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― 三河動乱記1 創志之事 ―
眼が……いや、視線がちょうど重なった、と言うのかな。
その途端、彼は眼を丸くして私の眼を覗き込んで来た。
多分、あたしのオッドアイが珍しかったんだと思う。片側だけ青い色をした、あたしの眼。龍の血の証。
「彼方、”御霊”でしょ?」
あたしは、笑いながら手を差し出した。
彼は気の抜けた表情のまま手を握り返してきた。
「私は水鏡千剣破(みかがみ・ちはや)。近江出身の朧」
彼は名乗らなかった。
それでも、あたしは三河に来る前に調べてきている。
彼の名前は北條創志。この三河の有力な豪族の一人だった。
「こっちだ」
前を歩く彼が神社の鳥居を潜り、足を進めて行く。彼はこの鏑木神社を中心としたこの街を、領域として統治していた。
「お邪魔しまーす」
鳥居を潜ったと同時に感じる、風。
でも今感じたのは本当に風だったのか、少し解らない。何かが肌を駆け抜けていったような気がした。だから、風に思えた。
けれど風というよりも、何かの壁を通り抜けた。そう言って表現した方が、正しいのかもしれない。
近江の国境付近、修験者が修行に訪れる霊山、伊吹山。其処が私の領域。その伊吹山と、この鏑木神社の空気は、やっぱり何処かが違った。統治している人の違いかもしれないし、土地特有の違いかもしれない。
「吐き気とか、しないんだろ? ……ここの神に気に入られたな」
彼がぶっきらぼうに私に声を投げかけ、脇の石に腰を下ろした。
「下手に霊感が強い奴が入ると、吐き気とか頭痛で、気分を悪くするらしいんだ」
ゆっくりと、あたしは彼の顔を見る。
彼が、顔ごと目を私から逸らす。手入れの悪い髪の毛が、青いバンダナに被さるようにして、彼の目の前で揺れている。
「それが平気なのは、ここの神に気圧されないくらい強力な力をもってるか……」
「気に入られるか、って事?」
彼が浅く頷く。
どういう子なのかは、まだ良く解らなかった。
年齢不相応の落ち着きも見せていて、ただ探るように話は聞いてくる。
(あ、でも、もしかしたら……)
単純に捻くれ者で、警戒してるだけなのかも。
それによく考えたら、さっきから全然目を合わせようとしない。幾ら私の目が珍しいからって、全然目を合わせようとしないのは、失礼じゃないかと思うけど。
あたしの心の内をよそに、彼は相変わらず目を合わせない。
「それで、何の用だよ。おまえ近江の巫女なんだろ? 何でこんな三河まで来るんだよ」
「人と話すときは、ちゃんと相手の目を見ましょう!」
流石にあたしだって黙ってない。
「……質問してるのは俺だろ」
けど、彼も筋金入りね。
これだけハッキリ言われてまだ顔見ないなんて。
「顔見て話さないと答えないよ」
「じゃあ帰れよ」
決定。こいつは大人びてるんじゃなくて、捻くれてるだけ。
「情勢視察よ」
そうと決まったら、私の方が大人なところを見せてやらなきゃ。
絶対、顔向けさせてやるから。
「さって、あたしは質問に答えたんだから、あなたも一回くらいこっち向きなよ」
無言のまま喋らない彼。
それだけじゃない。余計向こうへ顔を背ける。
ひょっとしてこれって”喧嘩売られてる”って言うのかな……。
