の刑事、ね。ああ、野郎は能力者…っつぅのたァ違ったか。使えねぇ。
 妙に魔術に詳しい優男…いや、良くはわからねぇがあれは連中の内で俺が視ている事に気付くのが一番早かった。…妙に聡過ぎる。となると予想以上の力があるかも知れねぇ。侮れねぇな。

 男は静かに考える。

 …やがて。
 暗闇の中、出た結論。
 男の…“凶々しき渇望”の、唇が歪む。

 ―――――狙うなら、あの…青い目の女がいいか。

【続】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■1855/葉月・政人(はづき・まさと)
 男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員

 ■0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
 女/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■2263/神山・隼人(かみやま・はやと)
 男/999歳/便利屋

 ■1252/海原・みなも(うなばら・-)
 女/13歳/中学生

 ■4012/坂原・和真(さかはら・かずま)
 男/18歳/フリーター兼鍵請負人

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、公式外の登場NPC

 ■“凶々しき渇望”
 ■佐々木・晃

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          ライター通信
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 私のボケで予定人数を超えてしまいました。
 …各方面に謝罪。
 ………………とは言え目敏くボケを突いて下さった方にしてみると、ラッキーだったのかもしれません(遠)
 ともあれ、発注有難う御座いました。
 PC様にはいつも御世話になっております(礼)

 今回のノベルは参加の皆様全面共通になっております。
 内容については…第一話であるこの段階で何だかんだ言うのもアレなんで、特に何も書かない方が良い気はしますが…。
 ひとつだけ言うなら、今回の調査中、PC様の中の誰かが犯人に狙われた模様です。
 第二話以降、くれぐれもお気を付け下さい。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
 では、少し間を置いてになりますが、第二話もどうぞ宜しくお願い致します(礼)

 深海残月 拝