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<東京怪談ノベル(シングル)>


FORSAKEN

 人外の者を倒すのは、正しい事だと思っていた。
 そのために自分達は選ばれたのだと…そう、思っていた。

*****

「よ。今日はお前が隊長だってな」
 ぽん、と肩を叩かれて振り返ると、そこには見慣れた笑顔があった。黒々と健康そうに日焼けした姿に、男臭い笑みは良く似合う。
「ああ。まあ、こう言うのは順番だから…」
 つい言い訳めいた言葉になったのを、敏感に感じ取ったらしい。ふっ、と大袈裟な笑みを漏らし、がしっと肩を掴む。
「何気遣ってんだよ。気にするなって。今日は補佐だが、俺もお前も、少人数グループリーダーだけで満足出来るタマじゃないだろ?」
 同期入隊で、今の所階級は同じ。
 藤原槻椰と同じく、通常の自衛官とは違い、ありえないセクション――『人外の者』への牽制と対処を行う部署で働く隊員であり、槻椰と何度も組んで対処にあたった戦友が大きく口を開けて笑う。
「ま、宜しく頼むよ、隊長殿」
「…やれやれ」
 肩を竦める槻椰。にやにやと笑っていた友人が、ふと声をひそめ顔を寄せた。
「それにしても『上』もおかしな事すると思わないか?…今日の部隊の事さ。いくら有望株だからって、まだ実践経験の無い新人達をいきなり送り込むってのも乱暴な話だ」
「自分達だって最初は未経験だったじゃないか。それを導くのが私達の仕事だろう?」
「はいはい。真面目だね槻椰は相変わらず」
 相棒がお前だから、真面目にならざるを得ないじゃないか。
 そう言いかけて口を閉ざし、そして今日まで共に訓練を繰り返してきた今日の部下の顔を眺めた。
 皆、気負っている。初めての実践だから無理も無いだろうが――自分はどうだっただろうか?ふとそんな事を思いながら、点呼をかけて移動車両に飛び乗った。

*****

 ――戦力を分散する。
 一番拙い方法に身を置いてしまった事に気付いたのは、初めて『人外の者』を目の当たりにした部下達が気負い過ぎ、それぞれ別の方向へ深追いしてしまった後の事だった。
「事前に立てておいた作戦が台無しだ。戻ったら反省会だな」
 樹海と言っていい程広大な森の中。もう、走って行った部下達の姿は見えない。
 舌打ちした槻椰が友人が背負っていた通信機を降ろさせ、回線を開く。
「作戦を直ちに終了、一度引き上げる。合流地点は変更なし。繰り返す…」
『ザ…ザザ…隊ちょ…追いつかれ…あ…あぁあああ…』
 槻椰の元へ、最初の通信が届いたのは、その僅か数分後。

 そこからが、
 地獄の始まりだった。

「どうした!?返答しろ!」
 通信マイクに向かって怒鳴りつけること、数度。ぶつぶつと何か呟くような声が聞こえたきり、最初の通信者の声は途絶えたままだ。
 他の者からの通信も来ないまま、じりじりするような時間だけが過ぎていく。
「反省会を開くには遅すぎたか?」
「――ちっ!」
 言葉とは裏腹に、酷く固い友人の声を聞き、大きく舌打ちを漏らす槻椰。
 作戦指示の仕方が悪かったのか、それともやはり早過ぎたのか。
 敵は想定されていたよりもずっと強いらしい。
『――…ません…すみません…すみません……』
「っ!?今どこにいる、答えろ!」
 不意に入ってきたのは、最初の部下とは違う声。虚ろな声で延々と謝る様子が聞こえて来るが、向こうは通信ボタンを押したままらしく、槻椰の声が届いている様子は無い。
『ません――すみません……すみ……』
 ぶつん。
 声は続いていたのに、別の方面から力が入ったもののように、急に音が途切れてしまう。
 すぅ、っと身体が冷えた。
「――槻椰」
 肩に置かれたのが手だと分かるまでに、少し時間が掛かる。
「お前は、隊長なんだ。落ち込んでる暇なんか無いぜ?」
 ぐっ、と肩を掴む手に力が篭り、顔をしかめてから上を見上げ、
「ああ」
 そう、大きく頷いた。
 ――そして、他の部下の合流を待つ事無く、分け入った森の中では、顔の判別も付かず…いや、それどころか身体の一部が欠けている、元部下の姿を見ることになる。
「……っ」
 千切れた手に握られた、通信機の欠片。
 彼らにとって不幸な事に、捜索するには、この森はあまりにも深すぎた。

