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<東京怪談ノベル(シングル)>


『 友峨谷涼香のスタイル  』


 うちの許婚として現れたのは11歳も年下の彼だった。
 別にうちは彼の事を嫌っている訳やない。
 ―――急に言われて戸惑いまくってはいるけど…。
 だけどうちが彼との事を躊躇うにはもう一つの理由がある。
 そう、うちの事を想って、
 そして命を捨ててまでもうちを守ってくれた人が、
 うちには…居た。
 その彼の事を想うと、うちはまだ………。


 ああ、うちはまだ彼の事が好きなんやね…。


 そう、忘れる事ができるはずがない。
 耳にはうちの名前を呼ぶ彼の心地良い声が残っているし、
 手はまだ握った彼の手の温もりを覚えている。
 唇だって重ねた彼の唇の感触を覚えている。
 そして彼と一緒に居るたびに軽快なリズムでワルツを踊った心臓は、時折見る彼に似た人の後ろ姿に、彼と一緒に居た時に香った匂いや、一緒に聴いた音楽、彼が居た時に見た聴いた、一緒に行った…彼がうちと一緒に居る記憶に何かが重なるたびに、とくん、と嗚咽をあげるように脈打つから。
 うちは哀しいぐらいに彼を忘れられないんや。
 そして忘れようとしてやいない。
 忘れたくないんやね。
 彼はうちに初めて好きや、と言うてくれた人やし、
 それにうちもそんな彼の気持ちを嬉しいと想ったから…。


 彼を思い出すたびにうちは、
 普段は見ないふりしている、気付かないふりをしている守れなかった温もりに憧れる感情を、
 どうしようもなく見てしまい、
 それに心を苛まれてしまう。
 うちの心を縛るのは、
 彼の声と、
 彼の温もりと、
 彼と過ごした時間のすべてと、
 そして彼が流した血の赤。
 



 涼屋からの帰り道、深夜の公園の真ん中で、その娘はリュートを奏でていた。
 その音色はとても静かで、優しくって、そしてとても哀しい音色に思えた。
 それはどこか、そう、夕暮れ時の雑踏の中で母親に置いていかれた時のような、そんな寂しさと不安をうちに抱かせたんや。
 そう、置いていかれた………
 ―――――このリュートの音色に感じるのはその感情。もうどうしようもない場所に行って(逝って)しまった人に、置いていかれたという悲しみを感じさせる。
「こんばんは」
 彼女は、リュートを奏でる手を止めて、うちを見た。
「こんばんは」
 そしてうちも手の甲で、彼女のリュートの音色に瞳から零れた涙を拭いながら、挨拶をした。
「ごめんなさい」
「はい?」
「いえ、あたしの奏でるレクイエムがあなたの心に触れて、心の奥底に沈めてあった箱に閉じ込められていた感情を、蓋を開けて逃がしてしまったようだから」
 さらりと彼女は言った。
 うちは無意識に苦笑を浮かべてしまう。
「や、別にええんよ。それよりもやっぱりその曲はレクイエムやったんやねー」
「ええ。ここはあたしの師匠が亡くなった場所だから」
「師匠?」
「ええ」
「そうか。それは哀しいね」
「ええ。あなたは、誰を想ったのですか?」
 周りの夜の闇よりも暗く思えるような長い黒髪に縁取られた顔にある瞳で、彼女はうちを見た。
 そのうちを見る彼女の瞳が言うてた――――
 彼女がそう言うんは、興味本位ではなく、うちが背負う十字架を一緒に背負うてくれるためやって。
 せやけどうちはそれはうちがひとりで背負わなあかんと想っている。それがうちの彼への贖罪の方法やから。
 だけど…
「うちに好きや言うてくれた人。そしてうちを命をかけて守ってくれた人の事を想ったんよ」
 この娘に彼の事を知ってもらうのもいいんじゃないか、って、想ったんや。うちと彼がどうやって再会して、どのように気持ちを通じ合わせて、どうして彼が死んでしまったか。
 誰か他に優しい人にそれを知ってもらえたなら、またひとつ彼が生きてたという事の証が一つ増えるさかい。
「せやね、うちが彼と再会したのも、ちょうど今夜のように月が綺麗な晩やったよ…」



