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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワールズエンド〜ホーム・スウィート・ホーム

「…ふわぁー」
「でっけえ口だなー!拳ぐらいは入りそーだぜ」
 私のあくびを目ざとく見つけたリックが、ケケケっと嫌味ったらしい笑いを浮かべた。
「何よ、もうっ。あくびぐらいしたっていいじゃないの。今日は何だか良い陽気で…あふぅ」
 私はリックを軽く睨みながら、眠気に耐え切れず、また小さいあくびを漏らした。
この季節には珍しく気温が高いものだから、春の陽気のような心地よさを感じてしまう。
それに加えて、店には閑古鳥が鳴いているものだから、ついつい眠気を誘ってしまうのも仕方ないわよね。
「はぁぁ…暇ーヒマー」
 私はカウンターの後ろの、自分の特等席に腰掛けたまま、足をぶらぶらさせた。
カウンターの木の机にひじを乗せて、そのすぐ隣に置いてある、背の高い帽子掛けに目をやった。
その枝の一つにかけてあるものは帽子ではなく、針金でできた、黒い大きな鳥かごだ。
そしてその中にいるのは…。
「おい、ルーリィ!てめーの口の大きさはどうでもいーんだよ、早くここから出せよなー。
こんなことして、ただで済むと思ってんのかー!」
「思ってるわよ、だって私はあんたの飼い主だもん」
 私はじとっ、と呆れたような表情を浮かべて、黒い鳥かごを見た。
かごの中には、高い位置で設置された細い木の棒。そしてそれに掴まってぶら下がっている、これまた黒い小さなコウモリ。
いわずもがな、私の使い魔であるリックだ。
普段のリックは、こんな鳥かごなんかに収まるような奴じゃない。
使い魔だから昼も活動できるのを良いことに、始終ふらふらとあちこちを飛び回っている。
そもそもじっとしているのが何より嫌いな奴だから。
それが何故今日はこんな鳥かごに収まっているかというと、理由は簡単。いつも店番をしているもう一人の使い魔がいないからだ。
そういうわけで、今日一日はこのかごの中でおとなしくしてもらっているというわけ。
勿論、鳥かごには私の魔法を掛けて、壊せないようにしてある。
「仕方ないじゃない、あんたはすぐ飛んでっちゃうんだから。
いつもは許すけど、今日だけは駄目よ。銀埜がいないんだもん」
「くっそー、銀の馬鹿親父ー!何で仕入れになんか行っちゃったんだよう」
 こっちが出す気はないと知ると、羽で顔を覆ってめそめそと泣き出す始末。
でも分かってる、これは泣き真似だってこと。
「ガラでもない真似はしないほうがいいわよ。私には効かないんだから」
 私の言葉を聞くと、泣き真似をピタリとやめるリック。
そして、キーっと鼻にしわを寄せて私を威嚇してから、拗ねた様子で身づくろいを始めた。
…リックの性格を知っている私としては、こんなかごに収まっているのは苦痛だと思うんだけども。
でも仕方ないのよ、ごめんね。
それにこいつの落ち着きのなさを治すのにもちょうどいい…

