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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


温かい手

 その日、興信所を尋ねてきたのは一組の親子だった。
 母親は40代、やや小太りで、銀縁の眼鏡を掛けた顔やきついパーマの髪、いかにも高級そうなスーツから、典型的な教育ママと見える。
 娘は16〜7歳、有名進学私立高の制服に、平凡で大人しそうな顔付きをしている。
 依頼は娘に関することなのだが、母親の方が一方的に口を開いた。
 自分の娘が如何に優秀で頭の良く、将来有望であるかと言う自慢話の合間に折り込まれた依頼内容をどうにか聞き取って整理してみたところによると、娘は夏休みを終えた頃から夜な夜な奇妙な体験をしている。
 娘が眠りにつくと決まって、誰かが手足を引っ張るのだと言う。
 最初は足。恐ろしくて布団を退けて見る事が出来ないのだが、温かく、自分と同じくらいの大きさだと娘は言うらしい。
 それは酷く強い力で、娘をベッドから引きずり下ろそうとする。
 恐怖の中、どうにか引きずり下ろされまいとしてベッドにしがみつくと、今度はその手を引っ張られる。
 手足を同時に引っ張られて、体が千切れそうになるほど痛い。しかし、娘の手を引く別の手のお陰でベッドから落ちないでいられる。
「あの……、私、何か悪い霊でも憑いているんでしょうか?」
 不安そうに娘が上げた声を、母親が咎める。
「だってママ、変じゃない。私の部屋に誰もいないことは、ママだって確かめたでしょう?それに、別の部屋で眠っても同じなの。だったら、私に何か憑いてるとしか思えないわ」
 何をばかげたことを……とでも言うように母親は深い溜息を付く。
 どうやら興信所に来ると言ったのは娘の方で、母親はかなり渋っていたらしい。それでも下手に霊媒師に見せるよりは、草間興信所を選んだのだそうだが、どうせなら娘一人で来て欲しかった、と草間は思う。どうもこの母親がいると話しが前に進まない。
「でも私、別に霊に憑かれるようなことはしていません。肝試しだってしたことがないし……」
「その、君を引っ張る手はどんな感じか分かるかな?」
 尋ねてみると、娘は暫し自分の手を見てから答える。
「私より、手を引っ張る方は大きいです。少し肉厚な感じで……、足を引っ張る方は私と同じくらい。どっちも温かくて、普通に生きてる人の手みたいな感じなんです」
「別の部屋で寝ても同じだと言ったね?」
「はい。私の部屋がおかしいのかと思って、別の部屋で寝てみましたけど、同じでした。試しに一人暮らしをしている姉のマンションにも泊まってみたんですけど、やっぱり眠ると誰かに引っ張られるんです」
 今は10月。夏休みを終えた頃からと言うと、もう1ヶ月は眠れない夜を過ごしていることになる。流石に、目の下には隈があり、どこかやつれた、疲れ切った顔をしている。
「分かりました、こちらで引き受けましょう」
 草間は母親に言ってから娘に少し笑って見せた。
「大丈夫、その辺の下手な宗教家や霊媒師に頼むよりうちの方が安全且つ確実だ」
 不安そうに草間を見上げる娘。
「急いで人を手配しよう。その間にもう少し詳しく話しを聞かせて貰えるかな?ええと、君の名前は?」
 白石真由、と娘は答えた。

 「そろそろ塾の時間なのに」と、白石真由の母親がブツブツ言い始めた頃になって、真名神慶悟とセレスティ・カーニンガムが興信所にやって来た。
「お嬢さんの体と塾と、どちらが大事なんですか」
 と綾和泉汐耶に言われて母親は一応口を閉ざしたが、塾の方が大事だと言いたげな顔をしている。
「長引くようでしたら真由さんの勉強にも支障が出ると思いますし、早い内に解決なさった方が良いんじゃないかしら。夜眠れないと頭に入ることも入らなくなりますもの」
 観巫和あげはの言葉に、母親は今日一日だけは塾を休むことを許した。
「それで、一体どう言う状態なんだ?具体的に話してくれないか」
 電話で聞いただけでは今ひとつ内容が理解出来ない。自分達が着くまでの話しの経緯を求める慶悟に、シュライン・エマは紅茶のカップを手渡しながら真由の体に起きる不思議な現象を説明した。
