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<東京怪談・PCゲームノベル>


Battle It Out! -hard up teachers-


 01 prologue

「……お金がない」
 小銭のおかげでずっしり重いがお札はゼロ枚、という寒風吹き荒ぶような財布を開いて、水上彰人は何とも情けない台詞を口にした。
「……俺もないですね」
 と、同じく年季入りの財布を逆さに振ってみせ、大竹誠司が言う。
 二人は難しい顔をして、十数秒ほど沈黙した。
「……うーん。財政難」
「ツケにしときます?」
「ファミレスってツケにできるの?」
「微妙ですね。世間一般では無銭飲食とか言うと思います」
「小銭、数えてみる? 十円玉ばっかりだけど」
 水上ははい、と財布を誠司に渡した。スパコン並みの演算能力を誇る誠司は、ばらばらとテーブルに小銭を出し、一瞬ちらりと見てから答えた、
「合計六百五十八円です」
「お見事。頭の中どうなってるの?」
「水上先生、問題は俺の計算能力ではなくてですね」
「なんだっけ」
「六百五十八円では足りないということですよ」
「あ、そうだった」
 ぽん、と水上は手を叩いた。……なんとなく空しくなってきた。
 ――都内某所のファミリーレストラン。
 予備校の社会科講師こと水上彰人と、高校の化学教師こと大竹誠司は、経済的に困難な状況に直面していた。経済的にでも社会的にでも法律的にでも何でも良いのが、端的に説明すれば「もう食べちゃったのに払う金がない」のである。
 責任は、どちらにもあるとも言えるし、どちらにもないとも言える。互いが互いの懐に期待した結果だった。――片やお化けが出そうな安普請住まい、片や高校の化学準備室を占拠、の貧乏教師ズは、日々の食費を捻出するのにも血の滲むような苦労を強いられているのである(一部誇張)。
 そこに通りがかったが百年目。
「あ、綾和泉君」
「あ、綾和泉先生!」
 長身の青年が店に一歩踏み込んでくるなり、二人の貧乏教師は目を輝かせてその名を呼び止めた。
 彼はこちらに気づくと、ウェイトレスの案内を断って二人のテーブルまでやって来た。
「こんにちは。二人揃ってお食事ですか?」
 仕事帰りなのかスーツを纏っており、その着こなしが実に自然で洗練されている。青年実業家とかそんな感じだ。が、実は彼も、二人と同じく教職に携わる人間だったりする。
 綾和泉匡乃は、中性的な線の細い顔に、ふわりと人好きのする微笑を浮かべた。
「よろしければご一緒しても……っと、もうお済みになったようですね」
「いや、済んでない」と水上。
「支払いが」と誠司。
 匡乃は二人に期待を込めた眼差しを送られて、はぁ、と伝票を取り上げた。机の上に散らばった小銭と見比べる。
「要はお金が足りないんですか?」
 足りないんです、と二人は頷いた。匡乃もなるほど、と頷いた。そして苦笑する。
「……お二人にはいつもお世話になっていることですし、今日は私が奢りましょうか?」
 貧乏教師ズは、悪びれもせずお願いします、と頭を下げた。恥も外聞もかなぐり捨てて、とはまさにこのことである。
 人として最低限備えておくべきは、やはり愛ではなく金ではなかろうか。


