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<東京怪談ノベル(シングル)>


ロゼのような関係


「……〜♪」
 軽くメロディを口ずさみながら、透明なグラスに注がれた赤を口に含む。ワイン独特の香りと酸味が口の中に広がった。
 目の前には心から愛するダンナさま。揺れる光はただ蝋燭だけ、ゆらりゆらりと影が躍る。二人の目の前にはワイングラスとボトル、少しの料理。
 量はさほど飲んでいないけど、少し体が火照ってきた感じがする。甘い空間、雰囲気に酔う、とはまさにこのことかしら、なんてことを思ったりもする。二人の、素敵な夜。娘たちも、今は眠って夢の中。
「ご機嫌だね」
「えぇ、とっても」
 ダンナさまの言葉に、軽くだけど心からの言葉を返して、またグラスに口をつける。私たちは、二人っきりでお酒を飲んでいた。
 言葉少なにお酒を飲んで、ただその雰囲気を楽しむ。量はいらない、多量のアルコールは雰囲気をぶち壊すから。この緩やかな楽しい時間が、私もダンナさまも気に入ってる。
「ワイン、女性、そして歌を少しも愛さぬ者は、生涯の愚者であろう、ってね」
「誰の格言?でもまぁ、確かにね」
 また軽くダンナさまとグラスをあわせ、少しワインを含む。『ルターの言った格言だよ』とダンナさまは教えてくれた。『聖職者のお偉いさんが言う言葉じゃないわね』なんて返しながら、でもその言葉だけには納得できた。

 ゆっくりとグラスの中で、ワインを回す。何時かの日も、こうしてたっけ。ちょっとぎこちない手つきで。
「しかし、お酒を二人で飲んでると昔のことを思い出すわね」
「ははっ、そうだね。沢山楽しい時間を過ごしてきたしね」
 なんてことを言いながら、二人で昔話に華を咲かせる。雰囲気に酔いながら、昔話にまた二人で酔いしれるのも悪くないわね、なんて思いながら。



◇二人のお酒

 そもそも私はお酒は飲まなかった。戦場では嗜好品だし、あったところで摂取すると色々と弊害が出るから。特に子供にとっては毒以外のなんでもない、アルコールなんて。
 初めて飲んだのは5歳の頃かな?ちょっとばかり、軍のやつをちょろまかしていただいたのが確かそうだったと思う。
『それじゃ、ちょっといただきま〜す……うぇ…』
 期待を精一杯込めて含んだそれは…あんまり美味しくなかった。苦くて臭くて、なんでこんなものを大人は嬉しそうに飲んでるのかちょっと理解に苦しむくらいだった。今だったら分かるけど、あれはどう考えても三流品。子供が安物を飲んだら、そりゃ美味しく感じないわけで。
『こんなのいらない…』
 私のお酒に対する第一印象は最悪に近かった。ちなみに、そのお酒は無駄にアルコール分だけは高かったから後で火炎瓶に姿を変えた。…つくづく戦ってるね、私って。
 『葷酒山門に入るを許さず』とかそんなことは知らなかったけど、それ以来私はお酒を飲まなかった。



 そんな私がお酒をまた飲んだのは、今度は9歳の頃。丁度出産が終わって、大きなお腹が戻って、子供を抱っこして寝かせているときにお誘いされた。出産のお祝いをしようって。勿論愛するダンナさまからのお誘いだから、蹴るなんてことは絶対に有得ない。
『でも美味しくなかったらいやだなぁ…』
 なんて心の中で思っていたことは秘密だけどね。

「それじゃ、無事出産を終えて君とその子が無事だったことに、そして家族のこれからに乾杯」
 ちょっとクサい台詞を吐きながら、ダンナさまがグラスを軽く上げた。グラスに注がれているのは、やたらと難しい名前の赤ワイン。
「えっと、乾杯」
私もそれにならってグラスを上げ、軽くグラスを合わせた。『チン』と小気味いい音が妙に大きく聞こえた。
 私たちは、レストランにいた。といっても、他には誰もいない。ダンナさまがレストランを丸々一つ貸切にしてくれたせいだ。こういうところ、ホントダンナさまはスケールが違うなって思う。
 まずは、さっき注がれたばっかりのワインに口をつけた。子供だったから、当然礼儀なんて知らないし、目で味わい鼻で味わう、なんてことも知らないわけで、そのままごくごくとジュースを飲むように飲んじゃった。
「わぁ…美味しい…おかわり!」
 前飲んだやつとは違って、甘みも香りも段違い。すぐにそれを飲み干してしまった私は、すぐさま次を欲しがった。それはダンナさまに止められたけど。
「お酒は味わうものだよ、そんなに急いだらすぐに酔ってしまうしね」
「…それもそうかぁ」
 ダンナさまに言われるままに手を止めて、目の間にあるサラミを口に運ぶ。ちょっと辛目の味付けがワインによくあっていた。
「…ねぇ、ところで…」
「ん?」
「飲んでるときとかは、その子を抱いていなくてもいいんじゃないかい?」
 ダンナさまが、少し困った顔で聞いてきた。まぁ確かにその通りなんだけど、当時の私にはそんな考えはなかった。
「嫌よ、取られちゃったりしたら嫌じゃない?」
 …誰が取るっていうんだろう。まぁそれくらい娘のことが大切だった、ということで。幸い、娘は大人しく寝たまま目を覚まさなかったことだし。

