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<東京怪談ノベル(シングル)>


●微睡む天使の時間
「ここにくるのも久しぶりね」
 玄関の鍵を開けながら白里焔寿が呟くと、肯定するように足下で愛猫のチャームが鳴く。
 その後ろには居候である青年の姿。
 今回焔寿はドイツにある別荘でひと月、暮らす事になっていた。
 同行者はチャームと友達の猫数匹。それから居候の青年だ。
 中に入ると良い香りが漂ってきて、焔寿は目を細めながらうっとりとその匂いをかぐ。
 別荘とはいえ、放置しておくと家がダメになってしまうため、普段は管理してくれる現地の人がいた。
 今は焔寿がくるため、別宅へとうつっているが。
 綺麗に掃除され、花が飾られている。
 香りの主は、その飾られた花からのようだった。
「お茶の用意、していってくださったのね」
 ダイニングに入ると、まだ温かい湯気を出しているお湯とティーポット、それから二人分のカップに、猫用の餌が置かれていた。
 焔寿は嬉しそうに微笑むと、ティーポットにお湯を注いだ。

「ん〜、気持ちいいですわね」
 翌朝、庭にでて伸びをする焔寿の横で、チャーム達は眠たそうに欠伸をしている。
 本来夜行性である猫たちは、遅くまで近所の猫たちと色々語り合っていたようで、今から眠るのよ、と言いたげにしっぽだけで挨拶をかわす。
 それに焔寿はくすっと笑うと、まだ降りてこない青年の部屋の窓を見てから、庭先の森へと足を踏み入れた。

 森林浴。その言葉がしっくりきそうな森の中。
 久しぶりとはいえ身体は森の事を忘れていないようで、どこまで入っても安心、という感じがしていた。
 ふと見上げると昔と一つも変わらぬ様子で古城が建っていた。
 両親が亡くなる前、一度ここを訪れて、あそこに行ってみたいと言うと、両親が困ったような顔をしていたのを思い出した。
「?」
 古城から目を離し振り返ると、そこには焔寿と同じように古城を見つめて立っている一人の少女がいた。
 陽光に輝く緩やかな金髪、空の蒼さを思わせる澄んだ大きな瞳。
 どこにでもいる普通の女の子のようで、しかし何処か不思議な雰囲気をもった少女。
 ついじっと見ていると、少女も焔寿に気がついたようで、にっこりと微笑んだ。
「初めまして」
 見惚れてしまうような笑顔で少女はそういった。
「あ、…初めまして」
 見とれていた為、一瞬返事が遅くなり、焔寿は思わずどもってしまう。
 少女はくすりと笑って、手近な岩の上に腰をおろした。
「珍しいわね、こんな所まで入ってくる人がいるなんて」
「私、この近くの別荘に遊びに来たんです」
「あ、あそこね。いつもは老夫婦が住んでるでしょう? いい人達よね」
 少女の笑顔についつられて、焔寿も笑顔になりながら頷いた。
 焔寿と少女は、そこでかなりの時間、話をしていた。
 そう、昼食だよ、と青年が呼びにくるまで。
 一緒に食べませんか? と誘ってみたが、少女は静かに笑みながら首を左右に振っただけだった。

 それからというもの、少女と会い、話をするのが焔寿の日課になっていた。
 学園に入る前、焔寿はいつも猫達と一緒だった。
 裏を返せば『猫達だけ』と一緒だった。
 しかしある日、焔寿は屋敷を出た。色々な人と関わり、自分の中の内なる力を使い、霊事件、と呼ばれるものも解決できるようになってきた。
 そして学園に入園。友達も出来た。
 しかしこの少女ほど長い時間、そして色々な話をした相手はいなかったように思える。
 不思議と他人に思えない感じ。同魂。魂が似ているかもしれない。
「よく毎日話す事があるね」
 と青年に呆れられたほどだ。
 同じ話を何度もしたかもしれない。沢山話しすぎて、何を話したのか思い出せないくらい。
 そんなある日。
 街へと買い物へ出かけた焔寿は、商店街のいっかくで絵をみかけた。
 それは幻想的で、金色の髪の少女が、ユニコーンに触れようとしている、そんな絵だった。
「この少女は?」
 とその絵をおいている家の住人に訊ねてみると、
「この少女はかつて古城に住んでいた、という少女で、今では精霊として故郷の地を守っていると伝えられているんだよ。この絵を描いたのは私の父親で、実際にこの光景をみたらしい」
 と教えてくれた。
「精霊の少女……」
 その描かれた少女の顔は、毎日焔寿が話をしている少女と同じだった。
「……」
 彼女の纏う雰囲気から、そういう事もあるんじゃないか、という気になった。
 焔寿はそのことを少女に告げる事はしなかった。
 少女がどこの誰でも、今は焔寿の友達なのだから。

 そして日は流れ、焔寿が帰国する日になった。
「今日でお別れですね……」
 寂しそうに告げる焔寿に、少女も寂しそうに瞳を細めた。
「焔寿、これあげるね」
 言って少女が差し出したのは綺麗なペンダント。
 それはずっと少女の首から下げられていたもので。
「貰ってしまっていいんですか?」
「うん。……これからもずっと、焔寿と一緒にいる、っていう約束の証。なにかあったら呼んでね。助けに行くから」
「ありがとう」
 最後にぎゅっと抱き合い、焔寿は別荘を後にした。
「焔寿、またね!」
 少女はいつまでも大きく手を振っていた。
 そしていつしか、少女の姿は森の中へとけるように消えていった。

 帰国して、ペンダントを見ては思い出す。
 少女の姿。声。笑顔。
「また逢えるよ」
 青年がぽん、と焔寿の頭の上に手を置いていった。
 それに焔寿は「うん」と頷いて笑った。

「焔寿、またね!」
 少女の声がペンダントから聞こえてくるようだった。