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妖怪骨抜きの陰謀!
0、プロローグ
「はぁ、骨抜き?」
急に訪ねてきた刑事の話を聞いて、探偵は少し考えてから問い返した。
「つまり、犯人は女ってことか?」
数日で合計三人もの男がふにゃふにゃに骨抜きされて殺されている。話だけ聞いたならばそういうことにしか思えない事件だ。しかし、探偵の推測はあっさりと否定される。
「いやいや、そんな簡単な話じゃねェんだ、こいつがよ」
「もう少し判りやすく言ってくれないか、おやっさん」
「ああ、なんて言やァいいか困るんだけどな」
頭を書いて、刑事は言い難そうに口篭る。
「鑑識課の奴が腹を開いてみるとだな、ねェんだわ」
「なにが」
「だから、骨がだよ」
その一言でようやく合点がいった。
刑事が懐から三枚の写真を取り出す。写っているのは全て男の死体。全身から骨を抜き取られ、ふにゃふにゃと軟体生物のごとく地面にへばりついている。
「……こいつァ、ぞっとしないな」
目を逸らして探偵は呟く。吐き気がするほど気の滅入る光景だった。出会い頭にまず写真を見せてこなかったことを少しだけ感謝する。
「掻っ捌いて取り出したってんなら猟奇殺人ですむ。だがなァ、身体のどこにも切った跡がねェんだよ。鑑識の連中の言うことにゃ、急になくなっちまったとしか思えねェってよ。しかも、ガイシャが生きてるうちにだ。こいつァオカルトに違えねェってんで俺んところに回ってきたわけよ」
「……それで、おやっさんはそんな大仕事抱えてるってのになんだってこんなうらぶれた興信所で油売ってんだよ?」
いろいろな意味で、げんなりとしながら探偵は刑事を睨みつけた。飄々と視線を受け流して刑事は言い放つ。
「そりゃおめえさん、こういう時は名探偵草間武彦氏にご登場願うのがお約束と思ったからよ」
「勝手にそんなセオリー作んじゃねェよ」
不機嫌な声で言い放って、煙草を灰皿に押し付ける。
「……お断りだ、何度も言うがうちは拝み屋じゃない。オカルトなんざ縁のない真っ当な興信所なんだ」
「頑固だねェ、おめえさんも。霊障の調査もやる興信所だって普通にあんだぜ。心霊現象の九〇パーセントは人為的な操作によるもんなんだからな」
「アンタなァ。たった今自分でオカルトに違いないって断言したとこだろうが」
苦々しげな表情で言う探偵に、しかし刑事は不敵に微笑み返す。
「へェ〜、そんな口利いて良いのかねェ、草間探偵?」
「な、なんだよ」
余裕の態度を崩さないその様子に、探偵は非常にいやな予感を感じたした。
「水曜日」
ぴくりと、探偵の眉が動く
刑事は構わず、一言一言、ゆっくりと口に出していく
「八時、新宿駅前……さて、なんだろうなァ」
「おやっさん、それ、どこで……」
「はっは、それで草間探偵。ここにちィとばかし厄介なヤマがあんだがァ、引き受けてくれますかい?」
問いかけに答えずに、刑事は話を戻した。探偵は目を瞑り、暫し黙考する。
「……タヌキ爺ィめ。わかったよ、受けりゃいいんだろ、受けりゃ」
「それでこそハードボイルドってもんだ」
「勝手に抜かせよ……ったく」
ため息をついて、探偵は立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「散歩だよ、ほっとけ」
くさった足取りで興信所の入り口へ向かう探偵を、刑事は頭を掻きつつ見送った。
扉の閉まる音を聞いて、一つ溜息。少しやりすぎたか。後悔しつつ、胸元のポケットから一本、しなびた紙巻きを取り出す。
ふと気付くと、話を聞いていた顔なじみの所員が一人、こちらを睨んでいた。
「梶谷さん、少しやりすぎじゃないですか。なんだか知りませんけど、弱みに付け込むみたいなことして」
「はは、すまねェ。ヤな気分にさせちまったか。安心しな、ホントに嫌ってんなら、あいつァ脅迫されたってこの依頼受けてねェよ」
刑事の言葉に、所員は小さく眉をしかめる。
「どういうことですか?」
「付き合ってりゃ分かんだろ。あいつ、人一倍おせっかい焼きの癖して不器用なんだよ。『怪奇探偵』なんて呼び方が気にくわねェってんで、なんだかんだ文句つけながら、結局最後は放っておけねェ。まったく、首つっこみたくて仕方ねェ癖して格好付けやがる」
本当に手間のかかる奴だぜ。とぼやいて、刑事はジッポライターに火をつける。
所員はまだ納得いかないというように首を捻って、最後に一つだけ訊ねた。
「ところで、水曜の八時ってなにがあったんですか?」
「あ〜、そいつァちょっと俺の口からは言えねェな。ま、大したことじゃねェよ。ハードボイルドとしての意地の問題って奴だろ」
本当になにがあったんだか。所員は軽く溜息をついた。
1、ビルの谷間にて
第一の殺人現場は人気のない路地裏だった。しんと静まり返ったその場所は真昼の空の下でなお暗く、まるで人を拒んでいるようにさえ思える。
見知った人の姿を見つけて、草間武彦は足を止めた。ゆっくりと言葉を探して口を開く。
「ビルとビルの狭間を、ドイルの恐怖の谷に例えた話があったな」
「なんだよ、そりゃ」
「乱歩の怪奇小説だ。もう70年以上昔の作品なんだが、うまいことを言うと思った覚えがあるよ」
人影が草間の方に振り返った。少しずらしたサングラスの下で、金色の左目が無気味に光る。
