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リカレント・スポンティニアス・PK【後編】
・移動中
連絡を入れてから病院を出たりょうが向かった先は興信所。
視えたのはどれもかけらにしか満たない断片的な情報。
理由は記憶の一部が重なったから起きた事だ。
屋上であった少女が樋ノ上空と言う名前である事は電話をして始めて知ったのである。
「見るつもりはなかったんだけどな、似てんだ」
不可抗力なんて言う気はない。
本当なら謝らなければならない所だがその前に少しだけ言っておかないとならない事が出来てしまったのだ。
空に伝えて貰えるようにメールに付け加える。
「呪い殺すなんて選択、しちゃいけない。例えどんな理由があっても」
視えたのは人を殺そうとする覚悟。
理由は復讐なんて事ではなくて……それ以上の何か。
曖昧な記憶をはっきりさせるために少し力を使いすぎた。
「りょう、大丈夫?」
「…平気」
心配そうにかけられる声に、手を振って返した。
・興信所
栗生弥生とミサ、空。
この三人は別々の部屋に移し、落ち着かせ話を聞く。
母親の弥生は相変わらず、それどころか今にも気を失いそうな有様だった。
娘のミサは少し間を開けてから話を聞くべきだろう。
友人を殺した相手に対する殺気だけで動いているような物だったから。
空からもほんの少しだけ話を聞けた。
「ミサちゃんと話したい」
「その後、どうするんですか? あなたは……もう」
移動出来ないように椅子に座らせ、尋ねたのはメノウ。
「知ってる、だけどどうしても来たかったの」
「何かあるのですか?」
「……話せない。お願い、時間がないの。ミサちゃんを守りたいの」
そっとメノウは周りを見渡した。
どうすればいいかを問い掛けるように。
・興信所屋上
話を聞いている間。かけられた電話に答えるために夜倉木は屋上へと向かった。
緊急の物だったのである。
相手は『夜倉木』内容は『仕事』の依頼。
つまりは、暗殺。人を殺す事。
「……寄りによって」
何てタイミングだとひとりごちる。
依頼したのは樋ノ上空の母親。
半年という時間の間に事件の事を調べて真相にたどり着いたのだろう。
法で裁けなかったから、こっちに依頼が来たのだ。
いつもの事ではあるのだが……。
「少しだけ、待ってください。ターゲットが興信所と関わってしまいましたから」
様子を見たい。
あの顔ぶれがどう動くかを見届けてから、それからでも構わないだろう。
「それで納得して貰えない時は……」
電話を切り、夜倉木はゆっくりと振り返った。
■興信所
今まで解った事を改めて整理しよう。
興信所に怪奇現象が起きているのだと母親の弥生が持ち込んだ事件、これは娘のミサによるリカレント・スポンティニアス・PKによるものである。
同時刻に起きた盛岬りょうの落下事件。
この二つの事件を繋いだのがミサと友人であり、半年前に亡くなったのだという樋ノ上空と言う少女の存在。
不可思議なものであった筈の死は、事故として処理された。不自然であったのにもかかわらず、それまでの条件や警察の対応の不備が重なった事が原因だ。
そしてこれまで集めた情報で考えるのなら……今現在、最も空の死に深く関わっているのが栗生弥生その人。
簡単に、無機質にまとめてしまうのなら現在はこういう事になる。
この作業は何度行った所でやりすぎると言う事はない。
「まだ情報がたりてないのも確実よね」
頬に手をあてて一人ごちたシュライン。
「もう一度情報集めてくるわ」
「ご一緒しましょう」
連絡を取り終え、携帯を閉じた羽澄が立ち上がりモーリスもそれに続く。
「でしたら悠と也も連れて行ってあげてください」
一つの事に思いこんでしまうと言うのが一番危険なのだから、視点は多いほうがいい。
「そうね、向こうでりょうとも合流するし」
連絡手段は多いに越した事はない。
考えや推理が正しければそれで良いのだし、導き出した結論を固める事にも繋がる。
逆に間違っていたのなら、何度でも調べ治すべきなのだ。
この事件に置いてはこの地道で、決断力のいる調査が最も重要な事だと皆が知っていたから。
可能な限り良い形で事件を終わらせる事ができるように動くのが今するべき事で、望む事。
「みんな幸せに、何てきれい事は言いませんけどね」
苦笑しながらの匡乃の言葉に、それぞれが笑い返したり頷いたりする。
依頼された事だけならきっと他でも出来たかも知れないけれど……それ以上の事をしたいと願うからこそ、救いたいと思ったからこそここにいるのだから。
「そう言えば夜倉木さんは?」
「啓斗君も……」
さっきまでいたのだがと思い出したように首を傾げたシュラインに。
「二人なら屋上の方にいったようですよ」
別々でしたがと匡乃が付け加え、それを聞いて何の他意もなく上を見上げたのが数名。
何事もなければいいのだが……なんて事も、甘い考えなのだろうか?
耳を澄ませば何か声を張り上げるような……。
「様子、見てくるわ」
「ご一緒します」
席を立ったのは羽澄と悠也とモーリスの三人だった。
■屋上
電話を切り啓斗の方を振り返った夜倉木はほとんど無表情だと言ってもよかった。
「………」
何かを言われるよりも早く啓斗が問う。
「『仕事』か?」
「どこから聞いて……いえ、そうですよ聞いた通りです」
あの部屋は息が詰まりすぎる。
ほんの少しここで気を入れ替えるだけの予定だったのに、はっきりと会話を聞いてしまってはそうも行かない。
相手にとっては聞かれたのは確実であるのだから、否定する事もないと思ったのかあっさりと頷いて見せる。
聞いた事をターゲットは今の依頼人と言う事になるのだ。
興信所も夜倉木も仕事によっては依頼が絡んできたりする事もあるはずなのはよく解っている。
人の死が関わっているのなら、いくらかの条件さえ整ってしまえば……それはもっと高い確率になるのだろう。
守崎啓斗の知る『夜倉木』の仕事というのはそう言うものなのだから。
「夜倉木……そこまでしなきゃならないのか?」
いつの間にか啓斗も『仕事』の時の口調に切り替わっている。
淡々とした口調、しかしそれは感情を除いての話だ。
誰か誰を殺す。
絡み合っていく事件。
パズルのピースを揃えるように組み合わさって出来る条件。
全部、情報でしかない。
起きている事と、今感じている事に対して感じる事は全く別物なのだ。
「その依頼主に人を殺させる資格が……殺される側に殺す価値があるって言うのか?」
「………!」
驚いたように夜倉木が目を開く。
唐突な言葉だったとでも言いたげな表情だったが、啓斗にとっては違う。
同じ仕事をしていた事があるからこそ、ずっと考えていた事なのだ。
人に人を殺す事は罪。
なら……誰かが殺すように言うことは、罪を着せるような事は、もっと許されない事なのではないのか?
