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調査コードネーム:どんぐりコロコロ
執筆ライター :階アトリ
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1〜3人
------<オープニング>--------------------------------------
草間は、手渡されたそれを掌の上で転がした。
なんだか、懐かしい感触だ。大きさは人差し指の先程度、形は卵形。その丸みと、茶色い艶やかな表面が愛らしい。
「ドングリ、だな」
「はい。ドングリなんです」
応接机を挟んで草間と向き合っている依頼人が、大真面目な顔で頷いた。
ドングリ。漢字で書くと団栗。ブナ科ナラ属の果実の俗称。
草間の手の中にあるのは、まさにどこからどう見ても、そのドングリに間違いなかった。
「あなたのお祖母さんが経営なさっているお店に、これで買い物をしていくお客さんがいる、と?」
「はい」
頷いて、依頼人は大きなせんべいの空き缶を応接机の上に出した。蓋には、マジックで黒々と「さとう菓子店」と書いてある。恐らく、依頼人の祖母の直筆だろう。達筆だ。
その蓋を開けると、中には10円や100円の小銭に混じって、細長いのや丸いのや、様々な形のドングリがごっそりと入っている。
「子供好きの祖母が、趣味でやっている駄菓子屋ですし、お金のことは良いんです。ただ、祖母はもう目も悪いですし、時々、痴呆も少し……。それを見越して、お金のかわりにこんなものを渡す悪ガキがいるのかと思うと腹が立って」
依頼人はもう20代後半に見えた。その祖母というのだから、相当な年齢だろう。草間は深く頷いた。
「そんなクソガキ、とっ捕まえてゲンコツ入れてやるに限るぜ」
「はい。私もそのつもりで、仕事が休みの日に一日、店の奥から様子を見ていたんですが」
依頼人は俯いて言葉を切った。そう、それで悪ガキを見つけて説教して終わったのなら、興信所には来なかっただろう。その日は来なかったか、捕まえ損ねたか――。しかし、依頼人の口から出た言葉は、草間の予想とは違っていた。
「…………気味が悪いんです」
「気味が悪い?」
「お客が来て、祖母が缶にお金を入れる度、私も見て確かめていたんです。確かに、ちゃんとお金だったんです。それが、いつの間にか、ドングリに変わっていたんです」
依頼人は頭を掻き毟った。それは確かに不可解だ。草間的には、嫌な予感を禁じえない。
「まるで、葉っぱのお金ですね。狐か狸の」
お茶を持ってきた零が、横から言った。その言葉に、依頼人は顔を上げる。
「絶対笑われると思って、今まで誰にも言えなかったんですが。こちらが、怪奇探偵様だと見込んで言います」
「別にうちは怪奇事件専門とかじゃ……いや、はい、どうぞ」
諦めの溜息を吐きつつ、草間は『怪奇ノ類 禁止!!』の張り紙にちらりと横目をやった。折角の張り紙なのに、誰も、見ちゃくれない。
「おかしな男の子が来ているんです。祖母によると、毎日来る子らしいんですが、変なんです。お金のことだけじゃないんです。見たんです。あれは人間じゃありません! ズボンのお尻からシッポが生えてたんですよ! 化けて出て、祖母を騙しに来ているんです! ……タヌキが!」
一息に、依頼人は言った。ああ、またもや怪奇だ。
「まあ。東京にも、まだ居るんですね、タヌキ」
脱力する草間の隣、零は何かズレたところで感心している。
------<調査開始>------------------------------
事件を任せられそうな人間が、この時ちょうど事務所に居た。
学校帰り、制服のままで立ち寄っていた、菱・賢(ひし・まさる)である。
「タヌキか。ま、この今弁慶様に任せとけって」
と、賢は胸を張ったが、依頼人は表情に不信を露にする。無理もない。調査員にしては、賢は若すぎた。
「あー……、ご安心下さい。彼は高校生ですが、修行を積んだ優秀な僧兵です。調伏……、ええと、つまりわかりやすく言うとお払いですね、彼はそのエキスパートで……」
草間のフォローは、途中で切れた。
その時、バターン、と戸板が壁に当たって跳ね返る勢いで、事務所の扉が開いたからだ。
「くっさま〜遊びに来たよぉ〜」
飛び込んできたのは、小学校の制服を着た女の子だった。赤いリボンタイと、肩の上で切り揃えられた銀色の髪が、スキップをするような歩調にあわせて跳ねる。
「わっ、みあお……!」
