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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】−ユメウタツムギ−


------<見つけた情報>------------------------

 ぼんやりと公園のベンチに座り、緋井路桜は目の前で美しい色を見せる木を眺める。
 赤や黄、そして橙と木の葉が思い思いの色に変わり、秋の訪れを告げていた。
 遠くを見つめるような表情の桜は真っ青な空と紅葉のコントラストを静かに見つめている。
 飽きもせずに流れる雲を眺め、風に揺れる木の葉の囁きに耳を傾けて。
 しかしどの位たった頃だろうか。
 桜の瞳が青に変わり、視線が宙を泳ぐ。
 周りに人は居ない。
 桜のその変化に気づいたのは目の前の木々だけであった。
 ぽつり、と桜の口が声を発する。

「……そう、夢を……吸収する木が……」

 木々から桜に渡される情報。
 それは最高機密に関わることから、人々の些細な事柄にまで及ぶ。
 しかしその情報を生かすか殺すかは桜から情報を買った者次第。
 どんなに良い情報であっても使いこなせなければ意味がない。
 しかし今、桜が木から受けた情報は売り物としてのものではなく、純粋に木と会話の出来る桜の興味を惹いたようだった。

「ありがとう……行ってみる…から」

 情報を提供してくれた木に礼を述べ、桜は立ち上がり歩き出す。
 今まであれほどぼんやりとしていたのが嘘のようなしっかりとした足取りだった。

 夢を吸収しそれをため込む木とはどのようなものなのだろう、と桜は期待と同じくらいの不安を覚える。
 悪い夢も良い夢もそれを引き取って欲しいという願いを受けて集める木。
 そこには何があるのだろうか。
 それを自分の目で確かめてみたいと思った。
 絶望を渡し、そして再び夢紡樹を出て行く人物の姿を。
 そして桜は秋の深まりゆく公園を後にしたのだった。


------<夢紡樹>------------------------

 公園の木が与えてくれた情報からするとこの付近に夢紡樹へと続く道があるはずだった。
 大きな洞の部分が店になっており、喫茶店などを開いている人物達がいるという。
 しかし桜の興味が向けられているのは夢紡樹の方だった。
 どのような返答を返してくれるのだろうか。
 それをあれやこれやをと想像を巡らせつつ桜は歩く。
 そして桜は木の情報通りの湖を見つけ、その脇の道を通って大きな枝を広げる木へと近づいた。
 仰ぎ見たその木は不思議と怖い感じがしなかった。
 絶望を好んで吸いあげるという話を聞いていた桜は、ある程度マイナスの要素があると思ってやってきていたのだがそんなことは無いようでその場の雰囲気も穏やかだった。
 情報通り、木の洞には扉が付いており窓からは楽しげな店の様子が窺える。
 そのまま夢紡樹へと近づいた桜は喫茶店ではなく、その入り口からはずれた場所へと腰掛けた。
 木の根が土から盛り上がっている場所で、桜が座るのに丁度良い椅子になっている。
 風は冷たくなってきていたが、日の光が当たるその場所は丁度良い温もりに溢れていた。
 夢紡樹の幹に触れながら桜は夢紡樹との会話を開始する。
 公園で木から夢紡樹の情報を受け取った時と同じように桜の瞳が青く変化した。
 そして視線は宙をさまよう。

 流れ込むのは穏やかな思考。
 夢紡樹は桜にどうして此処にやってきたのかを尋ねる。
 辛い夢があるのか、苦しい夢があるのかと。
 もし手放したいというのならその手助けをしてやろうと。
 その言葉を聞いて桜は小さく頭を振った。
「……まだ、桜は……絶望とか、今持ってるのを……手放した方がいいのか、わからないから……。……だから、まだ、桜の中のは……あげられない。……ごめんね?」
 謝る桜に夢紡樹は葉を震わせながら告げる。
 夢は無理矢理奪うものではないから安心して欲しいと。消して欲しい夢がないということは良いことなのだと呟く。
 それに夢を喰らっているのは自分ではなく他の人物だということも告げてきた。ただ集める手伝いをしているのだと。
「そうなの……。今日は……木から、教えて貰って……夢紡樹を、見に来たの……。……話してみたい、と思って……」
 私も久々に人と話が出来て楽しい、と夢紡樹は桜に言う。
「嘘と……豹変が、ない木なら……一緒にいて、怖くない……から……、来て…良かった」
 ぽてっ、と木の幹に額を当て桜は安心したように呟いた。
 包み込むような感覚が桜を取り巻く。
 それは夢紡樹の思念なのだろうか。
 その心地よい感覚に包まれながら、桜は夢紡樹に見せて欲しいと願う。
「夢を……、絶望を渡した人は……どんな…気持ちで……此処を去るの?」
 夢を無くした人はどうなってしまうのだろう。
 いくら絶望とはいえ、それを無くしてしまったらそれは自分では無くなってしまうのではないかと桜は思う。