他の誰かに手を汚させて、自分だけは綺麗でいようだなんて。
そんな、資格……一体誰が持ち得るというのだろう。
「………俺は」
「………」
眼鏡をかけ直す夜倉木を真っ直ぐに睨み付ける。
「『夜倉木』は武器なんです。武器を持た無い依頼人に変わって、動く武器なんですよ……だから意志なんて」
「違う、あんたは人だろう」
「………」
返されない答えに、スウッと啓斗が目を細める。
目の前の相手が『物』であるはずなんて無いのだから。
「俺は全力で止めてみせる。こんな事、間違ってるんだから」
「……知ってますよ、知っててやってるんですから。間違っていたとしても、こうする事でしか救われない人間がいるのも事実です」
「そうじゃない。間違ってるのは俺とあんただっていってるんだ」
「……啓斗は違ったりなんて」
「わからない振りなんかしたって駄目だ。俺は知ってる、あんただって気付いてるんだろう……なのに自分だけが違うような顔して」
腰に挿してあった小太刀を水平に構え身構えた。
「そんな事、絶対にさせない」
強く踏み込み、間合いを詰める。
「―――っ!」
半身をずらす事で太刀をかわされはしたがそれは予測の上。
更にもう一歩踏み込み体をひねり、二度三度と小太刀を振るうたびに銀の残像を残していく。
ほんの、刹那の攻防は啓斗にとって予想外な形で幕を閉じた。
「……なっ!?」
刀身を直に掴んだ手に、小太刀を引く事も進めることも出来ない。
硬直している間に手の隙間から地面へと落ちる血にハッと息を飲んで顔を上げる。
「夜倉木!」
「落ち着いたなら、離しますよ」
あっさりと言ってのける夜倉木と手を見比べる。
動かせば傷口が深まる、手を離せば途端に出血が増えるのも明らかだった。もちろんこのままでいいはずもない事も解っているのだが……きっと啓斗が頷くまでは離すつもりはないのだろう。
「どう、するんです?」
「あ、あんた卑怯だっ!」
追い打ちじみた言葉。
答えが限られている事を解ってやっているのだから、なんて質の悪い。
認める訳にもいかないし、だからといってこのままでいい訳もない。
「………」
頷いた啓斗に小太刀から手を離した夜倉木が取りだしたハンカチを手にしっかりと巻き付ける。
「俺は……あんたを止めるのを諦めた訳じゃないからな」
「……だったら、頑張ってミサを守る事ですね」
「………そんなの解って……え?」
唐突にでたミサの名前。
その意味を考えるよりも早く、啓斗と夜倉木が顔を上げた。
屋上で騒ぎすぎたようである。
入り口には見慣れた顔ぶれ。
「なにしてるんですか?」
かけられた言葉にどう答えればいいのかと啓斗に変わり夜倉木が答えを返す。
「少し喧嘩していただけですよ」
「喧嘩、ですか?」
首を傾げる悠也。
「いつもの事でしょう」
「他の相手とならね。あんまり啓斗をからかったら駄目よ、夜倉木さん」
「解ってますよ」
ひらりと無事な方の手を羽澄に振ってみせる夜倉木。
「傷は……」
ポツリという啓斗にモーリスが手を差し出す。
「早く治療した方が良いですよ」
「……そうですね」
手を見ながら言葉を返す夜倉木。
このやりとりがどう写ったかは啓斗には解らなかった。
■興信所応接間
多少のごたごたはあったが、話を元に戻す。
「んん…今の話で色々考える事が増えたけど、一つずつまとめてみましょうか」
散らばった情報は加速度的に増えてはいるが、その分答えに近づいている事も事実な筈だ。
「空嬢母が夜倉木さんに依頼したとなると……あっちも何か知ってるのよね」
「夜倉木……」
「残念ながらノーコメントです、守秘義務がありますから」
仕事柄当然の事なのだ。
きっと何をした所で口は割らないだろうし、こちらもそのつもりがないと解っているから夜倉木から問いただすのは無理だと考えた方が無難だろう。
「その代わり、こちらの情報は向こうに伝えてませんから、それで勘弁してください」
「それはそうだけど……」
「まあ、いま聞いた事だけで十分だしね」
「どうも」
依頼人が樋ノ上空の母親で、狙っているのがミサの方。
これだけ知っていれば直接聞いてみればいい、明確な殺意を抱く程度に、何かを樋ノ上空の母親は知っているのだろうから。
「何にせよ直接あって話をした方が良さそうですね、悠、也頼みましたよ」
「はーい、おつかいです☆」
「がんばりますー♪」
探し出すのは貰うのは悠と也に任せれば何とかなるだろうが問題はもう一つ、それを見越していたからこそ羽澄も同行すると申し出たのた。
「場所は解ったから、後は交渉次第ね」
「興信所に来ていただいた方が良いでしょうか? それとも別のどこか?」
扉のほうに視線を移す匡乃。
現在栗生ミサ、栗生弥生、樋ノ上空、三人それぞれ別の部屋にいて貰っているから、さらに樋ノ上空の母親も加われば気を付けなければならない所は増える事になる。
それは人数をが居るから何とか出来る範囲だとして、場所をどうするかが問題になるのだ。
「ここの方が良いと思うわ、下手に距離を取るよりはね。あと外で調べたい事があるけどいい」
「はーい、悠ちゃんも一緒に行きま☆」
「也ちゃんもです♪」
「向こうに行くまでに盛岬君達と合流出来たらいいんですが、様子も見ておきたいですし」
「怪我の方は大丈夫だろうけどね……」
病院でりょうを治したのは羽澄とモーリスだ。
その時は記憶があやふやで聞けなかったが、今なら平気だと言っていたからそっちも様子を見ながら直接聞くべきだろう。
なにせりょうの話はとことん抽象的でわかりにくいのだから。
「三人はほとんどこっちの事知らないから、それも話しておいた方が良いわね」
「それは任せてください」
「会わせるにも色々しておいた方が良い事があるから、そこも考えておきましょうか」
まとまりかけた話に、匡乃が問い掛ける。
「会わせる場合空嬢の姿はちゃんと見えるかも考えておかないと」
「あ……」
空自体は霊が見えていて、その空を守っていた母も十分に見える可能性はあるが……問題なのは果たしてミサに見えるかどうかだ。
「こう言うのはどうです?」