まずいところに来てくれた、と草間の顔は語っていたが、女の子、海原・みあお(うなばら・みあお)はどこ吹く風だ。
「あれ、お客さん?」
応接セットに駆け寄ってきたみあおに、零が依頼内容を説明した。みあおの銀色の瞳が、好奇心一杯に輝く。
「なんかおもしろそうなお話だね。みあおが行って見たいっ!」
みあおは小学生といっても低学年、しかも一年生くらいに見える。賢が眉をひそめた。
「おいおい、やめとけって。もしその化けダヌキが危ないヤツだったら、怪我じゃすまねえぞ」
「いや、みあおなら大丈夫だ。何かあれば足手まといどころか戦力になる、俺が保証しよう」
一度言い出したら聞かないことを知っているので、草間にはみあおを止めるつもりはない。それに、見た目は小さな女の子だが、みあおは鳥の能力を持つ異能者だ。能力のことだけを考えれば、充分事件を任せられる。
しかし、問題はこっちだ。草間は依頼人の顔を伺った。
依頼人も草間を見ていた。高校生の次に出てきたのが、小学生。その目に浮かぶ不信感が、更に高まっている。
「えー……、」
「タヌキは少年に化けているとか。でしたら、こちらにも子供がいたほうが、接触しやすいかと思われます」
唸った草間に助け舟を出したのは、怜悧な女性の声だった。
「初めまして。ここの事務員をしております、シュライン・エマと申します」
事務椅子から立ち上がり、シュラインは軽く会釈した。いまいち胡散臭い香りのする草間より、よほど所長らしく見える大人の女性の登場に、依頼人の眉根がほどける。
「私も同行させて頂きます。いいわよね、武彦さん?」
片目を瞑ったシュラインに向かって、草間は拝むように両手を合わせた。
------<さとう菓子店>------------------------------
依頼人に案内されて行った店は、裏路地にぽつりと開いていた。
バラ売りの飴玉やガムに、小さなスナック菓子。並んでいるのはこまごまとした駄菓子で、100円玉一つ握って来れば何種類かは自分の好きなものを選んで買える、そんな品揃えだ。
依頼人の祖母は、奥の座敷にちょこんと座っていた。道すがら依頼人に聞いた名前は佐藤・タマ子(さとう・たまこ)。生まれは明治とのこと。
まず、依頼人は事務所まで持ってきていたせんべいの空き缶をタマ子に差し出した。
「おばあちゃん。缶、返すわね」
「ああー?」
「カ・ン! いつも、お金を入れてるやつ! ここに置いとくから!」
「ああ、缶。缶ね。ハイハイ」
依頼人が声を大きくして、やっと通じた。依頼人の言っていた通り、耳は少し遠いらしい。
次に、依頼人は賢たちをタマ子に紹介した。いきなり興信所がどうの、と説明しても不安がらせるだけであろうから、一緒に店番を手伝いに来た、ということにしてある。
「おやまあ、ありがとうね」
丸い眼鏡の奥で目を細め、タマ子はゆっくりと頭を下げた。
近所の団地に子供が多いそうで、狭い店内が満員になるほどとは行かないが、お客さんは入れ替わり立ち代りやってくる。
子供たちの居る前でタマ子に話を聞くわけにもいかず(何しろ大声にならざるを得ないので)、とりあえずは、会計の手伝いや、籤引きの相手などをしつつの情報収集となった。
数人の子供たちに話を聞くと、すぐに、次のことがわかった。
一つは、いつも同じ服を着ているおかしな男の子が、やはり毎日来ているということ。シッポのようなものがついていると言うので、間違いなく、依頼人の見た少年だろう。
そしてもう一つは、その子はいつも日が暮れる寸前に、一人で店にやって来るということだ。お菓子を買った後は、それを持って近くの公園に遊びに行っているようだという。一緒に遊んだことがあるという子供は、残念ながらいなかった。
折りしも、店内にはオレンジ色の西日が差し込んでいる。今日も来るのなら、もうすぐだろう。
客の切れ間を見計らって、三人は店の隅に集まった。声を低めて意見を述べ合う。
「……で、どう思う? ドングリの偽金(にせがね)以外は何の被害もないみてぇだし、俺は同年代の子供と遊びたくて来てるだけなんじゃねぇかと思うんだけど……」
「今年なんて、台風のせいでドングリも少ないでしょうに、それをわざわざ持って通って来てるところを見ると、悪意は感じられないものね。お婆ちゃんと昔縁があった、ってセンも捨て難いと思うけど……」
「みあおもそう思う。おばあちゃんの遊び相手か話し相手のつもりかもよ。それか、森の熊さんみたく、山に食べ物がなくなったから芸風を生かして食料を買いに来てるのかも」
どれもありそうだ。うーん、と賢、シュラインは異口同音に唸った。
