コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『 彷徨う鎧武者 』


「はじめまして。草間探偵事務所所長の草間武彦です」
 草間はソファーに座ると、依頼者に手短な自己紹介をした。
「どうも。私は北条家の執事である立川健吾です。実は今日は折り入って頼みがありまして、参りました」
 立川の重い声に草間はソファーに座りなおして、腿の上で両手を組んだ。
「どのような依頼でも」
「はい。実はあなたに説いてもらいたい怪事件があるのです」
「怪事件?」
 草間は眉間に皺を刻み、それを意にも介さずに立川は口を開いた。
「北条家は名高い剣法家の家柄でして、これまでにも幾人もの有能な剣士を輩出してきました。その開祖である北条彰人は関ヶ原の合戦において農民の出でありながらも、自らが編み出した北条流剣法で百人斬りの偉業を成し遂げ、その百人目たる名のある武将の首を持って彼は農民から武家となりました。しかし彰人がそれで己が強さに満足する事はなく、彼は家督のすべてを自分の弟に譲り、剣を極める旅へと出たのです。その後の彼の消息はわからず、ただ言い伝えでは彰人は旅の途中で肺の病にかかって死んだと。それが北条家の歴史です」
 立川はお茶を飲み干すと、大きく息を吐き、そして続けた。
「そして時は現代へと移り変わります。北条家には、北条亜紀というお嬢様がいたのですが、しかし彼女は女だてらに剣の才に恵まれ、数週間前に当主様をお倒しになられました。ですがその頃から北条家に不可思議な事が起きはじめたのです。北条流剣法開祖である北条彰人の鎧が夜な夜な動き始めたのです。何故、今になって北条彰人の鎧が動き出したのか? それを解明してくださいませんか?」



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


「自称ハードボイルド探偵、しかしそんな姿を見せたらもう、誰にもそれを自称だとしても口にはできませんね」
 セレスティ・カーニンガムは口元に軽く握った手をあててくっくっくっくと笑った。
 そんな彼を草間武彦は恨めしそうに半眼で見据えて、
 零は兄の膝の上のスノードロップの花の妖精の口に嬉しそうにフォークで切ったケーキの欠片を運んでいる。
 セレスティの隣の綾瀬まあやは、ただ紅茶を口に運びながら肩を竦めていた。
「それで今回の事件もまた例に寄って?」
 セレスティがそう訊くと、草間は苦笑を浮かべながら頷いた。
 探偵小説の主人公のようなハードボイルドな探偵を目指す彼としては怪奇探偵と頼られる自分は複雑であったのであろう。しかしまあ、それでも彼が今回のように怪奇事件の依頼を請け負ってしまうのは、彼が優しいからで、
「そういう彼の助けになってあげたいと想ってしまうのですよね」
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
 薄く形のいい唇で微笑を形作りながらセレスティは草間に顔を横に振り、草間は溜息を吐いた。
 そして草間は珈琲で唇を湿らせると、今回の北条家の事件について口にした。
 スノードロップは零が連れて行ったので、シリアスな空気は壊される事は無く、それにまあやはどこかほっとしているような表情を浮かべながら隣に座るセレスティに視線を向けた。
 セレスティは先ほどからずっと形の良い顎に手を当てながら瞼を閉じて何事かを考えていて、そして大理石を削って作り上げた彫像かのように微動だにしなかった彼は、閉じていた瞼を開けて、ほぼ視力の無い青の瞳に真正面に置かれたソファーに座る草間を映した。
「まあ、事の真相はあなたのお話を聞いてだいたいはわかりましたが、これは小説に出てくる安楽椅子の探偵のように推理した殺人トリックとそれを持ちえて殺人を犯した犯人の名前を口にして、はい、それでお終いという訳にはいきませんので、ですから私が直に北条家に赴く事にいたしましょうか」
 そしてセレスティはステッキにかけた手に力をこめて、ソファーから立ち上がった。



