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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【 恐怖、金盥の惨劇 】


 恐怖。
 それは自分に危害を及ぼす不気味な存在を感じること。戦争、飢餓、兵器、殺人、天災。人が恐怖を感じるものはたくさんあるだろう。イジメ、虐待、ドメスティック・バイオレンス。恐怖とは無縁であるはずの存在が自分の身に危害を及ぼす存在になることは不幸にして最大の恐怖であるといえよう。そして、この街では……

 かこーん。こん。かこーん。

 夜の街に、まばらに鳴り響く落下音。それだけなら馬鹿馬鹿しい夢だと思えるかもしれない。くだらないテレビ番組を見すぎたのだと自分を戒めたくなるやもしれない。
「ただ今、この区域一帯に金ダライ落下警報が発令しています。市民の皆さんは、ただちに避難して下さい」
 だが直径一メートルはあろう円形の金属製品が乗用車を破壊するのを目撃したならば、巨大な金ダライの下敷きになった人物がぴくりとも動かないのは……じわじわと地面に広がる紅い染みを、その目で見たならば。


【 警戒警報 】


「金ダライ落下警報?」
 広報車からの意味不明な通達にこずえは首を傾げ、ともかく意味不明な警報が発令される街からは離れるべきだと判断する。足早に歩き始めた彼女が気配を感じて跳び退けば、からんからんと小さな金ダライが地面を転がっていく。どこかの窓から落とされたものかと辺りを見回すが、それらしい気配はどこにもない。
「まさか空からなんてこと」
 半信半疑ながらも空を見上げれば、虚空に浮かび上がった丸い影が現在地の数歩前に落下してくる。再び飛び退くも、二度目の金ダライは歩道に敷き詰められたコンクリートのタイルを破壊し、地面にめり込んでいる。破壊力に比例しているのか大きさも最初のタライの数倍である。
「……なんなのよ。なんなのよこれはっ!」
 そう叫んで、こずえは駆け出した。地面にめり込む破壊力を持った巨大な金ダライの直撃を受ければ即死もありうる。とにかく身を護るには屋内に入るのが一番だと判断し、ドアが開いたままになっているバーへ駆け込んだ。警報を受けて避難したのか、ほの暗い店の中には客も店員も残っていない。
「まさか、天井を破って飛び込んでこないわよね?」
 無人であることに不安を覚えた彼女は念の為にとスカートのスリットに手を滑らせ、足に留めたベルトから十数枚の札を取り出して自分の周囲に撒いた。これで万一、金ダライが天井を突き破って落ちてきたとしても害あるものを弾き飛ばしてくれる。もっとも、くれると分かっていても落ちてこない方がいいに決まっている。
 だが残念なことに、轟音と共に天井裏から落ちてきた埃が舞い視界を白く染める。
 金ダライは屋根の一部を破壊するも、そこで止まったのだろう。しだいに白い視界は薄くなり、こずえの周囲には屋根や天井だったコンクリートや材木の破片が落ちている。そして天井に突き刺さった、いつ抜け落ちてくるか分からない金ダライの存在が明らかになる。
「あんなものが落ちてくるんじゃ被害者もかなり出てるわよね。近くに息のある人がいるなら、何とか助けたいけど……」
 そう考えていると店の裏手でも落下音が響く。裏口から外の様子を伺えば、今まさに金ダライの直撃を受けようとしている青年の姿が見えた。幸い小さい方のタライだが当たれば痛いし、打ち所が悪ければ怪我もするだろう。
 こずえは迷うことなくスリットから再び札を抜き、落下するタライに向かって投げた。