 嘘の夢は要らない。
 ホントの事が胸の中にあれば良かった。
 偽りの中に身を置き、嘘に浸っていたら何も見えなくなるから。
 それが例え辛いことでも、心の中に残ってるものを無くしてしまったら、今の自分が自分でなくなってしまう気がした。

 見せてあげよう、と夢紡樹は桜にそっと告げる。
 木々の葉音は子守歌。
 柔らかな日差しは子を抱きしめる母の温もり。
 ゆっくりと桜の瞳は閉じられ、やがて微かな寝息が聞こえ始める。
 夢の中で桜は夢を売る人の心を見る。
 ゆっくりと夢の中へと沈み桜は夢の中へと降り立った。


------<絶望の夢>------------------------

 一人の青年が夢紡樹を訪れる。
 その時の表情は真っ青で痩せこけていて生気が感じられない。
 今にも倒れてしまいそうなその姿。
 彼が絶望を売りに来た人物なのだろうか、と桜は空の上からそれを眺めていた。
 その人物が尋ねたのは、黒い布で目隠しをしている銀髪の男だった。
 それが夢を扱っている『貘』という人物なのだと夢紡樹は告げる。
 貘は青年の話をじっと聞いていたが、青年が話し終えるといくつかの質問を投げかけた。
「まずその夢は本当にあなたには必要のないものですか?」
「要るはずがない! 俺はこうして毎日夜も眠れずそして苦しんで死にそうになってる」
「ではその夢を見る原因は何にあると思いますか?」
「そんなの知ったこっちゃない。夢なんて勝手に脳が見るもんだろ。俺が意識して見てる訳じゃない」
「…そういうものでもないんですよ。その夢には何かしら意味があるものなんです。夢は心の中に残っているものを映し出す鏡のようなもの。確かに貴方を形作る一つのものなのです。まぁ、確かに夢魔が見せるものは本人の意志に関係なく与えられるものですが、貴方のは違いますから」

 その貘の言葉を聞き、桜ははっとする。
 先ほど自分が考えていたことと似てはいないかと。
 絶望でも自分の心の中に残っているものを無くしてしまったら自分が自分では無くなってしまう。
 それはやはり夢でも同じなのかもしれない。
 そう思った次の瞬間、青年の余りの大声に桜は身をすくめた。

