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<東京怪談ノベル(シングル)>


力の追及、暴走する力



「…………!」
 瀬名・雫(せな・しずく)は絶句し、立ち止まった。
 視線の先には人間の形をした『妖魔』がいた。ただ、顔は人間のそれとは思えないほど崩れており、背中の肩甲骨が刃物のように伸びていて羽のごとく広がっていた。
 投稿された情報をもとに調査員と共に現場へ向かった雫だったのだが、気配を感じて横道をそれたら案の定である。
 逃げようとするが足がすくんで動けない。
 雫が棒切れのように突っ立っていると、
「――っと、間に合ったみたいだな」
 やって来たのは同行していた明智・竜平(あけち・りゅうへい)だった。竜平はすかさず雫の前に出た。
 この『妖魔』はすでに八人もの人間を喰らい尽くしている。竜平は、この人外的な能力を備える『妖魔』と戦う術を持ち合わせていなかった――のは以前の話である。
 今は違う。
 ――『俺』は『今までの俺』とは違うんだ。


 その日は、新月の晩だった。
 竜平が闇夜の世界を徘徊していると、
 ツ、ツ、ツ、ツ――
 奇妙な音が聞こえてきた。
 竜平は振り返った。だが、そこには誰もいない。気のせいかと思い歩き出すと再び音が耳に入った。竜平は街灯の下まで歩き再度立ち止まった。
 振り返ると、空中に薄っすらとだが『青いモノ』が見えた。どう考えても人間や動物には見えなかった。
『力が欲しいのか?』
 その『青いモノ』は抑揚のない口ぶりで、いきなり竜平の図星を衝いてきた。
 はぁ? と、竜平が内心動揺しながら返答すると、
『貴様の望む力をくれてやると言っているんだ。どうだ、悪い話ではないだろう?』
 罠臭い、いかにも眉唾物なお誘いだった――しかし、竜平は心がぐらついていた。
「な、何か代償があるんじゃないだろうな?」
 一応、訊いておかねばならないだろうと思い竜平は『青いモノ』に尋ねた。
『そんなものはない。無償だ。人間に力を与えるのが私の生きがい……貴様は選ばれた人間なのだ』
「……本当に……力が」
 竜平が『青いモノ』の提案に戸惑っていると――ふと『彼女』の記憶が想起した。
 恋人だった『彼女』のことを。
 退魔師となった『彼女』。
 二人の間に立ちはだかる断絶の壁。重力に逆らい飛び越えようとしても、その壁を越えることは不可能で――そんな無力な自分に腹が立った。
 無力無力無力無力、ああ、無力だぜ、俺は無様だ、無様だ、無様だ。『彼女』を助けようと颯爽と華麗に飛び出しても、現われた敵をブチノメスことなどできず――逆に助けられる始末。『彼女』に何度も助けられた。助けようとしたのに助けられたのだ。
 涙を流す『彼女』――どうして泣いている? 泣いている?
 ああ、自分のせいだ。無力な『ただ』の人間である自分のせいなのだ。
 いくら頑張っても『彼女』の足手まといになるだけで、邪魔になるだけで、いっそ死んでしまいたくなって、だから決別した。
『どうする力が欲しくないのか?』
 竜平は呼びかけられて我に返った。
 ――ああ、なんだ。迷う必要なんてないじゃねーか。ほら、さっさとハンコを押してしまおう。
 ――いや、騙されるな、騙されてはいけない。お前は騙されているんだぞ?
 ――なんだと? ぶざけるな、俺は強くなるんだ。強くなるためには力を得るしかない、そんなことも分からないのか、この根性なしが!
 脳内で起きる激しい葛藤。だが、竜平は力ずくで反対派を押し切った。
「……くれよ。俺に力をくれ!」
『契約成立だな』
 それまで空中に浮かんでいた『青いモノ』がパーンと弾けて霧散して――それが体内に飛び込んできた。
『いい忘れていたが、私は寄生霊だ。相手の《容認》が寄生の条件――まあ精神状態や体格などが合わなければダメなんだが、貴様は私にぴったりだぞ、ククク』
「――なんだと? 俺を騙したのか?」
 竜平はいきり立った。傍目には独り言のようにしか見えなかっただろう。
「いや、力は与えたのは嘘ではない。尤も、貴様にとって不都合なこともあるがな……」


 こうして竜平は力を得た。
 だが――寄生霊は殺戮を好む凶暴な霊だった。寄生霊は単独では脆弱だが人間に寄生することで、その人間の潜在能力を極限まで高めることができる。
「さてと……行くぜ!」
 竜平は目の前の『妖魔』に向かって拳を繰り出した。その威力とスピードは人間の限界にまで達している。その圧倒的な力に『妖魔』は反撃する間もないようで――竜平は徐々に追い詰めていった。
 追い討ちをかけようと地を蹴る竜平。
 思い切り体重を乗せて『妖魔』の顔を殴った。『妖魔』が地面を転がる。しかし、転がりながら背中の巨大な肩甲骨――その凶器を高速で伸ばしてきた。竜平はそれを片手で制止――『サイコネキシス』の能力である。軌道が若干ずれて道脇の樹木に突き刺さった。
 今がチャンスだと思い竜平は妖魔に飛び掛った。
 蹴りを入れる。そして、殴る、殴る、殴る、殴る。『妖魔』相手にマウントポディションを取り、絶命するまで殴り続ける。赤でも青でもない何色かも分からない血が飛び出す。
「……も、もう、十分だよ」
 雫が真っ青な顔をして言う。だが、竜平は手を休めない。
『いい按配だ。そろそろ貴様の暴力性が覚醒する――』
 寄生霊が竜平の頭の中で呟く。
 正義感の強い竜平は人を殺める『悪』が許せない。許せないからこうやって『妖魔』を倒そうと奮起したのに――この高揚感はなんだろう。
 ああ、もう戻れないな。
 竜平はほくそ笑んだ。
 力を求め、力を手にいれ、そして――
「ははははははっ!」
 竜平が笑う。
『フフフ……』
 寄生霊も笑う。
 もう、それがどちらの意思なのかは分からなくなっていた。
 竜平はその日を境に、より強い敵を追及するようになってしまった――



−終−