「でも、まりーあんとわねっとじゃあるまいし、食料が欲しいんだったら、お菓子じゃなくていいよね」
みあおはけろりとしている。
「ま、当事者たちに聞くのが一番早いって」
みあおの笑顔につられて、シュラインも目元を緩めた。
「そうね。そうしましょう」
「ねっ。男の子が来たらお話してみて、やっぱり悪気がないみたいだったら、あとは当事者同士で考えればいいと思うよ。おばあちゃんがどう思っているかが問題だろうから」
「そうだな。とりあえずは、来るのを待つか」
幾分の緊張感を残して頷きあったシュラインと賢に、明るく、みあおが言った。
「大丈夫、きっとみんな幸せになる方法があるってっ!」
恐らく根拠はない。しかし、堂々と胸を張って言い切られると、そんな気がしてくるから不思議だ。
「おうよ!」
賢も一緒に胸を張った。もう既に二人とも、声を潜めるのを忘れている。
「じゃあ、今のうちにおばあちゃんに話を聞いてみましょうか」
シュラインは座敷の方に視線をやった。座布団の上で、タマ子は船を漕いでいる。
棚の影から小さな手が伸びて、タマ子を揺り起こすのが見えた。
「おばあちゃん、これ頂戴」
甲高い、子供の声がした。
三人ははっとする。何時の間に入ってきたのか、男の子が一人、そこにいた。
タマ子の奥に隠れていた依頼人が、指さしながら『この子です!』と唇を動かす。言われずともわかった。
晩秋の夕方だというのに、半袖のシャツに半ズボン。おまけに、ズボンのお尻からは、茶色い毛の生えた丸い尻尾が生えているのだから。
------<思い出>------------------------------
タヌキの子が買い物を済ませると、それが今日の最後の客になった。
賢がタヌキの子と共に公園へ行き、シュラインとみあおは、店に残ってタマ子に話を聞くことにした。
「おばあちゃん。昔、仲良くしていたタヌキとか、居なかったかしら?」
「ハァ?」
「た、ぬ、き!」
「タヌキだよ〜、おばあちゃん!」
しかし、一つ質問をするにも、一苦労だ。
「ああ、タヌキねえ、タヌキ。昔は、この辺にもよく居たもんだねえ」
シュラインとみあおの努力の甲斐があって、やっと通じた。昔は、というその時代のことを思い出したのか、タマ子は皺だらけの瞼を細く閉じた。
「ここも、私が嫁に来たばかりの頃は、田圃や畑ばかりでねえ。タヌキも、山からちょくちょく降りて来ていたもんだ」
「マンションやなんかが建ったのは私が生まれた頃くらいからなんです」
依頼人が横から付け足した。今はすっかり街の様相になっているこのあたりだが、開発が進んだのは割と最近のことらしい。
「へぇ、そうなんだ!」
「けもの偏に里と書いて“狸”というくらいですものね」
大きな目を輝かせるみあおと、冷静に頷くシュライン。もともとタヌキは、意外と人里を好む生き物なのだ。その頃からこのあたりに居たタヌキが、今も街のどこかにひっそりと生活していても不思議ではない。
みあおは靴を脱いで座敷に上がり、タマ子の隣にちょこんと正座した。
「そのタヌキって、どんなだったの?」
「ハァ?」
「だからー、タヌキだよ〜」
続きを聞こうと、みあおは耳元で問い掛けたが、やはり話がなかなか進まない。
「その頃、このお店にもタヌキは来ましたか?」
耳が遠くなると高い音から聞き取りにくくなるということを思い出して、シュラインは少し声を低くした。あらゆる声音を操れるシュラインには、造作もないことだ。
「来たねえ」
一度で通じた。先ほどの音域のあたりが一番聞き取りやすいようだと見当をつけて、シュラインは質問を続ける。
「餌付けなんかはしてました?」
「餌はやってなかったねえ。……そうそう、でも、あの頃は、裏庭があって、柿の木が植えてあってねえ」
店舗兼住宅のこの建物の裏は、今は太い道路になっている。道を拡張する時に裏庭は買い上げられて、柿の木も今はない。
タマ子は遠い目をして、ゆっくりと、裏庭があったという方向に首をめぐらせた。
「毎年、秋になると食べに来るタヌキがいたねえ。小さいタヌキで、痩せていて。山じゃ他のタヌキに負けて餌を取れないって言うから、可哀相でね。それだけは、食べさせてやってたんだよ」
シュラインとみあおは目を見合わせた。言う、と言った。
「すごい! そのタヌキ、喋ったの?」
みあおに袖を引かれて、タマ子は首を傾げた。
「はい?」
「そのタヌキと、おばあちゃんはお話をなさったんですか?」
「ああ、はいはい」
シュラインの問いに、タマ子の口元から空気の漏れるような音がした。笑ったのだ。
