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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


調査File9 −村−
●始まり
 それは惨劇に飲み込まれた一つの村の話。

 過疎化の進んだその村では、20歳未満の子供の数はわずか15。
 働き盛りの年齢に達し、60代までが50。
 そして老人、と呼ばれる年齢に達している者が40。
 そんな小さな小さな村。

「みっちゃん、そろそろ帰ろうよ」
 村の隅にある神社で遊んでいた子供二人。女の子と男の子。年齢はどちらも7歳。今年10km離れた小学校に入学した一年生。
 坂上啓太(さかがみ・けいた)と長峰みつき(おさみね・−)。
「ねぇねぇケータ、あそこって何があるんだろう?」
 みつきの指さす方を見た啓太は、ダメだよ、と鋭く言った。
 そこは注連縄で入れないようにくくられた祠のような場所。
「ばっちゃんが言ってたよ。そこは怖い、恐ろしい化け物が隠れているから、絶対にさわっちゃいけない、って」
「えー、化け物なんていないよぉ。みつきちょっと見てくるね!」
「みっちゃん!!」
 スタタタ、と軽快な足取りでみつきは注連縄でくくられた扉に手をかけ引っ張ると、長きの年月で劣化していたのか、注連縄は簡単に外れた。
 そして夕焼けの朱い光の中、みつきの姿が祠の奧へと消えていった。
「み、みっちゃん……?」
 恐る恐る祠に近づいた啓太の耳に届いたのは悲鳴だった。
 そしてぐぐもった男の声が聞こえてきた。
「ようやく出られる……これだけでは足らぬ……。村中に復讐だ。俺たちをここに閉じこめた、村中に……。根こそぎ喰ってやる……」
 くくく、と押し殺したような笑い声が聞こえる頃には、啓太は悲鳴をあげながら家まで走っていた。

「その後、みつきちゃんの遺体はとんでもない姿で林の中で発見されました。そして私が村の外へ出ている間に……」
「村ごと消えてなくなっていた、という事ですか?」
「そうなんです」
 男の名前は駒西源治(こまにし・げんじ)と言った。元警官で、退職後生まれ育った村で余生を送っていた矢先に事件が起き、50km離れた警察署へ事の次第を説明しに行っている間に、住んでいた村が消えてなくなっていた、という事だった。

 その村では遙か昔。そうすでにその出来事は口伝でしかなくなり、体験したものがとうに死に絶えてしまった、というくらい昔。
 閉鎖的だった村にある一家が越してきた。それは村の者とは縁もゆかりもない人たち。
 その一家ははやく村になじもうとしていたが、村人は受け入れなかった。
 そんなある日、村で放火が起きるようになっていた。後に知れた事で、村人の子供の一人がやっていた事だったのだが。
 村人達はその一家を疑った。そして家族が寝静まった夜、村人達は災いを絶つため、一家の家に火をつけた。一家は全員焼死。その後一家の霊が村に出没。恐れた村人は修験僧を呼び、それを封じて貰った。