「いいからさっさとこの悪夢を消してくれ! もう現実でも夢の中でも俺は苦しみたくないんだ。せめて夢の中で位幸せになったっていいだろう…」
 がっくりと項垂れた青年に貘は続ける。
「貴方の場合、根本的な所から解決しなければまた同じ悪夢を見ることになりますよ。この悪夢だけを除去することは簡単です…しかし…」
「うるさい、うるさいっ! 頼む、耐えられないんだ…もう……」
「………そう、貴方が望むならば」
 貘は小さな溜息を吐き、青年をゆったりとしたソファへと座らせる。
 そして力を抜いてください、と青年に告げた。
 青年はやっと悪夢から解放されるという安心感からか貘の言葉におとなしく従っている。
 そんな青年の額に貘は人差し指を当て、ついっ、と軽く一突きした。
 かくん、と青年の首は傾く。
 深い睡眠状態へと入ったようだ。
 そして次の瞬間には貘の掌に小さな卵形のものが現れる。夢紡樹が吸収した青年の悪夢だった。
「悪夢だけを取り去ったからといって貴方の犯した罪が軽くなることはないんですよ」
 そう貘は呟く。
 そして見えるはずのない桜を見つめ、貘は告げた。
「そこの和服のお嬢さんにはもう分かっているでしょうけれど。夢は貴方の一部です。貴方の中に眠る記憶や真実、そして希望が夢という形になって現れています。だからそれを手放したくないと思うことは良いことだと思います。自分自身と正しく向き合うということにもなりますし、第一大切なものを他人に取られてしまうのなんてどこか勿体ないでしょう?」
 くすり、と微笑む貘。
「悪夢は私のおやつなのでこういう方も居てくれると嬉しいですけれど」
 ぱくり、とその夢を口にしてから貘は青年を揺り起こす。
「気分はどうですか?」
「ん……ぁ、あぁなんだかすっきりした。こんなに晴れやかな気分は久しぶりだ。あぁ、何時以来だろう」
「そうですね、多分貴方が誰かを土に埋めた日からじゃないでしょうか」
 口元に冷たい笑みを浮かべ貘が告げると、青年はがたがたと震え出す。
「なんで…それを……」
「それが貴方の悪夢の元だからですよ。貴方の根底に潜む影。それが絶望となり悪夢となって貴方を苛んでいたんです。今は私が悪夢を頂いたので数日は平気だと思いますが、日に日にその罪悪感が蓄積され再び悪夢が貴方を蝕むでしょう。悪いことは言いません。後悔してらっしゃるのならどうにかご自分で対処されるのがよろしいかと。悪夢は貴方が貴方自身に発しているメッセージです」
 でも大丈夫です、このこと他言は致しませんから、と貘はにこやかに告げる。
 男は震えたまま貘を睨み付けた。
「お前……俺を揺する気か……」
「滅相もない。私はそんなことをするつもりは毛頭ございません。ただ…」
 含みのある笑みを浮かべて貘は言う。
「またのご来店をお待ちしております。……極上の悪夢を」
 二度と来るもんか、と吐き捨て男はその部屋を逃げるように出て行った。
「高価買い取りさせて頂いてますのに…残念です」
 どこか間の抜けた言葉を発した貘に夢紡樹はあきらめの溜息を吐く。
「……どうしたの?」
 桜の問いかけに夢紡樹は苦笑する。
 いつもこうなのだと。
 せめてその瞬間ぐらい清々しい気持ちで帰らせてやれば良いのに、悪事を行って悪夢を見ている人物には容赦がないのだと。
 本当に心に傷を負い悪夢を見ている人物には親身になってそれを治療するということまでやっているのだが、と告げ、もっと他の夢を見せてあげれば良かったと桜に詫びた。
「ううん……桜は、……これで……良かった」
 逃げるように出て行った青年の姿を思い出し桜はほんの少しだけ微笑んだ。
 自分自身と向き合わず偽りの中に身を置けば、あんな風に自分自身からも逃げ出すことになるのだと。
 もし人に譲っても構わないと思えるようになったら皆にあげても良いかもしれない、と桜は思う。ここにいる人物達は夢紡樹を含め怖くはない人のようだから、と。


------<夢の後で>------------------------

「おや? 和服のお嬢さん。こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまいます」
 カラン、と音を立てて喫茶店『夢紡樹』の扉を開けて出てきた貘が、木の側で寝ている桜の姿を発見し声をあげる。
 目隠しをしているのに見えているのはどういう事なのか。
 暫く、どうしたものか、と眺めていた貘だったが、傾き掛けた太陽に気づき桜を抱えて喫茶店へと戻った。

「エディ、何か暖かい飲み物でも…」
「はい」
 暖かな温もりの溢れる夢紡樹の中で桜は、ゆっくりと目を覚ます。
 目の前には暖かなココア。
「いらっしゃいませ、桜さん」
「……名前……」
「夢紡樹から聞きました。お友達だそうですね」
 微笑んだ貘は先ほど夢の中で見たあの笑みとは違う暖かな微笑みを桜に向けていた。
 安心したように頷いて、桜は進められたカップを手にする。
 そして小さな声で、ありがとう、と告げるとそのカップに口をつけたのだった。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●1233/緋井路・桜/女性/11歳/学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも


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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
大変お待たせ致しました。

『夢紡樹』とお友達になって頂きました。
夢紡樹、初めてまともに出てきたんじゃないかと思います。(笑)
今回は桜ちゃんのイメージを壊していないことを祈りつつも、楽しく書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂けたらと思います。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!