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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


穏やかな秋の日

 夏が過ぎ。
 日差しが随分と穏やかになった。
 それでも曇りの日を選ぶのは、最早習慣になってしまっている。
 例えそれが、暑さの日々を遠く感じるような季節だとしても。

*****

「今日はこのまま例の場所へ向かいましょう」
「かしこまりました」
 ゆったりとした車内。後部座席に腰を落ち着けたセレスティ・カーニンガムが、目隠しを張ったフィルター越しに外を見る。
「例の場所ですか?」
 感じ取る事は出来ても、細部にわたって目で確かめる事が出来ない彼のために、一緒に付き添って来たモーリス・ラジアルが、隣の座席で不思議そうな声を上げた。出掛けには何も言わなかったと言うのに、打ち合わせでもしていたのだろうか。当たり前のように深々とシートに身を沈めたセレスティが、ごく微かな笑みを浮かべる。
「今日はモーリスに付いて来て貰った事ですし。少し見せたいものがあるのですよ」
 車は振動をほとんど感じさせないまま、滑るように移動して行く。屋敷とはまるで違う方向へと。
 どのくらい走っただろうか。
 車がその動きを止め、運転手がセレスティの側の扉へ向かうのを見ながら、モーリスも直ぐに車を降りてセレスティの身体を支えるために静かに待った。
「大丈夫ですよ。今日は杖も持って来ていますし…それに、モーリスと私なら急ぐ事もありません」
 ごく柔らかな日差しを、それでも眩しげに見上げたセレスティが、かつ、と地面へ杖を突き立てた。