 +++


 北条家は昔ながらの日本家屋と広大な敷地とを持つ素封家であった。
 北条流剣術の道場は日本各地にあり、その会員数も剣術会ではトップで、そしてその頂点に立つ北条亜紀はしかしまだ17歳の小娘であった。
「ふぅー」
 庭の池の横で竹刀を振る亜紀。彼女の左隣には池があるのだが、しかしその池にいる鯉たちはすべて亜紀が居る方の反対側に居た。
 ――――まるで彼女から逃げるように。
「凄いですね」
 その声は朝の澄んだ空気の中で、凛と響き渡った。
 まだ朝の5時。ようやく日が昇り、空が白み始めた世界でまるで二人きりかのように見詰め合う彼女と声の主。
「何が凄いのかしら? ってか、花も恥らう乙女にそういう事を言うのは失礼なんじゃないのかしら? 凄い、ってのは女の子に言う言葉じゃないですもの」
 おどけたように肩を竦めながら投げやりのように言うその少女はどっかの誰かさんを連想させて、声の主はくすくすと笑ってしまい、
 亜紀は顔を真っ赤にして半眼で声の主を睨み据えた。
「随分と失礼な人ね。人の事を凄いと言ったり、それにあなた、住居不法侵入じゃなくって?」
 びしぃっと竹刀の先を声の主に突きつけて、亜紀は半眼の眼をさらに鋭くさせた。
 声の主は軽く肩を竦める。
「これは失礼しました。私はセレスティ・カーニンガムと申します。凄い、と言ったのは、あなたが鳥肌が立つような殺気を流していたので。それと私はれっきとしたこの北条家の客人ですので、住居不法侵入には当たらないかと」
 セレスティは銀糸のような髪に縁取られた顔に温和な笑みを浮かべて、睨めつけてくる亜紀の鋭い視線を受け流した。
 亜紀はそんな彼の様子にふぅーっと溜息を吐き、汗で額に貼りついた前髪を左の人差し指で掻きあげながら肩を竦めた。
「ああ、そう。じゃあ、あなたが立川さんが依頼した探偵さんなの?」
「の、友人です」
「そう。それであなたはこの北条家に毎夜彷徨い出る鎧武者…北条彰人の亡霊を諌める事ができるのかしら?」
 亜紀はくすりと笑った。
「随分と楽しそうですね」
「それはそうよ。だってあたしはあの戦国の世、関ヶ原の合戦において百人斬りの偉業を成し終えた先祖、北条彰人と剣を交じあえる事ができるのかもしれないのよ。それはものすごくあたしにとっては魅力的だわ。強さとは何か? 剣士としては三流である父なんかよりも、それが例え亡霊でも北条彰人と剣を交じあえればわかるかもしれない」
「なるほどね」
 セレスティは頷くと、今度はその顔を小さく傾げさせた。
「しかし、強さを知って、ならばその先にあるのは何ですか?」
「はい?」
「ですから、あなたは強さを知る、その強さの向こうに今度は何を見ようと言うのですか?」
 セレスティがそう問うと、亜紀は後ろで腰まである髪を一つにまとめていたリボンを解き、気だるげに頭を横に振ると、言った。
「さあ、知らないわよ、そんな事は。それにそれは、強さとは何かを悟ってから考えるものだし、わかる事だわ。でもね」
「でも?」
「でも、あたしはその手に入れた強さを嘆く事の理由にする真似はしないわ。例えばあたしは父親を倒した。それだけの力を手に入れるためにしてきた努力。払った犠牲。それを嘆く理由にはしない。そしてそれで壊れたモノを嘆かない。それがあたしの手に入れた強さへの責任ですもの」
「なるほどね。やはりあなたは彼女に似ている」
「彼女?」
「そう、私のワトソンですよ」
「ワトソン?」
 小首を傾げた亜紀は、ふぅーと溜息を吐くと、くるりと身を翻した。
「まあ、いいわ。だけどセレスティさん。せっかくだけど、あなたは出番は無いと想う。鎧武者は今夜こそ、あたしが倒すから」
 そして彼女はその場から立ち去っていった。
「やれやれ。元気の良いお嬢さんだ。ですが、今、彼女が落ちてしまっている深い竪穴から這い出た時は、その時は確かに見ものかもしれませんね、彼女は」
 鯉が悠然と泳ぐ池に目をやって、セレスティは小さく溜息を吐いた。



