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<東京怪談・PCゲームノベル>


 『瑪瑙庵』


 秋の気配は、益々濃さを増していく。
 雲ひとつない青空に、太陽が明るく輝いていたが、肌を撫でる風は、ひんやりとしている。
 フェンドは、普段住んでいる、京都にある一族の本家の用事で東京を訪れた帰り道、何気なく都心を離れ、ぶらぶらと歩いていた。
 彼の外見は、相変わらずスキンヘッドで色黒、サングラスを掛けた大男という、一見すると怖い外見なので、道行く人々が、避けて通っていくのが分かるが、もう慣れてしまったので気にはしていない。
(ん……?)
 最近、都会ではあまり聴かなくなった『音』に、思わず足を止める。
 そちらへと目を遣ると、まるで喧騒から姿を隠すかのようにひっそりと佇む、一軒のこぢんまりとした日本家屋が建っているのを見つけた。
(ああ、やっぱこういう家は『音』がいい)
 興味を惹かれるものがあり、近づいてみる。
 良く見ると、『瑪瑙庵』と筆文字で書かれた木の看板が掛かっているから、何かの店だろうか。
 フェンドは、好奇心から、磨り硝子が嵌め込まれた、木の引き戸を開けて、中に入ってみることにした。
「いらっしゃいませぇ」
 中に入ると、奥にあるカウンターに座っていた、茶色く染めた長髪を、後ろで束ねている若い男に声を掛けられる。細身で、青碧の着物に、桑染の帯を締めていた。ハンサムとは言えないが、笑顔に愛嬌がある。多分、ここの店主なのだろう。
 店内を見回してみると、タロットカード、パワーストーン、タイトルからして恐らく占いに関する本、雑誌、その他にも占いグッズや、何だか良く分からないものが所狭しと並べられていた。和風な店の雰囲気に全然似合っていない。
 中には、奇妙な『音』のするものも混じっていた。恐らく、曰くつきの怪しげなものだろう。果たして、店主は知っていて仕入れているのだろうか。普通の人間ならば、当然知らないだろうが――
(『瑪瑙庵』?)
 先ほど店先で見かけた看板の文字が頭の片隅に引っかかる。
「瑪瑙……あんたの名前か?」
 フェンドの問いに、店主はニコニコと笑顔を浮かべたまま、頷く。
「はい〜。俺は瑪瑙亨といいますぅ」
「そっか……聞いたことあるぜ。裏で有名だろ?」
「さぁ、どうでしょうねぇ」
 相変わらず笑顔のままで、答えを返す亨。どうやら、中々喰えない性格らしい。
「ふん、まあいい。じゃあここに来た目的は決まりだ。『体験』とやらがしてみたい」
「それなら、こちらへどうぞ〜……ええっと」
「フェンドだ」
「フェンドさん……ああ、もしかしてぇ、『螢の風鈴屋』さんのですかぁ?」
 亨の問いに、フェンドは軽く肩を竦める。それだけでお互いの意思は通じた。蛇の道は蛇、というものだ。

 店の奥にある群青色をした暖簾をくぐった先にある、薄暗い小部屋。中には香の匂いが立ち込めており、大きな屏風に囲まれる形で、長い紫の布が掛けられた小さなテーブルと、一対の木で出来た椅子が置いてある。
 亨はフェンドに手前の椅子を勧め、彼が座ったのを確認してから、自分は奥に座った。
「ちょい待ち。このまま『体験』すっと、俺なんかは耳鳴り起こしそうだ」
 フェンドの上げた唐突な言葉に、亨は笑みを浮かべたままで黙って頷く。
 暫しの間、目を閉じ、自らの『能力』を下げる。『能力者』同士の『能力』が触れ合うと、時にお互いに干渉を及ぼし、良くない状態を引き起こすことがある。彼の行動は、それを配慮してのことだった。
「……ほい、完了。まぁ、気にしないでくれ」
 外見上は何ら変化はないが、内面での『作業』を終えると、フェンドはそう言った。
「はい〜。気にしてないですよぉ」
 亨は笑顔を絶やさない。どうやら彼も、能力の『干渉』については了承済みのようである。
「じゃあ、やりますね〜」
 彼は、懐からタロットカードを取り出し、手早く切り始める。その姿は、手馴れた印象を受けたが、いかんせん彼の外見にそぐわない。
 やがて、三枚のカードが、テーブルに並べられた。
「さてぇ、どのカードにしますかぁ?」
「ああ、悪ぃ……俺は占術の道具と、どうも相性が悪いみてぇでな。触れたくないんだが、大丈夫か?」
 亨の問いに、そう返すフェンド。
「う〜んと……本当はぁ、直接触ってもらった方がいいんですけど……まぁ、触らなくても出来ますから、大丈夫ですよぉ。選ぶだけ選んじゃって下さいねぇ」
 これは、彼の『力』の浪費度合いが変わる、というためである。『体験者』に直接カードを触ってもらった方が、『力』の浪費が少ない。
「んじゃ――右だ」
 その指定に、亨がフェンドから見て、一番右端のカードを捲る。
 そこには、青い衣装を身に纏い、頭には三日月形の角が突き出た王冠を被った女性が描かれていた。胸元には十字架、手には何かの巻物を持ち、足元には三日月を従えている。
「フェンドさん」
 亨は、そのカードを持つと、フェンドに向け、掲げた。
 今までの間延びした口調は影をひそめ、落ち着いた響きを持つ声に変わっている。目元も笑っておらず、射抜くような視線がこちらへと向けられていた。
 そして、朗々と言葉が紡がれる。
「『女祭司』のカード――どうぞ、良い旅を」
 次の瞬間、目の前が暗転した。