幾島壮司、何度か仕事を頼んだこともある、『鑑定屋』と自称する調査屋の男だ。
「誰かと思えば怪奇探偵さんかよ。こんな所でなにやってんだ」
さり気なくサングラスをなおしながら、壮司は口を開いた。言葉の中に含まれた『怪奇探偵』という単語に軽く眉を吊り上げて草間は答える。
「何度も言うけどな、俺は怪奇探偵じゃなくてただの探偵だ。言うまでもないと思うが、探偵がやることといえば事件の調査だ。おまえの方こそこんなところでなにをしてる?」
「俺か? 妙な事件が起こってるって小耳にはさんでな。丁度仕事もなかったし、暇だったから一つ首を突っ込んでみようかってところ」
「暇なら勉強しとけよ、浪人生」
ツッコミをいれると、壮司は口笛を吹きながら明後日の方を向いた。やれやれと溜息をついて草間は言う。
「まあ、丁度いい。手伝ってくれ」
「報酬は?」
壮司の言葉に、草間はつーと目線を横に逸らして言った。
「今度うちに来たらコーヒーの一杯でも淹れてやるよ」
壮司はあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
「コーヒー一杯ぃ? あんたなあ、いくらなんでもそりゃあんまりじゃねェか」
「なにを言う。俺秘蔵のブルマンで、シュラインの淹れるコーヒーはプロ顔負けなんだぞ」
「しかも他人に淹れさせるつもりかよ」
呆れた声ぼ壮司から草間は視線を逸らして、どこか遠いところを見るような目付きでぽつりと呟いた。
「うちの経済状況、知らないわけでもないだろ」
「しゃあねえな。知らん仲でもないし、一つ貸しだ」
その言葉に満足して、草間は辺りをゆっくり見回す。
警察があらかた調べまわった後だからか、それとも最初からそうだったのか、特にこれと言って目ぼしい痕跡は見当たらない。
ちらりと壮司の方に視線を戻すと、またサングラスをずらして現場をぼんやりと眺めていた。
『鑑定屋』幾島壮司の『神の左目』。霊的な情報も読み取ることが出来ると、前に本人から聞いた覚えがある。
「それでどうだ、幾島。おまえなにか見えるか?」
「ん? ああ、そうだな」
壮司はなぜか不可解な様子で首をひねって答えた。
「なんというか、からっぽだ、ここは。なあ草間、ホントにここで人が殺されたのかよ」
「なんだって?」
その言葉に眉をひそめて、草間は手帳を取り出した。
走り書きされた現場の情報と、簡略化された周辺の地図。また、挟み込んでおいた現場の写真を確認する。たしかに、この場所で合っているはずだ。
「いや、間違いないぜ。どういうことだ、幾島」
「ああ、ここにはなんにもねェんだよ」
首を振りながら壮司は答える。
「無念も、怨念も、なんにもねェ。普通人が死んだ場所ってのは多かれ少なかれ、そういうものが残るもんなんだ。その情報、ホントに確かなのか?」
「警察の情報だぜ。間違いはないはずだ」
「そうかよ。じゃあ痕跡が消せんのかな」
首を捻って考え始める壮司を見て、草間は苦々しげに息を吐いた。
「参ったな。おまえから見ても手がかりゼロか」
「いや、犯人らしいやつの足跡は見えんだよ」
「なに?」
「明らかに人間じゃない女の気配が残ってる。他の場所も一つまわったけど、そっちにもこの足跡があった」
それを聞いて草間はふんと考え込むようにして唸る。
「俺達みたいに事件を追ってるやつって可能性は?」
その質問に壮司は少しだけ考えて、首を振った。
「可能性はあるが、確立は低いと思う。痕跡から見ればある程度分かるんだけどよ、その女が現場にきてるのはどっちも殺された直後か直前辺りだ。犯人じゃないにしても、なにかの関係者って考えるのが妥当だろ」
「遺体の発見者は『現場近くで着物の女性を見た』って証言したそうだ」
「符合するじゃねェか。賭けてもいいが、十中八九そいつは関係者だぜ」
「だろうな」
自信満々で言い切る壮司に同意して、草間はもう一度現場を見た。
ここで人が死んだと言っても、大半の人は信じられないだろう。真昼の空の下で見た路地裏は、それでもまだ明るく、殺人現場としては現実感に乏しい。
いや、逆だ。現実感以外になにもないから人が死んだという実感が湧きがたいのだろう。
人の死を当たり前の現実として見ている人間はそれほど多くはないのだ。
「じゃあ行くか」
「どこに?」
言って踵を返した草間に、いぶかしげな壮司の声が飛ぶ。
「もう一箇所の現場」
「一昨日とその二日前と、他にもあったのか」
「昨日の夜も殺されたんだよ。なんだ、掴んでなかったのか」
意外そうに言う草間に、壮司は苦笑して答える。
「流石にな。ある程度情報隠匿されてるみたいだし、完全に趣味だから情報に金もかけられねェ」
「もっともだ」
軽く笑って肩をすくめる。そうして草間と壮司はその殺人現場を後にした。
2、考える人々
「骨抜き殺人事件ですか!?」
興信所で作業をしていたシュライン・エマから事件の話を聞いて、海原みなもは素っ頓狂な声を上げた。
「それはまた変わった方法ですね。骨が溶ける病気とかじゃないんですか?」
「もらった資料によると、違うみたいね。血液中のカルシウム濃度にも異常はなかったとか」
「被害者に共通点は?」
「昨日の今日だし、警察でもまだ調べ切れてないみたいだけど、とりあえず今のところ全員男性ってこと以外は……ちょっと待ってね」
