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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


調査コードネーム:往きて還らず(いきてかえらず)
執筆ライター  :階アトリ
調査組織名   :アトラス編集部
募集予定人数  :1〜

------<オープニング>--------------------------------------

 デスクの上に、絵本が三冊。
 本、と言ってもきちんと製本されているものではない。画用紙を何枚か重ね、ホッチキスで留めた、小学生が図画工作の授業で作った絵本だ。

 赤いチューリップが表紙に描かれた本の内容は、こうだった。
『わたしはチューリップの蕾に吸い込まれてしまいました。チューリップの中は真っ赤な空の国で、みんな毎日歌って遊んで暮らしていました。わたしは、この国がすっかり気に入ってしまいました』
 青い屋根の家が表紙に描かれた本の内容は、こうだった。
『ある日、目が覚めると、ぼくは犬になっていました。困って鳴いたけど、お父さんもお母さんも気付いてくれません。ぼくは悲しくなりました。でも、ぼくは犬のままうちに飼われることになって、毎日、学校に行かないで、のんびりしてごはんをもらって、幸せです』
 黒いオバケが表紙に描かれた本の内容は、こうだった。
『ものを大事にしない男の子がいました。ある日、ごみの国のオバケがやってきて、男の子を真っ暗なごみの国へつれて行きました。男の子は怖くて泣きましたが、家に帰してはもらえませんでした』

「別に、なんの変哲もないお話だと思いますけど」
 三下・忠雄(みのした・ただお)は絵本に目を通して首を傾げた。
 子供らしい突拍子のなさが目立つが、他愛のない物語ばかりだ。先輩である碇・麗華(いかり・れいか)が、何故これにこだわるのかが、三下にはよくわからない。
 絵本は、麗華が取材先から借りてきたものだった。
「私が今追ってる事件、知ってるでしょう?」
 三下は頷いた。麗華が今追っているのは、都内の小学校で先週起きた事件だ。
「授業中、突然、クラスの児童全員が昏睡状態になった事件、ですよね。ほとんどはすぐに目覚めたけど、三人の生徒が目覚めず、現在も眠ったままだっていう……」
 病原菌か、はたまた毒ガスかと、ワイドショーなどでも騒がれている、有名な事件だった。三下も担当ではないが耳には挟んでいる。
「ちょうど、図画工作の授業だったの。その三冊の絵本は、目覚めなかった三人の子供達が、その授業中に作っていたものよ」
「はあ」
「さんしたくん。……君はそれだから、ロクな記事が書けないのよ」
 反応が鈍い三下に、麗華が呆れ顔で溜息を吐く。
「その三つの物語には、共通点があるわ」
「共通点、ですか?」
「一つは、普通の世界に居る主人公が別世界へ行く、もしくは連れて行かれる、所謂『異界物語』であること。自分が犬になってしまう、というのも、日常生活から切り離されるという点で、その一種と解釈できるわ」
「はあ。でも、古今東西よくありますよね、そういうの。浦島太郎とか、不思議の国のアリスとか」
「そうね」
 麗華はまた溜息を吐いた。
「でも、太郎もアリスも、最後には元の世界に帰ってくるでしょう?」
「あ!」
 やっとのことで、三下にも麗華の考えが理解できた。
「帰ってきてない……!」
「そう。主人公が現世に戻って来るのが、異界物語の相場よ。決まり、と言ってもいいわ。そうじゃないと、読者の心に不安を与えたまま物語が終わってしまう」
 頷いて、麗華は腕を組んだ。眼鏡の奥で、瞳が鋭く光っている。
「クラスの全員分の作品を確認したけど、この子たちの物語だけが……意識してのことではないでしょうけど、その決まりを無視していた。その三人だけが眠り続けているというのは――偶然かしら?」
 三下は息を飲んだ。少し、背筋に寒いものを感じる。
「というわけでね、さんしたくん。お見舞いに行って欲しいの」
「はい?」
 コロリと表情を変え、麗華はにっこりと笑った。
「事件のあったクラスでね、今入院してる子は四人なの。目が覚めない三人のほかにもう一人。川辺・真由子(かわべ・まゆこ)ちゃんていう、女の子なんだけど、その子はもうずっと、一年近くも病気で入院しているんですって」
 その子が、事件に何の関係が? 首を傾げる三下の前に、麗華が一枚の画用紙を出した。
「これも、担任の先生に借りて来たんだけど」
 クレパスと色鉛筆で、画面一杯に描かれているのは、赤い空だった。その下に、青い屋根の家がある。家の周りに、男の子が一人と、女の子が二人。それから、茶色の犬が一匹。隅っこに、黒いオバケがいる。
「真由子ちゃん、毎日こんな夢を見ているんですって」
 三下は絶句した。三冊の絵本の内容が、一枚の絵の中でごちゃ混ぜになっている。
 女の子の一人だけが、白いパジャマを着ていた。恐らく、その子が川辺真由子自身なのだろう。
「無関係だとは思えないでしょう? お見舞いに行って、真由子ちゃんに話を聞いてきて」
 ああそれから、と麗華は付け足した。
「誰かと一緒に行ってね。ついでに事件を解決できたら万々歳だから」