【 出会い 】


 小さなタライは左手から飛んできた巨大な金ダライと一緒に、こずえの投げた札の力で地面に叩き落された。
「大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
 こずえが青年に駆け寄ったように、巨大な金ダライの投げ主だと思われる中年男も彼に駆け寄ってきた。青年は二人の顔を交互眺め、それから深々と一礼した。
「お助け頂き、ありがとう御座いました。私は影と申しますが、あなた様方は」
「あたしは神崎こずえ」
「私はシオン・レ・ハイです」
 影に問われてこずえと男が名前を名乗る。青年が無事だと知ったシオンは、次に地面に叩き落された巨大な金ダライの状態を確認した。そして、当然のことのようにタライを背負った。
「タライはシオン様が、札はこずえ様が投げて下さったのですね」
「そうです」
 影の確認に笑顔で答えるシオンを見て、こずえは思わず尋ねていた。
「シオンさん、そのタライって」
「落ちてきたのを拾いました。持って帰って洗濯に使います」
 やはり笑顔で答えるシオンを見て、こずえは呆れ果てて頭に手を当てた。
「持って帰るって。どうして、こんな得体の知れないタライを拾う気になったんですか!」
「なんでって……あっ!」
「何?」
 不意にシオンが走り出し、こずえは慌てて周囲を見回した。すると今までシオンが立っていた場所に小さなタライが落下し、走り出した本人は「スゴイです。五百円玉が落ちてました!」と嬉しそうな声を上げている。
「運の良い方みたいですね」
 影は淡々と答えるが、こずえは拾い上げシオンのタライに投げつけた。
「この状況で紛らわしい発言しないで下さい!」
 タライのぶつかる反響音がうるさいのだろう、シオンは耳を押さえて座り込む。だが視線は、こずえの投げた小さいタライをじっと見つめている。なので反響が収まった頃合を見て、こずえは再びシオンに尋ねる。
「今度は何ですか?」
「この小さいタライをたくさん拾ったらコント用で売れるかもしれませんね」
「だから〜」
 さながら漫才な二人のやり取りを面白そうに聞いていた影が空を見上げる。つられてシオンも視線で追うと、小さなタライが落ちてくる。否、黒い紐のようなものが巻きついたタライがゆっくりと降りてくる。影が触れるとタライに絡んだ黒は消え、彼は手にした金ダライをトランクの中へ片付けた。
「ああ〜っ!」
「同じ手に二度も引っかかりません!」
 シオンがこずえの背後を指差しすが、見ていなかったこずえには同じボケを繰り返したのだとしか思えない。ぶつけるタライを持たない二度目であるから、今度はシオンが被る大きなタライを上からぎゅっと押さえつけた。
「それではオチもついたようですし、私はこれで失礼します」
 二人に一礼し、去っていく影。手を振りながら「気をつけてください」と見送るシオン。
「ちょっと、影さん」
 誤解の解けていないこずえは止めようとしたが、たった今別れたはずの影がどこにもいない。
「大丈夫です。影さん、やるときはやる人ですから!」
 にこにこと笑うシオン太鼓判を聞きながら、こずえは疲れた顔でため息をついた。
「自分でどうにかできるなら、この状況で紛らわしい行動しないでよ」


【 愚痴 】


「そいつは、まあ難儀なことでしたねぇ」
 昨夜の最悪な出来事を語り終わったこずえに返ってきたのは、明らかに気の入っていない男の声。
「八咫さん。占い師なんだから、お客の話はちゃんと聞いてくれなきゃ」
 確かに男の本業は不定期極まりない仕事ぶりの占い師であるが、こずえは彼に運勢を占ってもらったことは一度もない。
「あっしのこと札屋だと思ってる神崎のお嬢さんには言われたかないですよ。どうしても客だって言うなら追加料金頂きますぜ」
 そう言って八咫が差し出した封をした封筒を受け取ると、こずえは立ち上がった。
「また何か入ったら連絡してね。それと、一応でも聞いてくれてありがとう。タライ落ちなんてあんまりすぎて話せる相手が少ないのよね」
 こずえの後姿は、流れる人込みの中へ消えていく。それを眺めながら、八咫は彼女が語り出した時から噛み殺していた笑いをようやく開放していた。
「本当に難儀だったでしょうねぇ。あの兄さん方、すぐ無茶しますからねぇ」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 3356 / シオン・レ・ハイ / 男性 / 42 / びんぼーにん(食住)+α 】
【 3206 / 神崎・こずえ / 女性 / 16 / 退魔師 】
【 3873 / 影 / 男性 / 999 / 詳細不明(セールスマン?) 】

【 NPC / 八咫勘太郎 / 男性 / 467 / 占い師 】

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■         ライター通信          ■
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 金ダライライターの猫遊備です。ご依頼ありがとう御座いました。
 こずえさんの金盥判定はコント・殺人でしたので、体術避けと天井は抜けきりませんでしたが落下物を札で弾くで書かせて頂きました。また男性陣がマイペースな方々だったので貴重なツッコミ担当になって頂き、ありがとう御座いました。


異界【殺しの現場に金ダライ】
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=845