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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 助けてください! 】


 今にも泣き出しそうな袴姿の女の子がベンチに腰掛けていたら、あなたはどう思いますか?
 疲れ果てた迷子だと誤解する人が現れても仕方がない仕方がないことだとは思いませんか?
「あらまあ、ご親切に。ですけど、道に迷って困っているわけじゃないんですよ」
 迷子だと思い込んで彼女に声をかけたなら、見かけと釣り合わない大人びた口調で侘びを入れられ少々驚いたかもしれません。でも女の子の正体が、明治生まれで享年35歳の幽霊だと知ったら納得して頂けるのではないでしょうか。それとも彼女が幽霊であることに驚いて、逃げ出してしまうでしょうか。
 ともあれ、本日何度目かの善意の誤解を解いた桜は悲しげな顔で呟きます。
「困りましたわ、どうしましょう。こんなに探しても見つからないなんて……まさか、悪い方に拾われて持っていかれてしまったのでしょうか」
 思い浮かんだ不安を追い払うように頭を振って、彼女は再び当てのない探索に向かうために立ち上がりました。
 そして、湯気がのぼるティーカップが描かれた看板に初めて気づきました。
「こちらは西洋茶屋なのかしら。そうそう、今は『かふぇー』と呼ぶのよね」
 看板は大きな洋館の入口にちょこんと置かれています。看板はともかく大きな洋館にすら気づいていなかったとは、下ばかり見て歩いているうちに周りの風景を見る余裕をなくしていたのでしょう。
「『かふぇー』でしたら人がたくさん来るでしょうから、どなたかが私の簪を見かけたかもしれないですわ」
 そう考えて、桜は洋館の中へ入ってみることにしました。
 歯車の形をした把手を押してドアを開けます。まず目に入ったのは螺旋階段が組み込まれた巨大な時計で、その大きさに思わず感心してしまいます。
「あの、どなたかいらっしゃいますか」
 時計の迫力に負けぬようにと、彼女は少し大きめの声で呼びかけます。
 すると返ってきたのは、おっとりとした若い男の声でした。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
 流暢な日本語と共に現れたのは、金色の髪と白い肌を持った西洋人の青年です。
「まあまあ。異人さんでらっしゃるのに日本語がお上手なのねえ」
 目を丸くして驚いている桜の言葉を聞いて、穏やかな笑みを浮かべていた彼がくすりと面白そうに笑いました。
「いえいえ、私は見かけより長生きしていますので年の功というものです……ああ、すみません。御用があっていらしたお客様にどうでも良いようなお話を。私はこの店のオーナーでカイルと申します」
 カフェの中に案内された桜はアップル・ティーを飲みながら、カイルに落とした簪を探していることを話しました。
「方々探されて、それでも見つからないのですか。確かに拾われ持ち帰られた可能性もありますが、人には見つけ辛い場所に落ちてしまった可能性もありますね」
 そう言って、カイルはアイスクリーム添えの温かいアップルパイを持ってきたメイド服の女性を見ました。
「彩音、桜様のお手伝いをお願いできますか」
「了解しました。ちょうど集会の時間ですから、皆様お揃いのことだと思います」
「彩音さんは『やんきー』さんとか、暴走なんとかをされているの?」
 集会と聞いてテレビで見た髪を染め特攻服を着た若者を思い出した桜でしたが、それを聞いたカイルはティーカップを震わせながら笑いを堪え、当の彩音は珍しくも目を丸くして驚いていました。


