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<東京怪談・PCゲームノベル>


【温泉へ行こう! 〜東京篇〜】

 ロックバンドというものはとにかく体力勝負である。ただ突っ立って歌ったり演奏したりするのとは違うのだ。観衆を取って食ってしまうほどのパワー感、スピード感、エネルギーが命である。ベースとヴォーカルを兼任する村沢真黒は、だからなお疲弊する。『来るなら来てみろ妖怪温泉』にやってきたのも、日ごろの心身の疲れを癒すためであった。
「こんな東京のど真ん中に温泉とはね」
 サングラスの奥の目が細くなって唇が曲がる。普段はクールな真黒だが、柄にもなく嬉しさを表情に出した。彼女の所属するバンド『スティルインラブ』のメンバーといったらそれはそれはやっかいな人種ばかりでしょっちゅう言い争っているしツッコミ入れなきゃどうにもならないしで困ることが多々ある。だから今日は久しぶりに誰を気にすることもなくゆっくりできる、と思った。
 センター内に入ろうとすると、入口に立っていた従業員が「いらっしゃいませ」とおおらかな挨拶をかけてくる。
「お客様、どちらの施設をご利用になりますか?」
「はあ?」
 何言ってるんだと言いたげな真黒と、笑顔の従業員。
「私は風呂に入りに来た。決まってるじゃないか」
「当センターのコンセプトはご存知でしょうか? ええ、ただ湯浴みするのもよろしいのですが、当センターではその名の通り、妖怪と戦闘して汗を流せるスペースを用意してございます。あちらで存分に体を動かしたあとに湯に浸かるのがお勧めコースですよ」
「ああ、ここに来る途中にチラッと見たけど、あそこがそうなわけ? そいつは御大層なモンだな」
 真黒は左方に視線を移す。目の前のセンターと別に建てられたそれは、入口に『妖怪退治はこちら』と非常にわかりやすい看板が立てかけてある。見てみると人の出入りがなかなか激しい。人気があるようだ。
「いかがですか?」
「面白そうじゃん」
 手の骨をパキパキ鳴らしながら別棟へ向かった。ロックバンドなんてものをやっていると、時には暴力性が内から生まれてくるものだ。
 受付で料金600円を支払う。良心的な値段かどうかを思案している間に、従業員の男性はチケットを発行し、真黒に渡した。
「お客様は第3広間になります。広間に入っていただくと、その奥が黒々と塗りつぶされているような光景が見えます。これは暗黒空間……妖怪の巣に繋がっており、そこからわんさかと『的』が出てきます。倒した妖怪は自動的に消滅するので、屍で床がいっぱいになるということはありません」
 聞けば聞くほど無茶苦茶な施設である。
「わんさか、ねえ」
「妖怪といっても、まさに殴られる蹴られるためだけにいるような小物ばかりです。教われて大怪我、なんてことはないでしょう」
「あいよ」
 そうして第3広間へと歩いていくと、扉の前に従業員がいる。
「チケットをお見せください」
 言われたとおりにして、従業員から半券を受け取る。その時。
「ひええ、助けて!」
 扉の向こうから沈痛な悲鳴がこだました。それもひとつやふたつではない。
 やられることはないとか言っていたがあれは嘘か? 真黒は慌てて扉を開き中に踏み入った。
「ぎゃあ、これ以上ぶたないでくれ!」
「ちょっとタンマ、まさかこんなトコに繋がっているなんて……ひい!」
 何のことはない。助けを求めていたのは妖怪であった。受付の言うとおり、奥の壁が夜よりも真っ黒で、そこから幾多もの異形の者たち(全体的に小さく、鋭い牙や角なども持っていない)が次々と現れては、片っ端から客たちに打たれている。凶器は持ち込み可なのか、金属バットやメリケンサック、中には日本刀を装備している者もいる。男女問わず客たちは妖怪狩りに無心になる。
 気弱な妖怪たちの絶叫が絶えず耳を突く。血の匂いでむせ返りそうになる。真黒は頬を引きつらせた。
「なんつーか、これ……」
 確かにストレス発散にはなるかもしれないが、ただの弱い者イジメじゃないか。真黒は何かイライラしてきた。彼女は直情に任せ、近くにいた中年男性を手刀で切りつけた。
「うわあちち! あんた、何すんだよ」
 人間の叫び声が混じったので、客一同は何事かと一斉に真黒の方を向く。
「標的はあいつらだ、あいつら!」
 中年は切られた肩を押さえながら片隅で怯える妖怪たちを顎で指す。
「うっせーな、おっさん。いくら相手が妖怪とはいえ、弱い者イジメする奴ぁ大っ嫌いなんだよタコが」
 真黒は中年のみぞおちにキックを食らわせて、あっという間に気絶させた。
「ムカつくから、てめーら全員ぶっ倒す」
 親指で喉を掻き切るポーズを取りながら、真黒は言い放った。
「ざけんなガキが!」
 掴みかかってきたのは、真黒よりも一回り体格の大きい、スキンヘッドの男。しかし彼は真黒に届かぬまま、うつぶせに倒れる。真黒は剣道の『胴』の要領で、攻撃すると同時に横から後ろへと抜けた。男の腹からは血が滲んでいる。真黒の右手にも同じ血が。
「怪我したくなきゃ、さっさと出たほうがいいぜ?」
 指先を赤く濡らした真黒は辺りを見据える。『気』を集めた彼女の素手は、鉄の硬度と鋭さに勝る。襲うならば相応の覚悟をしろと言ったのだ。
「このまんまじゃおちおち楽しめねえ。この女からやっちまおうぜ」
 その一言で、全員が敵となった。四方八方からパンチが、キックが、体当たりが、凶器が見舞われる。
「ったくバカヤロー! 本当にその気だな、いいぜやってやらあ!」
 真黒はさらに気を練って両腕に集中させた――。

■エピローグ■

「くっはあ! いい汗かいたぜ」
 ザッパーンと大きな音を立てて、真黒はジャグジー風呂に飛び込んだ。大声を出す彼女を見て周りの老婦が顔をしかめるが気にしない。
 第3広間の人間という人間をことごとく倒した真黒は、ようやく本来の目的に戻った。湯が全身についてしまった傷にしみる。幸いどれもがかすり傷なので、大事には至っていない。
「あ〜〜〜〜〜、いい気持ち。今度メンバー呼ぼうかな」
 満悦の表情を浮かべ、真黒は心地よさに身をゆだねた。もう彼女の頭からは先ほどの戦闘は掻き消えていた。その頃、従業員は第3広間の負傷者を病院に送るのにおおわらわであったのだが、無論彼女は知らない。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2866/村沢・真黒/女性/22歳/ロックバンド】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご発注ありがとうございました。
 このお話は温泉へ行こうシリーズの第3弾です。
 (過去、あやかし荘とソーンの白山羊亭でやりました)
 今後はアンティークショップ・レンや神聖都学園でやるかも
 しれませんので、ご興味があればまたよろしくお願いします。

 それではまたいつか。
 
 from silflu