「けど、情勢視察だけじゃないんだろ? それなら、俺に話し掛ける必要なんか無いし」
彼は相変わらずの態度で口を開く。
「やっと話が進展しそう」
携帯電話を開き、突き付けるあたし。
「同盟……って言うと変だけど、情報交換しよっ」
「……どうして?」
けど、それでもまだ目は合わせなかった。
「あのさっ、何度も言うけど……」
― ざわり ―
ふと、神社の木々が揺れる。
次の瞬間、私が鳥居の外へ振り向くよりも早く、彼は駆け出していた。肩に乗せていた古刀は既に鞘から抜き放たれ、くすんだ鉄の輝きが、彼の手に握られている。その古刀は青白い光に包まれていた。
反応は彼の方が早かったけれど、あたしだって鈍いつもりは無い。鞄の中から水がたっぷりと入ったペットボトルを引き出し、気づいた頃には蓋を捻って外していた。
その一瞬は、静かだった。
鳥居へと駆ける、彼の靴が石畳を蹴る音だけが静かに響き渡っていた。
「来た!」
叫ぶ彼の声。同時に吹き荒ぶ突風。その突風の最中、彼の眼前、何も無かった空間から甲冑が飛び出す。
ただし、その兜の下に人の顔は無い。乾いた白色をした、骨が大口を開けていた。
(何処で死んだ霊かな……)
悲痛なまでに耳に残る声を響かせながら、骸骨は刀を彼に振り下ろした。
紙一重で避けると同時の、横薙ぎの一閃。
彼の古刀は、確実に、骸骨の胴を捕らえていた。
「なっ!?」
驚きの声が彼の口から発せられ、その古刀が走った跡をあたしは改めて注視する。あたしは、彼の一撃で骸骨は消え失せると思っていた。けれど其処に残っていたのは、変わらぬ骸骨の姿。
彼が叫ぶ。先の漸撃よりも更に鋭い一閃。けど、それは骸骨の刀に受け止められ、彼の身体は軽々と鳥居に叩き付けられている。
「パワー負けしてるのかっ!?」
彼の声を掻き消すように、骸骨の咆哮が小さな神社に響き渡る。
揺れる木々。木々の葉擦れの音を背景に、骸骨はその刀を振り上げ、体勢が崩れたままの彼の首へと、振り下ろす。
けど次の瞬間に宙を舞っていたのは、彼の首ではなく、骸骨が振り上げた刀の刃先。
あたしの小さなペットボトルは空になっていて、あたしの手からは長い水の槍が伸び、その刀を背から貫いていた。
「力を持っているのは、その子だけだって思わないでよ!」
苦悶の呻きを搾り出す骸骨。そこに生じた一瞬の隙。その呻き声を辺りに響かせる前に、左腕が飛んだ。
創志が、彼が下から上目掛けて振るった古刀は、骸骨の左腕を見事に切り裂いていた。
返す刃が骸骨の兜を捉える。普通の刀と兜なら、刀が折れるか、刃が欠けるか。けど相手は霊体で、彼の振るう古刀は、彼自身の霊力が通じている。頑丈さを形に表したような兜が、叩き割られた。
罵るように聞こえる喚き声。
残った右腕の中に、折れ残った刀を握りなおし、骸骨は尚も刀を振るっている。
けれども、既に戦力は逆転していた。
既に左腕は無くて、刀手折れ、彼に加えてあたしも戦いに加わっている。
彼の古刀は、皮を削り取るように、骸骨の力を擦り減らしていった。
(……?)
ふいに、左眼の龍眼が、疼いた。
心霊を見極むこの龍眼が、疼きと共に、何かを教えてくれる。それでも、この甲冑を着込んだ骸骨が、何を求めているのかまで、あたしには解らない。
けれどこの骸骨の力の振るい方は……
(自暴自棄になってるの?)