軽く手をあげたモーリスが視線が集まったのを確認してから後を続ける。
「空を生き返らせる、なんて言うのはどうです?」
「それは……」
彼なら、モーリスならば可能なのだろう。
可能であると仮定して、実行に移せば今ある問題も収まりがつくかも知れないなんて重いも過ぎる気はするのだが……。
「あの……それは可能かも知れませんが、彼女がどうやってここに来たかによっては状況が悪化する可能性もありますし」
考え込み始めたメノウに悠也が補足する。
「時間が経過してますから、どうやってここに来たかによっては色々問題が起きる場合もありますから。そこは俺が何とかするというのでは駄目ですか?」
不自然だというのを考えるのであれば、空がここに来た経緯も知らないままなのだ。
慎重に事を運ぶのであれば、そこも聞いてからの方が良い。
「解りました、ではそちらはお任せします」
興信所にいる三人は残ったメンバーが。
樋ノ上空の母についての対策は外に出たメンバーに任せれば問題ないだろう。
「少し良い?」
ずっと考えていたのだ。
「どうぞ、シュラインさん」
「何か浮かんだみたいですね」
浮かぶのは、色々な憶測。
けれど……危険かも知れないのだ。
真実をたった一つだと決めてしまうのは。
「これまでの集めた情報だとクウ嬢の死には弥生さんが関わってる線は濃厚よ、でも夜倉木さんに依頼があったとなると別の見方も考えておくべきだと思うの」
一つ目とシュラインは人差し指を立て話を続ける。
「クウ嬢の死に、ミサ嬢が関わっていると言う事」
事故直後の様子と母親の前での様子、そして今のミサ……あの変わり様と不安定な様子は尋常ではない。
「クウ嬢の母にどう事件が伝わってるかが解らないままなのは確かだから」
「解ったわ、そこも調べておく」
「頼むわね」
結果がどうであるにせよ、全てをしっかりと調べ上げ置くべきだ。
「覚悟が出来ているのかも知れませんね、ミサさんと空さん、それに空さんの母親も」
犯人を捜して欲しいと言ったミサ。
何かをしようとしている空。
人を殺すように依頼をした空の母。
揺るぎなき物であればある程、その決意を揺らがせる事は難しくなってくる。
こればかりは時間と話し合いでどうにかする事になってくるだろう。
その時にこそ重要になってくるのは念密な下調べであるのだから。
「二つ目は、本当に事故だった場合と……もしくは全く関係ない第三者であった場合、例えば……弥生さんも誰かに依頼した可能性とかね」
依頼の一言に、サラリとした口調で夜倉木が否定する。
「………俺の所に依頼は来てませんよ」
「可能性としての話よ」
不自然な死ではあるが何があっても、真実が解らない以上、可能性はゼロではないのだ。
実際クウ嬢の母が人を殺す事を依頼をしていたり、既に心霊的な要素が関わっているのだから有り得ないと言う言葉の方が怪しくなってくる。
何が怪しくて何が怪しくないのか。
何処まで調べる範囲を広げればいいのやら……。
考え始めたら切りがない、可能性は出したのだから、後は実際に動くべきだ。
「とにかく調べてみましょう」
■興信所・仮眠室
情報を集め、空の母親を呼びにに行ったのは羽澄とモーリスと悠と也。
興信所に残ったのはシュラインと悠也と匡乃とメノウ、啓斗と夜倉木。
「武彦さん、零ちゃん、ご苦労様」
「そっちはもういいのか」
「ええ、みんなも調べにいってくれたから少し休んで」
「はい、お茶入れてきますね」
部屋から出るなりホッと息を付く草間と何時も通りの足取りで台所に向かう零。
これからどう話を切り出すかをザッと話し合い、クウに実体を与えるのは安全を確認してからでと言う事になった。
そこまで決めてしまってから、悠也が手を挙げる。
「あの、弥生さんと二人で話がしたいのですが構いませんか?」
思う所があるのだ。
ゆっくりと話がしたいと告げる悠也に、誰からも否定の意見は出なかった。
「解りました、空さんとミサさんはこちらで見ていますから」
「ありがとうございます」
ミサとクウは任せ、悠也は軽くノックし返事を待つ。
「………はい」
数十秒の沈黙の後に聞こえる細い声。
「失礼します」
流れるような仕草で音を立てずに扉を開き、軽く会釈してから弥生に笑いかける。
隠している事を、言えないと思っている事を聞けたら……。
この事件は、心の問題だと思ったのだ。
抑圧された感情。
とても重い隠し事。
何かに追い詰められ……無くなる逃げ場。
「少し、お話を聞かせていただいてよろしいですか?」
絡まり合った糸を、事件の混乱を解きほぐすためには一つ一つ解決していく事が大切だと思ったのだ。
出来る限りよい形で事を納めたいと言った匡乃の言葉に悠也も同意する。
全員にとってよい形で事件を解決したい。
その全員の中には、悠也にとって栗生弥生もしっかりと含まれているのだから。
明かりを付け、向かい合う位置に座り話を聞く。
「怖がらないでください、というのは難しい事だと思います」
「………!」
自らの強く肩を抱き寄せる弥生を安心させるように笑いかける。
出来る事なら力は使わずにすませたかった。
精神を操る術も心得ている。
言霊を用いる事も可能だ。
それでもこうする事が大切だと思えたからこそ、話をする機会を貰ったのだから。
「話……? 事件の話なら、その……もう話した通りです」
「俺は貴女と話がしたかったんです」
「何の……ですか?」
「その事の説明も含めて、ゆっくりお話ししましょう」
一言ずつはっきりとした口調で、聞き間違いがないように、正しく言葉を伝えられるように慎重に会話を進めて行く。
「娘さんを、貴女を助けたいんです」
親子で依頼に来たのだ。
ミサも助けると決めたのだから、母親の弥生も助けたい。
むしろ本当に助けを欲しているのは、彼女の方ではないだろうかと考えるのだ。
「………」
泳ぐ視線、肯定も否定も返されないのは迷いがあるからか……言えない言葉があるからだろう。
「俺は貴女の味方ですよ」
「………」
揺らいでいた視線が怖々とだけれども会わされる。
「どうか……貴女の言葉で聞かせてください」
通じるだろうか?