------<調査開始>--------------------------------------

 編集部の片隅。麗華と三下の呼びかけに応じた面々が、打ち合わせ用の応接セットに集まっていた。
 机の周りには紅茶の湯気と、バナナの香りが漂っている。丁度良いタイミングで差し入れがあったため、お茶を飲みながらの相談になったのだ。差し入れのお菓子は「東京ばななん」。バナナ型のスポンジにバナナのクリームの詰まった銘菓である。
「……と、いうわけで。そのう。僕と一緒に病院へ行って下さる方、いらっしゃいますか?」
 湯気で曇った眼鏡を拭いながら、おずおずと、三下が言った。
「行くわ。その真由子ちゃんと、直接お話をしてみたいの」
 カップを置き、シュライン・エマは頷いた。草間興信所の事務員を務める傍ら、翻訳や幽霊作家の仕事まで引き受ける多彩な女性だ。今日は仕事がオフなのか、ジーンズにカットソーというカジュアルな服装をしている。
「俺も行くぜ。本当にその子が原因なら、まずは仲良くならなきゃな」
 シュラインに続いて、短髪の少年が手を挙げた。その手首には数珠が掛けられている。高校生にして戦闘僧侶、菱・賢(ひし・まさる)だ。
「もちろん、私もご一緒させて頂きますよ。なんと言っても、碇編集長のお願いですからね」
 賢の隣に座って、大人しくお茶を飲んでいた少年も同意を示した。英国風のクラシカルな正装に身を包んでいる彼は、マリオン・バーガンディ。十代後半ほどに思われる顔立ちには幼ささえ感じられるが、その金色の目に浮かぶ光は深く、彼が見た目のままの年齢ではないということを示している。
「あ、ありがとうございます。心強いですぅ」
 三人に向かって、三下は目を潤ませた。麗華に申し付けられた取材で、怖い目に遭わなかった例はないのである。一緒に行ってくれる人、は多ければ多いほど在り難い。
「えっと、お二人はどうなさいますか?」
 三下の隣に、あと二人、少年と少女が並んで座っている。ついてきてくれるとすっごく嬉しいです、と顔に書いて、三下はそちらを見た。
「すみません。私は……お見舞いに行く前に、一度小学校のほうに行ってみます」
 少し考える仕草をした後、少女が言った。着ているのは都内にある某有名進学校の制服だ。長い黒髪が清楚な雰囲気によく似合っている。
「真由子ちゃんと、今昏睡状態になっている三人の子たちが、どんな関係だったのか……仲良しだったのか、そうじゃなかったのか……それが気になるんです。詳しく聞いてみたくて」
 気遣わしげに胸に手を当てた彼女は、初瀬・日和(はつせ・ひより)。すっかり子供たちに同情してしまっているようだ。
「じゃあ、俺も日和と一緒に小学校に行くよ」
 日和の隣の少年が、やれやれとでも言いたそうな調子で溜息を吐いた。
 制服のおかげで、日和と同じ学校の生徒だとわかる彼は、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)。ソファの上に膝を立てて座り、頬杖をついている様子は、きっちりと膝を揃えて背筋を伸ばしている日和とは対照的だ。
「ごめんね、悠宇くん」
 いかにも気乗りがしない風な悠宇に、日和が済まなさそうに手を合わせる。悠宇はフイと目を逸らした。
「しょーがねーよ、日和はこういうの放っとけないんだからさ」
 しょうがない、などと言いつつも、微かに頬が赤い。日和を心配しているということは傍目にも一目瞭然だった。そうでなければ、そもそも編集部にも一緒に来ていないだろう。
「そうね。とりあえずは二手に分かれて、病院で合流しましょうか」
 シュラインの提案に、全員が頷いた。幸い、病院と小学校の間の距離は徒歩で往復できるほどだ。
「じゃあ早く行こうぜ。見舞いって夕方くらいまでだろ?」
 賢に促され、シュラインも席を立った。その時、背後から細い声がした。 
「あのう……ラクスも、ご一緒してもいいでしょうか」
 ソファの影から、赤味がかった紫の髪と、緑色の瞳が印象的な美女が顔を出していた。ラクス・コスミオン。彼女が人間ではないということは、一目でわかる。何しろ、獅子の体に鷲の翼を持ったエジプトの神獣、スフィンクスなのだ。
 人間の世界に慣れていない彼女は、目下社会勉強中である。銘菓『東京ばななん』を持ってきたのはラクスだった。単に大家からのお使いで編集部にやって来たのだが、手作りとはいえ“書”が関わっていると聞いて、興味を覚えたらしい。
「ご本人やお友達には皆様がお話を伺うということですので、ラクスは絵本を書いたお三方のことを調べてみようと……」
 言いながら、ラクスは他の皆を見回した。自然、正面にいた三下と、目と目が合う。
「きゃっ」
 その途端、ラクスは悲鳴を上げてソファの後に隠れてしまった。隠れきれずはみ出た鷲の翼が、ぶるぶる震えている。
「え!? 僕、何か!?」
 何が彼女を驚かせたのかわからず、三下は目に見えて動揺した。一番近くに居たシュラインを引き寄せて、ラクスがその耳元で何事かを囁く。
 ややあってシュラインが言うことには、
「……彼女、男の人が苦手なんですって」
 だそうである。羊よりも弱く大人しい三下と、目が合っただけで駄目とは、相当の男性恐怖症らしい。
「す、すみません。努力はしているのですけれど。あまり、近くにはいらっしゃらないようにしていただけると、ありがたいです。申し訳ありません」
 しゅん、とラクスは肩と翼を縮めた。
 何はともあれ、これで集まったのは総勢6名。
「よろしくね! 良いネタ期待してるから!」
 麗華に見送られ、一同は編集部を出た。