*****

 どの位走っただろう。
 もう、耳に入った悲鳴も目にした身体の一部も、幾つ目なのかはっきりしない。
 ――ここまでの敗北は初めての経験だった。
 そして…彼らに襲いかかって来た『モノ』の凶暴さにも。
「参ったなこれは。最初の報告が間違ってたんじゃないか?新人を鍛えるには丁度いいなんて調子良い事言いやがって」
 殊更に明るく声を上げる戦友も、既に予備の弾も撃ち尽くし、最後の拠り所となるナイフを手に、槻椰と背中合わせになるように動いている。槻椰自身も、銃は既に捨て去り、装備はと言えば無骨なナイフのみ。
 そんなものは、人間相手にだって対等に渡り合えるか分からないシロモノなのに、ましてや相手はこの森に迷い込んだ者を狩り、その恐怖をも喰らう…そんな存在。
「生きて帰りたければこの森を抜けるしかないが…通信は相変わらず通じないままか」
「ああ。磁場か何かの影響で全く通じやしない」
 砂嵐めいた音が流れるだけの、用を成さない箱と化した通信機。通じさえすれば、外部へ連絡を入れて救援を要請するのだがそれも叶わず。
 通じたからといって果たして間に合うのか…そんな嫌な予感もふっと頭をよぎったのだが、それ以上は首を振って考えないようにし。
 ――その時、かさり、と背後から音がした。
 ばっ、と身構えながら振り返る、その目には、棒立ちになっている部下の姿。…確か、今回一番の若手だった。意気込みも一番強く、今回分散してしまったのも、この若者が真っ先に駆け出して行ったからで。
「…無事だったか。何度も連絡したのだが、返事はしたのか」
「……ぅ…」
 返事は、無い。小刻みにゆらゆらと揺れているばかりで、槻椰が大声で部下の名を呼ぶ。
「…う…う、ふ、ふふふ……うふふああははははははは!!!」
 槻椰の声で、スイッチが入ったように。
 突如大きく口を開けて虚ろな、大きな笑い声を上げた部下が、くわ、と目を見開いて、手に持ったナイフを槻椰へと向け。
「っ!?お前はっ!?」
 今日、一緒に来た部下の1人。それが、錯乱したかナイフを手に真っ直ぐ槻椰へと飛び込んで来る。
 一瞬の隙。それは確実に命を絶つには、十分すぎる時間だった。
「槻椰!」
 ガッ、と嫌な音が辺りへ鈍く響き渡った。――ざわ、ざわ、と森がざわめく。
「……おま、え…」
 刺された筈の自分の身体…だが、そこには何も無く、その代わりずしりと掛かって来る重みは、たった今まで隣にいた戦友の背中。
 その2人の目の前で、ずる…と滑り落ちた部下の身体は――そのままぺしゃりと水っぽい音を立てて、潰れてしまった。まるで、ゴム製の人形のように。戦友のナイフが走った跡か、ぱっくりと開いた皮の中身は、見事に何も残っていなかった。…骨すら。
「着ぐるみにやられたとあっちゃ、情けねえ限りだな……っつ」
 『中身』はどこにいったのか、そんな事を思う間も無く、友人の身体がどんどん重くなっている事に不安を感じ、抱きかかえて前を見る。
 ――友人の前面は真赤に染まっていた。その中心にぽつんと生えているのは、サバイバルナイフの柄。
「何で庇った!!お前なら避けられただろう!?」
「へ…っ。部下が、隊長見捨てて、どーすんだ、って…」
 か、はっ、
 咳き込んだ口元までが真赤にそまり、ぷん、と強い鉄サビの臭いが鼻についた。
「おまえ…おまえ、は、しぬなよ」
 手の中の。
 大事なぬくもりが、少しずつ消えて行く。
 消えて――
 うふふ。
「――!?」
 背後から、いや、前から、横から、上から、『何か』が近づいてくるのが、否応無く分かってしまう。そう…もう、獲物は1人きりなのだから。たった、ひとり。
 槻椰ひとり。
 うふふふ…
「く、くそっ」
 手に持つは、自分のナイフ。さっきからずっと握り続けているためにほとんど指の感覚が無くなり掛けている。
 それでも、こんな立場に追いやった敵を――仲間を、親友を殺した敵を許すわけにはいかなかった。
 それが無謀と分かっていても。