 気がつけば、森の中だった。
 辺りには、鬱蒼とした木々が生い茂っている。
 後方を振り返ると、超高層ビルの大群が幽かに揺らいで見えた。
 フェンドは、とりあえず歩みを進めてみる。
 水の流れる音。
 目の前には小川が流れていた。
 それを跨ごうとしたその途端。
 そこは、渦巻く水に囲まれた台地だった。
(場面の切り替わりが早ぇな……夢を見てるみてぇだ)
 彼は、周囲をぐるりと見回してみる。
 前方に、小さな木製のボートが繋いであるのが見えた。
(あれに乗れってことか?)
 一歩。
 既にボートは目の前にあった。
 躊躇いつつも、ボートに乗り込み、オールを手に持つ。
 だが、フェンドの力をもってしても、水の流れには逆らえず、やがて彼は諦め、流れるままに身を任せることにした。
 空を見上げれば、昏い色に、巨大な蒼白い三日月だけが、ぽっかりと浮かんでいる。
 ボートは、台地の周りを巡るように、どんどん流されていく。
 急にスピードが増す。
 その先は、滝だった。
(――!?)
 避ける間もなく、滝壺へと真っ直ぐに落ちていく。
 そして、水に飲み込まれようとしたその時。
 水飛沫は舞い散る木の葉となり、辺りを包み込む。
 そこは、森だった。
 どうやら、先ほどとは別の場所のようだ。
(ったく……心臓に悪ぃもの見せやがって)
 フェンドは心中で毒づきながら、黄色く色づく葉に覆われた、森の中を進んでいく。
 やがて、道なき道は太さを増し、並木道のようになる。
 そこに、女が居た。
 青いドレスを身に纏い、彫りの深い顔立ちと、知性的な目が印象的だった。年齢は、二十代後半、といったところか。
「直感を信じなさい」
 彼女は、いきなりそのようなことを口にする。
「――は?」
 その言葉に、戸惑いを隠せないフェンド。だが、女は表情を崩さないまま、言葉を続けた。
「でなければ、ここからは出られません」
「おい、出られねぇってどういうことだ?ここは瑪瑙の創り出した空間だろ?」
 そう彼女に問いただした途端。
 景色が一変した。
 黄色い葉が、女を中心に、円を描くように真っ赤に染まっていく。
 血のように赤い葉が、轟々と舞い始めた。
 女の表情に湛えられた知性は抜け落ち、彼女は顔を顰め、ヒステリックに笑い始める。
「あはははは!そう、ここからは出られない。あんたもあたしもね。『魔物』が居る限り」
「『魔物』?」
 再び反転。
 辺りは黄色一色になった。
 木の葉が、ひらひらと舞う。
「ここは『魔物』が住まう世界。彼の者を倒しなさい。さすれば、道は開けるでしょう。直感に従いなさい」
 女の状態も、先ほどのように穏やかなものに戻っていた。
「どういう――」
 フェンドが声を上げようとした時、木の葉は渦のように舞い、視界を覆った。

