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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【 恐怖、金盥の惨劇 】


 恐怖。
 それは自分に危害を及ぼす不気味な存在を感じること。戦争、飢餓、兵器、殺人、天災。人が恐怖を感じるものはたくさんあるだろう。イジメ、虐待、ドメスティック・バイオレンス。恐怖とは無縁であるはずの存在が自分の身に危害を及ぼす存在になることは不幸にして最大の恐怖であるといえよう。そして、この街では……

 かこーん。こん。かこーん。

 夜の街に、まばらに鳴り響く落下音。それだけなら馬鹿馬鹿しい夢だと思えるかもしれない。くだらないテレビ番組を見すぎたのだと自分を戒めたくなるやもしれない。
「ただ今、この区域一帯に金ダライ落下警報が発令しています。市民の皆さんは、ただちに避難して下さい」
 だが直径一メートルはあろう円形の金属製品が乗用車を破壊するのを目撃したならば、巨大な金ダライの下敷きになった人物がぴくりとも動かないのは……じわじわと地面に広がる紅い染みを、その目で見たならば。

【 帰り道 】


「困ったです。早く帰りたいのですがタライに当たったら痛いです……」
 空から降り始めた金ダライを避ける為、どうにか体が入る狭い路地へと避難していた中年男が悲しげに呟いた。
「でも、兎さんが待ってます。落下点は無茶苦茶ですが、タライが出てきてスグに避けたら大丈夫です。多分、きっと」
 そうシオンが決意して路地から出ようとした時、近くに放置されていた乗用車に巨大なタライが直撃した。今まで聞いたことのない破壊音に驚いて思わず路地奥へ引き戻ったが、気を取り直して彼がそっと路地から顔を出すと無残に破壊され煙が上っている乗用車の側に巨大な金ダライが無傷のままで転がっていた。
「あれだけ頑丈なら小さいタライは防げそうです。それに持ち帰ったら洗濯に使えます!」
 路地から出ると素早くタライを拾い上げ、頭をカバーするようにタライを背負う。そして、なんてお得な拾い物だろうと感心しながら歩き始めた。その為だろうか、シオンは頭上に金ダライが迫っていることに気づいていなかった。

 かこーん。

 彼の判断は正しかったようで、巨大な金ダライで小さな金ダライを防ぐことは可能だった。人によっては落下時の衝撃で負傷したかもしれないが、シオンにとっては何の問題もない程度。ただし、この金ダライ避けには一つだけ大きな欠点があった。それは……ぐわわんと鳴り響く反響音。
「ち、小さい方は防げます。で、でも。耳が痛いので小さい方も避けた方が良さそうです」
 激しい耳鳴りに襲われながら、もうタライ落ちは嫌だと周囲を見回す彼は落ちてくる金ダライをじっと見つめている青年に気づいた。幸い小さい方のタライだが当たれば痛いし、打ち所が悪ければ怪我もするだろう。
 怖くて動けないのかもしれない。そう判断した彼は地面を踏みしめ、背負っていた金ダライを落ちてくるタライに投げつけた。

【 出会い 】


 小さなタライはシオンが投げた巨大な金ダライと一緒に、右手から飛んできた札の力で地面に叩き落された。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫?」
 シオンが青年に駆け寄ったように、札の投げ主だと思われる少女も彼に駆け寄ってきた。青年は二人の顔を交互眺め、それから深々と一礼した。
「お助け頂き、ありがとう御座いました。私は影と申しますが、あなた様方は」
「あたしは神崎こずえ」
「私はシオン・レ・ハイです」
 影に問われて少女とシオンが名前を名乗る。青年が無事だと知ったシオンは、次に地面に叩き落された巨大な金ダライの状態を確認した。札の力で叩き落されても無傷であると知って、丈夫なのは良いことだと感心しながら、再びタライを背負う。
「タライはシオン様が、札はこずえ様が投げて下さったのですね」
「そうです」
 影の確認に笑顔で答えると、今度はこずえが尋ねてくる。
「シオンさん、そのタライって」
「落ちてきたのを拾いました。持って帰って洗濯に使います」
 やはり笑顔で、ありのままを告げるとこずえは呆れた顔になり自分の頭に手を当てた。
「持って帰るって。どうして、こんな得体の知れないタライを拾う気になったんですか!」
「なんでって……あっ!」
「何?」
 不意にシオンが走り出し、こずえは慌てて周囲を見回した。すると今までシオンが立っていた場所に小さなタライが落下し、走り出した本人は「スゴイです。五百円玉が落ちてました!」と嬉しそうな声を上げている。
「運の良い方みたいですね」
 影は淡々と答えるが、こずえは拾い上げシオンのタライに投げつけた。
「この状況で紛らわしい発言しないで下さい!」
 反響の再来で耳を押さえて座り込むも、こずえの投げた小さいタライをじっと見つめるシオン。なので反響が収まった頃合を見て、こずえは再びシオンに尋ねる。
「今度は何ですか?」
「この小さいタライをたくさん拾ったらコント用で売れるかもしれませんね」
「だから〜」
 さながら漫才な二人のやり取りを面白そうに聞いていた影が空を見上げる。つられてシオンも視線で追うと、小さなタライが落ちてくる。否、黒い紐のようなものが巻きついたタライがゆっくりと降りてくる。影が触れるとタライに絡んだ黒は消え、彼は手にした金ダライをトランクの中へ片付けた。
「ああ〜っ!」
「同じ手に二度も引っかかりません!」
 シオンが思わず指差したが、こずえには同じボケを繰り返したのだと勘違いされたようでタライを上から押されてしまった。
「それではオチもついたようですし、私はこれで失礼します」
 二人に一礼し、去っていく影。手を振りながら「気をつけてください」と見送るシオン。
「ちょっと、影さん」
 誤解の解けていないこずえは止めようとしたが、たった今別れたはずの影がどこにもいない。
「大丈夫です。影さん、やるときはやる人ですから!」
 にこにこと笑うシオン太鼓判を聞きながら、こずえは疲れた顔でため息をついた。
「自分でどうにかできるなら、この状況で紛らわしい行動しないでよ」