    02 three teachers

 同じ職業でこの経済的ステータスの差は何なのかと問われれば、計画性の問題だとか一身上の都合だとか曖昧な回答をする他ないのだが、とにもかくにも三人は教師である。
 綾和泉匡乃は年間契約であちこちを転々としている予備校講師だ。授業のわかりやすさと親切さとで人気を集めている。時折ちょっとした裏稼業に手を出すこともあり、稼ぎは良い。
 水上は都内の大学進学予備校に勤めており、一時期、匡乃が同校で臨時講師をしていた。一応元同僚、ということになる。つまり稼ぎはたいして変わらないはずなのだが、ちっとも貯まらないのがミステリーである。
 誠司は高校で化学を教えている。人懐こい笑顔が人気の教師だ。が、『一身上の都合により』金が貯まらないどころか――家がない。彼の家財道具はビーカーにガラス棒にアルコールランプ、火力が必要なときはガスバーナー、である。先日ついに化学準備室から追い出されてしまい、今は水上彰人のボロアパートに厄介になっているわけだが……想像に違わず、それはそれは慎ましやかな生活である。
 職業も年齢も身長もとんとんと並んでいる三人を評価するとしたら、こんな感じか。
 匡乃:情熱も金もある。
 誠司:情熱はあるが金はない。
 水上:どちらもない。
 ――それはさておき、ファミリーレストランで軽食を終えた三人は、そのまま匡乃のマンションへと雪崩れ込んだ。水上と誠司があんまりな貧乏生活をしているため、見るに見かねて夕飯も振舞ってやる気になった匡乃である。
 防犯設備の整ったマンションの上階へエレベーターを使って上り、敷居を一歩跨ぐなり、二人の来客は経済的落差を見せつけられてがっくりと肩を落とした。
「綾和泉君……お金持ちだね……」
 社会人の分際で学生アパートに潜り込んでいる(そしてたまに家賃を滞納する)水上は、なんとなく切ない気分になる。
「そうですか? ほんの三十畳ですよ」
 匡乃はどうぞ、と二人を中へ招き入れる。
「この広さならパーティーができそうですね」
 誠司はきょろきょろと室内を見回し、ざっと面積を計算した。ついでに家賃まで計算してしまうところが貧乏人の悲しい性というかなんというか。
「楽しそうですが、パーティーをやるには華が足りませんね。男三人では」
 匡乃は笑いながら、どうぞおくつろぎ下さい、と二人にソファを勧めた。
「…………」
「…………」
 こんな豪邸(大分誇張)でどうやってくつろいだらいいかわかりません、綾和泉先生。と二人は思った。
 ワンルームの内装は、家主の人柄を反映してこざっぱりとセンスが良い。収納スペースを広く取った間取りのようで、表に物らしき物は出ておらず、目につくのはノートパソコンと雑誌くらいのものだった。本棚は仕事用と思しきテキストで埋まっており、それ以外はちらほらと散文系の書物が見える程度。いまいち趣味が特定できないというか、隙のない部屋だ。彼らしいと言えば実に彼らしい。
 棒立ちしているわけにもいかないので、二人は居心地悪そうにソファへ腰を降ろした。
「何か飲みますか?」
「紅茶ある?」と水上。
「ありますよ」
 何が良いですか、と匡乃はキッチンの上の戸棚を開けた。思わずおお、と目を見張る二人。
「うわ、凄いな。綾和泉君って紅茶マニア?」
 自身も紅茶マニアに近いものがある水上彰人は、そこはかとなく嬉しそうな表情だ。
 食器は四組ほどしかないようだが、茶葉は誰がそんなに飲むのかという充実ぶりである。もちろん匡乃が一人で飲むのだろうが。
 水上が愛飲しているアールグレイはもちろん、ダージリンやイングリッシュブレックファーストなど、定番どころも揃っている。最高品質の茶葉をストックしておく辺りに余裕が滲み出ている。
「これだけあると迷うね。片っ端から試してみたいところだけれど、僕の飲み方じゃ勿体無いな。綾和泉君に任せるよ」
「紅茶にも色々あるんですね。普段は黄色いラベルのあれしか飲みませんよ、俺」
「では癖のない飲みやすいものを選びましょうか」匡乃はダイニングテーブルにティーポットやカップなどを並べる。「妹が持ってきたケーキが余っているんですが。甘いものは平気ですか?」
「折角なんでいただきます」
 誠司は立ち上がって匡乃を手伝う。食器類の扱いが実験器具と同等だ。
「綾和泉先生、センス良いですね。そのカップとか」
「妹から送られたものですよ」
「ああ、汐耶さんですか」
「たまに食事を作りに来るんですがね。部屋が殺風景だと言って、何かしら置いていくんですよ」
「それなら寂しくありませんね。俺はこんな広い部屋を一人で使ってたら手持ち無沙汰になりそうですよ」
 良いなぁ、素敵な妹さんがいて、と誠司。匡乃は微妙な表情で肩を竦めた。
 その妹のところへ食べにいくことが多いため、それほど凝った料理はしない匡乃だが、――余り物で二日は持たせる底辺社会人にとっては、簡単なパスタも大層なご馳走だ。
 今年の偏差値はああだこうだとか教師らしい議論を交わしているうちに日も暮れてきたので、「何でもいいから腹に溜まるもの」という水上のリクエストで匡乃がパスタを作ることになった。炭水化物は必須である。
 ――が。
「……材料を切らしていたようですね」
 冷蔵庫の中を覗き込み、匡乃は困ったなという風につぶやいた。
「一人暮らしの冷蔵庫ってそんなもんだよね」
「俺が何か買ってきましょうか?」誠司が立ち上がる。
「お客さんに買い物させては悪いですよ」
「お金がないから労働力提供ってことで良いんじゃない?」
 と言いつつ、自分はあまり行く気がない面倒くさがりの水上である。
「近くにスーパーがありましたよね。物の数分の距離ですから、行ってきます」
 誠司は悪いからいいですという匡乃を手で制して、部屋を出ていった。
 で、二分ほどしてから戻ってきた。
「……綾和泉先生」
「はいはい、お財布を持っていって下さいね、大竹さん」
 誠司は匡乃から金を受け取ると、改めて部屋を出ていった。
 まぁ、仕方ない。……ないものはないのだから。