「どうか、村を救って下さい!」
 老爺は目に涙をため、深々と頭をさげた。

●本文
「まず最初にお聞きしたい事が二点」
「はい」
 シュライン・エマが考えるような仕草で源治に訊ねる。
「電話が通じていないのか、という事と。事が事だけに。警察がでてこないのか、って事です」
「……電話は通じてません。何度かかけてみたんですが、なんの音もしないんです。…警察は一応調査には出る、と言ってましたが、村自体が消えてしまっているんで……」
「手が出せない、という訳ですね」
 フォローをいれるように口を挟んだセレスティに、源治は頷いた。
「仰りにくい事かと存じますが、発見された遺体の状態など、教えて頂けますか?」
 丁寧な口調で天薙撫子に問われ、源治は視線を床に落としながら口を開いた。
「みつきちゃんは……五体バラバラの姿で、なおかつ……」
 一度言い淀み、唾を無理矢理飲み込んでから続ける。
「内臓だけが食い荒らされる、といった格好でした。…警察では野犬のしわざではないか、と言っていたんですが、誰も野犬など見かけておらず、遠吠えも聞いた事がありません。村には数匹犬を飼っている家もありますが、全部きちんと綱で結ばれていました」
「禁忌に触れて罰を受ける事は仕方の無い事だが、やはり感情論ではそうもいかん。まして年端もいかない子供が犠牲に遭ったとあっては尚更だ。しかもその一緒にいた子供が『喰ってやる』と言った声をきいているのだろう? 人や血肉に干渉する事が可能という事は鬼に堕ちた、といった処か」
「仲間意識が強い、閉鎖的な村だからこういう事件が起きた…と…今の世とは何気に反対だよな…隣に住んでる人間がどういう人で、ある日いきなり死んでも自分には関係ない…どっちもどっちか…」
 ため息をつきながら言った真名神慶悟の横で、守崎啓斗が話ながら苦笑し、ふと遠くを見つめる。
「村の名前と、その由来など、わかりましたら教えて頂けませんか?」
「村の名前は坂藤(さかふじ)。村のはずれに坂があり、その上に藤棚が昔からある為、そういう名がついた、とも聞いてます。……坂藤は、逆富士、とも書きます」
 言いながら源治は、少し癖のある字でメモ用紙に『坂藤』と『逆富士』と書いた。
「逆さ富士、というと……」
 問うたセレスティは、その言葉に眉根を寄せた。
 その昔、姥捨て山と同じようなもので、湖面にうつった富士の山頂に、養えなくなった老人を沈めた、という話がある。
「何か関連は?」
 慶悟に訊かれたが、源治は小さく首を左右にふった。
「数十年前、土砂崩れがおき、村に残っていた資料は土砂の下にうまりました。それから誰も掘り起こしてはいないようなので、残っては居ません。……それに、とても小さな村ですから、文献も少なく……あえて残してないかのようだ、と私が子供の頃に一度だけ村にやってきた地質学者の人がいっておりました」
「その地質学者の名前は?」
 知っている人だったら何か聞き出せるかも、とシュラインが訊ねると、子供の頃の記憶で名前までは覚えていない、と囁くように答えた。
 自分の村を救ってほしいのに、必要な答えさえ自分は出せない、そういった思いで源治の声は小さくなっていく。
「ぱっとみにはきえたよ〜にみえる。でも…じつはきえてない。《うらみとにくしみ》でね、かくされてるだけ。《つめたくくらい》こころで」
 今までずっと黙ってヒヨリの横に座っていた幼女、寒河江駒子が口を開いた。
 以前はおかっぱ頭に橙色の着物姿だったのだが、神聖都学園の幼等部に入ってからはスモック姿が気に入っているらしく、今日もその姿だった。
「嬢ちゃんの言うとおりだな。行ってみればどこかに綻びくらいあるはずだ。……なけりゃあければいい事だ。とにかく行ってみるか」
 立ち上がった慶悟に、シュラインが声をかける。
「先にいっててくれない? 近隣で調べたい事があるの」
「あ、わたくしも気になる事があるので」
「天薙さんが一緒でしたら、もし入り口が閉じても大丈夫ですね」
「はい」
 セレスティに言われて、撫子ははんなりと笑って頷いた。

 セレスティが用意した車で村のあった場所まで向かう。
「ふっかふかだぁ〜☆」
 一人喜んでとんだりはねたりしている駒子。しかし片道3時間のうちに、シートの上で丸くなって眠ってしまった。
 依頼の内容としては落ち着いてなどいられない状態なのだが、そんな駒子の姿をみるとほほえましくなる。
「あ、あそこの一本杉のところでとめてください」
 舗装されていない狭い道。
 ナビシートに座っていた源治が指さした杉のあたりで道が途切れていた。
 車は音もなく止まり、啓斗が駒子をゆりおこす。
「あれ? もおついたの…?」
 くしくしと目をこすりながら駒子は起きあがり、きょろきょろと車内を見回すと、すでに慶悟とセレスティ、源治はおりていて、駒子が起きた事を確認した啓斗もおりようとしているところだった。
「ふむ……」
 あの辺から先が村でした、語る源治の指した方を見ながら慶悟は顎をつまんで思案顔。
「むりやりこじ開ける事は可能だな」
「どこかにこちらから繋がってる場所があるはず…そこを探して小太刀で空間を切り裂くか…あまり人に見られたくないんだがな…この能力を使ってると人扱い絶対されないし……」
「どうかしたんですか?」
 ブツブツ端の方で言っている啓斗にセレスティが首をかしげる。
「こまこなら《なか》にはいれるけど。みんなは《はいれ》ないよね〜」
 駒子からみると、薄い膜に覆われてはいるが、普通の村の姿が見えていた。
 試しに手を差し入れてみると、すんなりと入る事ができる。
「躊躇している暇はないな。結界を崩すか」
 言って慶悟は結界を崩す呪を手早く仕掛け、呪言を唱える。
「ついでにこの札を持っていてくれ」
 懐からお札のようなものを取り出すと、啓斗とセレスティ、源治に渡す。
「嬢ちゃんは大丈夫だろう」
「うん☆」
 明るく頷いた駒子に、慶悟は笑む。
「これは……?」
 疑問顔でお札を見つめた源治に、啓斗がそっけない声で説明する。
「敵に気配を悟らせないようにするものです」
「敵……」
 いまいち理解していないようだったが、啓斗がそれ以上語る事はなかったので、源治はそれを大事に内ポケットにしまいこんだ。
 そうこうしているうちに何もない場所に村の一部が見え始めた。
 それは段々と大きくなり、人が二人ほど通れるくらいの穴があく。
「目印を残していきますか」
 セレスティは小瓶から水を数滴足下に落とした。
 水は地に吸い込まれ、なにも後を残す事はなかったが、後からシュライン達がくれば発動するようになっていた。
「いこう〜」
 駒子が先頭切って穴の中に飛び込んだ。