【 確保 】


「だから、どうして降ってきたタライを拾っちゃいけないんですか。たくさん落ちてるんだから、一つぐらい貰ったって大丈夫なはずです!」
 影が去った後、こずえと別れて街から生還したシオンを待っていたのは本日最大の難関『警察からの金ダライ引渡し要求』だった。せっかく拾った丈夫な洗濯用金ダライ(予定)を手放したくなくて、タライを抱えるシオンに刑事達の怒声が飛ぶ。
「落し物は警察に届ける。ましてや、このタライは犯人の遺留品だ!」
「目的は金だったんだろう。遭得徒狼(あうとろう)の殺人ダライなら、マニアが幾らでも金を出すって噂だもんなあ」
 その刑事達の言葉を聞いてシオンが顔を輝かせる。
「犯人の遺留品の金ダライだから高く売れるのですか!」
 だが残念なことに、ここには彼に優しく突っ込んでくれる相手はいない。
「だから、売買したら犯罪だって言ってんだよ」
「今なら現行犯で逮捕できるんだぞ!」
 さすがに逮捕するとまで言われてはシオンであっても涙目ながらに諦める。が、諦めきれない気持ちが余計な一言を付け足してしまう。
「うっ、うっ。捕まるのは嫌ですので分かりました……なので、せめてカツ丼を奢ってくださいです」
 諦めの悪いシオンの要求に刑事達が「現実の警察は自腹で食ってるんだ」と切り返そうとした時、それまで現場に張りつめた空気が一気に緩んだ。
「それくらいで許してあげなさい。彼は捨てるほど落ちていると思ったから拾った、ただそれだけだったのだろう」
 どうやら彼らの上司である、シオンにも優しい言葉をかける彼が現場に到着した為のようだ。見かけの年齢はシオンと大して違わないのだが、なんとも言えない和みの雰囲気を持っている。
「今後は気をつけると約束できるな」
「もちろんです。これからは拾ったものは、ちゃんと警察に……」
 シオンは慌ててポケットを漁り、さっき拾った五百円玉を取り出した。
「これも拾いました」
 差し出された五百円玉に一瞬目を丸くした彼は楽しそうに笑うと、こう言った。
「良くできました。ご褒美にカツ丼は私が奢ってあげよう」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 3356 / シオン・レ・ハイ / 男性 / 42 / びんぼーにん(食住)+α 】
【 3206 / 神崎・こずえ / 女性 / 16 / 退魔師 】
【 3873 / 影 / 男性 / 999 / 詳細不明(セールスマン?) 】

【 NPC / 松下耕太郎 / 男性 / 43 / 殺人課の刑事 】

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■         ライター通信          ■
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 金ダライライターの猫遊備です。ご依頼ありがとう御座いました。
 シオンさんの金盥判定はコント・コントでしたので、巨大な金ダライでタライ避けと五百円玉でダッシュを書かせて頂きました。なんだか精神年齢が不明な感じなシオンさんになってしまいましたが、いかがでしたか? こんな感じもありだと楽しんで頂けたなら、幸いです。


異界【殺しの現場に金ダライ】
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=845