------<学校>--------------------------------------

「三年二組担任の里見です。お話は碇さんに、先ほど電話で伺っています」
 小学校を訪れた悠宇と日和を迎えたのは、一人の若い女性教師だった。
「話をしてもいいですけど、事件のことを直接聞いたりはしないでください。余計な刺激になりますから」
 二人を案内しながらも、里見は少しピリピリしているようだ。
「それから、あなた達を校内に入れたのは私の独断です。ここの卒業生ということにして。ジャーナリスト関係の紹介なんて、絶対に言わないで」
 もう大分落ち着いたようだが、一週間前の事件当日などは、学校の周りに報道陣が山のように詰め寄せていた。中には校内に入ってこようとする不躾な輩もいて、職員たちは今、部外者の来訪に過敏になっているのだという。
「俺たちだって、それくらいわかってるって」
「悠宇くん」
 あからさまに歓迎されていない雰囲気に、舌打ちした悠宇を、日和がたしなめた。
 受け持ちのクラスで事件が起きたのだから、里見が過敏になるのも無理はない。
「……ごめんなさい。子供たちもまだ不安定だし、本当に、事件を思い出させるようなことはできるだけ避けたいの。でも、川辺さんの、あの絵」
 里見は目を伏せた。
「私の常識では計りきれないことが起きているのかもしれないと思えて、仕方がなくて」
 眠りつづける三人の作った絵本と、真由子の絵との共通点に、里見は気付いている。医者では踏み込めない領域かもしれないと悟っているからこそ、オカルト雑誌編集長である麗華に紹介された日和たちに、ほのかな期待を抱いているのだ。
 やがてグラウンドに出た。放課後なので、そこには部活で残っている子供たちが沢山いる。
「あら」
 ゴールに入り損ねたサッカーボールが、日和の足元に転がってきた。
「ああ、丁度いいわ。うちのクラスの子が来る」
 ボールを追いかけてきた男の子が、里見に手を振る。
「里見せんせー!」
 いかにも元気の良さそうな男の子だ。そして、この年頃の子供というのは好奇心旺盛である。ボールを拾った日和の姿を見つけて、早速興味津々の顔になった。
「先生、その人たち誰?」
 卒業生だと里見に紹介されて、男の子はまじまじと日和を見上げた。次に、ちろりと悠宇を見上げる。この年頃の子供というのは、カップルを見かけると一番はやし立てたがる年頃でもある。
「姉ちゃんたち、コイビト? アツアツ??」
「えっ……」
 日和は顔を赤らめた。それは、悠宇は大切な人だが……。
 思わず悠宇のほうを振り向いたら、顔が見えるよりも先に、悠宇のほうが日和の手からボールを奪って前に出た。後姿しか見えなくなったが、耳が赤くなっている。
「う、うるせえよ。ほら、ボール取りに来たんだろっ」
「ゆ、悠宇くん」
 ボールを渡そうとする悠宇の袖を、日和は引っ張った。ここで話を聞かねば、学校まで来た意味がない。
「あ、そうか。あのな、悪いけど、ちょっと俺らと話、してくれないか?」
「えー。やだよ、試合してるのに」
「ちょっとだよ」
 言いざま、悠宇は手からボールを落とし、爪先と膝で軽く、ニ三度リフティングした後、グラウンドの方へと蹴った。ボールは真っ直ぐに、試合をしているサッカーコートの中に入る。
「兄ちゃん、上手いな!」
 何気ない仕草だったのだが、それで悠宇を見る男の子の目が一気に変わった。
「俺知ってる。それ、スッゲエ頭良い学校の制服だよな! うちのお母さん、サッカーばっかりしてたらイイ学校行けないって言うんだけどさ、そうでもないんじゃん?」
「え? うん、まあ、そうかもな」
 きらきらと輝く目で見上げられて、悠宇は少したじろいだ。居心地の悪そうな様子に、日和がくすくすと笑っている。 
「だよな! 勉強なら学校でやってるしさ。なのにうちのお母さん、部活やめて塾行けって言うんだぜ。酷いだろ」
 男の子は唇を尖らせた。話のきっかけができた。日和は少しかがんで、視線を合わせた。
「塾、行きたくないの?」
「決まってんじゃん。塾のが好きってやつらも居るけど。あいつらも塾、大っ嫌いだって言ってたし」
 あいつら、のところで、男の子の表情が微かに翳った。もしかして、と思い、日和はゆっくりと問い掛ける。
「ひょっとして、今入院している三人のこと?」
「え!? …………うん」
 男の子は躊躇いつつも頷いた。
「お友達?」
 重ねて問うと、また頷く。
「友達だよ。うちのクラスは全員友達。二年からの持ち上がりだし」
 全員友達。日和は悠宇を見た。多分、悠宇も同じことを考えている。
「じゃあ、川辺真由子ちゃんも、お友達?」
「真由ちゃん? うん、友達」
 男の子の言葉には屈託がない。
「この間も、クラスの何人かでお見舞いに行ったんだ。その時は、あいつらも一緒で……」
 何か思い出したらしく、あ、と呟いて男の子は黙った。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
 言いよどみ、男の子はちらりと里見のほうをうかがった。里見の前では言いにくいことらしい。察して、里見が一歩引いた。
「……職員室に戻ります。すみませんが、後はよろしくお願いします」
 去り際、そっと肩に手を置かれて、日和は深く頷いた。
「何かあったの?」
 男の子の目を覗き込む。少しの間逡巡し、やがてゆっくりと、彼は口を開いた。
「あの三人と、真由ちゃん、すごい喧嘩したんだ」
「喧嘩?」
 気が付いたら、三人と真由子が口論していたのだと言う。
「原因はわかんない。でも、すごい大声出してて。真由ちゃん、三人に向かって、あなたたちも入院してみればいいって。あの時の真由ちゃん、ちょっと怖かった。それに、あの後ほんとに、三人とも病院に行っちゃったから……なんかさ、ヘンな感じで……」

