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<東京怪談ノベル(シングル)>


ココロ・コロロ

 あれはずっと昔のこと。
 あれは暖かさを知らなかった頃のこと。
 誰かを護り、誰かを大切にする。出会いと別れ――その真の意味も知らなかったあの時こと。

                    +

「来ないで」
 周囲には気配すら消し去ろうとする吹雪。それは雪というより、すでに氷変し自分を護る壁となっていた。私は懸命に叫んで目を閉じた。ずっと一人だった。ある時目を覚ますと、誰もいなかった。確かに誰かいたという確証すらなく、辛うじて覚えていたのは自分の名前だけ。
 涙が流れた。恐かった。恐ろしかった。闇ではない光が――。体を突き刺す眩しい刃。繰り返す昼夜に怯えていた。近づこうとした気配が遠ざかったのを確認して、私は力を抜いた。取巻いていた吹雪が収束していく。秋の静かな空間が戻ってくる感覚に、枯葉の上に体を横たえた。

 ――守護する者。それが私。でも、誰れを護るというの?
    私はどうすればいいの……。

 しばらく眠って、風の冷たさに目を覚ました。ふらふらと小川へと向かう。踏み分ける深い山の奥。既に山頂を白く染めている周囲の山々を眺めながら、追い被さる紅葉の枝を払った。ささやかな水音を立てて、秋の色彩を躍らせている川の流れ。両手ですくうと、痺れるほど冷たい水だった。
「………………空、きれい」
 ぽつりと呟く。本当は寂しいんだと気づいていた。けれど、自分が誰であるか、何をすべき者なのかも分からない状況で、一歩を踏み出す勇気がなかった。周囲には獣の気配すらない。
「当然…ですよね」
 近寄らないで欲しいと願ったのは私なのだから。けれど、綺麗な空を一緒に「きれい」と言ってくれる人すらいない今が寂しかった。口元を拭うと、いつも眠っている巨木の洞へと足を向けた。

 そうして巡る季節。目覚めたのは春。今は冬。自分がひとりであること知ってからすでに四つ目の季節が終わろうとしていた。
 私にとって同じ毎日の繰り返し。日々、風景は変化していくけれど、私自身は何も変わらない。だから、このままずっと変わらないままで生きていく気がした。哀しいけれど、それが現実なのだと、自分が「守護する者」は自分自身なのだとそう思い込もうとしていた。
 ――そんなある日のこと。
 雪はすでに幾日も降らず、俄に山は春の装いへと変化していたのに、その朝はひどく冷え込み珍しく雪がちらついていた。私は空を見上げた。白く濁った空から、純白の欠片が舞い降りてくる。
 沈んでいた気持ちが少し浮上する。両手を広げて、次第に山を白く染めていく雪の中を走りまわった。半日もすると、雪は足首ほどになって私はそこに寝転んだ。春の陽射しよりも、雪の冷たさが好き。寂しい気持ちを癒してくれる。自分の力もそれに順じたものであるからかもしれないけれど、四季の中で冬が一番好きだった。だから、春が近づき冬が終わるのを惜しんでいた。
「……このまま、降り続けばいいのに…」
 空を見上げたまま、銀の髪を雪上に散らばせて目を閉じた。風を感じる。頬を通り抜ける北風。心穏やかに過ごす一瞬――閉じた瞼の中の闇に光りが瞬いた。
「えっ!? ……な、何ですか…?」
 慌てて飛び起きた。冬という季節柄もあったが、ここのところ私に近づこうとする者はいなかった。空は曇天。光を放つものなど、この真っ白い世界にあるはずもない。そのはずなのに。
 目を擦って、もう一度周囲を見渡した。途端に、目前にキラキラと眩しい光が現われた。
「きゃっ! ……だ、誰…なの…」
 嬌声を上げると、耳の傍で囁く笑い声がした。
「ほら、ちゃんと生きてる子だよ」
「ほんと、ほんと♪」
「ねねね、目を開けても可愛いね〜」
 声までもキラキラしていた。横へ顔を向けると、そこにいたのは雪の精霊だった。どれほど待ち侘びた出会い。怯え、恐れ、それでも出会いたいと懇願するだけだったモノが今、ここにある。クスクスと笑い合っている姿に、私は目を見開いた。
「だ………誰…? 雪の…精霊?」
 そっと声をかけると、3人の小さな精霊は嬉しそうに周囲を飛びまわった。
「わぁ〜ご名答!! ぼく達が見えるんだね〜」
「あら、だってこの子聖獣でしょう」
「え……キミ達は、私が何者かわかるの?」
 自分自身、明確でない存在意義。なのに、突然出会った精霊が知っているという。驚いてリーダーらしい一番大きな精霊に質問を投げた。白い帽子を被り、背中に五角形の結晶を羽根のようにつけた精霊が、互いに顔を見合わせた後大きく頷いた。
「ぼく等はなんだって知ってるよ! だって、世界中を旅しているんだもの」
「そうよ。世界は楽しいところがいっぱいなの。花があって、湖があって、色んな生き物が生きてる」
「ねねね、でも聖獣に会うのは久しぶりだよね?」
「そうだね♪ あなたの名前教えてくれない? ぼく達と友達になってよ!」
「わぁ〜賛成、賛成!!」