出来る事なら、届いて欲しい。
「……味方?」
「はい」
「本当に……?」
「お約束します」
胸元で震える手を強く手を握り締める、白くなる程強く。
「俺だけじゃありません、ここには他の人もいます。皆さんもきっと手伝ってくれると思いますよ」
「わ、私は……」
目を伏せ、ジッと何かを考え込む。
秘密を隠し続けると言うことは、とても辛い事なのだ。
隠そうとする事が重ければ重い程……重荷となってくる。
「あれは、事故なんです……信じてください」
震える声で一言発してしまえば、後はもう悠也は弥生の言葉に頷くだけでよかった。
その出来事は半年前。
それまでは素直に言う事を聞いていたミサが…少しずつ非難めいた目を弥生に向けるようになっていた事にははっきりと気付いていた。
いい子だったのに。
真面目に勉強をして、素直に言うことを聞く娘だったのだ。
学校に行って、塾に行って……。
そう言うありきたりかも知れないが、平穏な日常を過ごしているはずだったのに。
それが少しずつ変わり始めたのだ。
親しい友人が出来たらしい事に気付いたのはすぐの事。
ずっと見ていたのだから、生まれてからずっと。
普通の子であったのなら良かったのだ。
けれども聞いたのは良くない噂。
不自然な行動と、異常な数の怪我や警察との関わり合い。
何か原因かなんてどうでもよかった。
このままではミサに良くないと、そう思って……娘に近づかないように言うつもりだったのが半年前のあの時。
人気のない場所ばかりを選んで通る樋ノ上空という少女。
自分から逃げているのだろうか?
それすらも違うようだった。
後を追いかけて、声をかけるタイミングを捜しているうちに来てしまったのは古い団地の屋上。
もう、夕方だった。
早く帰りたい。
こんな所、居たくなかった。
同時に、この娘と話すのを見られたくなかったから……話しかけたのがここでよかったと思う。
声をかけると驚いたように空が振り返る。
構わずに自分がミサの母親だと告げ、もう娘に近づかないように言った。
どうしてとも、何故とも聞かれた。
口論にもなったような気がする。
問題はそこではない。
もみ合っているうちに……それは起きたのだ。
なにか強い風か吹いた気がする。
次の瞬間見えない何かに叩き付けられたように跳ねる空の体。
恐ろしかった、怖かった。
何かが起きているのだと……。
勢いよく起きた空が、手を掴んで走ろうとする。
それすらも、恐ろしかったのだ。
手を払いのけて、勢い良く突き飛ばす。
驚いたような顔だった。
絶望したような顔でもあった。
見てしまったのなら決して離れないだろう顔のまま、急な階段を勢い良く落ていく。
鈍い音。
じわりと広がっていく血に頭が真っ白になった。
僅かに指先が動く。
直ぐに助けを呼べばあるいは助かったのかも知れない。
けれど……恐ろしかったのだ。
このまま逃げれば全てが終わるなんて、思ってしまったのである。
だから、逃げた。
それから三日。
一睡も出来ず……何時来るかも知れない警察に脅えて過ごす時は、唐突に終わりを告げた。
事故死だと、そう処理された事によって。
■興信所・応接間
別室で悠也が弥生と話を聞いている間に、匡乃達は空から話を聞く事が出来た。
弥生との事。
死んだ時の話。
「酷い人です、暗くなるまで生きてたんです。助かったかも知れないのに」
「恨んでいるんですか?」
静かな口調での問から、空が視線をそらしてぽつりぽつりと語り出す。
「………恨んでます、でもそれ以上にやりたい事、見つけましたから」
ちゃんと話を聞けるまでに、そう時間はかからなかったのは、隠しても意味がないのだと感じたからしい。
時間がないと言っていた事も理由の一つなのだとすれば、こうして話をしている事も別の理由からかも知れなかった。
「復讐以外にやりたい事? ミサちゃんを守りたいとか?」
「そう、それは……」
肯定しかけては口ごもる。
惜しい、もう一息とシュラインに言いたくなった程だ。
「答えられない理由でも?」
「………ん」
今度こそ口ごもる空。
これも聞かないままで話が進むとも思えなかったのだから当然の問だろう。
「言いたくないのですか、それとも『言えない』のですか?」
「……!」
微妙に違う言い回しで問い掛けたメノウの言葉は、何かしら核心を付いていたらしい。
ここは、任せるべきだろう。
メノウの意志を尊重したいとこの場は静かに見守る事にした。
人差し指を立てて、啓斗と夜倉木に黙って聞いていようと言う合図を送る。
「あなたが死んでから、時間が立過ぎています。それまで何もなかったのに今になってと言う事は何かしらの条件が必要だったはずだと思ったのですが、違いましたか?」
伏せられる目は、肯定の意味なのだろう。
「……どうして?」
驚いたように目を開く。
「こう言った事は、一時期ずっと調べてましたから……どうやって、来たんですか?」
「…………」
話を戻し、改めて問うメノウに空が返したのは沈黙だった。
「………」
「………」
この状態が続く事十数秒。
これは、硬直状態と言うよりも……別の。
「どうしたんだ……?」
何とも言い難い沈黙を感じ取ったのだろう啓斗にメノウが振り返る。
「ええと……強制とかしたい訳ではないのですが、そうすると上手く話が………」
軽く頭を抑えつつ溜息を付く。
彼女なりに説得しようとしたのだろうか、上手くいかなかったらしい。
「出来たら、私も彼女の意志を尊重したいんです。でも浮かんでくる方法がちょっと……」
「無理しなくていいのよ、頑張ったのよね」
「うーん……術とかはまずいかなと、思いまして……」
色々考えているらしい、微笑ましく感じつつ空に話しかける。
「大丈夫ですよ、こうしてミサさんの事を考えている子がいますから。話せる事からでいいから話して貰えますか? お手伝いできることならしますから」
この一連のやりとりにホッとしたように空が肩の力を抜くのが解った。
「ありがとうございます……ごめんなさい、ごめんなさい」
目元を擦ってから顔を上げる。
「何処を通ってきたとかは、詳しくないので解らないんです。でも……こうして自由に動けるようになるために一つだけ約束したんです。必ず帰るって」
