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<東京怪談ノベル(シングル)>


出会うことの意味

 物語を綴ろう。その為にはただ文字を書くだけでは駄目な場合も多い。
 俺は仏教を起点とする物語を展開するため、歴の長い寺院へと取材に出かけた。それは新しい出逢いなどに、なんの期待も希望も持っていなかった頃のこと。大切な幼馴染の心の闇さえ払うことのできない自分が嫌で、現実逃避に近い取材旅行だったのだと今なら思える。けれど、その頃の自分にはそれを理解できるほどの余裕はなかった。
 アイツに出会ったあの日。俺は、人生の意味を得た気がした。そう記憶している。

                          +

「ここの裏の森は深そうだな」
「勘が鋭くてらっしゃるようですな……。何代も前の和尚の頃から、森の奥には近づくな――と言われとります」
 俺の言葉に呼応して、和尚が柔和な目を細めて言った。視線を外へと戻す。新緑というよりもすでに色は濃く、勢いを増した緑の触手らしき蔦や葉が生い茂る森。玉座に座る王者の如く、杉の巨木がいたるところに根を広げているのが見えた。取材は終了したが、俺はこの森の持つ独特の深さが気になって仕方なった。何モノかを内包し、隠しているような違和感。
 新しい茶を煎れてくれている和尚に問った。
「森に入っていいか? 禁制の森ならば諦めるが――」
「……そうおっしゃるんじゃないかと思うとりました…。ですが、あそこは悲しみの森。時折、気を狂わす叫びが聞こえます故」
 ますます興味を引かれた。叫んでいる『何か』は、何を叫んでいるのだろう。俺は知りたかった。己の苦しみと同じ縁ならば、その声の主に出会えるかもしれないと思った。語り告がれる物の怪。出会ってみたいと思った。

「ほんに、行かれるのですか……。でしたら、これをお持ち下さい」
 和尚が森に入ろうとする俺に小さな紙切れを差し出した。それはお守りだった。俺は肩をすくめ、丁重に断わりをする。
「いや、そんなものに頼る気はない」
 だが、和尚は暖かな手の平で俺の手を握りしめ、お守りを握らせた。驚いて凝視すると、和尚は目尻を下げた。
「お逢いになりたいのでしょう? あの物の怪に。このお守りはかならずや、その場所へと貴方を導いて下さるでしょう。身仏の加護のままに」
「…………分かった。貰っておく」
「物の怪は主を持っておりました。能力の高かったその主は戦へと刈り立てられ、あっけなく死んだらしいですのう。泣いているのは主への思いからなどだと、そう言われております」
 俺は背を向けて手だけで挨拶をし、森へと踏み込んだ。

 空気が違った。
 結界の内と外。
 それほどの違い。

 ――耳を劈くのは叫びだった。俺は耳を押さえた。
「いるんだろ! 俺はおまえに会いにきた。姿を見せろ」
 何度目の問いかけか、突如目の前に旋毛風が起こった。辺りの葉が舞い散り、俺は思わず目を腕で覆った。風が収まり視界が回復した時、目の前には青い肌の小鬼が浮かんでいた。
 その者の奥手には竹林が若々しく空へと伸びて、暗さの目立つ森の中でそこだけが光を孕んでいるかのように光っていた。
「そこがあんたの守りたい場所なのか?」
 俺の問いに小鬼は答えない。ただ、影の薄くなった姿を揺らしてこちらを睨んだだけ。それだけなのに、俺は同じ痛みを感じた。心に宿す、同じ痛みを。早速提案する。

 ――俺には必要で、きっとコイツにも必要なもの。
    理解し合えるだろうか?
    いや、俺は手に入れなければいけない。アイツの為に……。

「あんた、新しい主人に仕える気はないか?」
 やはり小鬼は答えない。俺は和尚に手渡されたお守りを思い出した。和装の袂からそれを引き抜くと、物の怪に向かって放った。
『!! ……主様』
 地面に落下する寸前に小鬼が拾い上げた。どうしてお前が持っているのかと疑する金の瞳で睨む。俺は肩をすくめ、もう一度問った。
「そろそろ、新しい主人に仕えてはどうだ?」
『小僧。お前の様な力の低い人間に、私が仕えると本気で思っているのか?』
 お守りを握り締め、小鬼は頭に直接響くような声で叫んだ。だが、その声色は言葉通りのものではない。守るべき者を守れなかった悔しさが今も拭えず、再び誰かに仕える事を恐れて虚勢を張っているのが、その声ひとつで俺には分かった。

 呼応する心。
 俺と同じモノ。

「思うさ。あんたの中には悔しさが未だに残っているんだろう? でも、それはこんな場所で動かずにいるだけでは、何も昇華されない。悔いてもそれは死んでしまった主の願いではないはずだろう」
 小鬼はじっと俺を凝視したまま、静かに耳を澄ませている。
「俺は大切に思ってきたアイツが苦しんでいる時、何もしてやれなかった。掛ける言葉も見つからず、ただ傍にいるだけが俺に出来たひとつのことだった。泣かせたくない――アイツがこれからずっと笑っていられるように、今度こそちゃんと守ってやりたいんだ。その為に、力が必要なんだ」
 俺の言葉に小鬼はわずかに目を開いた。
「あんたも同じだろう? 大切な者は自分で守りたいじゃないか。一緒に来い、俺と」
 一陣の風が俺の声を、竹林の前に佇む小鬼に届けた。青い指先がお守りを握り締めて、そして背を向けた。すでに失った幻影に問うように、首を傾げ頭を垂れた。
 
 長い沈黙。俺は答えを待った。突然現れた人間に「仕えろ」と言われて、すぐに決心できるとは思っていない。生い茂った木々の隙間から、初夏の少し霞んだ青空が見えた。
 鳥の鳴き声が遠く聞こえる。あれは鵙だろうか?
 小鬼がわずかに近づいて、口を開いた。

『…私もいつまでも過去に囚われて逃げていてはあの方に合わせる顔がないな。いいだろう。力を貸そう』

 その声はまだ迷いを含んではいたが、当初の暗く沈んだ声ではなかった。俺は口元を緩ませて尋ねた。 
「あんた、名前は? これから騒がしくなるな」


□END□
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 こんにちは♪ ライターの杜野天音です!!
 初めてのご依頼ありがとうございます。すっかりプレイングが男言葉なのに、PCの違いに気づかず申し訳なかったです。でも、創作期間を長く問っていたので対応できて安心しました。やはり、気に入ってもらえるものを書きたいですから(*^-^*)
 千早さんはいかがでしたか? 物語の進行上、名前を書けなかったのですが、しっとりとした雰囲気が伝われば嬉しいです。
 ま、あんなに可愛い幼馴染がいれば、心を悩ますのも仕方ないでしょうね(笑)

 では素敵な方を書かせて頂きありがとうございました。また逢えること楽しみにしております♪