口で説明するよりは見てもらったほうが早いと思ったのか、シュラインは平積みにされた書類の中から一連の資料群を取り出して、みなもに手渡した。未成年者への配慮から、遺体の写真は抜き取ってある。
「はい、これ。関係資料よ」
「あの、帯出禁止って書いてあるんですけど、これ」
受け取った資料の表紙を見て冷や汗を流すみなもに、シュラインは気楽な口調で言った。
「あんまり気にしない方がいいわよ」
「そ、そうですよね」
むりやり納得しておいて、資料をめくる。
一人目の被害者、二七歳会社員の男性。死亡推定時刻は四日前の午後一〇時ごろ。第一発見者は仕事帰りのOLで、笛の音に惹かれて殺人現場に向かったのだという。その途中に妖しげな着物の女性とすれ違ったという証言がある。
二人目の被害者、二二歳学生の男性。死亡推定時刻は二日前の午後一一時半ごろ。第一発見者は通りすがりのカップルで、やはり笛の音に惹かれて現場に向かう。
三人目の被害者、二四歳無職の男性。死亡推定時刻は昨夜の午後八時半ごろ。第一発見者は塾帰りの中学生で、これも笛の音に惹かれて現場に。二人目と同様に、やはり妖しげな着物の女性を目撃している。
「全員二〇代の男性ですね」
「個人的なつながりはまるで浮かんでこないのよ。まあ、事件からほとんど時間も経ってないっていうのもあるんだけど」
疲れたように溜息を吐きながら、シュラインは言う。
「これで、現場を繋ぎ合わせると図形が……って展開なら分かりやすいんだけどなあ」
「手がかりになりそうなのは、この着物の女性と、発見者が聞いたっていう笛の音ですか」
「うん、それで今ネットで検索してみてるんだけど。みなもちゃん、なにか学校で笛とか骨に関係する女の噂話聞いたことないかしら」
みなもは少しだけ考えるも、すぐに首を振って否定した。
「う〜ん、そういう話はないですね」
「そう」
それを聞いてシュラインは残念そうな様子で遠視用眼鏡を外す。
「現場の方には武彦さんが行ってるし、それじゃあ私たちは聞き込みにでも……」
言いかけたところで、興信所の扉が開いた。
「ただいま」
言いながら草間と、もう一人シュラインの見知らぬ男が入ってくる。
「おかえりなさい、武彦さん。そちらの人は?」
「『鑑定屋』の幾島壮司。偶然現場で鉢合わせたんで協力を頼んだ」
「どうも」
紹介されて、壮司は短く挨拶する。
「はじめまして、事務員のシュライン・エマです。こちらは調査協力者の海原みなもちゃん」
「はじめまして、海原みなもです」
にこやかに挨拶する女性陣に、しかし壮司は無愛想に一言。
「……どうも」
と、言っただけで、また口をつぐむ。
流石にどう反応していいか困るシュラインとみなもに、草間は笑ってフォローを入れた。
「気にするな、コイツ見かけによらず人見知り激しいんだよ」
「人のことをシャイな少年みたいに紹介してんじゃねェ」
憮然として壮司が抗議を入れるが、草間は気にせず話を続けた。
「そういうことで、シュライン。コーヒーでも淹れてきてくれないか。奢るって約束しちまったんでな」
こぽこぽと音を立てて、透きとおった深い琥珀色の液体がカップに注がれる。芳醇な香りが部屋一杯に広がった。
「ずいぶんと本格的なんだな」
手動ミルで豆を挽くところから始まり、ネルの濾し布を使った蒸らし、抽出など一連の動作を眺め、壮司は感心の言葉を漏らす。
「そりゃ、コーヒーの用具だけは気を使ってるからな」
「経理を預かってる身としては、もっと他の設備に気を使ってほしいところだけど。それに道具の手入れも結構な手間なのよ。ね、武彦さん?」
微笑んで言うシュラインから草間はさり気なく目を逸らした。はたしてその額に青筋がうかんで見えたのは、草間の負い目からだけであったろうか。
ふと、視界の端にみなものコーヒーが目に入る。ミルクと角砂糖のたっぷり入れられたそれは、もはやコーヒーというよりコーヒー牛乳と言うべきだ。くさまは小さく眉をひそめる。
「みなも、そりゃちょっとあんまりじゃないか」
「え、すいません。あたし苦いのはちょっと……」。
「いいじゃない、武彦さん。楽しみ方は人それぞれでしょ」
口篭るみなもを、取り成すようにシュラインが割って入り、自分のカップにも角砂糖を一つ放り込む。
「そうだぜ、草間。妙なところで了見が狭いんだな」
そう言って壮司もコーヒーに口をつけた。口元からほうっと感嘆と賞賛の入り混じった溜息が漏れ出す。
「なかなかの味じゃないか」
「素直に美味しいって言えよ」
からかうように草間は言う。シュラインはまんざらでもない様子で微笑んだ。
「毎日淹れさせられてたら誰でも慣れるわよ。武彦さん、コーヒー好きだから」
「でも、本当においしいですよ」
みなもも頷いて、コーヒーを口に含む。
「別に特別うるさいわけでもなかったんだけど、一度なれちまうと迂闊に喫茶店でコーヒー頼めなくてな」
愚痴っぽく言ってみせる草間に、ははあと意味ありげに笑って、壮司は一言だけ口にした。
「そりゃ、ごちそうさまです」
「それで、事件の話だけど」
「ああ、そうだったな」
なぜか慌てたようにシュラインが話を戻す。他の三人もちょっとした休息に緩みかけていた気を引き締めた。
「それで、シュライン。そっちに収穫は?」
「まだなんにも。現場の位置も、時間も、被害者間の共通点も、もらった資料を見ただけじゃ全然浮かんでこないし、丁度聞き込みのほうに行こうとしてたところだったんだけど……武彦さんのほうは?」