「それは……」
その約束とやらがどれほど効力があるのは解らない。
しかし必ずと付いている以上はモーリスが言っていた生き返るという手段は危険だと考えるべきだろう。
最悪の場合『もう一度死ぬ』事すらあり得るのだ。
「もし、空さんを生き返らせた場合、どうなるか知ってますか?」
「生き返る……」
ギョッとしたように息を飲む。
「………その場合は私か……他の誰か、一人は必ず死ぬ事になるって言ってました」
「今、なんて……」
「私か……他の誰か、一人は必ず死ぬ事になるって」
「それって……まさか」
「………はい」
素直に帰るのなら何の問題もない。
だが……言葉を読みとるのなら、誰か独りを犠牲にすれば戻らなくとも済むとも取れるのではないだろうか。
誰が言ったのか知らないが、なんて残酷な選択をさせるのだろう。
命を落とした者が、僅かでも現世に戻れば……執着を感じてしまったのなら、悪魔とも言える手段を取ってしまってもおかしくない。
命の天秤。
自分と誰かを選ぶのだとすれば………。
「誰かを、殺すつもりだったのね?」
「……はい」
「相手は弥生さん……ミサさんのお母さん?」
シュラインと匡乃の問にも小さくとだがはっきりと頷く。
「そうです、だって、このままじゃ見てられなかったんです。あの人私を殺してから、もっと酷くなっていって、ミサちゃんがどんどん追い詰められてるのにっ、私……」
「だからって……!」
誰かのために死にたくない。
大切な人を守りたいという気持ちも解る。
やられたらやの返す事も一つの方法だ。
だがここまで来てはもう善悪の判断ではどうも出来ない。
もし、同じ立場にあれば……。
「……はい、でも……その時は他にどうしようもなかったんです」
「その後どうするんです、生き返る事は出来ないはずでは?」
「………どうかしてたんです、私。あの人を殺して、体を使わせて貰おうと思って」
「…………」
自分も生き返れて、弥生の問題も確かに決着が付く。
非人道的ではある。
とても歪んでもいる。
だが……合理的とかしたたかとも言え無くないような。
「あの、でも……考え直したんですよ。ここの人達なら、ミサさゃんの事何とかしてくれるかなって」
「……そうね、そうしてくれると助かるわ」
「約束します、この件は僕達が解決出来るよう頑張りますから」
「………」
これでミサの件は大体片が付いただろうが……啓斗は軽く頭を抱えた。
「後はミサちゃんと弥生さんと……ミサちゃんのお母さんね」
解決に向かってはいるのだろうけれど、やる事は山程残っているのである。
むしろ未解決の事のほうが多い。
「とりあえず連絡しましょうか」
「そうね」
携帯を取りだし、シュラインは羽澄達に連絡を付け情報を交換し始めた。
「それじゃ、そっちも解ってたのね」
向こうもりょうから話を聞いていたらしい、もっと早く聞ければ良かったと思わないでもないが……そこはまあ事実関係が補強出来たと言う事でよしとしよう。
『こっちも色々解ってきたから……揃ってから説明するわね』
「解ったわ、よろしくね」
■移動中
興信所を出て、空の母親と会う前にしておく事があった。
「大丈夫?」
「ああ、もう大分はっきりした」
りょう達と合流して、話を聞いてからでないと空の母親に会うのは危険だろうと思っての事である。
「具合はどうです?」
「治して貰ったからな、怪我のほうは何ともないし。ありがとな。悠也にも後で差し入れの礼言ってたって伝えといてくれよ」
「良かったですー☆」
「どういたしましてー♪」
「悠と也もありがとな」
ヒラヒラと羽澄とモーリスに手を振って返したりょうは何時も通りとは行かないまでも、もう大丈夫だろう。
「りょう、早く言わないと」
「そうだったな。視えたのは……空が死んだ瞬間と屋上にいた時に考えてた事」
リリィに言われ、そうきり出してから説明をするりょう。
「空は、ちゃんと犯人見てたんだ」
断片的な映像の連続だが、はっきりと視えたのだそうだ。
どこかの高い場所。
その日も質の悪い霊に目を付けられながら、帰っている空に声をかけた女性。
特徴から言ってミサの母親である事は間違いないようだった。
その場で何か口論になり、あまりにも夢中になっていて……霊達に気付かれたと慌てたのはすぐ後の事。
必死になって手を掴んで逃げようとした空の手を何か恐ろしいものでも見るかのように払いのけられる。
突き飛ばされた体は簡単に宙を舞った。
階段から落ちたのだと知ったのは、全身へ感じる酷い痛みから。
まだ生きてるのに、苦しい……助けて。
声は出ない、動くのは指先だけ。
必死に助けを呼んだのに……誰も助けてはくれなかった。
そこで一度途切れる思考。
「……それで、空が屋上で考えてたのは……その殺した相手を殺して、乗っ取ろうとしてたんだ」
「ずいぶんと過激ですね」
やられた事をやり返す……そんな行動を取るのには空はまだまだ子供のような気がしていたのだ。
「そこだけ聞くとね、他にも何かあるんでしょ?」
なれた様子で羽澄が尋ねる。
「必死だったみたいなのは解った、なんかミサを守りたいって感じてて……でもさ、間違ってるだろ、そんなの」
「……そうですね」
「それで慌てて屋上から落ちたの?」
「あの時は夢中で………っ!」
「やっぱり……」
溜息を付くリリィ。
「引っかけ!?」
「してないわよ」
別に聞き出そうなんて意図したつもりは羽澄には……ほんのちょっとはあったのも確かだが、こうもあっさりと言ったのはりょうである。
「今解った事は伝えとかないとだから……」
着信音に気付いた羽澄が携帯を取りだし、タイミングの良さに驚きつつ通話ボタンを押す。
興信所からで、たった今りょうから聞いた事を既に空本人からも聞いてたとの事。
『それじゃ、そっちも解ってたのね』
もっと早くりょうから聞ければ良かったと思わないでもないが……そこはまあ事実関係が補強出来たと言う事でよしとしよう。
「こっちも色々解ってきたから……揃ってから説明するわね」
『解ったわ、よろしくね』
そこで通話を終え、パタリと携帯を閉じた羽澄が顔を上げる。