*****

 運転手が車に戻るのを尻目に、のんびりと目的の場所まで歩いて行く。どうやら、目的は目の前に建っている可愛らしい英国洋式の家のようだった。
 こんな所に別荘でも…?
 そう思ったモーリスだったが、家の中ではなく、柵の入り口を開いて庭へと向かうセレスティに従いながら動くにつれ、今日ここへとやって来た目的がようやく飲み込めた。
「ここにあの人に似合う家を作ってプレゼントしようと思いましてね。…建物はあのように出来上がったのですが、ここはほら、このように何も無いでしょう?」
 庭を作るためのスペースは確保してあった。だが、本当にそれだけ。
 建物を作る時に出る廃材もまだ完全には綺麗にしておらず、土は元からあるまま。雑草だけが蔓延っているその『庭』は、手入れをする者を待っているようにも見え。
「庭木もまだ見繕っていない状態なのですよ。そういったものは、素人が手を入れるよりは信頼出来る者に任せた方が良いかと思いましてね」
「…なるほど。私があの方のために、この庭を設計するのですか」
「お願いできませんか?」
「不本意ですが」
 一言だけそう断りをいれ、それからゆっくりと笑みを広げると、
「――と、言いましても、狭量と思われたくはありませんしね。やらせていただきます」
 セレスティの『恋人』に、ライバル視はしていても敵と見ているわけではない。寧ろ、そうやってセレスティに腕を見込まれた事の方が重要で。
 勿論、自分以外に適任が居るとは露ほども思っていないのだが。
「この大きさなら、それほど庭木は必要ありませんね。常緑樹をいくつか配置して、後は芝生に、敷き石、ベンチに水辺…そして花壇。垣根には蔓バラでも這わせましょうか」
 頭の中で様々な色と花を巡らせながら、ほとんど何も無い庭に見えない線を引いていく。
 こぢんまりとした庭。建物の、庭に面した窓のどこから眺めても心地良い空間になるように。
「ああ、そうでした。収穫祭…ハロウィンには贈りたいんでした。それと、季節に合った雰囲気でお願いしますよ」
「ハロウィン、ですか――」
 それならば、庭とは別に飾り物のカボチャをいくつか作ってみようか、そんな事を思う。中をくりぬき、蝋燭を付けて窓辺と玄関を飾り付けて。室内にカラフルなリボンを通すのも楽しいかもしれない。
「庭木をテディベアの形にするのも面白そうですね。ハロウィンですからね。そう思いませんか?」
「…そうですね。それも良いかもしれませんね」
 セレスティの言葉に一瞬、ふっと口元が綻んだ。これは間違いなくクマの形に切り込んで欲しいと言っているのが分かったからで。そうすると、とその形も視野に入れて、もう一度頭の中で庭を再構築する。
 可愛らしい、玩具箱のような庭が、モーリスの頭の中に描き出された。
「これは面白くなりそうですよ、セレスティ様。お2人への私からの贈り物として、心を込めて作らせていただきます」
 モーリスの頭の中は、既に作りあげる世界の事でいっぱいになっている。
 だからこそ、自分の口から漏れた言葉に気付かなかったのだろう。
「……」
 ふわり、とセレスティが微笑んだ。
 任せておけば間違いは無い。その辺りの信頼は昨日今日の物ではないから、良く分かっている。
「これからの季節に合う花は、あれと、これと…」
 ただ、はっきりと『贈り物』とモーリスが口にしてくれた事が嬉しかったのだ。
「その辺りは全て、信頼していますからね。あのひとが喜ぶような、可愛らしい庭をお願いします」
「ええ、お任せ下さい」
 彼の事だ。本当に数日経たずに作り上げてしまうだろう。この、剥き出しのまま放置されていた場に、世界を。
 その時、かの人はどんな声を上げるだろうか。どれ程の喜色をその顔に浮かべるだろうか。
「セレスティ様。庭は勿論私の仕事ですが、どうでしょうか。ここが片付き次第、2人でハロウィンのジャックを作りませんか?売られている玩具を飾るだけでは、せっかくセレスティ様が心を砕いたこの屋敷の完成品としてはいまいちでしょうからね」
 イギリス風の、可愛らしい家に、無粋なプラスチックのカボチャは似合わない、そう思ったモーリスだったが、更にその作業をセレスティへ手伝わせようと言うものらしい。
「私が、カボチャを彫るんですか」
「もちろんですよ。中身は後でパイにでもして戴くとして、良い案だと思いますよ?本当は共同作業として、あの方にも手伝っていただきたい所ですけれど…それではプレゼントになりませんしね」
 細かな造形は無理としても、コミカルなデザインにざくざくと切り込んで中身をくり抜くだけ。セレスティの能力をもってすれば、それも随分と容易な話だろう。
「…喜んでくれるでしょうか?」
 手ずから、恋人が飾りを作り上げたと知ったら。
「自分のために何かして貰っているんですよ?それで喜ばない方ではないでしょう?」
「それは、勿論」
 きっぱりと答えを返し、そして――2人で顔を見合わせてふふっと笑い声を上げた。
「この庭の様子ですと、完成まで2、3日と言ったところですね。それまでには完璧に仕上げておきましょう。楽しみにしていて下さいね」
「宜しくお願いしますよ。クマも忘れずに」
「ええ。…それでは、一度戻りましょうか。細々したものを手配したいですし」
 ここから先は、モーリスの独壇場。それに何より、薄曇りの秋の日。モーリスには、いつまでもセレスティを外に立たせておくわけにはいかなかったのだろう。
 再びゆっくりと、地面へ突く杖の音を耳にしながらセレスティを車までエスコートする。すかさず運転手が外へ出て来てドアを開け、彼がしっかりとシートに身を沈めるのを確認してから、自分の乗る側のドアを開けた。
「今日はこれで屋敷へ戻ります」
「かしこまりました」
 滑らかに車が動き出す。そして、遠ざかっていく小さな屋敷を――これから、自分が創造する世界を思い描きながら、モーリスは見えなくなるまで眺めていた。…隣のシートで座っている彼が、その様子を知って小さく微笑んでいる事に気付きながら。


-END-