------<病室・1>--------------------------------------

 小学校と病院とは目と鼻の先だ。それでも、連れだって病院までお見舞いに行くくらいだから、クラスの中でも三人は真由子と仲が良かったのだろう。
 なのに、喧嘩をした。いや、むしろ子供には、仲が良いからこそ、喧嘩はよくあることだ。
 あなたたちも入院してみればいい。その真由子のその気持ちが、恐らくは今回の事件のきっかけだろう。
「でも、それがきっかけで、真由子が夢の世界に他の子たちを巻き込んでるんだとして……普通の子供がそんなことできるとも思いにくいんだよな」
 日和と並んで病院の廊下を歩きながら、悠宇が言った。 
「なにか、真由子の夢の世界に力を与えて他の子を捕えた、別の何かがいるような気がしてならないんだけど」
「うん……」
 日和は浮かない顔だ。
 小児科病棟の中は、まるで幼稚園か小学校のようだった。
 廊下の掲示板には子供の絵。長期入院の子も多いということが窺い知れた。壁に貼り付けられた手作りの紙細工は、少しでも雰囲気を明るくさせようという、職員の配慮の現われだと思われる。
 やがて、一つの扉の前で二人は足を止めた。換気のためか、扉は開け放しになっている。
「やってみましょう。きっと楽しいわ。真由子ちゃん、本は好き?」
 名札を確かめるまでもなく、中からシュラインの声がした。窓際のベッドの周りに、シュライン、賢、マリオン、三下の四名がいる。
「続きを考えるの?」
 ピンクのパジャマを着た女の子がベッドの上に半身を起こし、シュラインを見上げていた。
 川辺真由子だ。顔色が悪く、目の下には隈が浮いている。その膝の上には、三冊の手作り絵本と真由子の描いた絵、それと新しい白い画用紙が広げられていた。 
「ええ。この三つのお話はね、どれも不完全なの。物語の世界を楽しんだ後は、現実の世界に帰ってこなくちゃ。お父さんやお母さんが居ない世界に行ったままじゃ、寂しいお話になってしまうでしょう? お友達も、真由子ちゃんがそうしてくれたら喜ぶと思うのよ」
「……友達じゃないよ」
 絵本を放り出し、真由子はフイと下を向いた。表紙に鉛筆で書かれた名前を横目で辿り、唇を噛んでいる。
「本当に? お友達じゃないの?」
 日和は部屋の中に足を踏み入れた。
「先生やクラスの皆に、仲が良かったって聞いたぜ」
 続いて言った悠宇の言葉に、真由子は頭を振った。
「……向こうはきっと、もう私のこと、友達なんて思ってくれない」
 その頑なな仕草に、日和は胸を押さえる。真由子は後悔しているのだ。
「確かに、いくら仲良しでも、明日にも喧嘩してしまうかもしれない。友達って、そういうものね。でも、何も伝える前から決め付けるのは、どうかしら」
 言いながら、日和は決然と眉を上げた。真由子が叫んだ。
「だって、私、あの子たちに酷いことをしたんだもの!」
「そう思うなら、まずは謝らなくちゃ。仲直りできるかもしれないのに、そんな可能性までなくしてしまうのは、とっても寂しいことだと思わない? 真由子ちゃん?」
 そっと、日和は真由子の肩に手を置いた。
「仲直り、したくない?」
 こくりと、真由子は首を縦に振った。
「したい。でも、三人とも、眠ったままだから、いくら謝ったって聞こえっこないよ。目を覚まさないと、このまま死んじゃうかもしれないんでしょう?」
 泣きそうな調子に、真由子の声は裏返っている。 
「……お姉さんたち、里見先生に、私の夢のことを聞いたから、来たの?」
 ややあって、意を決したように、真由子は顔を上げた。
「里見先生だけは、私の絵を見て、私の言うことを笑わなかったの。お姉さんたちも、真由子が何を言っても笑わない?」
「笑わないわ」
 シュラインをはじめ、賢もマリオンも日和も悠宇も、真面目な顔で頷いた。それを見て、真由子の顔が、ぐしゃりと歪む。
「……助けて」
 震える手で、真由子はシュラインの腕にすがりついた。 
「三人とも、私の夢の中に居るの。だから目が覚めないの。助けて……」

