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<東京怪談ノベル(シングル)>


あちこちどーちゅーき 〜二重結界の島〜

 流れる景色は彼方へと消える。闇の向うは新しい街。ひた走る車の行方は、常に人の営みあるところであった。
(どこまでもいけそうな気がしますね)
 そんな感じがしても可笑しくはない。
 センターラインは行き先を示す。走っていると、行き先に終わりが無いように感じるのは何故だろう。そんなことを考えながら、桐苑・敦己は窓の外を見ていた。

 つい先日、福岡に行ったものの、敦己は今日も行く先を決めていなかった。滞在先を探して地図を広げ、暫し沈黙する。
 まだいったことない所はどこかと探せば、幾つもの候補が上がった。四国か大阪か。距離的にはあまり変わらない。
 コインを投げれば裏。四国だ。
 敦己は駅に向かうとタウンマップを貰い、市場へと向かう。流石に鈍行電車で福岡から一気に移動するにはかなり無理があった。だが、ある意味、それを一足飛びにする方法が一つだけある。
 それは市場に到着するトラックに乗せてもらうことだ。
 敦己は明け方に市場に行き、車のナンバープレートを見てまわった。岡山か四国に行くトラックを探し、片っ端から声を掛けてまわる。ヒッチハイクが目的だと判ると、声を掛けた何人かの男達の中の一人がOKしてくれた。おまけにご飯まで奢るといってくれたのだ。
「悪くありませんか?」
「何でだよ、今時、旅する奴なんか珍しいもんなぁ。今まで何処に行ってきたのか話してくれよ」
 そういって、気の良いトラックの運ちゃん連中は食堂街の方へと敦己を誘う。
 食堂街にはラーメン屋から蕎麦屋、すし屋、何でも揃っていた。トラックの運ちゃんたちはカツ屋に入っていく。出入り口に立ち止まっていつまでも手招きするので、敦己はちょっと肩を竦め、でも何処か楽しそうにおっちゃんたちの後を追って店に入った。
 敦己はひれカツ定食を食べながら、今まで行った地方の話をした。自分で話すだけでは楽しくないので、みんなの話を聞かせてもらった。
 仕入れの話。競りに遅刻したときの膨大な賠償金の話。行きつけのバーの話。
 どれもこれもが面白い話だった。
「俺達も旅してるようなもんだからなぁ。ところで、あんちゃん。何で旅しようと思ったんだ?」
「学校に行くのに飽きたか?」
 穏やかな気質の敦己は一見して、未だ学業に勤しむ歳に見えなくも無い。思わず食べる手を止めたが、笑って敦己は首を振った。
「いえいえ。卒業して、もうだいぶ経ちますよ、二十七ですから」
「二十七…へぇ、学生じゃなかったんか。それでも俺達より若いなあ」
「祖父の遺産を継いだ時の遺言に通りにしてるだけなんですよ」
「遺言ねえ」
「えぇ、『一代で食いつぶす事』って書いてあったんですよ。大学も卒業しましたしね。気ままに全国行脚の旅に出でみました」
「そりゃぁ、豪気だなぁ」
「あんた、恵まれてるね…じいさんに感謝しなくっちゃな」
 そう言って運ちゃんの一人は笑った。無駄遣いだと言って怒る事もなく、皆は楽しそうに笑っている。
 食事が終わった後、トラックの運ちゃんたちは全国へと散らばっていく。敦己は四国に行くトラックに乗せてもらうことになった。

「奢ってもらっちゃって、悪かったですかね」
「いんや。若ぇうちに何かできるのは幸せなこった。あんたが何掴むんだかわかんねぇけど、そう言う若者らしい奴見るとさ、俺らは嬉しい訳さね。まぁ、あんたのじいさんの『財産食い潰せ』ってーのには吃驚したがね」
「あははっ」
 ちょっと面映いような表情をして敦己は笑った。
「俺な、思うわけよ。食い潰すって言ったらよ。普通、怒るわな。俺ぁ、食い潰した事あるからさ。別に悪いことじゃあねぇってな」
「え?」
「ははぁ、驚いたな。会社失敗したってやつ、バブルってな」
「そ、それは…」
「気にするなってさ。俺な、食い潰して思うんだけどさ。その間、勉強すること、山にあってなぁ〜食い潰してよかったと思うわけだ」
 髭面のおっさんは恥ずかしそうに笑った。講釈垂れるのは気恥ずかしいとか言いながら、それでも話を続けた。
「金のあるときゃ、女が来る。金の有り難味がわからないから、家庭が荒れる。俺もその罠に嵌ったクチでさ。あんたはきっと俺より良い使い方が出来る」
「何で…そう思うんですか?」
「俺ぁ、そのとき嫌なやつだったからさ。でも、あんたはあの時の俺に比べたらずっといい」「え?」
「俺…そう思うわけよ。だってあんた、皆に優しいじゃないか」
 敦己は吃驚して目を瞬く。じっとトラックの運ちゃんを見つめた。
「俺達の話を聞きたがっただろ。俺達は市場以外では、ならず者扱いさね。あんたは嫌がらなかっただろう? だから、きっと金が無くなった後でも、今までの経験ってゆーんか、そういうので生きていけるような気がするね」
 運ちゃんは「盛大に使い尽くして、その後に何か良い物でも残せばいい」と言って笑った。

 そうして、敦己はこのおっちゃんのトラックに乗せてもらうことにした。
 トラックは一路、四国へと向かっている。この運ちゃんが言うには、この島は「二重結界の神聖な島」だということだった。
 四国八十八箇所、一番から十番までは輪のようになっている。それを囲むように十一番から八十八番までがあるのだという。確かに瀬戸大橋を渡り、香川県に入ってからは辺りの雰囲気が本州とは違ったものになっていた。穏やかで清純な空気は言葉のとおりだ。
 トラックは市場に停まり、敦己を降ろすことになるだろう。そうしたら、もう二度と逢う事も無い人になる。
 何処までも続く旅をお互いに続け、終わり無き道を進む。
 敦己の脳裏に一期一会という言葉が浮かんでは消えた。

 ■END■