「こちらが集会の会場です」
 桜が連れてこられたのは洋館の裏手にある小さな森の中で、そこでは十数匹の猫達がのんびり日向ぼっこをしています。
「それでは暫くお待ちいただけますか?」
 そう告げて、彩音は切り株の上で丸くなっていた猫に近づいて「にゃお」と呼びかけました。すると思い思いに過ごしていた猫達も、彼女の側にやって来て「にゃあにゃあ」鳴いたり、ぐるぐると喉を鳴らしたりし始めます。
「まあ、彩音さんは猫さんとお話ができるのね」
「みゃあ」
「ふふ、私は彩音さんと違ってあなたとお話できないのよ。でも、しばらくお婆さんと一緒にいてくれる?」
 桜は足元へ擦り寄ってきた子猫に優しく笑いかけ、ふわふわの小さな体を抱き上げました。
 しばらくして、彩音が桜の所へ戻ってきます。
「桜様、お待たせしました」
 彩音の顔に少し困ったような表情が浮かんでいることに気づき、桜はため息をつきました。
「猫さん達も、見かけていませんでしたのね」
「いえ、二丁目のトラスケ様がカラスに持ち去られる現場を目撃したそうです」
「そうなの、カラスが持って行ってしまったのね。ああ、私がもっと気をつけていれば」
 じわりと涙ぐむ桜に彩音がレースの付いたハンカチを差し出します。
「桜様、まだ諦めないで下さい。相手がカラスなら簪の行方を追うことができます。素直に返すとは思いませんが、この辺りのカラス根城は四丁目の主の所です」
 根城こそ集団であっても、本来カラスにはリーダーを頂点に群れ集う習慣はありません。けれど、この界隈では物の怪である一匹のカラスに個々のカラスが忠実に従っています。
「おやおや、時計屋敷の彩音さんじゃありませんか。これは珍しいお客さんだ」
 カラスの根城である鈴浜町四丁目の廃屋で二人を出迎えた主は、人の姿をして石階段で煙管を吹かしていました。
「主、桜様の簪を返して頂けますか」
「は〜、簪ねえ。どこぞで拾ってきた奴がいるのかい?」
 主が手下であるカラス達に問いかけると、根城にいた数十羽のカラスが一斉に飛び立ち、彩音と桜の周りを飛び回り始めます。二人を脅すように鳴き声をあげ、中には彩音の頭を蹴るカラスまでいます。
「今日、ここにいる鴉はそんだけですぜ。どいつが持っているかは、お前さん方で探して下さいな」
 無礼なカラス達の振る舞いに桜の堪忍袋の緒が切れます。彩音を庇うように前へ飛び出して、声を荒らげます。
「……なさい。あなた達、彩音さんから離れなさい!」
 刹那。二人の周りを飛んでいたカラスは何かに弾かれたように、ばたばたと地面に落ちていきました。
「おやおや、可哀想に。こいつら平凡なカラスですぜ、奥さんも人が悪い」
「私の簪を返しなさい」
 毅然と睨みつける桜を見て、主は「やれやれ」と呟きながら、起き上がり始めたカラスにもう一度声をかけます。
「簪、どいつが持ってんだい?」
 すると一羽のカラスがぱたぱたと舞い上がり、巣から運び出した簪を主に渡します。
「こいつで間違いないですかい?」
 主は袖で埃を払って、簪を差し出します。大切な人から貰った大事な簪を見間違えるわけがありません。
「そう、これですわ。良かった、本当に良かった」
 ようやく戻ってきた簪をぎゅっと握り締め、ようやく桜は安堵のため息をつきました。


 桜は慣れた手つきで髪を結い上げ、簪を挿します。そして袴姿の女の子から着物を着た大人の女性へ、霊感のない人間にも見える姿からこの世のものではない幽霊へ戻りました。
 歩いて入った扉をすり抜けて、洋館の入口で待っているカイルと彩音の前に幽霊として現れます。
「お蔭様で、簪を見つけることができました」
「よくお似合いです」
「ええ、とても。死んでなお大切にされていると知れば、きっと贈られた方も喜ばれますよ。それと良ければ、来店の記念にこちらをお持ち帰り下さい。幽霊の方でも食べられる品を用意しましたので」
「まあまあ、お土産まで。本当にありがとう御座いました」
 カイルに渡された紙袋を受け取って一礼すると、彼女の柔らかな笑みに似た温かな空気だけを残して桜の姿は消えました。きっと今頃は家路を急いでいることでしょう。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 3364 / 久遠 桜 / 女性 / 35 / 幽霊 】

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■         ライター通信          ■
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 ライターの猫遊備です。ご依頼ありがとう御座いました。
 初めは幽霊つながりで若作り幽霊のバートン氏を登場させようと思っていたのですが、何故だか猫とカラスな動物ノベルになりました。桜さんの温かい雰囲気がPL様が思うように描けていると良いのですが、いかがでしたか?
 それでは最後にNPCに代わりまして、本日はご来店ありがとう御座いました。お土産の中身は焼き菓子の詰め合わせなので、ご友人方と召し上がって下さい。