    03 three teachers and…

 材料が到着するまでの時間潰しにとワイドテレビで映画など見る傍ら、予備校講師二人は黙々とケーキを食している。取り立てて甘いものを好むわけでもないのになぜか消化できてしまうのは、その上品な味わい故か――
「甘い物か。……誰かを思い出すね」
 水上はぼそりとつぶやいた。
「はい?」
「いや、こっちの話。――この映画、学生時代に見た記憶があるな」
「法学部の出身なら面白いんじゃないかと思いまして」
「タイトル、どういう意味だっけ?」
「雨のように札束を降らせるほど稼ぐ男、などという意味だったと思いますが」
「……雨のように、ね……」
 降らせてみたいものだ。東京タワーの屋上あたりから。
 法律学校卒業仕立ての弁護士が、法廷で社会問題に立ち向かうとか、そういうストーリーだったろうか。いや。
「……結局誰しも最後には金の亡者になってしまうとかいう話だったかな」
「捻くれた見方をしますねぇ、水上さんも」
「でもそれって、金運に恵まれた人間の話だよね。金は天下の回り物とか言うけど、僕のところには回ってこないよ」
「回ってきたものを定着させていないのでは?」
「なんで貯まらないのかな。誠司君が金欠になってしまうのは、まぁ、頷けるんだけど」
「彼も献身的ですよね」匡乃はしみじみと言う。「なかなかできることではありませんよ。想い人のために身を削るなどという行為は」
「健気っていうかなんていうか、だよね。本人はどうも隠してるつもりみたいなんだけど、ばればれ」
 今頃誠司はくしゃみをしていることだろう。
 想い人のために身を削る、というのは文字通りだ。彼が万年金欠なのは何も計画性がないわけではない。病弱な恋人――正確には恋人未満――の医療費を負担しているという事情がある。
「水上さんは、そういう方はいらっしゃらないんですか?」
 ふと思い立ったように匡乃が訊いた。水上は、は? と首を捻った。
「どういう方?」
「ですから、自分の人生を捧げても良いような女性です」
「僕の人生捧げてもたいして足しにならないよね。経済力ないし」水上は自嘲気味に笑う。自虐的、かもしれない。「考えたこともなかったな」
「夏樹さんとはどうなんですか?」
「夏樹君? なんでそこで彼女の名前が出てくるの?」
「……訊いた僕が馬鹿でしたね」
「そういう綾和泉君が一番謎なんだけど」
「ノーコメントです」
 匡乃はおどけるように言って笑った。
「女性の影がありそうでない。綾和泉君の容姿ならモテそうなものだけど。その夏樹君が何より綾和泉さんは素敵だだの何だの言ってるし」
 ま、彼女面食いだけどね、と付け加える。
「謎は謎のままにしておいたほうが面白いでしょう?」
「そう言われると余計に気になるっていうか」
「だから内緒です。――まぁ、今のところ不自由は感じていないんですが」
「不自由を感じないほど女性が言い寄ってくるっていう意味?」
「恋人がいない生活はたいして不自由ではない、という意味ですよ」
「いたことないからわからないけど、いるほうが何かと不自由なんじゃないかという気がする」
「そうかもしれませんね」
 概して気まぐれな性質である匡乃は、同意せざるを得ない。
「家捜ししたら何か出てきたりするのかな。こう、弱点とか。綾和泉君の弱みを握ったら何かと面白そうだ」