「とりあえず、コイツのおかげで犯人が女らしいってことは分かったよ」
壮司を指差して、草間。その言葉にみなもは首をかしげる。
「それって資料にあった着物の女性ですか?」
「おそらく、な」
「それじゃあ、例の笛もその女性が吹いてたのかしら」
「笛?」
カタリとカップを置き、壮司は問い返した。
「その笛ってのはなんだ?」
「発見者は今のところ全員、笛の音に誘われて現場に向かったそうだ。言ってなかったか?」
「聞いてねぇ」
説明を入れる草間に、壮司は不機嫌そうに答える。シュラインが補足するようにその後を続けた。
「それで、もしかしたら笛で被害者を操って呼び寄せたんじゃないかって思うんだけど、どうかしら」
「ハメルンの子ども、にしちゃあ歳を食いすぎてる気もするけどな」
茶化すような草間の言葉を無視して、壮司は考える。自分の『神の左目』ではそういった痕跡は見られなかった。首を振ってシュラインの意見を否定する。
「いや、それはないな」
「どうして?」
「笛なんて広範囲に影響のある術で呼び寄せたっていうんなら、なんの痕跡も残ってないってのは不自然だ」
「そういえば、被害者は男性ばっかりだけど発見者のほうは女性もいくらか混じってますね」
みなもが納得したように頷いて言う。
「それじゃあ、笛の音っていうのはいったいなになのかしらね」
「さあな。この事件、動機に不明なところが多すぎる」
草間は疲れた様子で溜息を吐いた。
「どうしてわざわざ生きている人から骨を抜くんでしょうか」
ぽつりと、みなもが疑問の言葉を口にする。
「と、言うと?」
「だって、そんなことをしたら目立つでしょう。お墓とかを暴いたほうが効率的じゃないですか」
「みなもちゃん、日本は火葬の国だから、お墓を掘っても出てくるのは灰だけよ」
シュラインの指摘に、みなもはあっと失念していた風に声を上げる。
「ま、墓じゃなくても病院の遺体安置室とか、やりようはあるわな」
苦笑して、草間は話を他に振ってみせた。
「シュラインはわかるか、生きてる人間をわざわざ襲った理由」
「背負うリスクの違いじゃないかしら」
ゆっくりと考え込みながら、シュラインはぽつりぽつりと自分の推測を口にした。
「普通目立ってはいけない理由って言うのは、警察につかまるのを恐れるからよね。その心配が必要ないなら、わざわざ死人を捜すより生きている人を襲った方が効率的なんじゃないかしら。実際この着物の女性って、全然人の目を気にしている様子がないし」
「半分正解ってところだな。壮司ならどう見る?」
今度は黙々と議論を聞いていた方に話を振る。
「愉快犯なら死人から抜き取る意味はないだろ」
「そうだな」
満足げに頷いて草間は補足する。
「他に、殺人への禁忌性とかについては、こういう事件になってる時点でないって考えるべきだろう」
「んじゃ、名探偵。俺からも一つ質問いいか?」
手を上げて、壮司が口を開いた。
「そもそも犯人はどういった理由から骨を抜いて回ってるんだ」
「俺が知るか。必要だからだろ」
あっさりと草間は言い切る。半眼になって壮司はにらみつけた。
「おい」
「当て推量でならいくらでも口に出来るけどな。それを推理するには判断材料が少なすぎる。と言うかほぼないに等しい。容疑者なしに犯人当てしろっていうようなもんだよ」
堂々と言うことか。と、壮司は小さく悪態をつく。
シュラインが異議を唱えるように口を開いた。
「でも武彦さん。ある程度推測できるんならそれに対しての対策も取れるんじゃないかしら」
「と、いうと?」
「犯人がなんらかの理由で骨を必要としているとして、こちらで骨を用意できるんなら色々とできることもあるんじゃない?」
「……なるほど、保険にはなるか」
なにか思い立ったのか、考え込んで草間は顔を上げた。
「よし、それで行こう。俺は心当たりを当たってみる。シュラインとみなもは聞き込みだったな。壮司は、どうする?」
「俺はその女を捜してみる。気配が独特だから、見たらすぐに分かるはずだ。見つけたら電話を入れる」
「よし、頼んだ。それじゃ……」
行動を開始しようと立ち上がりかけたところを、シュラインが口を開いた。
「ちょっと待って、武彦さん」
「シュライン?」
「もう一つ、まったく分からないことがあるんだけど、聞いていいかしら」
やけに真剣な表情に、草間は姿勢を正して向かい合う。
「ああ、なんだ?」
「梶谷さんが言ってた水曜日の八時ごろ新宿って、なに?」
ぴくりと、草間のカップを持つ手が震えた。
「ちょっと調べてみたんだけど、その日武彦さん調査で出かけていたはずよね。なにかあったのかしら」
「シュラインさん。なんです、その水曜日八時って?」
「ああ、武彦さんがこの依頼を受ける時に……」
ガタンと大きな音が、みなもに説明しようとするシュラインを遮る。わざとらしく椅子の音を立て草間が立ち上がったのだ。
「よし、行くぞ。シュラインとみなもは聞き込み、壮司は人捜し。それじゃあ出発!」
カップに残った冷めかけのコーヒーを一気に飲み干してしまうと、あっけにとられる三人をその場に残して、草間はそそくさと興信所を後にした。
「なんだ、ありゃ」
唖然とした様子で、壮司が漏らす。シュラインも首を捻った。
「どうもごまかし方が不自然なのよね。よっぽど触れられたくないのかしら」
唯一答えを知る探偵はすでにその場所にいない。