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


 居酒屋涼屋。そこがうちが働く店で、自慢やないがうちはそこの看板娘。
 まずは店の掃除に始まって、軽い調理場の手伝い、そして夕暮れ時に店の暖簾を出すのが開店前のうちの仕事。
 掃除をするのだって好きやし、調理場での手伝いも悪くはない。せやけどうちは開店前の仕事としてはやっぱり暖簾を出すのが好きやった。夕暮れ時の空を見るのが何よりも幸せで楽しみやったから。
 せやって空は一日も同じ顔をうちに見せた事はない。見るたんびに空の顔は違うんや。
 東京の高いビルに縁取られた小さな空。せやけどそれかて、悪いもんやないんよ。確かに大自然の中で、周りに明かりの無い場所で見る空はとても綺麗やけど、東京の高層ビルに縁取られた空にかて星はあるし、月もある。
 そう、東京の空で、それでも健気に光り輝いているように見せる星はとても儚げで、せやけどそれでも東京にいるうちにそうやって光り輝いて見せてくれているから、せやからさかいに好きなんや。東京の空という場所で輝く星が。
 それに月かて悪くはない。夜に輝く月も、真昼の白い月も、味気ない東京の空に、アクセントをつけてくれるから。
 ただそれでも溜息を零したくなる事は排気ガスとかそういう邪魔な半透明のベールっていう邪魔な物が空の青さを汚す事と、どこまでも続くような夕暮れ時の濃紺や橙色のコントラストが高層ビルに邪魔される事、そしてさっきはあーゆーたけど、星の輝きが周りのネオンに邪魔される事。
 それでも東京には暗すぎる夜の闇もあれば、人工の美とかっていう物もあるんやけどね。
 そう、この東京はそういう場所なんやと想う。色んなモノが混在する場所なんやて。そういう混沌とした東京がうちは好きなのかもしれへん。
「さてと、今日もがんばるで♪」
 うちは拳を握り、そしてちょうどそこにやって来た今日一番乗りのお客さんに微笑みかけた。
「いらっしゃいませ〜♪」
「こんばんは、涼香ちゃん。えっと、涼香ちゃん、急で悪いんだけど、席の予約できるかな?」
「予約、って、何時ですか?」
「今夜なんだけど。今日、ここで飲み会をさせてもらいたいんだ」
「えーっと、はい、大丈夫やと思いますよ。人数と時間を前もって教えておいてもらえたら、料理の下ごしらえとかもしておけますし。って、その場合は涼屋お任せコースになってしまうんですけど、いいですか?」
 うちが苦笑を浮かべながら言うと、彼はにこりと笑った。
「ああ、もちろん、そこら辺は涼屋さんに任せるよ。お世辞抜きで涼屋さんの料理は美味しいからね」
「おおきに。せやったら調理場の方に言うておきますね」
「うん。時間は8時からで、人数は7人」
「8時からで、7人さまですね。承りました」
「頼むね」
「はい。せやけどまた随分と急ですね。接待ですか?」
「や、大学のゼミ仲間が結婚する事が決まって、そのお祝いを今夜しようって事になって、それで」
「ああ、そうなんですか。それはおめでたい事ですね」
「ああ。じゃあ、頼むよ、涼香ちゃん」
「はい」
 そう、それは友人同士のささやかなお祝い会で、うちが働く店がその場所に選ばれた、ただそれだけやった。
 そう、ただそれだけの出来事が、あんな事に繋がってしもうたんや。
 それは偶然やった。
 たまたま店の常連のお客さんが大学時代に入っていたゼミの中に彼がいたという話で、
 そしてたまたまお店の常連のお客さんと、彼が友達で、
 ――――たまたま彼とうちが、高校のクラスメイトやった、
 そう、ただそれだけの偶然のはずだったんや。
 うちにとって最初は――――――――――。
「えっと、ひょっとして、友峨谷?」
 とても驚いたような感情半分と、懐かしそうな感情半分とを顔に浮かべた彼は、うちに向って、上ずった声でそう言うて、
 そしてうちもうんうんと彼に頷いて、彼の名前を呼びながら、彼の手を取って、
「久しぶりやね!」
「久しぶりだな!」
 そうやってお互いに偶然の再会を喜んだ……
 そう、ただそれだけの事やったんよ、最初は―――――。
 ただそれだけの偶然が後に、彼を殺したんや…。



