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<東京怪談ノベル(シングル)>


スクーとプーク愛の物語


 ――プロローグ
 
 秋晴れの日だった。それはもう、嬉しいぐらいの秋晴れの日だった。
 停滞前線とやらも手痛い目めに遭って去って行ったのだろう、などというヘタクソなダジャレをシオン・レ・ハイは考えていた。ここは路上、彼の目の前にはブロマイドが置いてあり、吹き飛ばされないように小石で止めてある。どうしてこんなことになったかというと――。
「いらっしゃー、ブロマイド一枚千円です」
 シオンは座り込んでこちらをじいと見ている小さな女の子と見つめ合った。
 その途端、女の子は隣にいた母親に慌てて回収され、せかせかと去って行った。
 まだ昼間はあたたかい。気持ちのいい日だ、とシオンはついうたたねをはじめた。
 
 
 ――エピソード

 アトラス編集部は、いつも通り少しのざわめきと少しの緊迫に溢れていた。社員達の机の上は雑然としており、それぞれ忙しそうに机に向かったりパソコンを打ったり、出掛けの用意をしたり、またはそこら辺のコードにつまづいて転んだりそれぞれである。
 シオンはアトラス編集部へ入って、唯一整頓された机を持つ碇・麗香の元まで行った。その行く手は、ゴミ箱や(もちろん足を突っ込んでしまいこけかけた)空き缶(もちろん踏んで後ろへすっ転んだ)カップラーメンの空き箱(つい残っていないか覗いてしまった)等々、さまざまなトラップが仕掛けてあったが、こんなものシオンにしてみれば序の口だった。
「碇ヘンシュウチョー、カメラお借りしてもいいですか」
「……どうして」
 英字新聞に目を落としていた彼女は、いかにも胡散臭いシオンを見上げた。それから左手で眼鏡の位置を直し、瞬きと二度する。
「私、スプーク写真を撮ります!」
「スクープね」
「そうです、スプーンです」
 力強く同意してから、シオンははっと気付き、気恥ずかしそうに「スプーンはこうするものでした」と何かを食べている動作をした。碇編集長も冷静にうなずいた。
「それで? 何を撮るの」
 麗香は英字新聞を畳みながら、気のない声で聞いた。
「スクーとクープの愛の物語、ザッツエンターテイメントです!」
「ちょっと、誰かぁ、この頭おかしいの追い出して」
 彼女はパンパンと畳んだ英字新聞で左手を叩き、編集部を見回した。そうでなくともうるさいシオンだったので、大半の編集部員が苦笑をしている。
「カーメーラー」
「うるさいわね、カメラカメラってあれは案外高いのよ、質草にでも入れられたらたまらないわ」
「そ、そんな私に見えますか!」
 シオンが涙目になりながら言うと、麗香は頭が痛そうに額に手を当てた。
「そんなに頭がいいようには見えないわ」
「ありがとうございますっ」
 シュタッ、と敬礼をしたシオンは颯爽と歩いて行き知らぬ社員の机から一眼レフのカメラをナチュラルに手に取って嬉しそうに編集部を出ようとした。ついつい振り返ってファインダーを覗くと、シオンを指差して楽しそうに手を振っている(怒っている)碇・麗子が見えたので、シャッターチャンス! とばかりに、彼女の一番大きな口のショットを撮っておいた。
 喜んでもらえるだろうか!
 さて、実はシオンがカメラを借りたのにはわけがある。
 最近シオンは訪問販売のアルバイトや探偵のアルバイトや怪奇記者のアルバイトなど、色々なバイトをしているので、その際名刺がないと不便だった。そこで考えついたのが、写真である。写真の裏に名前や生年月日を書いておけば、顔が分かって名前が分かる上、誕生日プレゼントももらえるという嬉しい特典つきだった。
 そしてシオンは街に出た。
 
 都合のいいことに街はハロウィンイベント前ということで、マスコットキャラが溢れていた。シオンはますます嬉しくなってしまい、猛スピードでミッキーマウスまで走って行った。さすがのミッキーも驚いたのか、オーバーリアクションでシオンを見る。
「あの、カメラ、カメラ!」
 興奮のあまりシオンは語彙が少なくなっている。
 しかしさすがミッキー、こういったよくわからない大人への対応も決まっているのか、ミッキーはポーズを決めて待っていた。しばらくして息を整えたシオンは、かわいらしいポーズのミッキーに一眼レフのカメラを手渡した。
 それから一目散に街路樹の前に立ち、片手を木に当てて少し俯き、そして顎に手を添わせてポーズをとった。

