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<PCシナリオノベル(シングル)>


灰色の浸食

●序――灰闇
 暗い路地。煌びやかなイルミネーションが遠くに見えるが、走る少女にとってはもはやどうでもよかった。
 何故、こんな事になったのか。
 不安と恐怖に彩られた頭に浮かぶのは、ただそれだけで。
 小さい頃から不思議なモノが見えたり、感じたりしてきたが、その身に備わった力のおかげで乗り切れた。だから過信していたのかもしれない。まさか自分の力が効かない相手がいるなんて、と。
 だが、後悔もすでに遅い。
「‥‥い、いやぁ‥‥来ないで――ッ」
 泣き、叫ぶ。
 が、無情にも誰もいない闇に響くだけで。
 ズルリ。
 何かを引きずる音。
 ハッと振り返る少女。恐怖が張り付いた表情のまま――彼女の意識はそこで途切れた。

 ‥‥後に残されたのは暗い闇に沈む、異形。
 コツンコツンと響く足音。
 そして、見事に精製された少女の姿を模した石の彫刻を運ぶ者達‥‥。


●始――協力
 手渡された資料を一通り目を通してから、セレスティ・カーニンガムは小さな溜息をついた。パタン、と資料のファイルを閉じた後、沈痛な面持ちをした顔を軽く上げる。
「‥‥以前から少し気になってはいたのですが‥‥事態はどうやらかなり深刻なようですね」
「ああ」
 彼の前には、警視庁に勤める一人の刑事。
 以前、とある事件を切っ掛けに知り合い、セレスティが協力して事件解決まで導いた事もあって、その後も何度となく交流がある相手だ。財閥総帥という彼の立場からは随分と身分違いな知り合いだったが、そういった立場から離れて付き合える相手の実直な所が、彼は気に入っていた。
 今回の事件に関しても、実は上層部での揉み消しが噂されている件であったのを、彼がわざわざ上司を説得してセレスティへの協力を取り付けたのだ。
「先日も少女が一人、消息不明になったみたいなんだ」
 彼は、グッと悔しそうに拳を握りしめる。そこに嘘偽りはない。
 彼は心の底から行方不明になった人達の安否を気にかけているのだ。
「上の連中や以前起きていたキャンプ場を担当していた警察にも、のらりくらりとかわすばかりで一向に解決の糸口が見えない。だから‥‥頼む、どうかお前の力で犯人を!」
 土下座すらやりかねない勢いに、セレスティは苦笑しつつもこう答えた。
「了解しました。私の力でよければ‥‥ご協力しますよ」
「本当か?」
「ええ」
 実のところ、この行方不明者事件と同じ頃、裏の世界にとある情報が流れたのだ。やたら出来のいい現代風の若者の石の彫刻が、闇のルートを通じて広く出回り始めた、と。
 当然、セレスティの立場からその手の情報はすぐに入ってくる。
 それを知った途端、彼の中で嫌な予感が走っていたのだが、今知り合いの刑事に協力を依頼され、その予感が確信に変わった事を実感したのだ。
「この、キャンプ場で行方不明になった者達の写真は、ありますか?」
「ああ。一応、ファイルの一番後ろにキャンプ場での行方不明者と東京での失踪者リストが、顔写真入りで載ってる筈だ」
「ああ、これですか」
 ページをめくる指が止まる。
 そこには、主に十代から二十代前半の若者の写真があった。一枚一枚丁寧にチェックしていく中で、彼の指がもう一度止まる。
 若者達の共通項。
 おそらく普通の刑事ならば、見抜けなかっただろう。
 が、常人ではない――長い年月を生き、裏の世界にある程度精通しているセレスティだからこそ分かる。さすがに全員とまではいかない。だが、ここにある写真の何人かは、彼自身も会った事のある異能なる力を備えた者達ばかり。
 確信が更に深まる。
(不明者と彫刻‥‥時期が同じ事を考えても、おそらくその彫刻は『彼ら』なのでしょうね。そうすると、相手側には石化能力を持つ者がいるという事ですが‥‥)
 どちらしせよ、確固たる証拠を見つける事が先決だ。
「‥‥一つ、手に入れてみましょうか」
「は?」
「ああ、いえ。なんでもありません」
「じゃあ何かわかったら連絡を頼む」
 刑事はそれだけ告げると、慌てて立ち上がって部屋を出ていった。残されたセレスティは、もう一度資料の方に目を通し、自身の考えを確立する。
「明らかに能力者を狙った犯行ですね。さて、どうやって彫刻を手に入れましょうか」
 ウェーブのかかった髪を何度か指でいじった後、彼はおもむろに手元のインターホンを押した。ほどなくしてやってきた執事に、彼は静かに命令した――。


●謎――彫像
 目の前に置かれた石の彫刻。
 その出来映えは、セレスティが知るどの建造物よりも微細に至るまで完璧に仕上がっていた。更に付け加えるならば、見開いた目で恐怖に戦くその表情。まさに鬼気迫る雰囲気に圧倒される。
 これが人の手で作られたのならば、その人物は稀代の名工に他ならない。
 が。
「‥‥やはり」
 ポツリ、と小さく呟く。
 手元に控えた写真のうちの一枚。キャンプ場で行方不明になったとされる若者が映っている写真。その若者と、目の前の彫像はあまりにも酷似していた。
 そうなると答えは一つ。
「では、やってみましょうか」
 目の前に置かれた像に向かって、セレスティはゆっくりと手を伸ばす。そして――静かに触れる。
 瞬間。
 『彼』が見聞きした情報が洪水のように頭の中へ流れてきた。
 どんな物質であろうと、そこにあるだけで何らかの歴史を刻む。セレスティは、掌に触れる事でその情報を読み取る事が出来るのだ。

