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<東京怪談ノベル(シングル)>


名物学園 秋の運動会 再び?

台風と、台風の間に雨が降る。
今年はそんな台風の当たり年である。
『大型で勢力の強い台風35号は勢力を強めながら‥今日の夜には関東一体が暴風雨圏内に‥』
「え〜、そんなのやだ! 明日運動会なのに!」
ここは海原家、テレビを見つめていた小さな少女が声を上げた。
「みあおさん、イヤだと言っても、仕方ありませんでしょう?」
側に座った姉が優しく宥めるが‥スックと立ち上がるとみあおはティッシュの箱を掴む。
「どうするつもりです?」
「てるてる坊主作るの。絶対雨なんて降らせないもん!」
その言葉どおり、みあおは一心不乱にティッシュを丸め始めた。
あっという間にリビングのテーブルはてるてる坊主で埋まる。
物干し、軒下、そして部屋の中、外が見えないくらいのてるてる坊主を作ったみあおは、ベッドの上でポンポンと手を叩いた。
「どうか、明日天気にしてください。お願いします! おやすみ!」
外にはぽつり、雨が降りはじまっていた。

チチチ、ピピピ‥
小鳥の歌声が遠くに聞こえる。
みあおは、がばっ! 布団を跳ね除けた。カーテンを思いっきり開く‥
「やたっ! 晴れた。ばんざーい!」
太陽が明るく朝の街を照らす。
大急ぎで起きて、着替えて、ご飯を食べて、もちろん洗顔、歯磨きも忘れずに。
そしてみあおは玄関から飛び出した。
「いってきま〜す!」
朝日の中を駆け抜けていく小さな妖精。
「いってらっしゃい」
姉は小さな妹の姿を見送って手を振った。
母は? キッチンで悪戦苦闘中だろう。
朝に似つかわしくない香ばしすぎる匂いが、鼻腔をくすぐって、姉は小さく微笑んだ。

父兄ボランティアと教師たちの手によって揚げられた大運動会の看板が風に揺れる。
「フレー! フレー! 赤組!」
「負けるな! 白組! 気合だあ!」
悲鳴にも似た熱気の篭った声が校庭に響き渡る。
近年、物事に熱中できない子供が増えている、と言われているがそれはこの学校の生徒には当てはまらない様だ。
今、行われているのは一年生の紅白対抗戦「どっちのお料理でショー」
二年生から六年生まで懸命に声援を送っていた。
買い物籠を持ってエプロンをして、走っているのは白組の天使、純白のドレスに白のエプロンが微妙にシュールだ。
ちなみに、この学園の運動会が別名コスプレ運動会と呼ばれ、仮装が推奨されているのは今更説明する必要も無いだろう。
先にある大きな鍋に紙製の白組はカレー、赤組はおでんの材料を前のテーブルに並ぶ食材から選んで入れるのだが、彼女はイギリス貴族の娘。カレーの材料に悩んでいるようだ。
ほんの少し先行した赤組は妖精の少女。虹色のドレスに赤いエプロンをして前のテーブルから素早くこんにゃくを掴んで籠に入れる。
猛ダッシュで赤い旗の足元のお鍋に入れて戻ると、次の少女にバトン代わりのエプロンと籠を渡す。
「次、頑張って!」
「うん、判った!」
「みあおちゃん、はや〜い♪」
白に大きく差をつけた貢献者を仲間たちは拍手で迎えた。
そのリードを残したまま、赤組の鍋は、たまご、がんもどき、はんぺんを鍋に入れた。そしてたすきをかけた最終走者は大根を持って鍋に向かい、そして鍋に蓋をした。
赤いエプロンが純白のゴールテープを切るとワーッ! と歓声が沸いた。
パーン!
空に鉄砲が響き渡り、赤い旗が大きく振り上げられる。
「ただ今の勝負、赤の勝ち!」
大きな拍手が、勝った方からも、負けたほうからも響き渡った。