 次のグラスが出てきた。グラスに注がれていたのは泡が沢山浮いた黄金色のお酒、要するにビールだった。この日はいろんなお酒を少量ずつ飲んで盛り上がろう、というのがダンナさまの考えだったらしい。
 でもやっぱり、どんなに世間知らずで常識なんてない女の子にも、ビールはちょっと早すぎたらしい。何も知らずに飲もうとした私は、グラスを傾けた瞬間結構なダメージを食らった。
「…ダンナさま、これ苦い…」
 半分も飲まないうちにギブアップ、これにはダンナさまも結構受けたらしく、ごめんごめんと言いながらもかなり笑ってた。普通子供にビールなんて飲ませるもんじゃないわよね、失礼しちゃう。…いや、普通はワインも駄目かな。
 それと、口の周りに泡の髭を生やした私の顔も相当面白かったらしく、懐から出したカメラでいきなり写真を撮られてしまった。今でもこれをネタにして笑うことがよくあったり。いい加減恥ずかしいからあの写真は出してこないで欲しいなぁ…。

 そして、次は果実酒が出てきた。この日飲んだもので、一番印象に残っているのが果実酒。色々な種類があったけど、やっぱり甘くて飲みやすいものは女の子にとって大好物。自然とグラスを傾けるスピードが上がった。量はそれほど飲んでいないけど、果実酒は美味しかったからゆっくり、とはちょっといかなかった。そんな私の顔を、ダンナさまは嬉しそうに見ていた。
「ダンナさま、どうかした?」
 ようやくそこで、私恥ずかしいことしてるのかな、とかいう考えが働いて自然と飲むペースが落ちた。すると、ダンナさまは私の目を見ながら言った。
「いや、君にはやっぱり笑顔がよく似合ってるなぁってね」
 そういうことを言われると、凄く照れくさい。でも、それが凄く嬉しくて、顔を赤らめながらも笑ってしまう。ホント、幸せを噛み締めてしまう。
 それから少し、二人とも照れてしまって無言の時間が続いた。果実酒の甘い匂いが、甘い時間を演出してくれた。
「…ねぇ、ダンナさま?」
「なんだい?」
 お互いの紅くなった顔をあわせながら、私は一つ提案をした。
「えっと、隣にいってもいい?」
 やっぱり好きな人とはずっと傍にいたかった。こうやって対面しながらもいいけど、もっと近くのほうがよかった。
「あぁいいよ、おいで」
 ダンナさまも、それに笑顔で答えてくれた。嬉々としてその隣へと座る私、勿論娘は起こさないように静かに動きながら。
「それじゃ、あらためて乾杯」
「乾杯♪」
 そこでもう一度乾杯しなおして、二人でゆっくりとお酒を味わった。甘い空気が、身も心も酔わせてくれた。雰囲気に酔うって言葉を初めて知った瞬間だった。
「そうそう、プレゼントがあったんだ」
 思い出したようにそう言って、ダンナさまは私の首に手を回してきた。お酒のせいで体が火照っているからか、それが嬉しくもあり少し恥ずかしくもあり。
「出産のお祝いだよ」
 少しそのままの格好でごそごそした後、ダンナさまは私の頬にキスをして離れた。手が離れた首には一つのネックレス。シルバーが蝋燭の火で輝いて綺麗だった。
「わぁ…」
 初めてつけたネックレスは、私にとってかけがえのない宝物になった。

 甘い果実酒に酔った後、きりりと辛口の日本酒が出てきた。今までのお酒よりも強かったし、ちょっと最初はどうかな、なんて思うところもあったけど、ゆっくりと飲むうちにこれはこれで美味しいなんて思うようになった。
 でも、やっぱりちょっと強かったのか、少しずつ飲んでいるうちに目の前がぼやけてきた。子供には日本酒だと強すぎて回るのが早いみたいだった。
「大丈夫かい?」
 ダンナさまの声が少し遠く聞こえる。一度回り始めれば、後は一気に体の中をアルコールが駆け巡っていく。
「ちょっと酔っちゃったかも…」
 でも、抱きしめてくれるダンナさまの腕が温かくて、これはこれでいいかなぁ、なんて思ったりもする。
 それから後の記憶ははっきりしない、ダンナさまが娘と一緒に私を抱き上げてくれたことだけはかろうじて覚えている。
 おぼろげな意識の中で、こういうのが幸せってことなのかなぁ…なんて思いながら、私は目を閉じた。



 私は基本的にお酒を飲まない。でも、ダンナさまが一緒にいてくれるときだけはお酒を飲む。酔えばダンナさまが介抱してくれるし、それになにより、ダンナさまと一緒に飲めるお酒は幸せを感じられるから。



* * *

 そんなことを二人で思い出しながら、お酒と時間は進む。ゆっくりと、ゆっくりと。
「ねぇ、あのロゼまた頼まない?」
「いいね。それじゃ君、持ってきてくれるかな?」
 ダンナさまに言われたボーイは礼儀正しく頭を下げて、奥へと消えていった。しばらくすると、そのボーイが一つのボトルを抱えて出てきた。
「それじゃ、この素敵な夜に」
「乾杯♪」
 チン。ロゼの注がれたグラスを軽く合わせる。二人の関係は、このロゼのように何時までも甘いまま…。



<END>

――――――――――

こんにちは、ライターのEEEです。この度は発注ありがとうございました!
再びみたまさんに会えて嬉しく思っています♪
今回はお酒のお話ということで、お酒の格言なんかも混ぜながらほのぼの風味にしてみましたがどうだったでしょうか?
みたまさんとダンナさまはきっと何時までも甘い関係なんだろうなぁと勝手に思いつつ書いてました(笑)
それでは、今回は本当にありがとうございました!またお会いできる機会があることを願いつつ…。