「弱みらしき弱みと言えば、もっぱら妹ですか」
 匡乃は眉間を押さえてふうっと溜息をつく。
「汐耶さんって言ったっけ。僕は会ったことないけど」
「図書館に行けば会えるかもしれませんが」
「図書館で働いてるのか。司書か何か?」
「そうなんですよ。本の虫で――って」匡乃は、珍しく慌てた様子で、「何してるんですか、水上さん!」
 いつの間にか本棚から抜き出したらしいアルバムを、水上の手から奪い取ろうとした。水上はひょいと避ける。
「家捜しの一環かな。あ、これ妹さん? そっくりだね。見分けつかなそうだ」
「油断も隙もないんだから、まったく――余計なものを見ないで下さいよ!」
「見て下さいと言わんばかりに本棚に並んでたから。この写真、どっちがどっち? 上背なければ妹さんと入れ替わってもバレないんじゃないかな」
「水上さんって意外に子供っぽいことするんですね!? ちょっと!」
「ふーん、なるほどなるほど」
「何がなるほどなんですかっ!」
 ……やっていることが丸っきり学生である。常日頃から高校生の相手をしているおかげで、いらんところまで感化されてしまっているのかもしれない。
 大の男二人でしょーもないふざけ合いをしているところに、玄関のチャイムが響き渡った。匡乃は水上からアルバムを没収し、本棚の上段に押し込むと(身長がさほど変わらないので無意味ではある)、玄関へ向かった。
「お帰りなさい、大竹さん――」
 両腕に大荷物を抱えているのかと扉を開けてやると――、
「こんにちは。誠司が何やらお世話になっているそうで」
 金髪碧眼おっとり笑顔、長い髪をゆったりと緑色のリボンで結った異邦人が立っていた。斜め後ろで、誠司が何やら気まずそうな顔をしている。両手にスーパーの袋を一つずつ提げており、明らかに四人分の材料だった。
「ユリウスさんじゃありませんか」
 匡乃は驚いてその異邦人の名を呼んだ。
 ユリウス・アレッサンドロ、誠司の親友にして若き枢機卿――要はカソリックの偉い人、である。
「下のスーパーに視察へ行きましたところ、主婦よろしく夕餉の買い物をしている誠司とばったり出くわしましてね」
 スーパーに視察?
「皆さんでご一緒にケーキなどをいただいていると、何やら楽しそうなことを伺いまして」
 天下の甘党だったか、そういえば。
「差し入れなどお持ちした次第です。お邪魔してもよろしいですか?」
 ユリウスは日本酒の瓶を差し出した。
 ケーキが目的でやって来て、差し入れが日本酒。何ともつかめない神父である。
「何だか本当にパーティーを開けそうですね」
「すいません、綾和泉先生……」
「賑やかで良いじゃありませんか」
 そんなわけでm新たなゲストを迎え入れてリビングへ行くと、
「あれ、ユリウス君」ユリウスの姿を認めた水上が、一瞬表情を強張らせた。ケーキの箱をちらりと一瞥する。「……もしかしてケーキが目的だった? 誠司君の帰りがあんまり遅いもんだから、お腹空いてさ……。……食べちゃったんだけど」
 後ろで誠司が、あちゃーと溜息をついた。
「……そうでしたか」ユリウスは目に見えて落胆した表情になる。では、と気を取り直して一升瓶を掲げると、「ケーキの代わりに、食後の飲み会で憂さ晴らしをしましょうか」
 にっこりと笑顔を浮かべた。
 ただの夕食会のはずだったのだが、
 ――何だか妙なことになってきたなぁ、とユリウスを除く全員が思った。