 一方セレスティ達とわかれて行動しはじめたシュラインと撫子はそれぞれの場所を訪れていた。
 シュラインは県庁のある街の資料館。
 そして撫子は近隣の街や村を巡っていた。
 待ち合わせの場所、時間を決めて気になっている事を調べる。
「供養ではなく封じ込め、って処置がどうにも疑問ね…それほど恨みの念が当時も強かったとも考えられるけど。あんまりな仕打ちのように感じるわ…」
 膨大な資料の中から参考になりそうなものを拾い出して、シュラインはテーブルの上にそれらを広げた。
「地図くらい、残ってるわよね……」
 航空図から場所を特定し、その周辺の地図を探す。
 するととてつもなく大雑把だが、周辺の地図が見つかった。
「これはちょっと……」
 書いてあるのは坂藤村、という地名と村の隅にある坂藤神社、という名前のみ。
 それをコピーとり、シュラインは事前に源治から聞き出した村の家屋や名前家族構成などを書き込んでいく。
 草間興信所でこういった仕事はやり慣れている。シュラインは流暢な手つきでかきあげた。
「亡くなり方からして火を恐がりそうね……ランタン用意していこうかしら」
 それから濡れ衣を着せられた家族の分の人型を用意して、と呟きながら手早く資料をまとめる。
「被害者家族の名前までわからなかったのは痛いけど……真名神さんがなんとかするわよね」

「久しぶりにお二人に逢いにいっただけなのに……」
 たまたま、で事件に巻き込まれるのは日常茶飯事になりつつある。
 撫子はため息をつきつつ坂藤村から少し離れた村を訪れていた。
「坂藤村での話を伺いたいんですけど……」
「修験僧ねぇ……あー、ずーっと昔になにかあった、ってヤツだね」
 なんだったかなぁ、と老婆は首を巡らせる。
「わざわざ知り合いのつてを頼って呼び寄せた、という修験僧らしくて、ここの村には立ち寄ってはいないはずなんで、よくわからんなぁ」
「そうですか。ありがとうございます」
「そういや最近、村ごと見えなくなっちまったんだが、なにかあったのかね?」
 逆に興味津々に訊ねられてしまい、撫子は苦笑しつつ口を濁しつつ立ち去る。
「?」
 ふと撫子は立ち止まり辺りを見回す。
 いつもなら数体は見えるはずの霊が、全く見えないのである。
「どうしたのかしら……」
 坂藤村のせいかしら……と撫子は村のある方向へと視線を向けた。

「私は少し調べたい事があるので」
 村に入ってすぐ、セレスティが言うと、護衛する、と啓斗が小さく言う。
 セレスティの足は弱い。
 村の地面は整地されていない為、ステッキを使っても歩行は困難。
 ステッキと啓斗に支えられるようにしてセレスティは何かに惹かれるように歩き始めた。
「源治さんは俺から離れないようにな」
「はい」
「んー…」
 とてとてと駒子が歩き始め、じっと空間を見つめた。
「どうした嬢ちゃん?」
「《いる》よ。…みっちゃん。《いる》んでしょ?」
「え?」
 駒子の言葉に源治が眉根を寄せる。
「おいちゃん」
 今度はいきなり自分に話しかけられて戸惑う。
「おいちゃんの《ごせんぞ》がわるいことをしたんだね。なぜそれをしってるの?」
「そ、それは口伝で……」
「うん。あとで《ほんと》をしって《こうかい》して《つらかった》から、おいちゃんたちにもらしたんだよね? なら…おそくないよ。ごせんぞにかわって《ごめんなさい》しよ?」
 純真無垢な瞳で見上げられて、源治は口ごもった。
 それに駒子は首をかしげつつ続ける。
「《りふじん》? うん、おいちゃんたちに《つみ》はないね。でも…《ごせんぞ》の《こころのよさわ》がおこした《あやまち》は《しそん》がつぐなわなければいけないの。《ち》と《とち》をついだもの…それは《ぎむ》」
「義務……」
「そういう《うんめい》に《ちゅうじつ》なひとも《あがらう》ひとも…こまこはしってる。あのひとたちは《きぼうとゆめ》をふみにじられた。とっても《むねん》だったの。…きもち、くんだげてね?」
 小さな子供に諭されるように言われて、源治は何かを噛みしめるかのように口の中で何かを呟いていた。

