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<東京怪談ノベル(シングル)>


1000=50×20
「やぁ、碇女史。資料ありがとう」
「いえ、どういたしまして。これくらいの資料ならいくらでも。そこにおいて置いてもらえる?」
 羽柴戒那は月刊アトラス編集部を訪れると、まっすぐ碇麗香のデスクにむかい、書類ケースをおいた。
 戒那の年齢は30代半ばであるが、どうみても20歳前後にしか見えず。緩やかなウェーブを描いた赤い髪に神秘的な光彩を放つ金色の瞳。
 スレンダーな身体を包むのは黒い男物のスーツ。見た目はモデルのようだが、れっきとした大学助教授である。
 その戒那が自分のデスクの前で止まったため麗香はちょっと顔をあげて、声の主を確認してから、サイドデスクの上をペンの後ろで指し示す。
 戒那はそこに書類ケースをおきながら、ふと思い出したかのように再びその整った唇を開いた。
「そうそう、面白いかどうかわからないが、俺のゼミにいる生徒からこんな話を聞いたんだ」
 そう戒那が言い出したので、麗香は原稿から顔をあげて戒那の顔を見て眉根を寄せた。
 そしてそのまま聞く体勢に入ったのを見て、戒那は続ける。
「その子、個人経営の本屋でバイトしていたのだが、必ず、毎週土曜の夕方に50円玉20枚を持ってきて、千円札に両替していく男がいたんだ。一度も本を買った事がなくて、ただ、両替するだけ。何故必ず本屋で、50円玉20枚を千円札に両替するのか…その生徒はそこのバイトをやめてしまって分からないままなんだ。女史、キミはどう推理する?」
 挑戦するような戒那の笑みに、麗香はペンを完全において、顔の前に手を組んで顎をのせた。
「50円玉20枚、ね……」
「思った事でいいんだ。碇女史の推理を聞いてみたいだけだから」
 そう、答えは男本人しか知らない為、憶測や推測、推理でしかない。
「職業柄、でっちあげは得意だけど、ね」
 不敵に笑った麗香に、戒那も同様の笑みを浮かべた。
「単純なところからいけば…週末にあまったコイン…50円玉を次の週の為に両替したかった。でも大抵両替だけ、なんて断れるでしょ。それで、断られなかった本屋に通い続けた……が無難なとこかしら」
「ふむ。…しかしそれでは、何故50円玉だけなのか、というのが理由付けできないな。その推理からすると、1円玉や100円玉、5円玉と言った他のコインも含まれなければおかしい。……他には?」
 促されるように言われて、麗香は瞳を閉じる。
「そうね…。男はパチンコがやりたかった。しかし週末に残るお金は何故か50円玉ばかり。それで両替に。とか」
 我ながら間抜けな話、と笑いながら続ける。
「実は男は50円玉収集家だった。しかしある日お金が必要になり、両替をして貰う」
「それでは毎週土曜日、というのが理由付けできないな。大量のコインなら銀行でかえてくれる」
「まぁね」
 他には? と再び問われて麗香は思案する。
「うちで扱ってる雑誌に載せる感じでいくなら……」

 その日、男は千円札が必要だった。バラでも他の札でもダメだった、千円札でなければ。
 しかし男の手元にはコインしか残っていなかった。
 だが、すぐにでも必要なのに、どこも両替してくれない。
 そこでふと、男の目に本屋が目に入った。
 あそこなら頼めばやってくれるかも……もしダメなら泣き落としても……。
 そう思い男は本屋だけを見つめて歩き出した。
 その瞬間!
 アスファルトをかんで悲鳴をあげるタイヤの音が響いた。
 しかし男の耳には届いていなかった。
 ドン、と砂袋が地面にたたきつけられたような音が次に響いた。
 パラパラと地面を転っていくコイン。
『両替、しないと……』
 薄れゆく意識の中、男の目に入ったのは50円玉だった。
 50円玉、20枚あれば、千円札になる……。
 そこで男の意識はとぎれた。
 週末、土曜日の夕方の出来事だった。
 それからというのも、必ず土曜日の夕方になると、50円玉20枚を持って男がその本屋に両替にやってくるようになった、という。
 もう男は覚えていない。何故千円札が必要だったのか。どうして急いでいたのか。
 ただ両替できなかった事だけを悔やむように、男は両替にいく。
 二度と戻らない、あの日のために……。

「こんな感じでどうかしらね」
 紙の切れ端に書かれた文章を見て、戒那は笑む。
「面白いな。その生徒、怪談話が苦手なんだ。……明日にでも教えてやろう」
 これ、貰っていくぞ、と戒那は紙切れをひらひらさせて編集部を後にした。
 編集部を出た戒那は、携帯を取り出す。
「もしもし? 今から帰る。この間の話、碇女史から面白い話が聞けたから教えてやるよ。…あぁ、ところで。今日の晩御飯は?」
 電話のむこうでくすりと笑った音がもれた。

 そして後日、ゼミの生徒に麗香の話をきかせると、アトラスの編集長の推理のせいか、みな本当の事にように信じ込んでしまった。
 こうして怪談話は作られていくのかもしれない……。