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【 恐怖、金盥の惨劇 】
恐怖。
それは自分に危害を及ぼす不気味な存在を感じること。戦争、飢餓、兵器、殺人、天災。人が恐怖を感じるものはたくさんあるだろう。イジメ、虐待、ドメスティック・バイオレンス。恐怖とは無縁であるはずの存在が自分の身に危害を及ぼす存在になることは不幸にして最大の恐怖であるといえよう。そして、この街では……
かこーん。こん。かこーん。
夜の街に、まばらに鳴り響く落下音。それだけなら馬鹿馬鹿しい夢だと思えるかもしれない。くだらないテレビ番組を見すぎたのだと自分を戒めたくなるやもしれない。
「ただ今、この区域一帯に金ダライ落下警報が発令しています。市民の皆さんは、ただちに避難して下さい」
だが直径一メートルはあろう円形の金属製品が乗用車を破壊するのを目撃したならば、巨大な金ダライの下敷きになった人物がぴくりとも動かないのは……じわじわと地面に広がる紅い染みを、その目で見たならば。
【 徘徊 】
男は既に死んでいた。
彼の命を奪ったもの、それは空から降ってきた巨大な金ダライ。
そして、男の側にはスーツ姿の青年が一人。
「おやおや、お客様には私に支払うだけの幸運が残っていなかったようですね」
即死した商談相手を目の前に残念そうに呟いて、持っていた万年筆をトランクの中へ片付ける。
自分の上に降ってきた巨大な金ダライは、影に引き込み消してしまうこともできたが、紙一重でするりと避けて破壊力を確認する。
「随分とユニークなことを思いつく方がいたものです」
道路にめり込んだ大きな金ダライを感心しながら眺め、魂を失った人間の残骸よりも興味深い金ダライが降る街を歩き始める。
人を殺し、家屋の屋根を突き破る巨大な金ダライ。
タライに怯えて逃げ惑う人々をあざ笑うように落とされる平凡なタライ。
巨大な金ダライに破壊され煙を上げる乗用車。
ふと空を見上げれば、落ちてくるのは当然ながら金ダライ。とはいえ凶悪な破壊力を持つ巨大なタライではなく、ごく平凡な小さい方だ。それを見て何かを思いついたのか彼は楽しげ笑みを浮かべ、それと同時に側にあった街灯の影は大地から浮き上がる。さながら蛇のように蠢く影は金ダライを絡め捕らえ、本来なら小さな金ダライは彼の手元へと降りてくるはずだった。
【 出会い 】
彼が回収しようとした小さなタライは横から飛んできた巨大な金ダライと一緒に、後ろから飛んできた札の力で地面に叩き落された。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫?」
続いて、自分の安否を確認する二つの声が駆け寄ってきた。一人は中年の男性で、もう一人は少女。どうやら金ダライから逃げ損ねた一般人だと誤解されたようだ。
青年は二人の顔を交互眺め、あえて誤解を解く必要はないと深々と一礼する。
「お助け頂き、ありがとう御座いました。私は影と申しますが、あなた様方は」
「あたしは神崎こずえ」
「私はシオン・レ・ハイです」
問われて少女と男が名前を名乗る。影の無事を確認したシオンは、次に地面に叩き落された巨大な金ダライの状態を確認し、当然のことのようにタライを背負った。
「タライはシオン様が、札はこずえ様が投げて下さったのですね」
「そうです」
影の確認に笑顔で答えるシオンを見て、続けてこずえが問いかける。
「シオンさん、そのタライって」
「落ちてきたのを拾いました。持って帰って洗濯に使います」
やはり笑顔で答えるシオンを見て、彼女は呆れた顔になり自分の頭に手を当てた。
「持って帰るって。どうして、こんな得体の知れないタライを拾う気になったんですか!」
「なんでって……あっ!」
「何?」
不意にシオンが走り出し、こずえが慌てて周囲を見回す。すると今までシオンが立っていた場所に小さなタライが落下し、走り出した本人は「スゴイです。五百円玉が落ちてました!」と嬉しそうな声を上げている。
「運の良い方みたいですね」
影は淡々と答えるが、こずえは拾い上げシオンのタライに投げつけた。