 次には、巨大なホールのような空間。
 周囲からは、蒼白く淡い光が放たれている。
 フェンドは、目まぐるしく変わる場面に多少慣れては来たものの、慎重に歩みを進めた。
 とにかく、広い。
 遠くに見える、壁と同じ色の巨大な扉。
 そして、それはゆっくりと開く。
 そこから、巨大な影が姿を現した。
 おとぎ話に出てくるような、凶悪な角を生やした紅いドラゴン。
 それは、周囲の空気を震わせるような咆哮を上げ、こちらへと迫って来た。
 ドラゴンが歩く度に、大地が揺れる。
『我は無知なり』
 ドラゴンはまるで地鳴りのような声を上げると、首を一旦大きく振ってから、炎を吐き出した。
「危ねっ!」
 既でのところで、フェンドはそれを避ける。
 ホールの床は、黒く焼き焦げ、熱気が辺りに充満する。
(何か武器になるものはないか……)
 彼は、急いで辺りを見回した。自らの『能力』を使い、怪物の心臓を止めることも考えたが、今は『能力』を下げている上に、何しろここは亨の創り出した世界である。強い『能力』を使い、それが干渉しあえば、とんでもないことになりかねない。この『世界』のルールに従う他ないと判断したのだ。
 その時。
 目の端に、何かが留まる。
 そちらへと駆け寄ると、剣、斧、槍――数多の武器が積み上げられているのが確認できる。先ほどまではなかったようだが、そのようなことを気にしている場合ではない。フェンドは、そこからとりあえず手頃な剣を手に取ると、ドラゴンへ向け、走り出す。
(皮膚は硬そうだな……狙うなら目か)
『我は無知なり』
 そう考えている間に、ドラゴンの太い尻尾が大きく弧を描き、襲い掛かってくる。フェンドは、それをチャンスと取った。尻尾を踏み台にし、大きくジャンプする。
「てめぇが馬鹿かどうかなんて、俺の知ったこっちゃねぇよ!」
 そして、渾身の力を込めて、ドラゴンの黄色い目に剣を振り下ろした。
 だが。
 目は想像以上に硬く、手に持った剣は、乾いた音を立て、折れてしまう。
(何っ――!?)
 フェンドはそのまま空中に放り出されたが、何とかバランスを保つと、ホールの隅に着地した。近くには、何故かまたも武器の山。
(目も駄目か……どうすりゃいいんだ?)
 逸る気持ちを抑えながら、フェンドは意識を集中する。この程度の『力』なら、使っても影響は出ないだろう。
 『音』に耳を傾ける。
 ドラゴンの、轟音のような足音が近づいて来る。
 だがそれは、まやかし。
 フェンドの目は、ホールに映る、ドラゴンの影に向けられた。
「本体はそっちか!」
 武器の山から、今度は槍を手に取ると、ドラゴンの影に向け――
(違う)
 理由は分からないが、彼の直感が、『違う』と訴えかけていた。
 もう一度意識を集中する。
 今度は武器の山へと。
 うず高く積まれたそこから、ひとつだけ聴こえる、澄んだ『音』。
「馬鹿はこれでも読んで勉強しやがれ!」
 沢山の武器の中に、ひとつだけ埋もれていた本を手にし、フェンドはそれを、ドラゴンの影へと投げ込んだ。
 断末魔の絶叫。
 迸る光。
 瓦解する世界。

 気がつくと、目の前には、先ほど森で出会った女が居た。
 違うのは、頭に三日月形の角が突き出た王冠を被り、胸元には十字架、手には何かの巻物を持ち、足元には三日月を従えていること。
 そして、彼女は穏やかな声でこう言う。
「直感を信じなさい」
 フェンドは、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべ、答えた。
「俺はいつでも直感を信じてるぜ」
 そしてまた、意識が暗転する――


「どうでしたかぁ?」
 目の前には、亨のにこやかな笑顔があった。
「いやぁ、俺も観せてもらいましたがぁ、凄かったですねぇ。何かぁ、スペクタクル!って感じでぇ」
 口調も以前のように間延びしたものに戻っている彼の顔を見ながら、汗をびっしょりとかいた体をさするフェンド。
「なぁ、ちょっと聞きてぇんだが……今の『体験』で、俺があの化け物に殺されてたり、影を武器で刺してたらどうなった?」
 その言葉に、亨はちょっと視線を逸らすと、ボソリと呟いた。
「……死んでたかも」
「何だと!?」
「というのは嘘でぇ……大丈夫ですよぉ。ただの『体験』ですからぁ」
 そう言って再び笑顔になる亨。だが、顔は笑っていても、目が笑っていないのを、フェンドは見逃さなかった。
(こいつは……)
「あぁ、俺もちょっと疲れちゃいましたぁ。またのご来店お待ちしてまぁす!」
 亨の声に押されるように、釈然としない気持ちを抱えながらも、料金を支払い、フェンドは店を出た。

 日はもう傾いている。
 秋風が、火照った体に心地よかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【3608/セイ・フェンド(せい・ふぇんど)/男性/652歳/【風鈴屋】】

■NPC
【瑪瑙亨(めのう・とおる)/男性/28歳/占い師兼、占いグッズ専門店店主】

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■         ライター通信          ■
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■セイ・フェンドさま

こんにちは。いつも発注ありがとうございます!鴇家楽士です。
今回は初の試みでしたが、お楽しみ頂けたでしょうか?

ええと……自分でやり始めたくせに何なのですが、今回は、凄く難しかったです(汗)。
タロットカードの解釈を引用した世界構築の難しさに、自分で自分のいい加減さを呪いました(爆)。

あとは、お話を楽しんで頂けていることを祈るばかりです……
これを機に、亨とも仲良くしてやって下さい(笑)

ちなみに、今回使用しているタロットカードは、最もポピュラーなもののひとつ、俗に『ウェイト版』と呼ばれるデッキです。ご興味がありましたら探してみると面白いかもしれません。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。