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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


天逢樹の夜
<オープニング>

「22時過ぎでした。私、友達と食事した帰りで…。終バスが近かったので、あの道を通ったんです。その木は、月の光の中で光っていたんです」
マイクを向けられたOLは、インタビュアーに向って頷いた。
「はい。何となく、手を触れた所まで覚えてます。その時私、確かに彼の事を考えてました。で、気がついたらその彼が目の前に居たんです」
OLの話は、何と彼も同時刻、同じ夢を見ていたと言う不思議話で終わった。草間武彦はテレビのスイッチを切ると、少々面倒臭そうに依頼人に向き直った。
「こいつに間違いないんですか?」
「はい。間違いなくこれは『天逢樹』です。あれは昼間は周囲の樹と見分けがつきませんが、夜、月の光の中でだけ、白く輝いて見えるのです。変化出来るのは月明かりのある晩だけ。触れた者の想いの強さによっては相手の魂まで呼び込んでしまう…危険なのです」
「危険…ねえ」
 年の頃は25、6だろうか。柔らかそうな銀の髪に、金色の瞳をしたこの青年を一目見て感じた草間の嫌な予感は的中した。胡散臭い依頼。彼の心中を知ってか知らずか、青年は続けた。
「お願いします。『天逢樹』を探して下さい。出来れば、満月が来る前に。」
 満月まであと二夜。そう言う事は先に言ってくれと呟きながら、草間は後ろにいた零に目配せした。

<依頼受諾>

「樹を…探す…?どんな…?」
 緋井路桜の返事に、草間武彦は口早に事情を告げた。『天逢樹』と呼ばれるその樹が、月光の下でのみ輝く事、そして、触れた者が心から逢いたいと思っている者に姿を変えるという事。依頼人は今夜まで、正確には月が沈むまでに探して欲しいと言っているのだと言った。
「なぜ…探すの…?」
「ああ。はっきりとは言わなかったんだけどねえ。どうやら、樹の中に大切な人が居るって事らしいんだよ。確か…そう、あんまり強い想いがあると、相手の魂まで樹の中に呼び込んじまって、そのまま取り込まれちまうんだと。おっかねー話なんだが」
「…そう」
 じゃあ頼んだぜ、と一言言って、草間武彦からの電話は切れた。
「天逢樹・・・」
 どんな樹なのだろうと思いを馳せながら、桜は静かに立ち上がり、着物を選ぶと慣れた手つきで着付ける。学校に行く時だけは仕方がないが、やはり和装が一番落ち着くのだ。姿見で身なりを確認すると、巾着を手に家を出た。向う場所は、新宿。そこがどんな雑踏であろうと歓楽街であろうと、桜には大して関心は無い。ただ思うのは、そこでさ迷っている不思議な樹があるという事。桜は知らず知らずのうちに足を早めた。

<探索>

駅前近くのサツキの気は、桜が驚く程に弱弱しかった。夜も光の絶えない街中で、殆どと言って良い程眠りを与えられないせいだろう。周囲に散らばるゴミや雑踏に目もくれず、桜はその上に両手を当てた。か細い流れを探り当てるように同調していく。しばらくして流れ込んできたのは、ひっきりなしに行き交う車と人の流れ。視界は桜よりも少し低かった。これが、この子の視界なのだ。吹きかけられる排ガスや無造作に投げ込まれるゴミに、悲鳴を上げる力すらなくしている。
(もう少し…前を・・・見せて…)
 ただ泣くばかりのサツキを宥めるようにして、その記憶を辿る。昨日…ではない。もっと前。貴方の傍を、不思議なモノは通らなかった?二日ばかり前まで遡った時、桜はとある女性に目を止めた。人ではない。サツキがそう教えてくれた。まだ若い女性だ。桜は亜礼を言うと、女性が歩いて行った方角に足を向けた。