------<病室・2>--------------------------------------

 喧嘩の原因は、三人が何気なく真由子に言った言葉だった。
 真由ちゃんは、テストも塾もなくて、いいな。お母さんにも怒られないでしょう?
 彼らが、少々無神経だったのは否めない。望んでも学校に行けず、家にも帰れない真由子には許せない言葉だった。
「それで、思ったの。あの子たちも、私と同じように、おうちに帰れなくなったら私の気持ちがわかるだろう、って」
 しゃくりあげて、真由子は手の甲で頬を拭った。
「そしたら、ほんとに、救急車に乗って病院に来たの。夢の中で初めて三人と会ったのはその日の夜よ。皆、私と喧嘩したことなんか覚えて無かった。多分、私の都合のいいようになってるんだと思う。私の夢だから」
 それは、本当は仲直りしたいという気持ちがあったからこそだろう。真由子自身も、そのことに気付いているようだった。
「夢の中だけど、一緒に遊べて、嬉しかった。それに、夢なら私も思い切り走れるの。最初は、ただの楽しい夢だと思ってた。だから、皆を引き止めたの。おうちになんか帰らなくていいじゃない、って。ずっと、私と一緒に遊ぼうって。でも、それは最初の晩だけ。次の日も同じ夢を見て、なんとなく、怖くなって。それからは毎晩、皆に帰るようにって言っているの。でも…………」
「お三方とも、帰らないと、おっしゃっているのですね?」
 嗚咽が混じって言い切れなかったことを、穏やかな声が引き継いだ。病室の戸口から、ラクスが入ってくるところだった。
「眠っているお三方の記憶を、少し読ませて頂いて来ました。皆さん、日常生活に随分不満を持っていらっしゃった様子でしたので、恐らくはそうではないかと思うのですが」
 顔を覆って泣きながら、真由子は頷いた。
「日常生活に不満って……小学生だぜ?」
 賢が、理解不能、の表情で眉を寄せる。シュラインが肩を竦めた。
「無いとは言い切れないわ。けっこう、昨今の小学生は大変なのよ。塾や習い事に、宿題でしょう。毎日、遊ぶ時間がない子も居るくらいよ」
 シュラインが言った。なるほど、と悠宇は小学校で聞いた事を思い出す。
「聞いたところによると、三人は私立中学への進学目指してるとかで、実際そうだったらしい」
 しゃくりあげるのを堪えながら、真由子は言葉を続けた。
「帰りたくないって。それに、だんだん、夢の中の皆が、おかしくなってきたの。死んじゃうかもしれないんだよって、言っても、別にいいよって、笑ってるの。このままでいいんだって。夢の中のほうが楽しいから、もう、どうでもいいんだって」
 三下があわあわと頭を抱える。
「そ、それじゃあ……三人とも、もう……」
「三下くん」
 シュラインに視線で制されて、三下は「帰って来られないんじゃ」と続けるところを飲み込んだ。悲観的なことを真由子に聞かせるべきではない。
 日和は真由子の背中を擦っている。その横から、悠宇は慰めるように言ってやった。
「泣くなよ。帰らないって言ってるのは、三人自身だろ。いくら一度は引き止めたからって、真由子だけが悪いんじゃない」
 そう、真由子だけが悪いのではない。真由子の夢の世界に力を与えて他の子を捕えた、別の何か。その正体が、悠宇には掴めた気がする。それは、他ならぬ、囚われた三人自身だ。
 おずおずと、ラクスがそれに同意する。
「はい。ラクスも思いますに、これは偶然の重なった、不幸な事故ではないかと」
 考えられるのは、異界から帰らない物語は、それを作った三人の、願望の表れだったということだ。
 現実世界から逃れたいという三人の気持ちと、真由子の一時の怒りとが、たまたま、時を同じくして重なった。
「もともと、川辺様に夢の世界を作るお力があったのかもしれません。しかし、ラクスの見たところ、川辺様のご意志だけで、他の人まで勝手に巻き込むことまでは、恐らく出来ないでしょう。人の意志の力は、重ねれば重ねるほど強力になります。目指している方向が同じなら、尚更です」
「……複雑ですね」
 日和が呟いた。巻き込まれた原因が三人にあるのなら、もう真由子の気持ちだけではどうしようもない。
「夢の中に、直接干渉してみるしかないんじゃねえか?」
 かり、と手の中で数珠を鳴らし、賢が他の皆を見回した。
「そうですね。三人に帰りたいという気持ちがないのなら、帰りたくなるように仕向けてやるしかない」
 言いながら、マリオンは三冊の絵本を集め、画用紙を綴じたホチキスを外して重ねている。
「その前に、三人の帰り道を作る準備をしましょう」
 重ねた絵本の下に真由子の絵を置き、新品の画用紙を二つ折りにして、それをはさみ込んだ。不恰好ながら、白い表紙の、一冊の冊子ができた形だ。
 その作業と当時に、マリオンは彼の持つ空間を繋ぐ能力を用いて、本だけでなく物語の世界も一つに融合させている。始まりと終わりがまだ決まっていない物語へと。
 出来上がった白い本を、マリオンは真由子に手渡した。
「この物語のラストを、貴女が書き上げてください。皆がそれぞれの家へ帰る、ハッピーエンドにね」
 マリオンに促され、真由子は白いページを膝の上に広げた。