    04 drinking friend

 アルコールが入った時点で、話がおかしな方向へ行くであろうことは十分予測できたはずなのだが。
 留守にしていた間、大切な女性が云々といった話題で盛り上がっていた(?)ことなど露知らなかった誠司は、まさか自分が酒の肴にされるとは思っておらず――
 ちょっぴり逃げ出したい気分だった。
「ええ、まったく涙ぐましい献身ぶりですよ。おかげで何度私が誠司の生活費を負担する羽目になったことか」
「実際、彼女とはどうなんですか?」
「誠司君、あんまりそっち方面に気が回らなそうだからなぁ」
 いや、あの、と誠司は口ごもった。なぜか正座している。修学旅行で異性の部屋へ遊びに行くところを見つかって、廊下で反省中、の高校生みたいだ。
「……皆さん、酔ってませんか?」
 誠司の問いに、
「まだ序の口ですよ」
「私がザルであることなど良くご存知でしょう?」
「僕は飲んでないよ」
 各々はさらりと返した。
 ユリウスと匡乃は言うまでもなくザル、下戸の水上は最初から潰れることを危惧して飲んでいない。酔っているならはぐらかせそうなものなのだが。
「教師四人――ユリウスも、まぁ教師の部類だから――揃って、何の話をするかと思ったら、俺の話なんですか……」
「大竹さんってついからかいたくなるんですよね」
 匡乃は爽やかな笑顔で言い切った。
「この中で一番弄りやすいタイプなんじゃないかな、誠司君って。綾和泉君は尻尾をつかませないし、ユリウス君の尻尾をつかんだらこっちが痛い目に遭いそうだし」
「弄りやすいって何ですか、弄りやすいって! 勘弁して下さいよ……」
「お楽しみはこれからでしょう?」
 必殺猫かぶりの二十七歳コンビが、揃って(邪悪な)微笑を浮かべた。うう、と誠司は縮こまる。
「話を戻しますが、想い人の彼女とはどうなんですか、大竹さん」と匡乃。
「どうもこうも、別に何ともないですってば!」
「何ともないってことはないよね、それなりに覚悟して逼迫した生活送ってるみたいだし」
「水上先生まで……!」
 味方じゃなかったんですか、という誠司の視線を、水上はあっさり無視した。
「大事な人のために慎ましやかな生活を送るのも大変結構ですが、懐に余裕は持たなければなりませんよ、誠司?」その懐にチョコレートを忍ばせている甘党神父が言う。「赤貧の愛も、美しいですが」
 もはや言いたい放題である。
「……酒ですべてを忘れるっていう方向性はありですか……」
 誠司は正座したまま自分の猪口に酒を注いだ。すっかり背中に哀愁が漂っている。
 テレビでは、映画が終幕を迎えようとしていた。主人公のモノローグに耳を傾けつつ、
「愛とお金と正義の対立かな」
 ぼんやりと、水上がそんな感想を口にした。
「愛とお金は良く比較対照として扱われますが、神父様の見解からすれば、やはり愛がもっとも重要なんでしょうか?」
 真面目くさった質問を匡乃がユリウスにする。ユリウスはそうですねぇ、と日本酒を一口飲んだ。
「――正直に申しますと、愛は何事にも勝るというのも、世渡りに必要なものは第一に金銭であるというのも、ナンセンスに思えますね。少なくとも私にとっては」とユリウス。「どちらか一方が欠けては『幸せ』は成立し得ませんでしょう? 貧しい暮らしの中で育まれる愛が嘘だとは言いませんが。赤子が健やかに成長するには、両親の愛情も十分な教育資金も等しく必要です。ですからどちらかがどうだ、と決めるのは、いかがなものかと思うのですがねぇ」
「珍しくまともなこと言ってるな、ユリウス」
 誠司が酒を煽りつつ突っ込んだ。
「私はいつもまともですよ?」
 いまいち疑わしい台詞である。
「大竹さんの愛は、自分の身を削ってまで彼女を支えるという形を取っているわけですからね。確かにどちらがより重要と決めつけられるものではない気がしますね」
 大真面目に愛とか言われた誠司は、ぶっと噴き出した。
「まだ俺の話は終わってなかったんですか!」
「何を言ってるんですか、大竹さん」匡乃は微笑んだ。「今晩の酒肴は大竹さん弄りですよ?」
「いつ決まったんですか!?」
 三人は顔を見合わせた。
「……最初からそうだったよね」
 水上の言葉に、にっこり笑顔で同意する匡乃とユリウスであった。
 ――さて、宴は始まったばかりだ。