 +++


 僕は知っている。
 彼女が僕のせいで苦しんでいる事を。
 そう、僕は彼女が好きだった。
 彼女を命がけで守った。
 そして彼女のために死んだ。
 だけどそれで僕は彼女を責めるつもりは無いんだ。
 だって僕は彼女がとても好きで、だから彼女のために、自分の命を捨ててまでも、あの時に彼女の背中の上に覆い被さったのだから。
 再会は偶然だった。
 だけど僕はその再会に運命を感じていたんだ。
 ――――だって僕はまた友峨谷涼香に逢いたいと思っていたから。
 だからあの日、結婚する事になった友人を祝うために、祝う会の幹事の奴が手配した店で、涼香と再会した時、それはとても嬉しかったんだ。



 僕が涼香と初めて出逢ったのは高校の時だった。
「こんにちは、はじめまして。友峨谷涼香です」
 教卓の前に立って、ぼそぼそとした声でそう言った彼女はそのまま俯いて、そして固まった。
 沈黙した彼女の代わりに教室にいる皆がひそひそと何かを囁きあったり、くすくすと笑って、そしてそれがいたたまれないぐらいに沈黙した彼女は余計に口をつぐんだ。その姿はなんだかとても小さく見えて、とてもじゃないが高校生とは思え無かった。
「なんだよ、あれ。な」
「ああ」
 周りは彼女を笑い、
「もういい、友峨谷。席に着きなさい」
「……はい」
 担任まで涼香に呆れたような声を溜息混じりに出していた。
 だけどそれは彼女が極度のあがり症だったり、人見知りだったからではなく、それが僕が出逢った頃の友峨谷涼香だったんだ。
 無口で、表情も少なく、誰も寄せ付けない、それが皆が口にする友峨谷涼香のイメージだった。
 でも僕は皆がそう言う彼女に対して少し違った印象を持っていた。
 僕が彼女に抱いていたのは…
「本当に友峨谷って、暗くって嫌だよな。こっちまで気が滅入るよ、あいつを見てると。おまえもそう想わない?」
「や、僕はさ、友峨谷って、なんだか儚い奴だな、ってそう想うよ」
 そう、それが僕が彼女に抱く友峨谷涼香のイメージだった。
 僕は、涼香の事を、とても儚い雰囲気の娘だな、って、そう想っていたんだ。 
 そして気付くと僕は涼香ばかりを見てるようになっていた。
 涼香はなんだろう、蕾のようだった。
 頑なに閉じた花の蕾。
 身を切るような冷たい風が吹きすさぶ世界で、ただいつか咲ける日をじっと待っているような。
 ならば花が咲くには何が必要だろう?
 陽の光と、
 水、
 それに大地。
 それらがあれば、花はその硬く閉じた身を花開かせる。
 そして涼香が花の蕾だったら、彼女の頑なに閉じていた心をほころばせた彼女の親友は陽の光で、水で、大地だったのだろう。
 そう、涼香には親友ができた。そして涼香は親友である彼女に少しずつ心を開いていき、無口で表情が少ないのは変わらないけど、だけど確実に涼香という花の蕾は開いていったんだ。
 そして僕はそんな彼女に今まで以上に惹かれていったんだ。