「でも、ここって凄いね、ちゃんと勝ち負け決めるんだあ」
転校生の少女の呟きに、ん?とみあおは振り返った。
「どして? あたりまえでしょ。そんなの」
「だって、私の前の小学校勝ち負け無かったよ、負けた子が可哀想だからって。勝敗無しでただ楽しむだけ」
「Why?」
アメリカの貿易商の息子が首をかしげた。勝ち負け無しで何が面白いのか。
「お弁当もね、親子でじゃなくてクラスで食べるの。親がいない子や来れない子が可哀想だからって」
「日本の小学校って、変わってますね。可哀想、可哀想ってそんな特別扱いする方がよっぽどその子に失礼です」
中国華僑の娘が少し怒ったようにため息をついた。自分だって母はいない。だけど、そんな事で自分を甘やかせていたら厳しい中国社会、いや世界の中で自分の力で立つことはできないのだ。
「勝って嬉しい、負けて悔しい、次こそ勝つぞ。それでいいとみあおは思うんだけど、どーかな?」
「うん、こっちの方が絶対面白い!」
少女の言葉と笑顔に、仲間たちはそーだよね。明るく笑った。

1年生の興味走(個人走 趣向あり)は借り物競争だ。だが借りるものは‥、とにかくやってみよう。
「位置について、よーい、どん!」
子供達は一斉にスタートした。10mほど先に並ぶカードから一枚を拾い裏返して‥見る。
「えっと、僕は魔法使いの三角帽子だって」
「魔女の箒、フライングブルーム? どこにあるよ、んなもん!」
「勇者の剣? 侍の刀じゃダメなのかな」
「みあおはドラキュラ先生のマント! せんせー!」
飛び散った子供達は、それぞれの借り物を借りるとそれを持ってゴールへと走る。
鎧の戦士が三角帽子をかぶり、戦隊ヒーローが箒に跨って走る。魔法使いは大きな剣を持ち、天使の少女は悪魔の黒い羽根を、妖精の少女は自分の背丈よりも長い赤裏地のマントを着て引っ張る。
微笑ましく、そして可愛い彼らを見守る観客席から笑顔がこぼれた。
「うわあ、可愛い。あ、ビデオビデオ‥」
「あ、すみません。ちょっとそこどいて?」
例えどんな名門の学園であっても、娘息子の晴れ姿にビデオとカメラに命を賭ける親は存在するのである。

「おかあさ〜ん♪」
「みあお、こっちよ」
広い校庭の横にはこれまた広く、手入れされた緑地帯がある。そこに広げられた水色のビニールシートにみあおはちょこんと座った。
すでにいくつものシートやじゅうたんが敷かれている。そこは保護者の観覧にも休憩にもぴったりの場所である。
横に友達、隣には母、前にはお弁当。待ちに待ったお弁当タイム。
「ねえ、またお弁当のおかず交換しようよ」
友達が膝でシートの上を歩いてやってきた。こら、という小さな親の声にてへっ、と笑って差し出した容器には夏色の素材いっぱいのスペイン料理が詰まっている。
「ねえ、いい? お母さん?」
「もちろん。よろしければ皆さんもどうぞ?」
黒塗りの重箱の中には一般的な家庭のごく一般的な料理がキレイに整列している。
みあお曰く「ジャパニーズ運動会ランチ」だ。
「Ohu!! ビューティフルですねぇ」
パセリの森の中の小さな赤いプチトマト。焼き鳥風からあげ棒。ソーセージにゆで卵、小さなゴマで目を作った「火星人」ハムは胡瓜とチーズを巻いてスティックサラダ風だ。
小さなラップで包まれたのは一口大のてまり寿司。カニ棒、マグロ、生ハム、チーズ。薄切り卵はハート型に抜いてあり、梅と鰹で叩いたペーストはピンク色でまるでお花のようだ。
「これはイチゴですかあ? 変わってますねえ」
「アボガド、美味しいデース。カリフォルニアロール、思い出しまあす」
今年も保護者や友達には大人気のようだ。
目の前にはお返しに並んだ料理、アメリカ、イギリス、トルコ、フランス、中国その他もろもろ。どれも美味しい。
だが‥
母はちらっと隣を見る。
むぎゅむぎゅ‥。
無言で口いっぱいに頬張る娘を少し待って、母は聞いた。心配そうに‥
「‥美味しい?」
「もちろん!」
口元についたご飯粒を母はそっとハンカチで拭った。
母と娘のそれは幸せの時‥。