 +++


 きつきつに巻かれたさらしを外して、亜紀は小さく溜息を吐いて、そして苛立たしげに髪を掻きあげながら舌打ちをした。
 肌に触れる浴室の空気はひやりと冷たく、早朝稽古の素振り千回をして火照った体には気持ち良かった。
 蛇口を捻り、ノズルから迸った熱いシャワーの湯。浴室はあっという間に白い湯気に覆われ、頭から首筋、鎖骨、腕、指先、胸、腹、腰、太もも、足の指の先から伝い落ちる湯はそのままに亜紀は薄く形の良い唇をわずかに開いて吐いた溜息で、白い湯気を震るわせる。
 俯く彼女の視線の先で湯は排水溝へと流れていく。それを見ながら亜紀は今、思考のほとんどを占領する強さとは? という疑問が解決すれば、この胸のもやもやも消えるのだろうかと想った。
 その強さとは? という疑問は幼い頃から持っていた。初めて竹刀を手にした時から、茫洋な痛みとして胸にはあったのだ。
 ――――13年間、考え続けてきた事。
 それを知るためにがむしゃらに稽古をし、剣の腕を磨いてきた。しかし、剣の腕を磨けば磨くほど、その答えはこの浴室を満たす湯気のように、心の白い靄の向こうに行ってしまう。
「ひょっとしたら、答えなど無いのかもしれない」
 白い湯気を揺らして、亜紀は呟いた。
 そう、きっと自分が抱くこの強さとは? という疑問は北条という血に刷り込まれたモノなのだと想う。
 だから北条彰人も百人斬りなどという偉業を成し遂げながらも、さらに旅に出たのではなかろうか?
 であるなら、今の剣士とはかけ離れた気力と力を持つ武士たちを百人以上斬り殺した彰人でも見つけられなかったそれを、亜紀は自分が到底見つけられるとは思えなかった。
 いや、ひょっとしたら、だから北条彰人は出てきたのかもしれない。
 亜紀は小さく溜息を吐き、迸るシャワーの湯を止めた。



 +++


 北条家の敷地には道場が三つあり、東の道場と西の道場は、門下生の指導のために使われており、北に置かれた道場は北条家の人間と北条流剣法免許皆伝された者だけが使える神聖不可侵な道場とされていた。
 その北の道場にセレスティは足を踏み入れ、厳かで神聖な空気が漂うその道場の真ん中で北条流剣法の型を忠実に木刀で再現している北条彰を静かに見つめていた。
 セレスティと、それと道場の下座に正座して座る立川健吾に見つめられながら北条彰は、ずん、と鋭い突きで終わるその型を打ち終えると、静かに視線を道場の入り口の傍らに立つセレスティに向けた。
「調査の方は進んでおられますかな、セレスティさん」
「ええ、まあ、ぼちぼちと」
 肩を竦めながらセレスティはそう言い、そして視線を上座に置かれた鎧に視線を向けた。
 彰もセレスティと同じ方に視線を向けて、そして頷きながら口を動かせる。
「そう、あれが件の鎧ですよ。夜な夜な、あれがこの北条家の敷地をさ迷い歩く。幾人かの門下生がそれを見て、そしてそれと手合わせをして、倒されております。やはり亡霊なのでしょうな。北条彰人の」
「それであなたは北条家当主として、その北条彰人の亡霊を打ち倒すおつもりなのですか?」
「ふん、北条家当主、と言っても、名目上だけですがね。数週間前からはそれまで以上に」
 セレスティは視線を彰に向けた。
 しかし彰の言葉は、ともすれば自虐的で、ひどく投げやりな物だが、でもそう言う彼の顔に浮かぶ表情はとても晴れやかな…どこか、悟っているという感じであった。
「農民の出でありながら、あの関ヶ原の合戦において百人斬りの偉業を成し遂げた北条彰人。その剣の才は尋常な物ではなかったのでしょう。そしてその強さは北条の血に脈々と受け継がれて今日に至っている。亜紀の剣の才もまた北条の血故に。北条という血の性なのでしょうな、強さを…死してもまた尚、強さを追い求めるのは」
「そうでしょうね。故に先代の当主はあなたを娘婿に選んだのでしょう」
 セレスティがさらりと言ったその言葉に立川はぴくりと肩を震わせたが、しかし彰は意に介さなかったようだ。
「確かに私には剣の才は無いですからな」
「ですがあなたはそれでもお強い。北条流剣法の上に立てるぐらいに」
 セレスティと彰は見詰め合った。
「私は、亜紀嬢がどのような答えを己の抱く疑問に出すのかがものすごく楽しみなのですよ。北条彰人氏が追い求めた強さもまた強さではあるが、あなたもまたあなたの強さを持つ。その二人の遺伝子を持つ彼女が選ぶ道が、今後の北条流剣法の行く末を決めるのでしょうね」
「ふん、なるほど。セレスティさん。あなたはもう既に答えをお持ちのようですね」
 彰はこくりと頷き、そして立川に視線を移すと、
「今朝の稽古はこれで終わりだ。君に今日見せた型を今後は覚えていってもらう」
「はい」
 彰は立川にそう言い終えて、道場を後にし、立川は去っていく彼の背に正座をしたまま頭を下げた。
 そして立川は横に置いておいた木刀を手に持つと立ち上がり、先ほど彰が打っていた型を打ち始めた。
 それを見つめながらセレスティは小さく呟く。
「血と厄介なモノですね。人間は否応が無くその血に縛られる。血などという物は誇大妄想でしかないのに」
 しかしセレスティのその言葉が立川の動きを止めさせた。
「血が誇大妄想? それは一体?」
「人はその身に流す血に異常に執着します。それを関係無いと突っぱねても、結局はその心の態度がもう既に血という物に縛られている結果なのです。人は己が身に流れる血…血脈に異常に安心したり、または恐怖したりしますが、しかし結局はそれはただの遺伝子でしかなく、遺伝子とは身体を形作るための設計図でしかありません。それ以上でもそれ以下でもないのです」
「ならば亜紀さんが追い求めている疑問の答えとは…」
「そこに答えがあるのでしょうね。彼女は今は目隠し状態。しかしその目隠しを外す事ができたのなら、答えはおのずとわかるのではないのでしょうか」
 セレスティは立川に穏やかに微笑んだ。



