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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 閑話休題 - 一陣の風 - 】


 人は見かけによらない。やっぱり中身で判断しなきゃ。
 学校で恋の話で花開く女子たちの声が耳に入ってきて、確かにそうかもしれないと妙に納得してしまった。
 一人、その言葉がよく似合う人物を頭の中に思い浮かべたからだ。
 どんなに見た目が異形のものでも。
 他人とは違う何かを持っていたとしても。
 人間中身によるものだ。

「あー、弓、教えてもらおうかなぁ」

 つぶやいた彼女の一言を、聞き取るものはいなかった。いたとすれば屋上を駆け抜けていた風だろうか。
 もしかしたら、そんな自分の言葉を、風が届けてしまうかもしれない。
 風は友達。
 たくさんのものを自分に教えてくれる。だからたまには、自分のことを誰かに教えるなんてこともあるかもしれない。
 ぼんやりとそんなことを思いながら、昼休みの終了を告げるチャイムが聞こえてきて、屋上にいた人々が動き始める。
 そんな人の波にのって、教室へと戻ることにした。

 ◇  ◇  ◇

 一番忙しい時間を終えた紅茶館「浅葱」は、静寂とまでは言わないが、落ち着いた空気が流れていた。
 そろそろ買い物帰りの休憩をするものや、学校を終えた学生でまたにぎやかになるのだろうが、このゆっくりと流れる午後一番の雰囲気がファーは好きだった。
 この紅茶館「浅葱」のウエイターをするようになってずいぶんたち、自分の環境も店も様々な変化を見せてきたが、この時間だけは変わらない。
 だから、よく知るものは、午後一番を狙って店を訪れることも多い。
 わかっているのだろう。穏やかな空気が店には似合うことを。
 カラン、カラン、カラン。
 来客を告げるカウベルにつられて「いらっしゃい」と言葉を投げるファー。背に漆黒の片翼を背負ったまま、何食わぬ顔で毎日を過ごしている彼にとって、
「ファー」
 親しい間柄である友人の来客は、心から嬉しいものだった。
「ああ、凛。待ってたぞ」
 入ってきたのはショートカットの黒髪がよく似合う女子高生。あまりきりっとしているとはいえない瞳で、ファーを見つめていた。
「風が、教えちゃった」
「ああ。さっき外に出たときに、ふっと声が聞こえてきて。やっぱりお前だったか」
 口ではそんなこと一言も告げていないが、カウンターのところまで入って来いと言わんばかりの目で返すと、彼女は理解したようで、首を一つうなずかせるとカウンター席に腰をおろした。
「それにしても、ずいぶんな荷物だな」
「最近弓買ったから、教わろうと思って」
「弓を? まったくの素人か」
「少しかじったぐらい」
「なるほど。じゃあ、店閉めてからどこか撃てそうなところに行こう」
 ファーは話しながら彼女へ出すための飲み物を用意する。暖めたティーカップとそろそろ飲み頃となる紅茶が淹れられたティポットを出すと、「よかったら飲んでくれ」と声をかけた。
 彼女は首を一つうなずかせて、ありがたくいただくことにする。
 そんな様子をのんびり眺めながら、ふと、彼女と出会ったときのことを思い出していた。
 風の強い日、だっただろうか。
 台風が近づいていて、みなが慌しく帰宅しようとしている時間。ファーもそろそろ店を閉めようかと思っていたのだが、一人の来客があった。
「いらっしゃい」
 閉店間際の時間だったが、快く客を迎え入れたファーに、一言その客が告げる。
「風が、いい香りがするって教えてくれたから」
 それが、彼女――青砥凛だった。
 スローテンポでマイペース。ファーが受けた第一印象はそんな感じだ。よく話を聞くと、紅茶館「浅葱」を訪れているある青年の同居者らしく、意外な接点だと、ファーは苦笑を漏らした。
「あいつが雨で、お前は風ね。面白いコンビだな」
「そう、かな」
「けれど、二人とも腕は立つんだろう? だったら、面白くていいコンビだな」
 自分の背中に生えている翼を見ても、なんの言葉も漏らさなかったのは、自分も特殊な力を持っているからだそうだ。
 凛は風と仲がよい。風の声を聞き、先見をすることができる。
 そして今日、凛が遊びにくるかもよ、とファーに告げたのも風だった。
「そう言えば……彼が言っていたけど、羽根の噂を聞いたって」
「羽根の!」
 ぽつりと漏らした凛に、噛み付く勢いで返答するファー。
「噂だから、真相かどうかわからないけど。んー……」
「一体どこで? どんな噂だった? その話を聞いてからどのくらい経って」
「忘れた」
「凛、しっかりしてくれ」
 肩を落としながらも、どこか彼女らしいと苦笑を漏らす。

