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御伽噺を取り戻せ!
日に日に落日は早くなり、色づいた木の葉がわずかな風ではらはらと舞い落ちる。
その家には今時珍しく昔ながらの縁側があった。
だが、古きよき時代の日本の象徴のようなのその場所に広がっていた光景は日本どころか世界中のどこを探したとしても決してみる事の出来ないことが繰り広げられていた。
ちょこんと縁側に置かれているペンギンのぬいぐるみ。そして、その隣にちょこんと座っている銀色の―――一見犬のようでその実子狼だった。
それだけならばそう大して驚くような事もなかったのだが、ペンギンと子狼が握手をしている。
ぬいぐるみの手を子狼の肉球が触れ合うと言うある種微笑ましい握手なのだが、いかんせん子狼だけでなくぬいぐるみの手も上下に動いていた。
その日は北陸の旧家・氷女杜(ひめもり)家の息女で生粋の雪女郎の少女、氷女杜瑞花(ひめもり・ずいか)の以前からの守護者であるフォルトゥーナと同じく新しく守護者になった真夜との初めての顔合わせだった。
「よろしくお願いします」
そういって深々と頭を垂れる銀色の子狼にフォルトゥーナは先輩らしく鷹揚に構え、
「こっちこそ宜しく頼むよ」
と答えた。
聖獣であり守護者であるはずの真夜だったが故合って生まれ育った隠れ里を飛び出して以来守護という仕事から離れていた。だが、足掻いても自分の骨の髄、血の一滴までに“守護者”で在るということが染み込んでいるらしく、出奔後もどこか心の奥で自分が守るべき主を求めていたのだ。
一見してペンギンのぬいぐるみであるフォルトゥーナも元は欧州全土を転々とするガーディアンフェアリーである。
姿形、能力は違えども主とする人を守護するという使命というか本能と言うか―――はじめて顔を合わせたにもかかわらず2人はお互いに自分たちの奥底に流れる相通じるものを確かに感じていた。
そんな風に、子狼こと九条真夜(くじょう・まや)とペンギンのぬいぐるみことフォルトゥーナ・ペンギィーノ(ふぉるとぅーな・ぺんぎぃーの)の2人……もとい、1匹と1個の面会はほのぼのとした雰囲気で終始していた。
するとそこへ噂の主、瑞花が飛び跳ねるようにして2人の元へ駆け寄って来た。
その腕には1冊の本が抱きしめられている。
「真夜ちゃん、ペン子ちゃん!」
「お嬢、そのペン子ちゃんってのは止めてくれって―――」
フォルトゥーナのその苦情はさらりと流して瑞花は2人の間に入ってきた。
「2人とももう仲良しなのねー」
真夜やフォルトゥーナから見れば瑞花は主なのだが、まだまだ幼い瑞花にとって2人ともがお友達感覚だ。だからこそ、2人が仲良くしているのが嬉しいらしくいつも以上にニコニコしている。
「ずいか、その本は?」
「うん、これね、貰ったのよ。だから読んであげようと思ったの」
新しい本を2人に読み聞かせようとどうやら張り切って来たらしい。
そんな瑞花の頬をを真夜は小さな肉球で撫でる。子狼のままの姿では幼い瑞花の頭まで手が届かないからだ。
瑞花はフォルトゥーナと真夜の間に座って膝の上にその本を乗せる。
2人の視線が本に向いているのを確認して瑞花はその小さな手で表紙をゆっくりとめくった。
本を開くと同時にそのページの間から光が放たれた。
「……っ」
眩しさに束の間閉じた目を真夜。
一方サングラスを掛けているフォルトゥーナは目を閉じた瑞花の姿がそのまま光の中に吸い込まれるのを目の当たりにした。
「お嬢!」
フォルトゥーナはとっさに真夜の腕を掴んで、瑞花の後を追うように光の中に身を投げた。