------<夢の中>--------------------------------------
 
 気が付くと、赤い空の下に立っていた。
「あ……?」
 日和は目を瞬いた。クレヨンで塗ったような、真っ赤な空が目に痛い。
 視線を巡らせると、三下と他の皆もすぐ近くにいた。
 白い本を受け取った真由子が、色鉛筆で絵を描き始めた。そこから、いきなり記憶が途切れている。
「え……?」
 隣で、シュラインも目を瞬いている。
「どうなってんだ、こりゃ」
 賢が、辺りを見回しながら髪を掻いた。
 壊れたテレビや冷蔵庫といった粗大ゴミでできた巨大な山を背に、7人は立っている。前方は、見渡す限りの草原だった。温い風が、草の葉を音も無くそよがせている。
 遠くに、ぽつりと、青い屋根が見えた。信じがたい思いで、日和は呟く。
「ここ……ひょっとして、真由子ちゃんの夢の中、ですか?」
「日和、じっとしてろ」
 思わず青い屋根の家の方へ歩み寄ろうとした日和の腕を、悠宇が引いた。
 家の方から、子供の笑い声が聞こえてくる。それ以外の音は何もなかった。
「おい。てめぇ、何かしたか?」
「いえ。真由子さんが物語を描き終えたら、ここに入り口を繋ぐつもりではいましたが、まだ何も。ラクスさんは?」
 賢の問いを否定したマリオンが、ラクスに視線を向けた。
「ラ、ラクスも、何もしておりません」
 ぶるぶる、ラクスも翼を縮めて頭を振った。
 日和は一つのことに思い当たった。
「そういえば、私、真由子ちゃんが絵を描き始めるのを見ながら、自分ならあの絵本の結末をどうするかなあ……って、考えていたんですけど……皆さんは?」
 日和の言葉に、腰を抜かして座り込んでいる三下も含め、誰もが「あ」と言う顔をした。
「私たちも、巻き込まれたということ……?」
 誰も、シュラインに異論を唱えなかった。それ以外何も思い当たらない。
「絵本はどうなったのかしら」 
 呟いたシュラインの爪先に、何かが引っかかる。草と擦れて乾いた音を立てたのは、白い本だった。
 本を広げると、最後のページはまだ白い。真由子の迷いを示しているように。
「どうしますか? 能力を使って戻ることは出来ますが」
 マリオンの申し出に、シュラインは頭を振った。
「もう少し待って。子供たちに会ってみてからにしましょう」
 扉が開く音がして、家の中から四つの影が飛び出した。
 あはは。きゃはは。子供たちの笑い声が近付いてくる。小学三年生のはずだが、それよりも幼い声のように聞こえた。
 真っ赤な頬をして駆けて来たのは、真由子だった。その後には、男の子と女の子が一人ずつ。足元で、茶色い犬がクウンと鼻を鳴らした。
「お兄さんたち、誰?」
 真由子が、賢の袖を引く。
「誰って。何言ってんだよ、さっき会ったじゃねえか」
「……菱くん」
 シュラインに言われて、賢はハッと気付いた。日和も悠宇も、気付いて息を飲む。さっきまでピンク色のパジャマを着ていたのに、この真由子は、白いパジャマを着ている。それに、今真由子は起きている。夢の中に居る筈はない。では、この子は?
「ねえ、お兄さんたちも一緒に遊ぼうよ」
 一同は顔を見合わせたが、真由子は構わず、次はマリオンの袖を引っ張る。
「残念ですが、私たちは遊びに来たんじゃないんですよ」
「どうして? ここは遊ぶための場所なのに」
 やんわりと手を解かれて、真由子が唇を尖らせた。
「そうだよ、遊ぼう。今日は、オバケがいなくて、ちょっとつまんないんだ」
「きゃっ」
 男の子にシッポを引っ張られて、ラクスが飛び上がる。
「ああ。オバケなら、ちょっと遠くに行ってもらいましたよ」
 マリオンに言われて、男の子はふうんと鼻を鳴らした。物語の世界をつなげた時、マリオンはこっそり、真由子の絵の中から黒いオバケを取り除いていた。危険回避のためだったのだが、既に子供たちにとってオバケはあまり怖い存在ではなくなっていたようだ。
「そうなんだ。オバケが鬼なのが一番面白いんだけど、お姉さんたちでもいいや。ゴミの山でおっかけっこしようよ」
「きゃぁあっ」
 子供でも、性別は男である。やはり苦手意識が働くようで、ラクスは涙目になっている。
「真由子ちゃん。ここは楽しい?」
「うん。楽しいよ。だから、皆で遊ぼう。ずっと遊ぼう。おうちになんて、帰らなくてもいいよ」
 白いパジャマの真由子は、シュラインの問いに歌うように答える。
「だって、真由子はいつも病院なのに、皆は学校や外でいっぱい遊んで、ずるい。でも、ここなら、私も一緒に遊べるもの」
 くるりと回って、真由子はマリオンの後ろに隠れた。笑い声。
「そうだよ。ここなら、ずっと遊んでてもいいんだよ。誰にも怒られないし」
 真由子に続いて、もう一人の女の子がキャハハと笑った。
 シュラインの額に汗が浮かんでいる。真由子は言っていなかったか。「夢の中の皆が、おかしくなってきた」と。
 確かにおかしい。親からも離れて子供たちだけで、知らない場所に来ているのだ。普通なら覚える筈の、不安や寂しさといった感情を、何かが麻痺させているように思える。
 その"何か"は、多分、これだ。
「あんた、真由子ちゃんじゃない、のね」
 "真由子"が、シュラインを振り向いた。その瞬間、空気が歪んだような感覚があった。
 数珠を鳴らし、賢が真由子に向かって腕を突き出す。きょとんとして、真由子は首を傾げた。
「真由子だよ。私ね、皆が眠ったまま死んじゃってもいいから、ずっと一緒に、ここで遊んで欲しいんだ」
 悠宇の制止を振り切って、日和は前に出た。
「違うわ。本当の真由子ちゃんは、そんなこと言わない! 皆に帰って欲しいって言ってたもの!」
 "真由子"は笑った。   
「少なくとも、私は、真由子の一部だよ」
 その背後で、あはは、きゃはは、と子供たちも笑い、犬が吠えながらそれを追った。
「確かに、一時は。この世界ができた瞬間には、そうであったかもしれませんね。しかし……」
 マリオンが、ちらりとシュラインの手許を見る。シュラインは白い本を開き、微笑んだ。 
「そうね。あんたも、あの子の一部だった時があったのかもしれない。でも、今のあの子の本当の意志は、こっちよ」
 シュラインは広げた最後のページを"真由子"に突きつけた。
 そこには、青い空の下、四つの家に帰ってゆく子供たちの絵が描かれていた。もちろん、その中の真由子は、もうパジャマを着ていない。
「となると、こいつは、ただの悪い感情の残りカスだな。つーか、ここまで来たらもう悪霊みたいなもんか。浄化させるぜ」
 パン、と賢が手を合わせ、印を結んだ。
「オン・ソンバ・ニンソバ・ウン・バザラ・ウン・パッタ!」
 
