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<東京怪談ノベル(シングル)>


アストロマンティックな一日。


「今朝美さん今朝美さん、それ逆」

 雫の突っ込みも、本日5度めか6度めだ。
 雫は今朝美の手にあるハンディカムをさり気なく奪い取ると、液晶モニタをかちりとひっくり返し、また今朝美の白い手の中に戻した。
「? ……?」
「あのね、画面をこっちに向けないと、録画できないの。……って、まだパークに入ってもいないのに……」
「おや! そうだったのですか!」
 今朝美が、ハンディカムごと雫に向き直る。ズームアップさせられたままのレンズによって、ハンディカムの画面には雫の顔が大写しになった。
「てっきり私はもう園内なのかと……」
「あのね、いま歩いてきたのはアストロマンティック・ウォーク。ただのショッピングモールだよぅ」
「……確かに、父の言うとおり、いい人生経験になりそうです……」
 今朝美はカメラを前方に向け直した。
 画面には、アストロマンティック・スタジオ・ジャパンのゲートが大きく映し出されていた。


 騒がしい今朝美の父が山の森の奥にある御母衣庵に戻ってきたとき、まずは酒が手伝う土産話が始まる。人間とはちがう時間の概念を持つ森の人でも、3時間もの間話を延々と聞かされつづけるのはつらい。今朝美はもう3、4時間の土産話には慣れていたが、その日はさすがに参った。6時間だ。6時間、今朝美の父は近畿に出来たというテーマパークについて話しつづけた。
 しかし、うんざりした反面、延々と聞かされつづけたせいで、今朝美も少々洗脳されてしまったらしい。今朝美もそのテーマパークに興味を持ったのだ。
 そのテーマパークは、米国の有名映画配給会社『アストロマンティック』が運営しているもので、映画の世界をそのまま現実の世界に持ってきてみたという無茶な遊園地なのであった。今朝美の父は現在映画関係の仕事をしているが、今朝美はいまだ浮世から離れている。さすがに映画というものがどういうものなのかぐらいは知っているが、有名な作品というものはひとつも見たことがないのだった。
 それでも、父の話でうっかり惹かれてしまったのは確かだ。そのテーマパークには力と色があるにちがいない。
 今朝美は過去3回行ったことがあるという瀬名雫にASJの案内を頼んで、山を降りたのだった。なぜか、父と行こうとは露ほども考えなかった。


「今朝美さん、『ファングズ』知ってる? 人喰いシャチの映画」
「いえ……」
「じゃ、『白亜紀公園』観た? 始祖鳥が襲ってくるの」
「名前くらいは……」
「……『ドミネーター』は……? 未来から来たサイボーグが大暴れ……」
「……」
「そんじゃ『センチピードマン』ももちろん知らない……よね……」
「残念ながら……」
「『ファイアーワールド』なんかもってのほかかぁ」
「ああ、それは観ました」
「よりによってあんな映画だけ?!」
 平日の開園直後であるが、人は多い。雫は今朝美の着流しの袖(テーマパーク内にあっても、化粧師・御母衣今朝美は忘れな草いろの着流しだ)を掴んで、勝手知ったる我が家のように、園内を歩き回っていた。今朝美はズームアップしたままのハンディカムで、人の頭や頭や頭を映している。
「今朝美さん、アクラクション乗ってる間とショー観てる間は撮影禁止だかんねー」
「わかりました」
 とは言いつつも、今朝美はすでに雰囲気に呑まれ、視線が泳いでいた。
 東京の街中のようだ。人の流れが水の流れのように見える。
 しかし、パーク内は――造られた街は、今朝美がよく知る日本のものではなかった。ハリウッド、H.Y、L.Aがあるようだった。行ったことはないが、写真と映画で、ほんの数度だけ見たことがある。長く生きている今朝美が、実際に見たことも行ったこともない街だ――。外国の町並みだというのに、歩いている人の群れは、日本人が織り成している。
「……素晴らしい。未知の『色』が、ここに――」
「あーっ! 今朝美さん今朝美さん、チャンスチャンス! 『センチピードマン』の待ち時間が30分! あの待ち時間表示ね、思いっきりサバ読んでるから、実際の待ち時間半分なんだよ!」
 むちうちになりそうなほどの勢いで後ろに引っ張られた今朝美は、ハンディカムを回しながら雫に連行されていった。