    カラン、カラン…

 そんなことを考えているうちに、突然店のドアにつけている小さな鐘が鳴った。
顔を玄関の方にむけると、やはりお客様だったようだ。
「ヒュー、上玉じゃん。どっかのお嬢さんか、若奥様って感じかな。
どっかの落ちこぼれ魔女の気ィ抜けた顔にも飽きてきたところだし、ちょうどいいぜー」
「リック、静かにしててよっ。怪しまれるじゃない。あとお客様に向かって失礼よ!
それから私は落ちこぼれじゃありません!」
 来訪者を遠めに見たとたん、先ほどとは打って変わって騒ぎ出したリックをなだめるように私は小声で叱り付けた。
勿論私のこんな囁きではうんとも言わない奴だけど、見つかったら研究所行きだからね、の言葉にやっと大人しくなってくれた。
 私はハァ、とため息をついてから、気を取り直して玄関の方を見た。
そこには確かに、リックの言ったとおり整った顔をした美人が立っていた。
どうやらふらりと立ち寄っただけのようで、静かにドアを閉めて、入り口のあたりをきょろきょろと伺っている。
そして、棚に飾ってあるカップやソーサーを興味深そうに眺めはじめた。
 ようし、久々のお客様だし…はりきっちゃおう。
私はそう意気込んで、カウンターの椅子からゆっくり立ち上がった。
そんな私を見て、リックは自分も行きたそうにキーキーと鳴いたが、敢えて心を鬼にして…、
「…………と、思ったけど。やっぱり可哀相かしら」
 私は羽をばたつかせて鳴いているリックを見て、ふと考えた。
こんなかごに閉じ込めたまま、それでなくても退屈しているのに。
おまけに接客にも入らせなかったら、どれだけヒステリーを起こすことか。
ましてや相手はリック好みの美人…。
「…仕方ないわね。銀埜には内緒よ?」
 私は苦笑を浮かべて、帽子かけから鳥かごを下ろして右手に持った。
リックは一瞬嬉しそうに羽ばたいたが、今度は出してもらえないことに不満をもったらしく、すぐにキーキーと鳴き始める。
「駄目よ、もしかしてコウモリが苦手な人かもしれないでしょ?
それと、一応話にはいれてあげるけど…いきなり喋り始めないでよ?フォローが大変なんだから」
私は小声で言い聞かせながら、かごを持って入り口に足を進ませた。
 その来訪者は、というと、今度は別の棚に置いてある小瓶に気を取られているようだ。
私は笑顔を浮かべながら、ゆっくりと近づいて話しかけた。
「それ、香水が入ってるんですよ。綺麗な色でしょう?」
 彼女は突然話しかけられたことに些か驚いたようで、ふっと顔を上げてこちらを見た。
一つ一つの動作がゆっくりな人のようで、まばたきすらもスローモーションで流れているかのようだ。
きっとおっとりした人なんだろうな。どこかのお嬢さまかしら?
背中まである、流れる金髪が照明にあたってきらめき、大きな青い瞳で私をじっと見つめていた。
同性の私でも、思わずどきっとしてしまう。
そして、思わず背筋に電気が走るような軽い衝撃が走った。
何故だろう、ずっとこの瞳を見つめているのが怖いような。
ふいに吸い込まれてしまうような、そんな深い色をした瞳だった。
「あら…すいません。つい見惚れてしまって」
 彼女はふっ、と笑顔を浮かべて、首をかしげた。
その途端、私の衝撃も消えた。…何だったんだろう?何が怖かったんだろう。
こんなに綺麗な人なのに…。
 私は気を取り直して、笑顔で返した。
「いえいえ、ありがとうございます。これ、私の友人が調合したもので…」
 私は彼女の目の前においてあった小瓶を一つ手に取り、そのコルクを開けた。
そしてもう一方の手で風を送るように、彼女に匂いを嗅がせてみる。
「まあ…いい匂い。何の匂いかしら?」
「えへへ、調合は秘密です。これ、気持ちを落ち着かせる効能があるんです。
どっかの騒がしい奴に嗅がせてみたら、きっと大人しく…」
 瓶を取るために床に置いた鳥かごから、リックがキーキーと鳴き喚いているが、それは気にしないことにする。
「…あら?」
 その鳴き声に彼女も気がついたようで、私の足元に視線を向けた。
「まあ、珍しい…。蝙蝠ですね」
 私は瓶を棚に戻して、かごを持ち上げて胸に抱いた。
「ええ。まだまだ子供で、落ち着きがないんですよ。放浪癖もあってね」
「そうなんですか。蝙蝠でも、そういうことがあるのね…」
 彼女はほんの少し眉を潜めて言った。
…何か心配事でもあるのかしら?
「そうですね、人間の子供みたいなもんですよ。
…あ、言い忘れてました。初めまして、私はルーリィ。この店の店長やってます」
 私はリックの入った鳥かごを抱えながら笑顔で言った。
「それから、この子がリック」
「…初めまして、ルーリィさんに…リック。私は、アレシア・カーツウェルと言います」
 よろしくね、とはにかんだような笑顔で彼女は言った。
そして店の中を巡るように視線をまわし、
「…いいのかしら、私…ただ立ち寄っただけなのだけれど」
「ええ、もちろん!私、お客様とお話もしたくて、こんな店をやってるんですから。
それに…」
「それに?」
「見てのとおり、今日はとても暇だったの。だからアレシアさんに付き合ってもらえると、とても嬉しいんだけど?」
 私は肩をすくめて言った。
今日は、じゃなくていつもだろ、というリックのツッコミが聞こえてきそうだわ。
「そういうことなら、是非つき合わせて下さいな。私も嬉しいわ」
 アレシアはそういって、にっこりと微笑んでくれた。
「じゃあ、とりあえず…椅子を持ってくるわ。お話でもしましょ?」



