 目の前に、ぼやりと白い影が立つ。
 それは、泣きながら笑う、白い、

 うふふ――

「おおおおおッ!!」
 勢いを付け、腰だめにして身体ごとぶつかっていく。そんな行動が、相手にとって効果があるのかどうかなど、もう頭からは吹き飛んでいた。
 そこにあったのは、仇を取りたいと言う思い、そして、相手を憎いと思う心。
「おおおおおおおッッ」
 手応えは、あったのだろうか。
 気付けば――嫌な感覚はすっかりと消え去り。
「う、あ…うあああああああああああああああああっっっっ!!!!!!」
 断末魔に等しい、槻椰の血を吐くような悲鳴が、ざわざわと森の葉を鳴らしていった。
 幾多の遺体を中へ抱え込んだまま――。

*****

 バババババババ…
「隊長。ヘリが目標空域内に到達しました」
 まどろみのような思い出から覚めると、待ちに待った報告が部下の口から発せられた所だった。
「ご苦労だった。――いよいよだな」
 見ているか?
 今の私を見て、お前は笑うだろうか。それとも、蔑むだろうか。
 そんな気分になったのは、つい先程まで思い返していた過去のせいだろう。自分でも似合わないと、表情には出さず内心で苦笑を漏らす。
 ヘリのローター音は消しようが無いが、ほとんどの人間は空に何が飛んでいようと気にする事は無い。尤も、新月闇の雲に、カムフラージュ塗装した戦闘ヘリを追随するように飛ばしているため、どこにヘリが飛んでいるのか気付く者もいないだろう。
「目標地点への計算は?」
「事前情報と多少の食い違いはありましたが、目標地点へのルートに障害物はありません。いつでも発射可能です」
「よし」
 眼下に広がる、無数の光。それらは闇の存在を知ろうともせず、安穏と生きている人々の数だけ存在するように見える。その影でどれだけの人外による犯罪が起きているのか、どれだけの者が放置され続けているのか…。
「本日2200作戦開始。目標地点――」
 網の目状になっている東京の交通網の中でも、特に車の通りが多く、そして他の道路へと複雑に絡み合っている場所へと狙いを定め。
「――発射」
 ボタンは非常に軽く、あっけないほど簡単に指の力で押し込まれ。
 そして、ヘリに積まれていた一基のミサイルが長く尾を引いて飛んで行く。あらかじめ用意してあった、ダミーの時限爆弾と、大量のガソリンを積んだ爆破用の車へと。
 あと少しで、派手な花火を打ち上げてくれるだろう。
 その時は…。
「さあ、はじめようか…」
 結果は見るまでも無い。
 ヘリを現場から遠ざけながら、ふ、と小さな笑いを浮かべる槻椰。

 気に入ってもらえるだろうか。
 堕落しきった世界へ贈る、最初のプレゼントを。

「――全ては、これからだ」


-END-