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+ 夢幻現実 (後編) +
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物語は何処で変わるんかわからへん。
何処にあって、何処に消えていくんかもその人次第やて言う。
やけどさ、ちょぉーっと此れはうちには享受しにくいで?
「お疲れ様でした」
ぺこりと頭を下げるサラリーマン。
や、ホンマはサラリーマンとは違うとは思うねんけど、印象がそうやからええねんって。ネクタイを締める様な動作をする。うちもすっかり気分が良くって、怪しいおっさんでもどうでも良い気がしてた。実際自分が何か危害を加えられたわけではあらへんし、賠償金も何にも払う義務は生じない。うちはただ、おっさんの言うとおりにしてただけ。子供の考えやなんやかんや言われそうやけど、親の保護下に入っているうちは結構好き勝手してる。
おっさんと別れて、帰路についているうち。
ぼんやりと先程まで自分が行っていた事を振り返ると、何だか嘘みたいな気持ちになってくる。あそこで壊した建物は誰が製作したのだろうかとか、本当に壊しても良かったんやろうか、とか。本来ならば最初に考えるべき事柄がやっと脳裏に流れてきた。
「ま、うちには関係あらへんな、うんうん」
ぐっと背筋を伸ばすようにして腕を上げると、学生服から僅かに残っていた破片が転がり落ちてきた。
それを手の中に収めると、やっぱり現実やってんなーっと一笑み。確かにあのおっさんの言う通り、気分がすっきりとしている。普段出来ない出来事を一気にさせて貰った。それでいて自分には何にも責務は生じない。何て楽なことなのか。
手の平に乗せた小さな欠片。
それをぎゅぅっと握り込んだその瞬間…… ――――。
……ッ、ドォオオオオ……ンッ。
「え、ぁ。な、何やッ!?」
急に足元がぶれる。
何もかもが揺れて、咄嗟的に地面に屈み込んだ。辺りを見渡せば、自分と同じ様に伏せている人々の姿が映り込む。本能的にこれは地震だと察したが、それにしては音が可笑しい。地震ならば揺れだけで済むのに、何処かで何かが破壊されているような音が聞こえてくる。音は何処から聞こえてきたんやろうかと思って、うちはしきりに頭を揺らす。そうしている間も地震は断裂しつつも続いていて、微妙に近付いているような気がした。
「……ッ、な、なぁッ!? 何やあれはぁ――ッ」
うちは一瞬自分の目を疑ったね。
其処に有ったのはぶっとい柱。うん、黒い柱や。しかも一本やない、二本もある。僅かに曲線を描いている其れは、ぐぐぐっと動いたかと思うと。
ダァアァ……ァ……ンッ!!
そのまま勢い良く振り落とされて、地面が凹んだ。
うちは目を限界まで見開いて何が起こっているのかが判らなくて困惑する。いや、多分その時のうちは全て知っていたんやと思う。知っていて、受け入れることを放棄したがっていたんや。立ち上がって、見定めようと顔を上げる。不安定な足元がまたしても揺れ動く。まるで生き物みたいに歪んでいく道路が見えて、ひゅっと息を飲んだ。
『……ぁ、ははッ!! 何や、簡単に壊れてしまうんやな……ぁ』
声が聞こえる。
はっきりと誰かが何かを話している声。喉元を押さえると、飛び出しそうになった言葉が引っかかる。聞き覚えなんて、そんな優しい言葉では表現出来ない。うちは耳を押さえて、数度首を振った。有り得へん。有り得へんわ、こんなこと。必死で弁解の文章が零れそうになって、けれど体内から排出されることなく積もっていく。喉元まで圧迫するような感覚。うぇ……っと咳き込みながら、一度空気を吐いた。
どうして、自分があそこに?