 汐耶とあげは、たまたま学校帰りに立ち寄った海原みなもにも説明をしていたところだ。
「 一ヶ月も満足に眠る事が出来ないのは大変辛いと思います。眠って居ない様に見えて、少しの時間でも集中的に眠っているから、一ヶ月も長い間その手に捕まれるという事がありながら今まで大丈夫だったのでしょうね」
 話しを聞き終えてセレスティが言うと、みなもも頷いた。
「一晩眠れないだけでも辛いのに、一ヶ月なんて」
 しかし母親は二人の言葉に「うちの娘は何時も夜遅くまで勉強しているので夜更かしには慣れているんです」と答える。すると娘は、小さく溜息を付いた。
 シュラインと慶悟は軽く目を見開いて母親を見る。どうもこの母親が邪魔でならない。
 手を引かれるのも脚を引かれるのも、この母親が原因のストレスではないのか、と思ってしまう。
「武彦さん」
 シュラインが草間を呼んで真由と母親に聞こえないように耳打ちをすると、草間は少し嫌そうな顔をしたが、頷いて母親に向かって笑みを浮かべて見せた。
「えぇと、失礼。料金や調査の方法について説明したいので、ご一緒願えますか?ああ、お嬢さんなら大丈夫ですよ。うちの優秀なスタッフがついていますから」
 草間に言われて、母親は少し不満そうな顔をした。娘を見ず知らずの、しかも興信所などと言う場所に一人残すことも心配らしく、草間に外に招かれても動こうとしない。そこで汐耶が、
「真由さんに詳しくお話を伺っておきますから、お母様はどうぞご心配なさらずに」
 と母親の背を押して、どうにか席を外して貰うことに成功した。
 真由の前ではあったが、6人は邪魔者の退散にホッと胸を撫で下ろす。これで真由から直接じっくりと詳しく話しが聞ける。
「それにしても草間さん、どうしたんですか?いつもなら料金の説明なんて面倒くさがるのに」
 ふと、大人しくシュラインの言葉に従った草間を、あげはは不思議に思う。
「さあ、どうしたのかしら……、実はこの間書いた辞表をね、武彦さんに預けてあるのよ。一応、今のところは辞める気はないんだけど。でも、何時どうなるか分からないでしょ?そうしたら、最近何だかとっても仕事熱心になってね……」
 何でもないことのように答えるシュライン。
 5人は一瞬絶句してシュラインを見て、それから軽く視線を逸らした。
「あら、どうかした?」
「いえ、別になにも。さて、そろそろ真由さんにお話を伺いましょうか」
 セレスティは苦笑して真由の座った方に顔を向けた。

「脚を引き手を引き……と聞くと大岡越前ではありませんが、真由さんの取り合いをしている様な印象ですね」
 あげはが言うと、「大岡越前」と言う言葉に反応してみなもが頷いた。
「大岡裁きになる前になんとかしないといけませんよね……」
 大岡裁きならば痛がる子供の手を離した方が母親と認められるが、真由の場合はどうなるのだろう。手を引かれ引き揚げられた先に何が起こるのか、脚を引かれ引きずり下ろされた先に何が起こるのか。
「引かれるタイミングから行くと手を掴む手はそのまんまだが『救いの手』の様な気がするな。温もりを感じるという事は縁者だからか?悪意や深い想いを抱く霊魂はその業の深さ故地に縛られ脚に憑くと言う。地獄や黄泉の概念から地の底に死者の国があるとするからだろうが……」
 慶悟が言うと、真由は不安そうに身震いして自分の手足を撫でた。
「あの、もしかして誰か私に悪意を持っている人がいるんでしょうか?それから、私を助けようとしてくれている人が?」
「それはまだ分からないわね。もう少し詳しく話しを聞いてみないと。こんな事を言うと気を悪くするかも知れないけれど、悩みやストレスがこう言った現象を引き起こしている場合もあると思うから。ああ、でもその線から行くと、単純に考えて過去と未来の自分の手とか?」
「そうですね。詳しくは知りませんが、有名私立校ではストレスもそれなり……だと思いますし、道を選んだり選ばされたり、自分の意思で思う様に行かなくて引っ張られる感覚を感じているのかも」
 汐耶とあげはが言うと、真由は頷いて母にも同じ事を言われたと溜息を付く。
「勿論、ストレスはあります。母は何時も私の成績や進路のことしか考えていませんし、学校でも塾でも、勉強勉強って言われ続けてますし。心因性だと、私自身が解決しないといけないとは分かっているんです。でも、どうしたら良いか分からなくて。あの、霊とかそう言った類のことじゃなくても、お話だけでも聞いて頂けますか?」