 だけど僕は彼女にその気持ちを言えないままに高校を卒業して、大学に入学し、卒業して、社会人となった。
 そして思いがけずに涼香と再会した。
 高校を卒業して以来数年ぶりに再会した彼女はものすごく変わっていて、最初は驚いたけど、でもそれはとても嬉しい事だった。
 友達のお祝いだというのに、気付けば僕はお酒を飲みながら彼女とばかり喋っていて、帰り道に皆に「友情よりも女かよ〜」とかって、からかわれたものだ。
 その後も僕は彼女が居る涼屋に通った。
 そう、もちろん、お酒を飲みに、ではなく、涼香に会いに。
 涼屋という空間で、他の客たちの笑いざわめく声を聞きながら、お酒や料理の香りがする中で、涼香と喋る僕はときどき想うのだ。どうして高校の時にこうやって、涼香と喋れなかったのかな、って。今はこんなにも自然に彼女と話をできるのに。
 だけどきっとそれは僕がまだどうしようもなくガキだったんだという事だと想う。高校時代の僕はガキだから、周りの目を気にして、恥ずかしくって、だから僕は今日こそは今日こそはと想いながらも涼香に話し掛ける事ができなくって。
 ただそうやって、高校時代を過ごして…。
 でも、今は僕も大人になったから、まだ大人になりきれていないのなら…なら、背伸びをして僕は、そうやって涼香に接して、
「友峨谷って、この映画好き? 今日、会社の友達にチケットをもらったんだけど、2枚あるからさ、良かったら行かない?」
「あ、うん、好きやよ。Tも見ててね、せやからUも見たいと想ってたんよ」
「だったら今度の友峨谷の休みに一緒に見に行かない?」
「いいの? 行く。行く。絶対に行くよ」
「ん、だったら友峨谷の今度の休みに」
「うん」
 それで僕は彼女と一緒に映画を見に行く約束をし、
 涼香の休みの日に待ち合わせて、
 喫茶店で軽めの夕食を摂り、
 一緒に映画を見て、
 それからお洒落なバーに行って、
 そうして夜景の綺麗な海岸に二人で行った。
「やー、夜風が気持ちええわー。それに夜景もすごい綺麗やん」
 彼女は子どものように柵まで走っていって、そして柵にもたれて柵の向こうの船の光に向って手を伸ばす。
 僕はそんな子どもみたいにはしゃぐ彼女がすごく愛おしくって、欲しくってしょうがなかった。
 涼香の細い背中を見つめる僕は、後ろから両腕で彼女をぎゅっと抱きしめたくってしょうがなくって。
「友峨谷」
「ん?」
 彼女はくるっと半回転して、夜風に舞う髪を掻きあげながら高校時代に戻ってしまったかのようにやっぱり肝心な事は緊張して口に出せない僕に、小首を傾げて微笑する。
 その彼女を見て僕は想うのだ。高校の時は、彼女は、その顔に表情をほんの少ししか浮かべていなかったって。
 だけど今はこんなにも表情が溢れていて。
 それが僕には嬉しくって、
 そしてやっぱり、そんな彼女が僕はどうしても欲しくって、
 だったらどうすればいい?
 ――――また見てるだけで終わらせる?
 高校時代、胸につけていた紙で作った花を手でくしゃっと握りつぶしながら、門の向こうに消えていく彼女の背を見送る事しか出来なかった僕。
 それからもずっと彼女の幻影ばかり追いかけて、
 だけど再会できて、
 でもやっぱり僕はどれだけ背伸びしてもガキのままで、
 肝心な事は何も言えなくって…
「高校の時にさ、初めて一緒になったクラスでの自己紹介、あの時の事を時たま、夢に見るんよ、うち」
 彼女はおもむろにそんな事を言い出した。
 僕も高校時代の事は夢に見る。卒業式が終わって、校門の向こうに消えていく君の背中を眺めるばかりのどうしようもなかった時の夢を。
「せやけど、笑っていなかったよね。先生も、他の皆も笑っていたのに、笑っていなかったよね」
 彼女はにこりと笑った。そう、僕は笑わなかった。涼香はそんな僕を見ていた?
「あ、あのさ、友峨谷」
「うん」
 ―――勇気を出せ。
「ずっと…そう、高校の時から友峨谷の事……」
 ―――もうあの時のように、後悔したくないなら、だったら・・・
「好きだったんだ」
 それを口にしたら、胸のつかえは消えた。風の冷たさも感じなくって、海の香りもしなかったのに、なのにそれを口にしたら嘘みたいに頬を撫でる風の冷たさも感じて、鼻腔をくすぐる海の匂いも感じた。
 ただ打ち寄せる波の音と、時折遠くから聞こえてくる汽笛の音だけが、響いて…
 ただただそれらが繰り返されるだけの夜の海の港という空間で、
 そしてそれを最初に壊したのは、
「あ、あの、えっと、ありがとう。ごっつうびっくりしたけど、だけど嬉しかったよ、うん。ほんにありがとうな」
 彼女はそう言って笑ってくれて、そして僕はぎゅっと彼女を抱きしめた。
 そこまではとても幸せだったんだ。
 僕の想いを彼女に告げて、
 彼女は戸惑っていたけど、それでも僕の想いを嬉しいと感じてくれて、
 だけどソレは彼女を襲い、
 僕はソレから彼女を守り、


