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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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月夜の蓬莱
「…また掴まされたっ」
荒らげな怒号が静かな店内に響いた。
ようやく見つけたと思った品物は…偽物だったのだ。
―――かれこれ一週間程前に遡るが、めったに来ないこの店に一人の客が尋ねてきた。
『蓬莱の玉を探している』
蓬莱の玉…竹取物語に登場する物語上の宝物。
車持皇子がかぐや姫に提示された、蓬莱山にあるといわれる白い玉のような実をつけた木の枝である。
その実を一口食せば不老不死を得る、と言われた代物である。
「生憎、うちにはそんな物はないねぇ」
考える間もなく、蓮はそう口にした。
「第一そんな代物、この世に出回ってるものでもかなりの数があるよ」
用途はなんにせよ、その名前で呼ばれる物にはいくつか心当たりがある。
半分趣味のようなこの店に、わざわざ苦労して品物を手に入れるよう依頼に訪れる人間が居るとは冗談みたいなものだ。ここにたどり着くことさえ、叶わない人間も多いというのに。
それを躍起になって探している自分も自分だが、手に入れられないというのは癪である。
一週間程たったらまた来い、などと安請け合いしたものの、色々なツテを辿っているが、未だ目的のものにたどり着くまでには至っていなかった。
「こうなったらもう手段を選んでられないかね…」
欠けた月を窓から覗く。
月は冷笑を湛えるかの如く、薄暗い夜空を青く照らし出していた。
***
どこまでも続く夜道の中、少年は一人宛てもなく歩き続けていた。
今宵も、月は青く、気味の悪いほどにはっきりとその姿をさらけ出していた。
変わらぬ満月が…一週間ほど続いている。
昼になっても月が消えることはなく、明るい中でもうっすらと佇んでいた。
「気持ちの悪い月だ…」
空を見上げポツリと呟く。
今まで見た月よりも大きく、青く、そして何よりも美しい。
ずっと見ていると、まるで吸い寄せられるような、そんな錯覚にさえ陥る。
「ん…?」
人の怒鳴るような声が聞こえた気がして、少年―――冷泉院・蓮生は足を止めた。
特に宛ても無く歩いていたが、ふと振り返ってみると見たことも無い景色が広がっていた。
「…どこなんだここは」
と、今度は何かが崩れるような音が響き、その音に蓮生は思わず身を竦めてしまう。
(なんだ…さっきから怒鳴ったりガタガタと…)
蓮生が見つめるその先に、古ぼけた看板があった。
「ったく…もう汚いったらありゃしないよこの店はっ!」
誰にとも無く当り散らし、ふと我に返るとここは自分の店だと気づき、再び苛立ちがここみ上げて来る。散らかり放題の店内を見回し、深くため息をついた。
「誰かいるか?」
からん、とドアベルを鳴らし、一人の少年が顔を覗かせた。
不意な来客に、蓮は、
「ああ、お客さんかい…今ちょっと手が離せないから、勝手に見て回っておくれよ」
などとそっけなく返す。
「どうしたんだ? さっきからガタガタと…外まで怒鳴り声が聞こえたり」
少年…蓮生はそんな蓮の態度に対し尋ねてみた。
「探し物の最中なんだ。悪いけど後にしてもらえるかい?
こう見えても色々と忙しいんだ…色々と時間が無いからね、さっさと見つけ出さないと先方にも頭が上がらない、そうなるもの癪だしねぇ」
忙しい、という割にはよく喋る、などと蓮生は思い浮かべたが、言葉にすることはしなかった。
たしかにこの室内の荒れ様を見れば、何らかの事情があるということはなんとなく察しがつく。
一人黙々と作業続ける蓮を横目に、ぽつんと取り残される蓮生。
それはあまり気分のいいことでは無かった。
「何を探してるんだ。俺でよければ手伝うが…そういえば名乗るのを忘れてた。俺は蓮生と言う」
「はぁ、仕方ないね…」
ここまで食い下がられると、さすがに邪険にするわけにも行かない。
観念したとばかりに、蓮は重い腰を上げて蓮生に向き直った。
「あたしは蓮。この有様で申し訳ないんだけど…ここは所謂アンティークなど扱う店さ。
いろいろと問題のある品も多いんだけど…先日あるものを探してほしいという客が来てね」
と、事のあらましを簡潔に蓮生に話して聞かせる。
当の蓮生は判っているのかいないのか、蓮のその話に聞き入っていた。
「なるほど。それでその蓬莱の玉とかなんとかを探してるという訳か」
荒れ放題の店内を見回し、蓮生はポツリと呟いた。
「…ここは、店だったのか」
手伝う、とは言ったものの具体的に蓮生がどうこう出来るはずもなく、店内の片付けを手伝うことになった。
ふと蓮の方へと目をやると、考え込んだ様子で椅子に座り、コンコンと指でテーブルを弾いていた。
「ところで蓬莱の玉というのはどういうものなんだ」