「教育熱心な環境では息の詰まることもあるでしょう。時間の許す限り、ここにいて話しをして下さって構いませんよ」
 そう言ってからセレスティは真由の手に触れる。
「失礼。足を引く手はキミと同じくらいで、手を引く手は大きくて肉厚だと言いましたね。私の手ではどうですか?似ていますか?」
 真由はセレスティの手に触れてから、首を振った。
「いえ、大きさ自体は多分、あなたより小さいと思います。厚みって言うんでしょうか、肉付きがもっと良い感じです」
「今居る面子の中に近い感じの持ち主いるかしら?」
 汐耶が促し、全員が真由の前に両手を差し出して見せるが、真由は首を振った。
「足を引く手は、私と同じ位ですから、多分あなたに一番近いと思います」
 と、みなもの手を見る。
「でも、手を引く方は皆さん違います」
 確かに、全員「肉厚」とか「肉付きが良い」と言う言葉に当てはまるような手ではない。
「それじゃ、私達よりもう少し体格が良い人間と言うことになるかしらね?失礼だけれど、真由さんのお父さんの事を聞かせて貰えるかしら?」
 自分達より大きな手で、真由の縁者と言えば父親だろうか。シュラインが尋ねると、父親は現在ずっと海外に単身赴任をしていると真由は答えた。父親は家族そろって移住することを望んだが、母親が進学は日本の方が良いと言い張って2人日本に残ったのだと言う。
 肉厚の大きな手と聞いて一同は父親の手をイメージし、もしや既に亡くなっているか離婚しているか……と想像したのだが、どうやら違っていたらしい。
「足を引くのは同い年の子供、手を引くのは大人の男の手とか、父親だとは考えられないか?思春期の子供の霊は寂しさ故に友を引こうとする。だが、それをさせまいとして父親或いは知人の大人の男が真由の手を掴む……という推測だが」
 慶悟が尋ねると、真由は暫し考え込んだ。
「多分、違うと思います。父は痩せていて、手の大きさはそちらの方と同じくらいですから。他の大人の男の人と言うのは、ちょっと思い当たりません」
 全員が、真由が指差したセレスティの手を見る。
「では逆に、女の方ではどうです?例えば、キミの母親。」
 セレスティには見えないが、母親は小太りだとシュラインが言った。それから考えると、真由の言う「肉厚な手」に最も近いのではないか。
「母、ですか?」
 自分の母親の手の形を思い出すように小首を傾げた真由は、すぐに頷いた。
「そう言われてみれば、確かに母の手に一番似ていると思います。母と手を繋いだのなんて、随分前ですから絶対と言う訳ではありませんけど、多分、感じは一番似ていると思います」
「あんたの言う通り、手を引く方が『救いの手』なんだとしたら、真由さんを引きずり下ろそうとする何かから、お母様が守っているってことになるのかしらね?」
 シュラインが言うと、みなもが暫し考えてから口を開く。
「でしたら、足を引く手の方は一体何なんでしょう?真名神さんの仰るとおり、同い年の子供だとしたら、何か原因がありますよね?例えば、塾や学校で自殺した方がいるとか、事故で亡くなった方がいるとかありませんか?9月頃に何か変わった事があったとか?」
 真由と親しい人間ではなくても、何かしら接点があったと言うだけで絡んでくる者がいるかも知れない。そう言って、みなもはインターネットの検索ページを開く。
 真由は親しい人物や塾や学校の周りでは特に自殺や事故はなかったと言うが、検索をかけてみると真由の自宅近くで夏休みに女子高生が一人事故で亡くなっていた。
「この名前に聞き覚えは?」
 亡くなった少女の名を読み上げて尋ねる慶悟。しかし、真由は首を振った。真由の記憶の限りでは学校にも塾にも、同じ名前の人物はいないと言う。
「夏休み中の日程なんかも聞いて良いかしら?9月に入って現象が起き始めたのだったら、もしかしたら夏休み中に何かあったのかも知れない」
 シュラインが言うと、お盆以外は午前中に学校の補習授業、午後から部活、夕方からは塾の夏期特別講座に行き、お盆間は補習も部活もなく、塾の集中講座に参加したと答える。特に代わり映えのない勉強ばかりの夏で、遊んだと言えば母親に内緒で1日だけ塾をサボり、友人とカラオケに行ったことと夜更かしして友人と長電話をしたこと位だと言う。