 ――と、友達?
    それは護る者とは違う…もの?

 私は3人のおしゃべりについていけなかった。ずっとひとりでいたから、どう話していいのか分からなかったから。友達という初めて耳にする言葉にも戸惑った。けれど、楽しそうに笑っている精霊を見ると心が和んだ。自分まで嬉しい気持ちが膨らんでくる気がした。
「……哀遠(あいおん)…です」
「きれいな名前ね♪ 私好き〜」
「ほんとだ。哀遠って、あなたにすごく似合ってるね」
「ねねね、哀遠、哀遠〜♪ 遊ぼ!」
 誰かに名を呼ばれることがこんなにも心地よかったのだと、初めて知った。胸が温かくなる。容赦なく私を刺し貫く太陽の光じゃない、わき上がってくる嬉しさに裏打ちされた緩やかな波。光の波。
 身を委ね、時間を忘れて戯れた。 

 寒の戻りは3日ほど続き、私はその間夢中になって話した。3人の表情はクルクルと変わり、見ているだけで楽しい気分になった。この時が長く続くよう天に祈っていた。けれど――。
「ゴメンね。哀遠……」
「ど…うしたの…ですか?」
 一番大きな精霊が顔を曇らせて呟いた。それは出会って3日目の夜のこと。私の言葉に、他の2人が声を返した。
「あのね…もう、明日空に帰るの。明日はね、もう春がくるんだって風が教えてくれたの」
「んんん、寂しいよぉ……。でも、それがぼく等だから」
 声にならなかった。どう返事をすればいいのかも分からない。凍った顔の私の頬に寄り添って、3人が暖めてくれる。
「逢えてよかったよ。嬉しかった。だってね、旅を続けても同じ子に出会えることって、ほとんどないんだ」
「ぼく達は空に戻って、たった一つの雲になるの」
「そう……なの…。ごめんね、哀遠……。きっとまた別の精霊が遊びにくるから」
「これあげる…思い出」
 手渡されたのは小さな鈴。それを握り締めた時、涙が手に落ちた。私はようやく声を絞り出した。
「でも、キミ達じゃない…のでしょう……」
 3人は顔を見合わせて頷いた。涙が零れる端から結晶になっていく。
「うん…でもね、出会ったことは確かだもの…ありがとう、楽しかったよ」
 私は笑うことが出来なかった。彼等は少し寂しそうな笑顔で、私の頬から離れた。そして、ゆっくりとすでに明け始めた空へと舞い上がっていく。
 現われた時と同じように突然に、別れはやってくる。
「私…私も、楽しかったから、また! また会いましょうね」
 手を懸命に振った。それしかできなかったから。太陽の光が洞に射し込んだ。舞い上がった雪の精霊達は――いいえ、友達はその光によって一瞬で姿を消された。

 それでも言葉は残る。思いは残る。
「出会いは嬉しかった……。別れは哀しかった…この世には理不尽な別れが多いみたい…だから…護りたいです…。それはきっと素敵なことですよね…」
 私は私の道を見つけた気がした。手のひらの上で転がる鈴。それは私の凍っていた心も転がしていく。
 楽しそうな音を鳴らして。


□END□
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 こんにちは♪ ライターの杜野天音です。
 遅くなってしまい申し訳ありません。ノミネートはどうしても調整期間を設けてしまうので……。
 今回のお話は如何でしたでしょうか?
 真夜さんの名前が最後まで登場しなかったので、ここで書いておきます。真名は哀遠なのですね、ちょっと寂しい名前ですよね。でも、誰かに名前を呼んでもらえるっていうことは、必要とされているから、心を傾けてもらえている証ですよね。だから、最後に別れはあったけれど、真夜さんがその後幸せになっていて嬉しいです。
 題名の「ココロ・コロロ」は鈴の音のことです(笑)

 では、またお会いすることがあると嬉しいです。依頼ありがとうございました!!