「向こうも話し聞けたみたい」
「そっか」
ならば空の死に関わっているのは弥生と言う事が確定してしまえば良いと言う事にはならない。
それでもシュラインが言っていたように、その時の事を詳しく調べておく必要はあったのである。
弥生本人の話。
空の話。
それからりょうという第三者の証言も、あるにはあるのだが……。
どれも問題がある。
母親の証言ならば自白と言う事にもなるうるが、空とりょうの話は法律的には通用しないと言うことだ。
「空は幽霊だし、りょうも……見たのが特殊能力じゃ法的に効果がないから」
「それは良く解ってる」
「だから、必要なんですね」
何をしようとしているかを解ってきたらしいモーリスに羽澄が頷く。
「集めておきたいのは事故だって言う警察の調査を覆せるだけの証拠と、その日やその前後にミサがどうしてたかって事」
事件の関係者がどう行動していたかをしっかりと把握しておく必要があるのだ。
栗生親子と空だけではない、警察だけでもなく『全員』が納得するために必要な事なのである。
「空の母親にも納得して貰いたいから」
それこそがこの調査において重点を置くべき事だと感じたのだ。
空の母がミサを殺すように頼む程に疑っていると言う事なのだから。
この事件を全員が納得出来るようにするために、可能な限り調べておく必要がある。
「ミサが空の死に関わっていないって事も含めてね」
在ると証明するのは簡単だ。
逆に無いと言う事を証明するのは苦労する。
それは定説とも言える言葉で在るし、短時間で集める情報としてはかなり難しいと言えるだろう。
「調べる方向は解ってるから、そこを抑えていけばいいんだけどね」
まずは……警察を納得させる事が出来るぐらいの情報。
事件当日の空と弥生の行動。
その時のミサの行動。
次に空の母親に対してしっかりと説明出来るようにしておく事。
事件の前と後のミサの行動。
そしてそれが空の母にどう写ったかも予想しておくべきだ。
彼女が全てを納得しなければ……また他に依頼するか、最悪彼女自身で強行に走りかねない可能性すらある。
ザッとどうするかを考え、それらを手際よく実行していく。
「事件当日の二人の足取りははっきりしてきてるから、後はミサの事ね」
これも、幸いにも上手くいきそうだった。
半年も前の事だったが、人の生死が関わっていた時期である事とそれほど隠そうとしていなかった事が幸いした様である。
程なくして、必要な情報は揃っていた。
「後は、迎えに行くだけね」
「こっちなのですー☆」
「行きましょうー♪」
説得に行くという状況ではりょうは不向きだから車に残る事になったのは妥当な選択だろう。
アパートの一室。
樋ノ上と書かれたポストが、ここに空の母親が住む場所であると言う事の証拠だった。
■喫茶店
この人数では手狭だと言う事になり、近くの喫茶店に場所を移して話をする。
空の母。
本名は樋ノ上律子。
ほんの少し例外る事が解る、それ以外は変わった事は感じる事はないだろう女性だった。
ただし変わった事に耐性があるのか、突然の訪問やこの顔揃えでも驚く様子はなかった事はありがたい。
どの情報から伝えていくか、あるいは伝えないか……それも含めて慎重に考えながら話していく。
突然全てを話せば、混乱してしまうような事ばかりだったから。
興信所に栗生親子が依頼に来た事から始まり、事件にミサが関わっているから律子に話を聞きに来たとも伝えた。
本当は『夜倉木』に依頼をした事が大きな要因なのだが……それは出来れば律子本人から聞きたい。
殺し屋に依頼をした事なんて、他者が指摘していい事ではないだろうから。
そして話を聞いている内に感じたのは、やはりというか何というか……情報の違いと彼女が見いだした考えの違い。誤解にすれ違いがとても多かったと言う事だ。
「私は、あの子が娘を……とばかり、思っていました」
娘の死に不自然さを感じ取った律子もこの事件を調べ始めたのである。
誰にも、警察の手にも頼らずに一人で。
幸か不幸か、空の死んだ直後から不自然だと思える行動を取っていた人が居たからそうだと思いこんでしまったのだ。
「それがミサさんだったんですね」
「はい」
会う前に考えていたよりは遥かにしっかりとした人で、口調も淀みない。
意志の強い人なのだとは、目を見て解った。
この様子ならば話を続けても大丈夫だろう。
「どうしてそう思ったのか聞かせていただいても良いですか?」
「構いませんよ、私が聞いて欲しいぐらいです。今まで……誰も信じてくれなかった事ですから」
事故の直後からだった。
「娘とは親しかったのだとは聞いていましたから、葬儀には顔を出してくれると……そう思っていたのです」
「なのに、来なかったのと?」
「本当は……」
行きたくとも、母親の弥生がそれを許さなかったのだろう。
「一度こっそり様子を見に行ったんです、なのにあの子は何時もと変わらないように生活をしていて……空は死んだのに、あの子は生きてる。他の子も楽しそうに……娘だって、あんな風に笑っていたっていい年なのに……」
一筋の涙が頬を伝い、テーブルの上に雫を落とした。
突然の不条理無しを受け入れる事は辛うじて出来たのだとしても、疲弊した感情と思考ではミサの行動は不自然なものだと感じたのだろう。
「ミサは、会いたがっていたんですよ」
「………」
死の翌日に栗生親子の間で何があったのかは想像に難くない。
ぎちぎちに詰め込んだ塾の予定。
不自然に多い電話の回数。
始終見張られ、自由のない生活ではどうする事も出来なかったのだろう。
「本当は本人の口から聞いた方が良いんだと思います、でも……知っておいて欲しい事ですから」
「はい……」
「ミサがその日どうしていたかという行動はいくらでもお話し出来ます、けれど……いくら話をしても、結局は信じて貰う以外にないですから」
死を望む程までに疑ってしまったのだから、話し方次第ではそれでも弥生がミサを庇っているのだととってしまう事もあるだろう。
「私だって疑いたくなんてなかった、でも……その時はそうとしか考えられなかったんです」
顔すら見せないミサが避けていると写ったに違いない。
真相を言うべきだろうか?