「まあ、進学校の生徒さんってそんなに勉強しなくちゃならないものなの……?」
 思わず呟くあげはに、みなもはブンブンと激しく首を振った。みなもは今のところ、そんなに勉強漬けの毎日を送った記憶がない。
「いえ、あの……、成績が下がると母が五月蝿いので」
 そう言われて、一同納得して頷く。
 しかし、そうも代わり映えのない毎日を送ったと言われると、サッパリ手がかりが掴めないので困る。
「そう言えば、素朴な質問なんですけど、お布団で寝たらどうなるんでしょう?お布団から引きずり出されるんでしょうか?」
 少し休憩を挟もうと言ってシュラインが紅茶を入れ換え、貰い物のクッキーをテーブルに並べた時、ふとみなもが口を開いた。
「あ。それは同じでした。自分の部屋で眠るのが怖くなって、居間で寝た時に床に直接お布団を敷いたんです。でもやっぱり同じで。姉のマンションではソファベッドに寝たんですが、こちらも同じでした」
 真由が答えると、続けて セレスティが口を開いた。
「その現象は、キミだけに起こっているのでしょうか。お姉さんのマンションでも試してみたと言っておられますが、その時は同じ部屋で就寝されて、お姉さんは引っ張るという現象をご覧になりましたか?」
「ああ、そうね。それが気になるわ。真由さん以外の人にもその手は見えるのかしら?」
 シュラインも続けて尋ねる。と、真由は少し声をひそめた。
「あの、母には絶対に言わないで頂きたいんですけど、私が泊まった日、姉は留守だったんです。彼氏と一泊旅行に行くとかで。ですから、姉は私が眠っているところを見ていません。母もそうです。私の気のせいだと言って確かめてはくれませんから」
「場所が変わっても手足を引かれ、身体に傷みもあるわけだな?だとすれば、早急に何とかした方が良い。もし足を引く手に強い力があれば、ベッドから引きずり下ろされた時に命も取られてしまうかも知れない」
 決して真由を怖がらせる為ではなく、純粋にその可能性を危惧する慶悟。
「手足を引く相手がハッキリと分からない以上、実際に現象が起こるのを見て対処するのが一番の早道の気がします。今ここで眠れと言われても眠れないでしょうから、何処かホテルの一室を借りて様子を見てみるのはどうでしょうか?」
「そうですね、真由さんさえ良ければそれが一番良い方法だと思います。霊とかだったら、私は手を打てないですけど……。でも、」
 問題は真由の手足を引く相手よりも母親だと汐耶は呟く。
「そうですね……、真由さんは未成年ですし、矢っ張りお母様の許可がないと」
 あげはが溜息を付く。と、セレスティはにこりと笑った。
「それは、草間さんに頑張って頂きましょう。そのまま引き留めておくようにとでも電話を入れて」

 興信所から一番近いビジネスホテルの一室で、真由はベッドに横たわっていた。
 いきなり眠れと言われてもそう簡単に眠れるものではない。セレスティと慶悟には外で待機して貰い、シュライン、あげは、みなも、汐耶の四人が室内で真由をリラックスさせるべく他愛ない話に花を咲かせた。
 初めは少し緊張していた真由も、ここ一ヶ月の睡眠不足からか次第にうとうととし始め、ついに会話が途切れた。
 暫くしてから名前を呼び、完全に眠ったことを確かめてからセレスティと慶悟を室内に呼ぶ。
「今のところ変わった様子はないようですね」
 堅く目を閉じた真由は規則的に呼吸をくり返し、セレスティの声にも反応がない。
「それにしても気持ちよさそうに眠るわ。余程睡眠不足が祟ってるのね」
 見ている自分まで眠たくなりそうだと、汐耶は笑った。
 いっそこのままゆっくり寝かせてやりたい気もするが、問題を解決しない限り真由に安眠は訪れないのだから仕方がない。 
 真由には慶悟があらかじめ動くことと傷みを禁じた禁呪の符を預けてある。もし今日ここに手足を引く者が現れても真由が苦しむことはない。
「念写をするなら、今の状態と異変が現れてからの両方をやってくれないか?」
「あ、はい」
 デジカメを取り出したところで慶悟に言われ、あげははすぐにカメラを構えた。
 真由の全身が映るように部屋の中程からシャッターを切る。