「この状況で紛らわしい発言しないで下さい!」
タライのぶつかる反響音がうるさいのだろう、シオンは耳を押さえて座り込む。だが視線は、こずえの投げた小さいタライをじっと見つめている。それが気になったのか、反響が収まった頃合を見て彼女は再びシオンに尋ねる。
「今度は何ですか?」
「この小さいタライをたくさん拾ったらコント用で売れるかもしれませんね」
「だから〜」
さながら漫才な二人のやり取りを面白く思っていた影が、気配を感じて空を見上げる。落ちてくるのは、二人の善意の誤解で取り損ねた小さいタライ。影は再び絡め捕らえた金ダライを、今度は善意の第三者が現れないようにゆっくり手元へ引き寄せる。
「ああ〜っ!」
彼が手にした金ダライをトランクの中へ片付けると、シオンが大きな声をあげて影を指差した。タライ回収を見ていたからの発言だろうが、シオンの顔を見ていたこずえには同じボケを繰り返したのだと勘違いをされた。気の毒にも「同じ手に二度も引っかかりません!」と彼女に上から巨大タライを押されている。
「それではオチもついたようですし、私はこれで失礼します」
二人に一礼して影は暗闇へ消えた。
「気をつけてください」
「ちょっと、影さん」
見送るシオンと、こずえの引きとめようとする声を聞きながら。
【 朝 】
やがて朝日が昇る頃、まばらに闇夜に降り続いた金ダライの音が消える。
「どうやら、もうタライは落ちて来ないようですね」
商談相手が目の前で即死した時よりも残念そうに呟いて、本業を再開する為に歩き始めた影は雑居ビルから眠たげな顔で出てきた青年と肩をぶつけた。
「あ、すいません」
「いえ、こちらこそ。お二人はそちらのビルに避難をされていたんですか?」
影と肩をぶつけて謝罪したのは眼鏡の青年。彼の隣には連れである赤毛の青年が立っている。
「まあ、そんな感じで」
問われて、赤毛の青年は言葉を濁したが眼鏡の青年は呑気そうに笑って連れの頭を押し下げた。
「お兄さんこそ、昨夜は大丈夫でしたか? ホンマすいませんでしたね。こいつ、酔うとタチ悪いもんで」
彼は頭を押し下げる手を振り払うと、どこから取り出したのかハリセンで眼鏡の青年の頭を叩いた。
「……って、お前はまだ酔うとるやろ。なんで通りすがりの人間に犯人宣言せなあかんねん。相手が警察関係やったら、大マヌケやろが!」
「私は警察関係ではありませんので、ご心配なく。ですが……」
影はトランクから昨夜拾った金ダライと黒いマジックを取り出して、二人に差し出した。
「せっかくですから、記念にサインを頂けますか?」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 3356 / シオン・レ・ハイ / 男性 / 42 / びんぼーにん(食住)+α 】
【 3206 / 神崎・こずえ / 女性 / 16 / 退魔師 】
【 3873 / 影 / 男性 / 999 / 詳細不明(セールスマン?) 】
【 4283 / 浅野・啓太 / 男性 / 25 / 遭得徒狼(あうとろう)ツッコミ担当 】
【 4253 / 倉田・誠吾 / 男性 / 24 / 遭得徒狼(あうとろう)ボケ担当 】
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■ ライター通信 ■
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金ダライライターの猫遊備です。ご依頼ありがとう御座いました。
影さんの金盥判定は殺人・コントでしたので、回避と小ダライ回収を書かせて頂きました。またB級ホラー風味ということで、他のPC様よりもタライ出現率が増加しています。
遭得徒狼(あうとろう)の二人はPC登録していますので、縁を持ちたいようでしたら相関してやってください。
異界【殺しの現場に金ダライ】
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=845
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