3、磯部良英の証言
なに? NHKならうちは見てないよ。え、一昨日の殺人? ああ、雑誌の、記者さん。アトラス……オカルト雑誌だよね。まあ、あんな事件じゃオカルトも疑いたくなるか。宇宙人の仕業だとか書くのかな。
ああ、うん。凄かったよ。真っ暗な路地裏だったから、最初人の死体だなんて気付かなくてさ。なんか変なゴミを踏んだって感触しかなかったよ。良美が……あ、俺の彼女なんだけどね。良美が気付かなかったら多分死体だなんて気付かずに帰ったと思うし、今から考えればそっちの方がよかったと思ってる。
なんでかって? あの死体見たら記者さんも分かるよ。写真で見た? ああ、ならちょっとは分かるでしょ。マンガとかならともかく、形保ったまま平たく潰れた死体なんて見るもんじゃないよ。血の臭いもなんにもなかったから全然現実感に乏しくてさ、それでも眼球も飛び出てるし脳漿が……
いや、勘弁して。思い出したら気分悪くなってきた。とにかく、彼女も俺もゲーゲー吐いちまってさ。お互い会うとあれ思い出すからってしばらく会わないでいましょってなことにもなっちゃったし、たまんないよ、ホント。
笛? ああ、聞いたよ。なんかすげえ綺麗な笛の音。それで行ってみよってことになってあんな目見たんだから。いや、でもあの笛はホント綺麗だったなあ。良美は不気味だって言ってたけど、なんていうか透明っていうか、虚無的っていうか。特にメロディーもなくって、ただ吹いてる感じなんだけど、音楽なんか全然知らない俺でもすごい音だってことだけはわかったよ。なんだったのかな。
意識が朦朧と? したなんてことはないよ。なんでそんなこと聞くの? ああ、やっぱりオカルト雑誌だから催眠術とかそういう風に考えるのか。そういうんじゃなかったと思うけど。
ええと、これだけでいいの? 取材のお礼とか出るのかな。まだ記事に載るかわからないって? 載ったら粗品でももらえるの?
最後に、着物の女? なにそれ、事件になんか関係ある人?
月刊アトラス編集部手伝い、シュライン・エマ。
臆面もなく堂々と書き記されたそれを見て、みなもは不思議そうに言った
「こんな名刺いつ作ったんですか、シュラインさん」
「聞き込みする時に便利なのよ、雑誌関係者って。場合にもよるけれど」
軽い口調でシュラインは言って、他に「フリーライター」、「草間興信所事務員」と書かれた名刺も出してみせる。
「どれも別に嘘は書いていないわよ、麗香さんや三下くんのお手伝いをすることはよくあるし、全く本当のことを書いてるってわけでもないんだけど」
みなもは曖昧に笑って、話題を変えることにした。
「それで、次はどちらに行くんですか?」
「一つ目の事件の発見者か、三つ目の事件の発見者のところね。三つ目の方は中学生だし、一つ目の方にしておく?」
「中学生……? あッ!」
みなもは資料を見直して、声を上げた
「この人あたしのクラスメイトです」
「えっ、そうなの?」
「今日、学校は休んでたんですけど、これが原因だったのかな」
心配そうなみなもに、シュラインもどこか言いにくそうに同意した。
「そうね、流石に中学生にはつらいから、あの遺体は」
「そういえば写真って、シュラインさん、そんなものもあったんですか?」
「あったけど、見る? やめておいた方がいいと思うんだけど」
なかば本気の心配が込められたシュラインの言葉に、みなもは少したじろぐ。
「そんなにひどいんですか」
「武彦さんでも気分が悪くなったって言ってたわ」
草間武彦。本人は不本意に思っていることだが、これまで様々な怪奇事件を解決してきた、おそらく業界でも有数の豪胆な探偵である。その草間が気分を悪くしたという死体の写真。想像する。
「……やめておきます」
見ずに済むのなら見ないほうがいいだろう。みなほはシュラインの言葉に甘えることにした。
4、狩人
都市の雑踏の中を独り、壮司は慎重に歩く。
通り過ぎる人、すれ違う人、佇む人。三六〇度全方位を警戒し、透視も駆使して視界に入る人間、入らないはずの人間、全てを事細かに観察していく。
膨大な情報が脳の表層を通り過ぎていく。『神の左目』の持つ圧倒的な情報処理能力がなければ、おそらく標的を認識するより前に脳が焼ききれるていたに違いない。
様々な人の情報が見える。身長、体重、脂肪率、スリーサイズに体温、脈拍、体調、果ては背後霊、前世、来世、死相まで。人権擁護団体が今壮司のしていることを知れば、プライバシーの権利を侵害していると声高く称えることだろう。
実際、壮司は探索を開始してからおよそ一〇〇〇人以上のプライバシーを侵害していた。罪悪感がないとは言えないが、これも必要な犠牲だ。名も知らぬ数百人と、透視の結果名を知ってしまった数百人に向かって人知れず頭を下げる。
ふと、覚えのある感触が視界の端を過ぎった。
確認する。見た目は人間であるが、壮司の目で見れば明らかに人間ではない。和服の、女。前方約八五〇メートル。こちらに気付かれた様子はもちろんなく、しずしずと、人ごみにまぎれて歩いている。
「……見つけたぜ、犯人さんよ」
にやりとほくそ笑んで、壮司は懐から携帯電話を取り出した。
「もしもし、草間か……」
5、栗原健人の証言
え、海原さん? わざわざお見舞いに来てくれたの? いや、ありがと。桃は好物だけど……ええと、そっちの女の人は、お姉さん?