 ――郊外にある寂れたキャンプ場。
 談笑する仲間。
 『彼』自身も、声を上げて笑っている。

 ――場面は一転。
 目の前に迫る異形の存在。
 恐怖に怯え、尚も自ら持つ力で立ち向かうが‥‥。

 ――座するのは、なんらかの祭壇。
 儀式のように配置され、取り囲む黒衣の信者達。
 奇妙な呪文が綿々と流れ続ける。祈りを捧げるように。

 そして――最後に見えたのは、その地の有力者や警察関係の上層部の面々。

「‥‥成る程。そう言うことですか」
 だいたいの情報を得たセレスティ。
 今回の事件が深刻の一途を辿りながらも、なかなか解決に至らなかった理由をようやく得た気がした。現地の警察はもとより、上層部に手を回しているならば、それも納得がいく。
 知り合いの刑事が聞けば、それこそ憤慨モノだろう。
 もっともセレスティ自身も、それなりの力は持っている立場にいるわけで、コネの力を全部否定するワケではないが。
「さすがに人道に外れた行いは、食い止めなければならないでしょうね」
 彫刻自身、おそらく用が済めば処分されるのだろう。
 それが裏のルートでの取引だ。
「この彫像、丁重に保管しておいて下さい」
 執事にそれだけ告げると、そのままパソコンへと向かった。
 元々足が弱く、そんなに長い間歩き回る事が出来ない身だ。取引のルートを探るにも、足で稼ぐワケにはいかない。その時の為のネットワークであり、彼の貴重なコネクションでもある。
 幾つかの特殊ネットでの検索。
 電話でのやりとりや、FAXでの情報の受け取り。
 時には、リーディングの能力を使って調べ上げていく。
 探しているのは、若者達が石になってしまった原因である異形の存在。読み取った情報の中、脳裏に浮かんだのはコカトリス――石化の能力を持ったモンスター――であった。
 元来、このモンスターは日本に生息していない。
 ならば、持ち込んだ人間が必ずいる筈だ。
「――ええ、そうです。あなたのところでそういう情報、届いていませんか?」
 電話のやり取り相手は、古い知り合いだ。当然、向こうもゆうに100年の年月は生きている同族でもある。
 そして。
「え? なんですって? ‥‥そうですか。わかりました」
 彼は、ようやく手掛かりを掴んだのであった‥‥。


●解――浸食
 とある郊外にあるキャンプ場。元々人気のなかったその場所は、事件の事も相まってすっかり廃れていた。
 その近く。
 鬱そうとした藪に囲まれて大きな廃屋がある。
 地元の者ですら不気味に思って近寄らないその建物に、真っ直ぐに進む人影があった。
「‥‥なるほど、これが人払いの結界ですか」
 その手にある護符をかざし、影はどんどんと進んでいく。
 そして――発見した。
 廃屋の中、地下へと通じる道を。

「――誰だ!?」
「何を信仰しようと構いませんが、他者を生贄に儀式をしようなどと‥‥愚かの極みですよ」
 にっこりと笑む青年――セレスティの表情に、振り返った男達は誰もが絶句した。その整った顔立ち故、ある種の恐怖が背筋を走ったのだから。
 そんな彼らを無視するかのように、セレスティは素早く視線を走らせる。
 事前の情報通り、ここには石にされた者達の姿はなかった。儀式の時以外は別の倉庫へ彫像を保管するという情報は、どうやら正しかったようだ。
(‥‥そちらには、刑事の彼を向かわせましたし、どちらにせよ長居は無用ですね)
「お前、いったいどこからっ!」
「あなた方のお仲間に尋ねたら、快く話してくれましたよ。こんな護符まで付けていただけて」
 彼らの問いに答えるよう、手に持っている護符を見せる。
 実際は、言葉どおり生やさしいものではなく、かなり強引な手段を取ったのだが、今それを語る必要はないだろう。どのみち、彼らはもうじき何も考えなくてすむのだから。
「わざわざコカトリスまで取り寄せて儀式をしようとするのはご苦労ですが、あまり派手な事をしてしまうとそれ相応のしっぺ返しがあるのですよ」
 ざざぁっと波の音が地下に響く。
 驚く男達。
 何故、と考えた瞬間、足下が水に濡れている事に気付いた。その発生元は‥‥セレスティが先程入ってきた扉から。水はご丁寧に彼だけを避けている。
「水の中でじっくり反省なさい」
 あらゆる水の操使者――水霊使い。
 人魚であるセレスティにとって、水を操る事は造作もない。幸いにもキャンプ場のすぐそばには大きな湖がある。そして、連中の施設は殆どが地下だ。
 それを知った時、彼は――実行した。
 全てを水の底に沈める事を。
「‥‥それでは」
 立ち去る彼の後ろでは、先程の廃屋がすっかり湖の中に存在していた。急激な水の浸食は、やがて老朽なる建造物を朽ちさせていくだろう。
 そしてこの場所は、再び穏やかな湖面を称えるようになるだろう。
 そう遠くない未来に――。


【終】