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<東京怪談ノベル(シングル)>


『そうじゃ、松茸狩りに行こう』

 本郷源と嬉璃は走っていた。
「わしらは何をしに来たんぢゃったかの」
「松茸を採りにじゃな」
 ここは、山の中である。
「……わしらは今、何をしとるのかのぅっ」
「走っとるのぅ」
 周囲は松林。そう鬱蒼とした様子はない。
 だが、それなりに山の奥だ。斜面は湿って滑りやすく、気を緩めれば足を取られるかもしれなかった。
「腑に落ちぬ。何故走らねばならぬのぢゃ! 松茸を採りに来て!」
「現実から逃避するのは良くないのぅ。走らねばならぬのは、追われているからじゃ」
 それでも、素晴らしい速さで二人は走っていた。
 いささか憤慨しているのは嬉璃で、源は……それを宥めているとは言いがたいか。
 当然ながら、走っているのには理由がある。追われているのだ。
「松茸泥棒と言われて追われるならば、納得もできようが。これは納得いかぬ! 何故わしらは赤松に追われておるのぢゃ」
「それは、赤松が追ってくるからに決まっておろう」
 そう、二人は現在、赤松に追われている。
 赤松は、根を引っこ抜いて追ってきた。樹が動くという印象からは、かなりかけ離れたスピードで。
 普通ではない者たちでさえ、異常な気分になる状況でも、落ち着きはらっている源に……嬉璃はふと目を細めた。
「……さてはおんし、こやつのことを知っておったな!?」


 ……秋刀魚の塩焼き、秋茄子の煮びたし。茸汁に栗ご飯。
 さて、ことの初めは何かと言えば。
「足らんのう」
 その一言からだった。
「あれぢゃ、王者がおらぬ」
 足りないと言われれば、膳を仕立てた源にもわかっていた。秋の味覚は数々あれど、王者松茸の地位はゆるぎない。
「贅沢を言うでない。一本いくらすると思っておるのじゃ」
 源は、そう首を振る。
「さほど高くもなかろうて。そこいらのスーパーで、輸入物なら一山いくらぢゃろ」
「一山いくらのものでは、香気が違うわ。外国じゃゴミの匂いがすると言うて、食さぬそうじゃぞ?」
 そうらしいのう、と嬉璃は箸を運びながらうなずくが。
「しかしのう、一つ足らぬのは気にならぬか」
「茸ならあるじゃろうて。香りマツタケ味シメジと言うではないか」
「これはエノキぢゃ」
 嬉璃は汁椀から、白い繊維質の塊を箸で摘まんで見せる。
「屁理屈を言うでない」
「これが屁理屈かの。見たままぢゃが」
「どうでも、今日は松茸は用意せなんだのじゃから」
 諦めるが良い、と断じて、源は箸で裂いた茄子を口に運んだ。
「ふむ、惜しいのう。……おお、そうぢゃ」
 大根おろしを秋刀魚に乗せて、嬉璃は蕩ける脂を口に含む。
「採りに行けばよいではないか」
「ふむ」
 源は口の中のものを飲み込んで。
「……そうじゃな、松茸狩りは悪くないの」
 まあ、そういうわけだった。


 それが一体どうして、赤松に追われているかと言えば。
「ここの松茸は大層美味だと聞いたのじゃ。ただまあ、大層採りにくいとも聞いておったがの」
「採りにくいとかいう問題か?」
「活きが良いという話じゃったが、ここまでとは思わなんだのう……まあ、細かいことにこだわるでない」
「細かいか!?」
 松茸を求めて、源が知り合いに聞いたと言う山に分け入ったまでは良かった。そこで赤松を探し、その根の前にしゃがみこみ、松茸に手をかけたところで……
 その赤松のあやかしは、動き出したというわけだ。
 赤松があやかしに変化したのには、きっと理由もあるだろうが……そんなことはとりあえず、二人には知る由もないことであった。
 二人にとって重要なことは、松茸が採れるか取れないかで。残念ながら、まだ松茸はもぎ取れてない。
「松茸『狩り』に行こうとは、はなから言うたではないか」
「……『狩り』の意味がこうぢゃとは思わなんだ。わしらが狩られては、本末転倒もいいところぢゃぞ?」
 わしはインドア派なんぢゃ、と嬉璃は言う。まあ座敷わらしがアウトドア派で、全力疾走大好きだったら、レーゾンデートルに関わる気がするが。
「何より、走るのにはもう飽きたのぢゃが」
「わしも飽きてきたの」
 嬉璃の目配せに、源も視線で答えた。
 この斜面を回らずに降りると、少し向こうに光の煌きが見える。秋の色に染まって、少し透いた葉の繁みの向こうに空間があるのだ。
 そこに一歩踏み出せば……
「とりゃっ!」
 足元に、地面はなく。
 ざざざぁっ、と、色付いた葉が宙を舞った。
 そして、化け赤松と共に、崖下へ落ちていった。
「結構高いのぅ」
 崖っぷちに飛び出した木の根に引っかかった状態で、源は下を見下ろした。その足に、嬉璃が捕まってぶら下がっている。
「でかぶつぢゃったからの……倒れたら立ち上がるのは無理そうぢゃな。下まで降りて、松茸を採りに行くかの?」
「倒れても、根っこで蹴り飛ばすくらいはしてきそうじゃぞ? 触らぬ神に祟りなしじゃ。……ほれ」
 これで妥協せぬかと、源は落下のすれ違いざまに一本もぎ取った戦利品を掲げた。
「おお、見事な手癖ぢゃな。後はここから這い上がるだけか」
「手癖と言うでない。ともあれ早う帰って、網焼きにでもして食すとしよう」
 では、こういうときの魔法の呪文には心当たりがあると、嬉璃は自信たっぷりにうなずく。
「なんじゃ。そんな器用なことが出来たのか、嬉璃殿」
「初めて使うがの。おんしも知っておろうから、ちゃんと合わせるのぢゃぞ?」
「わしも知っている? なんじゃ、それは……」
 さて、源が問いただす前に、嬉璃は高らかに叫んだ。

「ふぁいとーーーー!!」
 呪文の効果のほどは、お察しください。