「あら? 瑞花の声がしたような気がしたんだけれど?」
家人が縁側に開きっぱなしのまま残されている本を手に取る。
何故かページが真っ白のままの絵本。
パタンと閉じたその表紙には「ももたろう」というタイトルだけが印字されていた。
■■■■■
きょろきょろと辺りを見回してから、フォルトゥーナはすぐそばに倒れている真夜の体を揺すった。
「……ふぉるー、ここは?」
ついさっきまで自分とフォルトゥーナ、瑞花の3人は縁側にいたはずで……すぐに気が付いた真夜は見覚えのない景色に首を傾げる。
「さぁねぇ、オレも何がなんだかねぇ」
とっさに瑞花が吸い込まれた光に乗ったはいいが、一体ここが何処なのか、そして瑞花がどこに行ったのか全く状況がつかめない。
あの瞬間、瑞花が光と共に本の中に吸い込まれたように見えた。と言う事は、同じ光に乗った自分たちが今いる場所も本の中……と考えるのが妥当なのだろう―――多分。
しかし、とにかくまず2人がやらなければいけないことは1つ。
「何はともあれ、まずはお嬢を探すのが先決だろうね」
そのフォルトゥーナの台詞に真夜はコクコクと頷く。
果たしてここが危険な場所なのかそれとも危険のない場所であるのかがわからない以上、一刻も早く瑞花を見つけ出しどうやって元の世界に戻るか。
しかし、2人の予想に反して瑞花はごくあっさりと見つかった。見つかりはしたのだが―――
最初に2人が降り立った森から出てすぐ、瑞花は見つかった。
「ずいか?」
真夜は見慣れない瑞花の服装に困惑を隠しきれない様子で瑞花を見つめた。
瑞花が、奇妙な服装に幟をつけておじいさんおばあさんに見送られながら真っ直ぐ森へと向かってきたのだ。
老夫婦の姿が見えなくなるのを確認して2人は慌てて瑞花の元に駆け寄った。
「ペン子ちゃん、真夜ちゃん!」
2人の姿を見つけて瑞花は屈託のない笑顔で元気良く両手を振る。
「ずいか、大丈夫でしたか?」
心配そうな真夜に瑞花は問いかけられた理由がいまいちわからないという様子で小さく首を傾げる。
「お嬢、ここは一体?それにその格好は―――」
「うん。あのね、瑞花はいま桃太郎さんをやってるんだよー」
そう、真夜いわく奇妙な服装は確かに御伽噺の桃太郎の服装そのものだった。勿論、腰にはおばあさんから貰ったきび団子の入った袋も下げている。
「何でずいかはそんな格好をしてるのですか?」
当然と言えば当然の疑問が真夜の口から出た。
「うん。あのねー」
瑞花は自分がわかっていることを2人に説明し始めた。
縁側で桃太郎の絵本を開いた時に浴びた光。
その光に包まれた瞬間、瑞花の中に泣き声が飛び込んできた。
「どうしたの?」
そう尋ねた瑞花に泣き声の主は、
『ボク、もう子供たちに夢を与えてあげられないんだ』
と答えた。
「夢?」
『うん。ボクの中身を食べちゃったヤツのせいでボクの中にあった“桃太郎”のお話が消えちゃったんだ。ほら』
見て……と促されて見ると、瑞花の目の前に広がるのは中身のない真っ白な本。
瑞花にその中身を見せて声の主である中身の消えてしまった桃太郎の本は悲しみ泣き続ける。
「判った。じゃあ、瑞花がそのお話を取り戻してあげる!だから泣かないで、ね?」
「―――ということで、ここは桃太郎の絵本の中なの。瑞花が消えちゃった桃太郎の代わりに鬼退治をして絵本の中身を取り戻してあげるの」
お供に守護霊獣の霏凛(ひりん)を召喚してやる気満々の瑞花にフォルトゥーナは、手で額を押さえながら、
「つまり……お嬢は自ら進んでここに来たと」
こくりと頷く瑞花。
「と言う事は、この一件が片付けばすぐにでも元の世界に戻れるということなわけなのかい?」
