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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


Black Book


 これだよ、と差し出されたのは黒い本だった。
 辞書ほども厚いそれはかなり古いものらしく、背表紙や小口は随分と日に焼けて色褪せている。表紙には元は金文字でタイトルが記されていたようだが、今はそれもほとんど読み取れない。かろうじて大仰な飾り文字だと言うことが判るくらいだ。
「本ですねえ」
「……そりゃ本だよ」
 穏やかに微笑むセレスティ・カーニンガムに蓮は少し呆れた目を向けた。
「それで、これをどうすればいいんですか?」
 あくまで自分のペースを貫くセレスティに毒気を抜かれたものか、蓮は小さく肩を落とす。空いた片手で本の表紙に触れながら、上目遣いにセレスティを見上げた。
「この本をある人に届けて欲しいんだよ。それだけの簡単な仕事さ」
 簡単な、と言うところを強調するようにアクセントを置いて言い、カンと高い音を立てて煙管の灰を盆に落とす。そして、やらないはずはないだろうとばかりに、蓮は黒い本をセレスティに押して寄越した。
「これが届け先だよ」
 そういって添えられたメモには住所と名前が走り書きされている。どれだけ遠い所まで行かされるかと思ったが、何のことはない、ここからそう離れてもいない場所だ。車なら三十分もかからないだろうが……。
「本当に『簡単』なんですか?」
 蓮の依頼がただの届け物であるわけはない。十中八九、裏があるに違いないのだ。
 にこにこと笑顔で見つめるセレスティに蓮も薄い笑みで対抗していたが、しばらくしてその応酬に音を上げた。困ったような顔で目をそらし、適わないねと呟く。
 大体想像がつくだろうけど、と前置きし、
「実はそれ、ちょっと訳ありの本でね……。横取りしようと狙ってる奴らがいるらしいんだよ」
 ふうっと紫煙を吐き出す。
「訳あり、とは?」
「……あたしも詳しくは聞いてないから判らないねえ」
 少し空いた間が言葉の裏を感じさせる。運び屋ごときが詳しくなど知る必要はない、と言うところか。
 セレスティは小さくため息をつき、本と住所のメモを手に取った。
「では、行って参ります」
 軽く頭を下げ、よろしく頼むよと言う声に送られて、セレスティは店を後にした。



 屈強なSPをセレスティの左右と助手席に控えさせていても圧迫感を感じさせないほど、車内の空間は広い。SPたちには周りを十分警戒するように、運転手には分かり難い道を遠回りして目的地に向かうように言いつける。
 車が緩やかに走り出すと、セレスティは待っていたと言わんばかりに預かった本を取り出し、ためつすがめつ眺めた。
「……覗き見ると言うのは趣味が良くありませんね」
 中を見るなとは言われていないが、さすがに気が引ける。それに、開いた途端に発動するトラップが仕掛けられていないとも限らない。
 しかし、中に何かが封印されていないとも限らないわけで、さらにそれが運び屋である自分に影響を及ぼさないとも限らない。
「…………」
 しばらく考えた後、やはり念のため確認すべきだと言う結論に至った。
 黒い本の表紙に掌を押し当て、意識を集中する。触れるだけでその情報を読み取ることが出来ると言うのはセレスティの能力のひとつだ。
 何か禁術でも掛けられているのか、ざわざわとした雑音と意味を成さない映像がセレスティの意識を乱す。だが、さらに意識を尖らせてその隙間から入り込もうと試みると、そこまで強力な禁術ではなかったらしく、すぐに新しい視界が開けた。
「……これは……?」
 本の中身は何のことはない散文詩だった。よく言えば観念的な、悪く言えば意味不明の言葉の羅列。作者の意図の全く見えないその文章は妙な寒気を感じさせるが、それと共に記憶の底を刺激する。
 居心地の悪い既視感を喚起するこの詩がどうにも気になって、先へ読み進もうとしたその時。突然背後で何かが弾けるような不吉な音がし、同時に衝撃を受けた車体がバランスを崩して左右に振れた。
「何ですかッ!」
 セレスティが振り向いた瞬間、背面ガラスに何かが激突して瞬く間に蜘蛛の巣状のヒビが広がった。
 ――弾丸だ。
 ガラスにめり込んだそれは随分大きい。防弾ガラスでなければセレスティの頭を撃ち抜いていたに違いない。スパイ映画よろしく、後ろにつけて来る黒塗りの車の窓から黒服にサングラスの男が身を乗り出し、また立て続けに弾を撃ち込んでくる。
 SPたちが色めき立ち、セレスティを庇うようにその場に伏せさせる。頭上で檄が飛び、急なハンドルさばきにタイヤが悲鳴を上げる。
「構うんじゃない!」
 応戦しようと銃のホルダーに手を掛けたSPを鋭く制し、セレスティは運転手に向けて指示を飛ばした。
「とにかく振り切ってください!頼みましたよ!」
 運転手は短い返事を返すと、意を得たといわんばかりの手つきでハンドルを目一杯に切った。車体はスピードを落とさずに、後輪が横滑りする形で九十度向きを変えた。そしてそのまま細い脇道に侵入する。車幅すれすれの路地を器用なハンドルさばきですり抜けていく運転手の腕は相当なものだ。
 背後では銃声がまばらになり、そして止んだ。襲撃者たちは突然の行動に面食らったらしく、すぐに追いかけると言う選択肢がなかなか浮かばないようだ。第一、追いかける方にも相当の運転技術が要求される。
 背後から追いかけてくるものがないことを確認して、いい運転手で良かったとセレスティは胸を撫で下ろした。



