コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Crystal Garden & Water Crown

■現象と想いの狭間〜執事の独白■

October,2004

 本日も素晴らしい晴天に恵まれました。
 夏の名残は綺麗に拭い去られ、密やかな艶やかさを彩る秋の色に染まっていっております。道行けば銀杏の色も黄色に変わっておりますから、セレスティ様の新しい膝掛けを用意するのは早い方が良いかもしれませんね。
 セレスティ様は早朝からの会議に出席され、今は自室で書類の整理をしておいででございます。
 私めは昼食前の紅茶を届けるところでございますが、今年は紅茶の出来が非常に良く、どの葉にしようかと思案にくれているのです。さて、一体どういう組み合わせにすれば良いのでしょうか…
「はぁ……」
 あぁ、こんな所で溜息などついてはいけませんね。勤務中にそんな事では申し訳ない。
 そんなに悩んで、私は一体誰なのかですか…と?
 私めは執事にございます。名前は秘密です。えぇ、紅茶など入れておりますが、もちろん、料理人ではございませんよ(笑)
 カーニンガム邸の料理人は只今、皿洗い中でございます。
 セレスティ様の補佐と家の管理をするのが仕事でございますから、その場の空気と雰囲気を整え、憩いのひとときを作り上げるのも私の仕事なのです。
 よって、この大事な仕事は誰にもお譲りする気は無いのでございます。

 さて、紅茶の銘柄は何にしましょうか。
 緑碧果の杏子を買いに行かせまして、茶菓子はそれにしようかと考えております。福壽山翠巒にするのも良うございますが、ここはスタンダートにカチェンジュンガ産のフラワリー・オレンジ・ぺコーのダージリンにした方が良いかもしれませんね。
 ここは一つ、セレスティ様にどちらが良いか訊いてみましょう。

■花渡りの蝶(庭師)への一考察■

 軽食用の小さなキッチンから私は出ますと、セレスティ様の書斎の方に向かいます。
 敷き詰めた青い絨毯は秋の陽射しを受けて柔らかな光を投げ返しております。しんとした屋敷の奥では、時折、使用人の笑い声が聞こえます。
 おや、今日はモーリス・ラジアルの声が聞こえませんね。庭にでもいるのでしょうか?
 彼はとても腕の良い庭師でございます。
 彼の咲かす花の美しさは見事としか言いようがございません。今年は紫がかった淡いピンク色の薔薇を咲かせて私たちの目を楽しませてくれました。
 良き同僚を得たと私は思います。
 セレスティ様の書斎の横の廊下を歩き、ガラス窓を覗くと向こう側のガラス窓の中にセレスティ様が見えました。
 セレスティ様の視線の先を追えば、庭を整える庭師のモーリスの方を見つめております。書類を整理する手は完全に止まっておりますね。
 きっと、彼が自在に操る鋏捌きに感心なされているのでしょう。
 初めてモーリスを連れてらした時は、正直、私はびっくりしたものでございます。前任者も非常に腕の良い庭師でしたから。
 しかし、モーリスが庭の手入れをし始めてからというもの、庭自体が輝きを得たように私は感じました。葉の全てが活き活きと輝いているのです。陽に透かした葉の緑は滴るような青さと瑞々しさに満ち溢れていました。降り注ぐ日の光を、その命でもって弾き返すような生命力を私たちに見せ始めたのです。
 この庭に今までに無い、『命』と言う名の輝きを見ました。
 私は彼の手入れをする庭が一番好きなのでございます。
 そして、不思議とモーリスはセレスティ様に似ているのです。最初は親戚の者を連れてきたのかとさえ思ってしまいました。お恥ずかしながら、年老いた私の鑑定眼は外れてしまいましたが、本当にモーリスは良く似ていると感じました。(親戚かと思ってしまったときには緊張してしまいましたが…最近は、私の仕事上の立場もありまして、彼を名前で呼ぶようになりました)
 もちろん、お二方は顔立ちも性格も違います。
 えぇ、何と言えばよろしいのでしょうか…中々、適当な言葉が見つからないのですが…本質に関わる『何か』が似ているのかもしれません。
 セレスティ様は『夜明け前の静けき海の蒼』、モーリスは『深い森の中の湖の碧(あお)』と言った感じでございます。
 彼が手入れする花々に戯れる蝶のように…いえ、色を変え、移り変わり、色彩豊かに人生を彩る姿は彼自身が華のようでございます。私めの目から見るならばでございまして、要領はつかめておりませんことをお許しください。
 なんと言いますか…こう、色とりどりな関係を持つ性質らしく、様々に魅力をお持ちの人物が彼のもとに彷徨っていくのでございます。
 ですが…不思議なのです。
 見目良く、明るい気質の所為なのでございましょうか、少しも不誠実に感じられないのです。
 草木が水を吸い上げるが如く、様々な交流を重ねているような。人に与えているものが多いのでしょうか。わたくしはちっとも、翳りのある部分を見たことがございません。
 本当に不思議な人物だと思っておりましたが…多分に彼の爽やかさがそうさせているのでしょう。
 私めは、彼と彼の手入れする庭が好きですから、本当はそのようなことはどうでも良いのでございます。
 
■優しき主人と庭師への一考察■

 窓辺へと近付いた私は、立ち止まってセレスティ様と庭師の姿を見つめつづけてしまいました。勤務中でしたが、見つめずにはいられません。どうにも、起床時にお呼びに行くときのような、あのときめきが私めを支配いたします。
 せめて、己の心だけは律して、見守りたいと思う次第です。