だとすれば、おのずと対し方が見えてくる。
けど、それを彼も理解しているとは限らない。
あたしの思考はそこで一度中断された。変則的な動きをするあたしの水の槍が、骸骨の感覚を惑わす。その瞬間を彼が見逃さなかった。
「こいつでっ!」
貫くような、彼の鋭い一撃が、骸骨の刀を粉々に打ち砕く。
そのまま流れるように刀が弧を描き、そして……彼はとどめを刺さない。
睨み付け、古刀を突き付けたまま目を閉じているのを、私は見た。
「行けよ! 二度と来るな!」
奥歯を噛み締めたような、そんな表情で彼は古刀を構えていた。
優しさなのか何なのか興味は沸いた。けど、そのあたしの興味を口に出す事は出来なかった。骸骨は腕を振るい、未だに動きを止めない。
「もう勝てる訳ないだろ! さっさと消え失せろよ!」
動き、襲い掛かる度に彼が骸骨を薙ぎ払う。
彼はとどめを刺さず、骸骨は諦めはしない。何時止まるでもなく、同じ事が続く。
「どいて……」
未だにこの骸骨が何を望んでいるのかは解らない。何故こうなったのか知る事も出来ない。
だけれど、この骸骨を相手に、あたしが何をすべきかは見えてきた。
だから、あたしは足を一歩、前に踏み出した。彼を手で制して押しのけ、左手に持った小さなビンの、蓋を外して。
骸骨が彼に対するのと変わらぬ速度と力をもってあたしへと攻め寄せる。
小ビンから流れ出る水が、小さな球体となってあたしの手の中で弛む。
「渇!」
途端、水が、弾けた。
溶けるでもなく、ましてや焼けるでもなく、弾けた水に触れた骸骨は、空気と混ざり合うように姿を消していった。
呻き声一つ、上げることも無く。
後ろで見ていた彼は、半ば呆然としながらあたしの横に立った。
「今のは?」
「霊水よ。霊水にあたしの力を通して、それを浄化に使ったの」
伊吹山で清められた霊水は、ただの水よりもより純粋に、あたしの力を受け止めてくれる。そして、巫女として知る浄化の力を流し込めば、その霊水は浄化の水と化す。
「凄ぇ。巫女ってそういう事も出来るのか……」
感心したような、驚いたような表情を、あたしを見ながら浮かべる彼。
あたしはふいに声を漏らした。
「やっとあたしの顔見たっ!」
途端に彼は顔を背ける。その動いた視界先に入り込むあたし。
「観念したら?」
腰に手を当てて怒ってみせる。
彼は赤いような、ばつの悪そうな顔をしながらあたしの顔を見た。
「目、青いだろ?」
「オッドアイが変だから?」
オッドアイが珍しいのは解るし、あたしも変かなとは思うけど、そんなあからさまに態度に表すなんて、だとしたら流石に酷い。けど、彼から帰ってきたのは同意の言葉じゃなかった。
「そうじゃなくて、その……そんな透き通ってて、深い色をした青い眼なんて、見た事無かったから」
それはつまり、オッドアイがどうだという事じゃなくて、この目自体の事。
目を丸くするあたしを他所に、彼は言葉を続けた。
「だから、不快だとかそういう訳じゃなくて、目を見てると、光を真正面から覗き込んでるみたいで見辛かったんだ」
顔を赤くしながら苦笑し、髪の毛を掻き毟る。
「ふーん……まっ、その理由なら許してあげましょう」
腕を組んで、あたしは彼を正面から見た。
今度は彼も顔をそむけない。
「これから先も、敵にならない事を祈ってる。お互い死なないよう頑張ろうね」
彼が笑いながら頷いた。
今まで見せなかったような、明るい笑い顔。
警戒心が強くて、不器用なくせに、本当の表情はこんな明るい表情。まるで、出来の悪い弟のようだった。
だからつい、あたしは気が大きくなってたのかな。
「なーんだ、そういった顔も出来るんだ。その方が可愛いよ♪」
「……」
やっぱりというか、なんというか、言った途端に彼は笑いを引っ込めて、そっぽを向いてしまった。
― 終 ―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC3446 / 水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや) / 女性 / 17歳 / 女子高生(巫女)
NPC / 北条・創志(ほうじょう・そうじ) / 男性 / 16歳 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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どちらかの一人称で、との事でしたのでどちらの視点を使うか、少し迷いました(汗)
始めまして、新米ライターの斑鳩です。
新米の文字が消えるのはまだまだ先になりそうです。
書いてみて気づきましたが、創志に対しては捻くれた印象しか残っておりませんw
その分、千剣破さんには若干なりと大人びた雰囲気が出たと思っているのですが、どうでしょうか?
オッドアイの青目で龍眼であったり、汎用性の高い水使いであったりと、色々印象的な設定が沢山有りましたので、あれもこれもと盛り込んでいるうちに文字数は4000文字オーバー。
描写範囲が広すぎたかな、と少し反省しております(滝汗)
書き上げたのはもっと早かったのですが、何度見直しても『これでいいのかなー、大丈夫かなー』と心配になってしまい、納品するまでに時間が掛かりました。
それでも精一杯書かさせて頂きました。
少しでも気に入って頂ければ幸いです(笑)
今回は有難う御座いました。
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