午後
「さあ、撮るわよ〜」
腕まくりした母はカメラのファインダーを覗き、あれ? 首をかしげた。
周囲の親たちも同じ様子。何故なら‥
「うちの娘、Angelの衣装着てたはずですよねえ?」
「海原さん、うちの娘が着ているのみあおさんのドレスじゃありませんか?」
「あら? あの子ったらいつの間にジュリエットの服を?」
「さあ‥ あれ? うちの子は‥かぼちゃああ?」

混乱する保護者席を知ってか知らずか、少女達は微笑みあう。
「えへっ、このドレス着てみたかったんだ」
「このお洋服ってしっぽ、こういう風になってたんだあ」
「さっきまで天使だったけど、こういう悪魔っぽいのもステキね」
去年は二人でこっそりと衣装交換をしたのだったが、今年は希望者も増えたので、こっそりと皆で集まったのだ。
それぞれの服をくじ引きで交換して、ちょっとした行事っぽくなった。
「でも、みあおちゃーん、重そうだけど大丈夫?」
みあおが引き当てたのは中でも一際大きなパンプキンのワンピースだった。ジャック・オ・ランタンのくりぬいた目。頭の帽子は蔓をモチーフにしたどんぐりのようだ。
黒のシャツとスパッツに緑のカラーパンプキンオレンジに見事に映える。
「うん! これはこれで可愛いしね。おっけー!」
「皆さん、何をしているんです? 午後の行事が始まりますよ」
「はーい、先生。じゃ、行こうか? みんな」
「れっつごー!」
‥午後一番の種目は玉入れだった。
ただでさえ衣装交換で訳わからなくなっているところに、子供達が入り乱れ‥保護者たちはパニックに陥ったという。
子供達には知ったことでは無かったろうが‥。

「今年の総合優勝は‥白組!」
歓声と、ため息、足を踏み鳴らす音と、手を叩く音が混じった後、代表選手が優勝旗を演台の上で大きく振りかざした。
みあおは、それを赤組の輪の中で、ちょっぴり切ない気持ちで見つめていた。
勝てば嬉しい、負ければ悔しい。
でも、それを知るのも大事なことだ。
「次こそは、絶対に勝つぞ!」
赤の代表選手が上げた拳と声に、全ての赤組は声と、心と腕を重ねて空に上げた。

少し出かけてでもいたのだろうか?
外出していた姉が戻ってきた時、黒い革靴と、白い小さなスニーカーが綺麗に並んで待っていた。
「あら、もう帰っていたのですわね。お帰りなさいのただいま。いかがでしたか? 運動会は‥」
「しーっ!(おかえりなさい)」
母はキッチンから顔を出し、声にならない声で姉を出迎えた。
「?」
廊下からそっとリビングを覗いてみると‥
「ああ‥」
そこにはすやすやと寝息を立てる妹の姿があった。運動会の衣装のまま。200個のてるてる坊主を布団代わりに。
「お疲れ様ですわね」
ニュースから天気予報に変わったテレビのスイッチを姉は静かに消した。
そのまま見ていたらこういう声が聞こえたかもしれない。
『この航空写真をご覧下さい。不思議なことに関東一体を覆っていた雲はこの一角だけ抜けています。まるで穴が開いたようなこの現象は気象庁のデータでも実例が無く‥』
ぽつ、ぽつん‥ 雨が降り出してきたようだ。
そっと、窓を閉めると小さな妖精の肩にコートをかけて部屋の外に出た。
「おやすみなさい、よい夢を‥」

夢の中でみあおは、友達と姉達、両親、そして自分達と共に、運動会でグラウンドを飛び回っていた。

「むにゃ‥すっごく楽しかった‥よ♪」