「大丈夫ですか?」
 啓斗に問われてセレスティは頷いた。
 思ったより足場が悪かった。
 当初は航空写真やら郷土資料などから色々調べようと思っていたが、それはシュラインや撫子がいったので、セレスティはうまってしまって郷土資料から情報を得ようとしていた。
 源治から訊いた場所へ向かい、土塊に触れる。
 そして知りたい事柄だけを念じて、それだけの情報を読みとる。
「もっと大惨事になっていると思ったけど、そうでもなかったみたいだな」
 セレスティが読みとっている間、辺りを警戒しつつ啓斗は呟く。
 想像の中では、鬼のようになった霊が村人をおいかけまわしている、といったものだった。
「……」
 土の下にうまってもうすでに紙のほとんどは分解されて土にかえってしまっている。
 しかし紙に書き記した人の思いは残っているのか、セレスティの脳裏には文字ではなく、映像としてその記録が再現されていた。
 源治が語った事件の記憶。そして供養した方がいい、といった人間と封じてしまった方がいい、という人間との対立。それは勝手に一人の村人が修験僧を呼んでしまった事で終幕される。
 その後村人達はそれぞれに後悔の念を胸に宿していたが、それを表に出すものはいなかった。
 家族の名前は祖父・田島幸秀(たじま・ゆきひで)、父・章久(あきひさ)、母・幸枝(さちえ)、娘・由希子(ゆきこ)、息子・明幸(あきゆき)の5人。
 仲睦まじい家族の肖像画浮かんでくる。
 静かに目を開けたセレスティは、もう一度瞳を閉じて冥福を祈る。
 人が人の命を奪って良い物ではない。
 否、全ての生物は生きていく必要以上の命を奪って良い物ではない。
 人だけだ。むやみやたらに生命を壊し、それを食物連鎖の輪の中にいれないのは。
「大丈夫?」
 啓斗に問われてセレスティは、少し疲れたような顔で、しかし笑みを作った。
「大丈夫です。……はやくこの忌まわしい呪縛から解き放ってあげましょう」
 誰の呪縛、とは言わなかった。

「まずは祠のあった場所の方へ行ってみるか」
 慶悟に促されて、3人は祠へと向かっていった。
「けーちゃん《これ》」
 ふと立ち止まった駒子が地面を指さす。
「…あ、けーちゃんって俺の事か…。どうした嬢ちゃん?」
 瞬間誰の事を呼んでいるのかわからなかったが、ああ、と慶悟は頷いて足下をみる。
 するとそこには奇妙な足跡が。
 30cmくらいありそうな大きさに、指の先にあたる部分に針の穴のようなくぼみ。
 爪が鋭くのびて地面に突き刺さったかのようだ。
「それにね《おかしい》よ」
「何が?」
「《だれ》もいないの。…《にんげん》じゃなくて《せいれい》とか《ようせい》とか《れい》とか」
 言われてふと気がついた。
 一つの事にとらわれて、他の事に注意がむいていなかった。
 確かに浮遊霊の一体や二体、いてもおかしくない場所なのに、そういった気配がまるで感じられない。
「こわくて《かくれ》てるのかな…それとも…」
「……とりこまれたか」
 チッ、と慶悟は舌打ちすると、近くの切り株に源治を座らせ、その周りに結界をはり式神を一体おいていく。
「絶対そこから動かないでくださいね。…いくぞ嬢ちゃん」
「うん」
 慶悟は駒子を脇に抱えると走り始めた。