ミサではなく、ミサの母である弥生が空の死に関わっているのだと。
何時かは必ず知る事だろう。
だったら、可能な限り穏やかに伝わるようにしたい。
「本当に空さんの死に関わっているのは、ミサ嬢の母親の方なんです」
「………!」
「動揺されるかも知れませんが、最後まで聞いて貰えますか?」
「そんな……やっぱりあの親子が!」
立ち上がりかけ、声を張り上げた律子に羽澄が信じて欲しいと、嘘は言っていないと真っ直ぐに目を見る。
「それは違います、ミサは本当になにも知らなかったんです」
「知らなかったって……っ!」
「その事も含めて、話を続けるのでお座りになって下さい」
羽澄の視線とモーリスの言葉にに少し落ち着いたのか……無言のまま席に着く。
この時点でまだ彼女に言えていない情報は二つ。
空が興信所にいる事。
律子が殺し屋を雇ったのだと言うことを知っている事。
それも考えながらも、事件の時に何があったかを話していく。
辛い話だった事だろう。
うつむいて、顔を覆って泣いている律子にモーリスが肩を叩く。
「今からは辛いかも知れませんが、一緒に来ていただいていいですか」
「……何処へ?」
「草間興信所と言う所です、会っていただきたい人が居ますから」
追って説明をする羽澄がそっとハンカチをさしだす。
「何があったか、何を思っていたかはミサさんから聞いてください」
会わせたいのはミサだけではない。
空にも会わせたいし、いずれは弥生とも顔を合わせる事になるだろう。
「………」
ミサの名前に、唇を強く噛むのをはっきりと見てしまう。
うつむいてはいたが、そう言う動作は解るものだ。
「樋ノ上さん?」
「私、大変な事を…」
「大変な事?」
「はい……いま彼女は無事ですか?」
ああと、納得する。
殺し屋に依頼した事についてだろう。
いまなら可能かと意を決して尋ねてみる。
「彼女なら何ともありませんよ、何かなさったんですか?」
「実は……いいえ、何も。無事ならそれでいいんです。少し席を外しても? 直ぐに戻りますから」
「どうぞ」
鞄を残したまま走っていく律子。
依頼の取り消しを願い出に行ったのかも知れない。
ここはどうなのか解らないが……彼女がそう考え直してくれたのなら、何とかなるはずだと思いたい。
「後で聞いた方が良いですかね」
「大丈夫だと……思うわ」
彼女が戻ってきてから、興信所へと戻る事にした。
パーツはこれで全て揃ったのだ。
■興信所
空の母の律子にそうしたように、ミサ、弥生、空。それぞれに個別に話せる事から何がどうなったか、何処まで調べたかを話していく。
その中でミサが空の母に会いたいと願ったのは想像していた通りだった。
その場にシュラインや匡乃も同席するという説明をして、納得して貰ってから二人を会わせる。
「ごめんなさ、ごめんなさい……」
「もう……謝らないでください。私のほうこそ…」
たった一度でも話が出来ていれば。
少しでも顔を合わす事が出来ていたなら……。
ほんの少しずつのすれ違いの何と多い事だろう。
この事件は沢山の数々の誤解が積み重なって起きた事なのだ。
「話し合う事で、少しでも溝が埋まるといいんですが」
「本当ならもっと時間かけるべき何でしょうけどね、せめて……二人には話して貰わないと」
だが……空と友人のミサを合わせる事は、空と母親の律子を会わせるのはいましか出来ない。
後どれほどの時間が残されているか解らないのだ……。
直接会わせていいかという事も考えた物の……きっと、こんな機会はもうないだろうから。
この話をキッチリとしておかないと、空に会わせる事は出来ない。母親とミサの雰囲気がぎすぎすしたままでは困るのは空だ。
「すれ違ったままで会ったりしたら、悲しむのは空嬢だから」
「どうやらこちらの誤解は解けそうですね」
こちらも良い方に向かっている。
本当ならもっと時間をかけないとならない事もあった。
少しでも短縮してしまった分を埋めるめるのが自分たちに出来る事。
「良かった……」
ホッとしたように呟いたメノウに、匡乃が微笑みかける。
「あれほど反応が変わった理由は、解ってたみたいだね」
「私も、そうでしたから。ミサさんの気持ちもなんとなく解る事が出来たんです」
事件の直後のミサの様子が変わらないように見えたのは外見だけ。
空の死のショックで何も考える事が出来なかったから……ただひたすらに母親の言う通りにしていたのだ。
「それで、なのね」
「はい」
「例え表面上は何時も通りでも、無理は出て来るものだから」
その酷い歪みがリカレント・スポンティニアス・PKが発症した原因になったのだろう。
「ここに来て、変わった理由も……解ってくれる人が居たからだと思います」
ずっと否定され続けていた能力を理解してくれる人が居たら、同じように、それ以上に使う人が目の前に出てきたとしたら……。
「自分はおかしくないんだって、安心したら……次に考えたのは」
いま目の前にある事件。
「それが空嬢を殺した犯人を捜す事だったのね」
「空っぽだったから、何か目標が必要だったんですよ」
する事が無くなっしまったら、足下から崩れて行ってしまいそうだったから。
「もっと、別な事に目を向けてくれるようにしないとね」
「はい、そろそろ……ですね」
それが一番伝えられる事が出来る存在は、幸いにもここにいるのだから。
空をミサに会わせる前に、少しだけ確認したい事があると悠也が空に問い掛ける。
「会う前によろしいですか?」
「………はい」
「ミサさんとお母さんに、どんな事を話すつもりですか」
「………言えなかったから、お別れの挨拶と……ちゃんと生きて欲しいって」