 +++


 北条家の敷地内には蔵がある。
 その蔵の横に植えられた大きな紅葉の木の下で、きゃっきゃっと騒ぎながらお手製の小さなたもでひらひらと落ちてくる紅葉を、「紅葉狩りでし♪」と採っているスノードロップはあえてほっといて、セレスティは蔵の中から出てきた少女に視線を向けた。
「それはまた随分と物々しい刀ですね」
 セレスティは肩を竦めた。
「この刀は、北条彰人が関ヶ原の合戦の折に使った刀よ。もちろん、百人斬りなどという行為のせいで刀の刃は潰れ、彰人と共に関ヶ原から帰ったこの刀は、人を斬る道具ではなくただの鈍器と化していたらしいわ。だけどそれを北条彰人の弟、つまりあたしの遠いお祖父さんは、打ち直した。そしてこの蔵の下に収めておいたのよ」
「なるほど。凄まじい気だ。見てるだけで、胸がムカついてくる」
「そりゃあ、百人以上もの人の血を啜った剣ですものね」
「それで北条彰人氏と戦うと?」
「ええ」
「ですが…」
「ですが?」
「あなたの下にはおそらくは北条彰人氏は現れはしないでしょう」
 セレスティがそう言うと、亜紀は鋭く彼を睨んだ。
「あたしはこの北条流剣法一の使い手よ。あたしが当主である父を倒してから、北条彰人の亡霊は彷徨い出るようになった。ならばあたしの強さに惹かれて、彼が再び現れたと想わない? なんせ彼は強い相手と剣を交えるために、旅に出て、その想いも半ばに死したのだから。だったらあたしがこの剣で彼を打ち滅ぼしてあげるのが、供養。そしてあたしはそれによって答えを見つけるのよ」
 彼女はくすりと笑って、そしてその場を立ち去っていった。
「中々にパワフルな女剣士さんですね」
 木にもたれながら話を聞いていた綾瀬まあやは、くすりと笑った。そのくすりと笑った表情が、北条亜紀とやはり似ていると想った事はセレスティはあえて口にはしなかったが、代わりに疑問に想った事を口にしてみた。
「まあや嬢はあーいう彼女はどうですか?」
「………」
 何かを訝しむような表情で半眼でセレスティを見守るまあやだが、右の人差し指でぽりっと頬を掻くと、
「まあ、嫌いではありませんね、あーいう感じの人間は。寧ろ気持ちいいのでは?」
 しれっとした感じでそう言う彼女にセレスティはぷぅっと吹きだして、そのままくすくすと笑った。
 どうやら彼女は同類嫌悪はしないタイプらしい。
 そんな彼を半眼で眺めていたまあやだが、何かを思い出したようにぽんと手を叩いた。
「ところでワトソンってなんでか?」
「ワトソン?」
「ええ、あたしが彼女にセレスティさんの調査の助手よ、って言ったら、そしたらああ、あんたがワトソンか、って、言われたもので」
「ああ、まあ、秘密です」
 セレスティはにこりと笑って、そう言った。