「撮ってくださーい!」
 ミッキー呆然である。
 だがシオンは待っている。ミッキーは辺りを見回し、居心地が悪そうにしながら、パシャリとおざなりにシャッターを押した。今度はシオンは街路樹に上りポーズをとる。その度にミッキーがシャッターを押す。街路樹へぶら下がったシオンを撮ったあと、シオンが思い切り落ちた瞬間もカメラに収める。ミッキーの心境はしてやってりだろうか、やはり未だむかっ腹だろうか。

 次は自分と共に写ってくれる被写体探しだ。それに関してはシオンは決めていた。
 絶対、ヤーさんである。絶対、絶対! この間高倉健の映画を観て以来、シオンはヤクザさんのとりこなのだ。徒歩で新宿まで歩いたシオンは、その足でヤクザを探しあて、何も考えずに彼らに話しかけた。
「こんにちは、ヤクザさん!」
「なんだと、ゴルァ」
「違いますよ、なに言うちょるか! ですよ」
 シオン、広島ヤクザの映画を観すぎである。そもそも映画なんてどこで観たのか。……思い当たる節は一つ、例の興信所の所長のブームがちょうどヤクザ映画なのだろう。
「ああん?」
 ヤクザはともかく威圧するようにシオンに迫ってくる。シオンはニコニコ笑顔のまま、カメラを見せて
「写真撮ってください」
 そう言ってヤクザさんにカメラを渡した。
 新宿の雑踏に混じって数十分、ヤクザの手によるシオンの謎ポーズ「アイーン」だったり「マトリックス」(若干片手を後ろにつきました)だったり、遠山の金さんだったり(刺青はないです)最後はとうっとヤクザさんを蹴った瞬間を撮ってもらおうと試みて、本当に蹴ってしまったので、カメラを奪い取りシオンは逃走した。
 シオンの後ろからヤクザが追ってくる。シオンは逃げる。ヤクザは追う。シオ逃げ、ヤ追い……と二つの感覚が限りなく近付き、シオンにヤクザの手が届く頃、シオンはなんとかアトラス編集部に帰り着くことができ、あからさまなヤクザさん方々はビルの警備員さんに止められてしまったので、事なきを得た。

 編集に戻って現像をしてもらい、シオンは写真を持って街に出た。
 せっかくなので一枚千円とかいうぼったくり価格で売り飛ばしてみよう計画である。
 しかし――おっさんのプロマイドを喜んで買う親父スキーに出会わなかったばかりか、謎の写真ばかりで誰一人シオンの写真には見向きもしなかった。
 ああ、私の千円……。
 シオンは考えるが、もっと深く考えてみれば一枚千円どころか、シオンからの出費はゼロである。強いて言うなら自業自得で追われることになった、ヤクザさんから逃げる為の体力ぐらいがシオンのマイナスと言える。
 一枚の写真が飛んでいく。追いかけなくてはと立ち上がったとき、シオンはようやく一枚百円の名刺を売るつもりだったことを思い出した。

 そういうわけで、名刺を作ってみた。
 編集部に戻ってあちらこちらへ百円で売りつける。編集連中も慣れたもので、払わなければ泣き出されるのがわかっているのか、シオンの手の平にはもう五枚も百円玉が貯まっていた! シオンは嬉しくなって碇・麗香編集長の元へ行き同じように聞いてみた。
「一枚百円です」
「いらない」
 がびーん、とシオンが固まっていると麗香はシオンを一瞥した。
「フィルム代、立て替えとくから、今度の事件はタダ働きね」
 彼女は資料をトントンとまとめて片手に持ち、立ち上がった。
「会議するわよ、管理クラス集まって」
 麗香がスタスタと会議室へ去っていく。シオンが机の上を見ると、そこにはちょうど写真が納まりそうな大きさの手帳が置いてあった。
「おおっ」
 シオンはそっと手帳を開いて、真ん中に自分の写真と麗香の大きな口を開けた写真を二枚ぶち込んでおいた。
「碇さんにはタダで奉仕なのです」
 シオンはカメラを置いて、臨時収入を胸に編集部を出た。
 
 
 ――エピローグ
 
 碇編集長は怒っている。シオン・レ・ハイの写真はともかく、もう一枚のありえないぐらいブサイクにとられた写真に本気で切れている。
 次来るときは覚えてらっしゃいよ、彼女はそう思い、ついでにその怒りを部下にぶつけるのだった。


 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3356/シオン・レ・ハイ/男性/46/びんぼーにん(食住)+α】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ご依頼ありがとうございました。
「スクーとクープ愛の物語」いかがでしたでしょうか。
お眼鏡に適えば幸いです。

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 文ふやか