「…そう、ルーリィさんも大変なのね」
「そうなの。あの子ったら、口は悪いは喧しいわ、放浪癖があってふらふら飛び回るわ…」
「…飛び回る?」
 アリシアは私の言葉に、ふい、と首を傾げた。
私は慌てて手を振って、
「あ、ちがうの。その…言葉のあやってやつよ!えーと…そう、飛び回るみたいに、どこかへ行ってしまう、みたいな…」
「ああ、成る程。そういう意味だったのね」
「そうそう。紛らわしい言い方してごめんね」
 私は、あはは…と苦笑してみせた。内心胸をなでおろしながら。
私が今愚痴をこぼしているように言っているのはリックについてのこと。
でも勿論彼女は黒こうもりのリックのことだとは知らない。だって普通のコウモリだと思ってるんだから。
近所の子供が…というように話していたのに、急に飛び回るだの言ってしまうとは。
私もリックのこといえないわね。注意力が足りないわ。
 そして私は、アリシアの言葉の中に少し気になる部分を見つけた。
「ねえ…私もってことは、アリシアも、何か困ってるの?」
 私はやはり、店に来たときのアリシアの、困ったような表情が気になっていた。
しかしアリシアは笑って首を振り、
「いいえ、違うの。困っているわけじゃないんだけど…」
 そう言って、視線を床に落とす。
「……ねえ、アリシア。私、雑貨屋をするためだけに、この店を開いているんじゃないんだ」
「……え?」
 アリシアは私の言葉に顔をあげた。
「訪れるお客様の…何か悩みや相談ごとがあれば、そういうのも聞きたいと思ってるの。
聞くだけしかできないかもしれなけど…。でも、何か私が役立つことがあるかもしれないわ。
それにこの店、ちょっと不思議なものもたくさん置いてあるの。役に立てるものがあるかもしれないし…」
 ね?と私は誘うように首を傾げた。
実を言うと、これは本当のところは半分だ。
元々他の人の悩みを解決するために、この店をやっているんだし、雑貨屋はその付属品のようなもの。
それにちょっと不思議どころではないものもある。更に言うと、その大部分は私自身が作ったものだ。
でもいくら私だって、初対面の人に、私は魔女で…云々、何て言えやしない。
だから便宜上、こう言うようにしている。
それでも、たとえ真実が半分ほどしか入っていなくても、その底にある気持ちは同じものだから。
「………不思議な人」
「え?」
 私はその言葉に思わず聞き返した。
アリシアは、視線を床に向けながら、一呼吸置いて、ふっと微笑んだ。
「さっき初めて会ったばかりなのにね。あなたには…話せる気がするの」
「……!それはよかった」
 私は本心からそう言った。どんな悩みにしろ、話すだけでも気が楽になることもある。
それに…話してくれて、話す気になってくれて、何より私自身が嬉しい。
「……娘のことなの。今は、小学校に通ってるわ」
「娘さん?」
「ええ。
 …これは少し驚いた。だって、彼女にそんな大きな子供がいるとは思わなかったから。
「その、娘なのだけど」
「うんうん?」
 心なしか、私は少し身を乗り出した。
…自分の子供への悩みって、一体何だろう?私には検討もつかない。
だって私はまだ出産どころか結婚もしていないし、それどころか好きな人だって…。
ってまた思考がずれちゃった。
「……………。」
 私の思考をよそに、どこか考え込むようなアレシア。
これは…もしかして申告な悩みなのかしら?身体的、それとも精神的?
子供、というと…苛めとかかしら。最近流行ってるっていうし!
もう、近頃の子供は怖いわよね。苛めも陰険になってきて…。
「…元気すぎるのよね」
「え?」
 私はぴたりと固まった。と、同時に、脳内の思考も止まってしまった。
…今、何て言った?
「いえ…元気なのはいいのよ。でも、時々心配になるの…。
はしゃぎすぎて、いつか大怪我するんじゃないかって。
他の人に迷惑をかけなければ良いんだけども、それだけじゃないでしょう?
だから、それが…。……ルーリィ、どうしたの?」
 不思議そうに、私に言葉を向けるアリシア。
私はというと、予想外の展開の少し頭がついていけず、暫く固まったままだった。
そしてアリシアの言葉にハッと我に返り、慌てて首を振る。
「う、ううん!?何でもないの。そ、そう…なるほどね。とっっっても元気なんだ」
「…そうね、とても元気。本来なら喜ばしいことなのでしょうけども…」
 うんうん、と頷いて相槌を打ちながら、私は心の中で、よかった、と思っていた。
平和な悩みで…というよりも、そのアリシアの娘さんが、健康で精神的な傷もなくて。
…無くはない、と思うけども、今元気で過ごしているなら、よかった。
 でも母親である彼女にとっては、それだけでは済ませないのだろう。
いつか大怪我でもしたら?取り返しのつかないことになったら?…手元から消えてしまったら?
そんな葛藤をいつも繰り返していることだろう。
「………そうね…」
 私は、あごに手を当てて考え始めた。
少し…良いことを思いついたから。そう、私にしては珍しく良いことを。
「ねえ、アリシア」
「……?」
 不思議そうに首を傾げるアリシアを置いて、私はすっと席を立った。
そしてつかつかと、先ほど彼女が来店したとき、目に留めていた小さな小瓶を手に取る。
「一つ、2択クイズでもしてみない?」
「…クイズ?」
「そう。この小瓶と」
 私はそう言って、瓶をアリシアの手に握らせた。
そして自分はカウンターのほうにいき、その机の下をごそごそとまさぐった。
私は目当てのものを取り出すと、それをアリシアのもう片方の手に置く。
「この小箱。」
 『それ』は、小瓶と同じぐらいの大きさの紙の箱だった。
それはタバコの箱のような縦長で、上下に蓋がついていて、簡単に開くようになってきた。
「それのどちらか、あなたにあげるわ。多分、役に立つものだと思うの」
「……どちらか?」
 アリシアは、訳が分からない、といった風に、己の両手を交互に見つめていた。
私は微笑を浮かべながら、自分のイスにこしかけて、まず小瓶を指差した。
「それは、さっきも説明したわよね。特殊な調合をした香水で、身に着けていると、自然と落ち着いた気持ちになるの。
元気『すぎる』子にはちょうどいいと思うわ」
「………そう。…ならば、こちらは?」
 もう片方の手を掲げる。
「中を見れば分かると思うけども…ああ、まだ開けちゃ駄目よ。あとのお楽しみ。
それはね、ある種のお守り…みたいなものかな。元気『すぎる』子を守ってくれると思う」
「…………」
 アリシアは、私の言葉を聞きながら、じっと両手を見つめていた。
「よく、考えてみてね。本当に必要なものを、片方だけあげる。あなたが選ぶほうのものを、よ」
 