有り得へん現実が其処に有った。
うちは今、此処にいる。此処で、立ち尽くしている。動き出した柱がまたしても地面を揺るがせた。跳ねる様に足先が浮いて、そのままバランスを崩して転がってしまう。地面に身体を打ちつけると、鈍痛が襲ってきよる。もう一度立ち上がろうとするけれど、あまりの痛さと震度に動けなくなってもうた。
柱は、足、やった。黒いストッキングを履いた、女の足。うちは自分の足を見る。其処には伝染した黒のストッキングが目に入って、覗いた足の皮膚には僅かに擦り傷が見えている。『同じ足』だと気が付くのには、時間は要らなかった。
「きゃぁあああッ……!!」
「う、ぁああああ、ああッ」
人々の叫び声が、ぼんやりと耳に入っては抜けていく。
数十分前、自分は何をしていたんやっけ。巨大なジオラマ、其処にあったミニチュアを足で、手で無残に壊していた。しかし、人形なんて一切あらへんかった。想像だけで人々が飛んでいるのを思ってはいたけれど、ただ、それだけの妄想世界やったはずや。
「……っ、うち、うちやないっ! うちがやったんやないーッ!!」
頭を抱えて地面に伏せる。
隣を走っていく人間が、皆一様にして自分を責めているように聞こえた。そうしている間にも目の前で行なわれる破壊活動は段々と残虐さを増し、楽しそうな笑い声が響いた。高笑いとも取れるような音を聞きたくなくて、耳を掴む。色んな音が混じっていく。沢山壊れて、無くなって、粉々になっていく騒音。騒がしすぎる其れは視界にも圧迫を与え、うちは口をぱくぱくと開けて、声が出えへんかった。
嫌や。
こんなの嘘や、自分が壊した世界がどうして此処にあるのか全く分からへん。楽しかった。ミニチュアを壊している間の自分は、ただただ破壊行動を素直に受け入れ、それが罪だとも意識しなかった。ただ、それが玩具だとしか認識してへんかった。
「―――― っ、何で、何でやぁあ……ぁ!!」
地面に向かって両手を振り上げる。
もちろん自分の手の方が耐久性がないんやから、そのまま跳ね返るだけ。目の前では泣き叫ぶ人々の姿。逃げようと足に命令を下しても、身体が其れを受け付けてくれない。車が電柱にぶつかる音が聞こえた。ブレーキが上手く利かなかったらしくて、そのままガッシャーン……。運転していた人がこっちを見てる。頭をだらりとハンドルの上に横たえたその顔は血に塗れ、瞳孔が開いていて気味が悪い。口がだらりと開いて、そこからこぽぽ……と小さな赤い液体が噴出している様子だけが、うちには見えた。そこだけ切り取ったみたいに、その人を見てた。
その人は、―――― うちを睨んでいるようだった。
「ぃい……やぁぁァアアあああ……――――っ!!」
狂う。
うちは訳も分からないまま叫びを上げ、一人で喚くだけ。
気持ち悪い。競り上がってくるのは何なのか。
吐瀉物なのか、言葉、なのか。それすらも白濁していく意識には汲み取れなくて、伏せるだけしかできひんかった。
一瞬、陰りが出来て涙混じりの世界でゆっくりと顔をあげていく。
視界を覆っているのは黒い足。破壊行動に塗れたそれは、薄ら汚れていて白が掛かっている。持ち上げられ、親指だと思われる部分が何処かのビルを突付く。完全に遊んでいるその様子は、まるで捻じ曲げた巨大鏡のようにうちを映しこんでいた。
楽しそうやね、あんた。
そうや、うちもあん時とても楽しかったわぁ。作り物だと思って、良心の呵責も何もかも浮かべず、ただストレス発散をしとった。
「ひ……ぁ、はっはっは……っ! あはは、そうや、そうやうちもそうやったぁあ――――」
うちは笑う。
女の声と輪唱するような声は全く同一のもの。綺麗に重なる二重唱。くるくる回って鈍痛を与える思考は何処に流れゆく。うちはぼんやりと眺め見て、そして最後にけらけら笑って言った。
だって。
だってなぁ……ぜぇんぶ、作り物、やろ?
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壊したんは。
自分では責任を取らなくて良いという思考から。
そこに何があったんかは全く考えずに、ただただ、壊した。
「……ッ」
息を止めていたのか、喉が痙攣する感覚。
慌てて呼吸を再開させると、肺の方に流れ込んでくる新鮮な空気があった。机に寝そべっていた身体を起こすと、ぎしぎしと凝り固まったような動きをしてしもうた。浮いた欠伸を見せないように手で覆う。眼鏡を外し、浮いた涙を拭くとぼんやりと思考が溶けているのが分かった。目前にはいつもと変わらないクラスメイトの背中が見え、此処が何処なのか思い出す。
聞こえてくる声は教師のもの。
そういえば今授業中やったなーなんて、長閑に思い出してため息。顎を支えるようにして手を添え、前を向く。胸を反対側の手で押さえると通常よりも早まった鼓動が感じられ、微妙心地。
「何や、夢か……」
しかし、何であないな夢をみたんやろうか。
口の中で問いかけるが、当然答える奴なんかおらへん。夢は願望や、未来の出来事の一部やなんやかんや言うけれど、あそこまで非現実的なストーリーもまた珍しい。最近怪獣映画とか見たっけなと、思い返して口が自然を綻んだ。机の上に乗っているノートを見れば、僅かに染みが出来とって慌てて口元をこしこしこし。そないに熟睡しとったんかと正直呆れたわ。
心の中。
薄っすらと覚えている女の笑い声。
耳の中で反響していたアレは確かに、自分の歓喜だった。
「ほんまに夢やったんやろうかぁ……」
ゆっくりと首を動かして窓の方を向く。
カーテンがはたはたと風に遊ばれている様子を見て、ぼんやりと思い返すのは人の視線だった。
…Fin
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今日は、初めまして松山華蓮様。
今回は前後編での発注真に有難う御座いましたっ。 前後編の後編はどう主人公が恐怖を感じ、狂っていくかがキーポイントだったと思います。その部分をどう表現するかで少々悩ませて頂きました。自分の破壊行動、しかも何気ない行為だったはずのものが段々と肥大していく様子は、言いようのない恐ろしさも含むと思います。正直な話、上手くそこら辺を表現出来ていることを祈ります。
では今回はこの辺で。
発注、本当に有難う御座いましたっ。
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