 ――――――――――――――――――――――死んだ…。



 +++


 うちは居酒屋涼屋の看板娘。せやけどそれは表の顔。
 うちの裏の顔、本当の顔は、退魔師。剣術や法術、符術にも通じて、裏社会では超一流の退魔師として格付けされていて、
 せやけどうちはそんな血生臭い自分の事は好きではない。
 でも彼はうちの事を好きやと言ってくれて、
 それがとても嬉しくって、
 そう、ただひとりの人でも、うちを好きだと言ってくれるその幸せを、うちは知ってるから。
 ―――うちが変われたのも、高校の時に彼女が手を差し伸べてくれたからだから。
 血に濡れたうちの手。
 その手を汚す血は拭えないけど、
 でもそれでも彼がいいなら、
 彼が手をうちに差し伸ばしてくれるなら、
 うちはその手を、
 握りたい。
 せやけどうちは知らなかったのだ。
 そう、知らなかった。うちの手を赤に染めるそれを流したそれらの仲間もまたうちを恨んでいる事を。



 終わる事の無い恨みの連鎖。
 ――――殺したから、殺されて、殺されたから殺して、終わらない。終わらない。終わらない。
 だけどその覚悟はうちにはできていたんや。
 自分がそれらに殺される覚悟は………。
 せやけど、それはうちの事で、
 他人は………



「いやぁーーーーーーーー」
 うちはそれを見て悲鳴をあげた。
 妖はうちを見ていた。うちが隙を作るのをずっと待ってたんや。
 ――――うちを憎んでいたから。
 うちは妖をぎょうさん殺したのやから、だからそれはしょうがなかった。それがうちの業やったんやから。
 せやけど、
 せやけど、
 せやけど、うちは、うちの大切な人が、うちの業のせいで、死んでしまうのは、我慢できなかった。



 +++


「なに、こんな所に呼び出して?」
 彼と初めてデートをして、愛を告白された場所。
 そこにうちは呼び出されて、彼はうちに小さな箱が乗った手の平を差し出して、
 そしてうちはそれが何かわかって、戸惑って、だけど同時にすごく嬉しくって、
「あの、えっと……」
「あ、うん。わかるよね? 受け取って欲しいんだ、涼香に」
 彼は優しく微笑んで、うちはぎゅっと左手で服の胸元を鷲掴みながら右手を彼の手の平の上に乗っているモノに………
 だけどうちの指先が、彼の手の平の上の小さな箱に触れようとした時、うちは彼に押し倒されて、
 そしてあまりの事に一瞬、何が起きたのか理解できなくって、
 そのうちの上に覆い被さる彼の温もりが、ただ消えていくのを、真っ白になった頭の端っこで感じて、
 それで…
「に、げろぉ…」
 耳元で囁かれた声にならない掠れた空気のノイズにうちは、悲鳴をあげた。
 彼をぎゅっと抱きしめて、うちは身体を起こして、見た彼の背中には鋭い爪で抉った痕があって、
 その彼の傷は一目で彼が即死であった事をうちに教えていて、
 せやからうちは、
 うちは、
 うちは、
「いやぁーーーーーーーー」
 また悲鳴をあげた。
 それで精一杯だった。
 それがうちの業?
 うちの業が、うちを好きだと言ってくれた彼、殺した。
 うちは…
 うちは、せやったらどうすればいい?
 ――――うちはそればかりを考えていて、
 そして気づいた時には、うちは退魔刀『紅蓮』で、そこに居た妖をすべて斬り殺していて、
 血の湖に沈む妖の屍たちに囲まれながら立つうちは、その血の湖に両膝をつき、そして夜の世界に、
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 叫び声をあげて、そのまま彼の骸を抱きしめて、ただ泣いた。
 うちの業のせいで死んでしまった彼のために、泣いた。