えっ、探偵さん? それじゃ、あの事件を……そうなんだ、海原さん、凄いところでアルバイトしてたんだね。
いや、大丈夫。一日休んだし。それで、なにを聞きたいんだ?
うん、塾から帰ってる途中に、笛の音が聞こえたんだよ。それが聞いたこと無いくらい綺麗な音でさ。どんな人が吹いてるのかって……うん、駐車場の方から聞こえてきた。
鳥の声、っていうより風の声に似てたかな。泣いてるみたいな。音楽の授業で聴いた尺八の音にも似てた気がする。あれをもっと細くしたみたいなの。
見たとき、最初はなにか気付かなかっただけど、丁度電灯の下だったから。近づいてよく見てみたんだ。うん、まさか死体とは思わなかったからさ。気付いた時には流石にビビった。人の身体ってあんな風にもなるのかって思ったら、ちょっと怖かったし、髪の毛が地面にへばりついて……
いや、本当に大丈夫だから。うん、協力したいんだ。人をあんな風に殺しちゃうなんて、許せない事だと思うし。少しでも役に立てたらと思うから。
女の人? ああ、うん。確かにすれ違ったよ。和服を着てて、かなり綺麗な人だったんだけど、見たときは驚いたよ。時代劇に出てくるみたいな頭をしててさ。顔色は死んでるみたいに白くて、片手になにか包みみたいなのを持ってたかな。
女の人なのに、煙草みたいなのを吸ってたよ。パイプ? キセル? みたいな白い棒を持って口に咥えてたんだけど……
今からよく思い出してみると、その白いのは。
……人の骨だったんじゃないかって思うんだ。
6、骨抜き
「公園ですか?」
着物の女は首をかしげて、自分をそこまで引っ張ってきた男を見返した。
「あたくしは駅前に行きとおございましたのですけど」
「ことが済んだら連れてってやるよ、どこでもな」
下卑た声で笑って男は、女の肩に手を回す。しかし女は怯えた様子もなく、どこか面倒くさそうにため息を吐いた。
「まあ、よろしいです。悪い人くらいの方があたくしの心も痛みませんから」
「なんだ?」
奇妙に思った男は、その女の身を突き放そうとして、自分の身が全く動かない事に気がついた。
「な、なにッ」
「ほんとうに、悪いお人ですわ。か弱いおなごを物陰にひっぱりこんで、なにするおつもりでしたのかしら?」
女の細い指が服をすり抜けて、ずぶりずぶりと二の腕に沈んでいく。不気味なその感触に、男はひっと喉を鳴らして女を突き飛ばそうとする。しかし、細い腕につかまれただけの筈の男の身体は、まるで万力で固定されたかのように微動だにして動かない。
「や、やめろ……」
「やめません」
くすくすと笑いながら、さらに深く、女の指が沈みこむ。冷たい感触が肉の奥に潜む硬い何かに触れた、丁度その時だった。
茂みを掻き分けて、疾風のような勢いの壮司がその場に飛び出してくる。
ビュウと風鳴りの音。
本手持ちに握られた鉤棍が、男の頬を掠めて女の頭があった場所を貫く。ごきりと、鈍い感触。男の左腕が力なく垂れ下がった。
「危ないですね」
後ろに飛びずさって一撃を躱した女の手には、つい先ほどまで男の腕の中に埋まっていた上腕骨が握られている。その事実を認識したとたんに、男の左腕に激痛が走る。
「ああッ、腕が、俺の、俺のおッ!」
「うるせえよ、あんた。命が惜けりゃとっとと逃げとけ」
「ひっ」
苛立たしげな壮司の言葉に、男は一瞬息を飲んで、自分が命の危機を逃れえたという事実を悟ると、一目散に逃げ出した。壮司と対峙している骨抜きの女はそれを追おうとはしない。
「何をするんですか、いきなり」
「そりゃこっちの台詞だ。あんた今、何しやがった」
「あたくしはただ、骨を抜いていただけです」
あっさりと言う女に、壮司は眉間の皺を深くした。
「幾島さん、そんな、突然走り出してどうしたんですか」
「まだ武彦さんとも合流してないのに……」
息を切らせた様子で二人、壮司のやってきた方から現れる。シュラインとみなもだ。手に上腕骨を持った女に気付き、息を飲み込む。
「……その人が、犯人?」
「ああ、間違いねェな。今丁度、男の骨を抜いてた」
女から目を離さずに、壮司は答える。一方の女は、飄々とした様子で壮司、シュライン、みなもの三人を見渡した。
「三人もそろって、あたくしになにか用ですか?」
「あなたがやってる骨抜き殺人を止めてもらおうと思って来たの」
「さて、それは困りましたわ」
首を振って、女は言って。骨を自らの口元に持っていった。
ふうと女が息を吹きかけると、骨の反対側からぽっかりと白い煙が浮き上がる。
「なにをしているの?」
「骨に篭った陰の気を浄化しておりまする。死んだ直後は雄骨にも篭りますから。骨は虚ろなるもの、中身をがらんどうにしないことには何も出来ませんゆえに」
やがて白い煙がなくなると、女はくるくると骨を手でもてあそんで、骨の側面に口をつける。息を吹き込むと、煙の代わりにこんどは、幽かな笛のような音があふれ出た。
これまで様々な音という音に接してきたシュラインでも聞いたことの無い、虚ろで哀しく、そして美しい音色。しばらくの間、夜の公園にその笛の音が鳴り響く。
「これも質が悪うございますね」
しかし、骨抜きの女は首を振って口を離すと、その笛をぽっきりと折ってしまう。黙ってその様子を観察していた壮司が、そこでようやく口を開いた。