 ファーが過剰に反応する「羽根」という単語。
 気配を感じたら、店を放り出してでも、一目散に駆けて行ってしまう。
 凛はその理由を知らない。

「今、聞いてくる?」
「いや、いい。俺も他人ばかりを頼りにして、自分で何もしないわけにはいかないから、何とか自分でやってみるさ」
「ファーは……その羽根となんの関係があるの」
 素朴な疑問を口にしてみたが、ファーの表情がほんの少し厳しくなったのを感じ取って、聞いてはいけなかったのかもしれないと少し後悔をした。
 けれど気になる。
「俺、片方しか翼ないだろう。その片翼が飛び散ってしまっているんだよ」
「だから、集めてる?」
「ただ自分の片翼だからというわけだけじゃない。集めたって元には戻らないからな」
 根底から断ち切られてしまっているというファーの片翼。漆黒がイメージさせるのは、まるで堕天使。
「じゃあ、どうして」
「羽根には力が宿されている。手にしたものを、殺戮の快楽に陥れる、強大な力が」
「殺戮の快楽」
 思わず復唱して口にこぼす、ファーが平然と口にした単語は、そのままの意味なのだろうか。
「そうだ。人を傷つけること、切り刻むこと、殺すことで快感を得られる。そんな感覚になるんだろうな」
「どうして、ファーの羽根がそんなことを」
 今度はうつむいて、完全に表情を曇らせてしまうファー。さすがに、これは悪かったと思い、凛がすぐに「突っ込んだこと聞いて、ごめんなさい」と謝罪をした。
 そうこうしている間に、店が学校帰りの学生で込み合ってくる。
 慌しく動かなければいけなくなったファーは、先ほど凛が口にした一言など気にした様子もなく、いつもと変わらぬ接客をしていた。
 気のせい、だったのだろうか。ファーが苦しそうに表情を曇らせたのは。
 いや、間違いのはずがない。
 凛はもう冷めてしまったティーポットを傾けて、二杯目を口に含んだ。広がる渋みと強すぎる紅茶の香り。飲まれるのを拒んでいるかのような態度の紅茶は、まるで、聞いてほしくないと全身でうったえている、今のファーのようだった。

 ◇  ◇  ◇

「待たせたな、凛。この辺りで弓が引けるところはあるか」
「武道場が近くに」
「じゃあ、そこに行こう」
 店を閉める作業を終えると、エプロンをはずすファー。
「あの、ファー」
「どうした」
「ごめんなさい。辛いことを、聞いてしまって」
「いいんだ。俺も、まだ、全部を語れる自信がなくてすまない。そのうち、お前にもあいつにも、きっと全部話すから」
 ファーは恐れているようだった。そう、凛の目には映った。
 冷静で、変わらぬ態度で接してくれるファーが見せた、一瞬の曇り。あんな一面もあるのだと、ファーが恐れるものもあるのだと、凛は思った。
 だから彼は、背に片翼を背負っていても、人間らしく見えるのか。
 そうか。そんな一面がよけいに、彼を人間らしく見せているのか。

「人は見かけによらない。中身で、判断しなきゃ」
「どうした、突然」
「あ、いや。今日学校で女の子がそんなこと言ってて。まさにファーだなって思った」
「俺が?」
「そう」

 見かけによらない。
 いい意味で、見かけを裏切る人間らしさ。
 だからきっと。

「一緒にいて、心地いいから」

 この感覚は風に似ている。
 自分を取り巻き、様々な声を聞かせてくれるやわらかな風。

 もしかすると、吹き荒れる風の一陣は、彼なのかもしれない。




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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖青砥・凛‖整理番号:3636 │ 性別:女性 │ 年齢:18歳 │ 職業:学生&万屋手伝いとトランスのメンバー
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「ファー」との一日を描くゲームノベル、「閑話休題」の発注あ
りがとうございました!
全てお任せしていただけましたので、とりあえず二人のなんの変哲もない日常を
テーマに会話中心の作品とさせていただきました。凛さんとの出会い話から、凛
さんがファーに思うこと、ファーの秘密がちょっとだけ凛さんにわかってもらた
ことなどなど、詰め込ませていただきました!
気に入っていただければ、幸いです〜。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、いつでも紅茶館「浅葱」へお越しください。お待ちしております。

                         山崎あすな 拝