コクコクと更に首は縦に振られた。
ふぅ……と大きくため息を吐くフォルトゥーナ。
「じゃあ、私たちもずいかのお手伝いをして早く本の中身を取り返してあげましょう、ふぉるー」
そのフォルトゥーナに真夜はそう言って微笑んだ。
自分たちは瑞花を見守り守護する立場の者。
本の中身を取り返したいと言うのが瑞花の望みならそれを叶えるために手助けしてあげるのもまた私たち守護者の使命ですよね―――真夜の目はフォルトゥーナにそう語りかけていた。
「……わかったよ」
フォルトゥーナの諦めたような呟きに、瑞花は、
「じゃあ、ペン子ちゃんは雉の役で真夜ちゃんは犬の役ね」
と満面笑顔でそう言って飛び跳ねる。
フォルトゥーナには判っていた、本の中身を取り返してあげるというのも瑞花の本音ではあるのだが、それより何よりも実は演劇好きの瑞花がお話の中に入れて尚且つ自分がその主役をやれることを大変喜んでいるということに。
「ちゃんとお話通りに進めないとお話を取り戻せないでしょう」
という瑞花の主張の元に、きび団子を貰ってお供になる下りまで2人は同行を許されなかった。
「桃太郎さん桃太郎さん、腰につけたきび団子を分けてはくれないかい?」
「いいわ。その代わり鬼退治に着いてこなきゃいけないのよ」
茶番を演じながらフォルトゥーナのぬいぐるみの手と表を向けた真夜の肉球の上に丸いきび団子がちょこんと乗せられた。
この先の瑞花の行動を考えると先が思いやられるフォルトゥーナだった。
■■■■■
野を越え山を越え。
立ちふさがる敵はことごとく、吹雪や氷でなぎ倒しようやく訪れた鬼ヶ島で一行を待ちかまえていた最後の敵は鬼―――ではなかった。
「ケケケケケ……ヨクキタナ……」
と、奇妙な声を立てるやや細長い身体、魚を思わせる腹端に三本の長毛をもつ書物・衣類など、のりのついたものを食害する巨大なシミムシの怪物だった。
「あなたがこの本を食べちゃったのね!そういう悪いことする子はお仕置きよ!」
成狼に変化した真夜の背中に乗った瑞花はそう言って紙魚に向かった。
紙魚は、相変わらずケケケケケケ!と奇怪な声を発しながらどす黒い粘液のようなものを口から放つ。
しかし、それはことごとく、フォルトゥーナが瑞花の周囲に張った障壁に遮られた。
そして、真夜がすばやく紙魚の視界を吹雪で覆う。
「お嬢!」
「ずいか、今です!」
2人の声に大きく頷いて、
「えーい!」
瑞花は鋭くとがった氷雪の塊を紙魚に向かって放った。
「イギャァァァァ―――」
耳を劈くような断末魔の叫びをあたりに響かせて、紙魚は砕け散った。
すると次の瞬間、再び3人の体が大きな光に包まれた―――
「真夜ちゃん、ペン子ちゃん!」
瑞花に大きく体を揺すられて真夜とフォルトゥーナの2人が目を覚ます。
見覚えのある庭に見覚えのある縁側。
「戻って来れたんですね」
真夜はほっと胸を撫で下ろした。
「ほら、見て見て」
そう言われて瑞花の手を見るとそこには桃太郎の文字が記された先ほどの絵本。
「お嬢、これって……」
しかし中身はと言えば、紙魚を撃退したにもかかわらず物語は元の桃太郎ではなく、今しがた体験した物語が書き込まれた童話となっていた。
『ありがとう……瑞花……』
開いた絵本から小さな声が届き、
「楽しかったね、真夜ちゃん。ペン子ちゃん」
にっこり笑顔を向けられてしまえば何も言えるはずもなく、真夜は、
「良かったですね、ずいか」
と微笑み、フォルトゥーナは、
「やれやれ……」
と言いながら苦笑いを浮かべた。
Fin
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