「つまりなに、あなたは笛を作るためだけに人を殺してまわっていたということ?」
シュラインの言葉に、女はにっこりと笑って答えた。
「人間もすることでありましょう。羊の腸を裂いて弦を作り、牛の皮をはいで鼓を張る。あたくしのような人でないものが人の骨を抜いて笛にしたところで、なんの咎がありましょう?」
当たり前のように言う女に、三人ともとっさに反論できず、沈黙する。
ここにいる三人は、三人ともが人間の世界で育ち、人間の考えの中で生きている“人間”だ。骨抜きの女はその外にいる存在である。人間の倫理観だけで推し量ることは出来ない。
それでも、ただ見過ごすわけにもいかない。三人の中で唯一、人でないものと深い関わりを持つみなもが始めに口を開いた。
「どうして笛が必要なんですか?」
「主さまに奉納する骨笛が壊れてしまいましたのです。これが無ければ祭りを執り行えませんから」
シュラインも続いて言う。
「それにしても、全身の骨を抜く必要はないんじゃないかしら。使う部分だけなら人が死ぬこともなかったでしょう」
「そのようなことはありません。骨盤はひらこ笛、胸郭から背骨にて馬陸笛、四肢は肢骨笛、指は指笛、頭蓋では比良坂を照らす灯篭も作りますに。おおよそ人の骨という骨には、不要な部分など無いのでございます」
「何人も殺したのはどうしてだ」
壮司の言葉に、女はやはり少しも堪えた様子もなく、淡々と返事を口にした。
「面の皮、肉の付きなら一目見れば、腹の内でも一、二月もいっしょに暮らせば見えてくるものですけれど、骨の良し悪しだけは、こればっかりは実際に吹いてみないことにはなんにも分かりませんから」
「じゃあ、なにか。あんた、理想の笛を作るまで何人でも人を殺すっていうのか?」
壮司の言葉に、苛立ちが混じる。女はしれっとして、悪びれる様子も無い。
「然様にございます。よろしければ、あなたの骨も試させてはいただけませんか?」
「ふざけんなよ」
「巫山戯てなどおりません」
その場に一触即発の緊張が満ちた。
壮司は直接の戦闘方法を持たない。『神の左目』で出来るのは解析のみだし、コピーした特異能力のストックに戦闘用のものは、今のところない。
常人より優れた身体能力こそ持つものの、それでも精々が人より七割増し強い程度。人間でない目の前の女相手にどれほど通用するものかは分からない。
頼みの綱は特異能力のコピーくらいなものだが、実際の殺し合いというのはマンガなどと違い、一撃で決するのが常だ。相手の手の内が『骨抜き』以外全く分からない以上、勝てるかどうかは一種賭けのようなものだった。
「まあ、そうカッカするな、幾島」
緊張した雰囲気を破ったのは、なにやら巨大な桐の箱を背負って現れた草間だった。
「武彦さん。いつからいたの?」
驚くシュラインに、草間はおどけるような口調で言い放つ。
「ヒーローは遅れてくるもの。って奴だ」
それを聞いて壮司は、どこか冷たい目付きで草間を一瞥した。
「よく言う。タイミング計って出てきた癖してよ」
「ばれてたか」
悪戯の見つかった子どものように肩をすくめて見せる。
「それで草間さん。その箱なんですか?」
「ああ、これか」
みなもの問いかけに草間は、しかしはっきりとは答えず、箱を慎重に地面に下ろして言った。
「良質の骨が必要って言ったな、あんた」
「はい」
頷く女に、我が意を得たりと満足そうに笑って、草間は桐の箱を開けた。
「これでどうだ?」
「これは……」
入っていたのは真っ白に輝く人の全身骨格標本であった。
「どうしたんですか、そんなもの」
「レンでな、貰ってきたんだよ。なんでも『中世ヨーロッパの何処かの国で、領民を大量殺戮した変態領主が自分の殺した人間の骨からより抜きのものを選んで組み立てたもの』そうだ」
あっさりとものすごい事を言う草間に、シュラインは眉をひそめる。
一方の女は、その骨格をためつすがめつ見つめて、そのうち鎖骨を一本手にとって口に当てた。
あっさりと、音が流れ始める。先ほどと同じように虚ろで、哀しい。先ほどより深く、暗い音。一言で言い表すなら、それは虚無だ。深遠を覗き込んでいるような、恐怖と、憧れに似た感情がゆっくりと心にしみこんでいく。
それはたとえようも無く美しく、神聖な音の世界。暫し現実を忘れて、草間たち四人は聞き入った。
やがて笛の音が止まる。女は嬉しげに笑って、骨を自らの手にした風呂敷に包んで言った。
「ありがとうございます。これなら、あたくしもお社に帰れますわ」
深々と膝を折って、頭を下げる。シュラインはどこか納得のいかない様子で草間に耳打ちした。
「いいの、武彦さん?」
「なにがだ?」
「どういう事情があったにしても、彼女、三人も殺してるんでしょ」
「ここ四日で、四人でございますわ」
さらりと女が訂正する。
「そういや、一日死人が出てない日があったな。死んでないと思ったら見つかってなかっただけなのか」
ぽりぽりと頭を書きながら、草間はなだめる様に言葉を紡いだ。
「それでも、放っておくしかないだろ。事件は一応解決したんだし、あれだって人と違う価値観を持ってるだけで、悪じゃない。それでもおまえ、あれを殺せるか?」