------<夢の中・2>--------------------------------------

 "真由子"が浄化され、消えた後も、仕事はまだ残っていた。
「まだ遊ぶ」
「学校も塾もヤだもん」
 もう帰ろうかと切り出せば、男の子も女の子も犬も、頬を膨らませてそっぽを向く。
「まー、気持ちはちょっとわかるけどよ」
「帰り道は真由子さんが作ってくれましたから、あとは彼らの気持ちだけなんですけどね。どうしますか。無理矢理引きずってでも連れて帰りますか」
 困り顔で髪を掻く賢の隣で、マリオンが笑顔で少々過激なことを言った。
「それは最終手段にしましょう」
 どうしたものかと、シュラインは腕を組んだ。
「ああ、本当に"ガッコウ"に行きたくないなんて……知識の研鑚の場を、お嫌いだなんて……」
 勉学を好むラクスは、子供たちの言い草が信じられないらしく、目を丸くしている。眠っている三人の記憶を読みに行った際に、母親に会ったことを思い出して、ラクスは言った。
「お三方はお母様にはお会いしたくないのですか? それはそれは、とても、心配しておられましたよ?」
「ママが? 嘘だぁ」
 と言いつつ、子供たちの気持ちは少し揺らいだようだ。
「そうだぜ。大体お前ら、ずっとこのままで、本当にいいのか?」
 そこに、悠宇が言葉を重ねる。
「学校や塾だって、嫌なことばっかりじゃなくて、楽しみなことだってあっただろ? 小さいことでいいんだよ。明日の給食のメニューとか、思い出してみろよ。他の友達と遊ぶ約束とかは? 閉じた世界の中に留まってるのは、勿体無いよ。だってそうだろ? 世界は毎日俺たちの前に開かれてるんだからさ、違うかい?」 
 これも効果覿面だった。むくれた顔ばかりしていた子供たちの表情が、すっと緩む。
 "真由子"の存在がなくなったことで、彼らにも正常な感覚が戻りつつあるようだ。
「帰りたくなった?」
「……うん」
 シュラインが視線を合わせて問うと、初めて素直に、子供たちは頷いた。
「でも……」
 ちらりと、男の子がゴミの山を見た。
「僕が考えたセッテーなんだけどね、オバケはゴミをいっぱい捨てる奴を、罰としてゴミの国に連れて行っちゃうんだけど、ほんとは罰じゃなくて、自分が一人で居るのが寂しいからなんだ。だから……」
 戻ってきて誰も居ないと、寂しがるのではないか、と言うのだ。
「じゃあ、もう少しだけ遊んでから帰りましょうか。心残りがないようにね」
 少し考えてから、シュラインはにっこり笑った。