 夕方近くになると、歓楽街の人口は倍化する。次第に増えてくる人ごみの中を、桜は足早に抜けていく。女性が姿を消した・・・正確には、人から樹の姿に戻った地点はすぐに分かった。あまり移動は出来なかったのだ。月が沈んでしまったせいだろう。女性は植え込みの中のサツキに姿を変え、再び変化したのは次の夜だった。が。その姿が問題だった。…猫だったのだ。天逢樹を三毛猫に変えたのは、逃げてしまった飼い猫を探していた女だった。彼女は猫を抱いたまま、多分家に帰ろうとしたのだろう。大きなデパートや店が並ぶ通りを歩き出した所までは良かったのだが、そこで猫が逃げ出した。彼女の想いが強く、飼い猫の魂そのものまで呼んでしまったのか、それとも、猫が逃げてしまう、と言う思い込みが招いた事態なのか。どちらにしろ、桜にとっては困った話だった。猫の移動経路は掴みにくい。出来るだけ高い街路樹を探したが、この辺りのビルの高さには敵わなかった。途方にくれかけたその時、桜は雑踏の中に違う風を感じて辺りを見回した。街中には不似合いな緑がちらりと目に入った。
「まさか…」
 桜は急いで、すぐそばの植え込みに手を触れた。丈の低いツツジ。これでは花を咲かせる事すら出来ないだろう、か弱い低木は、彼女の求めていた答えをくれた。三毛猫は、まっすぐに向って行ったのだ。あの緑の元に。桜は小走りに通りを二つ渡り、目指す場所に向った。大きな門はがっちりと閉じられていたが、周囲の草花達が教えてくれた。三毛猫はこの中に入って行った。そして出ては来なかった。門の向こうに見えるもみの樹に聞けば、きっと全てが分かる筈なのだが。桜は一つ溜息を吐くと、携帯を取り出した。

「緋井路桜さん、ですか?」
 最初に現れたのは、見知らぬ青年だった。眉をひそめた桜の様子に、彼はああ、とすまなそうに笑って、
「このお仕事を、依頼した者です」
 と言った。銀色の髪に、暗めの金の瞳をした優しい感じのする青年だ。彼に、草間は来ず、自分ともう一人、興信所の人が来るのだと聞くと、桜は黙って視線を転じた。その先を辿った青年がなるほど、と頷く。
「中々良い場所に入り込んでくれたものですね。でも、ここは夜は立ち入り禁止のようですよ?」
「…猫…に…」
「ああ、そう言う事ですか」
 青年が納得したところで、もう一人の待ち人が現れた。漆黒の髪に、意志の強そうな目をした女性だ。シュライン・エマと名乗ったその女性は、桜を見て少し意外そうな顔をしたが、彼女が指差した先を見てあっと声を上げた。
「新宿…御苑…」
 三毛猫が入り込んだ先。それは新宿駅の程近くに広がる緑深い公園だった。ついでに言うと、本日は閉苑日で、門はがっちりと閉じられている。