「ごめんなさい、遅くなったわね」
「わたくしも今ついたところです」
 小走りでやってきたシュラインの目に、撫子が持つ刀が入る。
 みると髪にもなにか光る何かがからみついていた。
 持っているのは御神刀『神斬』。髪や懐にはいっているのは『妖斬鋼糸』。
 和服姿が板に付いている撫子のその姿は、戦闘態勢を感じさせた。
「セレスティ様が目印を残して下さっておりました」
 言われて見ると、撫子の少し前の地面から水が小さな噴水を作っていた。
 『全て』を見通す神眼『龍晶眼』を使い、結界の要を探す。
「ここですね」
 慶悟があけた穴が、まだ綻んでいた。
 そこを見つけると、撫子は一気に刀をふりおろした。
 瞬間、空間に断裂が出来、人が通れる穴ができた。
「本当なら全ての結界を破壊してしまいたいところですが、外に逃げられると厄介ですから、このままにしておきましょう」
「ええ。……急ぎましょう」
 嫌な感じがするわ、とシュラインが言うと、撫子は重く頷いた。

「きゃあああああああああああ」
 小さな村の中。女性の悲鳴が聞こえた。
「けーちゃんあっち!」
 駒子が指をさし、慶悟は右足でブレーキをかけてそのまま体重移動して右をむき、再び走り始める。
「先にいけ」
 式神に命令し、悲鳴の主を守らせる。
「慶悟さん」
 セレスティを背負った啓斗と合流する。
 表だっては高校生だが、啓斗は立派な忍び。
 女性の叫びをきいて、咄嗟にセレスティを担ぎ上げ走ってきた。
 前方をみると山のように大きな、そして鬼のような姿をした化け物が、地面にへたりこんでいる女性に襲いかかろうとしていた。
「あそこだよ!」
 瞬間、慶悟は駒子を放り出すと、禁縛の呪をとなえる。
「うわわわ」
 放り出された駒子は空中で一回転すると、ストン、と音もなく地面におりた。
「大丈夫ですか?」
 セレスティをおろして、啓斗は女性を抱き上げると、慶悟達の近くまで運んでくる。
 しかし女性は気を失ってしまったらしく、反応はない。
「……命の危機によく気を失っていられるものだな……」
 啓斗は感心する。
「結界をはっておきますか」
 セレスティは再び瓶から水をこぼすと、それは女性の周りを取り囲む。
「間に合ったみたいですね」
「……そうでもないみたいだけどな」
「え?」
 走ってきた撫子が言うと、慶悟は化け物の顔を見上げながら呟く。
 それにランタンを持ったシュラインが疑問符を投げた。
「口元」
 短く慶悟は答える。
「……」
 皆一斉にそこをみて固まる。
 化け物の口元にはべったりと血糊がついている。
 絶句しつつも、撫子は髪に巻き付けた『神斬鋼糸』を操り、化け物の周りに結界をはった。
「……途中で出会えた村人は、火の側で休んで貰っているわ。その周りには撫子さんが結界をはってくれたから」
 もう、遅いみたい、だけどね……とシュラインは瞳を伏せる。
「《くるし》かったよね? 《かなし》かったよね? もう《だいじょうぶ》だよ。だれも《いじめ》たりしないから」
 慶悟や撫子によって行動が封じられている化け物に、駒子は優しい声音で語りかける。
「もう《こんな》ことしなくていいんだよ? もとの《やさしい》みんなに《もどって》……」
「真名神さん、これ」
「…お、さすが」
 シュラインが差し出した人形を、慶悟は受け取る。
「名前がわかれば早いんだが……」
 と呟いた声が聞こえたのか、セレスティがメモ用紙に走り書きをして慶悟に渡した。
「ご家族の名前です」
 どこでそれを、とは訊かなかった。ここに集まっているメンバーは、口に出さずとも色々な能力を持っている。そしてそれを一々ひけらかしたりしない。
 言いたくない事もある。語らないなら訊かない方が良い事もある。
 慶悟は短く礼を言うと、人形にかわった文字で名前を書き付ける。
「!?」
 いきなり黒い影横切り、啓斗はそれを持っていた小太刀で切り捨てる。
「これは……」
 化け物の周りを黒い霧が取り囲んでいた。
「これは《れい》の《あつまり》だよ! 《うらみ》の《ねん》が《どうちょう》して《あつまって》きたんだよ!」
「彷徨える魂を救うのが役目。安らかに眠ってください」
 撫子が御神刀を構える。
 それにセレスティも水の防御壁などを築いて応戦。
「ここは俺たちに任せて、家族の浄化を」
 人扱いされないからあまり能力を使っているところを見られたくない、と思っていた啓斗もそれどころではなく。
「私、村人を集めてくるわ」
「こまこもいく!」
 走り出したシュラインの後を、駒子が追っていく。
「とにかく、場を決壊させて、魂が集まれないようにするか」
 源治の元においておいた式神を戻し、六壬式占十二位守護天将全員を呼び出す。
 慶悟が呪言を唱えている間にも、周りで戦闘が続いている。
 浄化の能力のない啓斗は、霊を退ける事は出来るが、成仏させる事はできない。
 啓斗がなぎ払った霊を、片端から撫子が浄化させていく。
 しかし倒しても倒してもきりがなかった。
 この辺りを彷徨っていた霊を全てここに集めたかのように。
 そして慶悟の呪が完成しようとした瞬間、叫び声がきこえた。
 それは懇願するような、悲鳴に似た声。
「もうやめてください!」
 シュライン達が集めてきた村人達。
 それが一斉に集まって叫んでいた。
「ごめんなさい! 許される事ではないかもしれないけど……」
 口々に謝りの事が飛んでくる。
 それに霊達の攻撃もいつしか止み、謝る声だけが暗闇の中、きこえていた。
「……聞こえているんだろう。あの時の村人達はもういない。確かに無念で苦しくて悲しくて、辛かっただろうけど……もう十分やったんじゃないか? そろそろ元の姿に戻ろう」
 淡々と語る慶悟の言葉。その言葉自体にも呪が乗せられる。
 本来呪言は『正しい形』のものが存在するが、古来から言霊とも言われるように、どんな言葉でも思いを乗せれば呪にかわる。
「《むかし》の《みんな》もね、たくさん《こうかい》してたよおもうよ? 《ゆるせ》ないかもしれないけど、《じぶん》たちのために、《もとのすがた》にもどろうよ」
「大丈夫ですよ、ちゃんと送って差し上げますから」
「何もしてやれないが、祈ってやる事はできる」
「皆さんと一緒に」
「次の世で、また家族として生きる為に、ね」
 それは言霊となって化け物と化した家族を包み込む。
 金色の繭が化け物を多い、分散し、地面におちる。
 そしてその金色の繭が消えた後に、5人の家族の姿が残されていた。
『ありがとう……』
 父親らしき男性が語る。
『ごめんなさい』
 子供達二人が頭をさげる。
 その5人に、逆に源治が先頭となって口々に謝る。
「過去の罪を許してほしい、とは言う事はできない……我々ができる、精一杯の事をしたい」
『ありがとうございます…我々は封じられた事により、我を忘れ、自分を見失っていました。……覚えているのは恨みだけ。でも今は違います。こうやって助けて貰えた。それだけで十分です』
「あがりますか?」
 撫子に問われて、全員静かに頷いた。
 静寂が包んだ村の中に、撫子の祝詞の穏やかな声が響く。
 すると空から光が差し込んできて、5人を包み込んだ。
 ゆっくりと5人の姿が消えていく。
 5人は深くをお辞儀をし、光の中に消えていった。