 +++


 丑三つ時。
 道場の窓から見える夜空には触れれば切れそうなぐらいに細い下弦の月が輝いている。
 亜紀は北条彰人の鎧の前に正座して、それが動き出すのを待ち続けたが、しかしそれはまったく動く様子を見せなかった。
「今夜は動かないつもり、北条彰人よ?」
 その時、一陣の強い風がごぉーっと吹いた。
 そして窓から入ってきた葉が亜紀の視線の先に来て、それがほんの一瞬だけ彼女の視界を遮って、その葉が落ちた時、
「な、なにぃ?」
 そこには鎧は無かった。



 +++


 同時刻、立川健吾は眠れぬ夜を過ごしていた。
 朝、セレスティが言っていた事をずっと考え、そして今も考えているのだ。
「血が誇大妄想。ならば亜紀はこの北条の血から逃れる事はできるのかもしれない」
 彼は呟いた。
 しかしばっと彼が上半身を弾かれたように起き上がらせたのは、その呟いた事が原因ではない。庭の方から鋼と鋼とがぶつかり合う音が聞こえたからだ。
 立川は、布団を飛び出して、庭の方へと走った。
 寝室に入る前に戸締りは確認したはずだが、縁側の雨戸が開いている。
 そしてその開いている縁側の雨戸の間から庭を見れば、夜の帳が降りた庭に立つ者たちが視界に飛び込んできた。
「彰さま。それに」
 彼は絶句した。北条彰の前に居るのは北条彰人の鎧だ。
 鎧は夜のしじまを打ち壊し、がしゃっという重い音を立てた。
 二人は剣を向け合ったまま微動だにしない。
 しかし彼らの間では凄まじい剣の打ち合いが行われているのは確かだ。
「あの二人はもはやお互いしか見えてはいない」
「セレスティさん」
「しかし故に勝負は一瞬でつくのでしょう」
 言い切るセレスティに立川は目を見開いた。
 そして彼に想った事を訊いてみる。
「北条彰人が現れたのは、彰さまのせいなのですか?」
「言ったでしょう、彼は強い、と」
「しかし彰さまは亜紀さんに負けました」
「そうですね。彼は娘に負けた。しかしそれは過去の彰氏でしょう。あるいは負けた事でまた新たな境地に辿り着けたのか。あなたにもあの二人の対照的な強さの違いは充分、わかるでしょう。彰人氏の強さだけを求めた終焉と強さと、彰氏の心を守り家を次代へと繋ぐ事を未来を見据えるための強さの違いは。彰人氏はその強さに惹かれてやってきた。自分に無い強さですからね」
 言い終えたセレスティは瞳を大きく見開いて静かに庭をじっと見据える亜紀に視線を向けた。
 立川もセレスティの視線に自分の後ろにいつの間にか亜紀が居る事に気がついた。
 セレスティは何もかも達観したような微笑を浮かべながら、亜紀に言う。
「あそこにあなたが探し求める答えへの導きがあります」
 そしてセレスティに見つめられる亜紀が見つめる先で、
 北条流剣法の開祖である北条彰人と、現北条家当主である北条彰は剣を交える。
 鋼と鋼は、ぶつかり合い、歌を歌う。その歌は高らかに夜闇に響き渡って、しかし…
「父さん!!!」
 亜紀は悲鳴を上げるような声で、それを言った。
 彰人と互角の剣を振るっていた彰が急に剣を落とし、服の左胸の部分をぎゅっと鷲掴んで、苦しみ出した。
 そしてその彰に向かい、彰人が剣を振り下ろす。
 だがそれは、
「させませんよ」
 セレスティはぱちんと指を鳴らした。すると、池の水が内から爆発し、その空間に舞った水しぶきは、無数の小さな水球となり、それが鎧武者を襲った。
 その衝撃に重い鎧も宙を飛び、セレスティと立川、それに亜紀が立つ場所のすぐ隣側の雨戸にぶつかって、それをぶち割って、縁側に倒れた。
「父さん」
 亜紀は、縁側から庭に飛び降りて、そして彰を抱き起こす。
 立川もそれに続いた。
 セレスティはまるで虚空に人差し指の先で音譜を描くように手を動かし、そして奏でられたのは水の音色であった。
 池の水は生きているかのように虚空を流れ、鎧武者を拘束する。
 だがそれを、鎧武者は引き千切った。そして縁側に立つと、今度はセレスティに向って、剣を構える。
「ふぅー」
 溜息を吐いたセレスティは軽くぶんと手を振る。そうすれば彼の手にはフェンシングの剣のような水の剣があり、
 セレスティは中世の騎士のようにそれを構えた。
「今回は、私は戦う必要は無いと想っていたのですが、やれやれ。そうもいきませんかね」
 せせら笑うように言いながらセレスティは打ち下ろされた刀を打ち流し、そしてその剣の先で円を描くように手首を動かし、剣の先を鎧武者に向けて、
 しかしそこでセレスティは肩を竦めた。
「どうやらあなたのお相手はやはり私ではないらしい」
 そしてセレスティは視線を父を立川に預けた亜紀に移し、静かな声で、問う。
「で、答えは出ましたか? 強さとは何なのか?」
 セレスティの静かな声に、亜紀は顔を横に振る。
「それはまだわからない。でもあたしにはあたしの強さというものがある、というのはおぼろげながらに見えてきた。北条彰人の強さへの執着。それもまた彼の強さであり、そして父の北条流剣法と心とを守ろうとする想いも強さ。ならあたしは前に行こう。前に行く。ひたすら前に突き進む。そこに何があるのかわからない。ひょっとしたら何も無いのかもしれない。だけどあたしはそれでもひたすらに突き進む。それがあたしの強さ。そして前も言ったように、その強さを嘆く理由にはしないわ。そう、強さとはその人の心の在り様なのだから」
「どうやら彼もあなたを己とは違う強さを持つ者として、認めたらしいです」
 セレスティが穏やかに笑いながら言った。
 北条彰人の亡霊、鎧武者は亜紀へと剣を向ける。
 そして亜紀は鞘から剣を抜き払い、その切っ先を鎧武者へと向けた。
 夜空に輝く細すぎる月は雲に隠れ、そしてひとひらの葉が落ちたその時、亜紀と鎧武者が同時に前に出て、鎧武者は横薙ぎの一撃を亜紀に繰り出すが、亜紀はそれを鞘で受け止め、そして必殺の突きを亜紀は、北条彰人に放った。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