 すぐに画像を確認すると、枕もとに上げられた手に『1』、布団に隠れた足元に『5』と言う数字が映っている。
「何でしょう、1と5って?」
「手が1で足が5、ですか……?」
 二人並んで首を傾げるみなもとセレスティ。
「片手片足に指が5本ずつなんてのじゃないわよね。何かしら。1と5……」
「足して6、引いて4……。関係なさそうねぇ」
 こちらも揃って首を傾げる汐耶とシュライン。
「引き上げて1、引きずり下ろして5と言う意味か?上に行くと1で下に落ちると5、とか」
 慶悟の言葉に、「ん?」とみなもが反応する。
「上がって1、落ちて5……。もしかして、成績とかでしょうか?」
 勉強漬けの真由には何となくそんな印象がある。
「なるほど、上がると1で落ちると5……、間の2〜4が分かりませんが、そう言われるとそんな気もしますね」
 セレスティが言うと、あげはが口を開いた。
「するとやはり、心因性のものでしょうか?成績を上げなくちゃいけないと言う思いと、成績が下がったらどうしようと言う焦りが手足を引いているとか……」
「1と5って言うのが成績の順位だとすれば、そう考えるのが一番妥当よね。ストレス溜まってるのかしらね?」
 霊が相手ならば自分ではどうしようもないが、ストレスが原因なら相談に乗ることくらいは出来る。あの母親や塾から離れて、真由がのんびりと落ち着ける環境を作ることが出来ないだろうか、と汐耶が考え始めた時、真由が声を上げた。
「ん……」
 すぐにあげははカメラを構える。
「あ、見て下さい!」
 みなもが真由の手を指差す。
 確かに、真由よりも大きな肉厚な手が、真由の手首を掴んでいる。
「こっちもよ!」
 シュラインは足に被さった布団を捲り、靴下を穿いた足首を真由と似た大きさの手が掴んでいるのを指差す。
 セレスティには真由の手足を掴む手は見えないが、部屋の空気が少し変わった事に気付く。
 心因的なことが原因で部屋の空気にまで異変が起こるものなのだろうか。人の力の及ぼすところは計り知れないが、どうも心因的なことだけが原因ではないような気がする。
 慶悟の符で真由の体は動かないが、相当強い力で引かれているらしい。
 あげはがシャッターを切る中、現れた手が逃げられないようにみなもは鞄から取り出した霊水を撒いて結界を張り、慶悟は式神にその手を捕らえさせた。しかし、傷みはなくても異変を感じるらしい真由が目覚めると同時に、手は式神からも結界からも逃げ出してしまった。
「大丈夫ですか?」
 セレスティに助け起こされて、真由は自分の手足を見た。
 掴まれていたような形跡はないが、その感触だけは強く生々しく感じると言う。
「大丈夫なら、少し座って話しましょうか」
 真由の様子を確かめてからシュラインはルームサービスでコーヒーを注文した。

 コーヒーが届くまでの間、まずはあげはの写真を確認することになり、あげははテーブルにデジカメを置いた。
 一枚目は既に真由を覗く全員が確認している、1と5の数字が浮かんだ画像だ。
「1と5、ですか……?」
 横たわった自分の手元と足元に浮かんだ数字に真由は首を傾げる。
 全員が勉強に関する数字ではないかと考えているとは告げず、あげはは次の画像を表示させた。
 こちらは手が真由の手足を引き始めてからのもので、全員初めて目にする。
「わぁ、これって……」
 最初に声をあげたのはみなも。
 一枚目とは全く違う様子がそこに映し出されていた。
「これは、真由さんの学校の制服かしら?」
 真由の足元に、覆い被さるようにして制服を着た人が映り込んでいる。
 顔は見えないが髪の長い少女で、手が堅く真由の足首を掴んでいる。成績が落ちることを恐れる真由の姿ではないかとも思ったが、髪の感じから全く別の人物だと分かる。
「やはり足の方は何か深い思いを持つ相手らしい」
 慶悟は呟いて次の画像に進むよう促す。
 と、今度は真由の手を引く母親の姿が映し出された。
「おや、やはり母親ですか」
 足を引く女生徒と手を引く母親。そして1と5の数字。
「心因性のものではないみだいだけれど……、勉強の事が強く関係していると言うしかないわね。足を引っ張っている子に心当たりは?」
 届いたコーヒーを配りながら汐耶に言われて、真由は溜息を付く。