 緊張状態がとけた村人は、その場にへたりこみ。
 そしてその場にいない人に気がついた。
 いなかったのは3人。
 3人は別々の場所で見つかった。1人死亡。後の二人は一命をとりとめた。
 ようやく現実世界に戻った村に、警察が介入してきたが、野犬や熊の仕業、という事で処理されてしまった。
 まさか霊が恨みでやりました、とは報告書には書けないのだろう。
 村の片隅にお墓が作られた。中身は何も入っていないが、供養碑、といったところかもしれない。石には5人の名前。
 そしてその横にはみつきと亡くなったもう一人のお墓が作られた。
『駒子ちゃん、ありがとう。みつき、もういくね』
 村を出るとき、駒子の頭上で女の子が笑った。その後ろには亡くなった人の姿もあった。
「ばいばい、《げんき》でね☆」
 空に向かって手をふる駒子の姿を、みな笑みを浮かべて見つめていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0291/寒河江・駒子/女/218/座敷童子(幼稚園児)/さがえ・こまこ】
【0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女):天位覚醒者/あまなぎ・なでしこ】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【0554/守崎・啓斗/男/17/高校生(忍)/もりさき・けいと】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男725/財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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 初めて&こんにちは☆ 夜来です。
 今回は自分でやった事ながら、難産でした(汗)
 楽しんで……という話ではないですが、何か心に残る印象を与えられれば幸いです。
 啓斗さんはじめまして☆ うまく表現できているかわかりませんが、何かあったらバシバシ言ってやってくださいね。

 それでは皆様にまたお会いできる事を楽しみにしております。