 路地に入り込んだおかげで結局予定より随分と遠回りをしてしまい、高々二十分ほどで着くはずだった目的地に実際に着いたのは一時間半後だった。
 メモに記されたそこは瀟洒なカフェで、弾痕の残る車で乗り付けたセレスティは少なからぬ好奇の視線を浴びることになってしまった。店内に入るなり、全ての視線がセレスティに集まる。
 苦笑しつつ店内を見回せば、奥まった席に座る一人の女性が自分を手招いているのに気がついた。おそらく、本の受取人だろう。
 店員の案内を遠慮して女性の座る席まで近づいていく。女性は軽く会釈し、席に着くよう促した。
 椅子を引きながら、セレスティは黒い本を示して見せる。
「これの受取人の方ですね?」
 ええ、と頷いて女性はセレスティから本を受け取り、安堵した表情を浮かべる。そして店の外に目をやり、SPが車の損傷の具合などを調べている様子を見て苦笑する。
「大分酷い目にお遭いになったようですわね」
「ええ……」
 セレスティも苦笑いを返して、襲撃された顛末を手短に話した。
「随分と物騒な人たちに狙われているみたいですが……その本は一体?」
「…………」
「ああ、いえ。話せないのなら構わないのですが……」
 言い淀んだセレスティに穏やかな笑顔を向け、女性は本の表紙に手をかざして二言三言、何かを唱えた。すると本から一瞬火花が散って、申し訳程度の煙が立ち昇る。
「禁術を掛けてありましたの。無闇に開いたら炎を発するように、と」
 あなたが本を開こうとしなくて良かった、と女性は笑った。
 開いてはいなくても中身を見てしまった後ではあるので、軽い罪悪感がセレスティの芯を刺激する。
 わずかな煙が薄れて消えると、女性はゆっくりと本のページを繰った。
「これは予言書ですの」
「……予言書?」
 深く頷いて、女性は開いたページをセレスティに示す。流麗なスクリプトで短い文章が幾つも書き付けられている。
「よくある形式ですわ。詩の形を取った予言で、ぱっと見ただけでは何が書いてあるか判りませんの」
 女性のその言葉を聴いて、この詩を読んだときに沸き起こる不可思議な感覚の正体が明確になる。セレスティ自身も未来を見通す占い師だ。予言の詩に己の能力の根幹が共鳴していたのだ。
 二重に納得してセレスティは頷き、女性に先を促した。
「予言の内容は正確ですわ。一度も外したことはありません。予言の書というよりは、運命が記された書とでも言うべきね」
 静かに本を閉じ、女性は深いため息をつく。
「とある機関に請われて、私、この書の解読を手がけていましたの。でも、余りに当たりすぎるので怖くなって……。何とか持ち出して、処分できるようになるまで蓮さんにお預けしていましたの」
 やっと処分に協力してくれる人間が現れたので、届けてくれるよう依頼をした。そう、女性は話を締めくくった。
「処分してしまわれるのですか?」
「ええ……勿体無いとお思いかもしれませんけれど」
 力なく笑って、女性は怯えた手つきで本に触れた。
「未来を知っていると言うことは、確かに便利ですわ。これから起こることが全て判っているということは、ある種、全知全能であるということと同じですもの」
 ひとつ息を付き、か細い声で付け加える。
「それは、とても恐ろしいことですもの……」
「……あの」
 セレスティが声を掛けようとしたとき、女性は先手を打つように顔を上げてにっこり笑った。
「届けていただいて有難うございました。報酬は蓮さんにお渡ししてありますので、私はこれで」
 女性は本を鞄にしまいこんでいそいそと身支度を整えると、軽く会釈をして逃げるように去っていってしまった。セレスティは一人、残される。
 同じ未来を視る者として、彼女の気持ちは痛いほど判る。
 予言は恐れられ、占いは頼られるのは何故か。人は行く末を知りたがるが、確定的な答えを与えられるのは怖いからだ。だから占い師は見えた未来をぼやかしふやけさせて、どうとでも取れる解釈で伝える。決め付けない程度の指標になるように。
 占い師が自分の未来を決して占わないのも、その理由は恐怖と言う一点なのだ。
 セレスティはガラス越しに外を眺め、随分と悲惨な姿になってしまった愛車に目を留めてため息をつく。そして、この仕事の報酬では到底修理代にはなるまいな、と思い、少しだけ笑った。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、青猫屋リョウと申します。
今回はご参加有難うございました。
お気に召していただければ幸いです。
イメージと違う描写などございましたらご一報下さい。
また、機会がありましたらどうぞよろしくお願いいたします。