「もしかしたら、友達かも知れません。夏休みに一緒に遊びに行ったり、よく電話したりしてた子ですけど」
「え、お友達が足を引っ張るんですか?」
 首を傾げるみなもに、もしその友人だとすれば1と5と言う数字にも説明がつくのだと真由は言った。
 夏休み前の実力テストの順位が、真由が4番、友人が5番だったのだと言う。塾でも真由の方が常に1〜2番上の成績で、「今度は負けない」と言うのが友人の口癖だそうだ。
「本気だとは思ってます。でも私達、仲は良いんです。私は、良いライバルだと思ってます」
「真由さんにとっては良いライバルでも、相手にとっては目の上のたんこぶなのね。どうにかして足を引っ張りたいと言う思いが、夜な夜な真由さんの足を引っ張っていたのかしら」
「そうすると、手を引くお母様の方は真由さんに一番になって欲しいと言う願望の現れかしらね?」
 シュラインと汐耶が続けて言うと、真由は深々と溜息を付いた。
「学校も塾も家も友達も、成績が付いて回るんですね。母の期待には添いたいと思いますし、でも友達とはちゃんと友達でいたいですし……」
「母親と友人の間で手を引かれ足を引かれ……、それでは身も心も痛みますね。しかし、大切なのはキミの考えですよ。母親の希望に添いたいと言う気持ちも分かりますが、キミ自信としてはどうなんでしょう?本当にそんなに一生懸命勉強したいのですか?」
 セレスティが言うと、真由は首を振った。
 本当のところを言うと、勉強はあまり好きではないのだそうだ。今の学校も母の薦めで入学したところで、本来進みたい進路とは違うのだと言う。母親は身分のある職を望んでいるが、真由は普通のOLが希望で、大学も短大か専門学校で構わないと思っているらしい。
「そう言う迷いが、今度は心因性の現象を呼び起こす可能性もあるぞ。自分の生きる意思を確りと伝えろ。相手が母親でも、友人でも、だ」
 自分の意志を伝えない限り、友人は何時までも足を引き続けるし、母親は手を引き続けるだろう。そう言う慶悟に、みなもも頷いてみせた。
「お母様の人生ではなくて、真由さんの人生ですから、やっぱり自分の意志はちゃんと伝えるべきだと思います。そうしないと、真由さんを追い抜こうと必死になってるお友達にだって失礼だと思いますし」
 あの母親を相手に自分の意志を伝えることはさぞかし大変なことだろう。
 しかし真由は黙って頷いた。
「私達で良かったら何時でも相談に乗りますから、頑張って」
 あげはの励ましにも頷く真由。
 と、シュラインの携帯が鳴った。
「あら、武彦さんからだわ」
 いそいそと電話に出るシュライン。
 どうやらそろそろ母親を引き留めていく口実のネタが切れたらしい。
「草間さんが可哀想ですね。そろそろ戻りましょうか」
 真由を促すセレスティ。
 真由は立ち上がり、帰ったら早速母親に自分の意志を伝えてみるつもりだと言った。
 真由が安眠出来る日は、近いかも知れない。
 

end
 
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1883 / セレスティ・カーニンガム/ 男 / 725 /財閥総帥・占い師・水霊使い
0389 / 真名神・慶悟   / 男 / 20 /陰陽師
2129 / 観巫和・あげは  / 女 / 19 /甘味処【和】の店主
1252 / 海原・みなも   / 女 / 13 /中学生
1449 / 綾和泉・汐耶   / 女 / 23 /都立図書館司書

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■         ライター通信          ■
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 台風23号接近中ですね。後には24号も控えているようで……、今年は本当に台風が多くて困ります。
 被害が少ないと良いのですが……。
 などと世間話をしている場合ではなく。
 何時も有り難う御座います。それから本当に、何時も何時もプレイングが活かしきれなくて、つまらない内容で申し訳ありません(涙)もっともっと頑張って、少しでも楽しいと思って頂けるよう頑張ります……。