 ふと見れば、剪定するモーリスの手元が見えます。
 ぽとりぽとりと木の枝が落ちていきます。
 柔らかな羽毛に包まれるように、音無く落ちてゆくような様を見ていますと、切られた枝は、自分からその身を落としていっているようにも見受けられます。
 我が身は今、この庭に相応しくなく、それゆえに自分から…
 そんな感じがしました。
 きっと、モーリスが剪定しているのは夢幻で、私は白昼夢を見ているのかもしれません。そう思っても不思議ではないように、枝は幾つも落ちていきました。

(あぁ――そういうことなのですね)

 その姿を、庭師を、無言のまま優しい笑顔で見つめるセレスティ様を見ていれば、納得が出来ました。
 そうです。お二人の中に流れる『何か』と、繋がれた深い絆が、私に『二人が似ている』という感覚を呼び起こしたのでしょう。
 温厚で礼節正しく冷静なセレスティ様と、人当たりが良いハンサムな好青年…何処となくシニカルな庭師の間には、一見して同じ性質を見ることは無いのです。…ですが、こうして距離を置き、自然に身を任せて静かに見つめれば、言葉に出来ない何かが繋げているのをみることが出来たのです。

(わたくしめがこの間に入って良いのもでしょうか?)

 心の中に疑問が沸き起こります。
 ただ、ガラス窓が私たちの間を隔てているだけなのに、それ以上の何かを感じさせます。
 お二人の関係は、まるで紅茶のようです。
 今日一番の出来の紅茶の中に、一滴のミルクも入れたくは無いような…
 赤味をおびた飴色の中にミルクが混ざってしまえば、二度とその透明度を戻す事は出来ませんでしょう。

(このまま、時が止まれば)

 何と贅沢な望み。そんな事ではいけません。私めは仕事をせねばいけませんから、その幸せな空間にお邪魔させていただかなくてはいけません。
 せめて、ゆっくりと空気を乱すことなく部屋に入るとしましょう。
 意を決して一歩進もうとしたその時、ガラス窓の向うでセレスティ様が手を振っているのが見えました。
 どうやら先に見つかってしまったようです。
 では、遅ればせながら入室する事といたしましょう。

■Crystal Garden & Water Crown■

「どうしたのですか、窓のところでぼーっとして」
 熱でもあるのではないかといったような、心配げな表情でセレスティ様は言いました。
 心配などさせてしまって申し訳ない。ここはにこやかに笑って、その不安を取り除かなくては。
「いえ、セレスティ様。ガラスの向うにセレスティ様が見えたものですから」
「おや、そうですか」
「はい、セレスティ様」
「何か用事があったのでしょう?」
「えぇ、つまらない事でございます。紅茶の銘柄を…」
「そうでしたか…。もしかして、幾つかの中からどれにしようかと迷ったのではありませんか?」
「あ…はい」
「やっぱり。どれにしようと思ったのですか??」
「わたくしめは福壽山翠巒か、スタンダートにカチェンジュンガ産のフラワリー・オレンジ・ぺコーのダージリンにするかで悩みまして」
「なるほど、そういう趣向でしたか。では、中国茶にダージリンを混ぜてミルクで飲みましょう」
「はぁ…」
 セレスティ様のご注文に、呆然と見つめ、思わず口を開けてしまいました。セレスティ様にしては珍しいご希望に動揺してしまったようです。
「ジャスミンティーにフルリーフとブロークンのダージリンを混ぜてください。勿論、アイスで…バニラアイスでシェイクにしてくださいね」
「シェイク…ですか? それほどお疲れでございますか」
「いいえ…彼のためです」
 そう言ってセレスティ様は窓の外を見ました。
 十月とはいえ、強い陽射しの中はとても暑いことでしょう。汗をかいているモーリスの姿が見えます。仕事中も何かと気になさっておられたらしく、そんなセレスティ様の優しさに、私はいつも暖かい気持になります。
「では、蜜なつめと砂糖を入れて甘味をつけることにしましょう」
「お願いしますね。それと、少し疲れたので私にも同じ物をお願いしますね。量は少なめで」
「はい、かしこまりました」
 私はお辞儀をいたしますと、キッチンへ向かうためにドアの方へと歩いていきます。そのとき丁度、休憩に入ったモーリスが窓辺の方にやってきました。裏側から窓を開け、顔だけ出してセレスティ様に声を掛けてきます。
「あー、暑い…秋だっていうのに、今日は暑いですね。セレスティ様」
「えぇ…お疲れ様ですね、モーリス」
「喉がカラカラですよ」
「今、飲み物を頼みましたから、休憩するといいでしょう。昼食が終わってから再開しなさい」
「そのつもりですよ…集中していたら疲れてしまいますからねぇ」
 そう言って、モーリスは笑います。
 やはり、何処か似たものを感じつつ、私はお二人に礼をして部屋を出ます。ドア越しに笑い声が聞こえてきました。私はその確信を胸に抱え、部屋を出ました。

 中国茶に紅茶、バニラアイスと蜜なつめ。
 全てを混ぜて、人を癒し、喉を潤すものに変える。

 受容・癒し・再生。

 澄んだ紅茶でもなく、同じ素材に手を加えた異国のお茶でもなく、まるで水のように何かが交じり合っても受け入れてしまう。
 私には本当のところはわからないのですが、モーリスはセレスティ様のそんなところに惹かれてやってきたのかもしれません。

 そして、私たちスタッフもきっと…

 ■END■