片付けを進める手を止め、蓮生は問う。
遊ばせていた手を止めて、ゆっくりと立ち上がり蓮生のほうへと向き直った。
「蓬莱の玉ってのは、竹取物語にでてくるかぐや姫が、男達に求婚の際にもってこいと言った宝の一つだよ」
「ふむ…それで、竹取物語というのはなんだ?」
手に持っていた箱を足元に置くと、その上に腰掛ける。
真剣に聞いているのか、こんな有名なお伽噺を知らないなんて。
あきれ返った蓮をよそ目に、蓮生の目はどこか輝いていた。まるで全てのものに興味を示す、少年の瞳そのままに。
「つまり…昔話さ」
掻い摘んで、竹取物語の概要について話をする蓮。
「と、言うわけ」
商品の箱に腰掛けている蓮生を片手で仰ぎながら、仕草で退けと促す。
眉間にしわを寄せながら渋々と立ち上がりながらも、先ほどの話への興味の方が僅かに上回っていた。
「なるほど。それでその蓬莱の玉を手に入れて…どうするつもりなんだ」
「さぁね、それはあたしの知るところではないよ。
元来、蓬莱の玉というのは不死を与えるものだったらしい」
「不死を…与える?」
「そう、かぐや姫が最後に残した不死の薬…それこそが蓬莱であり、処分する際に火山へ放り込んだ、その山が富士山だと言われてる」
「ならば、富士山にあるのか?」
真面目な顔をしてそう言い放つ蓮生に、頭を抱えて蓮はこう告げた。
「あんたねぇ…いつの時代の話だと思ってるんだい。そもそも、そんなものを手に入れられるわけが無いんだ」
煙管に口をつけ、煙を頭上へと吹きかける。ふわりと浮かんだ煙はまるで生き物のように、宙をさまよい、やがて色を失った。
「お伽噺の中の物…作り話に出てきた宝物を、どうやって手に入れろっていうんだい」
「…ならどうしてお前はこんなやっかいな事を引き受けたんだ」
「あたしも初めは悪戯か何かと疑ったんだけどさ…ここはそう簡単に来れる場所じゃないんだよ」
「一週間前…中年くらいの女性が訪れて、蓬莱の玉を探してほしいと、そういって来たんだ」
「…目的は?」
「帰りたいと、ただそれだけさ…そんな事があってからだね、あの消えない月が出始めたのは」
「…なにか、関係があると?」
「ない、とも言い切れないってところ」
再び煙管を口へと運ぶ蓮。
月明かりに照らされた蓮の唇が艶やかに輝き、吸い込んだ煙を月へと向けて吹きかけた。
「月は人を狂わせる、とはよく言ったものだよ」
「悪いけど、何か判ったら知らせてくれないかい?」
「ああ、それは構わない」
「頼りにしてるよ、坊や」
坊や、と呼ばれた事にあまりいい気はしなかったが、頼りにされるというのは悪い気はしない。
そんな複雑な気持ちを抱きながら、蓮生も消えない月を眺めていた。
何か判ったら知らせる、と安請け合いしたものの、これと言って手がかりはなかった。
また今夜も、消えることの無い月が頭上には輝いている。
「…こう連日連夜あの月があると、なんだか落ち着かない気分だ」
蓮の方では進展があったのだろうか、それを尋ねるために蓮生は月の下、アンティークショップへと足を運んでいた。
だが、歩けど歩けど見当たらない。
おかしい、と思いながら足を速めるが、前に見た看板などどこにも見当たらなかった。
「そういえば…簡単に来られるようなところじゃない、とかいってたな…」
まったく面倒な店だ、などと減らず口を叩きながらも、店を見つけようとあたりを奔走した。
ふと、暗がりに誰かの姿が見えたような気がして、足を止める。
その先には見覚えのある看板、アンティークショップ・レンと書かれた看板が目に付いた。
ぼんやりとした風景が、やがてはっきりとその姿を捉える位置まで足を運ぶと、店の前に誰かが立っている。
此方に背を向けて、扉を見つめじっとしている様子は、まるで置物かと見間違えるかのように、静かに佇んでいた。
後姿で顔はわからないが、腰まで伸びた髪、そしてこの時代にそぐわない質素な和服…その姿から察するに女性と考えるのが正しいだろう。
「おい、何をしてるんだ。入らないのか?」
疑いながらも蓮生が声をかけると、その人は扉に目を向けたまま、背中越しに、
「蓬莱の玉は見つかりましたか?」
などと聞いてきた。
突然のそのセリフに戸惑いながらも、蓮生はすぐさま疑問を言葉に表した。
「なぜ、お前がそのことを知っている? …あいつの知り合いか何かか?」
するとその女性と思しき人物は、
「私が頼んだものですから」
と、またも向きも変えずに言葉を返す。
「お前が? あんなもの、見つかるはず無いじゃないか。一体どうするつもりなんだ」
「いいえ、すぐそこに在りますよ…いつでも見える場所に、いつでも、いつまでも」
そういうと女性は蓮生の方へと向き直る。
少しばかり歳を召した女性…蓮の言っていた中年ほどの女性にぴったりと当てはまっている。
「すぐそこにあるのならば自分で手に入れればいい。それをわざわざ遠まわしに…」
女性は蓮生の言葉に少し含み笑いを浮かべ、袖から伸びた指で蓮生の方へと指を差す。