「日が落ちて来ると、さすがに冷えるわねえ」
 シュラインは上着の前をかきあわせるようにして、呟いた。その隣には緋井路桜、そして依頼人の青年が並んでいる。三人は御苑の隣にある雑居ビルの屋上に居た。普段ならば閉苑ぎりぎりに滑り込んで、そのまま潜むという手もあったが、閉苑日では仕方が無い。苑内を見下ろせる場所で日暮れを待とう、というのは、シュラインの提案だった。
「御苑なんて、確かに盲点ではあったけど」
 シュラインはちらりと桜に目をやってから、依頼人を見上げた。
「確かなのかしら?ここ、夜は立ち入り禁止よ?人間に姿を変えた樹が入れる筈は…」
 シュラインが言い終わるのを待たずに青年が微笑んだ。二人の会話に気付いた桜が顔を上げる。
「桜さんのお話だと、どうやら天逢樹は猫に変わっていたらしいんですよ」
 そうですよね、と言われて、彼女はこくりと頷いた。
「ちょっと待って。人間以外にも変わるって事は、人間以外の動物が触っても変化するの?!」
 そうなったら御苑の中に今もあるとは限らない。だが、青年は首を振った。
「可能性が無いわけではありませんが…難しいでしょうね。天逢樹を変化させるには、結構な意思の力が必要なんです。犬や猫ではちょっと無理だと思いますよ」
「そう…」
 三人の視界の端に、ぼんやりとした不思議な光が見えたのは、そのすぐ後だった。
「ねえ、あれ…」
 シュラインの言葉に、青年が頷いた。青白い光。夕陽は既にビルの向こうに消え、残る薄明もゆっくりと宵闇に飲み込まれて行こうとしている。御苑の森を覆おうとしている夜の闇の中に浮かんで見える微かな光は、次々と灯されていく街灯とは明らかに異質の光だった。
「とにかく、行きましょう」
 階段に向おうとしたシュラインを、青年が引きとめた。差し伸べられた手に首を傾げつつ、シュラインが自分の手を重ねる。彼は反対の手で桜の手も取ると、そのままとん、と床を蹴った。ビルの上から飛んだのだ。短い悲鳴を上げたシュラインに、青年が大丈夫、と頷いた。実際、三人の体は重力を無視して風に乗り、ゆっくりと御苑の中に下りていく。
「普通の人よりちょっと、変わった事が出来るだけですよ」
 疑惑の眼差しを向けたシュラインに、青年が言った。あんな樹を探している人物なのだ。普通である筈もないと納得したシュラインの反対側で、桜は気持ちよさげに夜風に髪をなびかせていた。空を飛んだのには少し驚いたが、これは結構良い気分だった。ほんの30秒程度の空中散歩を終えて日本庭園の大きな池が見える斜面に降りると、あの光がすぐ近くに見えた。

<天逢樹>
「間に合ったようね」
 シュラインが言った。まだ南天にある月の光に呼応するように、天逢樹が輝いている。高さは多分、10メートルにも満たないだろう。幹も細い。だが、その光はぼうっと長く伸び、ほんのりと空まで届いていた。闇を照らすでもなく、どちらかと言うと溶け合うような光は、どこか懐かしく暖かい。
「触れてみたいですか?」
 青年の声に、シュラインと桜は同時に我に返った。知らぬ間に随分と樹に近づいていた。二人の頬や髪を、青白い光が照らしている。
「引寄せられた…?」
 シュラインの言葉に、青年が頷いた。
「これもまた、天逢樹の厄介な特性の一つでして。私もついうっかり」
「…引寄せられたのね」
「まあ、そういう事です。心に思う人がある場合は特に強く引寄せられるんですよ」
 青年は言ったが、それは実を言うと桜には当てはまらなかった。桜が樹に近づいたのは、決して心に思う人の為ではない。彼女の心を支配しているのは、今も尚答えの出ない、辛い記憶であり、天逢樹の力を桜が求める事は、まだ無い。求めたのは天逢樹の方だ。小さな声ではあったけれど、桜には確かに聞えた。あの光の中から、助けを求める声が。
(話を…聞いて…欲しいの…?)
 桜の問いに、樹は答えなかった。ただもどかしげに揺れるだけだ。一歩一歩樹に近づいていく桜を止めようとするシュラインに、少しだけ振り向いて、言った。
「声が…聞こえる…から…」
「声?」
 何の事を、と言おうとしたシュラインを、青年が止めた。
「彼女には、天逢樹の声が聞こえているようです」
 そうでしょう、と言うように彼女を見た青年に頷いて見せると、桜はそのまま樹に向って腕を伸ばした。ざわり、と樹が揺れたとシュラインは思った。正確に言うならば、動いたのは樹を取り巻く光だ。それはふわりと渦を巻くと、シュラインや青年の間を通り抜けて桜の身体を包み込んだのだ。
「光の・・・ベールみたいね」
 シュラインの声が聞こえた。そのベールの中心に、天逢樹と、桜が居た。溢れてくる光と同じ速度で、樹の記憶と想いが流れ込んでくる。身を引き裂かれるような別離の悲しみ、焦がれるような願い。『逢いたい。ただ、貴方に逢いたい』それらは決して良い方向のものばかりではなく、どす黒く渦巻く憎しみも多々あった。触れた人の想い、樹の記憶、それらは時には映像で、時には声となって桜の心に流れ込む。こんなにも沢山の想いを抱え込んできた樹を、桜は哀れだと思いながら意識を更に沈めて行く。暗く深い天逢樹の深層には、小さな光が幾つも見えた。桜は無意識のうちに、彼らに呼びかけた。
(いらっしゃい…)
 光がすうっと集まり、桜の意識を通じて樹の外に出て行くのが分かる。遠くで、青年とシュラインの声が聞こえた。
「天逢樹に取り込まれてしまっていた魂達です。既に肉体の死を迎えた者達ばかりのようですね。桜さんが天逢樹の心を解放して下さったお陰で、皆やっと天上に還れます」
「貴方の、その…大切な人は?」
「そろそろ、目覚めているんでしょう?…姉さん」
 すぐ傍で聞えた彼の言葉に応えるように、一番奥深い闇から小さな、だが強い光が飛び、桜の心を通り抜けた。

