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<東京怪談ノベル(シングル)>


黒き翼の少年

人には‥翼は無い。
だからこそ、空に憧れ、空を求め、そして‥空を飛んだ。
もし、人に翼があったら、人はどんな風に生きたのだろうか?
どんな風に、生きるのだろうか?

「うわっ‥ こら、止めろって。髪の毛引っ張るんじゃないってば!」
朝の公園で少年が笑う。小さな、友達と共に。
もし、その光景を見たものがいたら、きっとその日一日幸せな気分になるだろう。
そんな優しい笑顔で、彼は、羽角・悠宇は笑っていた。ぐーん! 光の中、心と身体を伸ばしてみる。
「う〜ん、今日もいい空だ」

公園のベンチに悠宇が座ると、何故か鳩たちが集まってくる。
これは、まあ良くあることだろう。まして、手に美味しそうなものを持っている、と鳥の目が発見すれば。
「なんだよ、お前ら。腹でも減ってるのか?」
そ〜らよ! 悠宇はかじりかけのパンを千切ると天へと放った。重力の法則で地面に落ちるよりも早く、鳩たちは羽ばたいてキャッチする。
地面になど、誰がやるものか。
自慢そうに尾羽を振る鳥達を悠宇は眩しそうな顔で見つめた。
彼が見上げるのは、鳥たちの羽ばたき、風の歌。そして‥どこまでも続く蒼天の彼方。
「お前達はいいよな。空を自由に飛べて‥」
鳩たちのまんまるの瞳がクルクル、と悠宇を見つめる。 
それは‥彼にとっては比喩ではない。
「俺も、たまには蒼い空を飛びたいよな‥、あいつと‥一緒に」

子供の頃、不思議に思っていた。
何故、他の子供には背中に羽が無いんだろう。
自分のような、黒い石の翼が。
その翼を持つのは、この周辺では自分の家族だけ。
そう教えられても悠宇には長いこと納得できなかった。
自分と、回りが違うのだと気付くとその後は、自分だけのこの力をこっそり使ってみたくなった。
新しい玩具に興じる子供と同じだ。
夜、こっそり部屋を抜け出して空を飛んだ。
あの時の空気の色を、頬を駆け抜ける風の声を今も覚えている。
そして、忘れない。何よりも優しく夜が、大気が自分を抱きしめてくれたこと。
鳥達が、祝福してくれたこと。その思いを、あの至福を‥忘れることはできない。


それから毎晩、夜を飛んだ。
夜の空は自分のもの。夜風は彼をいつも抱きしめてくれる。
だから、悠宇は夜が好きだった。
昼の青空は嫌いだった。太陽の下、何でも見通されてしまう。
そんなある日、木陰で昼寝をしていると
「ん? 誰だ!」
誰かが、呼んだような気がして悠宇は目を開けた。っと、空から、いや、樹の上から女の子が降ってきたのだ。
「うわあっ!!」
女の子を抱きとめるにはまだ小さく細い腕は力が足りなかったけど、なんとか彼は少女を捕まえた。
「何すんだよ。俺を殺す気か‥」
怒鳴りかけて、止めた。腕の中のその子は‥まるで、柔らかくて優しい、春の日差しのようで‥
「ごめんなさい。小鳥さんがおっこちていたから、巣に戻してあげたかったの‥」
目には、小さな涙。
ドキン、心臓の音が急に大きくなったのを、悠宇は感じた。
その音を聞かれないように慌てて悠宇は女の子をそっと降ろすと、少女の祈るように合わせられた手を少し乱暴に開いた。
中には、まだ巣立ち前の‥烏か鳩か、他の鳥か悠宇には判らなかったが‥小鳥がいる。
「貸せよ、俺が戻してやる!」
「だって危な‥えっ?」
小鳥を少女の手の中から奪い取ると、悠宇は背中に力を入れた。
親にも言われていた。心の本能でも感じて今まで、誰にも見せたことの無い黒い石の翼。
それを見せる事を躊躇わないで、彼は青空に向かって飛んだ!
一度、二度目の羽ばたきで悠宇は巣の前に浮かんだ。そっと小鳥を巣の中に入れると兄弟達は嬉しそうに取り巻いて頭を摺り寄せる。
親鳥が帰ってきた頃には、悠宇は地面に戻っていた。
やってしまってから、ハッと気付く。
「やべっ!」
思わず、下を向いた。思い出したのだ。この能力を人は持っていないのだと。
自分は人と違う。目の前の女の子が自分を、どんな目で見るのだろう。
恐怖か、批難か? それとも‥ 今まで気にしたことは無かったのに、急に無性に怖くなった。
女の子は声を上げない、動かない。
ゆっくりと、ゆっくりともたげた悠宇の頭が、瞳が見たものは、少女の太陽のような微笑だった。
「ありがとう!」
と。
悠宇はそれだけでもう、何も怖くなくなった気がした。
何でも見せたい気がした。
そして‥空を飛んだ。青空の下を風に乗って、女の子と共に。
太陽の光は、女の子の笑顔も、悠宇の赤らめた顔も何も隠さず二人を照らした。
小鳥達が、仲間の恩人に感謝するように鳴くと、一緒に空を飛ぶ。
それは、とっても幸せで‥、悠宇は青空も、髪を掻き乱すイタズラな風もみんな大好きになった。

「とってもステキだったわ。ありがとう♪」
女の子は小さなキスを悠宇のホッペに残して去っていった。
その後、悠宇は後悔する。名前を聞かなかったことを。

あれは、まだ子供の頃。
悠宇は小さく苦笑した。
直ぐバレれて怒られて、転校の騒ぎにまでなったからだ。
あれ以来、青空の下を飛んだことは無い。夜の散歩も、めっきり減った。
「? なんだよお前ら?」
ふと、悠宇は首を回した。腕、肩の上、首元にもいつの間にか鳩たちが止まって身体を摺り寄せている。
あろう事か頭の上に乗っかってくつろいでいるものまでいる。
「ったく‥ もう‥」
困ったようなフリと口調で、肩の上の小さな友達の丸い額を悠宇は指でポンと押した。
「クルル〜ウ?」
それでも鳩たちは逃げようとしない。大きな友達に寄り添っている。
「俺も、お前たちの仲間に生まれれば良かったかな」
空に、風にどうしても心惹かれる。止め様の無い空への望郷心。
自分には翼があるのに飛べない。まるで、地面に縛られているような気分になる。
「ククウ??」
誘うような丸い目、悠宇の手をカタパルトに空へと飛び上がっていく鳥達。でも‥
「俺の居場所は、ここだ。地上と‥そしてあいつのいる所」
心の中に燃える、熱い思い。昔からずっと変わらない、あいつを守りたい。あいつの笑顔を見たい。
「憧れるからこそ、人は勇気や努力をするんだよな‥。ありがとう。俺は大丈夫だから‥それいけ!!」
立ち上がった悠宇の手が風を抱くようにクロスして、友を空へと送り出す。
背中から黒い風がわき上がったように見えたかもしれない。

翼ある友たちは自由に空を舞う。
自分は、この地上で生きる。
空への憧れと、大事なものをこの腕に抱いて‥
翼があっても、変わらない。人も、自分も、そして‥愛するものも。

「悠宇!」

駆けて来る、この地上で一番大切なもの。
受け止め、しっかりと抱きしめる。
蒼天の下で。太陽の下で。

小さな友達は、大きな友達を見守るように、優しく優しく空に大きな輪を描いて羽ばたいていった。