「大きな玉が…空にあるでしょう。未来永劫輝き続ける永遠の不死の玉が」
女性が指差したのは蓮生ではなく…その背中を照らす青く輝いた月だった。
「手を伸ばしても届かない場所。数多のものどもがあの輝きを手に入れんがためその命を奪われてきた」
「誰もが願う富と栄光と永久の象徴…人の夢とは儚いものだといふのに」
「そんなものを手に入れたいと願う、お前も一緒じゃないのか。
手に入れられるわけが無いだろう。どう手を伸ばしても、届くものじゃない」
そういうと女性は指を戻し、寂しげな表情で蓮生の目を見る。
「できることなら、手に入れたい。そう願ってこれまで生きてきたのだから」
まるでこの世の全てを見てきたかのような口ぶりに、蓮生は気後れせずに居られなかった。
それと相まって、これまで生きてきたという言葉にふと気づかされた。
「これまで生きてきた、というのはどういう意味だ」
「そのままの意味です。永久とも呼べる時を過ごし、玉を手に入れんことを願い…私はそのために、蓬莱を飲み込みました」
「蓬莱を…不死の薬を…?」
「かぐやを取り戻すためならば、私は永久に生き続けるつもりです」
「かぐやを想い月を我が手に納めようと命を失った人たちのためにも、囚われたかぐやをとりもどすのです…」
彼女はそう言うと、顔を上げ、天を仰ぐ。
うっすらと照らし出されたその顔には滴り落ちる涙の跡が、月の光をうけ淡く色めいた。
蓮生には全てを理解することは出来なかったが、察しはついた。
つまり彼女は、かぐや姫を失ったその場所に居た人物…そう考えるのが妥当だ。
そのために不死の薬をも使い、永遠とも呼べる時代を生きてきた。
「俺は、よくは判らないが…」
「かぐやは望んで月へと帰ったんじゃないのか」
「お前の言うように、何者かが自分を連れ出してくれることを望んで、最後に不死の薬を与えたのかもしれない」
「でも、それを燃やしたのは、他ならぬ受け取った本人達じゃないか。だれもかぐやを連れ出そうなどとは思わなかった」
「それに囚われ続けているのはお前の方じゃないのか」
顔色一つ変えず、蓮生は言う。
「…そうかもしれません」
「私は、ただあの幸せだった日々を夢見て、永遠なる時を望んでいたのかもしれません…いいえ、そんなことは判っていたのです」
「永遠を生きる苦しみを知り…時を得ても、過去を得ることは出来ないと判っていながらも…」
その言葉の後、表情は一転し、優しい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。あなたのおかげで私もあるべき場所へ変えることが出来そうです」
「それは結構なことだが…不死の身体なんだろう?」
すると彼女はくすっと笑うと、
「不死といえど傷つけば身体は失います。臓を止めれば命は失われますことよ」
「さ、月が戻ります…」
そういうと、彼女は蓮生の背にある月を指差した。
つられてその指が差すほうへと目を向けるが、既にそこに満月ではなく、欠けた月があった。
「…一念とはその瞬間を意味し、同じくして永遠を意味する物なのです」
気がつくとあたりは先ほどと違い暗く、光源となる月の光も、今は弱々しいものになっていた。
踵を返し彼女の方へ向き直るも、既に彼女の姿はそこになく、淡い月明かりに照らされた蓮生の影が地に映し出されるだけであった。
「夢か…幻か」
再度空を見上げ、月をみつめる。
先程まで見えた月の光は、やはりどこにも無い。
ただ、しっかりと耳に残っている…彼女の声と最後の言葉。
「永遠か…よく判らないが、俺があいつと出会った瞬間も、永遠となりうる物だってことか」
かくして空をさまよい続ける迷う月は姿を消し、彼女は去った。
まずはそのことを…あのよく喋る店主に知らせなければ。
そう思い、蓮生はアンティークショップ・レンのドアベルを鳴した。
扉を押す手は軽く、少しばかりかその表情に笑みがこぼれた。
年頃の少年のように、瞳を輝かせながら。
「…蓬莱の玉、みつけた」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
【3626 / 冷泉院・蓮生 / 男 / 13歳 / 少年】
■ ライター通信
初めまして、水月紅葉です。
偶然レンの元へ訪れてしまった、ということで偶然をテーマに描かせていただきました。
今回は思った以上に時間がかかってしまって…いやはや申し訳ない次第です。
今回の補足説明を少々書かせていただきます。
車持皇子が作らせた蓬莱の玉は真珠で作られており、真珠は長寿を表す意味を持っており、服用されていたそうです。(今でも真珠を飲む健康法なんか見かけます
ゲーム性としては…どうだったのかはお任せいたします。
まだまだ未熟ではありますが、それでも楽しんでいただけたらと思います。
それではまたご縁があることを願って。
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