「……素晴らしかった……」
「でしょ! でしょ!」
「どういう仕掛けなんでしょう? ムカデ男さんが目の前にいました」
「『あんしんめがね』の力!」
「人間の科学力はここまで来ましたか……」
「今朝美さん、なんかその言い方、宇宙人みたい……」
 そこまで言って、あ、宇宙人といえば! と雫が顔を輝かせた。
 この、雫の、くるくるとリスのように変わる表情を見ているだけでも今朝美は飽きない。ふうっと微笑んで、今朝美は首を傾げてみせた。
「さ、次はどちらに連れて行って下さるのですか?」
「『U.T.』だよ! 今朝美さん、きっと気に入るから!」
 映画『U.T.』を、残念ながら今朝美は観ていなかった。ただ、その音楽と、主役の宇宙人はかろうじて知っていた。目ばかり大きい頭部に、貧弱な手足。だが、植物を食べる温和な異星人であるらしい――雫が待ち時間に、わかりやすく説明した。今朝美は生徒のように素直に説明を聞き、あらすじで感動した。
「それは、是非観なければなりませんね」
「これ乗ったあと、もっと観たくなるよ」
「このパークの乗り物は、みなそうです。乗ったあとに観たくなります」
「でもね、それが目的でつくってるわけじゃないんだよ?」
「ええ。ここには大きな悪知恵もない」
 今朝美が袖から取り出した筆をくるりと回した。
 筆にのった色は――
「わ、きれい!」
「ああ、これは、『夢』の色です――」
 穂先を見つめるふたりの、待ち時間が終わった。


「でもね、ちょっと心配だったんだ」
 主だったアクラクションをまわって、まずは小休止。雫のテンションと山育ちの今朝美の体力をもってしても、休憩は必要になっていた。さほども味はよくない――テーマパークの飲食物といえば対外そうだ――特製ジュースを前にして、雫が短く溜息をついた。
「今朝美さん、静かなところが好きでしょ? 映画だって観ないし、楽しめるかなって……」
「実を言えば、私も心配でした。父に洗脳されてやって来たようなものですからね」
 実際、各種チケットやホテルを手配したのは今朝美の父だ。今朝美は苦笑しながら、水彩紙を取り出した。
「しかし、取り越し苦労でした」
 さらさらと――夢の色が水彩紙を走る。
 ぼんやりと、夢をまといながら現れ……かけて、消えた姿があった。おぼろなU.T.の影だった。雫が大きな目を輝かせた。
「惜しい! もう少しで出てきそうだった! 現実に!」
「はて、どうして失敗したのでしょう? ……映画を観ていないからでしょうか?」
「色が足りないのかもね」
「採るには、またあの自転車に乗らなければなりませんか」
 レストランの外に、人だかりが出来はじめている。
 そうして、賑やかな音が聞こえてきた。レストランにいた人々が、皆そそくさと外に出ていく。
「そうだった! そろそろ、パレードだよ」
「外に行きますか?」
「大丈夫、こっからでも見えるはず!」
 雫が、子供のように窓にへばりついた。
 その様子を、今朝美が微笑みながら映像に残していく。
 画像にも、残していく。
 雫と、その瞳の向こう側にあるパレードだ。
 筆を虚空に浮かべて、すうと引けば――先ほどとまったく同じ色が、穂先にのった。夢が、空気に混じって踊っているらしい。
 パステルカラーよりは大人びた色の中に、モンスターと、獰猛な恐竜と、爆発、爆風が見え隠れし――
 笑顔と鼓動が、浮き出ているのだ。
「……描くのは、勿体無い」
 今朝美は微笑み、筆と紙をしまった。
 雫が今朝美の袖を引っ張り、歓声を上げて、踊っているU.T.を指した。




<了>