「一度だけねえ。あんまり申し訳なさそうにするから、いつか化けて出られるようになったら、うちの店のお客になってくれたらいいからって、約束したんだよ」
「お、おばあちゃん!!」
依頼人の顔が青ざめた。しかし、タマ子は笑っている。
「いいんだよ。今は、お金が欲しくて店を開いているわけじゃないしねぇ」
皺だらけの手が、せんべい缶の中から、小銭に混じったドングリを一つ摘み上げた。
「それじゃあ、おばあちゃん……」
「本当に約束を守ってくれるなんて、驚いたけどねえ」
掌の上を、細長い実がころころと転がる。タマ子は目を細く細くして、それを見ていた。
------<再び興信所>------------------------------
後日、報酬を受け取った賢は複雑な表情をしていた。
「あら、浮かない顔ね?」
シュラインがくすくす笑っている。
「だってよー」
公園でタヌキの子と話をして、帰って来た賢を待っていたのは衝撃の事実だった。
「結局、あのおばあちゃん、ドングリのお金のこと知ってて、あのタヌキにお菓子をやってたんだろ?」
「そうだよ〜」
棒つきのイチゴ飴を舐めながら、みそのが頷いた。ここ数日、草間興信所のお茶の時間には、手伝いのお礼にとタマ子からもらった駄菓子が活躍している。
「昔から近所に住んでたタヌキらしいわよ。おばあちゃん、若い頃に、化けて出られるようになったらお客さんになってね、って約束してたんですって」
コインチョコのホイルを剥きながら、シュラインはまだ笑っていた。
要するに、依頼人は最初から心配することはなかった、ということなのだ。安心しました、と依頼人は深々と礼をしたが、あれで報酬をもらうと少し罪悪感があるほどだった。
「あーあ。無粋なことしちまったなぁ」
ソファの背にもたれ、賢は溜息を吐いた。お金を持っていないというタヌキの子に、賢は少々のお金を与えてやったのだそうだ。
知っていて、タマ子が許していたのだったら、賢が小遣いをやってしまっては、タマ子の心意気が無駄になってしまう。賢はそれを気にしているのだ。
「あら。何でしょう、これ?」
事務机のほうから零の声がして、賢はそちらを見た。興信所に届いた郵便物の仕分けをする途中、何か妙なものを見つけたらしい。
「何? 何?」
ぱたぱたと、興味津々の顔でみあおが駆けて行って、手にB5ほどの紙袋を持って戻ってきた。
「賢宛てみたいだよ〜」
紙袋を、みあおは賢に手渡した。
まず間違いなく、郵便物ではなかった。封がされておらず、消印もついていないし、住所も書いていない。そのかわり、さとう菓子店、とはんこが押してある。その下に、鉛筆で、まさるへ、と書かれていた。袋の裏に、同じ字で、何か書いてある。
「何々……。い、つ、も、の………」
全部ひらがなで、しかも汚いその字を、賢は一字一字解読する。
いつものおかねでいいっていわれたから、かえす。ありがとな。
短い手紙だったが、それで充分だった。
「別に、良かったのによ」
袋をひっくり返すと、タヌキの子に渡した小銭が出てきた。
もちろん、時間がたってもドングリに変わったりはしない、本物のお金だった。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1415/海原・みあお(うなばら・みあお)/13歳/女性/小学生】
【3070/菱・賢(ひし・まさる)/16歳/男性/高校生兼僧兵】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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ライター通信
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いつもお世話になっております。お届けさせていただきました、階アトリです。
毎回のことながら、ギリギリ納品で申し訳ありません……。
タヌキが駄菓子屋に来ている理由が、PC様によって少しずつ違っていたので、個別作品にしようかとも考えましたが、キャラクター同士の絡みが入ったほうが面白いかと思いまして、いつも通り共演していただく形で書かせていただきました。
ほのぼのとした雰囲気に仕上げられていれば、と思います。
では。またお会いできる機会がありましたら、幸いです。
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