その言葉に、シュラインは口を閉ざした。一瞬どこか遠い目で、草間は女のほうを見やる。
「あれは、文字通り住む世界が違う生き物なんだよ。お互いに係わり合いにならないほうがいい」
感情の込められない言葉。サングラスの下に隠れて、草間の表情はどうにも計り知れない。
骨抜きの女は最後まで微笑を崩さなかった。
7、エピローグ
「しかし、後味の微妙な事件だったな……」
電話を切って、草間はソファーにもたれかかる。顔なじみの刑事、梶谷に事件の顛末と、四人目の被害者についての報告をしておいたのだ。
「そうですね、結局犯人は捕まらなかったわけですし……」
複雑な表情で、みなもが呟く。そういえば、とシュラインは思い出す。彼女のクラスメイト、第三の事件の発見者の少年が「許せないことだ」と息巻いていた。みなもはみなもなりに、何か思うこともあるのかもしれない。
「……あ、そうそう。忘れるところだったわ」
そんなみなもの様子を見て、また別のことを思い出し、シュラインは立ち上がった。
ぱたぱたと自分のデスクに戻って、あらかじめ用意してあった茶封筒を取り出す。
「はい、みなもちゃん、今日の調査手伝い費ね」
「あ、ありがとうございます」
その様子を横で見ていた壮司がじろりと草間を睨みつける。あからさまに視線を逸らしながら、草間は紙巻きを咥えてに火をつけた。
「おい、草間」
「……なんだ」
「なんで俺の手伝い賃がコーヒー一杯きりで、あっちの女子中学生が現金なんだ? コラ」
「あ〜」
少し考えて、草間はぽつりと呟いた。
「太陽が黄色かったから……かな」
「ふざけんな」
「細かいこと気にすると、ハゲるぞ」
「そんなでハゲるか」
棘のある言葉に、草間は肩をすくめて見せる。
「まあ、いいじゃねェか。例の能力コピーとかっていうのも出来たんだろ」
「ああ、まあ出来た事は出来たけどな」
少し言いづらそうに口篭って、壮司は首を振った。
「肉を傷つけずに骨だけ抜き出す能力なんてなんにつかえってんだ?」
「ああ、確かに」
非常に微妙な表情で納得する。と、そこにシュラインが脇から口をはさんだ。
「あら、便利じゃないそれ」
「シュライン?」
不思議そうな表情の草間に、シュラインは笑って言った。
「お魚食べる時、小骨が問題にならないでしょ」
「あー、そりゃ便利だな。地味に」
「確かに便利ですね、地味に」
みなほまで同意して言う。壮司はしかし、溜息をついて首を振った。
「地味に便利でもなあ」
その様子がおかしかったのか、くすりとシュラインは吹き出してしまう。みなもも吊られて頬をほころばせた。
「ところで、武彦さん。私、まだもう一つどうしても気になることがあるんだけど……」
唐突に、シュラインが口を開く。草間はなにやらいやな予感を感じ取ったのか、ぎくりとしてそれを遮った。
「いいや、シュライン。謎は謎のまま残しておいた方がいいっていうこともあるんだぞ」
「探偵の言葉じゃねえな」
壮司が密かに鋭いツッコミを入れる。
「水曜日の八……」
「さあて、仕事だ仕事! 俺はちょっと聞き込みに行って来るから、後は任せた!」
さっと立ち上がって、駆け足で草間は興信所から出て行く。今度もまた、シュラインたちはそれを止める暇さえなかった。
「よっぽど触れられたくないんですね」
呆れると言うより感心した様子でみなもが呟く。壮司もそれに同意して言った。
「やましい事でもしたんじゃないか、あの様子じゃ」
シュラインはまた大きくため息をついて、頭痛を堪えるように首を振った。
本当に、なにがあったんだか。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも/女/13歳/中学生】
【3950/幾島・壮司/男/21歳/浪人生兼観定屋】
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■ ライター通信 ■
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どうも、はじめまして月影れあなともうします。このたびは発注いただき、誠に光栄のきわみ……
ひ〜、ごめんなさい〜。本当、かなりお待たせしてしまってすいませんでした〜。どうも、私には『夏休みの宿題は前日にならないと手がつかない』というような非常に困ったちゃんな技能があるようです。ごめんなさい〜。
草間さんの行動も結局謎のままでしたね。はい。いえ、別に《最初っから何も考えてませんでした》なんて事無いですよ、ほんとに。
章題については、あまり気にしないで下さい。書いてるほうが整理しやすいようにとつけたものなので、かなり適当です。ああ、もっと文才が欲しい……
さて。
幾島壮司さん、草間氏との接点は任せるとのプレイングでしたので、一応無難に「知り合いだった」ということにさせていただきました。
鉤棍(トンファのことですよね?)使いの方ということで、短いながらもちょっとだけ戦闘を入れさせてもらいましたけど、どうでしたか? 格闘技関係は全く自信がないので、かなり心配です。
それでは、また縁がありますれば。
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