 殺したから、殺されて、殺されたから、殺して…終わらない、終わらない、終わらない。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


「それがあなたが想う、人ですか?」
「そう、それがうちが想う人。せやけど、うちはどうすればいいのか今もわからない。うちの業が彼を殺した。うちは彼に好きだと言ってもらえて、それがとても嬉しくって、せやけどうちは彼に恋をしていたから心に隙を作ってしまって、その隙を妖たちにつかれて、そしてうちは彼を守りきれんかった。守るどころかうちは彼に守られて、彼を死なせてしまって。せやからうちは…」
「生きているんですね」
 彼女はとても綺麗に微笑みながら涼香に言った。
「うん、うちはせやから彼のために生きている。生きていこうと想う。それしかうちには彼のためにしてあげる事が想い浮かばへんから。彼はね、死んでるのに、せやのにうちに逃げろ、って言うたんや。それは生きろ、っていう意味やろ? せやからうちは生きている。それがうちが彼のためにしてあげられる贖罪の方法で、それでまた数多の妖を殺して業をまた背負うのだとしても、今度こそその業はうちが背負うから。うちは業を背負って最後まで生き抜いて見せる」
 まるで泣いているような…花をくしゃくしゃにしたような哀しそうな笑みを浮かべながら、涼香はそう言って、
「そうですね。だからあなたはそんなにも美しく、凛としていられるのでしょう。あたしはそんなあなたを尊敬します」
 そして涼香は彼女と自己紹介しあって、少女と別れて、また家路へとついた。
 その彼女の姿を見送る少女と僕は目を合わせて、どこか哀しげに微笑む彼女に僕も小さく苦笑した。
 涼香は僕の事を乗り越え、そして許婚と出会い、その彼にまた惹かれはじめている。
 それが哀しくない訳でも寂しくない訳でもないけど、でも彼女は僕を忘れないから、それでいいと想う。
 僕は………
 もう、僕が見守らずとも、涼香は大丈夫だよね。
 黄金の輝きに包まれながら空に昇っていく僕は涼香を見つめ、
 そして涼香はそんな僕を見つめ、小さく唇を動かせた。


 うん、さようなら。ありがとう。これからは空から、涼香を見ているから。


 うちは誰かの視線を感じて、
 それでそちらに視線を移して、
 唇を無意識に動かして、
 そしてまた無意識に瞳から零れる涙に驚いて、
 せやけどうちが想った事は、その自分でも何を口にしたのかわからない言葉に、瞳からおもむろに零れ出した涙に驚く事や無くって、また新たに彼のために生きていかなくっちゃいけないんや、って事だったんや。
 遠くの方からまた、あの少女の奏でるリュートの音色が風に流れて聴こえてきて、うちはその音色を聴きながら、しばらくの間、電信柱に背中を預けて、泣いていた。


 ― fin ―


 ++ライターより++


 こんにちは、はじめまして、友峨谷涼香さま。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 今回はご依頼ありがとうございました。^^


 プレイングを読んで、こんな素敵で印象深いお話を任せてもらって本当にいいのだろうかと想ってしまいました。^^
 本当にものすごく切ないプレイングで、それだけに難しくもあったのですが、ものすごく書いていて楽しかったです。^^
 書かせていただいた悲しみを乗り越えて生きていく涼香さんのスタイルが、少しでもPLさまのイメージにあっていれば、本当に嬉しく想います。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。