「帰りましょう」
 青年の声で、我に返った。いつの間にか彼は桜のすぐ傍に立っており、白い髪の少女の手を取っていた。彼らを見上げた桜に青年は、
「これで、全ての魂があるべき場所に戻りました。桜さんのお陰です。僕一人ではこうまでは出来なかったでしょう。これで仙界まで帰らずに済みます。後は、僕が」
と言い、桜がそっと樹から離れたのを見て反対側の手を空に掲げた。その手には水晶のようなものが握られている。
「何するつもり!?」
 シュラインが叫んだ。
「樹を、封じます。ありがとうございました。シュラインさん、桜さん。お二人のお陰です…」
 次の瞬間、水晶から凄まじい風が放たれて天逢樹を巻き込み、消えた。後に残されたのはシュラインと桜、そして今正に西の空に沈もうとしている満月の最後の光だけだった。

「何処へ行っていたの?大丈夫?怪我は無いの?」
 夜中過ぎて帰宅した桜を、母が血相変えて迎えたのは無理も無いだろう。つむじ風と共に消えてしまった青年と樹。取り残されたシュラインと桜が、夜中の御苑から脱出するのは結構大変だった。一番低い門を探して抜け出したのだが、誰にも見つからなかったのは奇跡に近い。シュラインが気を使ってくれたお陰で、着物を汚さずに済んだのも幸運だった。良い人なのだと思う。依頼料、と言う名目で、桃が三つほど送られてきたのは、数日後の事だった。臨時収入を期待していた桜としては、少々がっかりする所も無くは無かったが、何も知らない母がとても喜んでいたので、良しとする事にした。切ってもらった桃は、瑞々しくて何とも言えない甘さがある。箱につけられていたシュラインの手紙には、『十年寿命が延びるんだって。嘘かホントか知らないけど』とあったが、あながち嘘でもないかも知れないと、桜は思った。

<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1233/ 緋井路 桜(ひいろ さくら)/ 女性 / 11歳 / 学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも 】


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■         ライター通信          ■
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緋井路 桜様

初めまして、新米ライターのむささびです。この度は依頼参加、ありがとうございました。天逢樹の夜、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回はシュライン・エマ様と分業で依頼を遂行していただきました。どちらかと言うと、探偵のような活躍だったかも知れません。
この依頼人は今後もNPCとして時折現れる予定でおりますので、また頼みを聞いてやって下さると嬉しいです。