    05 epilogue

 酒ですべてを忘れることにしたらしい誠司と、誠司に付き合わされて飲んでいた水上が完全に潰れるまで、さほど時間はかからなかった。
 時刻は夜中の二時過ぎ、リビングでめいめい雑魚寝している二人は放っておくことにし、匡乃はユリウスを玄関まで送り出す。
「何でしたらユリウスさんも泊まっていかれてはどうですか?」
「嫌ですよ、大の男が並んで川の字なんて。あ、四人ですから川ではありませんね。――誠司は置いていきますから、よろしくお願いしますね」
「はい。ま、明日は休みですからね」
「ええ、つまり私には聖務があるということです。礼拝の準備をしなくてはなりません」
「愛について説いていただけるんですか?」
 ユリウスは悪戯っぽい微笑を浮かべた。
「それについては、身をもって愛を実践している誠司に訊くのがよろしいでしょう。私などは若輩者ですよ」
 ユリウスは、おやすみなさい、良い夢を、と言い置いて匡乃のマンションを後にした。
 外気にさらされてすっかり酔いが覚めてしまい、しばらく良い夢は見れそうにない。匡乃は手持ち無沙汰でベランダへ出た。
 夜空を見上げると、月に暈がかかっている。
「明日は雨かな」
 例の映画のタイトルを思い出した。
 部屋の中を見れば、文無しの教師二人が床で寝こけている。
「愛とお金、か」
 なんとなくおかしくなって、匡乃はぽつりとつぶやいた。
 確かにどちらかが欠けては困るけれど、と匡乃は思う、そこそこ楽しい生活は送れるものだ。金がなくとも。
「その場合の犠牲者は、どうやら僕みたいだけれど」
 今日の出費を思うと憂鬱にならないでもなかったが――、まぁ、そのうちたかり返してやることにしよう。もっとも、当分先のことになりそうではあるが。
 とりあえず僕は良いとして。
 二人の二日酔いがどうなるか見物だ、などと考えて、一人笑みを零す匡乃であった。



fin.



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■綾和泉 匡乃(あやいずみ・きょうの)
 整理番号:1537 性別:男 年齢:27歳 職業:予備校講師


【NPC】

■水上 彰人
 性別:男 年齢:28歳 職業:予備校講師

■大竹 誠司
 性別:男 年齢:26歳 職業:化学教師兼IO2プログラマー

■ユリウス・アレッサンドロ
 性別:男 年齢:27歳 職業:枢機卿兼教皇庁公認エクソシスト


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの雨宮祐貴です。
 私生活がどたばたしておりまして、ぎりぎりの納品になってしまいました。お待たせ致しました。
 今回は海月里奈ライターから大竹氏、ユリウスさん二名をお借りしての、豪華(?)飲み会となりました。貧乏教師二人の扱いが酷いことになっていますが、お楽しみいただければ幸いです。ちなみにサブタイトルは『文無し教師陣』の意です。タイトルまで酷いです。
 作中で触れている映画は随分昔に見たものなので、内容うろ覚えだったりします。あまり突っ込まないでやって下さい。
 それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ。