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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


 『MOLD BUSTERS!!』


「う〜ん、今日もいい天気〜」
 因幡恵美は、青い空に触れようとするかのように、大きく伸びをする。手には竹箒を持っていた。
 都内にある古びた館、あやかし荘。
 そのアパートの管理人である彼女は、綺麗になった庭を眺め、満足そうに頷き、移動を始める。
「次は中、っと」
 ここは、アパートといっても、かなり広大な敷地を持っており、それに見合うだけの巨大な館である。
 ただ、通常の家事は人並みだが、掃除だけは達人レベル、という彼女が、こまめに掃除をするため、敷地も館内も、常に清潔に保たれていた。
 彼女はアパートの中に入ると、今度はバケツと雑巾を手に、廊下を掃除し始める。床が磨かれていく様が楽しくて、自然に鼻歌がこぼれた。
 ところが。
 視線が、何かを捉える。
 近寄ってみると、そこにあったのは、薄っすらと浮かんだカビだった。
「あれ?この季節にカビ……?」
 彼女は慌てて管理人室に戻り、カビの除去剤を持って来ると、それに向け吹きかけ、雑巾で強く擦った。黒く汚れた雑巾を見て、顔を大げさに顰める。彼女は潔癖症なところがあるのだ。このあやかし荘に、カビがはびこっていると想像するだけで、ゾッとした。
「ふぅ……」
 とりあえず安心し、バケツの水で雑巾をすすぐと、再び床を拭き始める。
 すると、また廊下の隅に、カビが生えているのを発見してしまう。
「ええ!?何でよ?」
 再度、先ほどと同じことをする。床は、すぐに綺麗に磨き上げられた。
 そこで彼女は、何かを感じたのか、ふと、後ろを振り向く。
 たった今掃除したはずの場所に、またカビが生えている。
「え?嘘でしょ!?」
 恐る恐る周囲を見回した彼女の目に飛び込んできたのは、あちこちに点々と拡がるカビの姿。
 しかも、それは徐々に増えていっている。
 点だったそれは、次第に膨らみを帯びた物体へ――
「嫌ぁ〜!!誰か何とかしてぇ〜!!」
 恐怖のあまり上げた、恵美の叫び声が辺りにこだました。


■ ■ ■


 秋の空は高く、澄み渡っている。
 夜ともなれば肌寒いが、今は燦々と輝く太陽が、過ごしやすい空気を演出してくれていた。
 幾島壮司は、やや下がってきたサングラスを人差し指の先で掛け直し、大きく欠伸をする。
 現在三浪中という浪人生の身としては、やはり勉強はしないといけない。だが、生活費も必要だった。
 昨日も居酒屋でアルバイトをして、自宅に帰り着き、寝たのは明け方。そして今日も勉強とアルバイト。さらに、裏では、あらゆるものを調査する『観定屋』というものも営んでいるので、彼の日常は多忙だった。
 そのため、たまには気分転換も必要だと思い、今は散歩の途中である。普段は通らない道を通りたくて、何となく足を向けたルートは、新鮮で中々面白い。
 今日幾度目かの道を曲がった彼の目の端に、ふと、広大な敷地を持った、巨大な館が留まる。何かの施設だろうか。
 それを横目で見ながら歩き続けていると、前方から、長い髪を赤く染めた、長身の女性がやって来た。黒のパンツスーツを着込み、ベージュのトートバッグを肩に掛けている。
 周囲は他に人もおらず、静まり返っていて、彼女のハイヒールの音が、小気味良く響いていた。
 壮司と女性が、ちょうど館の敷地の入り口ですれ違おうとした、その時。
 悲鳴が、聞こえた。
 二人とも、その声に足を止める。
「何かあったのかな……?」
 女性が呟く。
「わからねぇ」
 そう言うと、壮司は古びて錆の浮き出ている門を開け、館へと向かい、駆け出した。
 女性もついてくるのが、足音で分かる。
 程なくして、館の入り口へと到着する。木造建築のそれには、『あやかし荘』という表札が出ていた。名前からして、アパートなのだろう。
 二人が中に入ると、涙を浮かべながら一心不乱に雑巾がけをしている女性の姿があった。
「おい!あんた、どうした!?」
 壮司が声を掛けると、彼女は我に返り、手を休めて顔を上げる。
「カビが!カビがぁ〜!!」
 目を潤ませながら訴えて来るが、何のことやらさっぱり分からない。
 すると、先ほどの赤毛の女性が、彼女に近寄ると、肩に手を置き、諭すように言う。
「とりあえず、あんた、落ち着きなさい。話を聞くから。ね?」
 その言葉に、少しだけホッとしたのか、彼女は小さく頷いた。

「なるほど」
 壮司は、このアパートの管理人だという彼女――因幡恵美から事情を聞き、周囲を見回す。
 今や積もった埃のようにも見えるそれは、さらに体積を増していっている。
 赤毛の女性は、堂本葉月と名乗った。フランクな性格なのか、恵美とも握手をし、壮司にも握手を求めて来たが、特定の人間以外とは余り深く関わらないようにしている彼は、その手を取らなかった。だが、彼女も、それで特に気分を害した様子はなく、肩を小さく竦め、微笑んだだけだった。
「ついに……ついに出番がやって来たロボ〜!!」
 唐突に。
 戸口の方から声が上がる。
 そちらを見遣ると、奇妙な物体が、飛び跳ねている。
 良く見ると、それは小さなロボットだった。壮司の腰の高さにも満たない。グリーンのボディをしていて、見た目は、まるで、どこかのアニメに出てくるキャラクターのようだ。
「なんだ?コイツ」
「あ、カワイイ」
 壮司と葉月の同時に漏らした声に、ロボットは憤慨した様子を見せる。
「こいつとは何だロボ!失礼だロボ!ロボにはオットー・ストームという、れっきとした名前があるロボ!それにロボはカワイクないロボ!カッコイイロボだロボ!!」
「ま、何でもいいじゃん。この際だから、あんたも手伝って」
 葉月のあっさりとした言葉に、オットーは手でそれを制すと、どこからか茶封筒を取り出す。
「月霞からの企画書があるロボ」
「企画書?誰だよ月霞って」
 壮司の発言は無視し、茶封筒の中に入っていた一枚の紙を広げるオットー。それを読んだ途端、彼の肩がわなわなと震えだす。
「なんじゃこりゃあ〜!ロボ……また変な役ロボ……これが我らの運命ロボ……」
 心なしか泣いているようにも見えるその姿に、葉月はぎこちない笑みを浮かべ、声を掛ける。
「企画書だっけ?何が書いてあったの?」
「あんたには関係ないロボ〜!!」
 オットーは、紙を破り捨てると、廊下をてくてくと走っていく。
「……まぁ、あんなのはほっとこう。とりあえず、俺がカビを解析する。それから駆除に当たるぞ」
 彼の左眼には霊子等を含む、物質の解析能力が備わっている。
 恵美と葉月は、大きく頷いた。

「クラドスポリウム、アルテルナリア、ムコール……」
「どう?」
 解析をしている壮司に、葉月が声を掛ける。
「どれも、一般家庭に広く分布するカビだ。除去剤も、普通のもので構わねぇだろう。だが、やっぱ吸い込んだりはしないほうがいい。マスクと……出来ればゴーグルもあったほうがいいな」
「あ、人数分ありますよ〜」
 恵美が出会った頃よりも随分と明るくなった表情で言う。きっと、安心したためだろう。
 こうして、ビニール手袋をはめ、マスクとゴーグルをつけ、カビの除去剤を持ち、効率を良くするため、モップを手にし、皆でカビの撃退作業に入った。

「うわぁ、皆さんのおかげで、どんどん綺麗になってく!」
 作業を始めて数分。恵美が感嘆の声を上げる。
「ゾンビ〜!ロボ」
 その目の前に、全身カビまみれになったオットーが、手を前に垂らしながら飛び出した。
「嫌ぁ〜!」
「こら!遊んでないで手伝え!」
 葉月のモップが、彼の緑のボディを直撃した。床に倒れ、さらに転げまわってカビを体に擦り付ける姿に、他の三人は溜息をつく。
 そこで、急にオットーの動きが止まった。
「ぬお!カビが!カビがぁぁ!!ぬげぇぇ!!……体が上手く動かなくなったロボ……」
「マジで使えねぇ〜!!」
 思わず頭を抱える葉月。恵美は可哀想に思ったのか、除去剤をスプレーし、オットーの体を丁寧に拭く。
「うぅ……誰かさんと違って、優しいロボ……」
「何だってぇ!?」
 そんな騒ぎがある一方で、壮司は、カビの除去をしながらも、解析を続けていた。
 先ほど恵美は喜んでいたが、実際は、一旦駆除をしても、またすぐにカビが生えて来ているのだ。
 目を閉じて、脳内にカビの分布図を映し出す。
 一見、散乱しているように見えるそれは、しかし、ある一点から放射状に延びていた。
 再び目蓋を開く。
「おい!みんな、こっちだ!」
 その声に、三人が振り返った。

 あやかし荘の裏手。
「ここだ」
 壮司についてきた三人は、それを見て、不思議そうに首を傾げる。草むらに、ポツンと取り残されたように存在する、錆色の円い蓋。
 恵美が口を開く。
「それ、確か、古い水道管か何かだって聞いた事がありますけど……今回のことと、何か関係があるんですか?」
「ああ、この奥にカビの発生源がある」
 そう言いながら、壮司は力を込めて、その蓋をこじ開ける。錆びついていたため、時間は掛かったが、何とか開けることが出来た。
 そこには、ぽっかりと口を開ける穴。
 穴は緩やかにカーブしており、覗いても先が暗くて見えない。
「ここに薬剤を流し込んでもいいんだが……それじゃ、確実とは言えねぇ」
「それに、人間が入るには狭すぎるよねぇ」
 壮司に続いて言った、葉月の言葉に、皆の視線が自然と一点に集中する。
「ろ、ロボは嫌ロボ!ロボの能力は『世界の中心で脇役です』ロボ!脇役は、脇役らしく――」
「うだうだ言ってないで、さっさと入んなさい!」
「ほげぇぇぇ〜!!ロボ〜!!」
 葉月の放った蹴りで、哀れ穴の中に吸い込まれていくオットー。
 それから待つこと暫し。
「遅いですね……だいじょうぶかなぁ……」
 恵美が心配そうな声で言う。
「あはは。大丈夫だって!……多分」
 責任を感じているのか、葉月の声は幾分小さい。
(ん……?)
 壮司は微妙な違和感を感じ、眉を顰めた。
「いや、何かあいつ、発生源とコンタクトを取ってるみてぇだ」
「コンタクト?」
 その言葉に、他の二人の声が重なる。
「ああ……って戻ってくるな。とりあえず、除去剤準備」
「了解」
「は〜い」
 壮司の手振りに、二人は素直に従った。
「いや〜何もなかったロボ〜」
 穴に突き落とされた時とは打って変わって、明るい声音で這い戻ってくるオットー。だが、両手が、不自然に閉じられている。
「――というわけで、ロボは帰るロボ〜」
 そう言って走り去ろうとする彼を、葉月が足先で止めた。そして、不気味なほどの猫撫で声を発する。
「オットーちゃ〜ん。手の中にあるもの、出してくれるかなぁ?」
「な、何を言っているか分からないロボ!!ロボは何も持っていないロボよ!?」
 狼狽するオットーに、にじり寄る三人。
「オットー。もういいカビ」
 突然上がった甲高い声。
 その主は、オットーの手の中から抜け出ると、ケタケタと耳障りな笑い声を立てた。
 小石ほどの大きさの、様々な色が、気味悪く入り混じった球体。毛糸玉のようにフワフワした表面を揺らしながら、空中を漂っている。
「我輩は、カビ大王カビ。世界征服をする前に、お前ら全員カビまみれに――」
「駆除」
 カビ大王が台詞を言い終わる前に放った壮司の言葉で、三人から一斉に駆除剤が散布される。
「カビぃ〜」
 見る見る縮こまっていくカビ大王。
 やがて、その姿は、空中に溶けるようにして消えた。


 何度も礼を言う恵美に別れの挨拶をし、壮司と葉月は、あやかし荘を後にした。
「今回のこと、記事にするね」
 去り際に言った、フリーライターだという葉月の言葉に、壮司は「無駄だと思うけどな」と返した。
 彼女は、怪訝そうな顔をしていたが、やがて笑顔で手を振って背を向ける。
 記事には、なるかもしれない。
 だが、そこに壮司の名前は出てこないだろう。
 彼の持つ、『左眼』にコピーされ、現在ストックされている特異能力は、『グレイ・リトル・マン』の能力。
 それは、誰の記憶にも残らない、という能力だ。
 先ほど、葉月以外の二人にも、能力を発動させておいた。
 即ち、壮司は今回、存在しなかったのと同じ。
「ああ、バイトの前にひと働きしちまった」
 天に向かって大きく伸びをする。
 水彩画のように滲んだ夕焼けが、やけに綺麗だった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【3275/オットー・ストーム(おっとー・すとーむ)/男性/5歳/異世界の戦士】
【3950/幾島・壮司(いくしま・そうし)/男性/21歳/浪人生兼観定屋】

※発注順

■NPC
【堂本・葉月(どうもと・はづき)/女性/25歳/フリーライター】

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■         ライター通信          ■
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初めまして。今回は、発注ありがとうございます!まだまだ新人ライターの鴇家楽士(ときうちがくし)です。
今回がゲームノベル三作目になります。お楽しみ頂けたでしょうか?

■幾島・壮司さま
ええと……最後は、『グレイ・リトル・マン』さんの能力を利用させて頂き、葉月たちの記憶を消したのですが、大丈夫でしたでしょうか?
それから、『浪人生』とは書かれていますが、予備校についての記述がなかったので(他のライターさんの作品では、予備校に通っているものもありましたが……)、迷った挙句、独学とも予備校生とも取れる表現に致しました。
能力が、凄くカッコいいですね!
でも、コメディー路線になってしまったので、あまりカッコよく表現できなかったのが残念です。

尚、それぞれ別視点で書かれている部分もあるので、今回登場して頂いた、他のキャラクターさんの納品物も読んで頂けると、話の全貌が明らかになるかもしれません。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。