 …それから、どれだけの時間がたっただろうか。
時間にしてみると、たった数分だけだと思うけれど、私にとってみるととても長かったように思う。
アリシアはジッと考えるように、瓶と紙箱を眺めていた。
そして、おもむろに顔を上げて、私を見つめた。
「………ルーリィ」
「なに?」
 私は微笑を浮かべながらアリシアを見た。
そして彼女は、自分の片手を上げて、その手に持っていたものを私の手へゆっくりと戻した。
「…お気持ちは大変嬉しいけども」
 そこで一呼吸置いて、彼女は微笑んだ。
「私は、こちらを選ぶわ」
 そう言った彼女の手には、小さな小さな…紙の箱が乗っていた。
「どうもありがとう。あの子も、喜ぶと思う。そして…私も」



















     カラン、カラン…。

 ドアの鐘が鳴り、まもなく、ギギィっとドアが閉まる音が聞こえた。
「なあ、ルーリィ」
 待ちかねていたように、リックがかごの中から私に話しかける。
「あのヒトに何渡したんだよ?何であのヒトは香水のほうを選ばなかったんだ?
あれなら、元気すぎるっつーやつも大人しくなるし、心配しなくなるし、万々歳じゃねーか」
 憮然とした声で言うリックに、私はケラケラと笑って返した。
「あんたにはまだ早かったみたいね。
彼女は、元気な娘が好きなのよ。それを押さえつけちゃ本末転倒じゃないの。
子供がありのままの姿で、生き生きとしていることが良いんだと思うな。
でもやっぱり、親としては子供の無事を祈るものでしょう?
だから、彼女は『お守り』を選んだのよ」
「ふーん…。俺にはよくわかんねっ」
 ふい、と顔をそむけて、また毛づくろいを始めるリック。
私はその様子をクスクスと笑いながら見つめていた。
そして、ふと思い出したようにリックが顔を上げた。
「んで、あの中身は何だったんだよ?」
「中身?」
「あの箱のほうだよ。結局中、見せてくれなかったじゃねーか」
「ああ…」
 私は、あの中身を思い出しながら、くすっと笑った。



「…絆創膏よ。私の真心たっぷりのね!」










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3885 / アレシア・カーツウェル / 女性 / 35歳 / 夫の仕事の関係で日本に住んでいる専業主婦】

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■         ライター通信          ■
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アレシアさん、初めまして。このたびは発注のほう有り難うございました。
ライターの瀬戸太一です。

今回は娘さんへの愛情の一コマ、ということで、このようなストーリーにしてみました。
お気に召して頂けたでしょうか。
アリシアさんの独特な口調、上手く表現できていたら幸いです。

では、ご意見ご感想等、おありでしたらどうぞ送ってやって下さい^^
またどこかでお会いできることを祈って…。