「まあ、今回の事は路傍で死去した彰人氏が強さだけを求める事に答えを与える為に、鎧に宿ったとも考えられますね」
 紅葉した紅葉の木の下に置かれたベンチに座り、セレスティは静かに言った。
 今回のこの事件は一体どんな事件だったのか? と、まあやに訊かれてそう答えたのだ。
 北条彰人を突きによって倒した亜紀は、とても晴れやかな笑みを浮かべていた。北条家も北条流剣法もまたこれで何かが変わっていくのであろう。
「なるほど。あ、それとセレスティさん」
「はい?」
「前に言った事を撤回させてもらってもいいですかね?」
「ん?」
「やっぱり、北条亜紀は嫌いです」
 まあやが肩を竦めながら言った言葉にセレスティは微苦笑したようだった。
「そうですか」
「ええ、そうです」
 そして二人してくすくすと笑い、セレスティはひらひらと落ちてくる紅葉をまだえいえい、って小さなたもで捕まえているスノードロップを手招きで呼び寄せた。くすくすと笑いながら。


 ― fin ―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】


【NPC / 綾瀬・まあや】


【NPC / スノードロップ】




□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


こんにちは、セレスティ・カーニンガムさま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回もご依頼、そして嬉しいお言葉ありがとうございました。^^


今回の草間探偵所はこのような形式で、お話であったのですが、
今回も面白いプレイングありがとうございました。
今回のお話もお気に召していただけていましたら、嬉しい限りでございます。^^


お話のポイントはいくつかあるのですが、亜紀の決着はあのようにつけさせていただきました。
亜紀の強さへの答え、前に向っていく事が強さ、というのは、セレスティさんが持つ雰囲気にも通じる感がありまして、
セレスティさんのノベルで、彼女にこういう答えを出せたのは良かったなーと想いました。^^
ノベルはプレイングがあって、プレイングによって引っ張り出されるお話、会話、答えがあって、
毎回、セレスティさんのプレイングからこういうのを書かせていただけるのは、本当に嬉しくって、楽しいです。
もちろん、お任せで好きなようにやらせていただけるのもすごく嬉しく。(><

それとどうやらスノーはまだ勘違いしてるようです。
ラストは呼んだところで終わったのですが、あの後にセレスティーさんは、スノーに説明したのかなー? 
したのなら、どのように言ったのか、というのを想像するのが非常に楽しく。^^
そして綾瀬まあやとのコンビももう完璧という事で、関係UPさせていただきますね。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきます。
ご依頼、本当にありがとうございました。
失礼します。