この子は、強い。
一人で考えなければ、誰かが話を聞いてたのなら誰かを殺そうなんてしなかっただろう。
「いいでしょう、力をお貸しします」
「……」
笑いかけた悠也に、無言のままでこくりと頷く。
幸せになって欲しいと望むなら、ちゃんと言葉を伝えられるのなら上手くいくだろう。
悠也は、その手伝いをするだけ。
「啓斗さん、お手伝いをよろしいですか」
「俺……?」
「はい、お願いします」
「……ん、解った」
確認を取ってから悠也は啓斗の手を取り、スッと爪先で指の腹辺りを斬る。
「……!」
「直ぐに終わりますから」
取りだした人型の和紙の上に啓斗の指を筆のように操り文字を書く。
『樋ノ上空』の名を。
「ありがとうございます」
「………」
さっと怪我を治し悠也は普段のように笑いかけ礼を告げる。
使うのは『呪』フッと息吹を吹きかけて空へと放つ。
「あ……」
これまでふわふわとしていた空の体が実体のある生身と変わらぬ姿へと変化していく。
これならばはっきりと見えるし触る事も出来る。
「お願いします」
「解ったわ」
「こちらへどうぞ、空さん」
羽澄とモーリスに案内され、空は部屋を後にした。
付いていく必要はない、出来る限り少ない方が……話しやすいだろうから。
念のためを考えていた結界は、使わないで済みそうだった。
「お母さん、ミサちゃ……!」
「空……!」
「クウちゃん!」
駆け寄るなりぎゅっと抱き締め会ってはいたが、空はするべき事を思い出した様に体を離す。
「体が……!」
「時間切れみたい……まだ……っ!」
スッと薄くなっていく空の体をミサと律子がしっかりと抱き締める。
「空……っ」
「こんなのって……」
消えては現れを繰り返している空の体。
「悠也君が……」
隣の部屋でも空を通じて起きた事を感じ取ったのだろう。
少しだけ緩和されている。
多少の干渉は可能と言うことか。
「だったら……っ」
リンと鈴を鳴らし力を送り込む。
「待ってください、いま……少しだけ『維持』します」
作り出した力の檻の中に空を閉じこめてる。
「さあ、どうぞ」
「……」
モーリスに頷いてから。
「いままでありがとう。二人は……私の分まで楽しく生きてください。私は、恨んだりしてないから」
深々と頭を下げたのが空の最後の姿。
彼女の姿は消え……後に残ったのは人型の和紙が一枚。
それでも彼女は、確かにここにいたのだ。
あの依頼が持ち込まれてから数週間。
長くもあり、短くもあった期間だった。
話し合いと、事件が可能な限りよい方向に持っていくように動く事。
警察にだけまかせるのでは、機械的に処理されかねない。
色々と下地を作っておく事で、少しはそれが緩和されたのだと信じたかった。
結果は………。
弥生は罪を償う事になりはしたが、律子の言葉と……悠也が約束したように……可能な限り軽くして貰うようにしている最中でもある。
羽澄の紹介でカウンセリングにも通院出来るようになっているそうだ。
律子もたびたび礼を告げに来るが、そちらも元気そうだった。
無理をしなければいいのだが……また何かあったのなら、どうにもならなくなる前に興信所に来ると彼女が言っていたから信じていいだろう。
ミサは……。
「りょう、飛行機の時間もうすぐよ。みんなは先に行ったみたい」
「ん、解った……」
海外にいる父親の元で暮らすと言う事。
彼女なら、空の友達であったミサならば向こうでもやっていけるはずだ。
いまはそう信じていよう。
■エピローグ
見送りにきたのは、興信所の見慣れた顔ぶればかり。
中には律子もいるが……弥生の姿だけはない。
こればかりは、現在の状況を考えると仕方のない事だった。
「お世話になりました」
「向こうでも元気でね」
「はい、ありがとうございました。向こうに着いたら、連絡します」
フライトの時間が迫っているからとゲートの向こうに行っても尚手を振ってはいたが……それも短い間。
その姿も見えなくなってしまえば、途端に静かになる。
最善になるようにしたつもりだ。
考え得る限りのことをして、出来る限り慎重に……。
「……これで、良かったのかしら?」
「上出来だと思うけどな」
真実を伝える事、気持ちを伝える事。
とても簡単で……難しい事だ。
「武彦さんは……」
「……ん?」
「武彦さんは、ちゃんと言ってね」
言わなくても解る事は確かにある。
それでも……しっかりと聞いておく事はとても大切な事だから。
「……シュラインもな」
こうして、話す事はとても幸せな事なのだ。
【終わり】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1537/綾和泉・匡乃/27歳/男性/予備校講師 】
【2318/モーリス・ラジアル/男性/ガードナー・医師・調和者】
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■ ライター通信 ■
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後編へのご参加本当にありがとうございました。
今回はプレイングから考えていたら、本編は一本にまとまっています。
個別はエピローグのみとなっています。
このような結末になりましたが、如何だったでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
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