------<夢の後>--------------------------------------

 場所は再び編集部の片隅。
 応接机の周囲には、6人分の紅茶の湯気が漂っている。
「良かったよな、三人ともすんなり目が覚めて」
 お茶請けのシュークリームを手掴みで齧りながら、賢が言った。
 真由子の夢の中に行ってから数日が経った。巻き込まれていた三人は、あのあとすぐに目を覚まし、特に後遺症もなく無事に退院している。
「真由子ちゃんも、少し元気になったみたい。顔色が良くなってたわ」
 日和と悠宇はついさっきお見舞いに行ってきたところで、日和は真由子の変化を嬉しそうに語った。
「もうすぐ、少しの間だけどお家に帰れるかもしれないんですって」
「良かった。心配事がなくなったせいでしょうね」
 シュラインが目を細める。
「……思うんですが。もしかしたら、真由子さんの病気自体、完全に回復するかもしれませんよ」
 全員の視線を浴びながら、マリオンは優雅に紅茶を一口含んでから続けた。
「ああいった空間を作るには、激しく体力を消耗します。あれが初めてではなく、真由子さんは今までも度々、無意識に夢の世界を作ってしまっていたのではないかと」
「そうですね。ラクスも、それは、あり得ると思います」
 ラクスがマリオンに同意を示した。彼女は体の都合上、ソファを一脚、一人で占領して寝そべっている。その口元にはカップがふわふわと宙に浮いていた。浮遊の魔術がかかっているのだ。
「じゃあ、入院の原因の発作って」
 シュラインに、マリオンは頷いてみせる。
「恐らく、それでしょう。入院すると退屈で、余計に夢の中に逃げたくなる。そして無意識のうちに、自分だけの空間を作ってしまう。そうすると、また体力を消耗する。悪循環ですね。ですが、今回の一件で、彼女自身、自分の力を自覚しましたし……」
「それに、多分もう、逃げるための世界なんて、真由子は作らないぜ。ほら、日和、あれ出せよ」
 悠宇に促され、日和が鞄の中から画用紙の束を出した。
 三冊の絵本をまとめ、真由子が最後のページを書いたあの本だ。
 表紙には新しく絵とタイトルが書き込まれ、もう、白い本ではなくなっていた。
「皆さんにもお見せしたくて、真由子ちゃんから借りて来たんです。クラスメイトの皆がまたお見舞いに来てくれて、そのとき一緒に仕上げたんですって」
 沢山の子供たちの手で、画面狭しと色々な絵が描かれ、絵本はかなり雑然としている。しかし、賑やかで楽しそうな誌面だった。
 背表紙には、黒いオバケに、ロボットが一体、並んで立っていた。
 ロボットの体は冷蔵庫で、顔はテレビでできている。オバケが寂しくないようにと、シュラインの発案で、子供たちと一緒に作ったリサイクルロボットなのである。子供たちが家に帰った後、オバケには友達ができた、というエンディングだ。
 円満に、一件落着。
 しかし、一部ではまだ全然落着していなかった。
「で? この記事はなぁに? さんしたくん」
 編集長のデスクから、厳しい叱責の声が聞こえてくる。
「折角、夢の中なんてオイシイ場所に行けたって言うのに、なんでそこのところがたった一行なの?」
「あの、びっくりしてしまって、その、あまり覚えてなくてですね……」
「没!! 何のために取材に行ったの! せめてもう少し思い出して書き直し!」
「えぇええええっ! 思い出せったって、本当に覚えてないんですよう!」
 三下の悲鳴に、ガガガー、と無情なシュレッダーの音が被った。
「さてと。私はちょっとあちらへ行ってきますね」
 カップを置き、マリオンが立ち上がった。
「碇編集長! 私でよかったら、三下さんに夢の中のことをお話しますが」 
「あら。ありがとう。でも、あまりさんしたくんを甘やかさないでやって。本人の為にならないから。事件を解決してくれただけで、充分在り難いし」
「いいえ。碇編集長の頼みですから、当然です」
 麗華に笑いかけられて、マリオンは嬉しそうだ。
「ええっ! そんなぁ!」
 三下はというと、かなり気の毒だが。
「……あっちは、まだ大変そうだな」
「……相変わらず、厳しいわね。後でこっそりお話しておいて上げましょうか」 
「そ、そうですね……それくらいなら、できますし……」
「しょうがねーな……」
「変わった人間関係を見てしまいました。人間社会って……やはり興味深いです……」
 しょげている三下の背中に向かって、それぞれが思い思いに呟きを漏らした。
 三下がこの後、皆の助けにより奇蹟を起こし、麗華を満足させられる記事を書けるかどうかは――――神のみぞ知る。 

                              END

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1963/ラクス・コスミオン(らくす・こすみおん)/240歳/女性/スフィンクス】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/16歳/女性/高校生】
【4164/マリオン・バーガンディ(まりおん・ばーがんでぃ)/275歳/男性/元キュレーター・研究者・研究所所長】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/16歳/男性/高校生】
【3070/菱・賢(ひし・まさる)/16歳/男性/高校生兼僧兵】


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          ライター通信         
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 初めまして、もしくはいつもお世話になっております。お届けさせていただきました、階アトリです。
 期日ギリギリの納品、申し訳ありません。

 今回、皆様の調査対象がきれいにわかれておりましたので、途中別行動になりました。最初に行く調査先によって、個別部分が出ております。
 それぞれが得た情報により、事件の全容が明らかになるような形にさせていただいたのですが、如何でしたでしょうか。

 初瀬・日和さま。二度目の御参加、ありがとうございました。
 今回は、羽角・悠宇さまへの納品物と、完全に同一の文章となっております。
 話を聞き、真由子の心理状態を言葉で変えてゆくことがメインのプレイングだと思いましたので、心の描写を多めにさせていただきました。
 制服を着ていただいてしまったのですが、私服の高校という設定にしていらしたら申し訳ありません。
 前回御参加下さった依頼と引き続き、羽角・悠宇さまとは友達以上恋人未満の雰囲気を意識しました。
 本人たちにとっては普通の会話が、はたから見ているとラブラブ……という風にしたつもりなのですが、如何でしたでしょうか。

 毎回、プレイングに助けていただいております。今回も例外ではありません。皆様、ありがとうございました。
 またの機会がありましたら幸いです。では。